ロクでもない魔術に光あれ   作:やのくちひろし

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第1話

 

 

 システィとグレン先生の決闘騒動から数日後、相変わらず授業とは言えない授業の時間、俺は自習として相変わらず基本の魔術の術式やルーン語の翻訳をしていた。

 

 そんな時間を過ごす中でひとりグレン先生のもとへ質問に行く生徒が出る。

 

「あ、あの……先生。質問があるんですが……」

 

 眼鏡をかけた小柄で小動物のような雰囲気を醸し出している生徒、リンだ。

 

 クラスの中じゃ、ルミアの次に自ら話しかけやすい娘で、偶にある方面の魔術に関して質問したりしていた。

 

 こうしてグレン先生に質問しにいくように、システィとは違った意味で真面目で純粋な娘なのはいいが、結局いつもと変わらずお勧めの辞書を渡して引き方を説明し、自分で調べろなんていう始末だ。

 

 もうこの光景も何度目だろうか。みんな既にグレン先生のやることには無関心を決めてるようだが、ひとりだけ席を立つものがいた。

 

「無駄よ、リン。その男は魔術の崇高さを何一つ理解してないもの」

 

 システィだ。彼女もグレン先生のやることに無関心を決め込んだと思ったが、毎日健気に質問していく彼女に対する態度に腹をたてたというとこだろう。

 

 板挟みになったリンは居心地が悪そうだが。システィが魔術の偉大さ云々を口にして彼女に笑いかけた時だった。

 

「魔術って……そんなに偉大で崇高なもんかね?」

 

 気怠そうなグレン先生の呟きを聞いたシスティが即座に言い返して踵を返そうとしたが──

 

「何が偉大で、どこが崇高なんだ?」

 

 今日のグレン先生は妙に突っかかるなと思った。システィが当然のように魔術の偉大さを自分なりに弁論するが、今度はそんな魔術がなんの役に立つんだと来た。

 

 まあ、それに関しては俺も似た考えを持っていた。地球では魔術にせよ魔法にせよ、人々の暮らしを豊かにできるようなものを想像してたりしていた。まあ、逆に秘匿性に重きをおいたものもあったけど。

 

 こっちの世界では秘匿性が勝っていたってことで。そして極め付けにただの自己満足と切り捨ててシスティは唇を震わせて俯いた。

 

 かと思えば、急にグレン先生は掌を返して魔術が役に立つなどと言い始めた。

 

「ああ、魔術は凄え役に立つさ……人殺しにな」

 

 ……よりにもよって、その方面で説きにきたか。

 

 科学でも土木作業を捗らせるためのものが戦争で兵器として利用されているように、魔術にもそういう二面性があるという事だ。

 

 それ自体はわかってるつもりだったが、ここでその悪い方面を語り出した。

 

 それからグレン先生は次々と魔術の闇について説明しだした。俺たちが習う魔術、魔術関連における戦争の数々など、何かを憎むような表情をしながら語っていく。

 

「全く、お前らの気が知れねえよ。こんな人殺し以外、何の役にも立たん術をせこせこ勉強するなんてな。こんな下らんことに人生費やすならもっとマシな━━」

 

 パアン! と、乾いた音が教室内に響いた。

 

 音源は目の前。システィがグレン先生を引っ叩いた音だ。

 

「いっ……てめっ──っ!?」

 

 グレン先生が忌々しげにシスティを睨むも、すぐに言葉を失った。

 

 いつの間にか彼女の眼は涙で溢れ、表情は悲痛に満ちていた。それから大嫌いと言い残して教室から早足で出て行った。更にグレン先生も自習と言い残して教室を去った。後に残ったのは圧倒的な気まずさだった。

 

 みんな気落ちした表情で、勉強していた者たちも完全に手を止めていた。まあ、あんな黒い事実を突きつけられれば無理もないのかもしれないけど、そっちよりもまずは目の前だな。

 

「……リン、とりあえず席戻ろうか?」

 

 目の前で置いてけぼりにされたリンを席に戻すことだな。

 

「……リョウ君も、そうだって思う?」

 

「ん?」

 

「リョウ君も、魔術は人殺しにしか役に立たないって思う?」

 

 恐怖に震えながらそんな質問を投げつけて来た。周りを見ればクラスのみんなも暗い表情をしていた。

 

 ああ、俺は地球でのアニメやラノベからの知識とこっちの現実によるギャップで魔術に対する抵抗感があったからダメージは少ないけど、純粋に魔術を学んで来たみんなには自分の価値観全てを否定されたようなもんだもんな。

 

「……ん~、俺個人はどっちとも言えないな。魔術そのものに善悪はないから」

 

「え?」

 

 リンが気落ちした表情からキョトンと色を変えてこちらを見た。

 

「魔術って言ったって、元は目に見えない……無色の力の塊だろ。身近なもので例えるなら、まだまっさらなキャンバスって言えばいいのかな?」

 

「キャンバス?」

 

「そこにどう色を塗りたくっていくかは俺たち人間次第だ。例えばだ……」

 

 俺は机に置いてあったノートに羽ペンを走らせる。

 

「リン……これは何に見える?」

 

「えっと……可愛い、猫さん?」

 

 リンの言う通り、俺が描いたのはマスコット化させた猫だ。

 

「じゃあ、これは?」

 

「ん~……先生を叱ってる、システィ?」

 

「そ」

 

「あの……その隣で土下座してる人って」

 

「グレン先生」

 

 さっきのマスコット猫にシスティの要素を描き足して隣にグレン先生が土下座している姿を描いてみた。結構力作だと思う。

 

「じゃあ、今度はこうしてみると?」

 

「えっと……システィはそこまで怖くはないと思う」

 

 ちなみに付け足した要素は猫化したシスティに悪魔の羽根と鬼の角だ。

 

「じゃあ、カッシュは?」

 

 俺は更に別の要素を描き足してリンに見せ、難色を見せた彼女の次に数少ない男友達のひとりであるカッシュに見せる。

 

「あ……えっと、大体こんなもんじゃないのか、説教してるアイツの姿って」

 

「え~、そうかな?」

 

 カッシュは同意するが、覗き込んできたルミアは違うんじゃないかと異を唱える。

 

「まあ、こんなもんだ」

 

「へ?」

 

 どうやらまだ俺の言いたいことが伝わらないらしい。

 

「さっき俺の描いた猫をお前は可愛いと言って、そこに悪魔の羽根を付け足したら怖いって思っただろ。カッシュはこの絵を肯定してルミアは否定した。それと同じで描き方ひとつで色んな印象を与えるように、それぞれの感想が違うように、魔術だってさっき先生が言ったように殺しに使われる恐い要素もあれば、ルミアお得意の人の傷を治す優しい要素だってあるわけだ。日用品にしたって、包丁は大体料理に使われるけど、人に向ければその時点で凶器に早変わりだ。結局どっちに転がるかは人次第だ」

 

 特撮ヒーローにだって悪から生まれた力がそれを持つものの心によって正義を象徴するものになることだってあるんだ。

 

 更にここにいる奴らは魔術が崇高なるものだと信じて学んできたんだ。今回の先生の言で揺らぎつつあるが、十分やり直せる範囲だろう。

 

「まあ、お前がまだ魔術が善なるものだって信じてるならその想いをこれからも貫いて勉強して、いつか先生に魔術は善なるものだって事実を突きつければいいさ」

 

 あの人が魔術を憎んでる理由はわからんが、それをロクでもないものだというのなら自分達でそれとは逆のやり方と価値観を持ってあの人の価値観をぶち壊せばいい。

 

 それが簡単にできるとは思わないが、俺達が間違わなければどうとでもなるだろう。

 

「まあ、あくまで俺個人の価値観だ。魔術が大好きなみんなと俺とじゃ考え方も違うだろうし。けど、一枚の絵に対しての感想なんて千差万別なんだからみんな自分の価値観を大事にしてけばいいと思うよ」

 

 みんな俺とは違って魔術の才能は溢れてるんだから人生の幅は俺よりずっと広めだろう。

 

 さて、俺は俺で引き続き軽く自習してから趣味に走るとしよう。自習中、何故かみんなの視線が集中して気になったが、そんなにさっきの意見に驚いてるのか。正直、自分は自分で他人は他人という持論を特撮ヒーローっぽく言っただけのつもりなんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「昨日はスマンかった」

 

 授業開始前、グレン先生のそんな一言が教室に響いた。

 

「まあ、その、なんだ……大事なものは人それぞれっていうか……俺が魔術が大嫌いだっていうのは変わらんが……それでお前のことをどうこう言うのは、筋違いっつーか、大人気なかったとは思う。まあ、とにかく……悪かった」

 

 いきなりのグレン先生の謝罪らしい言葉に教室は騒然とする。

 

 昨日の今日でグレン先生に何があったのだろうか。あと、何故か俺をチラ見した気がするんだが。

 

「さて、授業を始める前に言っておくが……お前らって、本当バカだよな」

 

『『『ああぁん!?』』』

 

 早速殺伐とした空気が教室に満ちていく。真面目ぶったかと思えば何で初っ端から人を煽るんだよ。

 

「昨日までの十一日間お前らをずっと見ていたが、お前らは魔術のことをな〜んもわかっちゃいない。やれ呪文の共通語約を教えろだの術式の書き取りだのお前ら魔術を舐めてんのか?」

 

「テメェに言われたくねえよ!」

 

「そもそも、[ショック・ボルト]ごとき一節詠唱もできない講師に言われたくない」

 

「あ~あ~、それを言われると耳が痛い。俺は略式詠唱だとか魔力操作のセンスが致命的に欠けてるからな」

 

 グレン先生は生徒達の罵詈雑言を受け止めながら自分の欠点をなんでもないように言いのける。

 

「けど……誰か、今[ショック・ボルト]()()()って言ったか? やっぱバカだ! なら、今日の授業はその[ショック・ボルト]について教えてやる」

 

 生徒達は今更何故初級呪文の授業などと渋った顔をするが、グレン先生は構わずに珍しく教科書を広げて……と思えば教科書を窓から投げ捨てた。ああ、また自習かとクラスのみんなが落胆する空気を気にもせず説明を始める。

 

「はーい、これが[ショック・ボルト]の呪文書。思春期が患ったような恥ずかしい文章の呪文や、数式と幾何学図形がルーン語でびっしり埋まってるのが魔術式ね」

 

 この世界では当然の知識の筈なのに、それを厨二病のお絵描きと言いのけて説明しちゃってるよこの人。最初ことは俺も同感だったんですが……。

 

 それから[ショック・ボルト]の実演を見せるが、以前と同様基本の三節詠唱による発動で生徒達はやれやれといった空気だ。

 

「これが[ショック・ボルト]の基本的な詠唱な。魔力操作に長けた奴なら一節でも詠唱可能なのはみんなも知っての通りだ」

 

「そんなものとっくに究めてますよ。ちなみにそこにいるリョウ=アマチですが、成績こそイマイチですけれど、それを含めて一部の呪文はほんの一言で発動できますよ」

 

「ほう、そりゃすごい」

 

 ギイブルの説明は一言余計だが、そう。俺はこの呪文と他一部だけなら一言だけで発動できる。何故かと言われればイメージし易かったからとしか言えないが。でも、他は全然ダメなんですけどね。

 

 三節したり発動できないものもあれば、使用するだけでごっそりマナ持ってかれたりするものもある。

 

「なら、お前に聞くが……この[ショック・ボルト]、習いたての時どんな感想を抱いた? 正直に言ってみろよ」

 

 いきなり何を言うんだと思ったが、とりあえず当時の記憶を思い返してグレン先生の質問に答える。

 

「えっと……そもそもなんでそういう呪文で決定づけられてるんだって思いました。術式さえ理解すれば魔術名を言うだけでも事足りそうな気もしたし……更には術式自体、ルーン語だけじゃなく、何で数式まで絡んでくるんだろうなとは」

 

 魔法陣とかの中に数字やルーン語が入るだけならそういうものなんだろうなと思っただろうが、それらしい図形の隣に何で方程式じみたものが描かれているのか関連性が掴めなくて大体の教師に教えを請うも、ほとんど自分でやれだの一蹴されたりただバカにされるだけで終わっていた。

 

「……だよなぁ。普通そう考えるよなぁ? なのにコイツらと来たら、それを暗記することしか考えちゃいねえ。これならお前の方がよっぽど魔術師に向いてるわ」

 

 お願いですからグレン先生、早くさっきの質問の意図を説明してください。あなたの質問に答えただけなのに、みんなからの敵意の篭った視線がグサグサと突き刺さるのですが。

 

「さって、そんなお前らにもんだ〜い」

 

 するとグレン先生は黒板に[ショック・ボルト]の基本詠唱を書き記し、呪文の節を切っていく。

 

「《雷精よ・紫電の衝撃以って・打ち倒せ》。これが[ショック・ボルト]の基本的な詠唱ね。これを──」

 

グレン先生は黒板に記した詠唱に更に節を加える。

 

「さて、《雷精よ・紫電の・衝撃以って・打ち倒せ》。これを唱えるとどうなる?」

 

「そんなヘンテコな呪文詠唱、あるはずなんてありませんわ!」

 

「その呪文はまともに起動なんてしない。必ず何らかの形で失敗しますね」

 

 お嬢様口調で抗議をする少女ウェンディと、眼鏡をかけたシスティに次ぐ秀才のギイブルが答えるとグレン先生は呆れたようにため息をつく。

 

「んなことは知ってんだよ。わざわざ完成した呪文を違えてんだからな。俺は、その失敗がどんな形で起こるのかって聞いてんだよ」

 

「何が起きるなんてわかるわけがありませんわ! そんなのランダムに決まってます!」

 

「ラ・ン・ダ・ム!? お前ら、この呪文究めたんじゃなかったのかよ!?」

 

 どこまでも馬鹿にするような高笑いを上げてグレン先生は腹を押さえる。

 

「まさか、みんなわかんない!? 全滅!? マジかよ! お前ら本当に何もわからずに一節してたのかよ!?」

 

 グレン先生の高笑いの所為でもうクラスのみんなの苛立ちは沸点を越えようとしている。

 

「ああ、だったら……おい、リョウだったか? お前はわかんねえか?」

 

 ここで俺を指名か! そんなのわかるか! とはいえ、ここで受け答えくらいしないとマジでみんながどうなるかわかったもんじゃない。

 

 えっと、何らかの形で失敗するのはギイブルがさっき言ったな。あの呪文を真ん中で更に区切ったわけだから多分魔力を操作する際のリズムに影響するのか。

 

「えっと……軌道が、変わる?」

 

「……三十点だな。模範解答としては……右に曲がるだ」

 

 急にグレン先生はさっきの四節詠唱を俺に向けて撃ち放った。当たるかと身構えていたが、[ショック・ボルト]の軌道はグレン先生の宣告通り、右に直角に軌道変更して空を切る。

 

「……マジ?」

 

 本当に右に曲がっちゃったよ。

 

「バ、バカな……」

 

「ありえませんわ!」

 

 クラスのみんなも信じられないと言うような表情だった。

 

「じゃ、次はここに……」

 

 それから先生が呪文を更に区切ったり、一部を消したりして実演してみる。どの呪文方法もグレン先生の宣言通りに起こってるのを見て、クラスのみんなはもう呆然だった。

 

「ま、究めたっていうならこれくらいは知らないとな」

 

 チョークを片手にウザったい顔で言い放つ。けど、誰もグレン先生に文句をいう者はいなかった。

 

「そもそも、お前らおかしいとは思わねえのかよ。こんな意味不明な本の内容覚えて変な言葉を口にするだけで不思議現象が起こるかわかってんの? 常識で考えておかしいだろこんなの」

 

 確かに、それだけで済むなら一般人にだって使えてもいいと思う。まあ、魔力のあるなしは先天的な問題としかいえないが。

 

「で、魔術式って? 式って言うからには人が理解できる、人が作った文字や数式に記号の羅列だ。人間が作ったものがなんでんな不思議現象を起こせる? なんでそんなものを覚えて、更に一見何の関係もない呪文を唱えて魔術が起動する? 考えたことねえのかよ? って、ねえんだろうな。それがこの世界の当たり前だ」

 

 だから誰も気に留めない。深く考えようとしないために暗記に留まり、俺の疑問も疑問のままで停止したままだった。

 

「だから、今からお前らにまず魔術ってのが何なのかを教えてやる」

 

 それから先生はまず等価対応の法則から始めた。ここは物理と似ている部分だからある程度覚えている。

 

 占星術を例題に、魔術が世界でなく人に影響を与えるもの。そして、魔術式は人の深層意識を変革させ、それに対応する世界法則に結果として介入する。言うなれば暗示をかけ、超能力者にしたようなものだろうか。どっかのラノベを思い出す。

 

「お前らは魔術は世界の真理を求めて~なんてカッコいいこと言うが、それは間違いだ。魔術は、人の心を突き詰めるためのもんなんだよ」

 

 それを聞いて胸に衝撃が走ったような気がした。頭の中で、何かが浮かび上がりそうになる。

 

 更に[ショック・ボルト]を妙な呪文で打ち出してみんなを驚かすし、ここまでくると誰もグレン先生をただのロクでなしと見る者などいない。

 

「じゃ、これからいよいよ基礎的な文法と公式を説明すんぞ。興味ねえ奴は寝てな」

 

 あそこまで驚きの光景を見せて、そして今までの講師達とは違う教え方をした後で眠気を抱く者などひとりもいようはずもなかった。

 

 


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