ロクでもない魔術に光あれ   作:やのくちひろし

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絶望の先
第21話


 

 ジャティスが起こした『天使の塵事件』から一週間が経過した頃……。

 

「はいはーい、今日はここまでな。良い子は全員、寄り道すんなよ」

 

 授業終了の鐘が響き、グレンは教材を片手に教室に出る。

 

「あ、あの……先生」

 

 グレンが教室を出るとカッシュがおずおずと尋ねる。

 

「どうした?」

 

「あの……あいつ、どうですか?」

 

「…………」

 

 カッシュの質問にグレンは苦い顔をする。

 

「お前が気にすることじゃねえ。そっちは俺がなんとかすっから」

 

「け、けど……」

 

「いいから、お前もさっさと帰れ」

 

 もうこれ以上の問答は不要という風にスタスタと廊下を歩いて去る。ここのところはカッシュ以外にも何人かから同じような質問を受けていた。

 

 ジャティスがシスティーナや周りを巻き込んで自分と殺し合いを強いたあの日、色々あったがシスティが勇気を出して手を差し伸べてくれたおかげでどうにかあの男を退けることは出来たと思えば、また別の厄介事が舞い込んできた。

 

「先生……」

 

「だから──って、今度はお前らか……」

 

 学院の門を潜った傍からグレンを呼び止めたのはシスティーナとルミア、そしてリィエルだった。

 

「お前ら、放課後はまっすぐ帰れって言ったろ。終わったとはいえ、物騒な事件のあった直後なんだから」

 

「また……探しに行くんですよね、リョウ君を」

 

「…………」

 

 いきなり本題を切り出したルミアにまたか、と後頭部を掻いて困ったもんだと嘆息する。

 

「リョウ君……姿を眩ましてもう一週間になります。もしかしたらあの人に……ううん、そうでなくても何かあるんじゃないかって……だから、私も──」

 

「やめとけ」

 

 ルミアが言葉を続けようとするも、グレンがそれを遮る。

 

「あいつがいなくなったのは恐らく自分の意思でだ。今俺達があいつに会って戻ってこいと言ったところで聞くとも思えねえ。それに、お前は下手に行動を起こさない方がいい。お前が動くとかえって余計な混乱が起きかねない。お前は白猫とリィエルと一緒に家戻って大人しくしとけ」

 

「先生っ! ルミアは──」

 

「システィ! ……いいの。先生は私達の事を考えて言ってくれてるんだから」

 

「でも、ルミア。あなたは……」

 

「大丈夫だよ。先生だってリョウ君の事……ですよね?」

 

「…………」

 

 ルミアの悲痛をこらえるような揺れた瞳を向けられ、グレンはただ黙することしかできなかった。

 

「失礼しました。それではまた」

 

 ルミアはペコリと頭を下げてからフィーベル宅へと歩き出し、システィーナもルミアとグレンを交互に見ながらついていく。

 

「……グレン。ルミアとシスティは私が守るから、グレンは気にしないでリョウを探せばいい」

 

 最後にリィエルがグレンに言い残して先を歩いてる二人を追っていく。

 

「…………くそ、どいつも見透かしたように言いやがって」

 

 グレンは頭を乱暴に掻いて街道を歩く。

 

 ここ一週間、ルミア達もとっくに気づいてるようだが、グレンは行方知れずになったリョウをあちこち回りながら探していた。

 

 一週間前、ジャティスが事件を起こしてから病院へと向かったが、リョウは届けもないまま病院から出ていったらしい。

 

 後で聞いたところ、リョウを襲った『天使の塵』の末期中毒者の半数以上がリョウの遊び相手だった子供達の親族やそれに近しい間柄の人間だったらしい。

 

 恐らくリョウは自分が子供達を苦しめてる元凶だと思い、苦悩の末にフェジテから出て行ったと考えるのが自然だ。

 

「……くそっ!」

 

 グレンは街灯の柱に拳を叩きつけ、高い金属音に驚いた通行人が一瞬グレンを見るが、忿怒にまみれたグレンの顔を見ると皆そそくさとその場を離れていく。

 

 そんな通行人を気にもせずにグレンはジンジンと痛む拳を握りながら再び街道を歩く。

 

 思い出すのは一週間前のジャティスとの決戦。システィーナと組んでようやく一矢報いたというところで向こうから撤退宣言を言い渡された時だった。

 

『あ、そうそう。今回は思わぬ収穫があったけど……彼の方はどうかな?』

 

『あ? 彼だと?』

 

『ほら、君と同じ夢を抱いてる彼だよ。まあ、君とは違って大した学力はなかったが、君が魔術講師になって手ほどきしたおかげである程度は闘えるようになったけどね』

 

『っ!?』

 

 ジャティスの言葉を聞いてグレンは自分の過去を掘り下げられた時やシスティーナを『天使の塵』の末期中毒者から守った時と同等の殺気を漲らせる。

 

『テメェ! リョウに何しやがったんだ!?』

 

『少し挨拶しただけだよ。僕が彼を編入させてから随分経つからちょっと経過が気になってね』

 

『お前が……何でお前があいつを…………いや、そもそも何であいつまでテメェの下らねえ企みに巻き込みやがる!?』

 

『言っただろ、彼は君と同じものを抱いてると。だから君と決闘してる間に彼に少し試練を与えてあげたんだよ。彼が君と同じところまで来るのか確かめるために』

 

 ダメだ。やはりこの男とはまともな会話が成り立てない。だが、それでも聞かなければならないとグレンは怒りをどうにか飲み込もうと歯をくいしばる。

 

『……ジャティス、あいつは……リョウは一体何者なんだ? お前は何を知ってんだ?』

 

 腹立たしいが、ジャティスの相手の心理や行動パターンを数値化して計算できる未だ謎に包まれた固有魔術を持つ。自分やシスティーナはもちろん、その周囲の人間、もちろんリョウの事も全て頭に入ってるはずだ。

 

 しかも、自分と闘うのが目的のはずが何故リョウにちょっかいをかけるなどという寄り道をするのかが妙だ。

 

『……それは彼に直接聞けばいい。もっとも、無事に会えればだけどね』

 

『おい!』

 

 グレンの制止の言葉も聞かず、ジャティスは路地裏の奥へと消えていった。

 

 それからシスティーナを背負ってみんなの所へ戻り、すぐにリョウの捜索を始め、日を跨いだ頃に病院にいるとの報告をルミアから聞き、いざ病院へ行けば既に行方知れずになった後だった。

 

 突然リョウが姿を眩まして珍しく動揺して冷静な判断を失いかけたルミアをシスティーナが必死に宥める普段とは逆の光景だなと思うでもなく、グレンの中に渦巻いたのは生徒が苦しんでる時に何も出来なかった無力感だった。

 

 リョウの失踪はまるで魔術講師になる前の、自分のかけがえのない大切な者を失った時の自分に似ていた。

 

 自分も力が足りなかった所為で大切な人……今は亡きセラ=シルヴァーズという女性を失ったことで無気力になり、一年余セリカの下で引き篭もることになった。そしてリョウは子供達の大事な人達を自分の手で殺めた事に恐怖してフェジテから出て行った。

 

 状況と理由は違えど、内か外か……目の前の残酷な現実に耐えられずに逃げ出したという点は自分と通ずるところがある。

 

「……んなとこまで似るんじゃねえよ」

 

 感傷的な声色で呟きながらいつの間にやらフェジテの繁華街の裏路地を進み、ひっそりと隠れるように据えられたバーが姿を見せる。

 

 グレンは店へ入り、カウンター席へ腰を下ろしてマスターに適当な酒を頼んで数分待つと、自分の隣に別の人間が腰をかける気配を感じた。

 

「珍しいな。お前が先に来るとは」

 

「仕事が早く終わったんでな」

 

「残業から逃げてきただけじゃないのか。学院でもまだ騒ぎが収まっていないのだろ」

 

「わかってんなら聞くんじゃねえよ」

 

 グレンは酒を呷りながら隣の男、アルベルトの言葉を聞いて顰蹙する。

 

「珍しいな。貴様から接触するとは」

 

「まあ、ちょっと俺ひとりじゃキツイもんが……」

 

「リョウ=アマチの事か」

 

「……もう全部わかってるわけか」

 

「今回の事件の経緯と奴の失踪……そして貴様の性格を考えれば誰でもわかる。大方フェジテの外で奴の捜索に協力しろということだろう」

 

「わかってんなら話は早ぇ。もちろん、ジャティスの奴のせいでお前らが大忙しだってのもわかってる。その上で頼む。別にあいつの捜索に力を入れろとまでは言わねえ……もしそれらしい奴がいたら使い魔でもなんでも情報をくれ」

 

「……ふん。フィーベルの事もそうだが、リョウ=アマチにも随分入れ込んでいるな。何故そこまであの男を気にかける?」

 

「……あいつだって俺の生徒だ。あいつにまで、俺と同じ想いはさせたくねえ。それに……約束だってあるからな」

 

「約束?」

 

 アルベルトは疑問を投げるが、グレンはこれ以上は話せないという風に沈黙を貫く。

 

「……まあいい。俺も少しの間、フェジテを出てジャティスの捜索に当たる。別方面を担当している《法皇》と《隠者》にも既に協力を仰いだ」

 

「……お前、相変わらず手回しが早いな。ていうか、お前も何だかんだであいつの事気にかけてたのか?」

 

「勘違いのないよう言っておくが、奴がただジャティスに利用されていた者だったとはいえ、俺はまだ疑いを晴らしてはいない。むしろ何故ジャティスがあの男を利用しようとしていたのか新たな疑問が湧いて出た。ジャティスとどんな関わりがあったのか、僅かでも情報を得られればという藁にもすがる考えだが」

 

「相変わらずドライな奴だな。けど、それでもサンキュな……恩に着る」

 

「ふん。やはり貴様は相変わらず──なに?」

 

 突然アルベルトが何かを感じたのか、明後日の方向を向いてブツブツと呟き出した。その手にはいつの間にか宝石の片割れが握られていた。

 

 どうやら通信用の魔道具のようだが、連絡を知らせる合図が全く聞こえなかったので恐らく周囲に気取られないための配慮だろうが、相変わらず完璧な秘密作業っぷりに久しぶりに驚嘆する。

 

「……そうか」

 

「何の報告だったんだ?」

 

「…………リョウ=アマチの行方が判明した」

 

「……は?」

 

「《法皇》からの報告だ。既に身柄も確保したようだ」

 

「マジか!? 何処だ!?」

 

「……この街を出て北を行ったネブラと呼ばれる村だ」

 

「北……結構な田舎だな。ネブラっていうと、早馬使っても半日はかかるか……うし、明日はサボり確だな。すぐに出発だ」

 

「待て、グレン」

 

「って、何だよ。あいつが見つかったならさっさと連れ戻さねえと……」

 

 アルベルトを見ると、普段でも鷹のような鋭い目つきがより険しく細められていた。

 

「……何があったんだ?」

 

「……リョウ=アマチを連れ戻したところで、今の奴は魔術師はおろか、もはや普通の人間として暮らせるのかも怪しいぞ」

 

 現実は、どこまでも天地リョウという男を追い詰めていく。

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