ロクでもない魔術に光あれ 作:やのくちひろし
魔術競技祭表彰式……。長い時間がかかってようやく二組の優勝が決まって式が始まり、女王陛下が勲章を授けるために表彰台へと登った。
更に実況の人が俺達のクラスの優勝を宣言すると同時に拍手が起こる。そして代表が呼ばれ、アルベルトさんとリィエルが表彰台へと上がる。
「あら? 貴方達は……」
女王陛下は二組の担当がグレンだということを知ってるのでアルベルトさんがいることに不自然さを感じた。
「なぁ……いい加減、このバカ騒ぎ収めちゃくれねぇか、おっさん?」
突如、アルベルトさんの口から似合わない慇懃無礼な言葉が飛び出した。それからブツブツと何か一言呟くとアルベルトさんとリィエルの像と空間が歪み、空間が戻ると同時にその姿が変わった。
「き、貴様は……っ!? 魔術講師っ!? そんな馬鹿な……貴様はルミア嬢と共に町中で部下が……」
「[セルフ・イリュージョン]ですり替わってたんだよ、途中から。お前魔術師を相手にするならもう少し部下にちゃんとした教育するんだったな!」
やはりというか、先程までアルベルトさんとリィエルだと思った二人は偽物でグレン先生とルミアが[セルフ・イリュージョン]で化けていたわけだ。
全ては女王陛下の傍まで近づくための作戦だった。
「何をやってる! 賊共を捕らえんかっ!」
女王陛下の傍にいた騎士……ゼーロスだったっけ。アイツの怒声混じりの指示が出ると、一瞬硬直していた親衛隊が表彰台に上がろうと動き出す。
「セリカっ! 頼む!」
グレン先生が大声を上げるとアルフォネア教授がボソリと呟き、表彰台を光の壁が包み込んだ。
「ほう? 音まで遮断する結界とは随分気前がいいな。……で、何でお前まで出て来るんだ?」
「どうせこうなることは俺でもわかりきっていたことですし。何するにしても先生ひとりじゃ守りながらは不利でしかないでしょ」
グレン先生は結界が構築する直前に飛び込んできた俺に呆れたような眼を向ける。グレン先生がアルベルトさんになりきってることを理解してからグレン先生の取ろうとしていた作戦が理解できたのでいつでも飛び込んでいけるようにマナバイオリズムは常に整えていた。
そして結界が表彰台を覆う前に目立たないよう最後列で[アクア・ヴェール]を起動した俺は水を使って一気に飛び移ったというわけだ。
「まぁいい……ここまで来たからにはテメェも最後まで付き合ってもらうぞ」
「元々そのつもりですから」
今回ばかりは似合わないだとか考えるつもりもない。ただ足掻き続けなければ自分の大事なもの全部壊されかねないから。もうあれこれ考えるのはやめだ、今はただ目の前の障害ぶち壊して友達助けることだけを頭に浮かべる。
「セリカ殿……貴様、この期に及んで裏切るかっ!?」
向こうではゼーロスが結界を構築したアルフォネア教授に怒鳴っていた。当の本人は飄々と無言を貫いて突っ立っているだけだ。
「さってと、オッサン……そっちの事情はもうわかってる。セリカが教えてくれたからな。まあ、余りにも判りづらいヒントだったが、それもコイツのおかげでピンときた」
グレン先生が俺の頭をクシャっと乱暴に撫でて言う。
「つうわけだ……あとは俺が陛下をお助けしてやる。俺が……陛下のネックレスを外してやるよ」
……ネックレス? 何のことかよくわからんが、グレン先生の言葉を聞いてゼーロスが目に見えて狼狽し始めた。
「き、貴様……たかだか一講師でしかない貴様が女王陛下に近寄ろうなど無礼も甚だしいぞ!」
「まあ、やっぱこうなるよな……こりゃ説得も簡単じゃねえぞ」
さっきの凄みたっぷりの威圧感は残ってるものの、ゼーロスは明らかに動揺している。女王陛下が付けてるネックレスに何かあるのだろうか。
まだイマイチ話が見えてこないが、グレン先生がああいうってことは……あ、わかってきた。ここまで来たら俺でも事の顛末が見えてきた。
「くっ……っ! 貴様ら、これ以上余計な行動を起こすな! この国に仇なす逆賊が、陛下を守るため、ここで始末してくれる!」
「……あんたに陛下は守れないよ」
「……なんだと?」
「え? ちょ、リョウ……?」
俺が言い放った言葉に、この場にいる全員が呆然と俺を見ていた。
「わかんない? あんたじゃ、誰一人助けることなんて出来やしないからさっさと引っ込んでろって言ってんだよ」
「おい、リョウっ!」
「グレン先生が女王陛下を救うって言ってんだよ。この人ならそれが出来る。ただ剣を振るって、何の罪もない女の子斬ることしか考えられないアンタとは違って誰も傷付くことなく事は収まる。わかったらいい加減下がれよ」
いい加減、このジジイの言葉にはウンザリしてた。女王陛下を守る立場にいる以上は側近でない限り警戒しなければいけないというのはある程度許容できたが、ここまで来てこの態度は流石に腹立たしかった。
「学院生が口を挟むな! 貴様らが女王陛下を守るなど……我ら騎士団を前にしてよくもヌケヌケと言えたものだ! 逆賊風情が、これ以上我らを侮辱するなら貴様の口から斬り落としてくれる!」
「自分だけが女王陛下を守れるって言いたそうな発言だな。テメェ、何様だ? 陛下の傍にいるほどなんだから実力は相応のものだってのはわかるが、いくら強いと言っても所詮は剣を使うことしかできない……物理的に人を斬り落とすことしか頭にない金属頭の馬鹿じゃどう足掻いたって誰も救えない……いい加減にしろよ頑固頭っ!」
「……飽く迄我々を愚弄すると言うか、小僧」
ゼーロスがストンと腰を落とし、両手を剣の柄に添える。同時に背後に獅子のような、仁王像のような姿が見えると錯覚するほどの殺気……というものか、とんでもない雰囲気が濃霧のように襲って来る。
「ほんとに度し難いカチコチ頭だよ……そんなやり方しかできないでよく騎士なんて名乗れたもんだよ」
「リョウっ! いい加減止せ! 喧嘩売る相手が悪すぎだ!」
グレン先生が俺を止めようとするが、俺は[アクア・ヴェール]でグレン先生の手を払いのける。
「悪いですけど、こればかりは譲れませんよ。この馬鹿には頭どころか骨の髄まで凍えさせるくらい冷えたもんぶち込まなきゃ気が済まない」
「お前……っ!」
それから俺はゼーロスに視線を戻すと既に両手には鞘から抜かれた細身の双剣が握られていた。その眼と刀身にはもう俺の姿しか映ってない。
俺は[アクア・ヴェール]を撓らせて力を込める。互いを睨むこと数秒が過ぎ、俺は先に仕掛けることにした。
「『飛瀑』っ!」
「遅いわ!」
水を足場に一足飛びでゼーロスに接近するが、俺のスピードなど置き去りにする程の速度で双剣が俺に迫って来る。
「知ってるよ!」
もっとも、そんなことは承知の上なので剣が俺に到達する前に[アクア・ヴェール]を眼前で盾のように圧縮し、構える。
「こんなものっ!」
だが、ゼーロスはそれを交差した剣閃で紙切れのように4つに切り裂いた。マジで水を切り裂くなんて芸当できるんだなと呑気なことが頭に浮かんだ。
もちろんそれも俺自身わかりきってたことだ。この防御はあくまで囮だ。
「ぬっ!?」
四分割された水を操り、ゼーロスの四肢に絡ませて動きを封じる。そこに更に俺が飛び込んでゼーロスを抑え込む。
「『光殼』っ!」
もうひとつオマケで[ウェポン・エンチャント]を[アクア・ヴェール]に付与して拘束力を上げた。
「この……こんなもので!」
が、やはり鍛え方がまるで違うのか、今にも引きちぎられそうだった。……だが、俺の妨害工作はこれで終わりじゃない。
「『白銀の氷狼よ・吹雪纏いて・疾駆け抜けよ』っ!」
「なにっ!?」
後ろから詠唱が聞こえたと同時に俺達を凄まじい凍気が襲う。それはグレン先生の黒魔[アイス・ブリザード]だった。
これで更に拘束力は強まったし、鎧に[トライ・レジスト]が付与されてるとしても身体に襲いかかる冷気で起こる体温の低下による動きの鈍りからは簡単には逃れられない。
「こ……のっ! ふざけた小細工を!」
なのに、ゼーロスは剣を握る手を震わせながらも徐々に俺の首に刃を立てようと迫ってきた。こんだけやってるのにこの馬鹿力はどうやって付けてんだよ。
「リョウ君っ!」
寒さで凍えながら後ろからルミアの悲鳴混じりの叫びが聞こえ、いよいよここまでかと思うと視界の端からキラリと光るものが飛んできた。
「な──っ!?」
俺がそれを認識する前に既に気づいたゼーロスが剣を握る手から力を抜き、俺達の傍に落ちた翠緑の宝石の付いたネックレスが放られた方向を目で追うと、投げた本人か、女王陛下が右手を胸の辺りまで上げた状態で立っていた。
「へ、陛下っ!? 何を──」
「うおおぉぉぉぉりゃああぁぁぁぁっ!!」
「ぐあ──っ!?」
ゼーロスが動揺した瞬間を狙ってグレン先生が見事な回し蹴りを炸裂させ、俺達を縛っていた氷を砕きながら数メトラ吹っ飛ぶ。
「いっっっってぇな! 硬ぇ……。けど、良い所に決まったな。いくら化け物クラスに頑丈でも人間だからな……しばらくはお寝んね状態は続くぜ」
蹴っておいたが、相手が硬かったのか脛を摩りながら呟く。
「ぐ……ワシのことはどうでもいい! それより陛下が……っ!」
「それならもう大丈夫ですよ、ゼーロス」
弱々しく地面で身体を震わせつつも女王陛下を守ろうと立とうとするが、その側に本人が立つと目を丸くする。
「へ、陛下……? 何故……ネックレスが外れて……」
「俺がコイツを無効化したからな」
ゼーロスが呆気に取られるとグレン先生がさっき放り投げられたネックレスを拾って忌々しげにそれを見つめる。
「条件起動式……条件起動型の呪い、だな。つまり、このネックレスは呪殺具で発動条件が『勝手に外す』、『一定時間の経過』、『第三者に報せる』」
「で、解呪条件がルミアを殺すことだったってわけですか……」
「条件にちっと差異はあるが、概ねその通りだ」
俺達の予想にアルフォネア教授はホッとしながら頷いた。
「ルミアを狙う何者かが陛下にこれを上手いこと着けさせ、後でそれを知らせる。そして陛下を救うためにルミアを殺そうと親衛隊は大暴走。陛下が死ねばそれも良し……ルミアが殺されても後でいくらでも事情をでっち上げられることも込みで仕掛けた……コイツを仕掛けた奴、絶対頭イカれてやがるぜ」
「やっぱお前……緊急時限定だけど、頭冴えるよな。私は信じてたぞ」
「たくっ、調子のいい……コイツがいなかったらこの壇上登っても混乱真っ只中だったぞ。ていうか、お前も陛下のネックレスの事気づいてたか」
「気づいたのは先生が言ってからですけど」
魔術のある世界なんだから所謂呪われたアイテムなんてもんがあってもおかしくないだろうしな。
「で、俺が呪殺具封じる時間稼ぐために自分が囮になってオッサンに喧嘩売ったと」
「ちゃんとわかってくれて助かりましたよ」
「ま、言い方があからさまだったしな。一発ブン殴るって言うならまだしも、冷えたものなんて言い回しすれば誰でも気づくわ。しかもご丁寧に燃費の悪い魔術起動しっぱなしで見せつけてくれたしな」
「オマケに最初からそのつもりだったか、予め自身に[トライ・レジスト]重ねがけしてたしな」
「やっぱ気づいてましたか……」
まあ、そうじゃなきゃ軍用魔術まともに喰らって無事じゃいられないしな。
「けどお前、無謀もいいとこだぞ。お前が喧嘩売った相手は何十年前の戦争生き抜いた歴戦の猛者だ……あと一瞬助けるの遅れたら首チョンパだったぞ」
「なら、言えば先生が相手してくれましたか?」
「それこそ冗談……あんな化け物、絶対相手にしたくねぇ」
「そ、そんな事より……貴様、一体何をした? 何故陛下の呪殺具が、起動せずに……」
「ああ、そりゃ……コイツを使ったからな」
グレン先生が懐から出したのは、以前のテロ騒動でも使ったアルカナのカードだった。
「これは俺特製の魔導器でな。俺はコイツに刻んだ術式を読み取ることで一定効果領域内の魔術の起動を完全封殺する。呪いだって魔術の一種だ……だからコイツで囲った領域内じゃ、条件が揃ったところで呪殺具が起動することはないってわけ」
「魔術の起動を完全封殺……愚者のアルカナ……まさか、貴公は……」
「さて、何の話だかな。ともかく残った問題はまだあるけどそれよりまずは……」
グレン先生はゼーロスの言葉にすっとぼけて周囲を見回す。
「……これ、どう収拾つけんの?」
「……暗殺阻止よりも面倒臭い問題だな」
そういえばここ、公衆の視線の中心だったわ……。
それから夜が更ける頃、街灯や住宅の明かりのみに照らされた薄暗い町中を歩いていた。
「あぁ、やっと終わった……銀鷹剣付三等勲章とかいらね。それよりも金の方がいい」
「ブレないですね」
「つか、俺ら被害者だろ……なのにまた後日召喚だとか面倒臭ぇ……」
「あはは、仕方ないですよ。私達が事件の中心人物なのには変わりないですから」
「俺達からすれば甚だ不本意だけどな」
「でも、何だかんだで丸く収まったし」
「まあ、なんだかんだ被害はゼロだかんな」
結論を言えば事件は解決。ゼーロスが投降宣言をし、学院長と女王陛下の弁舌によってどうにか会場内の人間の混乱を抑えることに成功し、その場でゼーロス達の処分が下った。
公衆の面前なので厳しい懲戒処分の体を装う必要があったが、女王陛下の為ということもあって情状酌量の余地は充分とのことらしい。まあ、そんな処分が霞んで聞こえるくらい女王陛下が見事な言い回しで俺達の武勇伝らしい話を持ち上げて聞かせていたのでルミアを巻き込んだ不可解さも含めて目を逸らすことに成功した。
「ああ、本当に丸く収まってよかったぜ。こっちは生きた心地しなかったがな」
「まあ、騎士相手に喧嘩売って生き残れたんですしね」
「それもだが、問題はその後だ、後! お前、打ち首にされてえのか!」
「え? 何でいきなりそんな話に?」
「あのなぁ……女王陛下が笑って許してくれたからよかったものの、アレ普通に考えて不敬罪で首チョンパ待ったなしだったかんな!」
……ああ、ひょっとしてアレか。女王陛下の弁舌が終わった後、グレン先生と共にお礼をされていた時だった。改まってルミアの事をよろしく頼まれた時、俺は魔術競技祭の時に言いそびれた事も含めて言いたかった。
『すみませんが、陛下。その頼みは聞けません』
そう言った時の場の空気が一気に冷え切った気がした。だが、そんな空気も御構い無しに俺は言葉を続けた。
『俺がルミアといるのは自分がそうしたいと思ったからです。陛下に命令されるでもなく、自分の意思で。それを今更義務感として上書きされたくはないんです。じゃなきゃ、本当の意味で彼女を守るとは言えなくなっちゃいそうなので』
そう言ったら女王陛下は一瞬惚けるが、すぐに笑みを浮かべて今度は女王としてでなく、母親として頭を下げてきた。
流石にそこまでと思ったが、王特有の雰囲気が抜けており、その瞳からは母親としての優しさを感じられたので俺はその頼みを承諾した。
「たくっ……オッサンに喧嘩売った事といい、陛下への言葉使いといい、お前はイチイチ自分の首を締めなきゃ気が済まないMなの?」
「んな特殊な性癖なんて持ってませんよ。両方共心の底からちゃんと口にしなくちゃならないと思ったから言ったまでで」
「相手が猛者と権力者だってことわかってるの!? いくらこの国の人間じゃないからってお前慇懃無礼すぎでしょ!」
「別に他国の人だからずけずけ言ってるわけじゃないですよ。ていうか、むしろ自分の国のお偉いさんより信頼しているまでですし」
「お前に愛郷精神はないわけ!?」
「まあまあ、終わったことですし……私は嬉しかったよ」
ルミアが仲裁に入ってこの話題は切り上げることになった。
「まあそうだな……もうしばらくこの話題は出したくねえ。酒でも飲んで今日の不幸全部忘れてやる」
「そういえば、みんな今打ち上げやってるんですよね?」
「ああ、一応優勝してくれたわけだから俺の奢りってことでな。今回の件が解決できたのはあいつらのおかげだしな」
「へぇ、先生も偶にはいい事してくれ……ん?」
「どうしたの?」
「いや、何か大事なこと忘れてるような……」
なんか、自分で撒いた爆弾忘れたまま放置しているような感覚……。
「ああ、あそこだ。たく、奢ってやるとは言ったが、何もこんな高い店でやんなくてもいいだろに」
着いた店は古めかしい木材で建てられたものだが、あそこから漏れ出てくる料理の香りは嗅いだだけで相当質の高い店だっていうことがわかる。
……高い、店?
「……あ゛っ!」
「おい、リョウ。なんだ、その『あ゛っ』て?」
やべぇ……親衛隊の騒動ですっかり忘れてた。
「先生、最初に謝っときます。ごめんなさい」
「何だ急に? なんかすげぇ嫌な予感してきたんだが……」
俺の謝罪にグレン先生が恐る恐る店のドアを開けるとその向こうではクラスのみんなが大盛り上がりだった。
『『『あ、先生っ! お先にやってまーす!』』』
「「…………」」
「……おい、何だこの皿と空き瓶の量は?」
グレン先生はテーブルに積み重ねられていた皿の数と所々に散乱されてる空き瓶の数を確認しだした。
「こ、この皿に微かに残ってるソースからして料理は……しかも、この瓶は『リュ=サフィーレ』……貴族御用達の高級ワインじゃねぇか。誰だこんなバカ高いもん頼みまくったの!?」
「いやぁ、先生っ! 俺達に黙って酷いじゃねえっすかぁ! 俺達散々扱き使って自分だけ金たんまり稼ぐなんてさぁ!」
ほんのり顔が赤くなってるカッシュがそんなことを叫んだ。どうやらアイツも酒飲んじまったみたいだな。
で、カッシュの言葉を聞いたグレン先生がギギギと音を立ててこっちを睨んだ。
「……おい、リョウ。何か言うべきことがあるんじゃねえか?」
「……心の底からごめんなさい」
「謝って済む問題かぁ! テメェ、こいつらにチクったな! 今回の稼ぎが全部お星様になって消えちまったじゃねえか! どうしてくれんだこの始末!?」
「いや、本当にすいませんでした! あいつらの士気を上げるにはああするしかなかったんです! 後でちゃんとフォローはするつもりだったんですよ! でも、今回の騒動の所為ですっかり頭から抜けちゃったんで!」
「んなもん言い訳にもならんわっ! テメェ、そこに直れっ! 渾身の[イクスティンクション・レイ]を見舞って──どあっ!?」
「先生〜! やっと来たんですか〜?」
グレン先生がキレると、横からシスティが抱きついてきた。あ、コイツも相当酔ってるな……。
「先生〜……今回もまたルミアを助けてくれてぇ〜。私見直しちゃったぁ〜」
「や、やめろ! くっ付くな!」
「うふ、うふふふ! 先生偉いなぁ〜! お礼に〜、私を娶る権利をあげてもいいわよ〜!」
酔ってるからって、ものすごい事を言い出した。
「ちょ、ウゼェ……いい加減離れろ!」
「や〜だ〜!」
「ああ……じゃあ、俺はこれで」
「テメェ、逃げんじゃねえ! 責任持ってコイツどうにかしやがれ!」
「流石に馬に蹴られるってことわかって、そんな野暮はできませんから」
「先生〜! リョウじゃなくて、わらしを見て〜っ!」
後ろから呂律の回ってないシスティとグレン先生の困惑の叫びを聴きながら俺はバルコニーに避難……もとい、気を遣って退散した。決して酔っ払ってるシスティの対応が面倒臭いわけじゃない。
「つっっかれたぁ……」
バルコニーの柵に寄りかかった途端、一気に疲れが乗っかってきた。ゼーロスとの戦いで思ってたよりも何倍も披露が溜まっていたようだ。
疲労回復のために何かオススメの紅茶がないかとマスターに頼んだ。もちろん、これは自腹で。流石にさっきのアレを見たら奢ってもらおうなんて気になれないし、もとはといえば俺の所為だしな。
「……ふぅ。癒される」
紅茶の種類なんてわからんが、紅茶とかコーヒーを飲むのは結構好きだ。ようは飲むものが美味ければそれでいい。
「それ、美味しい?」
「ん、ルミアか。そっちは何か頼まないのか? まだ夕食取ってないだろ」
「うん、そうなんだけど……今日これ以上出費させるのはね」
「ああ、そうだな……」
もう既にみんなが高いもの頼みまくった所為でグレン先生の財布が風前の灯火だしな。原因俺だけど……。
「せめて何か入れとけ。今回は俺が奢るから」
「リョウ君だって生活あるんじゃなかったっけ?」
「今日くらいはいい。色々大変だったんだから労いって意味でな」
「労いっていうならむしろ私が何か出すべきだと思うけど」
「ああもう……じゃあアレだ。母親との蟠りが解けた祝いってことで」
「う、うん。じゃあ……」
それからルミアも注文を取り、りんごジュースとケーキを頼んだ。それから紅茶を飲むためにカップを持ったり置いたりする音とケーキを食べるためにフォークが皿に触れる音だけがバルコニーに響く。
そんな時間がしばらく続くと、先に沈黙を破ったのはルミアだった。
「あの、今日は本当にありがとね。お母さんを助けてくれて」
「……助けたのはグレン先生だろ。俺は場を引っ掻き回しただけで」
「ううん。先生よりももっと危ない場所に飛び込んでまで助けてくれたよ。それに、ゼーロスさんに言ったことも、お母さんに言ったことも、嬉しかった」
穏やかな笑顔で礼を言うもんだから俺はなんとなく気恥ずかしくなって眼をそらす。
「……話は、できたんだよな。どんな?」
「今までのこととか、色々……短い時間だったけど、自分の中にあったもの全部吐き出せたと思う」
「そうか……」
そりゃよかった。命賭けた甲斐があったってもんだ。
それから夜が更けるまでルミアと今日のことについて話し合った。システィを寝かしつけたグレン先生が来てからは珍しくお小言が降りかかったが。
いや、本当にすみませんでした。