『転校生』ってなんだよ...タイトル詐欺もいい所だよ...
──貴方は、生きてて楽しいですか?
目の前には縁側に一人、人形のように動じずに座る一人の少女。そして、その姿を見た俺はその少女の背後に立っていた。
『物珍しい事を聞くもんだな』
逆に聞きたい。
お前さんは生きてて楽しいか?
そう問いかけると、少女は静寂の中ぽつりと独りでに話す。
──さあ、分かりません。そもそも私は生きることに希望を見出すことが出来ません。何をどうしたら楽しいのか、私には分からないのです。
貴方は、どうなのですか?と繰り返し問う少女。俺は歩いて真っ直ぐ庭を見つめる少女の隣に座り込む。無論、正座だ。それ相応の礼儀くらいは弁えている。
『...俺は今のところこの世界を楽しいと思ったことは無いよ』
『...では、貴方は何故生きてるのですか?』と庭を見つめていた少女は此方を振り向き続けざまに問いかける。その少女の目は諦観に満ち溢れていた。
何故かって?そんな事は決まっている。
『自分の生きている意味を探すため。そして、この世界を少しでも楽しいと思えるように努力するんだよ』
お前さんも見つかるといいな。『自分が情熱を持って出来る何か』が。そして、そのお前の目が何時か希望の表情に変わるようになれば俺は嬉しい。
そう言うと、目の前の少女は驚いたかのように目を見開き、俺を見る。改めて俺も彼女を見る。腰まで伸びた茶髪の髪に右目の泣きぼくろが可愛らしい美少女は寒い時期にも関わらず1枚着込んだだけの薄着であった。付き人殿の目でも盗んで抜け出したのか?全く、いけない子だ。
その少女の服装に、見ている此方が寒くなってきた。俺は立ち上がり、彼女の背後まで近付くと自身の着ていた上着を少女の肩に被せる。
『近頃は寒いからな。体調管理は大切に、2枚くらい着込んどけ』
そう言って俺はこの場所を立ち去ろうとする。ああ、彼女の服装を見てて、見ている此方が寒くなってきたから厚着を渡したのに自分の厚着を脱いでしまったら意味がないじゃあないか、なんて内心どうでもいい事を考えながら歩いていると背後から声がかけられる。
『あ、あの!お名前は──!』
俺か、俺の名前は...
「...がっ!!」
盛大にベッドの上から転げ落ちた。昔からそうだ。夢を見ているといい所で何時もベッドの上から転げ落ちる。これが噂に聞くレム睡眠行動障害とやらだろうか。
懐かしい夢を見ていた。俺がまだ小学三年生の頃に親父に連れてかれた京都のとある名家。そこで親父ともう一人の男が大広間で酒を呑みあっていた。酒の場にいる趣味なんぞ持ち合わせていない俺は早々に退場し、厠に行こうとしていた時の出来事。
少女はぽつりと縁側に座布団を敷いて座っていた。
俺はその少女に声をかけた。
忘れもしない。それが俺とその少女。藤ノ宮のお嬢様のファーストコンタクトだったのだ。
さて、と半身を起こして窓を見る。すると辺りはまだまだ暗い。時計を見ると時刻は4時。...さて、俺はまだまだ寝るぜ。ふっ、早朝は二度寝をするのが俺のルーティンワークなのだよ、はっは。
※
よくよく考えたら5月下旬の今が一番過ごしやすい季節なのかもしれない。家から中学校までの長い道程を歩いても汗一つかかないし、特別寒い訳でもない。暑くもなく、寒くもなく中間の様なこの季節が、一番生活しやすい気候なのかもしれないな。
「...はあ」
しかし、そんな外の世界とは反対に真壁政宗の声はこれから始まるであろう梅雨にも負けじとどんよりしていた。
「珍しいな。普段元気なお前さんが溜め息を吐くなんて」
俺の知る限りでの真壁政宗は人前で弱音を吐かない、負けない、悟らせないといった強い精神を持ち合わせている人間だったはずだ。そんな真壁が人前で溜め息とは、今日は槍でも降るのではないか。
「ああ...幸村。ちょっとね...」
オレに気付いたらしい真壁は俺の席の方に振り向くとどんよりとした顔を見せる。 どうやらどんよりしていたのは声だけではないらしい。表情、オーラ、それらを取り巻く真壁の全てがどんよりしていた。
「...どうしたんだ?」
この状況が何秒間何分でも続いてしまいそうになり、俺は堪らず真壁に何があったのか尋ねる。すると真壁は少し戸惑った後、悩みの種らしい──それを口にする。
「昨日、お爺様に黙って板チョコを食べちゃってさ。1日中納屋の中に入れられてたんだ。それで納屋で寝てたら寝違えちゃって、頭は痛いし、首も痛いしあんまりだよ...」
おおう、流石真壁の爺さん。実の孫にも容赦がないな。
「...そりゃそうだろ真壁。納屋の中で寝てたらしっかりとした寝具もないし、寝違えるわ。...まあ、話を聞く限り悪いのはお前っぽいけどな」
復讐したいなら1日でも早く痩せる為に何をしなければならないのか考えなければ。チョコを食べちまったらお前の復讐とやらは遠のくぜ?何時、その女がどこかへ行ってしまうかなんて分からないんだからな
「そ、それはそうだ。そうなんだけど...!」
そう言って真壁は苦い顔をする。まあ、やってはいけない事ってのは自分が一番分かっているんだろうけどな。馬鹿にされて一番悔しいのは言われた本人だ。そして、それを何とかしたいと一番思っているのも本人だ。更に、真壁はそれを想うだけでなく、その現実を変えようと行動している。俺にとって真壁政宗のそれは尊い。要するに、俺はそんな真壁政宗を心底尊敬していたのだ。
「...それにしても、チョコレート食べちゃったかー...」
そう言うと真壁は罰が悪そうに頬を掻く。チョコに限らずどのお菓子も疲労回復効果がそれなりにあるためお菓子が一概に健康に悪い食品とは言えないのだが、如何せん、どのお菓子も栄養価が高い。チョコなんて物にもよるが一製品食べただけで大体588kcal程、摂取するのだ。お菓子はダイエットを敢行している人間...とどのつまり、今の真壁には相性最悪の食べ物なのだ。
「し、仕方ないよ。美味しいからさ」
その言葉に俺は苦笑いする。
「チョコの美味しさを免罪符にするなよ...」
まあ、まだまだ長い復讐期間。少しの挫折なんてこれから沢山ある。問題はその挫折と甘えを長期間続けてしまうことだ。そういう面では厳しい真壁の爺さんに修行を付けてもらうのは正解なのかもな。
「ま、これに懲りたら甘味は勿論の事、油分にも厳しくな」
油分は怖いからな。特にエビフライの衣やカツの衣!あれらはダメだ。衣は全て油の塊で出来ているのだから勿論カロリーが高くなる。
「そうだね、気を付けないと...」
そう言って両手でグッと拳を握る真壁。俺はそれを見てクスッと笑う。
お前さんの復讐がいち早く成功する事を祈ってるよ。
なあ、政宗。
※
今週最後の学校が終わり、土日と羽根を休めることに俺はすっかり安堵していた。
何時もやっている部屋の整理を忘れた。普段から綺麗にしているため、そこまで影響はないが着用していた服を洗濯機に出すのが面倒で畳んだままそのままにしていた。何時もなら忘れずに洗濯機に出すのが俺の日課なのに
つまり、俺は完全に油断していたのだ。
「...おい」
朝、横向きで布団にくるまった状態で目を覚ますと、目の前にいたのは俺の学習椅子で漫画を読んでいる少女だった。
「あ、目が覚めましたか幸村様」
ああ、バッチリ目が覚めたよ。驚きで目が覚めるどころか朝っぱらから冴え渡っちまってるけどな。
「...何でお前がここにいるんだ藤ノ宮」
俺は布団から出て半身を起こして尋ねると、その少女、藤ノ宮寧子はニコリと笑う。
「あら、上田家にいてはいけませんか?」
別に駄目とは言ってないだろう?寧ろ来てくれて嬉しい、歓迎するよ。
問題はお前さんがここにいることなんだがな。
「それは...そこに幸村様のお部屋がありましたからっ」
そう言って両手で小さくガッツポーズをする藤ノ宮。それを一瞥すると俺は大きく溜め息を吐く。
「そこに山があったから的なノリで言うなよ...」そう言うと、藤ノ宮はさも当たり前のような口調で簡単に言う。
「ええ、丁度そこにありましたから」
「認めちゃったよこの子!?」
藤ノ宮寧子。神出鬼没にどこからともなく現れる正に猫の様な将来美人間違いなしの女の子だ。上田家と藤ノ宮家は両親が仲良しで深い関わりを持っており、親父が寧子のかかりつけ医をしている関係もあり俺が京都へ行く事も寧子自身が親父さんや、付き人の椎堂さんを連れていたりして遊びに来ることも自然とあり、あれよこれよと言う間に今では数少ない同年代の関わりを持っている人物である。
「今頃椎堂さんが探しまくってるだろうな」
火の中、水の中、草の中、森の中...とまでは行かないものの所狭しと探しまくっている事だろう。そのうち捜索願を出されないか心配だ。
「ま、家の中にいることは分かってるだろうし、ここにいるのがバレるのも時間の問題。残念だったな藤ノ宮。お主の探検もここまでのようだ」
「別に残念ではありません。幸村様のお顔を見れただけでも私は満足ですわ」
そう言ってニコリと笑う藤ノ宮。うん、何この子めがっさ可愛いんだけど。
「...体調、大丈夫か?」
この事を予想していたのなら多少は掃除していたものの。普段から整理をしていたため、そこまで汚くはないだろうが清潔というわけでもないだろう。
藤ノ宮は元々病弱な人間だ。環境が変わっただけで体調を崩す可能性もある。故に俺は彼女の体調を心配していたのだが、どうやら今回の心配は杞憂だったらしい。
「ええ、真に綺麗なお部屋で体調が悪くなることもございません。私としてはもう少し生活感のあるお部屋でも宜しかったのですが...」
「何処に何があるのか分からなくなるよりかはマシだとは思うけどな」
いざという時困るだろ。
「確かにそれはそうですが...」
そう言って藤ノ宮が言葉を続けようとすると、唐突としてドアが開いた。
「寧子様。お時間です」
おっと、時間切れだな。どうやら付き人の椎堂さんが来たようだ。藤ノ宮は椎堂さんを一瞥するとやや残念そうな顔をしていたが、やがて元の顔に戻り椎堂さんの元へ歩いていく...と、同時に俺の方を振り向く。
「幸村様。今度は是非、京都でお会いしましょう」
はっは...機会があったらな。
そん時までに京都弁、マスターしておくよ。
「だから、お前も達者でな」
そう言うと、藤ノ宮は一瞬驚いたかのように目を見開き
「はい!」
まるで花でも咲いたかの様な可憐な笑みで答えて見せた。
あ、あいつさっき読んでた『薔薇ステ』持ち逃げしやがった。
まあ、また今度返して貰えばいいか。
早く政宗くんのリベンジ 9巻発売されないかなあ...