ロクでもない魔術に光あれ 作:やのくちひろし
「このお馬鹿! お前、一体何考えてんだ!」
狭い路地裏の道の中、更には両側は高く長い壁にはさまれてるからグレン先生の声がかなり反響する。
つい先程、ルミアが女王陛下暗殺の容疑なんて言いがかりも甚だしい汚名を被せられ、逃走中に宮廷魔導師団の二人が俺達に襲いかかり、何故か片方が止めに入るなんて変な展開になって混乱していたが、理由を聞いたらなんともくだらん事情だった。
「俺が現役時代の時にお預けになった勝負の決着をつけたかっただと!? こいつは、時と場所を考えろや! おかげで俺どころか無関係の一般市民まで死ぬとこだったわ!」
「……むぅ」
俺達に襲いかかった癖っ毛の多い青髪の少女はどうやらグレン先生が過去にお預けしていた決着をつけようと勝負を申し込んだと言っていたが、俺から言わせてもらえばアレは最早決闘なんて綺麗なものとは程遠かった気がする。
で、そんな少女の単独行動を抑えようと鷹のような眼光の目立つ青年が止めてくれたということだったらしい。
「あ、あの……さっきは早とちりして、すみませんでした」
「…………」
青年は気にしてないと言わんばかりに無言を貫いていた。
「あの、それで先生……この方達は?」
「ああ、俺の帝国軍時代の同僚だ。帝国宮廷魔導師団特務分室……執行ナンバー7、『戦車』のリィエル。執行ナンバー17、『星』のアルベルト。リィエルのデタラメっぷりはさっき見た通りだし、アルベルトは魔術の腕も接近戦の才能もだが、何よりすげえのは俺の固有魔術の範囲外からでも相手を仕留められる正確無比の射撃の腕前と
どうやらさっき俺を無詠唱で倒したと思った魔術は予め詠唱してそれを銃に弾丸をこめるようにストックして任意のタイミングで発動させる
ていうか俺、そんな完璧ハイスペックな人間を相手にしようとしてたのか。覚悟してたとはいえ、無謀すぎたかも。
「とまあ、組めばすげえ頼りになる二人なんだが……さっきので信用しろなんて言っても無理か……」
「そうよアルベルト。町中でいきなり軍用魔術なんて使うから、この子達怯えて──」
「「最大の原因はお前(君)だ!!」」
自覚なしにアルベルトさんに責任なすり付けようとしたリィエルにグレン先生と同時にツッコミを入れる。
「漫才して遊んでいる暇はないぞ。事態は深刻なんだ」
「あ、スマン。で、リョウ……さっき女王陛下に会ったって言ってたが、何があったんだ?」
アルベルトさんの冷やかな指摘でグレン先生が真剣な表情で聞いてくる。
「何がっていうか、俺もてんでわからない。親衛隊が来たと思ったらいきなり女王陛下を拘束するなんて言い出して連れて行ったから」
「こちらも同様だ。王室親衛隊は女王陛下を監視下に置き、そこの少女──ルミア嬢を始末するために独断で動いている」
俺の見てきた状況を伝えるとアルベルトさんがそれを補足して説明する。
「女王陛下は午前と同じく貴賓席で魔術競技祭を見守っている。だが、その周囲一帯を王室親衛隊の上位幹部陣を中核とした精鋭が取り囲んでいる。更に今はその周囲をいかなる者も近づけないための厳戒態勢……突破は至難の業だろう」
「セリカはどうなってんだ? ほら、元特務分室のナンバー21」
「親衛隊と同様女王陛下の傍らにいるが、行動を起こす心算はなさそうだ」
「えっと、アルフォネア教授のことまだよく知りませんけど、現代最強の魔術師なんていう風には聞いてますけど……何かあれば真っ先にその人がなんとかしてくれそうだと思うんですけど」
色んな魔術に精通して会得が難しい魔術だっていくつも軽々とこなしているっていうくらいにはよく耳にしていたのでそんな人を出し抜けるだなんてまず思えないが。
「彼女が行動を起こさない理由は依然不明だ。だが、そこのルミア嬢が噂の廃棄王女だとするなら、何処かでそれを聞きつけた王室親衛隊がその忠誠心を暴走させ……その娘を始末するために動いている、と考えられなくもないが……」
「いや、それだって無理ありすぎだ。例え動機がそうだったとしてもタイミングがおかしすぎだ。女王陛下が来臨してる今だぞ……それを不敬罪犯してまで起こす意味がない」
「確かにな。やるなら密かにやればいい話だ」
冷静に会話を聞いて俺も思った。以前のテロ騒動から真っ先にルミアが狙われてると考えてしまったが、明らかに理由が無理やりすぎるし女王陛下のいる所で大々的にやる意味なんてない。自分の首を締める行為にしかならないだろうに。
「考えたところで何も始まらない。私が状況を打破する作戦を考えた」
「ほう? お前が作戦ねぇ……言ってみろ」
リィエルがこの膠着状態が煩わしかったのか、自分の考えた作戦を説明する。
「まず、私が真正面から突っ込む」
いきなり特攻ときたかと呆れるが、この娘なら下手に隠密に回すより騒ぎを起こす囮役の方が向いていそうなのはわかるので特に違和感は湧かなかった。
「次に、グレンが正面から突っ込む」
国家反逆の罪を被ったルミアの逃走を手助けするグレン先生を見せつけて更に混乱を煽り、女王陛下と接触できる確率を上げる……という作戦かな。
「最後に、アルベルトが正面から突っ込めばい──いたいいたい」
「お前はその脳筋思考をどうにかしろ!」
グレン先生のグリグリによるツッコミが炸裂。ていうか、作戦も何もない本当にただの特攻だった。頭が痛い……。
「少しは理解したか? 貴様が黙っていなくなったことで誰がこいつの面倒をみていたのか」
「うん、ごめん。それはマジでごめん」
アルベルトさんの言葉にはものすごいトゲを感じる。まあ、こんな娘を押し付けられたらそりゃ文句の一言は言いたくもなるだろうな。
「お前が俺達のもとを去った理由をここで問うつもりも、戻ってこいというつもりもない。だが、いつかは話せ……それがお前の通すべき筋だろう」
「……わかった」
「そして、私と決着をつけるのが筋」
「それは嫌だよ!」
相変わらずリィエルはグレン先生との決着に固執していた。
「大体お前は何で俺との決着に拘るんだ!?」
「魔術師の決闘は勝者が敗者に要求をひとつ通せると聞いた」
「ああ、そんなカビ臭い伝統があったな! で!?」
「……グレンに、帰ってきてほしかったから」
ついさっきまで人形みたいに表情を動かさなかったリィエルの眼が、憂いを表すように揺れた気がした。
言ってることは滅茶苦茶だし、頭の痛いところもあるが、その雰囲気はまるで寂しがりな小さな子供を連想させた。
「……いい人達じゃないですか、先生」
その光景を見守っていたルミアが微笑ましいものを見るような表情でグレン先生に言う。
「はぁ? こいつらがいい人って冗談だろ……」
グレン先生はうんざりするように言うが、満更でもなさそうな雰囲気だ。本当に素直じゃない。
「それで、これからどうするつもりだグレン?」
「やるならすぐにやるべき。グレンの敵なら私が全部斬って──」
「だからお前は、その脳筋思考をやめてくれ」
なんだかこのままでは脱線しそうなのでリィエルに色々言うべきかも。
「ああ、リィエル……敵に突っ込むのを止めるとは言わないけど、せめて作戦……誰が何をするかっていうのはちゃんと決めた方がいいよ」
「うん。だから私が突っ込んで、グレンが──」
「突っ込むのは今は置いといて、今俺達がどうなってるのか説明すると……」
会話してわかってきたが、この娘は俺達と同年代くらいに見えるのに考え方というか……思考が妙に幼い気がする。だが、好きな人を守りたいというのは感じるのでちゃんと理解させればあの妙な特攻作戦も自重してくれる……筈だと思う…………多分。
それから十数分色々な方法でリィエルに説明を続けた結果……。
「……つまり、誰も斬らないようにして助けたら、グレンは褒めてくれる?」
「なんか、合ってるようで微妙に何処かズレてる気もするけど……そんな感じかな?」
「……うん、だったら作戦に従う」
「よし、それで結構だ」
書くもの何も持ってないから身振り手振りで色々言ってみたけど、どうにかうまくいったか。近所の子供達よりも若干疲労度が上な気もするが、ギリギリ許容範囲内か。
何故かグレン先生の単語がこの子の思考から全然抜けてくれないけど、それはそれで言い方次第でどうにかなりそうだな。
「……嘘だろ?」
状況を見守っていたグレン先生が信じられないものを目の当たりにしたような表情でつぶやく。何故かアルベルトさんも瞠若してるのか、鷹のような眼が少し丸みを帯びてる気もする。
「あ、あのリィエルを説得するとか……お前は神か?」
「いや、何を大袈裟な……」
「だっておま、あのリィエルだぞ! 一度突っ走ったらまず止まらねえ、任務で一緒に組みたくないランキング万年トップのリィエルだぞ!? お前とんでもねえ偉業だぞ! 流石お菓子のお兄ちゃん! ガキの説得はお手の物ってか!」
「いくらなんでも失礼すぎでしょう……。ていうか、その呼び名やめろ」
まあ、さっきの行動を考えればありえるのでつい同意しちゃうが。しかし、グレン先生がこんだけ言うとは、グレン先生の現役時代の彼女の行動の旨を知るのが恐い。
「……いい加減話を進めたいのだが。何か作戦はあるのか、グレン?」
「おお、そうだ。女王陛下に直接対面すること……それが突破口になる筈なんだ。だから、俺達はどうにかうまく奴らを掻い潜って女王陛下の前に立つ必要がある」
「その根拠は何だ?」
「セリカが言ってたんだよ。俺だけがこの状況をなんとかできるって。あいつはケチで意地悪だが、無意味なことは絶対に言わない。そんな奴がそんなことを言うってことは、必ず何かしら意味があるはずなんだ。だから俺はその言葉に賭けたい」
どうやらアルフォネア教授との通信でグレン先生がこの状況を打開する鍵になると言われたらしいが、それがどんな意味を持つのかはまだわからないと。
「そんな曖昧な言葉で信じられるのか?」
「少なくとも俺は信じられるね」
「……いいだろう。お前がそこまで言うなら俺もその言葉を信じるとしよう」
この言葉を機にアルベルトさん達が本格的に俺達と組むことが決定になったようだ。
それから主にグレン先生とアルベルトさんの作戦会議が始まり、軍事関連に詳しくない俺とルミア、そして考えることが得意でないリィエルは蚊帳の外になる。
「なんか……ものすごい状況になってるな。女王陛下の意味不明な軟禁にルミアの冤罪……グレン先生じゃないけど、俺もしばらく学院サボりたいかも……」
「ごめんね、私の所為で……」
「だからルミアが悪いんじゃないんだからもう少し気楽に……ていうわけにはいかないよな」
自分に無実の罪が被るどころか、母親が実態不明の軟禁状態なんて状況なのだから色んな不安感がのしかかってるのだろう。
俺もそれなりに考えてるが、ルミアの冤罪が何らかの陰謀によるものなのはもう明らかなのだが、女王陛下の置かれてる状況が全く見えない。
法も何もあったものじゃないし、どう考えても理不尽な行動なのだからあの人が止めろと言えばそれで事足りそうなのにそうできない理由があるのか?
考えられるのは脅迫とかそんな感じだが、親衛隊のみならずアルフォネア教授がいる中でそんなことができるとは思えないが……もし内部の人間の犯行ならアリかもしれないが、どっちにしろ警戒態勢の整っているところでできそうにないし。
「漫画だったらこういう時……妖怪とかなんかが絡んでるんだがな」
「ま、まんが……? ようかい?」
口に出していたのか、ルミアが首を傾げていた。
「ああ、小説とかの内容を絵とちょっとの台詞で構成した書物かな? で、とある漫画じゃ妖怪が人間の中からその人操ったり、関係者に化けていたり、禁句を言えば魂取り上げるだなんて状況が多かったからさ……」
「えっと……あそこにいる人達みんな人間だからね。それにしても恐いものが多いね……」
「まあ、オカルト関係の漫画だしな」
筋肉マッチョの多い奴らのバトル漫画や海賊ものは俺には合わなかったが、オカルトとかファンタジー系の漫画は結構読んでたからな。
「……おい、リョウ。お前、今なんつった?」
ルミアと漫画の話をしていると、グレン先生が割って入る。
「え? 何って、オカルト漫画?」
グレン先生、こういうの興味あるっけ? 以前、怪談話で思いっきりビビったってシスティやルミアから聞いたんだけど。
「違え! どんな内容が多かったかって話だ!」
「え、えっと……妖怪が人間の中からその人操ったり、関係者に化けていたり、禁句を言えば魂取り上げるとか──」
「それだぁ!」
「はい?」
「そうだ! だから俺だったんだ! 今のでセリカの言ってた意味がやっとわかったぜ!」
え? 今俺、何か重要なこと言ったか?
「……なるほど。確かにそれなら、グレンが一番適任だろう。そして、そういうことならこの状況にも説明がつく」
「リョウ、お前偶にいいとこ気がつくじゃねえか!」
「ええっと……」
ただそういう状況の方がまだわかりやすいなって思っただけの言葉だったんだが、この二人の中で何かがはまったっぽいな。
「よーっし、作戦決行前に気づけたのは僥倖だ。後はさっき言った作戦を実行するのみだ」
「で、グレン先生……その作戦って?」
「ああ、それなんだがリョウ……お前は先に戻っておけ」
「は? いや、俺も指名手配状態……」
「お前ひとりだけなら問題ねえ。あいつらが狙ってるのはあくまでルミアの命だ。[セルフ・イリュージョン]でも使ってちょっと顔変えれば連中は簡単に誤魔化せる。そんで、お前に頼みたいんだが……どうにかしてあいつらの士気を上げてほしい」
「士気をってことは……それは競技祭で優勝しろってことですか?」
「ああ、そうだ。この作戦を成功させるには二組の優勝が必要不可欠だ、頼む」
グレン先生が真剣な表情で俺の肩に手を置く。
いきなり言われても士気を上げるだなんて真似はやったことないし、そもそも俺にそんなリーダーシップなんてない。それに親衛隊の奴らが総出でルミアを狙っているのがわかっていながら競技祭に専念しろなんて言われて簡単にできるわけがない。
「……今一緒にいたところで、学院生でしかないお前にできることなどない」
俺が迷っているのを見透かしてか、アルベルトさんが厳しい言葉を投げつけてきた。
「さっきのを見た限り、お前は妙な魔術の改変を得意としているようだが、同じ学院生ならともかく、訓練の行き届いた軍人では相手にもならん。ならばグレンの言葉に従い、同僚達の士気を上げてグレン達を女王陛下のもとへ送る算段を立てることの方が重要だろう」
相手にもならない……か。事実だろうけど、軍人に真っ向から言われれば流石に堪える。
「まあ、アルベルトの言い方はちっとキツイが……頼む。別にあいつらに的確なアドバイスをしろなんて言わねえ。知略も大事だが、教えることは練習で散々済ませてきた。あとはあいつらが自分を信じられるかどうかなんだ。だからお前にはそれに気づくきっかけを与えてやってほしい」
「俺が……ですか?」
「ああ……お前だって練習であいつらに散々アドバイスしたろ。知識は多いほうじゃねえが、お前の例え話はいいところ突いてるからきっかけ与えるにはうってつけだ。だから頼む……あいつらを支えてほしい」
「…………わかった。絶対に優勝する」
さっき突きつけられた通り、みんなについていっても足手纏いになるだけだろう。だったらグレン先生とアルベルトさんの言葉に従ってクラスメート達の手助けにいくしかない。
「あの、リョウ君……」
声を掛けられて振り向くと、ルミアが責任を感じてるような表情で俺を見ていた。
「えと、ごめんね。こんな事に巻き込んで……」
「だから、お前の所為じゃないんだけどな……まあとにかく、さっさと優勝して女王陛下と会って、こんな下らん馬鹿騒ぎ収めようぜ」
ルミアの頭を撫でながら子供に向けるような声で言う。
「じゃ、絶対戻って来てくださいね」
「わかってる。お前も変なとこでしくじるなよ」
グレン先生と一言交わし合ってから俺は路地裏を出て行き、黒魔[セルフ・イリュージョン]で適当な人間に変装して学院へ向かって駆け出した。
半刻程かけてようやく学院に到着し、競技場へ入ったところで[セルフ・イリュージョン]を解除して二組のいるスペースまで駆け寄った。
「リョウ、先生とルミアを知らない? 二人共午後の競技始まってから全然姿を見せなくて」
着くとすぐにシスティが二人の行方を聞くが、俺はそれを無視してまず周囲を見渡した。
女王陛下は午前と変わらず貴賓席にいて、アルフォネア教授や親衛隊もいる。順位は、現在は四位か……やっぱり地力の差が出始めてしまったか。
「リョウ、聞いてる?」
「あ……システィ、二人は今緊急事態だ。今はそれしか言えない」
「……何かあったの?」
緊急事態という言葉に嫌なものを感じたか、神妙な顔つきで聞いてくる。
「それはここじゃ言えない。とにかく、グレン先生は二組のみんなでなんとしても優勝してくれって言ってた。今はその言葉を信じるしかない」
「でも、こうしてる間に……それに、みんなも……」
システィに言われてクラスメート達を見ると、所々諦めかけてる奴らが出始めているな。まあ、実際総合力で劣る二組が上位に入ってること自体がすごいことだからしょうがないかもしれないけど。
「……みんな、ちょっと聞いてほしい!」
俺の声掛けにみんなの視線が集中してくる。みんなには悪いが、こっちはどうしても優勝しなければいけない理由があるからなんとしても頑張ってもらわなくちゃいけない。
こっちの都合ばかり押し付ける申し訳なさはあるが、今は謝るための言葉も持ってないし、それを口にするわけにもいかないのでここはとにかく押し付けるしかない。
「先生は今緊急の用事ができたって言って学院の外に出てる。それと伝言を預かったんだけど、この競技祭はなんとしても優勝してくれって言ってた」
俺の言葉にみんながざわついた。なんでまた優勝をとか、一体何処にいるんだとかなんて言葉が聴こえてくる。
疑問は尤もなんだが、今はそれに答えることはできない。
「みんな! 先生達が今どうしてるかはわからないけど、やることは変わらないわ! 先生のおかげでここまで喰らいついてるのよ! 後もう少しじゃない! 諦めるのは早いわ!」
システィが俺に続いて意気消沈しかけてるみんなに堂々と宣言する。
「そ、それはそうだけど……」
「やっぱり先生がいないと……」
やはり簡単にはいかないかと考えながら俺もどうにかできないかと考えを巡らせる。アドバイスは俺の範疇外だから除外だし、気の利いた言葉も使える自信はない。それ以外でみんなのやる気を出させるにはと思ったところでピンッ、とアイディアが浮かんだ。
「みんなはグレン先生がいないとロクに戦えないの?」
「え、リョウ……ちょっと」
「この競技祭で出来そうなことはみんな散々練習したんだろ。なのにグレン先生がいないだけで尻込みするほど弱いわけ?」
いきなりこんな罵倒みたいな言葉を使うとは思わなかったのか、システィが止めようとするが、俺は軽く押し退けて言葉を続ける。
「そんなザマじゃ、優勝なんてできないし、もしこれがグレン先生に知れたら……どうなると思う?」
この言葉にみんなが敗北した後のグレン先生の行動を予想する。それを見計らって俺はもう一度口を開く。
「『あ〜らら〜♪ お前らって俺がいないと何にもできないんだな〜! ごめんね君達ぃ、途中で抜けちゃって優勝逃しちゃって〜! てへぺろ♪』……とかな」
イラッ、とそんな擬音がみんなから発された気がした。
「言いそう……」
「ウザいですわ、それはとてつもなくウザいですわ……っ!」
「あのバカ講師に言われるのだけは我慢ならんな」
「それに、グレン先生が何のために優勝してくれなんて言うと思う?」
俺の言葉に新たな疑問が浮かんだのか、みんなが首を傾げる。
「まあ、ハーレイ先生とのその場の勢いの賭けもあるんだけど……そもそもあのグレン先生がなんでこの行事に口出ししてきたんだと思う? 聞けばこの行事でトップを取ると、普段の給料とは違うボーナス……特別賞与なんてのがあるらしい」
「おい、アイツまさか……」
ここまで来たら誰もが予想できたのか、カッシュが代表して声を震わせながら聞いてきた。
「ああ、特別賞与にハーレイ先生の賭け金……合わせたら当分遊んで暮らせる程の大金が入るからやる気出したんだろうな。まあ、ハーレイ先生との出来事はグレン先生も予想してなかったんだろうけど……思わぬ儲け話にグレン先生も躍起になってんだろうな」
「ふざけんな! こうなったらあの野郎、とっちめて──」
「はい、待て」
競技祭放ったらかしでグレン先生に殴り込みに行きそうなカッシュを止める。
「何で止めんだよ! あのロクでなし講師に一発やらなきゃ気が済まねえよ!」
「言いたいことはわかるが、別に拳による制裁はいらないだろう」
「何?」
「みんなが怒ってるのは自分達が必死こいて優勝するのを自分の金儲けのダシに使ってるグレン先生の行動が許さんってことだろ?」
俺の質問に全員が強く頷いた。
「だから制裁したいって気持ちもわかるが、何も暴力だけがおしおきじゃないだろ」
「て言うと?」
「もしこの競技祭で優勝できたとしたらそれはグレン先生のアドバイスも大きいが、競技に出て勝利をもぎ取ったのは飽く迄俺達だ。なら、勝利に貢献した俺達にはあってしかるべきものがあるんじゃねえのか? そう……つまりは御褒美」
そこまで言って合点がいったのか、カッシュがニヤついた顔で俺に問いかける。
「なるほど……そりゃあそうだよな。競技に勝つのは俺達なんだから、御褒美くらいあってもいいよなぁ?」
「ああ……優勝して、グレン先生の懐が温まったところでその喜びをみんなで共有する権利くらいあると思うんだよ」
「だよなだよな。俺達がもぎ取ったもんなんだから当然の権利だよなぁ」
そこでカッシュが全員に目配せすると大半が強く頷き、
『『『終わったら祝勝会だ! 飛びっきり高い店で!!』』』
今ここにみんなの心がひとつになった気がした。代わりにグレン先生の懐が大ピンチに陥ったが。
すみません、グレン先生……全員の士気を上げるにはこれくらいしか思いつかなかったんです。後でそれなりのフォローはしますので今だけは許してください。
俺はまだ来ぬグレン先生に向けて合掌した。
それから数分後、次の競技に入る。次の種目は『変身』……。文字通り何かしらの姿に変身してその変わり様の出来に応じて点数を競い合う競技、リンの出る種目だ。
『ハーレイ先生率いる一組、セタ選手! 迫力満点な竜に変身したぁっ! これは凄い!』
今は一組の選手が闘技場の真ん中で竜に変身し、会場を騒がせてる。漫画とかでもよく見る西洋のドラゴンの姿だった。
「ひっ……!?」
その再現度には隣にいるリンも思わず後ずさってしまうほどだ。
「あ、あわわ……どうしよう……」
身も心も、声も震わせリンは青ざめ混乱していた。
「……リン、追い討ちをかけるようで悪いけど……俺は君に言うべき言葉が見つからない」
俺の発言にリンは震えながら、今にも涙が溢れそうな目でこっちを見る。
「これまでグレン先生のアドバイスでトレーニングはしっかり積んで来たんだよね?」
「うん……昼休みにも、選手交代してもらおうと思ったら……出ろって言われて、それでイメージトレーニング用に先生がこの本を薦めて」
どうやら昼休みにグレン先生に相談してたようだ。
「なら、問題ないと思う。それに、イメージをするのに大切なことはもう言ったよね」
「えっと……あの、青と銀の姿で言った……」
「うん、あの姿のことは忘れて……。で、あの時言った言葉なんだが……覚えてる?」
「うん……」
「前にも言ったけど、リンの想像力というか……夢を見る力は相当なもんだと思う。[セルフ・イリュージョン]の特徴はイメージ次第でいろんな姿になれるってことだ」
本編には出てないフュージョンアップだろうがフュージョンライズやらを模すことができたほどなんだから正に変幻自在というべき魔術だと思う。
「リン、君は自分を優柔不断だと言ってたけど……それの何が悪い?」
「え?」
「そりゃ、決断の早い方がいい時だってあるかもしれないけど……グレン先生に選手交代を相談したのだって見方を変えればクラスの優勝を真剣に考えてたからってことだし、イメージの件だってリンの拘りだ。どの姿がより本物の女神様に見せられるかって必死に考えてる証拠だ。そんなリンの優しさや頑張りを馬鹿にしようものなら、グレン先生に変わって鉄槌を下してやるよ」
「……ふふっ」
「なんでここで笑う?」
「だって……言ってる事が先生とそっくりだもん。リョウ君と先生って、どこか似てるよね」
「俺は先生と違って生活は計画的にしてるぞ」
教師として尊敬してる部分もあるが、基本はだらしない反面教師だからな。
「ま、そんなわけだから君は安心して行ってこい。どちらかといえばこれは競技というより芸術だ。芸術ならリンのお得意だろ」
図書室で会う時は神話の絵を手書きしているのをよく見かけたが、あれはすごかった。地球で美術の発表会にでも出せば上位間違いないと思う。
「うん! 頑張ってくるね!」
「おう!」
ようやく決心が固まったのか、さっきとは打って変わった笑顔で競技場へ駆け出していった。
「……ふぅ」
「具体的性には欠けてるが、彼女には良い激励になったんじゃないか?」
「え? ……って、アルベルトさん!?」
後ろを振り向けば何故か燕尾服に身を包んだアルベルトさんが静かに佇んでいた。
「何でアルベルトさんが? グレン先生とルミアは……」
「グレンからの指示だ。先程し──フィーベル含めた二組に伝えたが、ここからは俺が二組の指揮を取り、優勝の手助けをしろとな」
「はぁ……それじゃ、俺がわざわざ発火装置にならんでも」
「お前にはお前にしかできないことがある。俺ができるのは選手のペースに合わせた助言だけだが、お前はその独特の言い回しで奴らの士気を上げられる。現に先の少女はお前の言葉を受けて安心感と高揚感を取り戻した。どんな勝負事や戦でも、士気の高さが勝敗を左右するんだ。お前はその口を存分に使ってみんなを支えていけばいい」
さっきちょこっと会話した程度だが、俺からみたアルベルトさんは理屈を突き詰めた科目な人ってイメージだったので感情的な考えを述べることに少し驚いた。
まあ、さっき厳しいこと言われた分喜んでるって部分もあるけど。
とにもかくにも、リンが『変身』で最高得点を叩き出してくれたおかげでクラスの士気が戻って行き、いくつか競技を乗り越えた頃には一組との差がかなり縮まった。
士気が戻った影響もあるが、この快進撃に大きく貢献したのは間違いなくアルベルトさんのアドバイスだ。特に戦闘系の競技には目立たないが、右手をササっと動かすだけの簡単なハンドサインでクラスのみんなをうまい具合に動かした。
しかし、あれは確かグレン先生がみんなと長い時間相談して決めたサインの筈なんだが。いくらグレン先生が伝えたと言ってもひとつひとつ丁寧に教える時間があったとは思えないし……そう考えながらアルベルトさんを見ると、控え室では見なかったリィエルも隣に立っていた。
リィエルまで来ていたのかと思ったが、よくよく見ると選手の動きを見て思案顔になったり、喜んだりしていた。失礼だと思うが、リィエルは表情が人形並みに変化なしだと思ったから妙な違和感を抱いた。更に少し離れたところではシスティが意味ありげな顔で二人を見ていた。
ここまで来たら俺も理解した。なるほど……グレン先生の作戦というのはこういうことだったのか。なら、俺も自分のやれることを精一杯するのみだと自分の頰を叩いて気合いを入れた。
『さぁ、いよいよ魔術競技祭の大目玉、『決闘戦』のトーナメントも大詰め! 片や当然の如くハーレイ先生率いる一組! もう片方は、五組、八組を下して遂に二組が決勝戦までのし上がって来たぁ!』
日が西の山に沈もうとする頃、ようやく決勝まで勝ち進んできた二組。優勝まで目前に迫って来るなか、競技場の空気がビリビリと振動している気がした。
両サイド火花を散らし、先鋒戦にカッシュが出たが、良いところまでいったものの相手側の魔術によって動きを封じられ、惜しくも敗退となった。
中堅戦ではギイブルが将棋詰めのように相手を徐々に追い込んで行き、呪文改変の召喚魔術によって喚びだされたアース・エレメンタルによって相手を行動不能にして勝利を掴んだ。
そして大将戦ではシスティと相手側の互角以上の戦いが長く続きつつも、最後にはシスティの黒魔改[ストーム・ウォール]で相手の不意を突き、更に駄目押しの[ゲイル・ブロウ]でフィニッシュを取った。
この瞬間、俺達二組の優勝が決まった。それを会場内のみんなが理解すると同時に歓声と拍手が競技場に轟いた。
クラスのみんなは勝利を収めたシスティを胴上げに行った。本人は突然の胴上げに目を白黒しっぱなしだったが。
ようやく優勝ができたと同時に、やっと本星へ到達できるかと安堵した。グレン先生の作戦がいよいよ最終段階に入ろうとすることを理解しながら俺は更に集中力を研ぎ澄ませるよう深呼吸をした。
さて、ここからが本当の戦いだな……。