ゼロから始まる俺氏の命   作:送検

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アッキー視点です。

短めです。


第30話 アッキー

 

 

 

 

 

 

 真壁が素っ気ない。

 

 そんな事を頭の中で考えたのは、今日の昼休みだった。

 昨日までの真壁は、やけに積極的だった。漫画の主人公のようなセリフを連発したと思えば、補習でも何度も何度も私をじっと見つめてくる。

 

 キラリ輝くその瞳は、他の女子からしたらときめく何かを抱くのかも分からないが、少なくとも私にとってはキモイものでしかない。

 

『キミの涙だと思えば.....雨に濡れるのも悪くない』

 

 これ以上私の気持ちをブルーにさせんじゃないわよ馬鹿真壁。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、今日。昨日までの真壁とは打って変わって何かが素っ気ない。

 何時もの寒気がするような眼差しを感じない。一昨日、昨日と連呼していたキモ発言もなし。私は、その様子を不思議に感じた。

 

 というか、真壁がこちらへ寄ってこないのだ。これには流石の私も参ったの一言である。私としては真壁がいつも通り私に近寄って来た所で昨日渡してくれた傘を投げ返すつもりだった。

 しかし、真壁は昨日までの熱心っぷりが嘘のように私から距離を取った。

 

 何故なのだろうか。他の女にでも目移りしたのだろうか。若しくは、飽きたのだろうか。まあ、それならそれで好都合。今後一切あのイケメンナルシストの相手をしないのなら、私もストレスも幾らか半減される。そうだ、この傘も真壁が一方的な善意で押し付けたもの。その気になれば捨ててしまったって───

 

「......馬鹿」

 

 真壁との関係を冷めさせる為に自らのプライドを削ぎ落とすような行為をする必要はない。一応は善意だ、これはしっかりと返す必要がある。

 今まで、薄っぺらい感情が透け透けの手紙や贈り物を心底鬱陶しいと何度も思った。そして、外見だけを見て告白してくる相手の手紙は直ぐに破り捨てた。そうして付けられた渾名は『残虐姫』。そう呼ばれているのは心得ている。

 

 なら、今回も『残虐姫』の名前に漏れずに真壁の傘を手紙同様に扱って良いのか?

 

 その答えは『否』だ。

 

 そこに恋愛感情があろうとも『善意』で押し付けられたものを棄てるのは違う。それは残虐姫でも何でもない『外道』のする事だ。

 私は外道に落ちぶれたくはない。私が斬るのは軽薄な男と安直で短絡的な恋愛感情で内面すら見ずに書き綴った手紙や贈り物、そして私自身が認めた人物を馬鹿にした人間のみである。他人から付けられた渾名だが、『残虐姫』としてそれくらいのプライドは持っていなければ、安達垣の名前が廃る。

 

 ただ、問題はどうするかだ。

 

 真壁は私に近寄らない。なら、私が近づかなければならない。では、私が話しかけるか?

 

 ......どうやって?

 

『あのね、あのね。愛姫、真壁くんに話があるんだけど───』

 

 ああああああ!!!!!

 

 今、私はとんでもないことを考えなかったか!?もじもじして、言葉足らずで、周囲に可愛さオーラを振り撒いて!!

 

 今一度現状を確認するのよ安達垣愛姫!!私は『残虐姫』!!そして、真壁には冷たいといわれても可笑しくない態度を取り続けている!!

 そんな私が真壁にしおらしい態度を取ってみろ!!その時に1番調子乗る奴と1番面白がる奴は誰!?

 

『あ、安達垣さんってそんな態度も取れるんだね......良いと思うよ!』

 

『ぷぎゃーアッキーマジテラワロスー』

 

 ......あの憎き真壁政宗と上田幸村のツートップだ。

 

 特に上田!!奴は人の弱味を活かして弄り倒す事に長けている。そんな奴に私のしおらしい態度がバレてみろ、その時は一生笑われ続ける気しかしない!

 

 よって意地らしい態度はナシだ。どんな事が起きようがそんな態度はとってたまるものか。無論、恥じらうのもなしだ。私は私らしく、冷静に、COOLに、そして美しく傘を返却するのよ!!

 

「......ど、どうかしましたか愛姫様。じっと私の顔なんて睨みつけて......」

 

 と、唐突に聞こえたその声で私は我に返る。ティータイム中に思考していた為目の前に座る女友達である『水野鞠』の顔をじっと見つめてしまっていた。

 これは宜しくない。思考する時と場所を間違えたか。

 

「いいえ、何にもないわ。悪戯に見てしまってごめんなさい」

 

「別に謝る事等ありません。寧ろ愛姫様が望むなら......」

 

 そう言って顔を赤く染める鞠。果たして彼女の頭の中では何が始まっているのだろう。普段は冷静でクールな彼女は感情の起伏が乏しい傾向にある。そんな鞠が私に対してのみ頬を染める理由は、正直に言おう。全く分からない。

 

 閑話休題───

 

「......それよりも、鞠。質問良いかしら」

 

「何ですか?」

 

 そこで、初めて私は言葉に詰まる。クール、冷静という観点で鞠にクールに格好良く傘を返す方法を尋ねようとしたのだが、鞠は男嫌いである。

 そんな鞠に私の懸念事項を尋ねてしまえば、芋づる式に私が真壁に傘を返そうということがバレる危険性がある。その時に鞠がどういう行動をするか───なんていうのは私の頭の中で既に構築されている。

 

 昔、1年前のことだ。何時ものように私に近付いて来る輩がいた。その時の私は『またか』という鬱陶しい気持ちで坊主頭のサッカー部員を見たのだが、その視線は私ではなく鞠の方へ向かっていた。

 

 その流れで坊主頭は鞠に一言───

 

『黒髪ショートの眼鏡属性の貴女に惚れました!!付き合って下さい!!』

 

 そうして手を差し伸ばした。

 

 その時の鞠以外の2人の軽蔑的なものを見る視線は恐らく10年以上忘れることは出来ないであろう。そして、それ程のインパクトを残した2人に負けず劣らず鞠は男に向かって吐き捨てた。

 

『愚かな豚はすっこんで下さい』

 

 結局、その場は私が坊主頭に『ブラックホール』と渾名を付けたことで収束したが、その言葉を聞いて私は偶に思うことがある。

 

『私より鞠の方がえげつなくない?』と。

 

 まあ、何はともあれそんな経歴を持つ鞠に真壁の事を悟られたら色々面倒な事になる故に、私は詰まった言葉をそのまま詰まらせ軽く咳払いをした。

 

「何でもないわ、ただ鞠の男嫌いは筋金入り───なんて思っただけよ」

 

 そう言うと、鞠は少しだけ頬を膨らませて私を見る。あ、その表情は少し可愛い。

 

「私だって好きで男が嫌いなわけではありません。ただ......」

 

「ただ?」

 

「私は今の生活が1番楽しいんですよ。愛姫様とお話して、副会長や後輩の女の子と食べ歩きしたりといった生活が」

 

 その言葉には、少しだけ心にくるものを感じた。自分のやりたい事ができる世界があることは大切なことで、それを鞠は見つけることが出来ている。それはとても尊いことであり、素晴らしいことである。

 

 ただ、それが男嫌いで良いという理由にはならないわけなのだが(ブーメラン)。

 

「自分の居たい居場所にいることは良いことだと思う。そして、その場所が私とのお話───と言ってくれることも嬉しいわ。ありがとう、鞠」

 

 そう言うと、鞠はまたしても頬を染め、今度は年相応の女の子らしく、狼狽した。

 

「ちゃ......茶化さないでください愛姫様!別に私は愛姫様とおしゃべりする事だけが至福の時だなんて1度も......」

 

「あ、聞いたことがあるわ。それってツンデレって言うのでしょう?」

 

 確か上田が私にそんな馬鹿みたいな事を言っていたような気もする。全く、私の何処がツンデレだと言うのだ。それこそ、私はツンが100パーセントのクールビューティでしょうに。

 まあ、何はともあれ鞠を少しだけ弄ることで気分転換をすることが出来た。何時までもうじうじ考える事は私の趣味ではない。

 

 私は私らしく、何らかの行動を起こす必要があるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、言う訳よ上田」

 

「何が『と、言う訳なのか』が分からない上に色々説明がぶっ飛んでいるから教えてほしんだけど」

 

 時は昼休み。吉乃を使って上田に『逃げるな、危険』と伝えさせたところ上田は『快く』体育倉庫に来てくれた。こういう時、『秘密の共有』というものは役に立つ。リスクも当然としてあるが、上田のような読めない男をこうして都合良く縛り付けるにはこういったものは非常に便利だ。

 

 私は『ドカ食い』の秘密を。

 上田は『変態紳士』という渾名を付けられた秘密を。

 

 それぞれがそれぞれの秘密を共有するリスクリターンの関係性が上田と対等に付き合っていく秘訣なのかもしれない。

 

「......ああ、ひょっとして本当に政宗くんが反旗を翻しちゃった?ストライキ?」

 

 ......まあ、幾ら対等に付き合えたとしても、コイツのこのペースの読めない会話にはついていけるという確証はない訳だが。その理由は、私が今までこういった類の人間と話した事がないから。

 これでも、安達垣家の人間として様々な人間と出会い、相応に会話もした。それにも関わらず上田のような男と話した事がない───ということは上田と言う男の希少性を顕著に表していると私は思う。

 

『真面目になったかと思えば1周して馬鹿になる変人』

 

 そんな人間に出会うことなんて今までなかったし、そもそも付き合おうとも思えない。真壁といい、上田といい、『変人・変態』の類の人間に苦戦しているところから察するに、私にとっては『変人・変態』の類の人間は天敵なのかもしれない。

 

 まあ、良い。

 

 察してくれるのなら話は速い。そう考えた私は内心ほくそ笑み、間抜けな面をした上田をじっと見つめた。

 

「......そうよ、全くもって不本意。まさか私が......無視されるなんて!!」

 

「意外だったのか、なら俺も無視してやろうか?」

 

 その言葉に、ニコリと笑みを作った私は座っていた跳び箱台から飛び降りて、上田の元に近付く。

 

「真壁の傘を返したいの」

 

「あ、俺の渾身のジョークは無視されるんですね理解しました」

 

「返すのが面倒なのよ、察しなさい変態紳士......で、本題に戻るわよ」

 

 私は目の前で不審そうな顔付きを浮かべている男に本題を打ち明けた。

 真壁の傘を返そうという意思があるということ。

 しかし、最近は無視される事が多いということ。

 それ故になかなか話すタイミングが浮かばない、故に協力を頼みたい。といったように脳内で箇条書きしておいた事を赤裸々に話した。

 

「ふーん......そうかそうか、アッキーがねぇ?」

 

 本題を最後まで話し終わると、途端に上田が嫌らしい笑みを浮かべて私を見る。その瞳に、私はつい前に上田に言った事を思い出した。

 

『はっ......別に結構よ。貴方なんかに悩みを打ち明ける位ならもっと別の人に頼むから。そもそも、悩みなんてあの憎たらしい真壁がいちいちキモイ言動をしてくる位だし』

 

 私は上田の親切かどうか分からない提案を断った。それは、アフターケアに関する提案。それを断った以上、上田をパシリよろしくこき使えるかどうかは上田次第ということになる。

 

 だが、そこは変人上田である。嫌らしく、手の届かない絶妙なバランスで私の心を揺さぶってくるのだろう────

 

 

 

 

 

 

「でもー、アッキー俺の親切断ったよねぇ」

 

 案の定、そうだった。ただ、私だってタダで転ぶ程無策でこんな頼みをする訳では無い。

 

「逆転の発想で考えて欲しいわ。そもそも、あの時私は貴方に『親切』を要求したかしら?」

 

 そう言うと、上田は目を見開き私を見る。これは、脈アリか。

 

「私はあの時『貴方の提案』を断った。そして、確かに『要らない』とも言ったわ。けど、それは現時点での話であって今は、貴方の力が必要な状況に至ってしまっている。言い訳がましいのは分かっているけど、前と今とでは状況が違うのよ」

 

 本当に言い訳がましい。そして、厚かましい。けれど、それよりも最低なのは善意を返さない事だ。その為の手段なら厭わないし、嫌がってはいけない。

 

「私に力を貸してほしいの。上田────」

 

「御託を並べるのは止そうぜ、俺の聞きたいのはそんな過程なんかじゃないんだからさ」

 

「......」

 

 御託、ときたか。

 

「俺が聞きたいのは、アッキーの誠意だ。アフターケアならするよ。それに対して大した拘りはないし、アッキーの相談なら大歓迎さ。けど、肝心のアッキーが嫌々やる位ならそんなものやらない方が良い。それこそ他の奴にでも相談した方が良い、それは理解してるよな?」

 

 それは。

 

 それは、勿論理解している。生半可な気持ちで相談するのなら、あの時鞠に相談してしまえば良かった。鞠に相談すればややこしい事になるのは必至だが、有耶無耶にしてしまえば良い。そうしてしまえば話は拗れぬまま、鞠からアドバイスを得れた可能性もある。

 

 ただ、私はそれをしなかった。

 

 それは何故か。

 

 それは、私自身この件を有耶無耶にしたくないと強く願ったからだ。そして、私はこうして上田の前に立っている。状況ははっきりいって劣勢だ。それでも、私には後に引けない理由と、強い意志がある。

 

 引く訳にはいかない。そんな決死の思いで上田を見遣る。すると、上田はわざとらしく溜め息を吐く。

 

「よーするに、何でも包み隠さず相談してくれるのかっていうのが問題だ。それを約束してくれるのなら、政宗の相談、受けてやんよ」

 

 政宗の、相談、受ける。

 

 その3つのキーワードに、一筋の光明を得たと感じた私は瞬間的に顔を上げ、一言───

 

「......ええ、何でも相談する───」

 

「ん?今何でも相談するって言ったよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 は?

 

「バッチリ聞いたよ?何でも相談してくれるんだよね。政宗関連で困ったことがあったら、俺を頼ってくれるんだよね、つまりそういう事だよね......何でも相談するって事は、さ」

 

 その時、上田はくつくつと笑みを零した。それはまるで勝ち誇ったかのような笑み。その笑みに私は焦り、慌てた自身を死ぬ程嫌いになった。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

「天下の安達垣アッキーが前言撤回なんてしないよね?何でも相談するって言ったんだから相談するんだよね?そうなんだよね?」

 

 この.....!!変態紳士ッ!!

 

 少し人が下手に出たら調子に乗ってッ.....!!

 

「おうおーう、ものっそい殺意に満ちた表情だな。けど、後にも引けない、戻れない.....今の状況を打開したかったから俺に協力を煽ったんだろ?」

 

「ぐっ......!そうよ、そういう事よ!!黙って聞きなさい!貴方の親友の奇特っぷりを洗いざらい白状してやるから!!」

 

 こうなってしまったらヤケだ。こういう時(調子乗り変態紳士モード)の上田に勝てないというのは私が1番知っている。変な約束をこじつけてしまったが後のことなんてどうにでもなる、兎に角やらなければならないこと、それは真壁の傘を返すことなのだから。

 

 上田をキッと睨みつける。それは、思い通りにはさせない───という反抗の意志を込めた目付き。しかし、その瞳は上田からしたら可愛いものであろう。今、上田で鼻で笑われたのが良い証拠だ。

 

「なら、契約成立だ」

 

「......契約なんて、そんな仰々しいものじゃないわよ。これは、いわば仮初の協力関係。やましいことなんて、何もないわ」

 

「あはは、まあそういう事で良いか」

 

 なおも続く上田の笑みに私はフラストレーションを溜めていく。このフラストレーションが真壁に傘を返す代償なのか。割に合わない気もするけど......まあ、そこは仕方ないわよね。

 

 まあ、後でハイキックすることは確定だけど。

 というか今()ってやろうかこの変態紳士。

 

「じゃあ、一時的に俺はアッキーのメンタルカウンセリングを。アッキーは、俺に包み隠さず政宗に関する尽くを相談ということで───」

 

 そこまで言って、初めて上田は先程までの嫌らしい笑みとは違った表情を向ける。そして、その表情は私が持つ上田の『変人』というイメージを更に強固なものへと変化させていく。

 

「何なりと、ご相談してくださいな」

 

 その真剣な顔付きに、上田は何を想っているのか。私にはその心を慮る事はできなかった。

 

 

 

 


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