ロクでもない魔術に光あれ 作:やのくちひろし
プロローグ
転生と言うが、普通に考えれば死んだ後で魂が天に昇り、全てをリセットした状態で人生を再スタートするという認識だろう。
小説などにあるような神様に出会い、任意の方法で第二の人生をスタートするものがあるが、神様と出会うでもなく、特別な儀式をしてそうなるわけでもない。
しかし、何事にも例外がある。なんでこんなことを言い始めたかというと、自分がそんなことを体験しているからだ。
ここまで言えば大方予想できるかと思うが、つまり俺は転生者──ではなく、異世界トリッパーというものである。
先も言ったように、俺は別に神様と会っていないし、特殊な力を持ってトリップしてきたわけではない。ただ、気がついたらこの世界にいて、前の世界の記憶と天地リョウという名を持ってここに来ただけだ。
そして、俺が異世界生活を開始したステージは以前のような科学の発展した世界ではない。
なんとこの世界では魔術というものが発達しているのだ。ルーン語や術式の形を表層心理及び深層意識に覚えこませ、特定の呪文を詠唱することで世界の理に干渉し、通常人間にはできない筈の炎や雷を操るという出鱗目なことができるようになる。
まあ、それはこの世界の常識ということで俺は元々科学側の人間だ。いきなりルーン語や術式なんてものを覚え込めと言われてもすんなりできるわけではない。
別に記憶力がないわけではない。地球でも理数系は平均以上だったし、史学など特別退屈なものでなければ暗記だってそこまで困るわけではないのだが、ここで困るのが記憶するだけで使えるものなのかという疑問が邪魔をしてしまう。
こっちでは魔術とは記憶と深層心理に刻み込んでから出来るという確信みたいなものを持たなければロクに発動もしない。
基本の魔術を覚えるだけで相当数の月日がかかってしまう。
それに俺はファンタジーも好きと言えば好きだが、どちらかと言えば特撮のヒーローみたいに特殊な力を身に纏って格闘みたいなのが好みだ。特に光を象徴した巨大ヒーロー。
だから俺は魔術の勉強よりも身体を鍛えることを重視している。もちろん、魔術も嫌いではないので魔術を行使するために必要なエネルギー、マナの容量(キャパシティ)を増やすための訓練も続けてきている。まあ、所詮トーシロのよくわからん出所の知識だが……。
まあ、マナが増えたところで魔術を使う技術がなければそれも意味はないのだが。そんなことだから──
「だから、この部分からマナが流れてその魔術が──」
目の前のこの少女、ルミア=ティンジェルに魔術の勉強を教わることになっているのだが。
「……うん。どうにか……かな」
「わかった?」
「ああ……ギリギリ」
どうにか基本と言われる三属エネルギー──電気・炎熱・氷結の三つの成り立ち……その術式の形とルーンの意味、マナの流れは大まかにだが理解できた。
とは言え、前世における科学や物理と理論が似ているようで全然異なる。
その前世の知識が魔術の知識を取り入れるのに邪魔になってしまっている。俺の特撮ヒーロー好きも原因のひとつではあるが。
その所為で学力はワーストワンに近い底辺だし、実技だって一部を除いてギリギリ基本の三節でやっと発動するくらいの落ちこぼれである。
俺自身はそんなに気にしてないつもりだが、ここでは魔術の実力がモノをいう世界なので落ちこぼれの俺は結構肩身の狭い立場にいる。だったら何で、魔術学院に通ってるのだと思うだろうが、気がついたらこうなっていたのだからしょうがない。
ルミアがいなければもっと酷い立場だったかもしれないが、まあそれを知っていながら俺は自分の趣味に走りっぱなしだったのだけれど。
「とりあえず、これで一年次の時の範囲は終わったかな」
「いや、本当感謝しています」
「いえいえ」
「あなた、これだけ時間がかかってやっと基本の術式なの……」
彼女の隣の席にいる少女、システィーナ=フィーベルから呆れた声がかかる。
俺とは違い、彼女は学力は学年でトップだ。彼女の助力もあったからどうにか二年に上がることができたのだ。
そして、時間がかかるのは仕方がない。なにせ科学の知識が詰まってる故に、魔術に対する理論に抵抗感もあるし、そもそもの常識が食い違っているのだから理解が難しいのだ。
まあ、それもこれも主にルミアの根気強い助力があったからこそだが。しかし、ここまで親切を受けておいてなんだが、何故彼女はこんなにも親切を施してくれるのか、未だにわからない。他の男子にはここまでした記憶がない。それを物語るように男子たちの嫉妬を受けているのだが。
「しかし、復習する時間ができたのはありがたいところなんだが……こんだけ時間がたってるのに、まだ来ないんだな」
今日は新しくこのクラスの担任を務めることになった魔術講師が来る筈だったのだが、授業開始時間になっても一向に姿を現さない。
おかげで俺は魔術理論の復習をすることができたわけだから迷惑なのかありがたいのか。
「まったく……この由緒あるアルザーノ魔術学院の講師として就任初日から遅刻なんて良い度胸だわ。これは生徒を代表して一言いってあげないと」
「それだから講師泣かせやら、説教大魔王なんて二つ名が蔓延るんだと思うのだが……」
「何か言った?」
「いえ……なんでもありません」
ちなみに先の二つ名は講師が授業でふざけた説明をしたり、手を抜いたりしている時に決まってシスティが物申ししている姿から言われている。
まあ、真面目なのはいいことなんだろうけど、システィの場合……その回数があまりにも多いために素材が良いにも関わらず、男子からは敬遠されがちである。
もうひとつ付け加えるなら、常に彼女の傍にいるルミアはその美貌と優しさで全学院の男子を虜にしている。
最近ではそんな天使や女神なんて言われる美少女が俺の教育係をやっているために、ルミアを狙っている男子達の嫉妬の念が俺に集中している。ぶっちゃけすげえ恐い。
「あー、悪い悪い。遅れた」
と、男子の視線に恐怖している間にようやく噂の新任教師がご登場のようだ。
「やっと来たわね! あなた、一体どういうこと!? あなたにはこの学院の講師としての自覚は──」
授業半ばまで遅れた講師に怒鳴るシスティが突然停止した。
「あ、あ……あああ──あなたは──っ!?」
……お知り合いで?
「違います人違いです」
「人違いなわけないでしょ! あなたみたいな男、早々いてたまるもんですか!」
「こらこら、お嬢さん。人に指差してはいけませんって習わなかったかい?」
「ていうかあなた、なんでこんな派手に遅刻してるの!? あの状況からどうやって遅刻できるっていうの!?」
「そんなもん、遅刻だと思って切羽詰まってた矢先、実は時間にまだ余裕があるってわかってほっとして、ちょっと公園で休んでいたら本格的な居眠りになったからに決まってるだろう?」
「なんか想像以上にダメな理由だった!?」
「……なんなの、この状況? ていうか、登校時に何があった?」
「あはは……」
どうやら登校時に何かがあったらしいが、一体何をしたらあんなにシスティを怒らせられるんだか。
それからシスティと数分間の言い争いの後、新任講師のグレン=レーダスが授業を行うかと思ったのだが。
手にした教科書を机に置き、チョークを持って黒板に書き記したのは……『自習』という二文字だった。
「……え?」
まさかシスティの口からこれほど間の抜けた声が聞けるとは思わなかった。
「えー、本日の授業は自習にしまーす」
そして、机に突っぷすとすぐに鼾の音が聞こえた。本当に寝ちゃったよこの人。
「ちょおっと待てええぇぇぇぇ──っ!?」
そして、分厚い教科書を持ってグレンへ突進していくシスティ。──って……
「いや、まずお前が待たんかああぁぁぁぁっ!?」
少ししてルミアも加わって激怒したシスティを抑えるのにかなりの時間を要してしまった。
あれからもう一週間はたったが、グレン先生の授業態度はもうとんでもなかった。
自習と称して居眠りした日の次にはようやく授業始めるかと思えば、ぐだぐだとした口調による説明にもなってない説明。その次には教科書のページを破って黒板に貼り付けて、また次の日には黒板に教科書を釘打ちし、最終的には何もしなくなった。
まあ、俺はそんなぐだぐだな時間の間にルミアの計らいでこれまでの授業内容の復習を手伝ってもらった。おかげでまたある程度魔術の学がついたので良しとすべきか。
いや、一部の人から言わせればどうでもいいか。
「いい加減にしてくださいっ!」
うん、来たよ一部の人。もうここのところ日常の一部となりつつあるシスティとグレンの口喧嘩……というより、システィの一方的な言い放ちになってるが。
しかも、今まで自分の家のことを持ち上げなかったシスティが遂に父親の名を使ってグレン先生を辞任させると脅してきたのにも関わらず、本人は嬉々としてシスティにそれをお願いと言い退けやがったよ。
これには流石のシスティも限界だったのか、遂に左手の手袋を外し、それをグレン先生に叩きつけた。
「おまえ……マジか?」
今までとは打って変わってトーンの低くなった声でグレンがシスティに尋ねる。
そしてその状況を見ている生徒一同は響めきで満ちていた。それもそうだろう。
手袋を相手に投げつけるというのは、地球の欧米でもよくある決闘の申し込みを意味するものなのだから。
「私は本気です」
「だめ! システィ、早く先生に謝って、手袋を拾って!」
ルミアも普段は聞くことのない大声を上げてシスティに叫ぶが、そんなこと御構い無しにグレン先生とシスティの決闘が進行してしまう。
条件はシスティが勝てば今後は真面目に授業をしてくれと、グレン先生が勝てばシスティのお説教を禁じ、自分の好きにさせろとのこと。
そして、ルールは[ショック・ボルト]による撃ち合い。[ショック・ボルト]とは、簡単に言っちゃえばスタンガンの遠距離版みたいなものだろう。
攻撃方面の黒魔術、
あと、魔術は呪文を口にして効果を発揮するものだと言ったが、腕のいい魔術師ならその呪文をある程度省略しても同じだけの効力を発揮させることができる。
俺もこいつと他一部で同じことができるが、それ以外がまともに起動できない。しかし、システィは筆記だけでなく、実技においても学年のトップの座にいすわっているほどの実力者。学院で習う魔術はほとんど略式詠唱で起動できるし、授業で習っていない魔術も独学で身につけているものもあるというほど。
これだけのスキルを身につけているシスティが決闘で負けるとも思えないが、グレン先生だって仮にも学院の講師だ。略式詠唱は当然身につけていると前提する。
呪文を省略することは練習すれば大体できるが、それをどれだけ切り詰められるかがこの勝負の分かれ目と言えよう。それを極めればただ一単語口にするだけで魔術を起動できる者もいる。
この決闘で使われるのが[ショック・ボルト]だけとなると、その呪文をどれだけ省略できるかという時点で勝負が決まると言っていいだろう。
初級の呪文とはいえ、速度は拳銃の弾丸並だから起動した後で避けるなどといった特撮染みた芸は常人にはまずできない。
だからこの決闘はどっちが先に[ショック・ボルト]を着弾できるかで決まる。
「……なんて脳内で色々考えたけど」
「今日の所は超ギリギリの紙一重の引き分けということで勘弁しておいてやる! だが、次はないぜ! さらばだ! ふはははははははは──っ!」
超絶ウザい高笑いを上げて決闘の場を去っていくグレン先生。
ちなみに決闘は引き分け……と無理やり締めくくったが、ハッキリ言ってシスティの圧勝と言っていい。
どこまで切り詰めた呪文が来るかと思えば、先にシスティの[ショック・ボルト]が着弾して勝ったと思えば、三回勝負だとグレン先生がルールを無理やり変え、渋々とシスティがそれに従って再度決闘したが、次も圧勝。
更に何回も同じことを繰り返して気づいたが、どうやらグレン先生は略式詠唱が相当にできないと見た。本人は否定していたが、一々長ったらしい呪文を今時園児でもやらないような騙しの中で唱えるも、ことごとくシスティの略式詠唱による[ショック・ボルト]が炸裂したのだから疑いようもないだろう。
そして遂に勝負がついたかと思えば、先のグレン先生の去り際。
魔術師にとっては決闘はとても神聖なものらしいので、そこで定めたルールも約束もぶち壊しにして去ったグレン先生にシスティは普段の大声も上げずにただフルフルと怒りに震えていた。
これを境にグレン先生の評価は遂に最底辺にまで落ちたと見ていいだろう。
はぁ……なんとも先行き不安な学院生活になりそうだ。