ロクでもない魔術に光あれ   作:やのくちひろし

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第13話

 リィエルが編入してから既に数日……。初日から今日まで常識教えたり、グレン先生の悪口言ったハーレイ先生に斬りかかるのを止めたり、クラスメートとの仲を取り持ったり、グレン先生の悪口言った生徒に斬りかかるのを止めたり、器物破損を食い止めたり……って、ほとんどリィエルの暴動を食い止めることしかしてないじゃん、俺……。

 

 まあ、初日こそアレだったが、クラス内に限ればだいぶ打ち解けてきている。あとはちょっとしたきっかけで彼女に目に見える変化が出るかもしれない。

 

「まあ、そんなわけで……今度お前らが受講するお出かけ旅こ──ゲフンゲフン! もとい、遠征学修についてのガイダンスを行うぜ」

 

「って、先生! 言い直したつもりでしょうけど、ハッキリお出かけ旅行って言おうとしたのがバレバレです! アルザーノ帝国が運営する各地の魔導研究所に赴いて研究所見学と最新の魔術研究に関する講義を──」

 

「はいはい、ご丁寧な解説ありがとさ〜ん」

 

 システィがいつも通りの説教と丁寧な説明を聞いた上で言わせてもらうけど、俺から見ても地球で言う修学旅行みたいなもんだな。真面目な見学と言ったらほんの数時間で大体は自由時間多めでグレン先生の言う通りお出かけ旅行と言われても納得がいく。

 

「俺らが行くのって、サイネリア島の白金魔導研究所だったんだっけか? どうせなら軍事魔導研究所がよかったんだけどな」

 

「そうだね……生命の神秘もいいかもだけど、僕もどっちかって言ったら魔導工学研究所の方がよかったかも」

 

 ま、行き先が生徒の意思だけで決まるなら教師達も苦労はないわけで。俺が前いた学校でも修学旅行に沖縄か北海道かでアンケート取ったものの、最初から沖縄に行くことが決定されてたわけで行きたかった北海道が当たらない挙句に何のためのアンケートだと憤慨した記憶がある。

 

 みんなの不満な気持ちはなんとなくわかる。

 

「おいおい男子共……やれ軍事魔導研究所だ魔導工学研究所がよかっただ言ってるが、俺から言わせて貰えばこの研究所に決まったのはお前らにとっては確実に幸運と言えるぜ」

 

「はい?」

 

「いや、何を馬鹿な……」

 

「ならお前らに聞くが……そもそも白金魔導研究所のあるサイネリア島がどういうところかわかってるか?」

 

「え? あそこは水源に富んでて、一年中温暖気候のリゾートビーチが有名の……って、まさか先生!?」

 

「そうだ! 学修だなんだ言ってるが、施設を訪れる以外は結構な自由時間が多く取られてる。俺達の取る宿からは海が結構近い。そしてあの島の気候の関係上、季節的にはちと早ぇが海水浴も十分可能。そして最大のポイントとして……うちのクラスは結構な美少女揃いだ。ここまで言えばお前らもわかるだろ?」

 

「せ、先生……」

 

「先生は、このために……っ!」

 

「ああわかってる、もう何も言うな! みんな、黙って俺に着いてこいやああぁぁぁぁ!」

 

「「「うおおぉぉぉぉ!」」」

 

「先生っ! アンタって奴はぁ!」

 

「白金魔導研究所最高ぉぉぉぉ!」

 

「馬鹿の集まりか、このクラスは……」

 

 雄叫びをあげるグレン先生と男子にシスティは頭を抱えていた。

 

「ビーチか……」

 

「リョウ君はあまり嬉しくない?」

 

「暑いのは嫌いなんだ……」

 

 地球じゃ夏は太陽が燦々と照り輝く砂浜より森林が鬱蒼と茂る山に行く方が多かったからな。好きこのんで暑苦しい所になんか行きたくない。

 

「でも、みんなで海で遊ぶの楽しいよ?」

 

「そういうもんかねぇ?」

 

 正直、暑い場所で楽しいなんて言われてもピンとこない。みんな水着だかどうとか言ってるけど、正直そんなの漫画だけだと思ってたが……騙されたと思って大人しく行くか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおええぇぇぇぇ……」

 

「台無しだわ……」

 

 日は変わって『遠征学修』当日。馬車を乗り換え船へ乗り込み、半日かけての旅路を進み、ようやくサイネリア島へ着いた。

 

 島という名前通り海が近くにあるので潮の香りが漂い、周囲は海が陽の光を反射させ輝きながら波打ってる光景など、観光地やリゾートとして有名な理由の一端が見えたのだが、それも背後でルミアと俺によって支えられてるグレン先生の嘔吐で台無しになってしまったが。

 

 ていうか、一番盛り上がってたのグレン先生なのに出発前とすごい落差だな……。

 

「私達の感慨を汚さないでくれませんか!? 大体、何ですか船酔いって! あんな図太い神経してる癖に!」

 

「図太さと乗り物酔いは関係ないと思うんだが……」

 

「ああ、大声上げんじゃねえよ……。まだ気持ち悪いのが抜けねぇ……」

 

「大丈夫ですか、先生?」

 

 ルミアがグレン先生の背をさすったりりんごをやったりと甲斐甲斐しく世話をするもすぐには酔いが冷めそうにはなかった。終いには船の存在意義に抗議しはじめるし。

 

「船が苦手ってんならなんだって四方が海に囲まれてるこっち選んだんですか?」

 

「あ? そんなの決まってるだろ……美少女の水着姿はあらゆる面において優先すべき事柄だからだ」

 

 それからローブを取り出して海をバックにローブをはためかせる。

 

「ああ、そうさ! 例えここが三国間紛争の最前線だったとしても……俺はここを選んでいただろうさ!」

 

「せ、先生……あんた漢だよ……!」

 

「俺達、一生先生に着いて行きます!」

 

「うちのクラスの男子、先生が来てからノリおかしくなってない!?」

 

 グレン先生の無駄にカッコいい演説に歓声を上げるクラスの男子過半数のテンションの高さにシスティがツッコミを入れる。まあ、こっちの方が健全な学生っぽいから俺は一向に構わんがな。

 

 それから俺達は予約していた宿まで一直線に進み、受付を終わらせると男女で別々の棟に分かれ、更にそれぞれの班に別れて部屋へと移動する。ちなみに俺はカッシュ、セシル、ギイブルと四人班だった。

 

「うおっ! このベッド滅茶苦茶柔らかいなっ!」

 

「まったく、煩い男だな」

 

「あはは、あまり暴れると怒られるよ?」

 

 普段ここまで高級そうな寝具なんて使う機会なんてないのか、テンションの上がってるカッシュはベッドの上でトランポリンみたいなことを始めていた。

 

「そういえば、これからの予定ってどうなってるんだっけ?」

 

「そんなの旅のしおりを見ればわかるだろ」

 

「家に忘れてきちゃってな……」

 

 カッシュのうっかりにギイブルは呆れのこもった溜息を漏らす。

 

「俺の記憶じゃ研究所見学の四日目と五日目以外は基本自由行動多目って感じだな。明日は海で決定だろうけど、街巡りもあるだろうし自由時間といえど休まることはまず無さそうだな」

 

 白金魔導研究所に決まった当初は不満そうにしてたが、海の綺麗な光景を前にして色々観光したいという気持ちが強くなったようで何処を回ろうかという会話がチラチラ聞こえていた。

 

「なるほどなるほど、あいわかった」

 

 ザックリ予定を伝えるとカッシュは頷いて何か呟き出す。

 

「研究所への往復が大変だから明日の夜は余裕がない……かと言って講義を受けた後も同じ。でも六日目まで待つことはできない……となると、仕掛けるのはやっぱり今夜しかねえ」

 

「仕掛ける? 一体何を言って……」

 

「ふ、決まってるだろセシル。夜、女子の泊まってる部屋へお忍びで遊びに行くんだよ! これぞ、魔術学院遠征学修の伝統行事じゃないか!」

 

 漫画みたいなことを言い出した。まさか本当にこういう場面に出くわすとは。

 

「で、伝統なんだ……」

 

「ふん、くだらん」

 

「くだらんとは何だギイブル! これこそ男の浪漫じゃないか! 俺はこの日のために生活費切り詰めてカードやボードゲームを買ったんだ!」

 

「使う機会があるかどうかもわからんままでか……」

 

「それに、見つかったらマズイんじゃないかな。先生はそんなに厳しくはなさそうだけど……」

 

「心配ご無用! 準備は万全! 例えここで失敗したとしても、俺は本望だ。やらずに後悔するより、やって後悔した方がいいさ!」

 

 カッコいい顔ですごくカッコ悪いこと言ってるぞ、カッシュ。

 

「つうわけで、お前らも参加するか?」

 

「するわけないだろ、バカバカしい」

 

「僕も……なんかいやな予感するし」

 

「俺も遠慮する」

 

「ええ!? ギイブルとセシルはそんなキャラじゃないからいいとしても、リョウも断るのか!?」

 

 お前の中で俺はどんなキャラしてるってんだ、おい。

 

「だって、ルミアちゃんがいる部屋だぞ? リンにウェンディやテレサも。今回はリィエルちゃんだっているんだから行かなきゃ損じゃね?」

 

「……美少女揃いだから行きたいのはわからんでもないが、その中にシスティは入ってないのか?」

 

 一応システィも外見はトップレベルだとは思うんだが。

 

「ん? いや、あいつは……説教して煩くなるだけっぽいしな」

 

「……そうか」

 

 その興味なさそうな淡々とした感想……本人が聞いたらどうなるのやら。

 

「ともかく、俺は参加するつもりはない。夜とはいえ、暑いし。部屋から出たくない」

 

「そっか。まあ、別に無理にとは言わねえよ。じゃあ、後はロッドとかカイとか……何人か声掛けとくか」

 

 そう言ってカッシュは部屋を出て行った。

 

「それにしても、大丈夫かなカッシュ? 先生は厳しくは言わないだろうけど、成功したらしたで結構問題になっちゃったり」

 

「いや、それは百パーセントないだろ」

 

「え? 何でそんなに言い切れるの?」

 

「だって、考えても見ろ。もし先生が俺達と同年代だったらどうすると思う?」

 

 俺の質問にセシルとギイブルが数秒考えて納得した表情を浮かべる。

 

「あぁ、うん……絶対カッシュに着いていきそう……」

 

「というより、むしろあの講師から率先して行きそうだな」

 

「そういう事。だからカッシュ達の行動パターンは既に見切られて、今頃待ち伏せしたり罠張ったりしてるだろうな」

 

 元々帝国軍の人間なんだから学生の行動パターン読むくらい朝飯前だろう。それに、学院でリィエルの暴動止めてると言っても三回に一回は取り逃しちゃうから学院の器物損壊が徐々に重なってグレン先生の監督不行き届きということで給料減らされてるって聞くし、この旅行で些細な騒ぎも起こさせたくはないんだろう。

 

「リョウって、最近みんなのことよく見てるよね。リィエルの事だって、自分から話しかけにいくくらいだし」

 

「ん? ああ、それはな……」

 

 リィエルが軍の人間だってことを知ってたし、グレン先生やアルベルトさんからも頼まれたからやってたってだけだしな。

 

「ほんの半年前までは魔術も態度も雑だった君が随分と変わったものだ」

 

「魔術はともかく、態度に関してはギイブルには言われたくねえよ」

 

 と言っても、ギイブルの言う通り半年前はリィエル程とはいかないが、俺の学院での風聞も決していいとは言えなかっただろうな。

 

 学院に来る前にしても、随分と大変だったわけだからな。

 

 ほんの半年前な上に衝撃的だった筈なのに、今はそれがとんでもなく昔に思えてくる。

 

 今がとんでもなく濃い日常だからそう思えるだけなのかもしれないな。俺の日常がこんなにもガラリと変わるなんてあの時まで思ってもみなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──半年前……。

 

 当時、地球の日本は夏真っ盛り。温暖化の影響もあって毎日が猛暑でできれば外に出たくない中を俺はトボトボと歩いていた。

 

 暑いのが苦手な俺だが、家の中だけでは退屈なので休日は必ず何処かの店に足を運ぶようにしている。幸い近所には大きめのショッピングモールがあったのでそこならば暇を持て余すということはなかった。

 

 だが、運悪く道の途中で自転車がパンクしたために俺はこの炎天下の中、自転車を引きながら歩く羽目になった。大した距離ではないとはいえ、高気温にジメジメした空気。俺からすれば最悪の環境だった。

 

 ちょっと歩くだけで汗だくになり、気を抜けばすぐに意識が飛びそうなほどだった。それでも快適な涼を求めて歩き続けるとフワッと涼しげな空気が身を包んでくれた。

 

 そう思って目を開けるとそこに広がるのは何故か満点の星空だった。

 

『…………は?』

 

 目の前に飛び込んでくる光景を見た第一声がそれだった。あの時はそれ以外言葉を発することができなかった。

 

 大した距離を歩いたわけでもなく、時間もそんなに立ってないのに夜になったのもそうだが、俺の記憶にある中にここまで星空の綺麗な場所なんて知らなかったからだ。

 

 そして更に驚くべきところを挙げると。

 

『……天空城?』

 

 ふと空を見上げると月の光を浴びて神秘的な輝きを帯びた城のようなものが浮いていた。どっかのジブリの世界かと思ったが、流石にありえないと頭を振ったりちょっと自分の身体に刺激を与えるも景色は変わらず、痛みが走るだけだった。

 

 俺は徐々に焦りに支配されつつも、引いていた自転車を捨てて歩き出す。不幸中の幸いというか、何もないわけではなく、近くには街らしいものが見えていた。

 

 そこへ向けて歩き、街へ入ればまるで中世ヨーロッパのような光景が広がっていた。しかも今は夜だからなにか言い知れない迫力のようなものを感じた。

 

 それもその筈でそこは貧民街の真っ只中だ。当時は知らなかったが、一見栄えてるように見えるフェジテ市も一部ではゴロツキの蠢いている地域だってある。

 

 運の悪い事にそんな事も知らずに入り込んだ俺……更に俺の所持している物がどれもここでは見ることのないものばかりなために見る人から見れば格好の獲物だったということだろう。

 

 もちろん、ゴロツキは俺の前を通せんぼうしていたが、俺が所持している中で使えそうなものがないかバッグの中を探り、所持している中で最も大きかったI padを取り出し、奴らの目の前で電源を入れた。

 

 普段から薄暗い所で過ごし、古めかしいランプしか光源のない中でしか暮らした事のない者達にとっては電子的な光に慣れてないだろう、一瞬だが目を庇うように身体を仰け反らせた。

 

 その隙を突いて俺はゴロツキの間をすり抜けて一目散に駆け出していった。体力には元からそれなりにあったと自負するも、突然の環境の変化、滅多に見ることのない明確な悪意……普段感じることのないものを連続して突きつけられた中で疲労が常時の何倍もの速さで俺の身体を蝕んでいった。

 

 それでも少しでも止まれば奴らの餌食になることは本能的に理解していたため、疲れに支配される身体に鞭打ってでも走り続けた。

 

 何分、何時間と経ったかもわからず、疲労が限界に達した俺は公園らしい場所にあったベンチに座り込み、荒い呼吸を繰り返していた。そしてそのまま何か口にすることも、考えることも出来ないまま意識を手放すことになった。

 

『……ちゃん? お兄ちゃん?』

 

 ふと、幼い声が聞こえてきたかと思い、目を開けると可愛らしい顔が俺を覗いていた。いつの間にか寝て朝になってたようだ。

 

 目の前にいた少女の他にも何人かの子供が俺を囲うように見ていた。そこにいたのがスゥちゃんを含めた俺を助けてくれた子供達だった。

 

 最初は何でここで寝てただ何処から来ただ質問してきたが、俺だって自分の置かれてる状況を把握できてないため、上手い説明をすることなどできなかった。

 

 そんな下手な説明を聞いてどう思ったのか、スゥちゃんがリリィさんに住む場所を分けられないかと交渉したが、もちろんそれは難航していた。

 

 何処の誰とも知れない男を上げろなんて言われて素直にはいなどと言えるわけがない。

 

 だが、他の子供達も自分の親に色々交渉してどうにか得られたのは嘗て馬小屋として利用されていた建物を好きにしていいというものだった。そこからは以前ルミア達にも言ったように、子供達と遊ぶことを条件づけられ、相手をし、少しばかりだが住まう場所を提供してくれた人達の手伝いをしながら生活していた中だった。

 

『もし、こちらにリョウさんという方がいらっしゃると聞きましたが』

 

 ある日、俺の家を訪ねてくる男がいた。顔は妙に大きいシルクハットで見えづらかったが、その男は右手に手紙を持ちながら話しかけてくる。

 

『あなた、アルザーノ魔術学院に行く気はありませんか?』

 

 突然そんなことを言われた。魔術なんて俺のいた世界じゃまず有り得ないものを当然と言わんばかりに口にされた。

 

 もちろん、魔術が本当にあるものなのかとその場でシルクハットの男に尋ねるが、男はそれに頷いて答え、魔術の何たるかをその場で軽く説明してくれた。

 

 自分が漫画やラノベで得た知識と比較しながら自分にも学べるかどうかを考え、そして自分にも使えるのかを聞くと俺にもそれなりに素養はあると言われた。

 

 しばらく考えてどうにかそれを学んで自分の生きる糧にして、更には居場所をくれたみんなに礼ができないかと思いながら俺はそれを承諾した。

 

 その手紙を受け渡され、件の魔術学院まで案内され、学院長室まで足を運ぶといつの間にかその男は消え、何もわからないまま入室するとこの学院の責任者であるリック学院長と魔術会ナンバーワンと言われるアルフォネア教授が驚いた目で俺を見ていた。

 

 俺が魔術学院に入ることを伝えるとそんな話は聞いてないという。話が噛み合わないと思いながらもあの男に渡された手紙を見せると、それはどうやら俺の編入手続きとのことらしい。

 

 もちろん二人には不可解な顔で見られたが、書類は本物とのことだし、魔術の素養はあるので編入自体は十分に可能だということで手続きをすることになった。代わりにしばらくアルフォネア教授には疑いの目を向けられることになったのはこの時は考える余裕なんてなかった。

 

『天地……じゃないや、リョウ=アマチです。魔術なんて今まで聞いたことないから全くと言っていいほど知らないけど、よろしくお願いします』

 

 思えば完全にあの自己紹介は失敗だった。思いっきり不審な目で見られたし。更に大変なのがここから。編入はできたものの、魔術の勝手なんてわかる筈もなく、初日から難航の嵐だった。

 

 教科書は呪文と起動方法しか書いておらず、授業も一部を除いて起動してからの結果しか説明してくれず、学習もままならなかった。編入したてということで、カッシュも含め何人かが気を遣って勉強も見てくれたが、みんなの説明も同様なため、結局途中で俺が切り上げてしまった。

 

 そのかゆい所に手の届かないようなイライラを抱えながらどうにか足掻いてみるものの、大した進歩も見られず、その空気を感じたのかほとんどのクラスメートも来なくなった。カッシュやルミアなど、一部の者は根気よく声をかけたものの俺はほとんど口を利くことがなくなった。

 

 それから何週間か経って少しずつ魔術言語の読み方くらいはわかっていき、クラスメートとの関係も少しずつ改善していって今に至ると言った感じだ。そういえば、いつからみんなと口を聞けるまでになったんだっけ?

 

 昔を思い出してふと気になった俺は二人に見つからないように荷物を漁り、I padを取り出した。俺も海だけじゃ暇になりそうだなとこいつとアイポタを持って来ていた。で、アイパではメモ機能を使って日記をつけたりしていた。

 

 俺はメモアプリを開いて当時の日記を見るが、あまり大したことは載っていなかった。何でもう少し細かいこと書いてなかったのか当時の俺自身に呆れてたが、まあ人間関係の変化なんて元々気にする方じゃなかったので仕方ないと割り切りながら今日の出来事を少しだけ記して大人しく就寝することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リョウが就寝するのと同時刻、女子部屋では結構な人数がひとつのベッドの上でカードゲームに興じていた。

 

「では、ルミアさん……キッチリ話してもらいますわ!」

 

「えぇ……」

 

 ベッドの上でウェンディが若干興奮気味にルミアに詰め寄っていた。ちなみに今はカードゲームでルミアがビリのため、ルミアにある罰ゲームが発生していた。

 

「さあルミアさん……ここでハッキリさせてもらいますわ。あなたとリョウさんの御関係を!」

 

 つまりは、女子会でもよく話題に挙がり易い恋バナというものである。

 

「えっと、ウェンディ……別に私とリョウ君はそういうんじゃ……」

 

「そんな誰でも言いそうな逃げゼリフを聞きたいわけではありませんわ! 私はあなたがリョウに対して何を思ってるのか、ハッキリと聞きたいのですわ!」

 

「それは私も聞きたいわね」

 

「システィまで……」

 

 まさか家族同然のシスティまでもがそちら側に立つとはルミアも予想しなかった。

 

「あなたはあまり聞かないかもしれませんが、魔術競技祭以来後輩の女子からの人気が高まっているとの話ですわ」

 

「まあ、確かに年下には態度が和らぐから頼れるお兄さんに見えなくもないかな……」

 

「わ、私もなんとなく安心はできるから……」

 

 ウェンディの言葉にテレサとリンも肯定するように補足する。

 

「それに、以前はよく御一緒に図書室で勉強に付き合っていたり、魔術競技祭では一時一緒にいなくなったりと色々怪しいですわ」

 

「そ、それは……」

 

 前半はともかく、後半は緊急事態がためなのだが……と言うわけにもいかず、どうしたものかと沈黙を貫いていた。

 

「まあ、私も他の男子と比べてリョウとは仲よさそうだなとは思ってたけどね。それに、リィエルのフォローに回ってるリョウが疲れてないかとか困ってないかとかチラチラ見てたし」

 

「システィ!?」

 

 まさかそんな攻撃が来るとは思わなかった。恋愛には疎いと思ってた親友がここまで鋭い観察眼を持っているとは……できればこんな所でその成長を発揮しないでほしかったとルミアは内心システィを恨んだ。

 

「ほら、あなたも観念しなさい。いい加減自分の心に素直になってここで全部言っちゃいなさい」

 

「「「…………」」」

 

「「…………?」」

 

 システィとリィエル以外の女子は全員思った。『素直になるべきはあなたでは?』と。

 

 ちなみに一部を除いてクラスメートの大体はシスティがグレンに想いを寄せ始めてるのではとクラス内で話題のひとつになっていた。それに気づいてないのは本人ばかりである。

 

「まあ、ツッコみたい所はありますが、システィの言う通りですわ。さあ、一体いつから彼をお慕いするようになったのか!」

 

「だから違うからね!?」

 

「ほら、言いなさい! 多分時期的に図書館で勉強した時なんだろうけど、そこで何があったの!?」

 

 ルミアが否定するもみんなは既に二人がデキつつあると思い込んでいたために、対応に苦労していた。

 

 ちなみにシスティの言っていたことは大体当たっている。リョウも無自覚というか、知らなかったために記憶に留めていなかったが、以前魔術の勉強に難航していたリョウを図書室で見かけ、困ってるなと思っていたルミアが手伝おうかと協力を持ちかけたことがある。

 

 当時のリョウは魔術への抵抗感と周囲の常識の食い違いも相まって最初は渋っていたが、結局協力してもらうこととなり、ちょっとした勉強会が始まった。

 

 まずは歴史をと思い、大陸に伝わる伝承などを読み漁り、異能に関する記述に入ったところだった。自分が異能持ちであったために、抵抗を感じたルミアだったが、自分がそうだなどと言えず筈もなく、大陸に伝わっている異能者に対するこの国の常識を教えていた時だった。

 

『……くだらない』

 

 異能のことを教えてる最中、そんな事を呟いていた。なんとなく、その言葉の真意を尋ねたくなってリョウに聞いてみる。

 

『いや、だって……俺から言わせてもらえば、魔術も異能も超常現象を起こすという意味ではどっちも似たようなものじゃん。なのに魔術が許されて異能が許されないとか意味がわからない。悪魔の生まれ変わりだとか、何を証拠にそんなことを言ってるのか……こっちだって、俺から見れば異能に嫉妬した昔の魔術師(バカ)がそんなデタラメな噂を広めたようにしか思えないし──』

 

 などなど、この大陸に住むものならばまず言うことなんてない事をペラペラと述べていた。魔術を使えない一般市民でも異能者と聞けば大体が畏怖の対象であるのに、目の前にいる少年は全く異なる認識を抱いていた。

 

 編入初日にクラスメートから質問された中で何処から来たかと聞かれた時はとりあえず遠い所からなどと曖昧な言葉ではぐらかされた。魔術も御伽噺としてしか聞いてないと言ってたからこの大陸にある魔術や異能に関する常識を知らないだけだったのだろうが、その言葉はルミアの中に微かに安堵をもたらした。

 

 それからは勉強を毎日手伝うようになり、時にリョウの身の上や価値観に探りを入れるようになったり、気がつけばリョウとの勉強会が自分の日課になりつつあった。

 

 更にしばらくするとリョウとの勉強会を偶然見ていたのか、カッシュを中心にセシル、ウェンディにリン……システィも加わるようになり、リョウの周囲が少しずつ賑やかになって微笑ましく思った。

 

 ──というのが、ルミアがリョウに関わるようになった経緯なのだが、理由の中に異能の事が入っているためにそれを口にすることはできなくなっていた。

 

 これはみんなを落ち着かせるのは大変だなと思いながらルミアは今も尚詰め寄って質問責めしてくるシスティとウェンディ、少し離れた所から若干眼を輝かせてるテレサとリンを止める言葉を必死に考えていた。

 

 外でグレンが女子部屋に飛び込もうとしている男子と戦闘してる音を響かせながら、女子会の夜もまだまだ続くのだった。


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