ロクでもない魔術に光あれ   作:やのくちひろし

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第25話

 コッコッと、静けさに満ちた廊下を歩いていた。今俺が歩いているのは学院の廊下だ。

 

 あの惨劇……天使(エンジェル・ダスト)の塵事件から十日、あの村の事件からはまだ二日。後者の事件で右腕を失った俺はフェジテに戻ると同時に病院へ行った。

 

 そこに勤めてる法医師によると、腕をくっつけられる人は探せばいるかもしれないが、その肝心の腕がない以上はお手上げとの事。なので簡単な処置だけを施し、しばらく安静にしろと言われた。

 

 それからはグレン先生やアルフォネア教授を除いて一般人……ルミアやシスティ、クラスメイト達や子供達との面会はお預けになり、退屈な時間を過ごした。

 

 そこに昨夜、アルフォネア教授が今日の放課後に学院長室へ来いと言った。大事な話があると言っていたので、恐らく俺のこと全部と考える以外にないだろう。

 

 そこまで考えると、学院長室の扉が目の前に見えた。扉の前で軽く深呼吸を繰り返すと、意を決して扉の表面をノックする。中から学院長の返事が聞こえ、ドアノブを回して中へ入った。

 

 扉の向こうにはもちろん学院長と呼び出した張本人のアルフォネア教授。グレン先生とルミア、システィ、リィエルが並んでいた。

 

「スマンな、急に呼び出して。本当なら、もうしばらく安静にさせるべきかとは思ったんだが……」

 

 学院長が俺とアルフォネア教授へ交互に目線を送りながら気遣いの言葉を口にする。

 

「……事が事である以上、俺が主犯とどう関わっていたのか……俺自身のこととか、聞かないわけにもいかなくなった、と」

 

「……わかっててそれを口にしたということは、話してくれるのかな?」

 

「はい。……本当ならあの事件の後で言おうかとも思ってたんですが」

 

 子供達の肉親や親戚などが被害にあったと知ってみんなから……この街から逃げてしまった。

 

「……いや、いい。嫌な事を思い出させてしまったな」

 

「いえ……。で、早速言いますが……今から話すのはこっちの価値観の事を鑑みてもあり得ないというようなものです。けど、俺の事を話すからには絶対に言わなくちゃいけない事です。少し長くなりますが、いいですか?」

 

「構わん。人払いは済ませてあるから多少時間はかかろうが、思うように話せばいい」

 

 学院長の代わりにアルフォネア教授が答えた。そういえば、放課後とはいえ随分人と会わないなと思ったが、この人が人払いの結界を仕掛けたからだろうか。

 

「じゃあ、話しますね。まず、俺が何処から来たかという事ですが……」

 

 俺は手荷物を置き、それから何十分も話し続け、この場にいる人達も俺の話に口を割りいる事もないのでそれなりにスムーズに進んだと思う。

 

「──それで、俺はこの学院に編入する事になり、後はみんなの知っての通りです」

 

 ようやく話を終え、みんなの表情を見るとやはり驚愕と動揺の色が見て取れた。

 

「いや、色々言いたい事あってうまく纏まらねえんだが……まずひとつ、お前が異世界出身だなんて、それマジか?」

 

 最初にグレン先生が疑問の声を出す。それは真っ先に思うだろう事だというのは予想していた。だからそれに対する答えも勿論用意していた。

 

 俺は傍に置いていた荷物を片手で探り、ある物を取り出す。

 

「……何だ、それは?」

 

「I pad……って言ってもわかりませんよね。書類やらキャンバスやら、射影機やら……複数の道具の利点を一気に詰め込んだような道具です」

 

 興味深そうに見るアルフォネア教授にI padを手渡す。アルフォネア教授は本体の外側をさすりながらじっくりと観察する。

 

「……まず、ここをこうすると」

 

「おぉ……?」

 

 俺は電源ボタンを押して画面を出すとアルフォネア教授が驚きの声を出した。それから画面に指を走らせ、写真ファイルを開く。

 

「と、こいつで撮ったものをこの中に保存したり、メモアプリを使って書類みたいに纏める事も出来るんですが──」

 

「こ、これは……グレンがこんな色鮮やかにっ!?」

 

 グレン先生の写真を見た途端、目を血走らせて凝視していた。

 

「何だこれは……現在の射影機でここまで色鮮やかに写せるわけがない。一体、この薄い板にどんな仕掛けが……アマチ。この道具を後で──」

 

「って、今注目すべきはそこじゃねえだろう! 今シリアスな場面だから! 空気読もうな! あと、お前も一体何撮ってんだ!?」

 

 暴走しかけていたアルフォネア教授にグレン先生がツッコんで話を引き戻す。いや、今のは見せたものが悪かった。ちなみに見せたのはグレン先生が以前参観日で紳士姿になっていた時のものだ。面白かったんで、こっそり盗撮していた。

 

「すみません……とりあえず、それを見ればある程度の納得は出来るんじゃないかって思うんです。コレ……今のこの世界の技術じゃ到底作れないでしょ」

 

「……そうだな。軽く解析してみたんだが……材質自体は探せば見つかるものだ。だが、これだけ繊細な技術をこの板一枚に詰め込むなんて技術は一般人はおろか、今の魔術工学の者でも出来ないだろう。少なくとも現代の世界中を探してもな」

 

 第七階梯位(セプテンデ)であるアルフォネア教授にまで言わせる程の地球の科学技術にその場の全員が驚いた。

 

「ついでにアマチにも魔術的検査を施したが、そいつの言葉にも、嘘はない。真に信じられん話だが、コイツが異世界の者だというのは本当なんだろう」

 

「マジか……」

 

 アルフォネア教授の言葉と解析の事もあり、ようやくこの場にいる全員が俺の言葉を信じてくれたようだ。

 

「……それで、アマチ君。君は一体どうやってこの世界に?」

 

「それはいつもの日常を進んでいる内に偶然……としか言えません」

 

 俺の言葉を聞いて学院長はアルフォネア教授を見て頷いた所を見ると、この言葉も嘘ではないと言ってるのだろう。

 

「それでこの世界に来た当初は訳もわからないまま過ごしてました。それからしばらくして今の住居をもらって……アイツが来ました」

 

 直接名前を言うのはマズイと思ってボカしたが、アイツによって被害をこうむったグレン先生とシスティは理解してるのか、表情を強張らせる。

 

「ジャティスの野郎か……」

 

「はい。どうやってかわかりませんが……アイツは俺が異世界出身だというのを知ってた上で魔術の存在を教え、俺をこの学院に編入させました」

 

「なるほど……アイツお得意の固有魔術か。人の人生も軽く誘導出来るんだ……書類操作なんて息をするぐらい軽いもんなんだろうな」

 

 グレン先生曰く、アイツはどうやら固有魔術によって対象者及び、周囲の人間の行動を記憶、数値化する事で大規模の演算を脳内で行い、その人間がどの道筋の先でどんな行動を取るのかを把握する事が出来るらしい。

 

 つまり、あの事件で俺やグレン先生達の行動は全部アイツの思惑通りに動かされてたという事か。

 

「……とりあえず、ここまでが俺がこの世界に来てからの事です。今まで隠しててごめんなさい」

 

 そう言って俺は頭を下げた。しばらく妙な静けさが場を満たしていたが、ふと肩に

手を置かれる感覚があった。

 

 恐る恐る頭を上げると、最初に見えたのはルミアの顔だった。そう思ったらすぐに学院長室の壁に切り替わった。

 

 遅れて頰に痛みが走るのを感じた。視線を戻すとルミアが眼に涙を溜めながら腕を上げているのを見ると、俺はルミアに頰を叩かれたようだ。普段のルミアからは考えられない行動に俺やこの場にいる全員が驚いていた。

 

「ル、ルミア……?」

 

「……何で、言ってくれなかったの?」

 

「……ごめん。お前にアレコレ言っておいて自分は何も言わないとか無責任というか、情けないにも程があるよな」

 

「そうじゃないよ!」

 

 静かな室内にルミアの怒鳴り声がいやに反響した。今までと全く違う類のルミアの迫力に口を開けなくなった。

 

「別に秘密を打ち明けなかった事に怒ってるんじゃないの。そんなの普通じゃ言えないだろうし……でも、リョウ君がこの世界に来てからできた悩みくらいは少しでも聞かせて欲しかった。別の世界から来た? こっちにいる筈がない? そんなの関係ないよ! 自分の境遇を言い訳にして悩み全部一人で抱えないでよ!」

 

「…………」

 

「……今の、リョウ君が私に言った事だよ。境遇を言い訳にして自分を殺すなって」

 

 そういえば、学院テロ事件でそんな事を言ってたか。今まですっかり忘れてたが。

 

「リョウ君が何処の人かなんて関係ないよ。私やみんなだって、リョウ君の事友達だって思ってる。友達だからみんな心配するし、力になりたいんだよ」

 

「ま、それは俺も同じだな。お前が異世界から来た人間だろうが、お前は俺の生徒だ。その事に変わりはねえ」

 

「そうね。色々難しい事言ってるけど、正直外国から来た人間とあまり変わらないしね」

 

「ん……リョウはリョウ」

 

 ルミアの言葉に同調するように他のみんなも思い思いの言葉を口にする。

 

「……迷惑、かけてごめん。多分、これからもそうなる……」

 

「迷惑なんてないよ。こっちだって色々巻き込んじゃってるし……」

 

「自分の事棚上げにしてみんなに色々勝手言ってた……」

 

「大丈夫よ。自分の事棚上げで生徒にアレコレ似合わない注意する講師に比べれば」

 

「おい……」

 

「みんなから逃げた卑怯者だ……」

 

「ん……よくわかんないけど、みんなそうは思ってない。みんな心配してた」

 

「……こんな俺でも、ここにいていいのか?」

 

「バ〜カ……ガキが色々考えすぎなんだよ」

 

 グレン先生が前に出て俺の頭を小突く。

 

「迷惑だなんだ考えるのはガキの仕事なんかじゃねえんだよ。そういうガキの勘違いをなんとかしてやんのは俺達教師だろうが」

 

「お、珍しく教師らしい事言ってるなお前」

 

「珍しくは余計だろう!」

 

 真面目な話をしてるつもりなのに、何故か何時の間にかいつもの日常の色が広がっていた。

 

「リョウ君……生まれた世界は違うかもしれないけど、あなたは今ここにいるんだよ。あなたがどんな世界から来てどんな人だとしても、リョウ君はリョウ君だよ」

 

 ルミアがいつもの優しい笑みで俺に言い聞かせた。他のみんなも気持ちは同じだと言わんばかりに笑っていた。

 

「……ありがとうございます」

 

 俺は子供達に救われた時と同じ──いや、あの子達には申し訳ないが、秘密を打ち明けた分今が一番喜ばしく感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 話が終わり、リョウは現住居へと戻っていく。ルミアとシスティ、リィエルもそれについていった。

 

 学院長に残ったのはグレン、セリカ、リックの三人となった。

 

「……それで、グレン。お前はどう思う?」

 

「どう思うって、何だよ……?」

 

「奴の話だ。お前だってわかってるだろ……アマチの言っていた話のおかしな部分を」

 

「…………」

 

「確かに……彼の話に嘘がないのはセリカ君のお墨付きじゃが、どうにも納得いかん部分もある」

 

「まず魔術だ。アマチのいた世界では魔術も異能も物語の中だけで実在することはないと言っていた。となれば奴には当然、魔術師にとって必要不可欠な器官が本来はない筈だ」

 

 一般的に普通の人間と魔術師の大きな違いは体内に──否、魂にマナを貯蔵するための霊的な器が在るかどうかである。

 

 大気に存在するマナを霊的器であるエーテル体に貯蔵し、体内に循環させる事で生命活動を維持し、もしくは貯蔵したマナを用いて魔術を行使する事ができる。

 

 リョウのいた地球の人間全員がこちらでいう一般人と同様であるのならリョウに霊的器など存在する筈がない。それは先天的な性質なのだから後で突然出てくる事などあり得ない。

 

「他にも、お前が宮廷魔導士から聞いたっていう奴の突然開花した異能染みた能力だ。それを可能にしたカード……解析してみたが、変わった作りだという事以外、特にこれといったものはなかった」

 

「つまり……彼もまた異能者だと、そういうことかの?」

 

「いや……仮に異能者だとしてもおかしい。聞いた話じゃ奴は複数の能力を使っていたと言ってたな。異能者が発動出来る能力は基本ひとつだけの筈だ。以前グレンが言っていた白金魔導研究所の所長が使っていたドラッグもなしにそんなものを得るのが可能か?」

 

 異能者の能力も歴史的な問題の所為でハッキリとした事は未だにわからないが、その能力は一人につきひとつというのが常識だ。

 

 電気や炎、氷結など攻撃的なものもあればルミアみたく誰かを補助するための能力もある。だが、グレンがアルベルトを介してバーナードとクリストフが見たという能力はそんな常識を簡単に破ったものだった。

 

 魔術的観点から見ればあまりに不可解な事が多く、そんな能力を持ったリョウをセリカは十全には信用し難かった。

 

「……わからねえ事ああだこうだ言ってもしょうがねえだろ。そもそも異世界から来た人間って自体、初めての事なんだ。何かあるにせよ、俺が責任持って面倒見るから今はそれで納得しとけ」

 

「グレン……お前は口では面倒臭がっていながらもどうしようもないくらいお人好しだというのは知っている。だが、随分アマチに感情移入しているようだが」

 

「…………あいつは俺の生徒だ。あいつがどんなもん持ってようが関係ねえ。それに、約束だってあるしな」

 

「約束? 何だ、それは」

 

「……ヒューイ、はもちろん覚えてるよな?」

 

 グレンの口から出た名にセリカとリックの表情が憂いを帯びる。

 

「ヒューイ君か……彼も優秀な教師じゃったが、あの組織の一員じゃった。で、彼がどうしたと?」

 

「そのヒューイから言われたんだよ……あいつの事を頼むって」

 

 その約束はもう何ヶ月も前……グレンが講師になって数週間、ルミアの秘密を知るきっかけとなった学院テロ事件を起こした黒幕であるヒューイと対峙した時だった。

 

 

 

 

 

 

 そこでは血だらけな上、マナ欠乏症になっていたリョウが倒れ、その前には幾層もの結界に閉じ込められたルミア。そこから伸びるラインの上に立つヒューイだった。

 

「この、人が寝てる間に面倒な事しやがってよ。ま、ここまでよくやってくれた。後はこのグレン大先生に任せな」

 

 グレンはここに来るまでに門番役をしていたゴーレムを掻い潜る際に無茶な動きをしてシスティーナが[ライフ・アップ]によって塞いだ傷も開いてしまっていた。その傷から流れる血を手で押さえながらルミアへと歩み寄る。

 

「白魔儀[サクリファイス]か……今は一層がぶっ壊れてんな」

 

「つい先程、彼が壊しましたから」

 

「なに……っ!?」

 

 グレンはつい視線をリョウへと移す。ちょっと変わった奴程度と思っていた学生がこれほど高度な結界を一層だけとはいえ突破……しかも物理的な方法でだ。ただの学生に出来るものかと信じられない気持ちだった。

 

 だが、本来五層張られる結界の一部が破損……ルミアは内側に囚われてるので無理。ヒューイは黒幕なのでそもそも論外。信じる以外になかった。

 

 驚きでいっぱいだが、理由がどうあれここに来るまでの傷とマナの残存量を考えると一部だけでも壊れてるのはありがたかった。今でもギリギリだが、生徒が傷だらけになってまで無茶をしていたというのに教師である自分がただ黙って見るだけというのはグレンのプライドが許さなかった。

 

 自分の手首の皮膚を噛みちぎり、そこから流れ出る血を使って黒魔[ブラッド・キャタライズ]を発動させ、血文字で術式を描くと黒魔[イレイズ]で[サクリファイス]の法陣を無効化する。

 

 血を流し、マナ欠乏症も起こって息も切れ切れ、意識も混濁していったが、リョウの無茶によって工程がひとつ減ったおかげなのか本来自分のマナだけでは成し得なかっただろう[サクリファイス]の解呪がギリギリのところで成功した。

 

 結界が消滅した事で囚われたルミアが真っ先にグレンへと駆けつけ、床に倒れこんだグレンの手を両手で掴み取る。すると、全身を熱い何かが駆け巡り、落ちかけた意識が一気に覚醒する。

 

 気づけば自身の底を尽きていた魔力も徐々に満ちていった。何かの回復呪文(ヒーラー・スペル)を使用したかと思ったが、これはそんなものじゃない。数秒の時間を要してこれが魔術ではなく、異能者だという事を理解した。

 

 次々と驚きの展開に満腹を通り越して吐きそうな程のグレンだったが、ルミアのお陰で楽になったとはいえ、まだ痛む身体を無理やり起こしてヒューイと向き合う。

 

「さって、お前の計画は完全に頓挫したぜ。覚悟は出来てるか?」

 

「そうですね……こんな事をしておいてなんですが、生徒達が死ななくて良かったと思ってます」

 

「マジでこんな事しでかしてんな口を聞けたもんだ。で?寝ちゃう前に何か言い残す事はあるか?」

 

「……ひとつ、頼まれてはくれませんか?」

 

「あ?」

 

「リョウ君を……彼ら生徒の事をお願いします。私はもう教師としての資格なんてありませんが、あなたなら私がこれから教えるだろう分まで私以上に彼らに大事なものを教えられる気がするのです。先程……彼がやったように」

 

「……俺はあんなもん教えた覚えはねえんだがな」

 

「ですが……私では彼を導く事は出来ませんでした。彼はどうも私達とは見てるものが違うように感じる所がありますので。どうか、お願い出来ないでしょうか」

 

「…………ま、考えるだけはしておくわ。とりあえず……歯ぁ食い縛っとけ」

 

 グレンは満身創痍とは思えない俊敏さで距離を詰め、ヒューイの頰を全力で殴った。

 

 

 

 

 

 

 

「──ま、成り行きとはいえ約束は約束だかんな。それに、純粋にアイツの事も気になったからさ……あの野郎、どっか俺に似てやがったからな」

 

 小っ恥ずかしい部分を省きながらヒューイと約束を交わしたという所だけを抜き取り、二人に説明した。

 

「まあ、セリカが納得できない部分があるっていうのは否定しねえよ。けど、それでもアイツのことは信じてくんねえか?何かあった時は俺が責任取る。今はこれで納得してくれ」

 

「……はぁ、わかった。しばらくは様子を見るだけにしよう」

 

 セリカはため息混じりに呟き、グレンの言葉を受け入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、リョウ君。これ、どうするの?」

 

「……もう机の上でいいよ。ルミア達には隠す必要なくなったし、カバーすれば傍目からすれば薄い本みたいなもんだし」

 

 俺は家に戻り、ルミアには荷物の整理を手伝ってもらっていた。

 

「それにしても、戻って来れば本当に自分がバカだったんだなって痛感した……」

 

「それはもうね……子供達もみんな泣いていたんだから」

 

「うっ……」

 

 普段は上手くフォローの言葉を入れてくれるルミアですら俺の言葉に即答した。

 

 帰る途中でスゥちゃんに会って泣きつかれ、それが呼び水になって子供達が殺到してきた。大人達も遠巻きで見つめながらも後で戻ってきてよかったと声をかけてくれた。

 

「あぁ、もう大丈夫だから戻ってもいいんだぞ?」

 

「それはダメ。リョウ君今片手しかないんだから料理もできないでしょ?」

 

「それはそこら辺でパンでも買えば……」

 

「食事はシスティが買ってくれるから大丈夫」

 

 そう。ルミアがいるのは荷物整理の手伝いもあるが、一番は片手を失った俺を気遣って家事をしてくれると言ってきた。果てには泊りがけしてでもというもんだから反応に困った。

 

 そこら辺はシスティも一緒になって止めてくれたからマズイことにはならずに済みそうだ。いや、この状態でも十分心配事がいっぱいだが。

 

「ていうか、システィ……買い物は自分とリィエルでするから後はお二人でって、妙な気遣いしてたな」

 

 去り際に見たあのニヤニヤした表情……普段は魔術を学ぶ学生としての矜持だか風紀だかを煩くいう癖に俺に何を求めてるのか。

 

「あはは……もう、システィったら……」

 

「ん? どうした?」

 

「ううん、なんでもない」

 

 それから荷物は一通り片付けたわけだから後はシスティが夕食を持ってくるのを待つだけなのだが、ルミアと二人きりというのがどうにも落ち着かなく、気不味い沈黙が場を支配していた。

 

 何か話題でもないものか……。謝罪と感謝は学院で済ませちゃったし、授業やみんなの事を聞いても余計気まずくなりそうな予感がするし。

 

「リョウ君は……」

 

「ん?」

 

「リョウ君は、何で魔術を知ろうって思ったの?」

 

 気不味くなった俺を気遣って話題を出したのだろうか。まあ、俺が話題を切り出すよりはいいかもしれないし、ありがたかった。

 

「そりゃあ、学院でも言ったけど地球……俺のいた世界じゃ魔術なんてなかったから純粋な興味だな。あの時は魔術を学べればいい事ありそうだって思ってたから」

 

「じゃあ、実際に魔術を習ってからは?」

 

「俺の思ってた光景と違って随分地味だったな。漫画とかみたいに呪文を習ってそれを実践して積み重ねるかと思えば地球の学生達と同じように小難しいものを勉強しなきゃいけないからちょっと落胆した」

 

 もう少しファンタジーなものを期待していたのに実際に舞い込んできたのが地球の学校と同じ机に向かって勉強という地味だったもので……みんなには失礼だが期待外れでガッカリとしていた。

 

 まあ、今になって思えばどの世界でも地味な基礎の積み重ねが大事ってことか。

 

「それでもなんとかって思って俺なりにあちこち探ってみたけど、思うようにいかなくて後はルミア達も知っての通りだ」

 

「じゃあ、何で今まで魔術から離れようとしなかったの?」

 

「何でって……子供達がな」

 

 編入してしばらくは学院から帰る時は決まって子供達から何をしたのか聞かれまくった。魔術の決まり事でそれに関する事は一般人には明かしてはいけないのでほとんど話す事は出来なかったが、子供達に話す時は楽しいって思えた。

 

 面倒な決まり事の所為で一般人達は魔術の恩恵を受けられない話を思い出し、もしどうにかして子供達にそれを広げられないかとストレスを感じながらも魔術を学ぼうと思った。

 

 と言ったものの、グレン先生が来るまで大した進歩はなかったんだけどね。

 

「まあ、魔術で色々あったけど……俺が歩んだ道にあの人達がいたんだってわかってよかったって思う」

 

 俺はポケットに入れてたホルダーから四枚のカードを出してそう呟いた。

 

「もちろん、みんなに会えた事もな。だから……ありがと。これからも宜しく頼む」

 

「うん……。あ、そういえばずっと言ってなかったけど……」

 

「ん?」

 

「図書館でのお礼まだだったなって」

 

「図書館……?」

 

 はて、ルミアと図書館に行くような事が最近であったっけか。

 

「ああ、やっぱり覚えてないんだ……」

 

「え、あ……ごめん。何のだっけ?」

 

「ほら、歴史の勉強してた時に……異能者の事についてリョウ君が言ってたこと」

 

「…………あ」

 

 思い出した。そういえばあの時はまだルミアの事情は知らなかったからすっかり忘れ去ってたけど、俺この国の異能者に対する認識がくだらないとかなんだ色々言ってたっけ。

 

 よくよく考えたらあの時からか……ルミアがやたら俺の勉強に付き合ってくれるようになったのって。

 

「あぁ……なんていうか、忘れてごめん」

 

「まあ、あの時はまだ知らなかったもんね。でも、あの時のあれはちょっと嬉しかったんだよ。だから私からも改めて言わせてほしいの」

 

 それからルミアがズイ、と俺に顔を寄せて来た。

 

「別の世界から来たかなんて関係ないの。時々私達の知らない事を知ってたり、子供達に優しかったり、迷ってたり、でも最後まで諦めない……そんなリョウ君だから一緒にいたいんだよ」

 

 あとちょっとで触れそうな距離でみんなが謳うような天使みたいな微笑みで言われ、俺は今まで味わった事のない嬉しいような恥ずかしいような落ち着かない感じがした。

 

 そんな硬直状態をどうにか解こうとした時だった。

 

「おい、リョウ──ッ! 戻ってたのかぁ!」

 

 バンッ! と、勢いよく扉が開くとそこからカッシュがすごい形相で飛び込んできた。後に続いてセシルにウェンディ、リン、テレサと久しぶりのクラスメートの顔があった。

 

 カッシュやみんなが俺を見て、右手があった場所に視線を移すと一瞬表情が揺らいだが、すぐにいつもの顔に戻ってカッシュが俺に迫ってきた。

 

「お前、どんだけ心配かけたと思ってんだ! こっちがどんだけお前を探して街のあちこち回ってたか……っ!」

 

 いつぞやの病室の時みたく殴りかかりそうな剣幕で捲し立てて来る。自分達がどれだけ俺を探したか、心配したか、次々と大声で語る。

 

「……まあ、戻ってきてよかった。そりゃ、あんな騒動の中で凶悪な外道魔術師に目を付けられて拐われたって聞いたから仕方ないかもだけどよ……」

 

「……ん?」

 

 なんか変な感じに勘違いが起こってる気がするが、多分結婚騒動の時とフェジテを出て行ってからの経緯を捻じ曲げて伝えたんだろう。あんな重い出来事をみんなに話すのは酷だろうしな。

 

 まあ、みんなにも心配かけた事には変わりないから俺はルミア達と同様謝罪をした。

 

「もういいって、こうして戻ったんだからな。……で、ついでに聞いておきたいんだが……お前、ルミアと何話してた?」

 

「え……?」

 

「だってよ、あんな顔近づけてさ……どう見ても校舎裏でよくあるアレな感じだったぞ?」

 

「……あ」

 

 そういえば、カッシュが飛び込んだ時の俺達の距離……確かに側から見ればアレな感じのシチュエーションにも見える。

 

「いや、待てカッシュ。ビジュアルはあれだが、さっきのはそういう話じゃなくてな……」

 

「わかってる。わかってるから正直に話せ……親友として盛大に祝ってやるからな。みんなで」

 

「その拳を震わせてるのを見るとお前の言う祝いがバイオレンスなやつしか思い浮かばねえよ」

 

 このままじゃカッシュどころか全男子にマズイ誤解が広まってしまいかねない。どうにかルミアと協力して切り抜けたいところだが、視線を向けると女子の方もその話題で盛り上がってる最中でとても入り込めそうになかった。

 

 結局みんなの誤解をとくのに一時間近くかかり、その時にシスティが夕飯の材料を持って家に来た。

 

 それからはこの場にいる全員で夕飯……というか、俺の復帰祝いみたいな感じでみんなの手伝いのもとで調理し、いつもよりはちょっと出来はブサイクだったが、あったかい料理を並べてみんなでワイワイ騒いだ。

 

 こっちの世界に来てから色々あったが、こうして笑ったり騒いだり出来るのはここでみんなといるからこそだろう。それを気づかせてくれたみんなに感謝してる。同時に絶対守りたいと思えた。

 

 もしかしたら今後も間違いは起きるかもしれないが、これからはひとりじゃないってわかるから。大事なものがいくつもできた今だからそう思えるから。

 

 それにしても…………。

 

「はい、リョウ君」

 

「あ、うん……」

 

 利き手がなくなったからって左手で食べられないわけじゃないというのにルミアがやたら甲斐甲斐しく世話を焼いてくるので周りの視線がすごい。

 

 いや、嬉しくはあるんだけどさ……。

 

(俺……このまま依存症になったりしないよな?)

 

 もうひとつ気付かされた事…………それは俺を認めてくれたルミアに対する懸想であった。早い話が惚れた。……俺って、結構チョロい?


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