ロクでもない魔術に光あれ   作:やのくちひろし

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一年以上この小説を描いてようやく初の前書き後書きを披露か……。
今回はようやくの瞬間だったので初めて出張ってきました。この小説を始めてからここまで……意外にもお気に入りが増えてる事に感動しました。
さて、随分先送りの心境を述べた所で本編を。それから後書きでまた……。


第24話

「絶対……守ってみせるっ!」

 

 俺は地面を強く蹴り出し、ヒーちゃんへ向かって駆け出していく。

 

 白衣の男が俺の登場に一瞬惚けたが、俺が駆け出すと同時に巨大合成獣に指示を出すと巨大合成獣が咆哮をあげ、駆け出してくる。

 

「『光牙』っ!」

 

 俺は疾走しながら左手に[フォトン・ブレード]を形成させ切っ先を地面に向けて傾ける。

 

「『伸』っ!」

 

 そしてその刀身に魔力を更に込め、刃がみるみる伸びていく。伸びた刀身を使って棒高跳びのように上空へ跳ね飛び、空中で身体を回転させながら[フォトン・ブレード]を白衣の男に向けて振り下ろす。

 

 白衣の男は[フォトン・ブレード]を回避してヒーちゃんの元へと戻ろうとしていた。

 

「『雷駆』っ!」

 

 足元に紫電が閃き、瞬間的に強力な反発力を得ると同時に空中から更に跳躍し、一瞬で白衣の男に肉薄する。

 

「なん──ごぉ!?」

 

 白衣の男の顔に回し蹴りを見舞い、十数メトラ程吹き飛ばす。そこから間髪入れずに踵を返してヒーちゃんに向き直る。

 

 ヒーちゃんは縄で縛られ、手首と口元には術式らしいものが描かれた符呪が貼られていた。

 

 解除してやりたいところだが、特別な手順が必要かもしれないし、そもそも俺にはそんな技術も時間もない。だとしたら離れた所で戦っているバーナードさんとクリストフさんのもとへ届けるのが先決だ。

 

 俺はヒーちゃんを左手で抱え込み、駆け出す。

 

「ぐ……そのガキを逃がすなぁ!」

 

 白衣の男の叫びを聞き、巨大合成獣が咆哮を上げると同時に鋭い尾が振り下ろされる。

 

「『紫影』っ!」

 

 呪文を口にすると同時に瞬間的に加速力を得て振り下ろされた尾を回避した──先に森で撃ち漏らしたのか、ゴーレムの集団が待ち構えていた。

 

「く……『渦巻け荒海・龍の路を描きて・砕波せよ』!」

 

 ゴーレムの攻撃を回避しながら呪文を紡ぎ、[テイル・シュトローム]を形成してゴーレムの集団を薙ぎ払う。

 

 だが、その間十数秒の攻防に気を取られてる間に合成獣が唸り声を上げながら鋭利な牙の並ぶ口元に高熱の炎が紅く燃え上がっていた。

 

「っ! 『水渦』!」

 

 渦巻いた水の盾を形成すると同時に合成獣の口から灼熱の炎が解き放たれ、水の盾があっという間に沸騰し始める。あと数秒もすれば蒸発し切って焼かれてしまうだろう。最悪大火傷覚悟でヒーちゃんを逃がすかと思っていた。

 

「《高速結界展開・金剛法印》!」

 

 何処からか五つの光る石が飛んでくると、七色の線が五芒星を描きいて俺と炎の間で展開され、強固な盾となった。

 

 スガガガガガンッ!

 

 更に銃声が轟き、合成獣の頭部に命中すると爆発を起こし、仰け反った。振り返るとグレン先生と同じ銃を両手に構えたバーナードさんとキラキラとエメラルドカットされたダイヤモンドを手に持ったクリストフさんが合成獣の死角に立っていた。

 

 俺は合成獣が仰け反ってる隙に[フィジカル・ブースト]でその場を離脱して二人のもとへ駆け寄る。

 

「助かりました……っ!」

 

「まったく……いきなり現れたかと思えば、とんだ無茶をしますね」

 

「じゃが、坊主が出てきたお陰でお嬢ちゃんはどうにか取り戻せた。ま、見事なファインプレーじゃったわい」

 

 バーナードさんがカッカッ、と笑いながら俺の背中を叩く。銃を握ってるから銃身が当たって痛い……。

 

「けど……」

 

「ああ、わかっとるわい。どうやら奴さんはまだ諦めとらんようじゃしな」

 

 視線を別方向へ向けると、既に合成獣は立ち上がっており、白衣の男は俺が蹴った事で付いた痣と憤怒の情に顔を歪ませていた。

 

「……お二人は、あの合成獣をなんとか出来ますか?」

 

「あぁ〜……無理。アル坊ならなんとかなったかもしれんが、儂はこういうので精一杯なんじゃよなぁ」

 

「僕も……防御や解析ならともかく、攻撃系の魔術は……」

 

「わかりました。ヒーちゃんの方はクリストフさんに任せます。バーナードさんはあの男を……俺はあの合成獣を!」

 

 バーナードさんとクリストフさんの制止を振り切って俺は合成獣へ向かって駆け出す。

 

「『氣斬』っ!」

 

 魔力を斬撃仕様にした、[フォトン・スラッシュ]を放って合成獣の気をこっちに引きつけ、ヒーちゃん達からこいつを離す。

 

 こいつを倒すのが難しいのなら指示を与えているだろう白衣の男をどうにかするしかない。

 

 巨大合成獣は動いている俺を認識したのか、咆哮を上げながら灼熱の炎を吐く。

 

「『紫影』っ!」

 

 迫り来る灼熱の炎を高速移動で回避し、[テイル・シュトローム]を岩の頭へ伸ばして飛び上がる。

 

「『渦巻け荒海・龍の路を描きて・砕波せよ』!」

 

 更に[テイル・シュトローム]を重ねがけし、二本の水の尾で巨大合成獣の周囲を跳び回り、翻弄する。

 

「『雷鎚』っ!」

 

 片方の尾に紫電を纏わせ、垂直に振り下ろして頭蓋に命中させると巨大合成獣は強い衝撃で若干フラつく。

 

 その隙を見て更に接近して巨大合成獣の口元へ出ると二本の水の尾をその口へ突き刺す。

 

「『震電』っ!」

 

 水の尾に紫電を奔らせ、その体内に直接高圧電流の衝撃を与える。巨大合成獣は体内で暴れまわる衝撃にのたうち回り、水の尾を無理やり千切った。

 

 振り回された俺はそのまま空中に投げ飛ばされ、岩壁に背中から叩きつけられた。

 

「がぁっ!」

 

 あまりの衝撃に目に見える景色にノイズがはいったようにチカチカし、フラフラとバランス感覚もあやふやになってくる。

 

 不安定な視界の端で大きな影が唸り声を上げながら俺から離れていこうとしていた。

 

 俺は必死に頭を振ってボヤけた視界を無理やり元に戻そうとすると、まだ若干ピントが合っていないが、目に見える景色は若干クリアになった。

 

 そこにはようやく解呪に成功したのか、拘束から解放されたヒーちゃんとあの子を庇おうとするクリストフさんの姿が見えた。

 

「っ! くそっ!」

 

 その姿を見るとすぐに不安定だった意識が覚醒し、即座に駆け出した。

 

「『渦巻け荒海・龍の路を描きて・砕波せよ』っ!」

 

 再び水の尾を形成してそれを勢いよく伸ばし、巨大合成獣の胴体に巻きつけて動きを止めようとする。だが、あまりにも大きさが違うために完全に力負けしていた。

 

 大して踏ん張りも効かず、ズルズル地面を引き摺られていくだけだった。

 

「ぐ……『渦巻け荒海・龍の路を描きて・砕波せよ』っ!」

 

 引き摺られながらも呪文を紡ぎ、水の尾をもう一本作り出すと近くにあった大木にそれを巻きつけ、それでようやく巨大合成獣の動きを止められた。

 

 だが、それでも巨大合成獣は止まるつもりもなく、負けじと身体を前進させようと前後の足に力を入れる。

 

「っ! いけない!」

 

 クリストフさんが何かを見て叫んだが、気づくのが遅かった。巨大合成獣の口元にはいつの間にか灼熱の炎が循環しており、それをその場に留まるのに必死な俺に向けて照射した。

 

 俺はすぐに水の尾を解き、地面に叩きつけてその場を離れようとするも、炎の奔流の余波で全身に焼け付くような熱さと風圧で吹き飛ばされ……湖へと真っ逆さまだった。

 

 湖に投げ捨てられた俺はすぐ陸に上がろうとするが、さっきの炎でほぼ全身が火傷してしまったのか身体中が痛く、手足がまともに動かせ無かった。

 

 ロクに動けない俺は重力に従ってゆっくりと湖の底に向かって沈んでいく。

 

 息もできない状態でもがく事もできず、酸欠による苦しさだけが募っていき、意識を保つ事すら難しくなってきた。

 

 まともな思考も出来ない中で今俺の心の中を占めていたのは『悔しさ』、『無力感』、そして……『まだ諦めたくない』という感情だった。

 

 ──……るな!──

 

 決めた筈だろう。あの子を助けたいと……。

 

 最初は憧れた……。途中から憎しみが募った……。次いで過ちを犯した……。そして逃げた……。そして今ここで全てが終わろうとしている……。

 

 ──諦……っ!──

 

 それでも、あの少女を助けたいと思う。憎んでも……怖くても……逃げても……俺の中から今までの事は全部消えないし、無かった事にも出来ない。だからこそ、今目の前で苦しんでるのをわかっていて何もしないなんてあり得ない。

 

 動け……まだ終わっちゃいない。身体はまだ残ってる……命だってまだ燃え尽きちゃいない。まだ……終われない。

 

 ──諦めるなっ!──

 

 

 ドクンッ!

 

 

 

 俺の内側で、心臓とは違う何かが脈を打った気がした……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陸では、リョウが湖に投げられてからも戦いが続いていた。

 

 バーナードは白衣の男へ接近しようと試みるも、それを阻むようにゴーレムの集団に邪魔をされ、クリストフは傍にいる少女を守るのに精一杯で防御以外の行動を取れずにいた。

 

 二人の実力ならば今回の騒動の大元である白衣の男を倒すだけならそのための手段も取れる。だが、それは一人の少女の命を見捨てる事になってしまう。

 

 アルザーノ魔術帝国の人間を守るための宮廷魔導師としても、個人的な感情にしてもそんな事を考える二人ではなかった。

 

 だが、戦況を保つにも限界を迎えようとしていた時の事だった。

 

 リョウが投げられた湖の中から青い光球が放たれ、巨大合成獣へ直撃した。巨大合成獣はバランスを崩し、地面に倒れこんだ。

 

 その場の一同が何が起こったのかと驚愕した直後、水面を叩いたり掻き回すような音が聞こえ、振り向くとリョウがヨロヨロと陸に上がってきていた。

 

 身体のあちこちに火傷を負い、全身が水に濡れて体温も下がり、息も弱々しい……誰が見ても生命活動が危ういものだと理解できるのは難しくはない。

 

 それでもリョウは、一歩一歩……バランスを崩しそうになりながらも足を止めずに前へ進んでいく。

 

「な、何故……何故君はそんなになってまで立つんだっ!?」

 

 白衣の男が今まで聞いたこともない程の声量でリョウに問いかけた。その表情には焦りと恐れが複雑に混じっていた。

 

「君はその子とは何の関係もない筈でしょう! 偶々あの村で会って、会話だってロクに交わしていない……全くの赤の他人でしょう! 宮廷魔導師の二人はともかく……何の所縁もない君が何故そこまでする!?」

 

「……縁も何も、そんなの関係ない」

 

 リョウは息を乱しながらも、ハッキリと声に出して答える。

 

「ただ……俺がそうしたいと思ったから助けるだけだ」

 

「そんなのはただの自己満足でしょう……そんな悪魔の子を助けたところでどうなる?そんな子が戻る事なんて誰も望んで──」

 

「でも、その子の母親はその子の帰りを待ってんだ!」

 

 白衣の男のセリフを遮ってリョウが大声で言い放つ。

 

「異能者だから? 悪魔の子だから? そんなの俺には関係ないって言ったろ……たった一人でも、あの子の帰りを待ってる。あの子を愛する人がいるっていうなら……命かけて戦う理由なんてそれで十分だ」

 

 そう答えながらリョウは再び歩を進めていく。

 

「決して、誰にも壊させない……誰だって、誰かに愛されてる……それを知ってる限り、絶対に諦めない。お前みたいな奴らに……あの子と親を引き離す、権利はねぇ!」

 

 リョウの気迫に白衣の男が一歩退いた。そして同時に怒りも湧き上がってくる。

 

 目の前にいるのは魔術師にもなりきれていないただの学生だ。しかも腕を片方失っており、傷だらけで誰が見ても自分の勝ちは揺るぎないものだと思う筈だ。

 

 だが、目の前にいる男は片腕を失っていながら魔術を行使できるどころか、その精度も徐々に上がってきている。そして何より、リョウの目の中にある光が時間が経つに連れて輝きが増していっている。自分が軽く恐怖を覚えてしまう程に。

 

 そんな事実など認めたくない、あれはただの芥だ。そう自分に言い聞かせて白衣の男は声を荒げる。

 

「何をしている! さっさとそのガキを始末しろ!」

 

 白衣の男の命令を受けて巨大合成獣が立ち上がり、咆哮を上げながらリョウへと迫ってくる。

 

 敵は巨大で強い……自分は今にも崩れ落ちそうな満身創痍の状態。普通ならまず勝てないだろう。だが、不思議と恐れを感じてない。

 

「まだ、終わってたまるか……」

 

 敵が強大だから何だ。今更そんな事を考えても仕方がない。

 

「諦めてたまるか……」

 

 誓った筈だ……先刻──否、ずっと前から思い続けていた筈なんだ。遠慮して、迷って、心の底に押し込めていただけで。

 

 まだ動ける……まだ生きてる……まだ抗える。あの子が誰かを求めて、あの子の母親が帰りを待っている。その事実があるだけで、内側から力が湧いてくる気がしてくる。

 

「俺は……」

 

 叫べ。もう遠慮する必要などない。異世界だからと、自分が他の人間とは違うからと……それだけのことで口にしない理由になんてならない。

 

「俺には……」

 

 今ここでもう一度誓え……今度は声を大にして。

 

「守るべきものがある……」

 

 これからもぶつかる事はあろう、転ぶ事はあろう。だが、それを恐れる事はない。そうなったら何度も立ち上がればいい。

 

「最後まで諦めない……何度だって立ち上がる。それが……」

 

 自分はそんな存在に憧れた筈だ。そして、そうありたいと生きて……これからもそう生き続けたい。

 

 ──人間一人じゃ、抱えきれない問題だってある。それで今見たいに道に迷う事だってあるだろう……──

 

 けど、一人では出口を探す事は出来ないかもしれない。

 

 ──そんな時は自分の歩んできた道を思い出してみろ。自分が何を考え、何をしたくて、今までの道を歩んできたのか──

 

 ──これはその道を歩んできたお前にしかわからないことが。それでもわからない時は、仲間を思い出してみろ──

 

 ──生きてる限り、出来る事は必ずある──

 

 今更仲間の事を思い出して、戻る資格なんてあるかもわからない。でも、もう何も失いたくはなかった。

 

「それが……っ!」

 

 だから、今度こそ踏み出そう。自分の道の一歩目を……この世界で、本当の意味で。

 

 走れ……そして叫べ。世界という壁を隔てた向こうにいる存在を。自分が行こうとしている先にいる者達の名を。

 

「……それが……『ウルトラマン』だから!」

 

 

 

 ──ドクンッ!──

 

 

 

 変化は突然だった。リョウと巨大合成獣の間に光の障壁が出現し、巨大合成獣の進行を阻んだ。一時敵を弾き飛ばすとひかりの障壁が薄れ、青、赤、白、黄色の四つの光球がリョウを守るように浮いていた。

 

 その場にいた一同はおろか、リョウ本人もこの不可思議な状況に目を見開いていた。

 

「これ……」

 

 リョウは触れるか触れないかの距離で光球に手を翳していた。ちょっと触れるだけで壊れてしまいそうな……けど、暖かく、力強い光だった。

 

 同時に、自分のポケットで何かが光るのを視界の端で捉え、それを取り出すとレーナが見つけてくれたカードホルダーだった。慌ててページを捲ると、その中の数枚がまるで生きてるかのように光を点滅させていた。

 

「……これって」

 

 リョウはカードの一枚に手を触れ、そこから流れる温もりを感じる。

 

「……諦めるな?」

 

 声として、音として聞き取ったわけではないが……カードがそう言ってる気がしてならなかった。

 

「……俺に、出来るのか?」

 

 そう尋ねると光球が四つ共リョウの目の前でその光を強く点滅させていた。リョウの問いに肯定するかのように。

 

「…………うん。俺……あの子を守りたい。母親に会わせてやりたい……みんなの所に戻りたい。だから…………皆さんの力、お借りします!」

 

 リョウが左手を伸ばすと、それに応えるように光球がリョウの内側へと飛び込み、溶け込んで行き……リョウの身体が光に包まれた。

 

 その途端、魔力とは違う類の力が波となって広がっていく。その波動に当てられ、一同が一歩退く。それは巨大合成獣とて例外ではなかった。

 

 だが、巨大合成獣は恐怖を感じながらも威嚇の声を上げ、口から高熱の炎を放射する。

 

「……『光よ』」

 

 リョウは左手を前に突き出し、そこから虹色の波紋が盾となって出現した。それによって炎は阻まれ、そのままリョウは一歩ずつ巨大合成獣との距離を詰めていく。

 

「……『燃えろ!』」

 

 リョウはあと数メトラという所まで距離を詰めると炎と光の盾ごと払い除け、通常ではあり得ない脚力で空高く飛び上がり、右足に炎を纏いながら巨大合成獣を蹴りつけ、自分の吐く炎以上の熱量を持った灼熱の脚を叩きつけられた巨大合成獣は熱がるような声を上げながら地面を転がる。

 

 そんな異常な光景にリョウ以外の人間達は今が戦いの真っ只中だという事も忘れ、見入っていた。

 

「っ! いつまで転がっているんだぁ! さっさとそいつをやれぇ!」

 

 白衣の男がキレ気味に叫び、巨大合成獣はヨロヨロと起き上がり、長い尻尾を振りかぶる。それを見てリョウは心の中である事を念じた。

 

 すると、リョウのズボンのポケットから青い光を纏ったカードが飛び、リョウの左手に収まる。

 

 瞬間、頭に言葉が浮かぶ。この感覚には覚えがある。以前にも一度だけ感じた事がある。

 

 あれは学院でテロ騒動が起こった時、ルミアを閉じ込めていた結界を壊そうとしていた時だった。あの時は無我夢中で自分が何を言ってるかすら認識できなかった。

 

 だが、今度はハッキリと思い浮かぶ。自分の中にある扉を開ける為の言葉が……。

 

「『邪を瀉出せよ・湧き立つは碧水・潺湲するは溟海の碧瀾』」

 

 リョウが呪文を紡ぐと海を思わせる蒼い光に包まれ、湖へと飛び込んで回避する。

 

 目標を見失って巨大合成獣は水面を見渡すが、水中から蒼い光球が飛び出してその巨大な身体を宙へ吹き飛ばす。続いて水中からリョウが飛び出し、その背後で蒼と銀の身体の幻影を浮かべながら連続キックを畳み掛ける。

 

 その衝撃を受け流しながら空中で次のカードを呼び出す。

 

「『坤與に降りよ陽光・邪を阻みて・遍く命を扞禦せよ』」

 

 リョウを纏う光が蒼から赤く変色し、大地に降り立つとその衝撃で砂埃が舞い上がる。

 

 大地に降り立った直後、巨大合成獣は炎を放射し、一面が炎に包まれる。炎の波が小さくなると、そこには既にリョウの姿はなかった。

 

 突然巨大合成獣の真下の地中からリョウが飛び出し、赤い身体の幻影と共に拳を叩き込む。巨大合成獣を殴り飛ばすと、再びカードを呼び込む。

 

「『燃えよ気焰・無窮の世を駆け・未来を勝ち取れ』」

 

 次に白い光に包まれ、一躍して距離を取ると左手を掲げる。

 

「『氣弾』」

 

 掌に光球を握るとその傍に赤と青の身体を持った幻影と共に腰を捻って振りかぶり、それを投げ飛ばす。直線軌道を描いた光球は巨大合成獣が躱して外れた──事もなく、光球はカーブを描いて背中に命中する。

 

「『輝け暁光・心中に巨影を・その背に希望を』」

 

 最後に黄色く光るカードを手に取り、呪文を紡ぎ、黄色い光に包まれる。

 

 巨大合成獣が再び咆哮を上げながら長い尻尾を振りかぶる。

 

「『雷刃』」

 

 リョウを包む光が瞬間的に紫に輝くと、真っ直ぐ構えた手の先から紫電の刃が放たれ、巨大合成獣の尾を切り裂いた。

 

「『紅炎』」

 

 巨大合成獣の悲鳴じみた叫びにも反応を示さず、リョウは身体を包む光を赤く変色させて左手に炎を纏った光球を握るとそれを撃ち放つ。

 

 それが命中して爆炎が広がると同時に再び黄色い光を纏いながらリョウは駆け出し、左手を腰の後ろまで引く。

 

「『燦爛せよ』」

 

 リョウの左手に光が集まっていき、みるみる輝きが増していく。その輝きを握りしめ、巨大合成獣を距離を詰めていく。

 

 

 

 

 

 

 少女は自我を持ち始めた時から父親がいなかった。自分の側にいるのは母親のみだった。

 

 小さいながらにそれが疑問だった。しばらくの時間が経ち、自分の父親が既に他界している事実を知って一時悲しんでいた時期もあった。だが、すぐにそれも収まり、母親との時間が流れる。

 

 だが、程なくして自分が世間から拒絶される類の力を有している事実を知らされる事となった。ある場所で自分が異能者だという事が自他共に認知する出来事があり、それを知った周囲の人間が自分に悪態をついてきた。

 

 幼い少女はそれ以来、他者との交流に怯える日々を送ってきた。そして、しばらくして今日突然の母親との別離を強いられた。

 

 自分が知らない男性に連れられてる最中、二人の人間が自分を助けに来たが、自分の知らない悲惨な光景を続けて見せられて少女の心は壊れる寸前だった。

 

 だが、そこに更に一人の人間が割り込んできた。その人は右腕を失いながら、傷つきながらも自分を腕一本で抱え込み、助け出した。

 

 そして、戦い続ける中で湖に投げられ、死んだと思った。だが、そこから再び這い上がり、自分の持つ力と近いものを行使しながら戦っている。

 

 何度も自分を守ると口にし、自分の力になろうと今も走り、戦っている。

 

 少女の内側で失いかけた光が再び灯り出した。もしかしたら自分を助けてくれるかもしれない……母親に再び会わせてくれるかもしれない。そんな微かな希望に万感を抱きながら少女は声を上げる。

 

「お願い……お母さんに、会いたい」

 

 

 

 

 

 

 

「っ! 会わせてやるさ!」

 

 リョウと少女の間ではそれなりに距離は開いており、少女の声も小さい筈なのに、ハッキリとその声を聞き取れた。

 

 元より迷いなどないが、少女の口から直接言われた事が更なる起爆剤になったのか、拳に宿る光がより輝きを増していった。

 

 巨大合成獣は接近するリョウに向けて炎を放射するが、リョウはスライディングで炎の軌道の下へ滑り込み、一気に巨大合成獣の真下に入る。

 

「おおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 リョウは隣に赤と紫の身体をした幻影と共に光り輝く拳を巨大合成獣の腹部へと打ち込んだ。

 

 そして数秒の沈黙の後、リョウの拳が接触した部分を中心に亀裂が入り、巨大合成獣の口や目から眩い光が漏れ出し、断末魔を上げながらその身体を粒子に変えて散っていく。

 

「な、あ……あぁ……」

 

 白衣の男は目の前の光景が信じられなかった。ここに来た当初で既に魔術師として致命的なダメージを負い、戦いの途中で瀕死状態にまで追い込まれた筈の男が突然魔術とは違う力を行使し、自分の最高傑作を打ち破った。

 

 最高傑作さえ破られなければ少女の代わりにあの男をと思っていただろうが、今はそんな事を考えられる状況ではない。急いでこの場から離脱しなければとゴーレムを囮に使おうと思っていたが……。

 

「ふぅ〜……ようやく片付いたわい。この程度で息があがるとはワシも老いたのを実感するわい」

 

 自分の近くで宮廷魔導師の片方を足止めしていたゴーレム集団がリョウと巨大合成獣の戦いの最中に全て倒されていたのか、皆ただの土塊へと戻っていた。

 

 当初攫おうとしていた少女ももう一人の宮廷魔導師に守られており、状況は完全にこちらが負けていた。

 

 リョウは黄色い光を纏いながらコツコツと近づいてくる。

 

「ひぃ……っ!?」

 

 目を向けられた瞬間、白衣の男は恐怖で動けなくなった。

 

 別に敵意や殺気を向けられてるわけではない。だが、リョウの背後に赤と紫の身体をした巨人のような姿が見え、その力の巨大さを肌で感じていた。

 

 軍用魔術で牽制しようとも思ったが、恐らく今のリョウにそれは通じないだろう。アレは最早人間を越えた何かだ。

 

「……あんたがどういう目的であの子を攫おうとしたのかは知らないし、慣れない説教みたいなことも言うつもりはないけど、これだけは言っておくよ」

 

 リョウは自身を包む光を紫色に変えて一瞬で白衣の男に肉薄する。

 

「子供から……家族を奪うんじゃねえ!」

 

 握り拳を接近した際の加速力と体重をありったけ乗っけて白衣の男の顔面に叩き込み、その体が数十メトラ吹っ飛ぶ。

 

 周囲を静けさが包み、リョウはトボトボと踵を返すと少女のもとへと歩み寄る。

 

「……ごめんね、待たせて。よく……頑張ってくれたね」

 

 左手で少女の頰を撫でるとその顔に涙が滴り、啼泣した。そして、自身の体をリョウへと寄せた。

 

「……帰ろ。お母さんの所へ」

 

 

 

 

 

 騒動から数時間……。村に戻ると、すぐにレーナさんを見つけ、疲れて寝ていたヒーちゃんを揺すり起こす。

 

 あんな状況であれば疲れるだろうし、休ませたいとは思うが、母親との再会はすぐにさせたいと思った。

 

「ん……ぁ……」

 

 ヒーちゃんがゆっくりと目を開けると、母親の存在を認識し、俺の身体から飛び降りて駆け出していく。

 

「おかあさーん!」

 

 レーナさんも歩を進める足を早め、ヒーちゃんに駆け寄っていく。

 

「ヒカリー!」

 

 レーナさんが娘を抱きかかえて両者共滂沱と涙を流しながら感泣していた。

 

「ヒカリ……」

 

 どうやらあの子の名前のようだ。ヒーちゃんというのはあだ名みたいなものだったんだろう。レーナ……ヒカリ……まさかな。

 

 すると、レーナさんがヒーちゃんを抱えて歩み寄ってくる。

 

「あの、娘を助けてくれて……本当に、本当にありがとうございます」

 

「……俺だけじゃないです。あの人達の助けがなかったら……」

 

 バーナードさんやクリストフさん……そして、この人達の助力があったからこそだ。ポケットにあるホルダーに触れながら思った。

 

「本当に、どうお礼を言えばいいか……」

 

「……じゃあ、ひとつだけ」

 

「はい……」

 

「その……あなたの、夫の……ヒーちゃんのお父さんの名前を聞かせてくれませんか?」

 

 俺の言葉にレーナさんは一瞬目を見開くが、ヒーちゃんを見てから微笑を浮かべて口を開く。

 

「……ダイゴ。この子のお父さんの名前です」

 

「ダイゴ…………ははっ」

 

 本当に、どんな奇縁なんだ。自分の憧れたものがどこにもないかと思って逃げたのが、こんな所で、意外な形で見つかるとは……。

 

「お兄ちゃん……泣いてるの?」

 

 ヒーちゃんに聞かれて自分の頬に触れると、いつの間にか涙を流していたようだ。

 

「……ううん。やっと……やっと、見つけられたんだって」

 

「何を?」

 

「はは……それは、秘密だ」

 

 そう答えると、ヒーちゃんは可愛らしく頬を膨らませて教えてとせがんでくる。そんな微笑ましい光景を離れた所でバーナードさんとクリストフさん、レーナさんが笑って見ていた。

 

 これでようやく、一歩目を踏み出せたんだろうか……。

 

 

 

 

 

 

 ヒーちゃんとレーナさんを会わせ、住民達との若干の口論はあったが、どうやらあの二人は今後もこの村に住み続ける事になるようだ。もっとも、ヒーちゃんが異能者という理由でそれなりの制限が付くそうだが。

 

 あの親子の今後を約束するため、バーナードさんが裏で手回しをするとのこと。クリストフさんもあの親子が安全に暮らせるよう特殊な結界をこの村に設置すると言っていた。

 

 更に住民の中にも少なからずヒーちゃんを好意的に受け止めてる者もいる。半数以上が子供だが……。けど、今はそうでもいずれは村の住民全てがあの親子を受け入れる時が来るだろう。今はそう信じよう。

 

「もう行くのか?」

 

 持ってきた荷物を纏めると、後ろから農家の兄さんが声をかけてきた。

 

「……はい。俺、フェジテに戻ることにしました。……みんなが、待っているって」

 

 あと少しすればグレン先生が小さめの馬車を引いてこの村に着くそうだ。俺のことはグレン先生に任せてあの二人は再び任務に戻るそうだ。

 

 あの二人からすれば今回のアレの件で俺に聞きたい事は山程あるだろうに、それでも俺の気持ちと都合を優先してくれた。あの二人なら、アルベルトさんを介して話してもいいかもしれない。

 

 けど、まず先に話さなきゃいけない人達がいる。謝らなきゃいけない事だってあるのだから。

 

「……そっか。それがいいだろ。今度こそ、仲間を大事にしろよ」

 

「はい。今回は本当にお世話になりました」

 

「気にすんな。俺は大した事なんかしてない。前へ進む事を決めたのはお前だ」

 

「いえ……あなたの言葉がなかったら、ずっと立ち止まってたと思います」

 

 バーナードさんとクリストフさんだけじゃない。この人の言葉もあったから、俺は思い出す事ができた。

 

「そうか? まあ、そういう事にするか。お前も達者でな」

 

「あなたも、行かれるんですか?」

 

「ああ……俺もまだまだ、旅の途中だしな」

 

「そうですか……」

 

 そういえば、この人は旅人だって言ってたっけ。最初は農家のお兄さんと思ってたのが、旅のお兄さん……って、いうか。

 

「そういえば、お互い名前ずっと言ってませんでしたね……聞いても?」

 

「ん……別に名乗る程のもんじゃねえ。ただの風来坊だ」

 

「えぇ……いやでも、いつまでも恩人の名前を知らないっていうのは」

 

「どうせ俺達は、この空で繋がっているんだ。生きてる内にまたどっかで会うだろう。お前の心に……ウルトラの光がある限りな」

 

「え……?」

 

「じゃ、あばよ」

 

 旅人のお兄さんはレザージャケットを羽織り、テンガロンハットを被って踵を返す。その出で立ちには見覚えがあった。

 

「ま、待ってください! あなた、もしかして──」

 

『おーい、リョウーッ!』

 

 目の前の男性を呼び止めようとしたところに別の声が割って入った。まだほんの一週間くらいなのに、ひどく懐かしく感じる声だった。

 

 少し嬉しさが込みあがった事に一瞬気を取られ、すぐに反対方向を見るが……男性の姿は既になかった。まるで幻のように。

 

「……もう少しくらい、ゆっくり話してみたかったのにな。せっかく、本物に会えたんだから」

 

 誰に聞かせるでもなく、呟くと何処からかハーモニカに似た心地よい音色が響いてくる。俺はしばらくこの音に酔いしれていた。

 

「……お疲れさんです、ってな」

 

 そう呟き、俺は踵を返す。戻らなきゃな……あの場所に。そして、またもう一度始めよう……本当の自分を明かして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 別の場所……リョウ達がいた村から少し離れた丘の上で、テンガロンハットを被った男性がハーモニカに似た楽器を吹いていた。

 

「……行ったみたいだな」

 

 男性の見つめる先には、普通の人間では決して視認する事の出来ない距離。村を離れるリョウの姿がハッキリと見えていた。その顔は最初に会った時と比べてとても穏やかだった。

 

 男性はふいに、腰にかけていた銀色を主体に、青いリングを模ったホルダーを開き、そこから一枚のカードを取り出す。

 

 そこにはリョウの持っていたカードと同じ絵柄が描かれていた。唯一違う点を上げるとすれば、そのカードがまるで生きてるかのように黄色い光を心臓の鼓動の如く点滅させていた。

 

「あの少年に、力を貸していたんですね……お疲れさんです」

 

 男性はカードに対し、労うように声をかけた。再び視線を戻し、リョウの姿を見る。彼の身体からは僅かに白い輝きが漏れていた。

 

「あれが、◾️◾️◾️の……これからも頑張れよ、地球人」

 

 男性はリョウがまだ誰にも明かしていない自分の出身世界の名を口にしていた。

 

「さて、俺も行くか」

 

 男性はいつの間に取り出していたのか、二つの羽が青い輪を支えてるような形のリングを握っていた。

 

「光の力、お借りします!」

 

 男性がリングを掲げると、リングを中心に紫色の光が眩く輝いた。

 

『シュウウウウゥゥゥゥゥゥワッ!』

 

 この日、地から大空へ飛び立つような流れ星が某所にて観測された。普通ではあり得ないものだとその手の学会で一時期話題に上がることになるが、同じ光を観測する事は二度となかった。




これを投稿するまでどうしよどうしよと悩んだ……。直接的な単語を出すか、ボカした表現を使い続けるか。

悩んだ末にこうなりました。遂にリョウがこの世界で初めてウルトラマンの単語を口にしました。今までは自分はウルトラマンになれないという理想と現実のギャップから言えずにいたという風を演じてみたつもりです。

ここに来て随分ウルトラマンを思わせる文章を綴ってしまいまして今後がどうなるか結構不安だったりしました。けど、ウルトラマンが好きでタグも付けてるからには絶対に出したいとも思ってた。

元々ウルトラマン関連の小説を見る人が少ないと感じて始めた小説なのだから後悔もなし。これからもウルトラマンを思わせる文章を描いて行きたいと思う。ウルトラマンが好きだから。

閲覧者のみなさん、この小説を見てくれてありがとうございます。これからもこの小説にお付き合い願います。では、また次回にて。次でようやく……。

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