ロクでもない魔術に光あれ   作:やのくちひろし

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第15話

 白金魔導研究所の見学が終わり、あの険しい道を再び辿って港町まで戻った俺達のクラスは今日の主な予定を終えた事で各々これからどうするかを話し合っていた。

 

 大体がどの店に寄って、何処で食事をするかの会話だったが。

 

「ねぇ、リィエル」

 

 ルミア達も例に漏れずにその会話をしてる最中、ルミアがリィエルに声を掛ける。

 

「これからみんなで夕食にしようって思ってるんだけど、どうかな?」

 

「……いや」

 

 少しだけルミアを一瞥すると、不機嫌さを隠そうともせずに拒否の一言。簡単にいくとは思ってなかっただろうが、ここまで拒絶の態度を見せられては流石のルミアも堪えるようだ。

 

「おい、いい加減にしろよお前」

 

 流石に見てられなかったのか、グレン先生がリィエルの肩を掴んで声を発する。

 

「いつまでもガキみたいなことしてねぇで──」

 

「うるさいっ! 離して!」

 

 グレン先生の説教にも耳を貸さず肩に置かれた手を払い除けて遠ざかろうとしていた。

 

 パンッ!

 

「「「っ!?」」」

 

 だが、そこに俺が更にリィエルの手を引っ張り、頰に平手を叩き込んだ。俺の行動が予想外だったのか、グレン先生とルミア、システィが目を見開いていた。

 

「そうやって我儘言って、先生が手を差し伸べるとでも思ってるの?」

 

 俺が言い放つとリィエルはキッ、と睨みつけてくる。

 

「君は先生を守ると言ってたけど、今君のやってるのは何なんだ? 本来守るべき筈の対象を遠ざけ、先生の言葉も聞かずに暴走……君のそれはただの独り善がりだ」

 

「っ! うるさいっ!」

 

「ぐっ!」

 

 リィエルの並外れた腕力で押し退けられ、数メトラほど突き飛ばされる。

 

「うるさいうるさいうるさい! みんな、大嫌いっ!」

 

 そう言い捨ててリィエルは持ち前の身体能力であっという間に逃げ去っていった。

 

「あいつ……」

 

「先生、今はあの子の方に……。私達じゃ逆効果ですから」

 

「……すまん。ちと説教してくら」

 

 グレン先生はリィエルを追って街道を駆けていった。

 

「リョウ……さっきのはやり過ぎよ」

 

 グレン先生が見えなくなると、システィが非難してきた。

 

「いくらなんでもあそこまでやる事ないじゃない。確かにあの子の態度は悪いとは思うけど、あんな暴力みたいな事をして……」

 

「もちろん、ただの喧嘩みたいなものならここまではしなかったよ」

 

 子供の口喧嘩みたいなものであればまだやれやれと呆れる程度で済んだだろうけど、リィエルに限らず何かに依存している人間は自分を邪魔しようとする者に対して何をするのかがわからない。

 

 あまり考えたくはないが、ちょっとした拍子に敵に加担してルミアを危険な場所に放り込む可能性だってある。護衛として派遣された奴が対象を殺すことなどあっちゃいけないだろう。

 

 だが、リィエルの様子では自分からそうしようとしなくても簡単に敵の罠に落ちかねない。

 

「このままにしていたら、多分リィエルは……とんでもない過ちを犯す気がする。そうなる前に、例え嫌われようと誰かが間違ってる事を理解させなきゃいけないと思う。唯一リィエルに懐かれてる先生にさせるわけにもいかないし……だったら俺がやった方がいい。子供を叱りつけるのは慣れてるし」

 

 子供達の相手をしてるわけだから当然子供同士の喧嘩にも立ち会う事はあるし、イタズラで周囲を困らせる事もあったからその際はちゃんと叱りつける事も念頭に置いている。

 

「ごめんね……」

 

「謝る必要はないんだけど……とりあえず、みんな何処かの店に行こうって話になってるけど、どうする?」

 

 このまま暗い空気を放っておくわけにもいかないので、無理やり話題を変えようとするが、ルミアは首を横に振る。

 

「私は、リィエルがすぐに帰ってくるかもしれないから残るね」

 

 すごく申し訳なさそうに言う。なんともルミアらしいというか……恐らく、ここで俺やシスティが何を言ったところでテコでも動かないだろう。

 

「随分と損な役を自ら買って出るよな……」

 

 会ったところでリィエルがちゃんと話し合うかどうかなんてわからないのに。

 

「それはリョウ君には言われたくはないかな」

 

「あんたも大概でしょ」

 

「別に……ふぅ。じゃあ、俺はアイツらについていくけど」

 

「うん。私のことは気にしないでいいから」

 

「ああ。まあ、今はシーズンなのか、街はお祭り騒ぎみたいだからどの店も混みやすいだろうし……屋台とかで何か買ってからこっち戻るよ」

 

 そう言うと、ルミアとシスティは一瞬瞠目すると二人して笑い出す。

 

「……何?」

 

「う、ううん……やっぱりリョウ君って優しいなって」

 

「本当、二人揃ってお人好しよね」

 

「……別にそういうんじゃなくて。単純に人の多い店が苦手なだけだから」

 

「はいはい。買い物なら私も付き合うからさっさと行きましょう。先生がいつ戻るかわからないんだから」

 

「結局お前も残るのかよ……」

 

「何か文句でも?」

 

「いや……」

 

 人のこと散々言って自分だってお人好しだろうとツッコみたかったが、言ったら問答無用で[ゲイル・ブロウ]が飛んで来そうだからギリギリ口を塞ぐ。

 

 結局、俺達三人は宿でグレン先生とリィエルを待とうということになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず、こんなくらいでいいかなと」

 

 俺は一旦カッシュ達と合流して屋台の多い通りに出て店を回った後、みんなと別れて人数分食べ物を買い占めると行き道を辿って宿へと戻っている最中だ。

 

 街道から出ればあっという間に人気がなくなり、妙な静けさに包まれていく。

 

 リィエルが逃げ出してから随分経つが、グレン先生の説得は上手くいっているのだろうかという疑問も浮かんでくるが、自分では静観するか介入するにしても説教をするくらいしかできないのでこのままあの人に任せるしかないかと思考を放棄した。

 

 とりあえず急いで宿に戻って保温処理でもするかと歩む足を早めているところ、何処からか爆発みたいな音が響いた。ここのところ嫌なこと続きだったためか、音を聞いてから反射的に持っていた荷物を捨てて駆け出していく。

 

 宿の中を猛スピードで飛ばしていくとひとつだけ扉が開けっ放しになっていた部屋があり、そこから僅かに土煙が昇っていたのが見えた。

 

 足を早めて辿り着くと、窓があっただろう壁が大きく壊されており、その前でシスティが床にヘタレ込んで震えていた。

 

「システィ! 何があった!?」

 

 俺はシスティの肩を揺さぶりながら問うも、彼女の目の焦点が定まっていない。何処か虚ろで、恐怖に支配されてるようだ。

 

「おい! しっかりしろ! ここで何があった!?」

 

 さっきよりも激しく揺らしながら怒鳴るも変わらず意識のハッキリしないままだが、システィの口から恐怖の混じった声が漏れ出す。

 

「リ、リィエルが……ルミアを攫って、天の智慧研究会の一人で……先生もあの子に、殺されて……」

 

「は……?」

 

 システィの言葉の意味がわからなかった。リィエルが何をしでかすかわからないところはあったし、ちょっとした拍子に敵の手に嵌る可能性は予想してたが、それがよりにもよって天の智慧研究会によって、しかもグレン先生が殺された……。

 

「……なろ」

 

 一瞬思考が堂々巡りになりそうだったが、床に拳を叩きつけ、その衝撃と痛みで頭を冷やして立ち上がると、得意の水の魔術で建物の屋上を伝って跳びかける。

 

 あの轟音からそこまで時間は経っていないからいくらデタラメな身体能力を持つ彼女でもそこまで遠くには行かないだろう。そしてルミアを攫ったなら今一番可能性のある道筋と言ったら……。

 

「…………あの辺りしかないよな」

 

 俺は直感を頼りにリィエルの通っただろう道をショートカットして駆け抜けると案の定、俺の視線の先にルミアを担いだリィエルと、もう一人青い髪を束ねた青年がいた。

 

「……リィエル、どういうつもりだ?」

 

「…………ああ、まだあなたがいたんだ」

 

 ゆらりと首を向けたリィエルの表情は……只でさえ無表情で人形のような印象を持たせたのがその瞳の空虚さでよりいっそう不気味なものになっていた。

 

「ルミアを攫っただけじゃなくて、先生も手にかけたって聞いた……どうなんだ?」

 

「……うん。グレンは私が殺した」

 

 淡々と、信じられない言葉を平然と投げかけた。俺は拳を握りながらどうにか言葉を繋げる。

 

「……お前は先生を守るって言ってたんじゃないのか。それに、そこにいる男は誰だ?」

 

「私の兄さん。私は兄さんのために生きると決めてる。兄さんの敵は私が倒す」

 

「あ……?」

 

 また信じられない言葉が投げられる。リィエルに感じた怒りが一瞬収まる。

 

「お前の兄は死んだんじゃないのかよ? 経緯を聞いたわけじゃないが、そんな感じだったぞ」

 

「うん。そう見せかけて裏でどうにか生き残ってたんだ」

 

 ここでようやくリィエルの兄らしい青年が口を開く。

 

「天の智慧研究会のメンバーと言ったけど、僕達は末端も末端……言ってみれば奴隷のような存在だったんだ。彼女は色々あって宮廷魔導師団に保護されてたみたいだけど、僕は日陰で生き延びたものの最近彼らに見つかってまた逆戻りさ」

 

「それが今の状況とどう関係ある?」

 

「君も彼女が研究会に狙われてるのは知ってるだろう。僕に負わされた任務は彼女を連れて行くことだ。だが、僕は戦闘方面はからっきしでね……昔からそういう腕のあったリィエルの協力が必要だったんだ」

 

「……で、リィエルはそいつの言葉にホイホイついていったっていうのか?」

 

「……私は兄さんを守る。だから、兄さんの敵は──」

 

 ジャキリ、とルミアを担いでいない方の腕で持っていた大剣の鋒を俺に向ける。

 

「──私が倒す」

 

 瞬間、まるで存在自体が切り取られたようにリィエルの姿が俺の視界から消え、頰を風が通り抜けた気がした。

 

「ちぃ……!」

 

 直感的に危機を察して全脚力を持ってその場を離れると背後に回っていたリィエルが大剣を振り下ろし、地面を大きく抉った。

 

「兄さんは行って。こいつは私がやる」

 

「……すまない、リィエル。彼の事は任せたよ」

 

 そう言ってリィエルの兄はルミアを担いでその場を離れようとしていた。

 

「待てっ!」

 

「ダメ」

 

 リィエルの兄を逃すまいと追おうとするも、リィエルが驚異的な脚力で俺の前を取り、大剣を振り回す。俺は[ウェポン・エンチャント]を全身にかけて避けきれない分は身体を上手く使って躱すも、ちょっと触れただけでとんでもない衝撃が身体を駆け巡って焼け石に水だった。

 

 うっすらとわかってはいたけど、もう明らかに紙で大砲を相手にしてるようなもんだった。

 

 まともに食らえばいくら身体の硬度を上げてもひとたまりもない。

 

「おい、リィエル! お前は今まで何のためにあそこにいたんだ!」

 

 だから、無駄かもしれなくても全力で言葉を投げかけて勝機を手繰り寄せるしかない。真正面から向かっても勝てる相手じゃないから。

 

「お前は先生を、守るんじゃ、なかったのか!?」

 

「……私は、兄さんの為に生きるって決めたから」

 

「そうじゃねえよ! お前が先生を、ルミアやシスティをどう思ってたか聞いてんだ! お前は、みんなが好きじゃ……なかったのか!」

 

 俺には説得の材料がないために感情論のような言葉しか出てこないが、元々リィエルに理屈どうこうは無理そうなので必然こういう言葉を使うことしかできない。

 

「……私は兄さんのために生きる。じゃないと……何の為に生きてるかわからないから……」

 

 その言葉を発した瞬間、何故かリィエルから苦痛を我慢してるかのような……今にも壊れそうな、ルミア達を拒んでいた時とは違った危うさを感じた。

 

 だが、それを斬撃の嵐の中で反復して考える余裕なんてなかった。

 

「何のために生きてるかもわからないから、兄に自分を任せてるって、いうのか!ふざけんな!」

 

 大剣の鋒が右腕を掠った……だけなのに、腕に大きな切り傷が入った。とてつもない痛みが身体を襲う。

 

「っ……! お前は、兄が間違ってるとわかって、いながら……仲間を売るのか!」

 

「兄さんを、悪く言うな!」

 

「どう考えても、悪いのはお前の兄だろうが! そもそも、本当にアレがお前の兄か!?」

 

「……どういう、事?」

 

 あれほど凄まじかった斬撃の嵐が突然止んだ。どういう事だか、今のはかなりリィエルを動揺させたようだ。

 

「今まで死んでるって思ってた兄が突然出てきてお前を引き込んだ……どう考えても出来過ぎだってことだ。今まで聞かないでおこうと思ってたけど、お前の兄はどうやって死んだ?」

 

「どうって……兄さんはアイツに殺され…………あれ? アイツって、誰……? そもそも私はその時、どうやってそれを……」

 

 リィエルが頭を抱え出す。事情はわからないけど、これを見て俺の中である予想が本格的に生まれた。

 

「だったら根本的なところからだ。お前の兄の名前は? 今ここで言ってくれ」

 

「兄さんの、名前……それは、その……あれ? 何で? 何で兄さんの名前が、出てこな……」

 

 その様子を見て確信した。同時にリィエルの兄を名乗ったあの男に今まで以上の怒りを感じた。

 

「……もういい。名前は一旦置いてもう一度聞きたい。お前は……ルミアやシスティをどう思ってた?」

 

「何、言って……」

 

「答えろよ……お前は、みんなと過ごして、楽しくなかったのか?」

 

「そんなの……私は、兄さんのために……」

 

「兄を言い訳に使ってんじゃねえ! 俺はお前自身の気持ちを聞いてるんだ!」

 

「私には、そんなの……どうでも……」

 

「なら、さっきからみんなの事を聞くたびになんで苦しそうにする? それに……その涙は何だ!?」

 

「……え?」

 

 今まで気づいていなかったのか、自分の目元に手をやって自分の頰を伝う涙にようやく気付いたようだった。

 

「な、何で……私は……」

 

「その涙が、お前の気持ちなんじゃないのか? もう一度考えろ……お前はルミアやシスティに、何をしてもらいたい?」

 

「あ、あぁ……あ……」

 

 リィエルの眼から流れる涙の量が更に増える。それを止めようと両手で眼を覆うが、その涙は決して止まらなかった。

 

 ようやく、自分の罪と気持ちには気づけたようだ。その代償が右腕というのは割に合わない気も……いや、リィエルに限ってはそれは破格だったかもしれないと、場違いな事を考えられるくらいは俺の気持ちは晴れた。

 

「……私は、どうすればいいの?」

 

 ポツリ、とリィエルが呟く。

 

「どうすればいいのかは、自分で考えるべきだ。今度は自分が何をしたいのか考えてみろ……」

 

「でも、私……ルミアに酷いことした。システィーナにも……クラスのみんなにも……」

 

「それは、謝れとしか言えない。お前の言いたい事を言って、その上で頭を下げてな」

 

「けど、みんなきっと許さない……」

 

「それはないんじゃないか。色々言う奴はいるだろうが、それでお前を嫌うような奴はいないって思うぞ」

 

「……私は、みんなといていいの?」

 

「多分な……」

 

 まだ聞いたわけじゃないが、みんななら今のリィエルを見て許さないなんて言うことは絶対にないって言い切れる。

 

 俺は右腕の痛み並びに疲労困憊の身体に鞭打って立ち上がる。

 

「待って」

 

 ふいに、リィエルから声がかかる。

 

「ルミアを助けるなら……私も行く」

 

「……大丈夫なのか? 絶対にお前の兄と闘うと思うが」

 

「……わからない。兄さんはきっと私に怒ると思う。でも……それでも、私はルミアを助けたい」

 

 あいつがどう出るかなんてわからないだろう、不安も大きいだろう……それでも、ルミアを助けようとする意思が表情にも瞳にも表れていた。

 

「……そうか。じゃ、行くか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……と、感動的に意気込んだものの……」

 

 リィエルが改心して仲間になってくれたのはいいのだが、考えてみれば相手は天の智慧研究会だ。

 

「見事に厳重……」

 

 リィエルは兄を名乗る男の目的地は覚えていないけど、バークスの名前を出していたらしいから向かうべき場所はわかっていた。

 

 だが、いざ来てみれば昼間と違って白衣の研究員があちこちに散らばって監視していた。その傍にはそれぞれ違った姿の異形の獣が唸り声をあげていた。多分、昼間見た合成獣の一種なんだろう。

 

「どう搔い潜ればいいか……」

 

「必要ない。私が全員倒せば──」

 

「やめろ」

 

 リィエルが飛び出そうとするが、ギリギリで引き戻す。……うん、見つかってないな。

 

「ひとりでも見つかればその時点でバークスやお前の兄に知られるぞ」

 

「だったらその前に……」

 

「あいつらが俺達の事に感づいたらルミアを連れて遠くに逃げられる。今あいつらを逃したら、俺達じゃその行方を追うことはできない」

 

「じゃあ、どうするの……?」

 

 俺はリィエルの言葉に返す事が出来なかった。どうしたものかと頭を抱えていた時だった。

 

『……こっち』

 

「え?」

 

「……どうしたの?」

 

「いや、何か聞こえなかったか?」

 

「……何も」

 

 気の所為かと再び監視の目をどうしようかと思考を戻すが──

 

『こっちだよ……』

 

「……またか」

 

『こっちならいない』

 

「一体誰だ?」

 

「……どうしたの?」

 

『お願い……こっち……』

 

「……こっちだな」

 

「リョウ……?」

 

「とにかく、行くしかない」

 

 何故か俺にしか聞こえない声に従って俺達は監視の目をくぐり抜けて行く。

 


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