ロクでもない魔術に光あれ   作:やのくちひろし

12 / 55
第10話

 五月病というものがある。大体4月辺りに受験、就職など大きく環境が変わる中で心身がその環境の変動についていけないため、地球ではゴールデンウィークなど大きな休みの前後に起こる、医学名『適応障害』などとも言われる精神的な症状。

 

 こっちの世界でも似たようなものはある。ついこの間行われた魔術競技祭など、大きな催しの後では一気に脱力して大抵の面倒ごとは避けたくなるのは学生あるあるだ。さて、なんでいきなりこんなことを思い出したかと言うとだ……。

 

「──てなわけで、明日の午後は前から言ってた通り、お前らの親御さん招いての授業参観だ」

 

『『『うぇええ〜〜……』』』

 

 ──という風に、本来地球でいう土日に当たる日の筈が、こんな面倒臭い行事が待ち受けていたということだ。

 

「んな嫌そうな顔すんなよ、俺だって面倒臭えんだから……。たくぅ、授業参観だとか何で俺がそんな教師みてぇなことしなくちゃいけねぇんだ?」

 

『『『いや、教師だろ実際!』』』

 

 今日も男子達のキレのいいツッコミが冴え渡っている。

 

「あぁ、もう俺明日は熱出して休む予定だから……今朝からどうにも体調がな」

 

「汚ねぇ──っ!」

 

「なんて奴だ……」

 

「てか、熱出して休む予定ってなんだよ、予定って!?」

 

「しかも教師が休んだら授業参観の意味ねえだろ!」

 

「じゃあ、教師がいなくなったってことで授業参観は急遽中止に」

 

『『『それだ!!』』』

 

 なんかどっかで見たようなギャグっぽい展開をBGMに俺はやる気もなく肘杖をつくだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局行くしかないわけで……はぁ、本当に面倒臭い」

 

 放課後、俺は帰路につきながらため息混じりにトボトボと自宅に向かって歩く。

 

 授業参観を嘆いていたグレン先生と一部を除いた男子陣が漏れなくシスティの説教を受け、諦めて明日の予定の詳しい説明を聞いて解散。

 

 俺はとにかくやる気がなくて全然力が入らない。

 

「ていうか、俺親が来たくてもこれねぇし」

 

 そもそも文字通り住んでる世界が違っちゃってるし。親の来れないことがわかってるのに強制参加とか人によっては苦痛もいいところだ。こっちに教育委員会でもあれば物申ししたい。

 

 まあ、そう愚痴ったらシスティが自分達の親も忙しくて来れないのは一緒なんだから俺もくるべきだと一蹴された。

 

 まあ、システィの両親がどっかのお偉いさんで忙しいのも聞いてたし、ルミアに至っては俺に近しい理由だしな。まあ、物理的には会おうと思えば会える距離なだけマシな気もするけど。

 

「どーん!」

 

「うおっ!?」

 

 考え事に集中してると腰辺りに何かがぶつかってきた。それから柔らかい感触が腰を縛り付けてくる。

 

「こら、スゥ。危ないでしょ」

 

「あぁ……スゥちゃんか」

 

「おにいちゃん、こんにちは!」

 

 俺の腰に抱きついて来たのは赤い髪と翡翠の瞳が特徴的な5歳くらいの少女のスゥちゃん。ご近所づきあいの中でも顔を合わせる頻度の高い子だ。会えば今みたいに飛びついてくる甘えたなところや天真爛漫という言葉が似合うくらいの元気のよさもあって会う度にホッコリする。

 

その後ろでは母親であるリリィさんが仕方ないというような笑みを浮かべてその様子を眺めていた。

 

「リリィさんも……買い物でしたか?」

 

「えぇ。今日は主人が出張から帰ってくるからちょっとやる気がね」

 

「へぇ、よかったねスゥちゃん。お父さん帰ってくるって」

 

「うん!」

 

 俺の言葉にスゥちゃんが本当に嬉しそうに頷く。こんな笑顔が見れるだけで精神的な疲れも吹っ飛ぶ。あと、面倒そうな雰囲気は出さないようにしないと。

 

 誰かが言ったわけではないが、俺はいつの間にか子供達に色々なことを教える先生みたいな役目が出来上がっており、子供達は俺に会う度にどんな話を聞けるのか楽しみにしているので子供達の前では言動に気をつけるようにしている。

 

「そうだ、どうせならリョウ君もうちに来たらどうかしら?主人もあなたと話をするの楽しみにしてるわよ」

 

「え?いや、せっかくのお誘いですけど、今日は家族水入らずで楽しんだ方が──」

 

「えぇ〜! おにいちゃんもいっしょにごはんたべよう! またおはなしききたい! えっと……あおいきょじんさんのおはなし!」

 

 丁重にお断りしようと思ったが、スゥちゃんが今子供達に聞かせてる慈愛の勇者のお話の続きが気になってるようだった。

 

 最近はどの戦士の、どの話を聞かせるか悩むくらいだ。遠くのぉ〜世っ界から〜来たぁ〜男が〜♪巨人の〜伝説〜教え〜て〜く〜れ〜る〜♪なんて歌をオープニングにして聞かせたいくらいだ。

 

「あと、おえかきもして、あしたはみんなといっぱいあそんで……」

 

「あ、あぁ……それなんだけど……」

 

 楽しみにしてるスゥちゃんには申し訳ないけど、明日は参観日があるんだよね。それを聞かせると案の定可愛らしく頰を膨らませて恨めしそうに俺を見る。

 

「うぅ〜〜っ!」

 

「こらスゥ。学院の決まりなんだから我儘言わないの」

 

 リリィさんが宥めようと努めるが、それでも中々スゥちゃんのご機嫌は直りそうになかった。罪悪感に苛まれる中、後でどう詫びようと考えてるとスゥちゃんがとんでもない提案を持ち出した。

 

「じゃあ、スゥもじゅぎょうさんかん、いく!」

 

「「えぇっ!?」」

 

 リリィさんと一緒になって驚いた。いや、これも全く予想してなかったわけではないが、これは授業参観をサボる以上に難関な頼みだった。

 

「あ、あのねスゥ……私達は魔術なんて使えないから、学院に入ることはダメなの。魔術師さんが普通の人達に魔術を見せるのはダメだって決まりなんだから」

 

「や──っ!」

 

 一緒に遊べないなら自分が行く。なんとも子供らしい行動だが、いくらなんでもこればかりは無理だとしか言いようがない。

 

 しかし、いくら言ってもスゥちゃんは決して折れようとはしなかった。話が平行線をたどる中、俺はひとつ妥協案を出してみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──で、ダメ元で頼んでみたらなんと許可されたと。流石グレン先生」

 

「おにーちゃーん!」

 

「こら、スゥ。すみません」

 

 教室の後ろでは保護者という名目でやってきたリリィさんとスゥちゃんがいた。そしてスゥちゃんが人目も憚らずに騒いでるのをリリィさんが周囲の保護者に謝罪しながら止めるが、保護者のみんなは小さな女の子が騒ぐ姿を見て昔を思い出したのか、ホッコリとした表情で眺めている。

 

 そして、俺も周囲のクラスメートから生暖かい目線で見られてる。これは次の登校日から再びお菓子のお兄ちゃんの名が広まりそうだ。いや、最悪ロリコン疑惑を広められかねない。

 

 まあ、俺よりももっと未来の自分を心配しなければならないのは……、

 

「よ、ようこそ保護者の皆さん。私がこのクラスの担当講師のグレン=レーダスと言います。どうかお見知り置きを」

 

目の前で銀縁のメガネをかけ、ストレートに整えた髪を後ろで束ね、普段は着ない学院講師用のローブを身に纏ったいかにもエリート講師っぽい見た目のグレン先生だな。

 

「ぶっ……!」

 

「ちょ、先生……それ反則だろ」

 

「ま、まずい……俺、明日腹筋痛くなりそう……」

 

 普段とは全く違う様相のグレン先生にこれはなんのギャグかと思ったクラスメート達が笑いを必死に堪えようとしていた。

 

 ちなみに何でグレン先生があんな格好をしているかというと、俺がリリィさん達の入校を申請しようと向かった時、システィとルミアがグレン先生と話していた。

 

 聞くと、今日来ないと思っていたシスティの両親が授業参観に来ると言い、しかも父親の方が相当の親バカらしく、グレン先生の態度次第ではクビにしようとまで言ったらしい。それで2人はクビを阻止すべく、グレン先生に今日1日は真面目な態度で授業するよう頼んでいた。

 

 あと、2人からは何故か謝罪をもらったが、こっちも保護者的な人を同席してもらえることになったので気にすることはないのだがな。

 

 ただし、リリィさん達が一般人だという事実は隠した上でとのことだ。まあ、それは当然だろうな。だから俺は出来る限りスゥちゃんとリリィさんのフォローに努めなければいけないのだが……。

 

「……ぷっ! くくく……あっはっはっはっは!」

 

「む……何だ、人目も憚らずに人前で大笑いを。誰の保護者か知らんが、あんな輩に保護監督される奴などロクな者ではないだろう。見つけ次第、学院に在籍する資格を問うてやりたいところだ」

 

 それ以上にマズイのが何故か大きな射影機を設置して大笑いしながら撮影しているアルフォネア教授と、それを見て不快な表情を隠そうともしない銀髪の壮年……システィの父親であるレナードさんだ。ちなみにレナードさんの隣にいる金髪の物腰の柔らかそうな女性が母親のフィリアナさんらしい。

 

 というか、小さな子供の前で両方してはいけない顔をしないでくださいよ。

 

「はぁ……今は先生以上にスゥちゃんのこれからが心配になってきた……」

 

「ご、ごめん……うちのお父様が……」

 

 システィが恥ずかしそうに謝罪してきた。ある意味今まで以上の不安を抱えながら授業参観が始まった。

 

 ちなみに授業参観は講座と実技を分けて行うようで、今は前半の講座。『黒魔術学』の三属呪文の術式構成の仕組みをやっている。

 

「──という風に、この術式の構造から見てわかるように、電気・炎熱・冷気の三属呪文は根元的には同じものが使われています」

 

 などなど、グレン先生の分かり易い説明に保護者も感嘆の声を漏らす。

 

 ただ、事あるごとにアルフォネア教授が他の保護者に自慢するように語りかけて来る。幸いというか、スゥちゃんが素直に頷いてアルフォネア教授もその反応を楽しんで語るが、グレン先生は帰れという文字が顔にありありと浮かんでいた。

 

 対してグレン先生の粗探しをしていたのか、面白くなさそうな表情を浮かべながらレナードさんが急に挙手してきた。

 

「先生っ! あなたは今、三属呪文が根元的には同じだと言いましたが、今挙げられたのは導力ベクトルは根源素(オリジン)中の電素(エトロン)の振動方向と流動方向の二つだけ。それでどうやって三属の呪文を構成するのですか?」

 

「……ええ、それを今説明するところでした。今あなたの挙げた二つの方向の片方、振動方向には加速と停滞の二つの振動方向。つまり、電素の振動が激しくなるか、止まるかの違いで炎熱と冷気の二属エネルギーと変わるのです」

 

「ぐ……ちっ、知ってたか……」

 

「おかあさん、おとなのひともしつもんしていいの?」

 

「こ、こら……!」

 

 スゥちゃん、そこは黙って見過ごすべき所だよ。

 

「ぶっ! こんな小さな子供にまで言われるとは、誰の保護者か知らんが、最後まで話も聞かずに早とちりするとは……お前に保護監督される子供はさぞ恥ずかしいだろうな〜?」

 

「な、なんだと!? 私はあの子達にとって胸を張れる父親だと自負している! あの子達が私を恥ずかしいなどと思っている筈があるか!」

 

 レナードさん、本当にそうなら俺の隣にいる女生徒が恥ずかしそうに顔を赤くして俯くわけがない。

 

「大体、あなたとて何だその派手な射影機は! そんなもので見られる子供はさぞ恥ずかしい思いをしているのだろうな!」

 

「はっ! 何を馬鹿な。あの子にとって私は理想の母親だぞ。そんなこと有り得ないね」

 

 アルフォネア教授、本当にそうなら目の前にいる講師が顔真っ赤にして恨めしそうな表情をするわけがない。

 

 ていうか、両方やめてくれ。スゥちゃんが見てる前なんですけど。

 

「おっと、こんな親バカに付き合ってる場合じゃないな」

 

 そう吐いてアルフォネア教授は撮影を続行していた。

 

「くっ……何者かは知らんが、子の晴れ舞台を形に残したい親としての思いは本物か……」

 

 そしてアルフォネア教授の行動を見て何を思ったのか……。

 

「負けてたまるかああぁぁぁぁ!」

 

 何故か懐からアルフォネア教授よりは小さい、携帯に優れた射影機を取り出した。

 

(何でそこで張り合うっ!?)

 

(つか、アンタも持ってたのかよ!?)

 

 俺とグレン先生が心の中で同時にツッコんだ気がした。

 

「いやああぁぁぁぁ! お父様、それだけはやめてええぇぇぇぇ!」

 

 レナードさんの奇行に遂にシスティも耐えられなくなったのか、顔を真っ赤にして叫び出した。

 

「はははは! 馬鹿め! これで私も娘の姿を──」

 

 コキャ。レナードさんの言葉が最後まで紡がれる前に、何処からか妙な音がした。見ればシスティの母親のフィリアナさんがレナードさんの首に手を回していた。それを見るに、あの細腕で一瞬のうちにレナードさんの意識を刈り落としたようだ。

 

「ふふ、お気になさらず、授業を続けて」

 

「は、はい……」

 

 笑顔の裏に隠れた謎の迫力にグレン先生は恐る恐る頷いて授業を続行する。

 

「おにいちゃん、なんでなにもみえないの? きこえないの?」

 

「これは見聞きしちゃダメだからだよ」

 

 あまりにもバイオレンスな状況に発展した瞬間、俺は全身体能力を駆使してスゥちゃんの元へ駆け寄り、目と耳を塞いだ。最悪の場面はどうにか切り離せたが、こんなのが当分続くのかと思うと、胃が痛くなる。胃痛なんて初めて経験したよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから結局ことあるごとにレナードさんがグレン先生に突っかかってシスティが恥ずかしそうに俯いてはフィリアナさんがレナードさんを締め落とすを繰り返して俺の胃痛も若干酷くなってきた。

 

 スゥちゃんを誤魔化すのも一苦労だったし。

 

 そんな精神的疲労を抱えたまま後半の実技授業になる。以前魔術競技祭を行った競技場にて『魔術戦教練』が行われる。

 

「そんな時が来ないでほしいとは思いますが……皆さんが魔術師である以上、他者との闘いは避けられないことでしょう。そんな時がやってくる可能性は、残念ながら否定できません」

 

 まあ、以前のテロ騒動然り、魔術競技祭でのルミアと女王陛下の暗殺未遂……短い間にこうも大きな騒動に巻き込まれることを考えると、この授業は真剣に取り組みたい。

 

「歴史的な事実として、魔術と闘争は切っても切れない縁があり、生徒達諸君もそれをよく自覚し、いざという時に魔術師として何ができるか、どこまでやれるのか……それを知っておかなければなりません」

 

 クラスメート達も思うところがあったのか、グレン先生の話を真剣な表情で聞いていた。

 

「さて、授業の意義を再確認したところで、本日は戦闘訓練用のゴーレムを使って魔術の戦闘訓練を行います」

 

 グレン先生の傍には人型の金属製のゴーレムが佇んでいた。

 

 あのゴーレム、何段階かのレベルが設定されており、自分に合ったレベルで訓練ができる。レベル1で一般人の成人の平均レベル。レベル2で喧嘩慣れしたチンピラと同等。で、今回はそのレベル2で行くとのことらしい。

 

「ええ〜〜!? まさかのレベル2かよ!?」

 

「レベル2って喧嘩慣れしたチンピラ程度でしょ!」

 

「それじゃつまんないでしょ! せめてレベル3で行きましょうよ!」

 

「ダメです。確かに魔術を使えるかそうでないかだけで歴然とした差がありますが、正式な戦闘訓練を行ったかどうかだけでもかなりの差があるのです。皆さんが言った通り、レベル2は喧嘩慣れしたチンピラ程度ですが、レベル3は帝国軍一般兵と同等……喧嘩慣れしたチンピラとはわけが違うんです。今回は戦闘そのものを経験するという意味でレベル2でゴーレムと闘ってください。ルールを設けられる試合とは違い、容赦のない敵という存在がいかに恐ろしいものなのか、その身で知っていただきます」

 

 そう言って渋るクラスメートの言葉を無視してゴーレムの設定に取り掛かった時だった。

 

「こら──っ! ゴーレムを使った戦闘訓練だと!? 貴様、私の可愛いシスティとルミアに傷がついたらどう責任取ってくれるつもりだぁ!?」

 

「チッ……まぁたか、あのモンペ」

 

「ご、ごめんなさい先生……」

 

 再びレナードさんが騒ぎ、グレン先生がうんざりした表情を浮かべる。普通なら教師に有るまじき言動が出る度に説教を垂れるシスティが恥ずかしそうに謝罪するあたり、あの人の親バカっぷりが見て取れる。

 

「仕方ありません。私は、保護者方に説明しますので皆さんは準備運動をして待機してください」

 

「あ、先生。それなら私達も行きます」

 

「私達からも説明した方がお父様も納得くださるでしょうし」

 

「俺も行きます。……これ以上スゥちゃんにあんなの見せたくないし

 

「助かります。では、くれぐれもゴーレムに触ることのないよう」

 

 そう言い残して俺達はレナードさんのもとへ向かった。だが、ここで俺まで離れたのがよくなかったとすぐ後悔する。

 

「私も娘達も魔術師だ! 怪我をさせるなとまでは言わんが、本当に大丈夫なのか!? 二人に万が一の事があれば泣くぞ!」

 

((知るか、このモンペが……))

 

 恐らくグレン先生も今同じことを思っただろう、一瞬うんざりした表情に変わった。どうにかスゥちゃんを会話の聞こえない所まで離したはいいが、もう10分近く同じ会話の繰り返しだった。

 

 もうどうしてくれようと思ったところに焦った様子のリンが駆けつけてきた。

 

「せ、先生! 大変です!」

 

「ど、どうしましたか?」

 

「ロッド君とカイ君が、勝手にゴーレムのレベル設定を弄り始めて……!」

 

「な……っ!?」

 

 グレン先生が驚くと同時に最悪の事態が起きた。

 

「うわああぁぁぁぁ!?」

 

「レベル3がこんなに速いなんて!」

 

 見ればロッドとカイが地面を転がって、その正面にはゴーレムが立っていた。そこまではすぐ理解したが、もっと恐ろしい事が起こっていた。

 

「あ、あぁ……っ!」

 

 何故かその側でスゥちゃんが怯えた表情で地面にヘたり込んでいた。

 

「ちょ、スゥちゃん!?」

 

「な、何であの子が!?」

 

「その、あの子がゴーレムの闘うところを見たいって言い出して、それでロッド君とカイ君が……」

 

「あの馬鹿共が……っ!」

 

 言ってる間にゴーレムが一番距離の近かったスゥちゃんに狙いを定めたのか、徐々に距離を詰めていき、右手を振り上げた。

 

「いけない!」

 

「マズイ! 『大いなる──」

 

「『雷駆』っ!」

 

 ゴーレムの攻撃がスゥちゃんに当たる前に魔術を使って全力で跳躍し、体当たりを喰らわせた。ゴーレムは一瞬よろけたが、すぐに俺の身体を掴んで投げ飛ばす。

 

 投げ飛ばされて地面を何回転かした後、すぐに体勢を立て直すが、その時には既に懐に飛び込まれ、ゴーレムが右手で正拳を放ってきた。

 

「ぐっ……!?」

 

 どうにか右腕を前に出して防ぐことは出来たが、金属製だからか滅茶苦茶痛い。だが、ゴーレムはそんなの御構い無しに再び俺に向かって駆け出して来た。

 

 だが、その距離が縮まる前に妨害が入った。ガンッ!と、派手な音が響くと、ゴーレムの動きが止まり、ある方向を向いた。

 

 そっちには右手を振り被っていたグレン先生が立っていた。どうやらそこらの石でゴーレムを妨害したようだ。

 

「チッ……リョウ! さっさとそのガキ連れて下がれ! こっちが相手だデクノボーがっ!」

 

 グレン先生の怒鳴り声で俺はすぐにスゥちゃんのもとへ駆け寄り、スゥちゃんを抱き寄せて距離を取る。

 

 ゴーレムは怒鳴り声を威嚇と認識したのか、グレン先生を標的にしてものすごい勢いで接近するが、対してグレン先生はステップを踏んで何発かのジャブで動きを止めると、全力の拳を叩き込んだ。

 

「ぐっ!」

 

 同時にグレン先生は顔を顰める。相手が金属だから拳の骨がイっちゃったかもしれない。だが、今ので人間で言えば戦闘不能レベルの攻撃だったのか、ゴーレムはそれっきり動きを止めた。

 

「スゥ!」

 

「って、そうだスゥちゃん! 何処か痛くない!? 怪我は!?」

 

 俺はすぐにスゥちゃんの調子を尋ねる。小さい子にはかなりショッキングな出来事だったのか、まだ喋れる余裕は戻ってないが、首を振って大丈夫だと示した。

 

 スゥちゃんが無事だったのがわかるとリリィさんが駆けつけてスゥちゃんを抱き寄せる。母親の存在を認識してようやく気が抜けたのか、リリィさんの胸の中で泣き始める。

 

 スゥちゃんが無事だった事にホッとしたのも一瞬。すぐに周囲を見回すと、グレン先生がロッドとカイの怪我の具合を診ているのが見えた。そこから少し離れた場所では顔を引きつらせてるレナードさんと両方を見てオロオロするシスティが。

 

 それを視界に収めると俺は早足でその場へと歩み寄って行く。

 

「たくっ、お前らお袋さんに良い所見せたかったからって──」

 

「テメェら何してやがったんだっ!」

 

 グレン先生が説教してたみたいだが、俺は怒鳴って強引に会話に入り込んだ。

 

「あんな小さな子供の前でゴーレム起動しやがって、挙げ句の果てに自分の許容範囲超えたレベルにして吹っ飛ばされ、スゥちゃんはもう少しのところで一生消えない傷負うところだったんだぞ!」

 

 俺が嘗てない怒号をあげてるからか、ロッドもカイもグレン先生も、周囲のみんなが呆然と眺めているが、そんなことを気にするつもりもなかった。

 

「あと、アンタもんな顔する資格あんのか!」

 

 俺はシスティの父親のレナードさんに振り返って怒鳴りつける。

 

「「え?」」

 

「散々グレン先生の授業妨害して次にはこの状況! 俺やグレン先生の監督不行き届きと言われたらそうだが、原因はアンタにもあるってわかってんのか!」

 

「ちょ、ちょっとリョウ!?」

 

 俺がレナードさんに摑みかかるとシスティがそれを止めようとするがそれを無理やり振り払う。

 

「口開けば娘娘娘! 先生の授業受けてるのはアンタの子供だけじゃねえんだよ! 先生の粗探しだか何だか下らねえこと企んでたみたいだが、先生の立場以前にアンタの過剰なまでの文句でどんだけ周囲が迷惑してたと思ってんだ!」

 

「リョウ、ストップ! それ以上は!」

 

「リョウ君、落ち着いて!」

 

「おう、いいぞ! もっと言ってやれ!」

 

「お前はいい加減帰れ!」

 

「ちょっと黙ってろ! いい加減この馬鹿親の態度にも我慢の限界──」

 

「ご、めん……さ……」

 

 まだ言い足りないと次の言葉を吐き出す前に今にも消えそうな、か細い声が耳に入る。

 

「ごめんな、さい……」

 

「スゥ、ちゃん……?」

 

「スゥが……みたいっていったから、だからスゥがわるくて……だから、けんかしちゃ……う、うぅ……ああああぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 スゥちゃんが自分を責めるような言葉を吐き出すとボロボロと涙を流しながら泣き叫んだ。リリィさんや、システィにルミアも必死に慰めようとするが、中々泣き止みそうにない。

 

 しまった……ちょっと注意するだけの筈が頭に血が上ったのか、スゥちゃんの目の前だったのに思いっきり怒鳴り散らしちまった。しかもスゥちゃんを恐がらせて泣かせておいて、最悪だ。

 

 他のクラスメートや保護者も泣き続けるスゥちゃんにどう対処したものか迷走している。

 

「……たく、面倒な仕事増やすんじゃねえよ」

 

 グレン先生が頭を掻きながらスゥちゃんの目の前にしゃがみこむ。

 

「なあ、ちょっと話聞いてくれるか?」

 

 グレン先生が声をかけると、スゥちゃんは嗚咽を漏らしながらもグレン先生に目を向ける。

 

「まあ、確かに兄ちゃんや母さんに何も言わずに入っていったのは悪い事だな」

 

「ちょ、先生……」

 

「けどな……今兄ちゃんが怒ったのは何でだ? お前が悪い事をしたからか?」

 

「う、だって……スゥが……」

 

「言っておくが、違ぇぞ。アイツが怒ったのはお前が大事だからだ。お前だって自分の大事なもん取り上げられたら怒りたくなるだろう?」

 

「う、うん……」

 

「じゃ、わかったならまず言うべきことがあるよな?」

 

 グレン先生がニカッと笑って問いかける。こんな時だけど、今のグレン先生ものすごく教師っぽい。

 

 スゥちゃんはぐしぐしと涙を拭って俺のところまで歩み寄る。

 

「おにいちゃん……ごめんなさい」

 

 たったの一言だが、スゥちゃんがどんな思いで頭を下げてこの言葉を口にしたかはわかってるつもりだ。

 

「……うん。俺も怒鳴ってごめんね……あと、怪我がなくてよかった」

 

 だから俺も謝罪とこの子が無事でよかったことを言葉にした。そう言ったらスゥちゃんは再び涙をポロポロと流しながら泣きついてくる。俺は左手でスゥちゃんの頭を撫でてただ受け入れた。

 

「さって……仲直り出来たところ悪いが、こっちも説教の続きだかんな」

 

「え? ……って、痛っ!?」

 

そう言ってグレン先生が俺の右腕を掴み上げるとものすごい激痛が襲ってくる。

 

「チッ! 折れてはいないが、ヒビが入ってるな……まあ、あれだけのもん受けてこの程度で済んだのは不幸中の幸いか……。ルミア! こいつに[ライフ・アップ]かけとけ! 俺はロッドの骨をくっ付ける!」

 

 グレン先生はルミアに指示するとロッドの元へ再び歩みより、腕を診る。あっちの方は骨を折ったようでそれを確認するとグレン先生は自分のローブを脱ぐと端を持って両手に力を込める。

 

「え? ちょ、先生っ! それは──」

 

 システィが何をしようとしたのか悟ると、声を上げて制止しようとするも、間に合わずビリビリと音をたててローブが破られあっという間にボロボロの布切れへと成り果てる。

 

 そして破ったローブの切れ端を素早くロッドの右腕に巻きつけるとさらに力を入れ、そこら辺に落ちていた木の破片を使って固定させる。

 

「とりあえず応急処置はこんなもんか」

 

「す、すみません先生! 息子が余計な事を! クラスメートに怪我させるどころか先生のローブまで!」

 

「いやいや、お子さんだってもう今回ので懲りたでしょうし、ローブだって制服と違って何の魔術付与もないただの布じゃないですか」

 

「あ、あの先生……」

 

「それより、みんなもキッチリ胸に刻んでおけ。分不相応な行いをしようとすれば今回みたいなトラブルも招きかねないんだ。魔術なんかに命かける前に自分のできるところできないところはちゃんと理解しておけ」

 

「そ、そこまでに……」

 

「それが貴様の本性か」

 

 グレン先生の説教をシスティが止めようとするも、時既に遅く、第三者の声がかかる。

 

「…………あ」

 

 自分に声をかけた男性、レナードさんの姿を認識すると同時に自分の失態を思い出して間抜けな声を漏らした。

 

 トラブルの所為で俺も本人も忘れてたが、今回はレナードさんがグレン先生の教師らしからぬ姿を見ればクビにしかねないために品行方正な態度で授業に臨もうとした筈が、ここに来て全てを台無しにしてしまう行為を見せまくったために作戦は失敗になった。

 

「あ、えと……すみません。つい熱くなってしまいましたが、これでも普段はもう少し落ち着いた好青年でありまして……」

 

「やかましい! 男が言い訳などするものではないぞ!」

 

グレン先生が苦し紛れの言い訳をするもあの態度を見て既に聞き入れる余地が消えてしまい、システィとルミアが止めようにも取りつく島もなかった。

 

「まったく……ゴーレムを素手で対処する野蛮さといい、生徒の手当ての雑さといい、魔術師としてなんたる所業だ」

 

 このままではクビは免れないかと思い、またスゥちゃんを怖がらせてしまいそうだが、反論する準備を整える。

 

「そのおかげで私の娘達の活躍が見れなかったじゃないかっ!」

 

「「……はい?」」

 

「「……え、そっち?」」

 

 いきなり話が変な方向にシフトしたために、俺やグレン先生、システィにルミアまでもが目を点にして間抜けな声を漏らした。

 

「システィなら風の魔術であんなゴーレムなど一発だったというに、貴様が乱入した所為で見れぬは、ルミアは回復呪文(ヒーラー・スペル)ならプロ顔負けだというのに、あんな雑な手当てで邪魔する! オマケにあんな子供の無茶を許容する貴様の神経、色々言いたいことはあるが……授業の邪魔をして、申し訳なかった」

 

 ギリギリと歯軋りしながら文句を垂れたかと思えば、突然真剣な表情をして頭を下げる。

 

「システィは、その類い稀な才の所為で、無意識のうちに天狗になりやすいところがある。ルミアも、優しいのは美徳だが、そのために自己主張に欠け、才の成長を妨げている。二人のことを……どうかうまく導いてほしい。それから君、名はなんと言ったかな?」

 

「え、あ……リョウ=アマチです」

 

「君の言う通り、確かに自分の娘の事ばかりでこんな小さな女の子のことを度外視してあんな目に遭わせる原因を作ってしまった。本当に申し訳ない」

 

「あ、えっと……」

 

「まだ荒削りもいい所だが、君のあの呪文改変は中々だった。機会があれば、私が少しばかり面倒も見よう。今回の詫びとしてもな」

 

「は、はぁ……」

 

「話は以上だ。授業を続けてくれ」

 

 それからは口を聞くこともなく、背を向けて保護者のスペースへと戻る。その後ろでフィリアナさんが少しだけ振り向き、頭を下げて同じように戻る。

 

「えっと、白猫……何がどうなってんだ?」

 

「いや、私にもわかりません……」

 

「どうしたんだろう?」

 

 グレン先生どころか、娘であるシスティやルミアも突然のレナードさんの態度に疑問ばかりで続行された授業では集中しづらかったが、授業参観は滞りなく進んだ。

 

 ちなみに今日の夕食もスゥちゃんの家で、しかもスゥちゃんが俺の利き腕が使えないとの理由で食べさせたのは余談だ。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。