ロクでもない魔術に光あれ 作:やのくちひろし
「システィーナ……少々よろしいでしょうか?」
グレン先生の行方が掴めなくなり、システィとレオス先生の突然の結婚宣言に学院中が騒然としたままの休み時間。ウェンディがシスティに詰め寄っていた。
ウェンディのみならず、カッシュもその場に入り、システィの結婚とそれによって将来の夢を諦めることを本気かと問うていた。
その他にも周囲でシスティの様子を見ていたクラスメートがシスティの表情と今の状況が何処かおかしいことは感づいているだろう。
システィはレオス先生との結婚が夢だった、もう届かない夢は綺麗さっぱり諦めたような事を言ってそれを聞いていたみんなはより疑念を表情にして浮かべた。
「あなた、やっぱりここのところ様子が変ですわ。ひょっとして……あの人に何か弱みでも握られているのではなくて?」
「ぇ……」
一瞬だが、システィの表情が揺らいだのが見えた。
「そ、そんなわけないじゃない! こんな幸せな結婚出来るなんて思わなかったからちょっと夢心地なだけで!」
「システィーナ」
みんなの会話を遮るようにレオス先生が穏やかに声をかけるが、おかしな状況のことも相まってウェンディ達が思わず身構えた。
「結婚についての打ち合わせがあるので少々場所を変えませんか?」
「あ、うん……わかったわ」
システィがレオス先生に着いて行き、教室を出て行く。その様子を見ていた大体の生徒達は仲睦まじいなと囁いていたが、二組のみんなはそれを怪訝な表情で見ていた。
「……ねぇ、ルミア。あのレオスって男、斬っていい?」
「ダ、ダメだよ!」
「落ち着けリィエル。んな事したらアイツの権限を持って牢獄行きだ」
今にもレオス先生に斬りかかりそうなリィエルをどうにか説得して止める。
「でも、システィ……ずっと苦しそう。あいつが……あいつ、すごく嫌な感じがする。きっと、あいつがシスティを苦しめてる……そんな気がする」
リィエルの言う通り、システィの様子がおかしいのはどう考えてもレオス先生以外にあり得ないとは思う。グレン先生が何の前触れもなく姿を消すし、何もかもがあの人の都合のいいように事が進みすぎる。
「でも、何の証拠もないんだよ。もう少しだけ待って……きっと、グレン先生がなんとかしてくれるから」
「……でも、グレンはいない。三日前にルミアから離れるなって言ってそれっきり」
「俺には手紙を置いてった」
三日前、魔導兵団戦を終えて街の外で魔獣狩りをした後の帰り、家に戻ると手紙が戸に挟まっており、見るとルミアから決して離れるなという内容だった。そしてその翌日に決闘のボイコットにシスティの結婚宣言。
魔導兵団戦の後で俺達の知らないところで何かが起こっていたのだろう。そして、レオス先生はグレン先生を退けたのを好機と見てシスティとの結婚を強行しようとしている。
だが、グレン先生が負けただけでシスティがすんなり結婚を受け入れるとは思えない。それも、毎回ベラベラと語ったメルガリウスの城の事を諦めてだ。多分、ウェンディがさっき言ったように何かしらの脅迫を受けてると考えるべきだろう。
システィが結婚を受け入れる程の脅しの材料になり得るのはやはりルミアだろう。レオス先生は何らかの経路でそれを知ってその情報でシスティを揺さぶっている。
だが……それでもおかしい。そんな脅迫材料を入手してるのならもっと前の段階から使ってもよさそうだし、グレン先生がボイコットしたのだって、多分普通にやっては勝てないと踏んでの行動なんだろう。
魔導兵団戦の様子を見る限り、理論と数字だけを真に受けて実践経験に乏しそうな印象しかないあの人がそこまでの腕を持ってるとはとても思えない。でも、今のあの人はそんな匂いを微塵も感じさせない……むしろ異様なまでの狡猾さと残忍さを思わせるような冷たさが瞳の奥で鈍く光っていた。
この妙な違和感と何もできない無力感を抱えたまま無駄な時間がどんどん過ぎて行き、遂に結婚当日になってしまった。
結婚当日になり、参列席で座って待つ事数十分……。グレン先生も来ないままシスティとレオス先生の結婚式が始まった。
大きなステンドグラスで作られた絵のある静かな空間の中、パイプオルガンの奏でる音色と共に純白に彩られたウエディングドレスとタキシードを着た二人がバージンロードを一歩一歩進んでいく。
その一瞬一瞬に祝福の言葉を投げ掛ける者もいれば、素直に見送れない者もいる。結局、いつまで待ってもグレン先生は来ず、結婚式は聖書朗読まで来ていた。
「愛は寛容にして慈悲あり……愛は妬まず、愛は誇らず、見返りを求めず……只、己が身と魂を汝が愛する者へと捧げよ。さすれば──」
ただ粛々と式は進んでいき、遂に締めの祝詞へと入ってしまった時だった。
「その式、認められるかぁ!」
バン! と、勢いよく開かれた扉から聞き慣れた声と見慣れた影が厳かな空間に割って入ってきた。
「グ、グレン先生……?」
「何で今になって……」
突然のグレン先生の登場にクラスメートや式に招かれた教師達も開いた口が塞がらなかった。
「その結婚式、ちょっと待ってもらおうか。俺は断じて認めん……テメェに白猫は絶対に渡せねぇな。そう簡単に逆玉の輿を諦めてたまるかぁ!」
「うわ〜……」
「先生、ここに来てまで……」
「ある意味尊敬する……」
「そこに痺れないし、憧れもしない……」
ようやく登場したかと思えば相変わらずのゲスい表情とセリフにみんな呆れるやら安心するやら複雑な表情を浮かべていた。
「ふ、ふざけないでください……貴方って人はどこまで……」
そんな中、システィ一人だけは拳を握り震わせ、グレン先生を睨んでいた。
「私とレオスとの結婚式を邪魔しないでください! そもそも決闘から逃げた卑怯者が今になってこんな所に来ないでください!」
「へっ! 卑怯もラッキョウもあるか! ようやく夢の引き篭もり生活の日々目の前にチラつかされてこのまま退き下がれるかぁ!」
グレン先生はいかにもゲスいセリフを吐きながら懐から何かを取り出し、それを床に叩きつける。
すると、眩い光と轟音が式場を一瞬にして包んだ。どうやらスタングレネードみたいなものなんだろう。目と耳塞いで正解だった。
光が収まると突然の光と音に五感を狂わされたみんなもいつの間にかグレン先生とシスティの姿が見えないことに慌てふためいた
「あーばよっ、レオスちゃん! 白猫は頂戴するぜぇ! ギャハハハハハハハ!」
「いやああぁぁぁぁ!」
一瞬遅れて、開きっぱなしだった扉の向こうからグレン先生のゲスい高笑いとシスティの悲鳴が聞こえてきた。どうやらシスティを連れてグレン先生は既に逃走したようだ。
「な、何を考えとるのだあの男はああぁぁぁぁ!?」
「は、花嫁が拐われてしまったぁ!?」
「キャー! 愛の逃避行よ!」
「いや、これは完全に誘拐じゃ……」
「み、みんな静まれ! 生徒達はそのままここで待機だ! 教師達はすぐに奴の行方を!」
場は一気に騒然とし、俺達生徒は取り残されて教師達はグレン先生の行方を探そうと表へと去っていく。
そして式場ではグレン先生の帰還とまだ真相は定かじゃないが、俺達の知らない所で苦しんでるシスティを救出したことに歓喜していた。
そんな中、俺はまだ式場に残っていたレオスの方へ目を向ける。その姿を視認し、向こうも俺を見ると口元をニヤリと歪める。その狂ったかのような笑みを見て背筋がゾクリと氷を押し付けられたような寒気を感じた。
「お、おい……何だよ、アレ!?」
同時に誰かが叫び出し、振り返ると外から何かがゾロゾロと入り込んでくる。
それは格好からして一般市民だろう。だが、あの集団の一人一人は明らかに様子がおかしかった。
それぞれの身体には網目のように血管が浮き出しており、肌の血色は蒼白く、皆がその手に棍棒やら包丁やら鍬、シャベルを持っており……みんなユラユラと、生気を全く感じない目で迫ってくる。
「み、みんな! とにかく奥へ下がれ!」
カッシュがみんなに呼びかけて下がらせるが、何人かがこの不気味な光景を見て恐怖に支配され、動けずにいた。
「こ、来ないでください!」
取り残されていたリンと寄り添っていたウェンディが悲鳴にも近い声を上げるとそれに反応して集団の一人の男が包丁を持って信じられない跳躍力と敏捷性で壁を蹴りながら迫っていく。
「《氣弾》っ!」
ウェンディとリンに迫る男に[マジック・バレット]を当てて退けるが、男は意に介しない……というより痛みを感じてないようにすぐに立ち上がって今度は俺に向かってくる。
「の……《氣弾》、《弍弾》、《参弾》!」
今度は三発当てて退けるが、それでもゆらりと不気味に立ち上がってくる。まるでバイオハザードだな……。噛まれたりして感染なんてないよな。
ゾンビみたいな人達はそれから次々と手に持っていた武器を振り上げ、何人かは壁を跳びかけながら波のように襲いかかってくる。
動きは人間のものとは思えない速度だが、動きは魔獣よりも単純だ。俺はそれらを払いのけながら呪文を唱える。
「《渦巻け荒海・龍の路を描きて・砕波せよ》!」
[テイル・シュトローム]を発動させて集団の一部を払いのけるが、それでもゾンビ集団は次々と武器を持って襲いかかってくる。
「(……待て。何だ、こいつら……)」
この集団、俺が戦っているからかどうなのか……大半が俺を狙ってるように思える。もちろん、一部みんなを狙って襲ってるのもいるが、どいつも入ってはまず辺りを見回し、俺の存在を認知してから即座に飛びかかってきている。
理由は知らないが、どうやら連中の狙いは主に俺らしい。
「……よくはわからないが、ここに留まるのはかえって危ないな。リィエル! コイツら連れて出て行くからどうにか隙を突いてみんなと逃げろ!」
リィエルに言い残しておき、ルミアが止めようとするのが見えたが構わず[マジック・バレット]や[アクア・バレット]で牽制しながらゾンビ集団を連れて裏口の扉を蹴破って外へと出る。
そのまま時折追いついてくる奴を払いのけては逃げるを繰り返し、人気のない広めの通りへと出た。
ここならなんとかなるだろうとゆっくりと近づいてくるゾンビ集団を待ち構えていた時だった。
「いやぁ、知性がなくなってるとはいえ……『
この殺伐とした空間に不似合いな、妙に芝居掛かった口調と拍手の音が響いた。
見ると、正面の建物の屋根にタキシード姿のレオスが拍手しながら俺を見下ろしていた。
「うん、君もやはりそういうタイプか。他の生徒達を巻き込んで騒動を起こせば君は必ず一人になって彼らを倒そうとする……やはり僕の予測通りだ」
「……あんた、一体何者だ?」
「ん? 言ったろ、僕は軍用魔術を研究して──」
「もういい加減正体現したらどうなんだよ、偽者」
「……ほう?」
「魔導兵団戦が終わってからどうにもおかしいとは思ったんだよ。本当ならレオス先生に負ける筈もないのに、あの人が変則的な戦略を取る人間だって知ってても、ボイコットまでするような相手とは思えない。なのに先生は姿を眩まし、突然のシスティの結婚。本来なら家族の合意だって必要な筈なのに、大人の味方がほとんどいないこの状況……いくらなんでも出来すぎだろ」
「…………」
「しかも、理屈はわかんないけどこの人ら……多分薬物か何かでも投与されたんだろう。それも、魔術的な……それこそ禁忌指定される程の何かを。よっぽどの錬金術師でもない限りそんな代物を製作はできないだろ。でも、レオス先生の専門は軍用魔術だった筈だ。錬金術なんて触り程度にしか知らない筈……なのに、そんな専門的なやつを易々使えるアンタは誰なんだよ?」
「…………やはり、そこまでは気づいていたか」
俺の言葉を聞き終えるとレオス先生の姿をした誰かは口元を歪めて邪悪な笑みを浮かべる。
「いい加減、元の姿見せろよ。そもそもアンタが誰かも知らないのに俺にそこまでする意味なんてないだろう」
「知らないとは心外だな。まぁ、あの時の事は思い出せないように暗示をかけて話していたんだから仕方ないんだけどね」
「……暗示?」
「それでも、君をアルザーノ魔術学院に編入出来るよう学費を出したり手続きしてあげたのは僕なんだから少しくらいは感謝の言葉もあったっていいんじゃないかな」
「え……?」
俺が疑問を浮かべてるとパチン! と、指を鳴らし……その姿が変わっていく。同時に俺の頭にも衝撃に似たような痛みが発生し、俺はある出来事を思い出した。
「あ、アンタは……」
「やぁ、久しぶりだねリョウ=アマチ君。自己紹介をするのは初めてだけど」
「あの時の……俺を学院に連れてった……」
レオス先生のメッキが剥がれ、姿を現したのは普通よりも短めな手袋、黒い紳士服、特徴的なシルクハットに小さめの眼鏡。そうだ、半年前に俺に魔術の存在を教え、アルザーノ魔術学院に編入させるきっかけを与えた男だ。
「改めて、僕は元宮廷魔導師団特務分室所属、執行ナンバー11『正義』のジャティス=ロウファンさ」
「元宮廷魔導師団……先生と同じ」
「あぁ、嘗てはグレンと同僚だった。一年余前のあの事件が起きるまではね」
「あの事件……?」
「そうさ。一年余前……僕はこの帝国に隠された邪悪な真実を知ってしまった。そこで、正義の執行者である僕は今回みたいに『天使の塵』を使い、この帝国を滅ぼすつもりだった。でも、そこでグレンに阻まれ……僕の正義は一時潰えてしまった」
帝国に隠された真実だとかグレン先生との間で何があったのか、それを演劇のように語り聞かせようとするが、俺にとってはどうでもいいし今は別の事だ。
「帝国だとか先生のことだとか、今はそんなのいい。一体何で、俺を学院に入れた?」
俺は目の前の男とは何の関わりもない。あの男が何者かも、何処かに繋がる余地だってない。精々俺がグレン先生の教え子だということだけだが、それでも俺が編入して半年も後の話だ。
「……正義のためさ」
「は?」
「そもそも最初は君の事を知った瞬間に殺そうとさえ思っていた。君はこの世界では言わば異物なんだからね」
「な……!?」
異物……。そんな言葉が出てくる理由と言ったらひとつしか思い浮かばない。
「アンタ、まさか俺の事……」
「ああ、もちろんわかってるさ。まさか異世界から来た人間なんて、僕だって最初は信じられなかったさ。だが、君の事を
「……だったら、何で俺に魔術の事なんて教えた? あの時の俺は魔術なんてほとんど知らなかった。何も言わずに殺す機会なんていくらでもあっただろう」
「確かに、殺すだけなら簡単だった。でも、君の中にある知識を見て気が変わった。僕の正義を更に高みへと昇らせるために、君に魔術を知ってもらいたかった。魔術を知ることで、君の中の知識とそれが混ざり合うことで君がグレンと同じところまで来てくれれば僕と彼の聖戦の前戯として君と闘う事も期待してたんだけど……」
一度言葉を切ると、ため息混じりに首を軽く振る。
「正直、ガッカリだったよ」
そして、失望したと言わんばかりに俺を見下ろす。
「君が魔術を知って何をしてくれるかと思って見ていたが、君は他の生徒と同じで魔術を使ってただ遊ぶ事に費やしていただけだった。グレンが魔術講師になってからも、闘いに割り入る意欲を出したものの全部僕の
「当たり前だ。アンタの期待に応えたいなんて思わないし、そもそも正義だなんだと言いながらこの人達は一体何故こんな目にあわせられなきゃいけない?」
「さっきも言ったろう、正義のためさ。もっとも、この帝国の真実を知らない君達の価値観では僕の崇高な行いは理解し難いのもわからなくはない」
「俺ひとり殺すためだけに、無関係の人達まで巻き込んでか?」
「彼らは僕が進む先にある理想郷の礎となっただけさ。どれだけ血を流そうが、そこへ辿り着くためには多数の犠牲もやむなしだ」
「ふざけんな! テメェの都合で俺を魔術の世界に引き摺り込んで、勝手に期待して勝手に失望して、挙句に無関係な人達まで巻き込んで正義だなんてぬかすんじゃねえ!」
「否! これが正義なんだよ! あの忌まわしい天の知恵研究会を滅ぼすために、そして禁忌教典をこの手中に収めて、僕は正義の魔法使いとなる!」
禁忌教典……。天の知恵研究会がルミアを狙ってる理由だってのはグレン先生から聞いたが、何故こいつまでもがそんな単語を出す?
「僕のことを考えてる余裕なんてあるのかい?」
ジャティスの言葉に我にかえるとゾンビ集団が凄まじい勢いで俺へと迫ってくる。
「その集団は僕の命令を忠実に実行する人形だ。『天使の塵』を投与した者は理性と人格を破壊され、薬物を投与した主の命令に従って動く。また、量と濃度を調節すれば人格を保ったまま違和感なく意のままに動く事も出来る」
その説明である予想が思い浮かんだ。
「じゃあ、レオス先生も……」
「死んだよ」
俺の問いかけを予想していたように淡々と答える。
「『天使の塵』を投与した時点で人間として死んだようなもんだけど、投与を続けなければ禁断症状を起こして、続けたとしても最終的には生物的にも死んじゃうんだよね。で、魔導兵団戦の直後だよ」
「……っ!」
「彼はよくやってくれたよ。僕の思うがままに動いてくれて、彼には感謝してるよ」
「この……っ!」
「もちろん彼らにもね。彼らの協力あったからこそ君とこうして話ができた」
「いい加減に……」
「でも、もうひとつ何か欲しいところだ。どうすればグレンは完全に戻ってきてくれるか……彼女の存在もだが、彼の夢と僅かながら共通している君を殺すことで……いや、君の大切なものを壊せばどうなるか。そうだな……感染者達を街に放って、子供を片っ端から襲わせたりとか」
その言葉で遂に俺の中の何かが切れた。
「デメ゛エ゛ェェェェェェ!!」
「そう……そうだ。それだよ! 僕が欲しいのは! 自分の夢、大切な者を壊そうとする者を憎むその目! 魔導師時代のグレンを彷彿とさせる! あとはそれに力が伴えば! この試練……
そう言い残し、ジャティスはその場を去っていく。
「待ちやがれ! くそがぁ! この、邪魔だああぁぁぁぁ!!」
俺は紫電を閃かせ、水流を叩きつけ、光剣で斬りつけ、水刃で切り裂き、向かってくる敵という敵を悉く蹴散らしていく。
時間にすればほんの数十分。短そうで、俺にとってはとてつもなく長い時間闘っていた気がした。
目が覚めれば、既に終わっていた。
俺の意識が戻った時、俺は真っ白で簡素なベッドの上で横になってた。起きたら隣でルミアが座っていたので気になっていたら街の路地裏で俺が大量の死体の中でポツリと倒れていたところを宮廷魔導師の人が見つけ出してくれたらしい。
多分、アルベルトさんかその関係者なんだろう。グレン先生に会ったらあの人経由で感謝の伝言でも送ってもらおうかな。
その前にルミア含め、あの時置いていったクラスメート達からの見舞い品として数々の説教を送ってもらった。
俺がいなくなってからゾンビ集団の数は減ったが、それでもリィエルひとりではみんなを守り切るのは大変だった時、アルベルトさん含めて三人の宮廷魔導師が駆けつけて事態は終息した。
グレン先生とシスティはこの事件を仕組んだ黒幕……恐らくジャティスだろう。そいつと対峙して闘い、どうにか帰還できたらしい。
聞くと、レオス先生については何者かに操られ、魔導兵団戦の後に暗殺。それから黒幕がフィーベル家とクライスト家の財を手中に収めるための企て、それに気づいたグレン先生がそれを阻止するために動いたという。
事件の内容が内容なのでジャティスの性格と言動には触れず、わかりやすい動機をでっち上げて周囲を納得させるための架空の顛末だろう。
全てはアイツの自分勝手な価値観から始まった事件。被害はあまりにも大きい。だが、グレン先生もシスティも、俺もどうにか生き残れた。
そこまでいって俺はこの先どうしようかと考えた。ジャティスは狂人ではあるが、馬鹿でも間抜けでもない。とても計算高く、研究熱心で、ただ己の正義を貫こうと愚直なまでに歪んだ正義の道を進み、その過程で俺が異世界の人間だと知った。
あの男が俺を狙った事は恐らくグレン先生やアルベルトさん辺りに不審に思われる事だろう。そうなると、あの人達の前じゃ誤魔化せる自信がない。
このまま黙るくらいなら、いっそ全てを話すべきなのかと思って病院の廊下を歩くと子供の啜り泣く声が聞こえた。
見ると、それはスゥちゃんだった。何故彼女がこの病院に来てしかも泣いてるのか。事情を聞こうかと出て行こうとした時だ。
彼女の近く……どっかの病室の扉が開いていた。確か、あそこらへんは『天使の塵』の被害者達が寝かされている場所だった筈。
その扉の向こうに見えるのは顔は白い布で隠れていたが、僅かに見える肌の色、体格、傷跡を見て俺の記憶が刺激された。
確か、俺が倒した奴らのひとりがあんな特徴だった気がする。
それから俺は影から飛び出してその病室に入った。スゥちゃんと室内にいたリリィさんが驚きの声をあげたが、それも無視して室内を見回す。
周囲には被害者の遺族だろう人達が泣いていた。どこも子連れの人ばかりで、俺が遊んでいる子供達の姿もあった。
「あ…………」
何を、勘違いしていたのか……。
「はぁ……はぁ…………っ!」
俺は、あくまであの闘いを潜り抜けたに過ぎなかった……。
「あぐ……っ!」
それだけで、何もしてないどころか……俺は自分で、自分の大事なものを汚していたことに、今になってようやく気づいた。
自分が今まで何を考えてたか、それが本当はどれだけ恐ろしいものなのか、この光景を見て理解した。
「あ、あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
俺は……ただ、何もわからなくなった。ただ、怖くなった。
この世界に、もう俺がいる資格なんてないと、思い知らされた。
本当に俺はこの世界では、ただの異物だったんだ。