ロクでもない魔術に光あれ   作:やのくちひろし

16 / 55
第14話

「「「しゃああぁぁぁぁっ! 海だああぁぁぁぁ!!」」」

 

 遠征学修二日目の朝、ギラギラと眩い太陽、その光を反射して煌めく海の波、それが押し寄せる砂浜……そして、男子の待ち焦がれていた女子の水着姿が広がっていた。

 

「……こりゃ、絶景だな。百花繚乱……ビーチも案外、悪くないかも」

 

「だなぁ……俺のクラスの女子共はどいつもレベル高えからな。いや、眼福眼福ぅ」

 

 女子が波打ち際で戯れ、それを眺めては歓声を上げる男子から更に離れた木陰でその光景を視界に収めながらグレン先生としみじみ呟く。

 

「お前は行かないのか? あんな光景、そう何度も見れるもんじゃねえぞ」

 

「暑いのは苦手なんですよ。海に入るもいいかもしれませんが、普通の水はともかく、海なんて経験がないからちょっと抵抗が……」

 

「ほーん。で、そっちもいいのかよ? こんなクソ暑い中で制服のままで読書とか」

 

 グレン先生は後ろで同じく木陰に座り込んで教科書を手に読書しているギイブルに尋ねる。

 

「余計なお世話です。そもそも僕達は遊びに来たわけじゃないんですよ」

 

「やれやれ、相変わらずお堅ぇ奴だな……」

 

 まあ、どう過ごそうが個人の自由なのでグレン先生もとやかく言わず、惰眠を貪ろうと寝転がった時だった。

 

「先生〜! リョウ君〜!」

 

 離れた所から呼ばれ、視線を向けるとルミアが俺達のもとへ向かって駆け寄って来た。

 

「どうした、ルミア?」

 

「えへへ……どうかな?」

 

 その場でくるりと一回転して両手を広げる。多分、水着の感想を聞いてるんだろうな。

 

「うん、爽やかで清涼感あっていいと思う。可愛い」

 

「えへへ、ありがと♪」

 

 水着になんて詳しくないのでありきたりな言葉を並べるしかできないが、ルミアはお気に召したようだ。

 

「お、何だお前ら……結構可愛いじゃん。眼福じゃん!」

 

「ジ、ジロジロ見ないでください!」

 

 後から来たシスティ含め、水着を堪能するグレン先生に対してシスティは頰を赤らめて背を向けた。こうしている分にはただ可愛いんだが、何で男子が敬遠するまでになっちまうのか。

 

「…………ん」

 

 ルミアとシスティの水着姿を眺めていると、リィエルがずい、と前に出てきて前屈みになってグレン先生をジッとみつめる。

 

「ん? 何だ、リィエル?」

 

「…………」

 

「いや、黙ってちゃわかんねえって」

 

「…………なんでもない」

 

 プイ、と背を向けてトボトボと離れていく。

 

「……先生、ちょっとは何か言ってあげてくださいよ」

 

「は? 何言ってんの、お前?」

 

 リィエルの行動の意味が全くわかってないようで、俺は呆れてため息を吐く。

 

「あはは……そうだ! 二人共ビーチバレーしない?」

 

「あん? ビーチバレーか?」

 

 見ると、既にコートが出来上がって三人一組のチームがそれぞれボールを打ち上げては叩きつける姿があった。

 

「ビーチバレーねぇ……いや、嫌いじゃないんだけどさ。俺、あのバカ供の相手一晩中してたからさ……」

 

「俺も……以前言ったように暑いの嫌いだからさ……」

 

「そんなの、[トライ・レジスト]付与(エンチャント)すれば日焼け対策にもなるわよ」

 

「いや、一般の場で魔術って使っちゃいけないんじゃ……?」

 

「今は私達だけなんだから問題ないわよ」

 

 それでいいのかよ、優等生……。

 

「ほら、やっぱり遊ぶならみんなと一緒がいいし……思い出づくりってことでちょっとだけ、ね?」

 

 両手を合わせながら上目遣いで俺を見上げるルミアに速攻根負けした。妙な罪悪感もあるし、もしここで断れば男子からの風当たりが酷くなりそうだし。

 

「わかったわかった。じゃあ、ちょっとだけ……」

 

「やった♪ 先生もどうですか?」

 

「え〜……俺はなぁ〜……やっぱお肌焼けちゃうし〜」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──っしゃ、来いよゴラァ!」

 

「いや、全力で渋ったのが一転してめちゃくちゃ暑苦しくなってんじゃないですか」

 

 ただ今、俺達はチームを組んでビーチバレーをしていた。一試合始まってからいつの間にかすっかりのめり込んでいた。

 

「というか、何故僕まで巻き込まれているんだ!」

 

 そして、最後のチームメンバーであるギイブルも気付かぬ間に引き込まれ、今になって自分が何処にいるのか気づいたようだ。

 

 それもグレン先生の巧みな話術によるものだ。とりあえずそんな感じで俺らのチームが編成され、結構な勝ち数を上げている。

 

「おい、気を抜いてんじゃねえ。次はかなりの難敵だぞ」

 

「でしたね」

 

 俺達が勝って敗北した側のチームが入れ替わり、一人目にご存知馬鹿力を誇るリィエル、運動神経のいいカッシュ、女子の中で一番大人びているテレサが入った。

 

「リィエルは言うに及ばず、カッシュもいい動きしますし、テレサは思いの外[サイ・テレキネシス]でいいレシーブしますし……」

 

「更にあいつのスパイク時、全ての時が停止してしまうかのような錯覚に陥ってみんな行動不能になっていた。アレは精神攻撃? いや、もしくは時間操作系か?」

 

「いや、それみんなテレサの一部分を見るのに必死になってただけでしょ?」

 

 テレサは女子の中でも特にスタイルが抜群だった。地球の女性を含めてこれまで見た中でトップに躍り出る程の豊満な身体。アレを見た時は流石に俺も驚いて一瞬停止してしまった。

 

 今もどう対処したものかとゴクリを唾を飲み込みながら考えてしまう。

 

「って、何処見てんですか先生」

 

「リョウ君?」

 

 クーラーがある世界じゃないのに、何故か寒い風が吹いた気がした。お陰で気を引き締められるようになったが。

 

「えい」

 

 ドザアアァァァァ! と、音を立ててリィエルのスパイクによって放たれたボールが砂浜にめり込んだ。

 

「……どうしろと?」

 

 試合開始早々リィエルの常識外れのポテンシャルに軽い絶望感が漂った。

 

「やっぱアイツ、ヒュペリオン体質だとかそんななのか?」

 

「あ? 何だそりゃ?」

 

「だいたい二億人に一人の確率で出てくる特異体質で、筋肉繊維が常人と比べて細いやつが何百複雑に絡んでてパワーとか柔軟さが常人の何十倍。あの手の小柄な女の子でも何百キロっていう重りも軽々持ち上げられる程の腕力を誇るらしいです」

 

「なるほど、だいたい納得したよ。今の状況じゃ何の気休めにもならんどころか、より恐怖が増すだけだが」

 

「すいません……」

 

「講師が何弱音を吐いてるんですか!」

 

 ここに来てギイブルが熱いセリフを口にした。

 

「このまま負けっぱなしで終わってたまるか! 先生っ! 僕がなんとしても拾うのでなんとしても決めてください! 僕らの教師がここで無様に負けるなど許しませんよ!」

 

「ギイブル……」

 

「へへっ……そう来なくっちゃな」

 

 ものすごく意外な光景だが、そもそも魔術師は大体が勝負事に熱を注ぐ生き物だ。それはギイブルとて例外ではなかったということだ。

 

 そしてグレン先生がサーブを打ち、カッシュがトスをいい所に打ち上げる。

 

「行け、リィエルちゃん!」

 

「来るぞっ!」

 

 リィエルが駆け出すと同時に警戒態勢MAXで構える。

 

「えい」

 

「そこだ──《見えざる手よ》っ!」

 

 リィエルのボールがコートの丁度真ん中の砂浜に沈もうとしたところでギイブルの[サイ・テレキネシス]がギリギリでボールを拾い上げる。

 

「「「なっ、何いいぃぃぃぃっ!?」」」

 

「おっしゃ、ナイスレシーブ! 先生っ!」

 

「どっせええぇぇぇぇい!」

 

 ギイブルの取ったボールを俺がコート前にトスし、グレン先生が渾身のスパイクを決めた。

 

「ナイススパイク!」

 

「おっしゃ! ギイブルもナイスプレーだ!」

 

「ふん、たかが一点でしょ。それより、彼女のボールは威力はデタラメだが、真ん中にしか打たない。次からも僕が拾いますので、ヘマしないでくださいよ」

 

「お前、ホントブレねぇよな……」

 

「まあ、ギイブルらしいというか……」

 

「次が来ますよ。さっさと構えてください」

 

 ギイブルに言われ、構え直すと次のプレーが開始される。ギイブルのレシーブのお陰で大差開いていた点差が徐々に縮まって来た。

 

「くそ……向こうもやるな。リィエルちゃん、ちょっと……」

 

 だいぶ点差が詰められてるのに焦り出したのか、カッシュがリィエルに何か吹き込んでいた。向こうの作戦タイムが終了し、向こうのサーブから始まる。

 

「どっしゃあっ!」

 

「《見えざる手よ》っ!」

 

 グレン先生のスパイクをテレサが拾い、カッシュがトスで繋げ、再びリィエルが打ちにくる。

 

「ギイブル!」

 

「わかってる! 既に準備は──」

 

「とう」

 

 ドザアアァァァァ! と、音を立てたボールはなんとコートの右隅に沈んでいた。

 

「なっ!?」

 

「コースを、変えた……?」

 

「どうだ! こっちだっていつまでもワンパターンな攻撃で行くと思ったら大間違いだ!」

 

 カッシュが嫌味ったらしく胸を張りながら叫ぶ。どうやらカッシュがコースを指定してリィエルに撃たせてるっぽいな。

 

「マズイぞ……何処に撃ってくるかがわからなきゃ、即席で[サイ・テレキネシス]を使ってもアイツのデタラメスパイクなんか拾えねー」

 

 ギイブルが拾えたのは予め指定した座標に集中力を注ぎ込んでいたからこそだ。固い石も広範囲に薄く広げれば壊れやすくなってしまう。このままではまたワンサイドゲームになってしまう。

 

「……ギイブル、一点集中して呪文紡ぐのにどれくらいかかる?」

 

「は? ……コンマ五秒あればいいが、あのボールに対してそんな時間など──」

 

「だったら次は俺が先にレシーブする。トスは任せた」

 

「何か策があんのか?」

 

「とにかくやるしかありません。後のことは頼みます」

 

 作戦会議を終了させ、今度は俺からのサーブでゲームスタート。やはりカッシュがトスを上げ、リィエルが跳躍してスパイクを撃つ瞬間を待ち──

 

「えい」

 

「ここ! [水鏡]っ!」

 

 リィエルのスパイクの軌道上に割り込み、両手に厚めの水の盾を創り出す。ボールは物凄い威力で水を弾くが、その勢いは幾分か衰えていた。

 

「ギイブルっ!」

 

「くっ、[見えざる手よ]っ! 先生っ!」

 

「チェストォォォォ!」

 

グレン先生のスパイクが相手コートに叩き込まれ、俺達の加点だ。

 

「ナイスだリョウ! 液体使って威力を削ぎ落とすとぁ考えたな!」

 

「君にしては上手いことを思いついたものだ」

 

「もう少しマシな労いしてほしいんだけど……まあ、ともかく再び反撃開始だ!」

 

 俺も随分熱くなってきてるようだ。身体は既に汗ダラダラなのに、全然重くない。

 

「くっそ……ここでまた盛り返しに来るか。……何かアイツらの弱点がわかれば……」

 

「……弱点」

 

 互いに点数が重なって行き、いよいよクライマックスといったところで出来ればすぐにマッチポイントを押さえたいところだ。

 

 次のリィエルのスパイクをなんとしても防いでグレン先生に決めてもらわなければ。そう考えてる間にプレー開始になった。

 

 相手コートに入ると再びリィエルのスパイクの流れが出来上がろうとするところで俺はリィエルの眼前に立つ。

 

「……弱点」

 

 ふいに、リィエルの口からそんな呟きが聞こえた。まさか、またカッシュから何か吹き込まれたか。

 

 だが、弱点と言っても何処だ? 右か、左か、意外なところでポーキーか? 警戒心を上げながらリィエルのスパイクに備えて構える。

 

「うりゃ」

 

 チ────ン!

 

「おぅっ!?」

 

 リィエルのスパイクが、俺の手を掻い潜り、落下し、確かに俺の弱点を突いた。全男子共通の弱点を……。

 

「「「「リョウ────ッ!?」」」」

 

「リョウ──ッ! おま、生きてるかぁ!?」

 

「か、かて…………ころ……」

 

「ああ、いい! 今は喋るなっ! カイ、ロッド! 急いで宿から氷嚢貰ってこい! 大至急だ! セシル、ギイブル! [サイ・テレキネシス]ですぐ運べ! 但し、出来るだけ揺らさずにな!」

 

 碌に喋ることもできず、くの字に倒れ込む俺を診ながらそれぞれに指示を飛ばす。ついでにこっちの配慮もしてるのか、女子を近づけずに進めていた。

 

「リ、リィエルちゃん……何であそこに……?」

 

「ん……あなたが弱点を突けって言ってた」

 

「あ、あぁ……言ってたけど……」

 

「だからあそこが弱点かと思って」

 

「あ、うん。確かに弱点だな……全男子共通の」

 

「ん、リョウだけじゃないんだ。……じゃあ、他の男子にも同じ所狙えば勝てる?」

 

「やめんかっ! お前の腕力でそんなことしたら今度こそ死人が出るわっ!」

 

 リィエルの呟きを聞いたのか、男子達が無意識に自分の股間を庇う態勢に入っていた。

 

 グレン先生に數十分の処置を施され、どうにか俺の命もモノも失わずに済んだ。但し、あれだけの事があったのか、機能が一時停止してしまい、風呂に入る時に男子達から哀れみの視線を向けられたのは余談だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビーチバレーである意味今世紀で一番死を覚悟してからの翌日の午後、俺達は本来の目的である白金魔導研究所に向けて樹海の辛うじて開いていた荒い道を歩いていた。

 

 聞くところその研究所は研究内容が生物系のため、綺麗な水源のある所に建てられてるため、必然的に人気の少なく、複雑に入り組んだ道の先にあるという。

 

 そんなため、一部を除いてクラスメート達が半分も行かないうちに息を荒げていた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

「リン、辛いなら荷物代わりに持つけど?」

 

「え、でも……」

 

「いいから。こんな荒れ道で無理したら戻りがより大変だぞ」

 

 こういう複雑な道も山登りもそうだが、大事なのは無理せずに休み、戻れる時はキチンと戻る事だ。程度の差はあれど、毎年遭難があったり、山道から転げ落ちて死んでしまうケースもあるんだ。自然を舐めて掛かると手痛いしっぺ返しを喰らうということだな。

 

「う、うん……ありがと……」

 

「お、リョウ。お前まだ余裕なのか、スゲェな」

 

「そういうカッシュも二人分の荷物持ってまだ余裕そうじゃん」

 

 一人分の荷物も重量にして大体四・五キロはあると思うんだが。

 

「まあ、みんなと比べて田舎育ちだからな」

 

「さ、流石冒険家志望だね……」

 

 一部を除けば魔術学院の生徒達は大体が都会育ちでこっちはジムなんて体を動かすのに便利な施設がないからみんなの体力は衰退する一方なんだろう。そんな奴らがいきなりこんな荒れ道に足を踏み入れて平気なわけがない。

 

 それからもちょくちょく休憩も入れながら俺やカッシュなど、体力に余裕のある者が疲れの目立つ奴の荷物をローテで負担しながら荒れ道を進むと、意外な光景が目に入った。

 

 ルミアが偶々安定の悪い石で足を踏み外しかけたリィエルを支えようと手を伸ばすが、その手をパン、と払い除けていた。

 

「……触らないで」

 

 次に聞こえたのは明らかに拒絶の意思が込められた言葉だった。

 

「ちょ、リィエル……今のはちょっと酷いわ。何があったのか知らないけど、ルミアは貴方の事が心配で──」

 

「うるさい……うるさいうるさい! 関わらないで! もう私に関わらないで! イライラするから!」

 

 リィエルが今までの人形のような寡黙さから一転して明確な敵意を剥き出しにして大声をあげていた。それには他のみんなも思わず足を止め、呆然と見入っていた。

 

「私は……あなた達なんか、大っ嫌い!」

 

 そう言ってスタスタとみんなから早く離れたいと言わんばかりに歩を早めて遠ざかって行く。

 

「な、何なのリィエル! 貴方──」

 

「待ってシスティ」

 

 リィエルの行動に流石に腹を立てたシスティが追おうとするも、ルミアが手を掴んでそれを止める。

 

「何があったのか知らないけど、今はそっとしておこう」

 

「……貴方が言うなら」

 

 渋々とだが、システィはリィエルを追うのをやめた。

 

「ねえ、やっぱり嫌だったのかな?」

 

 気不味い空気の中、ルミアが悲しげに呟きだした。

 

「リィエルは……私達と住んでる世界が違うのに……私は勝手にあの子を振り回して……本当は嫌だったのに、無理に付き合わせちゃったのかな? 私、お節介だったのかな……?」

 

「それは違うと思う」

 

 ルミアが自責の念に囚われてるのを見て流石にキツくなって思わず口を挟んだ。

 

「表情が変わらないから解りづらいけど、少なくとも昨日まで迷惑と感じたことはなかったと思う。色々知らない事があって目をパチクリさせたり首を傾げたりはあったけど、不快な感情は見当たらなかった。お前のやったことは決して余計なお世話じゃないと思う」

 

 俺だって最初はその親切を不快に思った事はあったが、最終的にそれで助かった身だからな。

 

「その通りだと思うぜ」

 

「先生……」

 

 一番後ろから生徒の動向を見守ってたグレン先生がさっきの騒動で足が止まったから様子を見に来たんだろう。

 

「まず礼を言わせてくれ。社会性・協調性・一般常識ゼロのあいつにお前らは本当よく付き合ってくれたもんだよ。本当なら俺が色々言ってやるべきだったんだろうが、良い機会かと思ってお前らに任せっきりになってたからな。本当ありがとな」

 

「い、いえ、そんなこと……」

 

「あと、同時に謝らせてほしい。実は昨晩、俺が余計な事口走った所為でリィエルを怒らせちまって……ちょっと今あいつ、情緒不安定になってんだ」

 

「すまんって……リィエルのあの調子は貴方の所為だったの!? 朝まで部屋に姿が見えなかったからどうしたのかと思ったら貴方の仕業だったの!? 全く、一体どんなデリカシーのないこと──いたっ!?」

 

 リィエルの不調がグレン先生の所為だと知っていつものように口煩くなりそうになったのを俺が足を軽く蹴ることで止める。

 

「何すんのよっ!?」

 

「黙ってろ。あんな様子見てんな口叩くお前がよっぽどだろが」

 

 今のグレン先生は申し訳なさそうに俯いてただ黙ってシスティの罵倒を聞くだけだった。それを見て流石に様子がおかしいと思ったのか、システィもそれ以上言葉を紡ぐ事がなかった。

 

「あいつさ、子供なんだよ。特殊な生い立ちでな……見た目はお前らとほぼ同年代なんだが、心はまだほんの小さな子供なんだ」

 

「生い立ちって……一体──」

 

「どっか狭い所で心が育たないまま幽閉された所を助け、雛鳥が最初に見た奴を母親だと思うように……あの子は先生に対して依存するようになった。……で、何を言ったかは知りませんが、先生の様子を見てあの子は俺達が先生を自分から奪った敵と認識しちゃった……てな感じですか?」

 

 システィの言葉に先んじて俺が今現在考えてる予想を言葉にした。これくらいにしないと一から十まで全部聞き出そうとしてしまいかねない。

 

「う……大体合ってる。お前、本当時々恐ろしいくらい鋭いよな」

 

「依存する人間の典型的なパターンと言いますか……」

 

「ん、まぁ……そんな感じでな。まだあいつは自分の感情をちゃんと理解出来てねぇだけなんだ。だから、これで愛想を尽かさないでやってくれると助かる……まぁ、あんな事されて難しいかもだが……」

 

「大丈夫です。昨日の今日で拒絶されて驚きましたけど、これで嫌いになんてなったりしませんから」

 

「やな感情持ってないと言ったら嘘になりますけど……出来るだけ努力はするつもりです」

 

「そんなことよりも、さっさとリィエルと仲直りしてくださいよね。貴方の不始末がみんな私達に皺寄せするんですから」

 

 お前は素直に気遣う事が出来ないのかと思ったが、口に出さないでおいた。他も戸惑いは見られるが、出てくる言葉はみんなリィエルの事を心配するものだった。

 

 あんな滅茶苦茶でも、みんな既にリィエルを仲間として迎え入れている。それを見てグレン先生は安堵の息を吐いた。

 

 リィエルがみんなを受け入れてくれるかまだ不安はあるが、俺達は改めて研究所に向けて足を動かして行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 更に二時間険しい道のりを歩くとようやく目的地である白金魔導研究所に到着した。

 

「はぁ、たく……こんな僻地に研究所なんて建てるか普通……」

 

 流石のグレン先生も疲労を感じたのか、正面の建物を見ながら毒づく。まあ、研究内容と条件が限定的なんだから場所云々を俺達が問うのは無粋というものだろう。

 

 しかし、神殿みたいな建物の周りには鮮やかな緑の森林に轟々と流れ落ちる滝壺、そこから飛び出る飛沫に神殿の足元に溜まった澄んだ水に光を乱反射してできる複数の虹。疲れがあるからか、普通に見るだけでも観光名所として有名になりそうなのがこの状態だとまるで天国にでも足を運んだかのような感覚だ。

 

「えっと、ひぃ、ふぅ、みぃ……おう、ちゃんと全員いるな」

 

 グレン先生が点呼と人数を繰り返し確認していると、研究所の入り口から人影が近づいてくるのが見えた。

 

「ようこそ、遠路遥々とお疲れ様でした。アルザーノ魔術学院御一行様ですね?」

 

 現れたのは初老の男性だった。表情は穏やかで丁寧だが堅苦しいというほどのイメージもなく、なんとなく親しみやすそうな人だった。

 

「お、あんたがここの所長さんか?」

 

「えぇ。ここ、白金魔導研究所の所長を務めてるバークス=ブラウモンです」

 

「アルザーノ魔術学院、二年次性二組の担当のグレン=レーダスだ。今日はウチのクラスの『遠征学修』に協力頂いてありがとうございます。生粋の研究型魔術師のアンタには鬱陶しくてしょうがないでしょうが」

 

「いえいえ。私も日夜研究ばかりでは気が滅入りますからな、こうして未来を担う若者と触れ合うのも良い刺激になりますからな。お疲れのところ大変でしょうが、ここまで来てくれた労いの代わりと言ってはなんですが……本日の見学は私がご案内しますよ」

 

「はぁ!? 所長のアンタが直々に!? アンタだって研究で大忙しでしょう!」

 

「構いませんよ。私の権限があれば普段一般の方が立ち入らない区域にも入れますし……やはり若者には最高の一日を送ってもらい、この日が将来この子達の糧になってくれるのならやはりこちらも相応のものを見せてあげたいものですから」

 

「はぁ……普通は自分の研究なんて他者には見せないもんだっつうのに、マジで人格者だな……いや、マジでありがとうございます」

 

 所長の案内だけでも破格な待遇なのが更に一般人の入れない場所まで見学できるもんだから最初は渋っていたみんなも研究所の見学が楽しみになって疲れが吹き飛んだかのようにバッと立ち上がる者も出て来てる。

 

 相当太っ腹というか、グレン先生の言う通りかなりの人格者のようだ……。

 

 ……と、普通なら思ってたんだろうけど、さっき一瞬だけ目を薄く開けた時、妙に暗いような濁ったような色が見えた。そしてそれがルミアに向けられた気がした。

 

 グレン先生は向きの関係から、他のみんなは意外な好待遇に気を取られて気づいてなかったようだが、ルミア本人はそれを敏感に感じたのか、表情がすぐれなかった。

 

 出来れば何もない事を願いたいが……念のため、ルミアの傍から離れない方がいいかもしれない。護衛のリィエルがアレでは碌に機能しないだろうしな。

 

 バークスさんの案内のもと、研究所内を静かに歩く。生命の神秘を研究しているからか、いたるところに掘られた溝に清浄な水が絶やさず流れていた。そして壁や所々にある花壇にある木や草花に蔦が通路にびっしりと生えていた。

 

 灯りに使える物がないのに妙に明るいのは光苔や発光バクテリアの影響だろうか、人工的な光源もなしに視界に影響がない程明るさがあるのはここの水の影響だろうか、更にそれらが発する光の影響もあってか、草木や花も色にほとんど淀みがない。

 

 そんな緑の通路を抜けると、広い空間に出た。そこではあちこちに何かの薬品の詰まった円筒に様々な姿をした生物が閉じ込められていた。

 

 そしてその傍には妙な石版のようなものがあって、まるでコンピュータみたいにあらゆる情報が次々と表示されていた。

 

 バークスさんに聞いてみればあの石版はモノリス型魔導演算器であれで人や動植物の膨大な遺伝情報と魂情報を解析してるらしい。こっちではマギピューターと呼ばれるらしいが。

 

 生物の方はともかく、あの研究道具や水は是非欲しいと思ってしまう。

 

「うわ〜……私、将来は魔術考古学を専門にしたいって思ってたけど、これを見てるとちょっと心が揺らいじゃうかも」

 

「そうかな……私は魔導官僚志望だから。それに、これを見てるとちょっと気がひけるなって……」

 

「気が引ける?」

 

「本来生物っていうのは気の遠くなる程長い時間を掛けて進化するもんだ。それを人が勝手に弄って変な構造の生物を作ったり、捨てたり……」

 

「ちょ、ちょっとリョウ……」

 

 研究者に聞こえるのを危惧してか、システィが俺を嗜めるが、言わんとしてる事はわかるのか今度は色々考えながら施設を見渡す。

 

「生命の神秘の研究と言えば聞こえはいいけど、それを求めるだけならこんなわけのわからない合成獣を作るなんてせずに純粋に起源を辿ればいいだろう。これだけの綺麗な水があればそれを辿るには絶好の材料だっていうのに……こんな狭い所で自分勝手に身体を弄って訳の分からない生物にされ、もしそいつらに知性があるとしたら……俺達人間に対してどんな感情を抱くのやら」

 

 特撮でもよくあることだけど、人間の勝手な研究のために他の生物が被害を被ってその命を散らせたり、辛うじて逃れては人間に復讐心を抱くことだってある。

 

 その人間の業とも言うべきものを形にした大怪獣の事を思い出しながら施設を見ると、そんなのが現実に現れてもおかしくないと思えるくらいのおぞましい内容を展示室でも見た。

 

「別に生物の構造を知ること自体が悪いとまでは言わないよ。医学や生物学だって、そうして日々進化を続けていくわけだからな。ただ、何事もやりすぎたら駄目だってことだな」

 

「そうね……それが過ぎたら、外道魔術師っていうのに堕ちていくのよね……」

 

「うん……」

 

 なんだか、ここだけ随分暗い雰囲気になっちまったな。

 

「まあ、システィが心が揺らいじゃうってのもわからなくもないか。これだけのものがあると俺だって色々見たくなるしな。あの水を使って命がどうやって誕生するのかとか知りたいし」

 

「水だけでそんなことがわかるの?」

 

「もちろん、水単体じゃ無理だな。水を波打たせたり渦巻かせたり色んなもの混ぜたり……電気や熱、様々なパターンを試してどうやってタンパク質やアミノ酸とかが生成されるだとか……」

 

「あ、あみのさん……?」

 

 聞き覚えがないのか、ルミアが首を傾げた。そっちは学問で伝わってないのか、それとも別の言い方なのか……。

 

「ああ、アミノ酸っていうのは俺達の身体を構成する物質の一種だ。そのアミノ酸も何十種類とあって、人間に存在するのが約二十種……グリシンだろ、アラニンに、バリン、ロイシン、イソロイシン、メチオニン……あと、何だったか……思い出せんけど、とにかく水……というか海だな。そこで様々な要素が反応起こして生命が生まれる条件が整った。やろうと思えばやれそうな気はするけどな……簡単に行くとも思えんが」

 

 自然界が生み出せたものなんだから魔術でも生み出せなくはないとは思うが、それがいつくらいになることやら。

 

「詳しいね……」

 

「全部聞いただけの穴だらけ知識だけどね。あとは細胞を取って、遺伝情報だかなんだかを含めた核を培養すれば同一個体を作る事も可能ってくらいか」

 

 地球じゃ色んな物質混ぜてポツリと出てきた新しい細胞を作り出して増幅させたりで医学が進んだなんて事もあったしな。ほとんど覚えてないけど。

 

「同一個体か……そういえば、流石にあの研究はここでもしてないわよね」

 

「あの研究?」

 

「それって……?」

 

「ああ、さっき貴方が言ってたのと似たような奴。確か死者の蘇生・復活に関する一大魔術プロジェクトで……」

 

「は……? 死者蘇生?」

 

 いきなりとんでもな研究内容を聞かされた。

 

「うん。で、そのプロジェクトの名前が確か……」

 

「『Project(プロジェクト):Revive(リヴァイヴ) Life(ライフ)』」

 

 突如、背後から第三者の声がかかった。それがなんと所長のバークスさんだった。

 

「いや、まさか学生さんの口からそのような言葉が出てくるとは。それに途中から話を聴いてましたが、そこの少年も中々多くの知識を秘めてる。将来我が研究所に欲しい人材ですな」

 

「い、いえ……」

 

「あの……そのプロジェクトって、具体的にどういうものなんですか?死んだ人間の蘇生・復活は不可能だと学院で習いましたが……」

 

「ええ。仰る通り、生物には肉体の『マテリアル体』、精神の『アストラル体』、霊魂の『エーテル体』の三つの要素で構成されてるのは皆さんご存知の通り。人間の死後、それらは別々の円環へと還ります」

 

 バークスさんの説明は大体予想通り人間の死後、それらがバラバラに散ってしまうためにそれらを手繰り寄せる事は魔術では不可能だから必然、死者蘇生は無理だというのが常識だ。

 

「──とまあ、そんな理由で死者の蘇生・復活は不可能。それが死の絶対不可逆性です。今現在ではそれを覆すのは不可能……それが『Project:Revive Life』。通称『リー──」

 

「要するにそのプロジェクトは、さっき所長さんの言っていた三要素の代替物で死者蘇生を試みようとしてたモンだ」

 

 バークスさんの説明を遮ってグレン先生が割って話し出した。

 

「復活させたい人間の『ジーン・コード』を基に錬金術で代替肉体を錬成して、他人の霊魂に初期化処理を施した『アルター・エーテル』をその代替肉体に取り入れ、復活させたい人間の精神情報を『アストラル・コード』にして代替精神とする。とま、それらの三つを組み合わせて復活させようってのがこのプロジェクトだ」

 

「ちょ、先生! 説明はいいんですが、バークスさんの話の最中に──」

 

「いいんですよ。私なんかより余程簡潔で分かり易い。流石に現役講師ですな」

 

 割り込んだグレン先生にシスティが注意するも、バークスさんは特に気にした様子はなかった。

 

「あの、さっきから複製という言葉が何度も出てますが……それって、復活と言えるんでしょうか?」

 

 確かに、聞く限りでは地球でいうクローンと大差ない。とても死人が生き還るというようなものとは思えなかった。

 

「ええ。あなたの言う通り、それらの方法で蘇る人間は厳密的に言えば本人ではありません。しかし、同じ顔で、同じ性格で、同じ記憶を寸分違わず持った人間が戻ってくる……そういう有用性を唱えられたものです。そうすれば、望まぬ死を迎えた優秀な人材も同じ容姿と人格記憶、才能までもが戻ってくるという利点もあります」

 

「……そんなのは狂った人間の考えですよ。死んだ人間は決して戻らないし、そこに手を伸ばすべきでもない。そんなの、別世界に旅立った人達に対する侮辱だ」

 

「え、リョウ君……」

 

 地球でも人間のクローンは禁止されてる。理由は色々あるだろうが、個人的にも薄ら寒いものを感じるし、自分も死んでるとは違うがこうして別世界にいる。

 

 もし、ここにいる俺が何らかの間違いでだけで存在してる偽物で本物は今も地球で普通に暮らしてるのではとか、考え出したら気が滅入るしそもそも考えたくない。

 

「あなたの言う通り、そんなものは正気の沙汰ではありません。まあ、結論としてこのプロジェクトは失敗で凍結したわけですから要らぬ心配ですが」

 

「失敗ですか……?」

 

「さっき言ってた三要素の代替物を揃えたところで、俺達が魔術を行使する際に使うルーン語じゃそれらを合わせる術式が造れなかった。ルーン語の機能限界なわけだな……いくら天才が創意工夫重ねたところで真銀(ミスリル)の壁を相手に鉄が斬ったり砕くなんて出来やしねえ」

 

「いやはや、なかなかお上手な例えで」

 

「まあ、恐らくですけど……等価交換にも関わってますよね、それ」

 

「……正解だ。むしろ、ルーン語の機能よりもそっちの方が問題だ」

 

「等価交換って?」

 

 システィとルミアが揃って首を傾げていた。

 

「魔術にしても物理現象にしても、自然界における事象は等価交換が常なのは常識だろ? で、このプロジェクトは命なんて大それたものを手繰り寄せようとしてるんだ。そんなものに見合うものって言ったら何だと思う?」

 

「へ……?」

 

「それって……」

 

 俺の言いたい事がわかったのか、二人は顔を蒼くする。

 

「多分、さっき言ってた三要素のひとつの……『アルター・エーテル』、自然界のブツだけで作れるもんじゃないですよね」

 

「あぁ、そいつを作るには複数の人間から霊魂を抽出して加工・精錬するしか手段がなかった。それぞれが異なる『ジーン・コード』や記憶を持ってるから複数必要なのか理由は定かじゃねえが、このプロジェクトを実行しようとするだけで何の関係もない人間が何人も死ぬんだ。もう等価交換もなにもあったもんじゃねえクソッタレなプロジェクトだ」

 

「そんな様々な問題が出てきたことで、このプロジェクトは永久封印されることになったわけです。まあ、何処かの魔術結社がこのプロジェクトを盗み出して、稀代の天才錬金術師を使って完成に至った……などという話もありますが」

 

「……ああ、ありましたね。あくまで都市伝説レベルの話ですけど」

 

 神妙な顔で呟いたグレン先生はそれからその場を離れる。それからもシスティとルミアがいくつかバークスさんに質問を重ね、それにバークスさんが応じる時間が過ぎる。

 

 その間、その様子を見ていたが、時折バークスさんがルミアを見る時、やはりあの穏やかそうな表情の中にほんの少しだけ違和感を感じる。妙に優しいだとか取り繕おうとしているというのともまた違うが……目の色がどこか濁って見える。

 

 そんな違和感を抱えたまま研究所の見学が続いていく。

 

『……がい、……を……て』

 

 ふと、何か聞こえた気がして辺りを見回すが、みんなほとんど声を出しておらず、数少ない口を聞いてる者も自分の方を向いてはいなかった。

 

 気の所為かと思い、俺はみんなのもとへ戻る。なんとも言い知れない嫌な予感を抱えながら……この後で起こる残酷な悲劇が自分に牙を剥くと知らず。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。