ロクでもない魔術に光あれ 作:やのくちひろし
第11話
「はぁ……はぁ……せ、先生……もう、許して……」
「ふぅ……もうダウンか。まぁ、箱入りお嬢様じゃこんな事する機会なんてないだろうしな。ま、回数重ねれば次第に慣れるさ」
「慣れるって……これ、慣れるもんなの?」
「ああ。実際、初めての頃に比べたら腰の具合とか、だいぶ見違えたぜ」
「そんなこと言ったって、私……ずっと先生に弄ばれてばっかで」
「へっ! そんな雑な手つきで俺を手玉に取ろうなんざ百年早い」
「随分と余裕そうですね」
「当たり前だ。お前とは相手取る数が違うんだ。そら、身体を冷やすわけにはいかねえだろ。お前も一応女の子なんだからな」
「ん……先生の匂いがする」
グレン先生に渡された上着を羽織りながら腰を浮かせ、グレン先生の傍に立つ。
「ねえ、先生……前から思ってたんだけど……私達、何で拳闘の訓練してるんですか!?」
「そろそろそんなツッコミが来るだろうと思ってた」
「ていうか、いくら人通りが少ないとはいえ、聞く人が聞けば誤解を招きかねないと思うんですけど」
「おいリョウ……くっちゃべるのはいいが、今何周だ?」
「……五周です」
「へぇ……最初は二周程度が随分続いてるな」
今俺は自然公園の敷地内の歩道を周回している。その距離は大体一周五百メトラ程度。言っておくが、普通なら二周や五周程度で体力が切れるような軟弱な男じゃない。
「というか、何で俺はこんな重り付けて走ってるんでしょうかね!?」
そう。俺がランニングに手こずってるのは両足に重りを付けているから。しかも片足五kg。
きっかけは些細だ。俺が学院に入ってから日課にしている早朝ランニングのコースを変えて自然公園を走っている時、この二人が拳闘をしているのを見かけた。
と言っても、システィが一方的にグレン先生に攻撃を仕掛けてグレン先生はそれを軽く躱すくらいで隙あらば寸止めでシスティを動きを封じていた。それでも続ければ先に体力が尽きて倒れていた。
その時もさっきみたいな言葉だけなら誤解を招きかねないことをしたところをつい邪推してこっそり戻ろうとしたところを倒れた筈のシスティに見つかってしまい、顔真っ赤になりながらの事情説明。
聞くとルミアの事情を知る数少ない人間のひとりとしていざという時のためにグレン先生に何度も頼み込んでようやく魔術戦の訓練をしてくれるようになったと聞いたが、やっているのは主に肉弾戦の訓練だった。
魔術を上達するために肉体の訓練からというわけかと思い、俺もいざという時のために鍛えてくれないかと頼んだところ、グレン先生は渋々といった感じだが、俺の参加も認めてくれることになり、今に至る。
グレン先生が俺に与えた課題はなんと特定のコースを重りを付けて足音を立てずに十周しろという。ハッキリ言って地獄だ。
「言ったろ。お前は体力や発想力があるとはいえ、自分の身体を十全に扱えてるとは言えねえ。だから無理やり身体を重くして効率のいい動きを覚えさせれば普通の状態の動きなんか見違えるようになるだろうさ」
「あの、リョウが体力とか鍛えるのはともかく……何で私までこんなことを?」
まだ疲れが抜けてないのか、肩で息をしながらグレン先生に問う。
「ああ、結局どっちにしても同じことなんだよ。こいつには自分の身体を思い通りに動かすために、お前には拳闘で当て感を鍛えるために。魔術戦や接近戦も、根っこは同じなんだよ」
グレン先生の説明によると拳闘で攻守の感覚が磨かれれば魔術戦にも大きな影響をもたらすらしい。接近戦もできるようになれば相手の動作への反応も素早くなれる。
理屈は尤もだと思う。魔術によって違うかもしれないが、相手の挙動さえ見れば近距離であれ遠距離であれその隙を見逃さなければ躱すこともできるし、カウンターを決めることもできるわけだ。
「ま、当面の間はこのメニューこなしてある程度できたら軍用魔術を教えていくつもりだ」
「ぐ、軍用魔術……」
軍用魔術と聞いてシスティの表情がこわばった。
以前学院を襲ったテロリストが使った軍用魔術。ハッキリ言えば人殺しの魔術だ。
俺もテロ騒動の時、グレン先生の助言で[フォトン・ブレード]を強化した時、本当の意味で魔術に恐れを感じた。
やろうと思えば岩をも簡単に斬り裂けるような威力になったことには今も震えることがある。
「怖いか。ま、別にそういう感情を持つこと自体は悪いことじゃねえ。けど、お前がいざという時に本当にルミアを守りたいって思うなら、やっぱり『力』は必要だ。それが甘えの許されない現実だ。だが、お前がルミアに対する気持ちが本物だって思ったからお前の想いに応じたんだ。軍用魔術を怖いと思えるお前なら魔術の暗黒面に振り回されることもなく、『力』を振るえると信じてな」
「先生……」
「ま、本当ならそんな時が来ないのが一番なんだがな……」
グレン先生は背を向けながら空を仰ぐように見上げる。それからシスティは頭を下げ、再び型の練習に戻る。
「……で、本当に教えるんですか? 軍用魔術……」
「まぁな……って言っても軍用の
「それだったらシスティみたいに帝国軍隊式格闘術、でしたっけ? アレの基礎でもいいから教えてくれればいいのに」
「あぁ、そりゃあダメだ。お前の身体の癖を見るに、俺の知ってる格闘術とお前の動きは全く異なるみたいだから今から基礎を教えたって両方中途半端になっちまう。大体お前、拳打とかのセンス皆無だし」
ぐっ……。気にしてる所を突かれた。昔もヒーローに影響されてボクシングごっこみたいなことしてパンチを練習してみたけど、へなちょこというか……とにかくブレブレで威力も何もない。
手刀や掌底ならそれなりにできるのに……。
「まぁ、お前の場合は拳とかバンバン打ち込むよりその柔軟さと跳躍力で相手の魔術を躱しながら隙を突いて飛び込み、脚力たっぷりの蹴りを打ち込むか魔術を当てるって感じのスタイルを中心に育てるつもりだ」
「すごい体力と集中力必要そうですね……」
ヒットアンドアウェイといったところか……戦闘中の大半は動くことになりそうだからキツそうだ。今まではグレン先生の協力もあったし、そこまで時間もかからなかったから良かったけど、もし単身でしかも長期戦になった時は今のままじゃ足りないことだらけだろう。
「だからまずその重りで身体の操作を向上させる。ついでに魔力制御にも通じるところはあるから時々お前の魔術の使い方を鍛える感じでいく。お前の魔術は珍しいし、他の魔術とも組み合わせやすくはあるが、癖が強いからな」
燃費が悪い上に今の俺では扱える規模が小さいからな。技を増やすよりまずその欠点をどうにかしようという方向を決め、再び練習に戻ることにした。
朝練が終わり、自宅に戻って来たところで目眩を覚えた。別に朝練の疲労ではなく、目の前に広がる光景への不自然さにだ。
「えっと……何で君がここにいるの?」
俺の目の前にいるのは碌に手入れもせず、大雑把に後ろで束ねながらも朝日を浴びて輝く蒼い髪の少女……そう、以前魔術競技祭での騒動で出会ったリィエルだった。
「…………アルベルトがここに行けって」
「アルベルトさんが?」
何故俺ん家に? 彼女一人なら迷子だとかそんな理由で無理やり納得はできる。あの人が俺の家の場所を知ってるのも軍人だからという意味でも納得できる。だが、何故彼女をここに寄越すのか。
「えっと……何しに来たの?」
「……護衛」
淡々と一言……。多分任務の内容なんだろうけど、俺を護衛する意味がわからない。
「誰を?」
「グレン」
今度は間髪入れず……余計わからなくなった。俺もあの人も護衛を寄越される理由がない。となると、別人だ。俺の知ってる中で護衛が必要そうな人間と来たら……。
「ルミアだな……」
「ルミア……って、誰?」
任務の内容を捏造した挙句に、あの騒動のこととルミアの名前は既に彼女の記憶から抜けてるようだ。こんな調子で護衛とか大丈夫なの、この子で。
「せめて何か手紙でもないかな?」
「手紙? …………あ」
リィエルが何か思い出したのか、ポケットをまさぐって何か食べ物を包んだだろうゴミと一緒にクシャクシャになった手紙が出た。いや、任務関係の手紙ならもっと大事にして。
俺は若干呆れながら手紙を受け取って中身を見る。軍人の手紙を軽く見ていいものかとも思ったが、彼女一人では話が進まなそうなのでこっちの方が手っ取り早い。
えっと……『諸事情により、リィエル=レイフォードをアルザーノ魔術学院に編入させることになった。お前なら察しはつくだろうが、それは表向きの理由だ。詳細は省くが、リィエルのサポートに協力してもらいたい。お前に義務はないが、これは室長命令も含まれる。リィエルが必要以上の行動を起こさないよう配慮願う』。
「…………何で?」
アルベルトさんのみならず、まさかの上司にまで命令されてる事態に頭が痛い。更にもう一枚重なってるのに気づき、上の紙を捲って二枚目を確かめる。
『お前さんの事はアル坊から聞いた。ちょっとキツイじゃろうが、頑張れ♪』、『一人前の淑女にまでと贅沢は言いませんが、任務中に大人しくなってくれるようお願いします』。
……誰かは知らないが、少しだけ理解した。この二つの文を綴った人もリィエルの行動で頭を痛め、そんな出来事を引き起こした面倒な子を押し付けられたということだと。
「……どうしたの?」
「あぁ、とりあえず……任務を頑張ってくれだってさ」
「うん、グレンは私が守る」
「まずもうそこからどう変えればいいのかだな……はぁ」
目の前で任務内容を勘違いしまくってる子をどう説得するかと考えながら溜息をつく。とりあえず、グレン先生と合流して相談だな。
家で朝食を済ませて着替えるといつも通りの道を歩き始める。ちなみにリィエルもだ。どうも支給された食べ物を一回で完食してしまったのでこっちに来るまで碌に食べてなかったそうだ。
あの手紙と一緒に出たゴミはその残骸だったというわけか。
ともかく、数分歩くと街道の先にあるちょっと広めの十字路に着くとシスティとルミア、グレン先生が三人並んで歩いているのが見えた。
システィとルミアの組み合わせは日常茶飯事なので特に違和感はないが、最近になってグレン先生が途中で合流して通学するようになった。
理由としてはルミアの護衛だ。魔術競技祭での一件でルミアが本格的に狙われてる立場にあると確信してからグレン先生は狙われやすい登下校に着いて行って周囲を警戒するようになった。もちろん俺もそれに着いて行ってるが。
ただ、その所為なのかそれを目撃した連中からは嫉妬と嫌悪の視線が集中するようになった。ルミアは学年どころか全学院の中でもトップレベルに人気を誇ってるわけだから俺達がルミアの側に居続けてるのが面白くないということだろう。
当の本人も申し訳なさそうにしてたが、本格的に命の危険が関わってる以上、そんなことは瑣末事だ。まあ、戦う敵が増えそうなのは面倒だけど……。
そんな事を考えながら三人と合流するために歩を早めながら声をかける。
「おーい、みん──」
ビュオ! と、空気を切り裂くような音が聞こえたと思うと、いつの間にか俺達を襲った時のあの大剣を構えながらリィエルが突っ込んでいくのが見えた。
「──って、おーい!」
「ぎゃああぁぁぁぁ!?」
止めようとしても既に遅く、その大剣はグレン先生の鼻先に着くか着かないかの紙一重なところで白刃どりされて止まっていた。
すげぇ、リアルに白刃どりを見るのなんて初めてだよ……。
「リョウ! 遠い目をしてねえでさっさとこいつ引き離せっ!」
額からダラダラと冷や汗を流しながら叫ぶグレン先生に従い、どうにかリィエルを引き離す。この子力強すぎでしょ……[フィジカル・ブースト]使ってようやくだったし。
「グレン、会いたかった」
「さっきの今でよくそんなセリフが言えたもんだなテメェ! 一体これは何のつもりだ!?」
「挨拶」
「挨拶じゃねえ! むしろこれは『相殺』だ! ただし一方通行のな!」
バカテスの珍回答かよ……。
「……違うの?」
「全然違うわ! ていうか、こんな挨拶の仕方に何の疑問も持たねえのが不思議だ!」
「でも、アルベルトは戦友への久々の再開の挨拶はこうだって」
「アイツかああぁぁぁぁ! あの野郎、そんなに俺のことが嫌いかちくしょーっ!」
「いたい〜、やめて〜」
今度はしんちゃんでよく見るグリグリ……アニメのギャグパターンが最近よく見かけるようになったな。
「あの、先生……この子って、確か……」
「あぁ、覚えてたか。魔術競技祭の時に会った奴な。白猫も、顔だけなら知ってるだろ」
「あ、そういえば……」
あの時のは本人ではなく、ルミアが変身してただけだしな。
「ていうか、お前何でリィエルと来てんだ?」
「今朝家の前にいたんですよ。で、任務だって聞かされて」
「任務?」
「あぁ、こいつを見て大体察してると思うが……こいつが編入生だ。表向きはだが……」
「表向き?」
「あぁ……帝国政府が正式にルミアを警護することを決定してな。それで一応こいつが護衛として派遣されることになったんだが。けど、何でお前んところに来たんだ?」
「アルベルトさんに言われたそうですよ。コイツを持ってきて」
グレン先生に今朝の手紙を差し出すと、それを取って広げて見る。何秒かすると同情混じりの視線を向けてきた。
「……お前も災難だな」
「彼女が来るのは別に反対とは言いませんけど、せめて誰かもう一人くらいは……というか、彼女じゃなくてもっと適任者いなかったんですか? こう、宝石の似合いそうな社交性抜群の俺達とほぼ同世代のイケメン君とか」
「あぁ、俺もまさにそんな感じの後輩が来るって思ったんだが……」
俺達が視線をズラすとルミアがリィエルに挨拶していた。
「改めて自己紹介しますね? 私が、ルミア=ティンジェルです。で、この子が私の友達のシスティ、システィーナ……帝国宮廷魔導師団の方が来てくれるなんてとても心強いです。これからよろしくお願いしますね」
「ん、任せて。グレンは私が守るから」
「「「…………」」」
相変わらずの間抜けな返答に俺はおろか、ルミアやシスティも硬直した。
「違ぇよバカ! 俺を守ってどうすんだ!?」
「痛い、やめて〜」
「お前任務の内容聞いてなかったのか!? お前が守るのはこっち! この金髪の可愛い天使なルミアちゃんな、オーケー!?」
「……何で?」
「はい、やっぱり人選ミスねー! 本当に何でよりにもよってこいつだったんだよ! 見たかリョウ! こいつがアルベルトのみならず、翁やクリストフを頭痛で追い詰めまくった諸悪の根源な! もうお前に望みを託すしかねえ! どうにかしてこいつに任務を教えてやってくれ、お菓子のお兄ちゃん!」
結局グレン先生までもが俺にリィエルを押し付ける始末だ。まあ、ちゃんと理解させなければルミアの護衛どころか逆に危険に晒しかねないのは十二分に理解してるので説得するのはもちろん頑張るが……ハッキリ言って自信ない。
で、以前のようにジェスチャーやら絵を使ってやらで説明を重ねる事十数分……。
「……じゃあ、この子を守ればグレンが喜んで褒めてくれる?」
「相変わらず、何でグレン先生を入れなければ理解できないのかが意味不明だが……とりあえず、今はその解釈でもういいです」
「……ん、わかった」
「やっと終わった……」
あれこれ説明入れてようやくルミアという存在を視野に入れることに成功した。ただルミアを守ることを説明するだけで何でここまでしなくちゃいけないのか……。
事の顛末を見届けてたグレン先生が拍手をしながら声をかけてくる。
「いや、マジ助かったわ。これからもこいつのこと、全面的に頼んだ」
「あんたも手伝ってくださいよ……」
こんな子一人で相手するのは面ど──かなり厳しいです。
「えっと、改めてよろしくお願いしますね、リィエル」
「ん、任せて。卒業するまで頑張ったらグレンが決着つけてくれるって言うから」
あ、リィエル……それ言っちゃアカンやつ。
「ふざけんな、テメェェェェェ! 何故に俺が生贄に捧げられにゃならねんだああぁぁぁぁ!?」
案の定、激怒したグレン先生が俺の胸ぐらを掴み上げてきた。
「いや、元はと言えばアンタがあの子の面倒見るべきでしょ、教師なんですから!ついでに何も言わずにいなくなった詫びとして一回くらいは付き合ってあげてくださいよ!」
「俺に死ねって言うのかテメェは!アイツのデタラメなパワーはもう見てんだろ!あんなの受けたら俺潰れるぞ!」
「アンタなら帝国軍式格闘術でなんとかなるだろ!」
「簡単に言うんじゃねえよ!そんな事するくらいならお前がどうにか説得しろよお菓子のお兄ちゃんよぉ!」
「だからその呼び方やめろ!そもそもこんな面ど──難しい任務俺には無理だっつの!」
「今、絶対面倒って言いかけたろ!お前も結局リィエルを相手にしたくねえだけだろ!」
「……ねえ、あの二人は何で喧嘩してるの?」
「あ、あはは……何でだろうね?」
それからグレン先生と口喧嘩し、ちょっとした乱闘もして途中でルミア達に止められ、大急ぎで学院へと足を運ぶことになった。
「──てなわけでだ、本日からお前らの学友になるリィエル=レイフォードだ。まぁ、仲良くしてやってくれ」
場所は教室……。ホームルームを進行して今編入生……つまりはリィエルの紹介に入っている。
「おぉ……」
「……か、可憐だ」
「すっごい綺麗な青髪……」
「まるでお人形さんみたい……」
お人形……言い得て妙だ。容姿は端麗、ボサボサでありながら艶のある青髪、細められてる目はあまり上に行くことなく、更にまだ彼女との付き合いが浅いとはいえ、その表情が変わったのをほとんど見たためしがない。
そして同世代にしては身長はやや低いものの見た目は紛う事なく美少女なので男子連中はリィエルをロックオンし始める者もしばしば。
「ああ、新しい仲間が気になるのはわかるが、とりあえず自己紹介に移るか。つうわけでリィエル、何か言ってやれ」
「…………」
『『『……………………』』』
長い沈黙。口を開く事のないリィエルに対して妙な気まずさが漂い出す。
「おいリィエル……自己紹介つったよな?」
「……? 何で私の事を紹介するの?」
「いいからやれ! お決まりっつーか、定番っつーか、そういうもんなんだよ!」
「ん、わかった」
リィエルが頷くと全員を見渡しながらようやく口を開く。
「リィエル=レイフォード」
『『『……………………』』』
「…………?」
再び妙な気まずさ漂う沈黙。リィエルは状況がわからないのか、首を傾げる。
「名前は俺が最初に言ったわ! そうじゃなくてもうちょっと何か掘り下げろよ!」
グレン先生がリィエルの頭を掴んでシェイクしだした。
「でも、何を言えばいいの?」
「なんでもいいんだよ! 趣味でも特技でも、とにかくお前の事適当に話せばいいんだよ!」
「うん、わかった。……リィエル=レイフォード。帝国宮廷魔導師団、特務分室所属。コードネームは『戦車』。今回の任務で──」
「だああぁぁぁぁぁっ!」
言葉の途中でグレン先生がリィエルを掻っ攫って廊下へと出る。元々の声が小さかったのか、致命的な部分までは聞こえなかったようだが、みんな若干怪訝な顔を浮かべる。本当に何やってるんだよ、リィエル……。
そして数分すると二人が廊下から戻ってくる。
「……将来、帝国軍に入隊を目指し、魔術を学ぶためにこの学院にやってきた、ということになった。出身地は……えっと、イテリア地方……? 年齢は多分、十五……趣味は……読書で、特技が…………何だっけ?」
「俺に聞くな」
リィエルの棒読みな上に所々でグレン先生に聞くなど、全く信憑性が浮かばない。
どうにかして質問コーナーを終わらせたかったグレン先生だが、ウェンディが質問をしたいと名乗り出てそれを断ろうとするグレン先生だが、リィエルが承諾してしまったために頭を抱える。
グレン先生、ご愁傷様です……。
「差し障りがなければ教えて頂きたいのですが、貴女はイテリア地方から来たと仰られましたが、貴女のご家族の方は?」
その質問にグレン先生とリィエルが目を見開く。
「えっと、家族……兄がいた、けど……」
「まあ、お兄様が。どんな御方でしょうか?」
「兄さん……兄さんの、名前……は? あれ……?」
ウェンディの質問はなんて事ない、よくある事だ。だが、リィエルは明らかに眼の焦点がこちらに合っておらず、微かだが震えていた。今までと様子が全く違う。
「……ああ、悪い。こいつに家族の質問は避けてくれ。こいつは今身寄りがいない。それで察してくれ」
「え?でも、兄が……いたって……申し訳ありません、リィエルさん。わたくし、何も知らず……」
「ん、いい」
質問が終わったと見るや、途端にさっきまでの無表情に戻った。さっきのは何だったんだ……?
「えっと、じゃあさ! リィエルちゃんと先生って、どんな関係なのかな?」
カッシュが気まずい空気を払おうと別の、そしてクラスメート達がみんな思ってるだろう質問をぶつけた。
「私と……グレンの関係?」
「う……ああ、えっとだな〜……」
まあ、馬鹿正直に帝国軍の同僚なんて言うわけにもいかない。かと言って、他にどう言ったものかと迷っていた。
「グレンは私の全て。私はグレンのために生きると決めた」
だが、そんな中でリィエルが盛大な爆弾を投下してしまった。
「「「きゃああああぁぁぁぁっ! 大胆〜っ! 情熱的〜っ!」」」
「「「ぎゃあああぁぁぁぁ! 一目見て恋してもう失恋だああぁぁぁぁ!」」」
そして、
「禁断の関係っ! 先生と生徒の禁断の関係よ~っ! きゃーっ! きゃーっ!」
「……先生と生徒がデキているのは、倫理的な問題としていかがなものかと」
「へぇ、やるなぁー、先生!」
「な、何を仰ってるの、カッシュさんッ!? これは問題! 問題ですわ──っ!」
「ちくしょう、先生よぉ…………アンタのことはなんだかんだで尊敬してたが…………キレちまったよ…………久々になぁ…………表出ろやああああぁぁぁぁ!」
「夜道、背中に気をつけろやああああぁぁぁぁ!」
リィエルの告白とも取れる言葉にはしゃぐ者、呆れる者、良いもの見つけたとニヤける者、血涙を流して慟哭する者など、最早収集が着かなくなりつつあった。FFF団かよ……。
そしたらグレン先生がこの窮地を脱しようとしたのか、またリィエルに何か吹き込む。
「……? えっと……それと、これからリョウの家でお世話にもなるので……何かあった時にはリョウを通してください……?」
「「「表出ろや、リョウ──っ!」」」
「ちょっと待て! 俺だって初耳だ! おい教師! さては今朝の仕返しか! みんなもんな取ってつけたような理由を真に受けるな!」
「……あと、普通の女の子の喜ぶこととかも教えて、くれる……? ……美味しいものとか?」
「「「殺す……っ!」」」
「あんた、もういい加減にしろよ!」
またリィエルに余計なこと言わせた所為で男子共が暴走する。いや、一般の女の子はどうするものなのかはある程度教えるつもりではあったけど、断じてみんなが思ってるやつじゃない。
「リョウ、お前のことも割といい奴だなって思ってたが……お前も俺達の敵かああぁぁぁぁ!」
「やっぱああいう小さい娘が好みか! このロリコンがっ!」
「最近後輩からの人気が高まってるからって、調子乗ってんじゃねえぞ──っ!」
「ロッド、テメェ後でぶっ飛ばすぞゴラァ! そしてカイ、その話後で詳しく聞かせろ!」
ロッドが言ってはならんことを言ったので後で制裁しておく。ついでにカイの言ってたことの真実を早急に確かめなければならなくなった。
ほら、俺も男ですから気になるし。
「……っ!」
急に背筋がゾッとした。背後周辺だけ気温が下がったかのような感覚をおぼえた。
一体何だと恐る恐る背後を向くといつも通りの笑顔を浮かべたルミアがいた。
「えっと、ルミア……?」
「リョウ君、今の話は本当なのかな?」
訂正……笑顔はそのままなのに目が全く笑ってない。それどころか若干ハイライトがなくなりかけてる。
「いや、ちょっと待って……俺だって初耳な上に今のは先生の冗談……」
「じゃあ、何であの子はリョウ君の家に行ったのかな?」
「そりゃあ、アル……」
ここで言葉に詰まった。ここでアルベルトさんの名前を出すべきか迷ってしまった。言葉を詰まらせたのが後ろめたい理由があるからと思ったからか、ルミアが更に質問を重ねる。
「それと、リィエルに何を教えようとしてたのかな?」
「だから、世間一般の女子の常識というか……」
「それは私達が教えるから。それと、リョウ君は後でお説教ね」
「え、何で……?」
「いいね?」
「……はい、わかりました」
何か、言葉にできない迫力を見せるルミアに何も言い返せなかった。その恐ろしさは後でグレン先生が『すまん、保身に走ったとはいえやりすぎた』と謝罪を送ってくる程だったと言っておく。