ロクでもない魔術に光あれ   作:やのくちひろし

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第17話

「どうだ、見たかグレン=レーダス! これが俺の力だ! 俺は力で組織をのし上がる! このルミアという部品があれば俺は何体でもリィエルを作れる! 一体に複数の魂が必要になるが、その程度の犠牲など問題じゃない! リィエルを作れば作るだけ強くなる! これを最強と言わずに何だ!」

 

 リィエルが目の前の男、ライネルを兄だと思い込まされ、その事実を突きつけられた上に彼女が必要ないと突き放し、目の前にはリィエルと同じ姿の少女が三人。

 

 その全てがリィエルと同等の実力だというのなら通常の魔術師ではまず勝ち目がない。腹立たしいが、あいつの言う通り作られれば作られるだけあいつは強大な力を手にするというのは間違いじゃない。

 

 だが、こっちは満身創痍のグレン先生に攻撃手段の限られた俺、そして心を打ち砕かれたリィエル……正直に言って戦いになるかも怪しいところだ。

 

「なぁ……クッソ。一人でも厄介極まりないってのに、それが三人とか無理ゲーなんてもんじゃねえぞ」

 

 グレン先生も苛立ちながらも焦りが顔に出ている。リィエルは攻性呪文はほとんど使わないが、代わりに肉食獣並みの敏捷性と圧倒的なパワーを持っているからまともに向かっては勝ち目などない。

 

「やれ、木偶人形共っ! そいつらを始末しろっ!」

 

 ライネルが命令を飛ばすとリィエルのコピー……いや、リィエル・レプリカというべきか。三人のリィエル・レプリカが俺達に向かって飛びかかってきて、あの大剣を振り回してくる。

 

 そのうちの一人は今も失意によって虚脱していたリィエルを狙っていた。

 

「くっ! 《飛沫》っ!」

 

 俺は掌に水分を圧縮して水の球を作ってリィエルを狙っていたリィエル・レプリカに向かって投げつける。それがリィエル・レプリカの顔に当たり、動きが一瞬止まったところにグレン先生がリィエルを庇ってその場を離脱する。

 

 俺も自分に向かってきた大剣を退いて躱して態勢を整え、呪文を紡ぐ。授業とかで習ってる魔術では足留めにすらならない。だとしたら、今現在の俺の持つ攻撃力の高い攻性呪文で。

 

「《清澗たる水よ・玉輪を──」

 

 呪文が紡がれる前に、死角からリィエル・レプリカの一人が大剣を振りかぶって既に俺の傍まで迫っていた。

 

「くそっ!」

 

 ガウンッ! と、銃声が響き、金属同士がぶつかる音がすると同時にリィエル・レプリカが離脱する。

 

「コイツら相手に長い詠唱を使うな! チンタラしてる間に迫られる! とにかく省略しまくった呪文のみでどうにか凌げ!」

 

 銃の弾丸を見事な早業で装填しなおしながら怒鳴り散らす。確かに驚異的な速度で呑気に呪文を唱える時間を与えられるとは思えない。

 

 結局のところ、一言で発動出来る程度の魔術のみを使って活路を開くしかないが、ちょっと目を逸らす一瞬のうちに距離を詰められるほどの身体能力を有してる敵を相手に対した効果は望めない。

 

「なんで、二人は……私を守ってるの?」

 

「何でも何もねえよ! 目の前で誰かに死なれるのは御免なんだよ!」

 

 ぼそりと呟いたリィエルにグレン先生が怒鳴り返す。そこで再びリィエル・レプリカが動き出し、剛刃が振り下ろされようとする。

 

「《光殻》っ!」

 

 自身の身体に[ウェポン・エンチャント]をかけて剛刃に対抗するが、ハッキリいって受け止めようとするだけで身体全体が痛くなる。

 

 弾いて逸らすにも腕力が足りなすぎて逆に弾かれて身体が真っ二つにされてしまう。

 

「私は、人間じゃない……作られた人形で……」

 

「だから何だ!? 人間じゃない奴なんて身近に普通に闊歩してるわ! セリカとかセリカとかセリカとかな!」

 

 グレン先生が危なそうなところに水の球を撃ってリィエル・レプリカの一人を後退させ、魔力を纏った蹴りでもう一人を離す。その隙にグレン先生が銃に弾丸を装填し、それをクイック・ドローで狙い撃つが、驚異的な速度で躱される。

 

「グレンに、あんな事して……みんなにも酷い事言って……」

 

「だったら謝ればいいだろ! そもそもここに来たのはルミアに謝りに来たからだろ!」

 

「ちなみに俺は許さんからな! 腹斬られて滅茶苦茶痛かったんだからな!」

 

 水の球を打ち続けて動きを若干遅らせるも、元々のパワーの差が歴然としてるため、本当に自分が傷付く時間をほんの少し先延ばしにする程度だった。リィエル・レプリカの剛刃が掠っただけで右肩から右胸辺りの皮膚がパックリ裂かれ、血が吹き出る。

 

「私は……生まれた意味がわからない……」

 

「んなもんみんな同じだよ! 俺だって毎日毎日のほほんとしていただけで大した意味持って生きたことなんてないよ!」

 

 吹き出た血潮を一部掴み取り、それをばら撒いてリィエル・レプリカの一人の顔に付着し、視覚を若干封じると[ショック・ボルト]をようやく命中させ、動きが鈍った。

 

 その隙にグレン先生が前に出て残った二人の攻撃を捌いてる間に[アクア・ヴェール]を纏ってリィエル・レプリカを弾き飛ばす。

 

「そもそも私のこの記憶は、私のじゃない……」

 

「記憶なんて大した問題かよ!」

 

 すぐに顔に着いた血を拭ったリィエル・レプリカが[アクア・ヴェール]を剛刃で削り飛ばし、その風圧で地面を転がる。その隙を狙って同じように剛刃を振るうリィエル・レプリカの前にグレン先生が飛び出し、剛刃を無理やり受け止めて庇った。

 

 当然、リィエル・レプリカの腕力で振るわれたソレを受けて無事でいられる筈もなく、あちこちの皮膚が割れ、何かが軋むような嫌な音がグレン先生から出ていた。

 

「私は兄さんのために生きてたのに……その兄さんは偽物で、そもそも最初からいなくて……私はもう、何のために生きてればいいのか……」

 

「「さっきからウッセエんだよ!」」

 

 一瞬だけリィエル・レプリカから視線を外してグレン先生と同時にリィエルへと怒鳴りつける。

 

「ああもう、さっきから誰のため何のためとか、自分の生きる理由を他人に委ねてんじゃねえよ!」

 

「そもそもお前が俺達と、一緒に、ここに来たのは何でだ!? お前が決めたからだろうが!」

 

 グレン先生が銃で牽制してる間に再び[アクア・ヴェール]を纏ってリィエル・レプリカの足を狙って振り抜き、一瞬だけ空中に跳んだ隙を狙って水球、[アクア・スフィア]と[ショック・ボルト]をコンボで使って動きを鈍らせる。

 

 グレン先生は身体を目一杯使ってリィエル・レプリカの脚や腕の関節を狙って強烈な蹴りを叩き込む。顔色は全く変わらないが、蹴りが命中した腕と脚は震えて動きが若干鈍っている気がする。

 

「兄なしじゃ何にも判らない、決められないって言ってる奴が何で俺達の味方をした!? それも全部兄やグレン先生に言われたからか!? 違うだろうが!」

 

「最初から何もない奴がんな絶望なんてするかよ! それはお前が人間として生きてるって証だ! お前は全然空っぽじゃねえよ! 頭の中はともかくな!」

 

 もっとも、焼け石に水程度にしかならないのか、鈍った部分に目をくれることもなく、失った部分など大したことはないと言わんばかりに突進してきて、万全だった時とほとんど変わらないスピードとパワー、そして連携で三つの剛刃が次々と襲いかかってくる。

 

 俺も魔術で進行を緩めようとしても大した足留めにもならず、あっという間に距離を迫られ、剛刃が俺の身体に触れる前にグレン先生が間に入って魔力を纏った拳と銃身でそれを受け止める。

 

 もちろん、グレン先生の身体が軋みをあげ、皮膚があちこち割れて血潮が吹き出る。

 

「ぐぅ……っ! 自分が何のために、じゃなくて……何を大切にしたいかを考えやがれ! 元々頭も常識もねぇ奴がこんな時ばかり尤もらしい理屈考えるな!」

 

「結局こういう時大事なのは、そういう手前勝手な考え方から始まるんだよ! 学院の時のお前みたいにな! あまりにも滅茶苦茶だったけど!」

 

 [フォトン・ブレード]を展開してリィエル・レプリカ向けて突き出すも二人が退避し、残った一人が俺に向けて剛刃を振り下ろしてくる。

 

 横転して躱しても、退避した二人がすぐさま俺に向けて駆け出して生き、グレン先生が銃を発砲し、攻撃に転じた隙に離れた一人がグレン先生を狙う。

 

 それを俺が庇っても剛刃を手にした二人が今度は俺を狙い、グレン先生が庇う。同じことの繰り返しだ。

 

「もう一度言うぞ! 自分が大切だと思う何かのために生きろ!」

 

「今までの自分を思い出してみろ! お前はいつ、何処で、どんな時に暖かさを感じた!? 痛みを感じた!? それだけでわかる筈だろうが!」

 

「…………あ」

 

 お互いを庇いあいながら闘うも、それももう限界のようだ。体力はグレン先生のお陰で鍛えられても戦闘技術はまだほとんど教わってなく、元々地力の差が歴然とした中で闘えたのはグレン先生の守りがあったお陰だからで。

 

 リィエル・レプリカが三方向に散らばり、俺、グレン先生、リィエルに一人ずつ剛刃を掲げて駆け出していく。

 

 二人揃ってリィエルの方向に気を取られてる内に接近を許してしまい、[フォトン・ブレード]でガードに入るが、あっさりと打ち砕かれ、右手に厚い刃が深々と切り込まれた。

 

 右腕から来る、熱いのか冷たいのか、痺れるのか圧迫されてるのか、色んな感覚と痛みがごちゃ混ぜになって脳に襲いかかっていき、それに耐えようとする間に既に次の攻撃が俺の眼前にまで迫って来た。

 

 グレン先生はもう一人のリィエル・レプリカを相手にしてるため、もうフォローは無理だろう。いよいよもってここまでかと内心諦めかけていた時だった。

 

「ぅぁぁああああぁぁぁぁぁ!」

 

 轟っ! と、落雷が落ちたような、嵐が一瞬にして駆け抜けたような鋭く、荒々しい音が耳を抜けたかと思うと、いつの間にか俺の目の前にはいつも見慣れてるウーツ鋼によって錬成された大型剣を構えたリィエルが刃を振り抜いて立っていた。

 

「ごめん、ね……」

 

 そう呟いたと思った直後、目にも留まらぬ速さで駆け出して生き、グレン先生を相手していたリィエル・レプリカの首筋に……先程吹き飛ばしただろう二人のリィエル・レプリカの胸辺りを深々と切り裂き、その数秒後には全員動く事はなくなった。

 

「……さよなら」

 

 沈黙が支配した場の中で、ただ一言リィエルは涙を流しながら別れの言葉を口にした。

 

「ば、ば……馬鹿なああああぁぁぁぁ!?」

 

 ようやくリィエル・レプリカが全員倒された事を理解したのか、ライネルが悲鳴じみた叫びを上げた。

 

「な、何故俺の人形達がそんなあっさり!? みんな同じリィエルだぞ! しかも余計な感情は全て除外した完全なる人形だ! それがあんなガラクタ一体に何故こう簡単に!?」

 

「同じじゃねえよ」

 

 狼狽していたライネルにグレン先生がどこか納得顔で口を出す。

 

「俺達がまだ生きてる時点で察するべきだったな。もし本当にリィエルの力をそっくりコピー出来てるなら俺達はとっくにくたばってる筈だ」

 

「ふざけるな! 俺のコピーは完璧だ! リィエルの、いや……イルシアの戦闘能力を完全にコピーし、俺に忠実に従うように感情も排除した! 純粋なる人形があんなガラクタに負ける筈が──」

 

「だから負けたんだよ」

 

 ライネルの言葉で俺も理解できた。そりゃリィエルが負ける道理なんてないわけだ。

 

「そんな昔の人間のコピーなんて作ったところで勝てる筈なんてない。あんたがチンタラしてる間にリィエルはずっと成長を続けていた。そして、今は手放したくない大事なものを手にしたから、リィエルはあんたなんかの予想の範疇じゃ理解できない程に強くなった」

 

「ま、テメェは『人間』ってのを舐めすぎてたってこった。ただの人形と違って、人間ってのは成長する生き物なんだからな」

 

「人間……」

 

「ふ、ふざけるな! ただの人形が成長だと!? そんな馬鹿げた話が──」

 

「知るか。んな話なんざ俺だってどうでもいい。重要なのは……テメェの守りはもうゼロだってことだ」

 

 グレン先生の言葉でようやく自分の置かれた状況を知ったのか、きょろきょろとしながらグレン先生と俺、リィエルを見比べて後ずさりする。

 

「く、た……《猛き雷帝よ・極光の閃槍以って・刺し穿て》っ!」

 

 ライネルが苦し紛れに呪文を紡ぐが、魔術は起動しなかった。

 

「お前な、相手の得意技くらい予習しとけよ」

 

 そう言って、グレン先生が懐から例のタロットカードが握られていた。あれでライネルの魔術を封じ込めたのだろう。

 

 そうなってはもはやライネルに勝ち目などないだろう。

 

「ひ、ひぃ……!」

 

 不利を完全に理解したライネルはその表情を恐怖に歪めて背を向けようとしていた。

 

「……ふざけんな」

 

「ぐはっ……!」

 

 ライネルが逃走しようとしたのを理解すると俺はライネルに駆け寄り、拳を顔面に叩きつけて床に転がす。

 

「ひぃ……や、やめろ! やめてくれ!」

 

 恐怖に怯え、地面を這いずって逃げようとするそれは『思念送受信者』が俺に見せた記憶にいた被害者達を思い出させる。それがより腹立たしかった。

 

「ぐふっ! がっ! むごっ!」

 

 俺はライネルの身体の上に乗っかり、マウントを取ってライネルの顔を殴り続ける。

 

 顔を上げる度に殴り、左右一発ずつ全力で、声を上げる前に、殴って、殴って、殴り、殴り、殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴る。

 

「や、やめ……頼む、殺さな……で、くれ……」

 

「そうやって……命乞いするくらいなら、シオンって人についてくべきだったな」

 

 手前勝手な理由で人を捨て、自分の欲望のために数多の命を火にくべる薪のように次々と使い捨てにし、犠牲になった人達には目も向けない。そんな人間を許す事などできなかった。

 

「そのシオンさんはあんたのためにも組織を抜け出そうとしていた……なのにあんたはそんなシオンさんを自分勝手な理由で殺し、イルシアさんを殺し……リィエルを弄んだ。そんな奴が今更命乞いして助かろうとかふざけるな……っ!」

 

「や、やめてくれ……俺は、俺はシオンが羨ましかったんだ!」

 

 何度も俺の拳を受けた事であちこちの皮膚が切れて血を流し、腫れてボコボコになり、涙を流しながらライネルが叫び出す。

 

「あいつはいつも俺の一歩先を行っていた! 同じ境遇で小さい頃から同じ場所で育っていた筈なのに……あいつは本当に天才だった! だからあっさり自分の研究を手放せるなんてことが出来るんだよ! あいつは天才だからいくらでもやり直しが効く! けど、俺はあいつのような才能なんてなかった! 目の前のチャンスを棒にふるなんて出来なかったんだよ! なのにあいつは俺の気も知らずに組織を抜け出せなんて! あいつに凡人の気持ちなんてわからねえんだよ!」

 

 きっかけは本当に些細な事……常に傍でその才能を見ていた人間にしかわからない劣等感。それがこいつの心を歪めた。

 

 確かに余程の気持ちの強い善人か天才でもない限り、犯罪組織に与していた人間が表に出られることなどないのかもしれない。天の智慧研究会に捕まった点で言えばシオンさんもイルシアさんも、リィエルも……こいつも被害者なのかもしれない。

 

「……だから何だ?」

 

「…………ぇ」

 

「だからって、お前のやったことが許されるとでも思うのか。俺はシオンさんやイルシアさんの事は知らないから敵討ちするなんて考えもできない……今俺の頭にあるのは、リィエルやルミアを傷つけたあんたが許さないって感情だけだ」

 

 異能者達を攫って実験台にしたバークスも、ルミアやリィエルを道具扱いしたライネルも到底許せない。

 

「だから……」

 

 俺はまだ健在だった左手をゆっくりと宙に上げていく。

 

「リョウ君、いくらなんでもそれは……!」

 

「お前は……」

 

 左手の拳を握っていつでも振り抜けるよう身体をひねる。

 

「や、やめて……」

 

「……ここで終わらせる」

 

「やめてくれええぇぇぇぇ!」

 

「[光牙]っ!」

 

 左手を振り下ろし、ライネルの首筋に魔力の刃が刻み込まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……事はなく、何もない左手が床に叩きつけられる音が響いた。

 

「…………へ?」

 

「バァカ……お前、コレの事忘れてんだろ」

 

 自身に何もなかった事に呆けたライネルにグレン先生がタロットカードを見せつけて言う。

 

「コイツが俺を中心に魔術の起動を封じてるんだから、リョウの魔術だって機能しないわけ。わかる?」

 

「あ、あぁ……」

 

「まあ、お前みたいなクズでも殺したらルミアやリィエルが心痛めるからなぁ。今の恐怖はコイツらを苦しめた報いだと思っとけ」

 

 そう言いながらツカツカとグレン先生は放心状態のライネルへと歩み寄る。

 

「で、こっちは……テメェに殺されたシオンとイルシアの分だ」

 

 そう言ってグレン先生がライネルを蹴り上げ、それを最後に意識を失った。

 

 それからは捕まったルミアをリィエルが解放し、一時自分がいなくなった方がいいとリィエルが俺達のもとを去ろうとしたが、ルミアがリィエルを抱き止め、一緒にいてほしいと希求する。

 

 リィエルは自分がいていいのかと疑問を持つが、俺の知らない……ルミアとシスティ、リィエルの三人だけの思い出を語りながら涙し、共に抱き寄せる。

 

 それからもバークスの事を任せたアルベルトさんと合流し、ライネルの事を任せた後で宿に戻り、俺達の姿を見たみんながすぐさま駆け寄った。

 

 システィがリィエルの姿を見て彼女の頰を叩き、険悪になるかと思えば涙を流しながらリィエルを抱き寄せ、その心配が杞憂だとすぐにわかった。

 

 色々あったものの、どうにか収まる所に収まったというか……事件はようやく終わりを迎えたようだ。

 

 …………だから、強くなりたいと思った。この光景を見て……あの出来事を経て。俺は、強くなろうと思った…………外道魔術師達を、根絶やしにするためにも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これがお前の望んだ光景か?」

 

「さてな」

 

 白金魔導研究所の事件から翌日。本来なら今日も研究所に行く予定が、所長であるバークスの失踪や政府からの研究所の稼働禁止令や、宮廷魔導師団による島の調査、サイネリア島内にいる住民及び観光客の退避命令など、様々な事が重なってもはや学修どころではなくなった。

 

 だが、全ての人間が島を出るためにはそれなりの時間を要するため、待つ人間が出るのは必然。そして、アルザーノ学院生徒達は最後の便に乗る事になったため、ほぼ丸一日が自由時間となった。

 

 そうしてその時間を潰すために目一杯海で遊ぼうという事になり、今も浜辺でビーチバレーが行われていた。

 

「確かに、尊い光景だな」

 

「あぁ……あんだけの戦闘力を持ったテレサやルミアがまだまだ成長段階だと思うと戦慄を覚えるぜ。いや、まさかの切り札を持っていたリンの成長も結構楽しみな」

 

「誰が水着の話をした」

 

「いや、冗談だから! だから紫電纏った状態の指を俺に向けないでくれるかな!?」

 

「ふん。で、今回の件だが……こればかりはお前に謝罪せねばならんな」

 

「あ? 何だよ突然。らしくもねぇ」

 

「だが、その上で言わせてもらう。リィエルに対する認識を間違ったと思ってはいないし、奴に対する疑念もまだ晴れていない」

 

「……お前、まだリョウを疑ってんのか?」

 

「当然だ。奴の事を競技祭以降も調べたが、半年より以前の経歴がまるでない。まるで最初からそこにいないかのようにな。それに加え、リョウ=アマチの編入を手助けしたという存在も気にかかる。奴らとの関わりがあるとは思えんが、まだ必要以上に信頼を寄せるべきではない」

 

「……あいつは俺の生徒だ。あまりゴチャゴチャと変な事言うと俺でもマジギレすんぞ」

 

「相変わらず甘いな。今までがどうあれ、今回の件で奴の中で明らかに何かしらの変化は起こっている。注意はしておくに越した事はない」

 

「そりゃ、あんなもん見せられて微塵も変われねえ奴なんざいねえだろ。例えそういう変化があったとしても、その時には俺が止めてやるさ」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「…………」

 

 アルベルトの指摘にグレンは沈黙する。

 

「念のために奴に対して遠見の魔術を施していたが、あの時奴は確実にライネルの首を切り落とそうとしていた。だが、奴の殺気に気づいたお前が()()()()()()()()()()()()()()()ことでそれを止めた」

 

「……生徒の人殺しを放置する教師がいるかよ。相手がいくら外道で屑だったとしてもな」

 

「普通ならあの手合は疾く始末するのが俺達の常だが、奴は生徒……俺達の領域に踏み込ませないため、か。存外、立派に教師をしているものだ。だが、放置すれば奴は今度こそその手段を躊躇なく実行するぞ」

 

「奴が人を殺そうと考えてるなんて本気で思うのか?」

 

「考えるだけなら勝手だがな。しかし、奴は学院生が習う自衛魔術から独自に改変を加えてあの光剣と水刃の魔術を作った。実行に移せるだけの手段は既に持っている。そしてこれからも増えるかもしれない」

 

「…………」

 

「それを成せるだけの知識を何処でつけたかは知らんが、これ以上奴に魔術を使う事を許せば何が起こるかもわからん。確かに忠告したぞ……今度こそ自分を殺すような甘さを捨てられればいいがな」

 

 そう言ってアルベルトは背を向けて浜辺を去っていく。

 

「……ちっ。んなもん、解らねえ程バカじゃねえよ」

 

 舌打ちしながら足元の砂を握り、指の隙間から漏れる砂塵を見つめながら呟く。

 

「けど……あいつにそんな事はさせねえし……()()だってあるからな」

 

 辟易としながら、天を仰いで呟く。その後でルミアやシスティ、リィエルにビーチバレーに誘われ、喧騒な時間に巻き込まれる事になった。

 


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