ロクでもない魔術に光あれ   作:やのくちひろし

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第22話

「いっ……ぐすっ……」

 

「どうしたの、スゥちゃん?」

 

 いつもの公園で泣いているスゥちゃんを見かけ、どうしたものかと声をかける。

 

「なんで……?」

 

「ぇ……?」

 

「なんで……おじいちゃんを死なせたの?」

 

 普段の天真爛漫な笑顔とは真逆の、憎悪に満ちた目で俺を見上げる。

 

「なんでお兄ちゃんじゃなくて、おじいちゃんが死ななきゃいけないの?」

 

「そ、それは……」

 

 胸が締め付けられるような苦しみを抱えながら目線を右往左往させると、俺の周囲に子供達が立ってスゥちゃんと同様に憎悪の目を俺に向けていた。

 

「なんでだよ……!」

 

「どうして?」

 

「なんで助けてくれなかったの?」

 

「人殺し」

 

「「「お兄ちゃんの所為だ!」」」

 

「「「お兄ちゃんの所為でみんな死んだ!」」」

 

「あ、う……うあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

みんなの憎しみの目に耐えられず、俺は頭を抱え、声をあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁっ!」

 

 ガバッ! と起き上がり、気づくと俺はベッドの上で目覚めていた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 荒い呼吸を繰り返して、額に浮かんだ汗を拭ってベッドから起き上がろうとする。

 

「……うわっ!?」

 

 だが、右側に何の感触もなく、バランスを崩してベッドから転げ落ちた。

 

「いつつ……」

 

 痛みを堪えながら俺は立ち上がろうとするとまた右側に傾きそうになり、再び尻餅を着いて妙なバランスの悪さを確かめようとすると、右側には何もなかった。

 

 正確には、右の肩から下がなくなっていた。本来あるべき、俺の右腕が失っていた。

 

「……っ!? ぐっ……!」

 

 失った右腕を自覚すると、ないにも関わらず嫌な激痛のようなものを感じる。いや、失くしたからこそか。

 

「あぁ……んっとうに、何やってんだか」

 

 ふと呟いて、辺りを見ると部屋の隅に俺の手荷物があったのが見えた。

 

「『三か……っの…………」

 

 歩くのもキツイ中、魔術で取り寄せようとするも、呪文が大きく途切れてしまう。

 

「──こと…………ぁ……」

 

 それでも紡ごうとするも、呪文は完成することなく……更に内側の魔力が大きく乱れているのを感じる。

 

 もう無理だと諦めて呪文をやめると激しい動悸が身体を支配し、大して運動もしてないのに息切れを起こしてしまう。

 

「く……っそ…………本当に、何を……」

 

 誰もいない……まるで自分と世界が切り離されてるような孤独感の中、俺はただ自分の無力さに悔しさを、悲しさを、怒りを滲ませるしかできなかった。

 

 何故俺がこんな事にまでなってるのか……話は半日程前まで遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……流石に疲れてきたな」

 

 広い平原……。僅かに手入れのされた一本道の途中で俺はポツンと盛り上がった岩に腰を下ろして休む。背負っていた手荷物は自分の足元に。

 

「……まさか、街を離れるのにこれがまた役に立つなんてな」

 

 俺は自分の傍に置いたボロボロの自転車を置いて呟く。

 

 あの事件から一週間……自分の殺した人達が子供達の親族だったと知ってから俺は自分の周囲全てが怖く思えてしまった。

 

 子供達から憎しみの感情を向けられるかもしれないから、これ以上魔術に関わりたくないからか、とにかく俺はもうこれ以上あの街の……いや、この世界の人達と関わるべきじゃない。

 

 だからあの街から逃げた。途中で偶然、この世界に来てしまった時からご無沙汰だった自転車が手付かずであの時の場所に残っていたので軽く手入れをし、パンクした前輪には錬金術でつくった厚めのゴムで補強し、乗り心地はともかく走行機能は取り戻せたのでその足を使ってフェジテから遠ざかった。

 

 そのまま道なりを進み、途中で予め用意していた携帯食料を口にしながら何日もかけて進んでいき、ある村にたどり着いた。

 

 通行人に聞いてみると、ここはネブラという小さな村らしく、豊かとはいえないが右には草木が生い茂る平原があり、左には森が高く立ち並んでおり、その先にはそれなりに高い丘が見える。

 

 所々には丘から流れたものなのか、綺麗な小川があり、その側には畑を木製の柵で囲ってる場所もあればその近くに牧場なのか牛や馬が闊歩してる姿もあった。

 

 その途中途中で自分の畑で作ったものなのか、作物を物々交換したりしてる人達もおり、街の市場とは違うが、この村はそうやって生計が成り立ってるようだ。それなりに活気もあるしとても平和的な村のようだ。

 

 一時休息を取るにはうってつけの場所だろう。

 

「……と、思ったのが……」

 

「ねえ、アレって何て乗り物?」

 

「ふぇじて? から来たって言ってたけど、どんな街なの?」

 

「魔術って、本当にあるの?」

 

 ちょっと休憩のつもりが、何故か子供達に囲まれて質問攻めにあっていた。

 

 最初は花かんむりを作っていた女の子が自分の使っている花の種類を疑問に思っていたのでちょこっと説明したら会話が弾み、農家の人達の仕事内容とそれを行う理由の説明をすると会話を聞きつけた他の子供達が集まって次々と質問してそれに対応し、今に至る。

 

「あっという間に人気者ですね〜」

 

「は、はぁ……」

 

 子供の疑問にちょっと答えた程度のつもりだったのだが、何がどうしてこうエスカレートしてしまったのか。

 

 というか、ちょっと休憩したらすぐに出て行くつもりだったのだが、子供達に泣きそうな目で見られたら構わざるを得ないだろう。結局、子供の頼み事は一生かけても断わりきれないんだろうなという事がわかってしまった。

 

 まあ、フェジテにいた時と変わらず子供達に囲まれてる俺だが、この時は唯一の例外があった。

 

「……(チラッ)」

 

「……っ!」

 

 ふいに気配を感じて振り返ると、物陰から僅かにはみ出た紅い結った髪の片方がビクリと跳ね上がり、シュッと姿を消した。そのまま何十秒かジッと待つとソロリソロリと徐々に顔を出していく。

 

 物陰にいたのは大体六・七歳程度の小さな女の子だった。

 

「えっと……何か聞きたいことある?」

 

「……っ!」

 

 声をかけると、女の子はビクリと一瞬震えて一目散に走り去った。

 

「え……?」

 

「あぁ、ヒーちゃんか……」

 

 いきなり逃げられた事実に軽くショックを受けると同時にその姿を見た子供達の中では年長者くらいの女の子が呟く。

 

「ヒーちゃん?」

 

「うん。何ヶ月か前から住んでるんだけど……お母さん以外まだ誰にも慣れてなくて、声をかけてもすぐ逃げちゃってね」

 

「ふ〜ん……」

 

 何か訳ありなのかと思ったが、自分も似たようなものなのでここで探りを入れるようなことはやめといた方がいいな。どっちにしろ俺もすぐにこの村を出て行くのだから。

 

 長期的な関わりを持てないのにあれこれ考えるのは単純な偽善だ。あの時みたいな……。

 

「何だ、随分酷い顔してんな。何かあったか?」

 

 農家の人だろうか、随分と体格のいい男性が鍬を持ちながら声をかけてくる。

 

「どうもその顔からして、訳ありって感じだが……前の街で嫌な事でもあったか?」

 

「…………そんなものじゃないです」

 

 嫌なんて単語で言い表せるもんじゃない、何処からなのか、俺が大事な事も見ることも考えることもせずに行った結果がアレだ……。

 

「ただ、もう俺はあそこにいるべきじゃないってわかりました」

 

「……何故そう思う?」

 

「俺がバカだったから……俺が大事なもの見落とした所為で子供達にあんな顔をさせた。だから、俺はもうあの街にはいない方がいいです。俺は……あそこじゃ異物ですから」

 

「…………」

 

 俺の言葉を男性はただ黙って聞いていた。俺も何であんな事を初対面の人にスラスラ言えるのか不思議に思うが、今だけは口にしたかった。

 

「この村に来る前……俺にも似たような出来事があった」

 

 ふいに、男性が口を開く。

 

「今はこの村にいるが、これでも旅をしている身でな。その途中で結構な数の敵と戦った事もあってな……守りたいものの筈なのに、大事なもんも見えずに暴れた結果が……あの出来事だった。自分が不幸の元凶だと自分を呪った時期もある。だが、いくら嘆いても怒っても……起こしてしまった過ちを取り戻すなんて出来やしない。だからこそ、前へ踏み出す勇気が必要だ」

 

 どこかで聞いたような話を聞きながら俺は言葉を割りいれずに黙っていた。

 

「完璧な奴なんて、どの世界にもいない。人間誰だって間違いは犯すし、それで自他共に悲しむ事だってある。大事なのは、その過ちから目を逸らさずに、逃げ出さず、受け入れ……抱きしめるんだ」

 

「…………」

 

「それに、事情はわからんが……それはお前一人で抱えるべき問題か?」

 

「いや、だって……俺がいたからあんな……」

 

 どうやって知り得たのかは知らないが、ジャティスは俺が異世界から来たということを知って半年前からあの事件を起こす計画を立てていたのだ。俺が考えないで誰があんな悍ましい事を受け止めるんだ。

 

「人間一人じゃ、抱えきれない問題だってある。それで今みたいに道に迷う事だってあるだろう……そんな時は自分の歩んできた道を思い出してみろ。自分が何を考え、何をしたくて、今までの道を歩んできたのか」

 

「自分の、道……?」

 

「これはその道を歩んできたお前にしかわからないことだ。それでもわからない時は、仲間を思い出してみろ」

 

 男性はそれを皮切りに、俺の背を掌で何回か叩いてその場を後にした。

 

「……仲間……」

 

 その言葉が頭に強く残っていた。仲間……まず考えるのはルミアやシスティ、グレン先生にリィエル、カッシュやリン達クラスメートだ。

 

 だが、そんなみんなのことを考えずにめちゃくちゃな行動を取った結果があの事件に関わったみんなを不幸にさせたという事。今更俺が仲間面していいなんて思えるか。

 

「……そろそろ行くかな」

 

 子供達には悪いが、そろそろ出発させてもらうとしよう。まだ色々整理しきれないし、これ以上何か考えたくなかった。

 

 適当な理由を述べてこの村を出る事にしようと立ち上がった時だった。

 

『いやああぁぁぁぁぁぁ!』

 

「……っ!?」

 

 遠くから女性の悲鳴が上がるのが聞こえた。村から出て行こうと思った矢先に今までが今までだったのか、つい反射的に悲鳴のあった方向へと足を向けて駆け出した。

 

 走る事何十秒かするとそこには地獄が広がっていた。民家のいくつかが紅く燃え上がっており、その周りでは突然の出来事に恐怖と混乱に陥っていた人々が動き回っていた。

 

 それを追うように複数の動物的要素が混ぜ合わされた合成獣(キメラ)と岩で造られたゴーレムが蠢いていた。

 

「きゃああぁぁぁぁ!」

 

 また悲鳴がひとつ上がり、振り返ると女の子がゴーレムに襲われてるのが目に入った。

 

「くそっ!」

 

 女の子が襲われてるのを視界に入れるや否や、俺はゴーレムに体当たりしてバランスを崩し、すぐに女の子を抱き起す。

 

「急いで逃げるよ!」

 

「あ──」

 

 女の子が何かに気づいたように目を開いており、それに釣られて後ろを見ると今度は合成獣が狼の胴体から発揮される脚力で瞬く間に距離を詰めていた。

 

 このままでは二人共合成獣によって斬り伏せられる。最悪、捨て身覚悟で女の子を助けるかと逡巡した時だった。

 

「うぉりゃあ!」

 

 いつの間にか来ていたのか、さっき相談に乗ってくれていた男性が鍬を振り抜いて合成獣を退けた。

 

「大丈夫か!?」

 

「あ、はい!」

 

「なら、さっさと子供連れて避難しな!」

 

 それから男性は鍬を合成獣に投げつけ、ゴーレムに体術で勝負を仕掛けた。格好からは想像できない俊敏さと腕力で次々とゴーレムと合成獣を退け、民家達を助けている。

 

 俺も急いで子供の親を探し出し、ちょうど民家達が避難所として指定していた方向に向かっている途中で合流でき、子供を届けるとすぐに来た道を戻ってまだ残されてる人がいないかを探し回っていた。

 

 数分捜索を続けると、すぐに見つかった。燃えてる民家から離れた牧場の隅に積み上がった藁束の影に小さな女の子がいた。昼間見たルーちゃんだ。

 

 だが、そのすぐ側で合成獣がふんふんと鼻をヒクつかせて生き物を探していた。数秒するとヒーちゃんの存在に気づいたのか、鋭い眼光を向ける。

 

「ひっ……!」

 

「マズイ!」

 

 現況を理解してから駆け出すが、合成獣はヒーちゃんを視界に収めるとすぐに牙を剥き出して襲いかかる。これでは俺が駆けつける前にヒーちゃんが歯牙にかけられる。こうなれば魔術で追い払おうと思ったが……。

 

「いやぁ!」

 

「っ!?」

 

 ヒーちゃんが悲鳴を上げると同時に咄嗟に差し出した彼女の掌から眩い閃光が放たれ、その閃光を真正面から浴びた合成獣は全身の皮膚が焦げ付き、数秒もしないうちに息絶えた。

 

「今のって……」

 

 魔術……いや、魔力の波は感じなかったし。違うとすれば残るはただひとつだ……。

 

「異能……なのか」

 

「見つけましたよぉ」

 

 ヒーちゃんが異能者だという事実に放心していると、気味の悪い声が沈黙した空間に響いた。

 

 燃え盛る炎の中から陽炎のようにゆらりと出てきたのは白衣を纏った研究者のような男だった。

 

「手間をかけさせますねぇ……ですが、ここでようやく……」

 

「ひっ……」

 

 あの白衣の男の異様な雰囲気にルーちゃんが完全に怯えている。今あの子の異能の事だかを考えるのは後回しだ。

 

 俺はヒーちゃんと白衣の男の間に入って臨戦態勢に入る。

 

「ん……何だい、君は?」

 

「それはむしろこっちのセリフだけど。もうあんたが黒幕なのは間違いようがないと思うけど……一体何のためにこんな事をした?」

 

「あぁ……別に隠す事でもないですし、長々と説明するつもりもないので簡潔に説明致しますと──」

 

 白衣の男は面倒そうにため息をひとつ吐くと右手の指を俺に──というより、その後ろのヒーちゃんを指す。

 

「その子ですよ」

 

「……何でこの子を?」

 

「あなたもつい先程見たと思いますが? その子は異能者なんですよ」

 

 それは本当についさっき見たのだから知ってる。だからと言って……。

 

「そんなのは俺の知った事じゃない。俺が聞いてるのは何でこの子を求めてこんな事をしたのかって事だ」

 

「……異能者なのですよ? 人の間で生まれておきながら人間ならざる力を有した悪魔の申し子」

 

「魔術だって十分人間ならざる力だと思うけど。何だってあの所長といい、あんたみたいな奴といい、下らない噂話みたいなのを真に受けるんだか」

 

「所長……?」

 

 すると、白衣の男の俺を見る目が鋭いものに変わった。

 

「……そうか、君は白金魔導研究所を潰した一派の一人ですか」

 

「なに……?」

 

「あそこで私の合成獣研究も中々順調に進んでいたというのに、外からこんな宮廷魔道士が嗅ぎつけた所為で一晩のうちに我々研究者達も壊滅状態になったんですよ。ま、私はギリギリ難を逃れたのですが」

 

 まさかの状況だった。嘗て異能者達をモルモットのように扱って散々命を弄んでたバークスの部下がこんな所でまたあの惨状を繰り返していたのだから。

 

「これは好都合です。我々の研究を台無しにしてくれた一派の一人をこの手で葬れる機会が来ようとは」

 

 白衣の男の表情が狂気的なものに変貌し、悪寒を感じた俺は咄嗟に魔術を唱える。

 

「《電しょ──っ!……っ!?」

 

 牽制で[ショック・ボルト]を撃とうとするが、口が思うように言葉を発せなかった。

 

「……っ!?くそっ!」

 

 何故か呪文詠唱ができなくなってるが、すぐに肉弾戦に切り替えて白衣の男に向かって突進する。

 

「……はぁ。拍子抜けです」

 

 白衣の男がため息を吐くと同時に横から強い衝撃が襲いかかり、数メトラ吹っ飛ばされる。地面を転がりながらすぐに起き上がると、狼の足二本とゴリラっぽい腕を持った合成獣が白衣の男を守るように立ちふさがっていた。

 

「いやぁ!」

 

 同時にヒーちゃんの悲鳴が聞こえ、振り返ると別のゴーレムが大人の胴体そのまま覆える程の腕で彼女の足から肩まで掴み上げていた。

 

「この……《雷──っ!」

 

 再度魔術を行使しようと試みるも、思うように呪文を紡ぐ事が出来ない。何だって急にこんな事が……。

 

「あぁ〜……白金魔導研究所を潰した一派の人がどれ程の方かと思ったのですが、とんだ期待外れでしたね。ハッキリ言ってガッカリですよ」

 

「……っ!」

 

 また、か……。勝手に俺に変なイメージ押し付けて、勝手に幻滅して……まるでジャティスと対面してたあの時みたいだ。

 

 更にヒーちゃんの怯えた顔を見るとどうしてもフェジテにいる子供達の事も思い出してしまう。

 

「いい加減に……俺に、勝手な幻想押し付けんなぁ!」

 

 魔術も使えず、更についこの間体験した出来事、その後で思い知った無力感と後悔、恐怖。いくつもの記憶と感情が爆発的に膨れ上がった俺はただそれらを刺激する存在を消したいがためにただ突進していく。

 

「……ダメだね。君は」

 

 白衣の男が指を鳴らすと同時に合成獣が驚異的な速度で接近し、巨大な腕を磨りあげ、鋭利な爪が手の甲から飛び出る。

 

 俺は咄嗟に腕を前に出すが、それが悪手だという事にその時は気づけなかった。

 

 ザシュ! と、弾力あるものを無理やり切ったような、引きちぎったかのような嫌な音が響くと同時に目の前が紅く染まった。同時に腕が目の前であり得ない方向に回るのが視界の端に映った。

 

 目の前が紅く染まったのが自分の血であること、腕が回ったのは既にそれが自分の身体にくっついていない事に気づく前に右腕を斬られた痛みに悲鳴を上げる事も出来ず、何かを考えることも出来ず、ただ今までに感じた事のない痛みに包まれながら意識を手放していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、気がつけば今のこの場所だった……。

 

 自分の有様と周囲から焦げ付くような匂いが漂って俺はあいつに腕を切られ、更にヒーちゃんをみすみす連れ去られてしまったということだ。

 

 やろうと思えばあの子を助け出すくらいは出来たかもしれないのに、肝心な所で声を出す事ができなかった。

 

 あの子を通じて、フェジテにいる子供達を思い出さなければ……。

 

「なぁ……」

 

 ふいに、俺に向けて声をかけられた。振り返れば、農家のひとりだろうか……険しい顔つきで俺を睨みつけていた。

 

「あんた、魔術師だったのか?」

 

「……はい。でも──」

 

 言葉を紡ぐ前に、俺は地面に倒れこんでしまった。農家の人が俺を殴りつけたから。

 

「お前がっ! あいつをっ! 倒さなかったから! 俺達の、村がっ! お前の所為でっ!」

 

 殴られて倒れた俺を農家の人は憎悪に満ちた表情で叫びながら蹴り続ける。だが、それが数分続くと騒ぎを聞きつけたらしい農家仲間の人達が駆け寄って止めに入った。

 

「おい、何やってんだ!」

 

「相手は子供の上に怪我人なんだぞ!」

 

「離せよ! こいつの所為で、村はこんなになるし……それに、あのガキの所為でこの村が襲われたんじゃねえか!」

 

「っ!」

 

 俺を殴り倒した男の言葉を聞いて俺は痛みも忘れて左手で摑みかかる。

 

「な、なんだよ……?」

 

「俺の事はいいんだよ……実際ロクに戦えもせずにこんなザマになったんだから。でも、あの子だって被害者なんだよ。一方的に純粋な子供に罪を押し付けていい年した大人が恥ずかしくないのか?」

 

「なんだと……余所者が知ったような事を言うな!」

 

「いい加減にしろ! 俺達で争っても村が元に戻るわけじゃねえんだぞ!」

 

 俺達が殴り合おうという所でこの中で一番年長者の初老の男性が間に入って両手で俺達を止める。

 

「君も戻るんだ。さっきので大怪我をしたんだから、今は安静にすべきだろう。それと、うちの仲間が悪かった」

 

 俺を蹴った男の代わりに頭を下げて謝罪するのを見て俺の内にあった怒りが収まっていき、代わりに大きな虚しさが心を占めていった。

 

 俺は謝罪の言葉に何も答えることなく、トボトボとその場を後にした。

 

 戻ると言っても今寝付く気にもなれないし、かと言って片腕を失くした身で手伝えそうなことなど考えられず、当てもなく彷徨っていた。

 

 周囲では壊れた柵や家の破片などを撤去している姿があったり、大きな火を起こして調理する姿があったりと、自然災害が起こった後の避難生活をしているような光景だった。

 

「……って、それを止められなかった俺が何考えてんだか……」

 

 俺があいつを止められなかったためにここまで被害が肥大化してしまったのだ。何らかの形で償おうにも片腕では使い物にならないし、魔術も使えない。ハッキリ言って役立たずもいいところだ。

 

「あ、こんな所にいたんですか。空き家にいなかったので探したんですよ」

 

「腕切られておいて短時間で意識が戻ったのもそうじゃが、そんな大怪我でよく出歩けたもんじゃのぅ。……気の所為か、怪我の度合いが増えとる気もするんじゃが」

 

 声をかけられ、振り向くと俺とほぼ同年代くらいの少年と初老の結構ガタイのいい男性がいた。そして外見の特徴よりも先に意識が向いたのは二人の服装だった。

 

「そのローブ……アルベルトさんと同じ……」

 

 二人の羽織っていたローブはアルベルトさんの着ていた宮廷魔道士を表すものと全く同じものだった。それを羽織っているということはこの二人も……。

 

「まあ、お前さんの考えとる事は正解じゃ」

 

 初老の男性が俺の考えてる事がわかってるように肯定の言葉を口にする。

 

「ワシも宮廷魔道士団の一人じゃ。特務分室執行官ナンバー9『隠者』のバーナード=ジェスターじゃ」

 

「ちょ、バーナードさん……そんな簡単に……」

 

「別にいいじゃろう。この坊主はこっちの事情知っとるし、今更じゃろ」

 

「あの、一応僕達がここにいるのも御忍びなんですが……もういいです」

 

 初老の男性、バーナードさんの悪戯坊主みたいな雰囲気と言葉に呆れるように頭を抱える少年が溜息をひとつ吐いて俺の方へ向き直る。

 

「こうなっては、僕の事も言った方がいいんでしょうね。初めまして、バーナードさんと同じく宮廷魔道士、特務分室執行官ナンバー5『法皇』のクリストフ=フラウルです」

 

 これが俺と、アルベルトさんやリィエル以外の宮廷魔道士達の邂逅だった。

 


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