人生において、失敗というものは必ず存在する。
寧ろ失敗しない人なんて居ないだろうし、仮に失敗をしたことがない───と言いきれるのなら、それは人生経験が浅いか、意図的にリスクを避けてるのか。それなりの理由があるのだろうと俺は考察する。
チャレンジャーである以上、失敗は常にチャレンジャーの隣に付き纏う。
畢竟、政宗がチャレンジャーとして安達垣に挑んでいる以上は『失敗』というものは存在する。『好事魔多し』という諺が示すように、必ず何処かで修正をきかさなければならない場面は登場する。
その事に、一瞬俺達は気付けないでいた。
予想外の事態を最後まで把握しきれていなかった。
言い訳っぽくなるが、気は緩めていないつもりだった。まさか、テストでこのような穴が存在するなんて思いもしていなかったというのが本音である。とはいえ、これは、俺と政宗の落ち度だ。今更何を言ったってどうしようもないし、この場面から修正するっきゃないってのも分かっているんだ。
いや......でもさ。これも言い訳になるだろうが、一言言わせて欲しい。
「あのロリババアァァァァァァァァ!!!!!!」
「落ち着け」
主夫じゃあるまいし、流石に親友の食生活までは面倒見切れねえよ。
結果として、政宗&朱里くんVSアッキー&小岩井の勝負は点数的な内容では政宗の勝利として終わった。
当日は確認作業でいっぱいいっぱいだった俺達は気づけなかったが何とテスト当日、アッキーは熱で寝込んでしまったらしく、結果としては戦わずとも政宗陣営と勝利となっていた訳だ。
さて、俺達はというと、テスト終了後、A組でアッキー休暇のお話を小岩井から聞かされており、政宗は呆気に取られたかのような表情をしている。
それもその筈、俺の目の前に居るこの親友。数学とテスト時間中に突発的な腹痛に見舞われ、安達垣陣営───厳密には小岩井に毒を盛られたと勘違いしていたのだ。
実際には違った。先程、妹ちゃんからメールが届き絹江さん監修のキャラ弁の中に入っている卵焼きに原因があったということを知った政宗は何とも言えないうめき声と同時に爆発的な大声で『あのロリババアッ!!!』と発しやがった。あの時の苦笑いと生暖かい視線は一生忘れないからな俺。
「じゃあ、なに。私が豚足に渡したこーひーに毒を盛ったと思っていたの?」
「......それは、はい。そうです、ごめんなさい師匠」
「ばか?あれは買って直ぐに渡したパックジュース。自販機で買ったパックジュースを何処に、どうやって、どういう風に下剤をしこむの」
「それは、ほら......穴とか刺して」
「それなら豚足が持っていった時に何かしらの形で漏れている筈。いくらなんでもそんなバレやすい下剤の入れ方、私はしない」
なら、別の入れ方はするんですかい......とそんな面持ちで小岩井を見ると、小岩井は一頻り俺を睨みつけて、最後に一言。
「それに、そんな勝負。愛姫さまが嫌がる......結局、不戦敗になったわけだけど」
まあ、確かにな。最初から下剤仕込んで......ってのが既定事項として進んでいたならアッキーはあんな血眼になって勉強はしない筈だし、熱だって出さずに万全を期してテストに臨んでた筈だ。
「変態に聞けばいい。愛姫さまの勉強度合いを。どれだけの気概を以てして豚足を叩き潰して、みんちにしようとしてたか」
そう言われた政宗は俺を不安気な視線で見遣る。その視線に応えるべく、俺は両手を上げて政宗を見る。
「言っとくけど、アッキーはガチ勢だったぞ。1時間に1回は『真壁潰す』って言いながら、目の色変えてたし」
「......ま、マジかよ」
「ああ、ガチだ。良かったじゃないか。アッキーもこの勝負を純粋に楽しんでくれていたってわけだ。そして......お前は補習にこそなったが、点数的には勝利。念願のデートも出来る」
「......そ、そうか。て、事は───」
政宗がそう言った瞬間、俺は不意に口角が上がる感触を得る。それは政宗も同様で笑いを堪えきれないと言った様子。
そして俺達は───
『やったぜ幸村デートだぁぁァァァっ!!!』
『うぉっしゃあぁぁぁぁぁ!!』
勝負に勝った───という事実にまたしても興奮し、何やら訳の分からない言葉を並べながら、俺達は勝鬨を上げた。
「......うるさい」
※
『最初は行こうと思ったのよ』
放課後。俺は小岩井に許可を貰い、アッキーに連絡をしていた。
政宗陣営の合計点数が高かったこと。
小岩井が赤点回避をした事。
その他、テストに関する近況情報をアッキーに教えていると、電話越しから聞こえるため息と咳。そして、小岩井の勉強を見てくれたことの感謝。
「まあ、無茶はすんなよ。ここで躓いた所で留年になる訳じゃない。アッキー地頭は良いんだし、どうとでもなるよ」
『そういう問題じゃないわ。安達垣愛姫としてのプライドが許さないのよ、あんな......パッと出の転校生に、あまつさえ真壁に学力で負けるっていう......私のプライドが』
酷い言われようだな政宗。
「因みに俺には?」
『悔しくないわね。だって貴方は変態紳士でしょう?』
「人として見てないんですね分かります」
政宗がヒト科ヒト目イケメン様に分類されるのなら俺は一体何に属しているのだろう。ミジンコか?それとも塵でしょうか。
『それでも、まあ......一応聞いておくわ。お幾つ?』
「合計点数か?」
『ええ』
「それなら496点だ」
その瞬間、アッキーの声が止まる。
「因みに政宗は409点だ。いや、なんだ。自慢じゃないんだが、これでもかなり上手くいってな。恐らくお前達と一緒に勉強したからだな。ありがと───」
俺が御礼を言いかけたその時、ツーツーと機械音が鳴り、アッキーの声が聞こえなくなる。不味い、ここは黙って点数のみを伝えるのがベターだったか。
そう思って、顔を顰めていると小岩井が冷たい目で俺を見遣る。
「変態、愛姫さまはしょっくを受けてる」
「ええ......」
「私だって驚きがはんぶん。変態のくせに高みの見物なんて、生意気が過ぎる。ドが付く変態なのに」
変態は関係ないと思うんだけどな。後、ナマ言ってねえし。前世含めた俺の努力の結晶だし。
「まあ、政宗の協力者たるもの復讐関連の事以外で憂いたりすることはできるだけ無くしたいからな。その1つとして何とかしようとしたのが学力ってだけだ」
途中まではキャンパスライフを目指して、政宗と復讐を初めてからは政宗と切磋琢磨して培った俺の学力はかなりのものとなっている。
なんだかんだ前世の影響もあるしな。文字とか言葉とか公式のイロハが分かってて、名前や出身地、学校名が分からないとか何処のご都合転生だよ───と今更になって俺の境遇にツッコミを入れてみた。
結果、哀しくなった。
「......そう」
何はともあれ、小岩井が興味無さげに空を見上げた所で俺の学力に関しての話題は終わる。この話を振ったのは小岩井。順番的に今度は俺が話題を振る番だ───と意味の分からない考えを拗らせ、俺はひとつの話題を提供する。
「小岩井は、どうだ?憂いは晴れたかね?」
何気なく尋ねた一言に、小岩井は相変わらずの無表情で反応する。
「おかげさまで。私は赤点さえ回避すればよかったのに変態の入れ知恵のせいで余計に点数をとってしまった」
「目出度い事じゃないか。今日は赤飯でも炊こうか」
「そういう冗談はほんとうにいらないから。本気で抹殺されたいの?社会的に、精神的に、肉体的に、死にたいの?」
「ごめんなさい」
俺は肉体的にも精神的にも社会的にも抹殺されたくない。健康第一で生きていたいです。
「......300点」
「なんだって?」
300点とは何ぞや。もしやお前の成績か、そうなんかと内心小岩井にツッコミを入れてみると、小岩井は無表情で続ける。
「私がこの点数をとれて、補習を回避出来たのは、愛姫さまと変態のおかげだよ。だから......明日から、覚悟して。私に勉強を強制させたのと、300点を取った感謝。全ての鬱憤を豚足と変態に向けて晴らす」
......
いや、それは本当に有難いことなんだけど───
「なして感謝が鬱憤になるんですかね......」
何なら俺を『変態』と呼びつける頻度を減らすとか、偶には俺を誉めてくれるとか、感謝の対価としてそのようなご褒美が欲しいわけなんですが、一周回って感謝が鬱憤になるとはこれ如何に。
そう思い、内心小岩井に呪詛を吐いていると彼女はため息混じりに一言───
「望んでいないから」
「そりゃまた酷いっすね!?」
少しばかり口角を上げて、安達垣家の腹黒メイドは俺に失礼な一言を宣った。
かくして、小岩井吉乃の学力問題も、朱里小十郎の学力問題も、政宗とアッキーの勝負も絹江さんの卵焼き(痛)以外に大した問題もなく終わりを迎える。
半ば羽根休みのような展開といえば、そうかもしれないけど俺にとってはかなりの進展だ。
政宗とアッキーは補習を共に受講するのと同時に、デートもする。小岩井は学力問題を解決し、俺達復讐者側の大きな起爆剤としてその力を発揮するための土台が出来上がった。
皆がそれぞれの成すべきことを成して、次のステップへと進んでいる。なら、俺はどうあるべきか。昔は何度もそれで悩んだけれど今はもう悩まない。
俺は俺。
俺に出来ること。
それは、真壁政宗の親友、上田幸村として奴の突き進む道を全力で肯定し、『主役の舞台』を支えるのみだ。