ロクでもない魔術に光あれ   作:やのくちひろし

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第2話

 ダメ講師グレン覚醒。急に人が変わったと思えば今までとは違ったあの授業からクラス全体のグレン先生を見る目が変わってすぐにみんなの態度も一変。

 

 みんなグレン先生に対する質問も多くなり、グレン先生も困り顔をしながら律儀にひとつずつ質問に答えていくのを見ると、案外満更でもないのかもしれない。

 

 俺も負けじと質問をしていた。[ショック・ボルト]を題材にした授業から魔術の修練にも身が入っていき、少しだが得意魔術も増えていった。

 

 ここ数日間のグレン先生の授業のおかげで魔術の呪文の使い方、術式の組み方、魔術を使用する際に気をつけるべき点など今までの講師とは比べものにならないくらいの面白さでこれまでにないくらい集中している自分がいるのがわかる。

 

 先生の授業の進む中、高速でノートを取り、合間合間で自分の試したい魔術の指向性を絞って、それを休みの日に試していこうとやる気に満ちてきたこの頃──補講日として登校する羽目になった……。

 

 何故補講日だと聞かれれば、本来この日から五日間ほどは学院の講師たちがある魔術学会に揃って顔を出すため休校になるはずだった。

 

 しかし、俺たち二組はグレン先生の前の担任が突然辞任したことにより、授業が遅れてしまっている。その遅れを取り戻すために俺たちのクラスだけ本日も登校していたのだったが……。

 

「……遅い!」

 

 現在の時刻は十時五十五分。グレン先生、完全なる遅刻。

 

「あいつ……最近はすごくいい授業をしてくれたかと思えば、これなんだから! ひょっとしてあいつ、今日が休校日だって勘違いしてるんじゃないでしょうね?」

 

「そんな、グレン先生でもそんなことは……ない、よね?」

 

「いや、先生ならその可能性大……てか、絶対それだ」

 

 グレン先生の性格を考えればそれが一番有力だろう。確実にその予定を聞き流していたか忘れてるかどっちかだ。

 

「あーあ、やっぱりダメなところはダメなのね。よし、今日こそ一言言ってやるわ」

 

「あはは。今日こそ……じゃなくて、今日も、じゃないかな?」

 

「全くその通り」

 

「煩いわよ!」

 

 相変わらず隣でぎゃあぎゃあ叫ぶシスティとそれを宥めるルミア。そして、グレン先生と顔を合わせればシスティの説教が始まり、グレン先生が流してシスティの[ゲイル・ブロウ]による追撃。そこでルミアが仲裁に入る。これがここ最近の日常の流れだ。

 

 そんなことを考えていると、教室の扉が勢いよく開く。

 

「あ、先生ったら、何考えてるんですか!? また遅刻です……え?」

 

 途中システィの言葉が疑問形で途切れたのは、入ってきたのがグレン先生じゃなかったからだ。

 

 見慣れないバンダナの男と、ダークコートで身を包んだ男だった。

 

「あー、ここかー。いや、みんな勉強熱心お疲れッス! 頑張れ若人よ!」

 

 いきなり現れたかと思えば、急にチャラチャラした挨拶。この教室の空気と目の前の男の雰囲気があまりにズレて気持ち悪くも感じてしまう。

 

「あ、君たちの先生なんだけど、ちょっとお取り込み中なの。だから、オレ達が代わりに来たってことで、ヨロシク!」

 

「ちょ、貴方達、一体何者なんですか?」

 

「え? オレ達? オレ達はー、まあ、テロリストね。要はこの国の陛下にケンカ売るための集団ってわけ」

 

 いきなりテロリストなんて言い出した。もちろん、システィも猛反発しているが、冷静になればコイツら、どうやって入ってきた?

 

 そもそも講師達が出払ってるとはいえ、守衛はいるし、この学院には結界が施されてあって俺たちは制服に許可証のような術式が刻まれてるが、それがなければ入ることなんてできないし、いかに腕自慢の魔術師であろうとまず破れることのないものだって言ったはずだ。

 

 つまり、普通に考えて第三者が入ってこれるわけがない。……普通なら。

 

「警告はしましたからね?」

 

 あれこれ考えてる間にシスティが強硬手段に出ようとしていた。システィが掌をバンダナの男に向ける。

 

対してバンダナの男はメンドくさそうに耳穴をかっぽじった後、その指先をシスティに向けようと動く。……()()()()

 

「……っ!?」

 

 二人の構え方の違いから悪い予想を思い浮かべた。

 

「《雷精の──きゃっ!?」

 

「《ズドン》」

 

 途中でシスティが悲鳴を上げたのは、俺が足払いでシスティを転ばせたからだ。

 

 システィはバランスを崩し、尻餅をつく。すぐさま俺はシスティの襟を掴む。

 

「ちょ、アンタ何すんのよ!?」

 

「テメェこそ相手をよく見ろっ! バカが!」

 

「な、あ……え?」

 

 周りがいきなり静まり返ってるのがおかしいと思ったのか、システィはクラスのみんなの視線を追って顔を向ける。

 

 向いた先は壁。そこには小さな穴が空いていた。そこから外の景色がくっきりと見える。

 

 ちなみにこの学院の壁もそれなりの強度があり、術式を施されてるから容易に破壊できるはずがない。だが、バンダナの男の指先から放たれた閃光は容易く壁を貫通した。

 

 閃光……最初は[ショック・ボルト]と誤認したが、すぐに違うとわかった。似てはいるが、[ショック・ボルト]と違ってエネルギーの収束率が半端じゃなかった。

 

「そんな……これって、[ライトニング・ピアス]!? 軍用魔術の……!?」

 

 軍用魔術。文字通り、戦時や軍の間で使われることの多い魔術。つまりは戦争用に練られた魔術だ。

 

「へぇ……よく知ってるね。これ、見かけは[ショック・ボルト]とそっくりなはずなんだけど、キミ達結構学あるねえ」

 

 バンダナの男は震え出したシスティの様子を楽しむように笑いながら話す。ふざけてるように見えるが、こいつはとんでもなく恐ろしい相手だ。

 

「[ライトニング・ピアス]……軍用、魔術」

 

「ん。そうだよ、坊主。コワイか?」

 

「[ライトニング・ピアス]……ライトニング……()()()じゃなく?」

 

 一瞬、教室内に微妙な空気が流れた気がした。

 

「……ブッ! ギャハハハハハハハッ! そうだよ! 形が形だから間違えやすいけど、大事なところだから間違えないようにしーっかり覚えようぜ、坊主っ!」

 

 バンダナ男が俺の頭をぐしゃぐしゃとかき回すが、こっちにはそんな陽気な空気を出せる状態じゃないんだよな。

 

 せめて空気変えられないかとちょっとふざけて言ってしまったが、さっきの軍用魔術を見た所為でみんな恐怖に震え出してそれどころじゃなくなってる。

 

 それから数秒……遅れてみんなが悲鳴を上げて逃げ出そうと動くがいきなりのテロリストの存在。そして自分達との格の違いから来る恐怖の所為でまともな判断ができてないために動きが混乱している。

 

「あーあ、うるせえな。静かにしろよ……殺すぞ?」

 

 別にそこまで声を張り上げたわけじゃない。普段とあまり変わらない声量だったはずなのに、その言葉に込められた殺気と共に一気に教室内に波をたてるように響き渡った。

 

 もちろん、全員殺しになんて縁のない人間だ。殺気への耐性なんてもってるはずもなく、動きを止めて静まり返るしかない。

 

「はーい、いい子いい子。やっぱ教室ではお静かにしないよね! はーい、みんなせいれーつ!」

 

 バンダナの男の言葉に従い、全員震えながら教卓の手前まで移動する。

 

「じゃ、キミ達にちょっと聞きたいんだけど……こんなかでさ、ルミアちゃんって女の子いるかな? いたら手を挙げてー? もしくは知ってる人いたら教えてー?」

 

 ……ルミア? 何故ここでルミアの名前が出てくるんだ?

 

 他の奴らからも同じような空気を感じる。

 

「あ、ルミアちゃんはここら辺かー。んー、どの子かなぁ?」

 

 バンダナ男は誰かが無意識に動かした視線を追って狙いを絞った。

 

「ルミアちゃんは、キミかなぁ?」

 

「ち、違います……」

 

 バンダナ男が尋ねたのはよりにもよって気の弱いリンだった。

 

「ほんとかなー? オレ、嘘つきは嫌いだよー?」

 

 バンダナ男はリンに顔を近づけて表情を覗くが、リンは明らかに恐怖に震えて声を出すことすらできないでいる。あれじゃ、彼女の精神も長くは保たないだろう。すぐに失神するか、バンダナ男に殺されるかだ。

 

「……その子はリン=ティティス。ルミアじゃない」

 

「ん? あれー、さっきの坊主じゃん。あー、違ったのー? じゃー、どの子がルミアちゃんなのか教えてくれるー?」

 

 やべー……思わず口を出しちゃったが、どう会話を繋げるか考える暇なかった。

 

 どうにかこのままうまく意識を俺に向けたまま会話を長引かせられないかと考えるが……

 

「ルミアって子をどうする気なの?」

 

 考え事してる最中に先んじた奴がいた。これまたよりにもよってシスティだった。

 

 今この場を任せたら一番ヤバイ奴だよ。

 

「お前、ルミアちゃんを知ってるの? それとも、お前がルミアちゃんなの?」

 

「私の質問に答えなさい!」

 

 あのバカ、それは逆効果だ。あの手の奴はキレ易くて、一度そうなったらマズイってのに……と思った時には遅かった。

 

「……ああウゼェ、お前」

 

「……え?」

 

「うん、お前からにするよ」

 

 バンダナ男が指先をシスティに向ける。おそらく数秒後には[ライトニング・ピアス]がシスティの頭を貫いちまう。

 

 こんなところで殺人なんて目にしたくないし、殺させたくなんてない。とはいえ、力量差は明らか……やるにしても一回が限度。

 

 もう一人のダークコートの男は少し離れて様子を見守っている。バンダナ男の意識は今システィに向いている。

 

 こうなったらここで仕掛けるか。俺の魔術じゃあどうあっても火力不足だが、一度発動してバンダナ男の後ろを取れれば少しは稼げるかもしれない。ダークコートの方がどんな魔術を使うのかは不明だが、行動するならもう今しかない!

 

 決意した俺は足腰に力を入れる。ここで一秒……。

 

 一瞬ダークコートの男を見れば、視線はまだバンダナ男の方を向いている。俺は次に右手を少し引く。ここで二秒……。

 

「《ズ──」

 

 ここだっ!

 

「《光──」

 

「動くな、学院生」

 

 飛び出そうとするところに目の前に光が一閃した。

 

 数秒後には光が収まり、俺の目の前にあるのが剣だとわかった。

 

 どこから取り出したのか、いつの間にか剣を手に持っていたダークコートの男が距離を詰めて俺の目の前に突き出していた。

 

 油断していたつもりはなかった。だが、相手が魔術師だと思って侮ってしまった。

 

 学院の方針故か、学院にいる奴のほとんどが魔術のことばっかりだったから魔術師が接近戦を好むなんてほとんどないと無意識に思い込んでしまっていた。

 

 そのために思いっきりドジ踏んじまった。

 

「それとジン、遊びすぎだ。だから未熟とはいえ、学院生に隙を突かれるんだ」

 

「んだよレイクの兄貴、もう終わりかぁ? 折角坊主が面白いことしてくれるかと思ったのによぉ」

 

 ジンと呼ばれたバンダナの男がレイクというダークコートに注意され、オモチャを取り上げられた子供のようにつまらなそうな声を出す。

 

 意識を外したように見えて俺達一人一人の動向には常に目を光らせていたのか……。流石に闘いを経験してる奴らだけあるのか、見ている景色が俺達とまるで違う。

 

「あまり時間もかけられん。すぐにルミア嬢をあの男のもとへ連れて行く」

 

「へーへー、わかりましたよ。てなわけで、ルミアちゃんこっちねー」

 

 するとジンは迷いなくルミアの手を引っ張る。

 

「……やっぱり知っててさっきの問いかけをしてたのか? ゲームみたいに」

 

「そーそー。この子が我が身可愛さに隠れ続けて誰かがバラしてくれるのか、ルミアちゃんが自ら名乗り出るまでズドンってしちゃうゲームだったんだけどね。そしたら坊主が出てこようとしたからもうちょい面白いゲームになるかと思ったのにもうストップだぜー! ヒデェよなー?」

 

 このジンって男は正しく外道だと思った。普段は感じることのない感情が内側から湧いてくるのを感じた。

 

「動くな。一度目は敢えて見逃してやるが……次はない」

 

 レイクが目を細め、首筋に刃を立てながら殺気を込めて警告してくると同時に湧いてきた感情が一気に引っ込んだ。

 

 俺は右手を下げてゆっくりとクラスのみんなから少し離れて壁を背にする。

 

「……賢明だな。では、私は至急あの男の所へ行く。お前はこの教室の連中に[スペル・シール]をかけておけ」

 

「あのさぁ兄貴ぃ、本当にやるのかー? 一々かけるの面倒臭ぇし、そもそもみんなすっかり牙抜かれてんじゃん」

 

「そういう計画だろう。手筈通りやれ。ついでに……そこの男は念入りにだ」

 

 レイクが俺に視線を向けて命令した。

 

「えー? ますます面倒なんだけどー。別にこいつが暴れ出したところでオレの敵じゃないっしょ?」

 

「くれぐれも手を抜くな。いいな?」

 

「へーへー」

 

 それからジンは真っ先に俺の傍まで歩み寄って俺の手を机の後ろに回し、[マジック・ロープ]で拘束してから[スペル・シール]の術式を刻んだ呪符のようなものを貼る。

 

 その作業が進む間にルミアがシスティに声をかけてる最中だった。慰めようとしてるのか、ルミアがシスティの手を取ろうとした時だった。

 

「触るな。あなたが魔術師に触ることは許さん」

 

 ()()()()()()()? 魔術師に触って何か不都合でもあるのか? 今までだって散々ルミアは誰かの手を取ってた記憶があるが、なんでここでそれを止める?

 

 考えてる間にもルミアが教室から連れていかれた。

 

「あーあー、退屈だーねー。兄貴当分戻ってこねえだろうし……こうなったらお楽しみといっちゃうか。てなわけでそこの嬢ちゃんこっちねー」

 

「え、ちょ……放しなさいよ!」

 

 ジンはロクに動けないシスティの腕を引っ張り、強引に教室から連れ出した。

 

 ああ、もう完璧に嫌な予感がしないが、奇しくもまた動ける機会到来といったところか。

 

 魔術を発動したいものの、さっきあの男がつけた呪符の所為でそれができない。

 

 普通に考えれば俺達みたいな学院生にはお手上げなんだろうな。

 

「カッシュ。カッシュ」

 

「あ、なんだ……?」

 

「机。俺の机に水があるんだが、それ取ってくれないか?」

 

「何でそんな……というか、何をするつもりなんだ?」

 

「いいから、頼む」

 

「お、おう……」

 

 カッシュは怪訝な顔をしながら俺の机に向かい、水を取ってくれた。俺とは違って他のみんなは両手にかけられただけなので移動には不自由はない。

 

 カッシュが水を取って俺の傍まで寄ってくる。

 

「で、これどうするんだ?」

 

「とりあえず、この呪符にかけて濡らしてくれればいい」

 

「んなことしたって、この[スペル・シール]は解けないぞ」

 

「いいから言う通りにしてくれ」

 

 カッシュは俺の言う通りに、呪符に水をかけて濡らしてくれる。

 

「よし、じゃあ離れてくれ」

 

 呪符に水をかけさせ、カッシュを離して俺は自分の内側に意識を集中させる。

 

 この[スペル・シール]は魔術の起動を封じるためのものなために俺達学院生はなす術もないと思うだろうが、魔術はダメでも魔力そのものが流れなくなるわけじゃない。といっても、普通魔力そのものを使うことはまずないが。

 

 だから、自分の内側から魔力をワザと暴走させる。本来、[マナ・バイオリズム]という……魔術を使う際の呼吸法、魔力の流れの制御を手際良く行うことによって魔術という現象が現実にあらわれる。

 

 だが、その一つでも狂ってしまえば魔術は発動しなくなる。悪ければ暴発して術者自身が傷つく可能性だってありえる。

 

 だが、それを敢えて行う事によって魔力を爆発させ、その衝撃で呪符が壊れるのではないかという危険な賭けだ。

 

「スゥ……フンッ!」

 

 ズオッ! と、内側から魔力が迸るのがわかる。それと同時に身体中に痛みが奔る。

 

 うわ……なんとなくわかってたけど、想像以上の痛みだ。

 

 だが、まずこの拘束を解かなければ話にならないので、多少の痛みは我慢するしかない。

 

「フゥ……ザァ!」

 

 ドンッ! と、呪符と[マジック・ロープ]、机の脚を吹っ飛ばした。

 

「ズ~……キッツ……」

 

「当たり前だ。そんなバカみたいな方法を取れば、大怪我を負ったっておかしくない」

 

 ギイブルから冷たいコメントをもらった。

 

「まあ、自由の身になれたんだから多少の怪我は大目に見てほしい……」

 

 とはいえ、ギイブルの言う通り、大怪我したっておかしくないことをしたんだ。やり方を間違えれば魔術で身を滅ぼすなんて型月の主人公も言ってたような気がする。

 

 とりあえず、自由の身になって次はここにいるみんなの身の安全を少しでも確かなものにすることだな。

 

「ギイブル……お前、みんなの拘束解けるか?」

 

「これくらいの拘束の解呪なんて基本だよ。君のやり方がそもそもおかしいんだ」

 

「はいはい。じゃあできるってことでいいんだな? なら頼むな」

 

 俺はギイブルに付けられた[スペル・シール]の呪符を剥がして立ち上がり、教室から去ろうとする。

 

「待て。何処に行くつもりだ?」

 

「何処って、システィの所」

 

「バカか君は……さっきのあの男の軍用魔術を見たろ。僕達で戦っても勝てる相手じゃない」

 

「まあ、そうかもだが……アイツ、見たところ狂った快楽主義者だからうまくやりゃ鬼ごっこやらせるくらいには誘えるかもな」

 

 あのジンって奴、俺達のこと完全に下に見てるからな。今のところの狙い目はそこしかない。

 

「まあ、こんな状況なんだし……とりあえずなんとかして足掻くしかないだろ。何と言おうと俺はシスティの所に行くからな」

 

「……勝手にしろ。僕はみんなの拘束を解き次第、バリケードを張る。そうなれば君とシスティーナをすぐに中に引き入れることは難しくなるだろうから、そのつもりで行け」

 

「ギイブル、お前……!?」

 

 ギイブルとはあまり話すことはないが、錬金術が得意な奴だということは知っている。

 

 頭脳もシスティに次ぐくらいだし、バリケードを張る役目はあいつに任せた方がいいだろう。代わりに俺がシスティを助けたところで入れないのが痛いが、生き残れる人数は増やすに越したことはない。ギイブルの判断は間違ってはいないだろう。

 

「……わかった。教室はお前に任せる。後は頼むわ」

 

 俺はそう言い残して教室を出る。何人かが俺を止めようとする声が聞こえたが、正直構ってる余裕などなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は教室を出ていってからできるだけ足音を立てずに、けど早足で廊下を移動する。

 

 相手が遠見の魔術なんてものを使っていればこんなことしても意味なんてないだろうけど、あのバンダナ男はそんな細かいことは気にしなさそうだし、ダークコートの方も今はルミアにかかりっきりだろうからもう少しは粘れそうだ。

 

 とはいえ、あのバンダナ男がシスティを連れて何処へ行ったのかがわからない。

 

 闇雲に探しても時間がたって見つかって、始末されるか……。

 

『ふざけないでっ! わ、私はフィーベル家の娘よ!』

 

 システィの声だ。俺はすぐに声をする方向へ走った。場所は魔術実験室だ。

 

 気づかれないよう足音を消しながら扉の側まで近寄って聞き耳を立てる。

 

『実はオレ、ルミアちゃんみたいな奴は嬲っても面白くないんだわ』

 

 聞こえてきたのはそんな猥談とも言える会話だった。

 

『ルミアちゃんって一見か弱そうに見えるが、アレは常時死を覚悟しているタイプの人間だ。そーゆー奴はどんな苦痛を与えようが、辱めを受けようが、決して心は折らねえ。それこそくたばるまでな。オレにはわかる』

 

 確かに、連れて行かれる時も他のみんなとは比べ物にならないくら落ち着き払ってた気がする。まるで自分がそうなるのが当然という風にも見えた。

 

『だが、お前は逆だ。一見強がってるが、中身はとんでもなく脆い。オレ、そういう自分の弱さに仮面つけてるようなお子様な女の子を壊すのが一番楽しいんだよ』

 

『私が、あなたに屈するとでも……?』

 

『屈するね、間違いなく。それもすぐにだ』

 

『ふざけないで! 私は誇り高き━━』

 

『はいはい、もう御託はいいからやっちゃおっか。どこまで保つのかな?』

 

 システィの言葉を遮ってバンダナ男がシスティの服を破ったのだろうか。何か布を無理やり破ったような音が聞こえてきた。

 

『はー! 胸は謙虚だけど、綺麗な肌してんじゃん!』

 

 そんなゲスな笑いが聞こえてきた。本当なら今すぐにでも止めに入るべきなんだろうが、俺とアイツじゃ実力があまりにもかけ離れてるのは目に見えてるので少しでも大きな隙を待たねばと足を止めてるが……。

 

 次に聞こえてきた言葉でそんな考えも吹き飛んでしまう。

 

『あの……や、やめて……ください。お願い……』

 

 バンッ!

 

「失礼、いいですか?」

 

「んあ?」

 

「あ……」

 

 やっちった。とはいえ、流石にシスティの口からあそこまで弱々しい声を聞かされちゃ動くなってのも無理でしょ。ヒーロー大好きの男からすれば。

 

「お前……どうやって拘束解いた?」

 

「いや、別に大したことはしてませんよ。とりあえず暴れまくったらね……落ち着きのない子供ですから、ちょっと遊び相手が欲しいと言いますか?」

 

「……おいおい。お兄さんはおとなしくって言ったのに、こんな所まで……しかも人がせっかく楽しもうとしてるのに邪魔しちゃダメじゃん?」

 

「まあまあ、そっちのお楽しみも満喫したい気持ちはわからんでもないんですが、身体を動かすならこっちの方もいいんじゃないですか? 鬼ごっことか」

 

「ガキか。ったく、しょうがねえな〜……仕方ないからお兄さんが遊んであげるよー。やるのは的当てゲーム〜。ルールは単純。どっちかが先に相手に一発入れたら勝ちー♪」

 

「そりゃわかりやすいこと」

 

 できればシスティから離れてほしかったけど、今はバンダナ男の意識をこっちにできるだけ向けるしかない。

 

「だ、駄目っ! リョウ、逃げなさい! あなたじゃ勝てない!」

 

 俺が来て幾分か恐怖が薄れたのか、システィが声を上げる。

 

 けど、もう逃げられると思えないな〜。もう既に指をこっちに向けてるから。

 

「さーて、どこまで逃げられるかな〜? 《ズドン》!」

 

 呪文が紡がれた瞬間、俺は床を転がって避ける。

 

「ほら、《ズドン》、《ズドン》、《ズドーン》」

 

 更に三連射……。次の魔術へ繋げる間隔が短いのは本当にすごい魔術師であるという事だ。こっちは学生だから一発一発を丁寧にやらなくちゃいけないのに、向こうは遊び気分でそんな高等技術をやってのけてる。

 

 と言っても、まだ当てる気がないのか、俺がギリギリ避けられるように撃ってるのがわかっちまう。

 

「くっ……《氣弾》!」

 

 短い呪文と共に、俺の指先から光の球が放たれる。バンダナ男はひょい、と難なく避ける。

 

「へぇ~……『マジック・バレット』とはまたマイナーなもん使うなぁ。しかも結構呪文切り詰めてるね~」

 

 今のが俺の使える数少ない得意魔術のひとつ、無属性の[マジック・バレット]だ。

 

 基本の三属呪文と違って結構魔力のコントロール技術を必要とする魔術だが、何故かこの呪文、俺は結構撃ちやすい。

 

 イメージしやすいからか、得意な魔術は呪文改変しやすく、短縮しやすかった。

 

「《氣弾》!」

 

「へへっ! 《ズドン》、《ズドン》!」

 

 しばらくの撃ち合いが続き、どうにか生き残ってるが、今こうしていられるのは相手が完全にこちらを舐めきってるからだ。

 

「はぁ……そろそろ兄貴の方も終わるかな。残念だけど、お遊びもここまでかな~」

 

 ため息混じりにのんびりと呟く。それからこちらに指先を向ける。

 

 今度は完全にこちらを殺すつもりで来る筈。来た……ここしかない。

 

 遊び気分の中で反撃したところで返り討ちにあうのは目に見えてる。だからああやって軽い撃ち合いもどきを見せ、こちらの手札がアレしかないと見せかける。

 

 まあ、見せかけると言っても、俺達学生の魔術なんてたかがしれてるから意味はないだろうが、俺が[マジック・バレット]による撃ち合いだけにしたのは理由がある。

 

「『雷華』!」

 

 俺は奴が呪文を発する前に指先から紫電が飛び出る。

 

「はっ! 今更[ショック・ボルト]か」

 

 俺が先手を取ったにも関わらず、奴は頭を傾けるだけで避ける。その直後、激しい光が奴の真横で発した。

 

「ぐあっ!?」

 

「『雷駆』!」

 

 今度は足元からの紫電。それが弾けると同時に俺は跳躍し、バンダナ男の顔面に膝蹴りを叩き込む。

 

「ぐおっ!?」

 

 どうにかうまくいった。[ショック・ボルト]の呪文改変及び性質の変化。グレン先生の授業でルーン語の性質、呪文の文法などを教えられた時に思いついた方法だ。

 

 少し前の授業で汎用魔術と固有魔術の違いを教えられた。汎用魔術は術式を覚えて呪文を口にすればすぐに発動できるが、固有魔術は術式の構築などから全部自分ひとりでやらなければならない。だが、術式を構築して呪文を唱えること自体は誰でも簡単にできると言っていた。

 

 固有魔術が難しいと言われる理由は自分で術式を構築して更にそれを何らかの形で超えなければいけないということ。でなければただの汎用魔術の劣化版になりかねないからだと。でも逆を言えば、自分のやりかた次第で色んな効果を持った呪文にもなるんじゃないかと。

 

 それが今回使った[ショック・ボルト]の性質改変だ。

 

「つってもまあ、今は[ショック・ボルト]と[マジック・バレット]にしかできないけどな」

 

「あ、あんた……最近やけに[ショック・ボルト]や[マジック・バレット]のこと先生に聞いてたかと思ったら──後ろ!」

 

 システィに言われ、後ろを向くとバンダナ男が既に意識を戻していた。

 

「テメェ……クソガキが!」

 

 おいおい、結構強烈な一撃だったはずだぞ。腐っても闘いの経験者ってわけか。マズイ、俺はもう逃げ切れない。どうにかシスティだけでも逃がせないかと思うが、もうそんな時間もない。

 

「《ズドン》!」

 

 バンダナ男が呪文を発した。それから奴の指先に紫電が閃くのが見え、もう駄目だと思った。

 

 だが、その紫電は霧散して消えていった。

 

「……は?」

 

「え?」

 

 俺だけじゃなく、向こうも何が起こったのかわからないようだった。

 

「ちょ、《ズドン》! 《ズドン》! 《ズドン》!」

 

 バンダナ男が何度も試みるも、奴の[ライトニング・ピアス]は起動する気配はなかった。

 

「ど、どうなってやがる……?」

 

「お前はもう魔術は起動できねえよ」

 

 実験室の外からこの頃馴染んで来た声が聞こえた。

 

「お前はもう俺の領域内にいるんだからな」

 

「だ、誰だテメェ!?」

 

「「グレン先生!?」」

 

 なんと入ってきたのはグレン先生だった。

 

「グレン……非常勤講師だと!? キャレルの奴はどうした!?」

 

「キャレル? ああ、あの毒霧使いね〜。ちょっと眠ってもらった。多分もうそろそろ憲兵に捕まる頃じゃね?」

 

「ふざけんな! 《ズドン》! ……くそ、何でだ!?」

 

「だから〜……もう魔術は使えねえって言ってんだろ? こいつを使ってんだから」

 

「あ? 愚者のアルカナ?」

 

 グレン先生が取り出したのは、前世でもよく見たタロットカードの愚者に似たカードだった。

 

「俺はこのカードの絵柄に変換した術式を読み取る事で俺を中心として一定範囲内の魔術の起動を完全封殺する、『愚者の世界』を作り出すことができる」

 

「魔術起動の遠隔範囲封印だと? そんなの聞いたことねえぞ!」

 

「そりゃそうだ。俺の固有魔術(オリジナル)だからな」

 

「な、なんだと!? テメェ、その域に至ってるってのか!?」

 

「す、すごい……魔術の遠距離封殺なんて。先生が三節しかできなくてもワンサイドゲームなんてもんじゃ……」

 

 確かに、グレン先生の周りから魔術が消えればもう怖いもん……ん? ちょっと待て……あの人、さっき……。

 

「あの、先生……」

 

「何だ?」

 

「先生……さっき、『俺を中心に』って言いました?」

 

「言ったな」

 

「つまり……先生も?」

 

「うん、魔術使えないね♪」

 

「「え?」」

 

 グレン先生がテヘペロと気持ち悪い笑顔を浮かべながら頷くと、システィとバンダナ男から間抜けな声が出た。

 

「だって、俺を中心にしてるんだし。俺もバリバリ範囲内にいるんだからさ」

 

「じゃ、何のために発動したんだよ!」

 

 思わずツッコんでしまった。

 

「も、もうダメだ……お終いだ〜」

 

 システィが面白い顔で絶望していた。

 

「ギャハハハハハハ! バカかお前! 魔術師が自分の魔術も封印してどうやって戦うってんだよ!?」

 

「そりゃあ、魔術使えなくたって……コレがあるだろ?」

 

 グレン先生は自分の拳を掌で叩きながら言う。

 

「はあ? 拳だぁ?」

 

「うん……拳っ!」

 

 瞬間、グレン先生の姿がブレた。と思えば、その時にはもうバンダナ男の顔にグレン先生の拳が叩き込まれていた。

 

「え?」

 

 は、速い。動きがほとんど見えなかったぞ。それから間髪入れずに掴み、拳、蹴り、投げを見事な流れで見舞った。

 

「テ、テメェ……多少アレンジが加わってるが、それは帝国軍式格闘術だぞ。魔術師が肉弾戦なんとか、ふざけんじゃねえぞ!」

 

「はぁ、なんでそんな魔術以外で倒されるのが嫌なのかなお前らって……」

 

 グレン先生が呆れたように言うが、バンダナ男はそれをほとんど聞くことなく、ただグレン先生を睨むだけだ。

 

 恐らく、もう先生ひとりでもカタは付くだろうけど、こっちもちゃんとやることはやっておきたいからな。都合よく先生しか見えていないようだし。

 

 気分は鳥みたいな顔の宇宙人になりきってここはひとつ。

 

「もしもし、誰か忘れちゃいませんか?」

 

「あん?」

 

「ふんっ!」

 

「ごぶっ!? ぐあっ!」

 

 最初は股間にひと蹴り、次に側頭部へ回し蹴りを食らわせた。今度こそ完全に沈黙したな。

 

「お前、鬼だな……」

 

「とかいいながらいつの間にか縄持って、しかもマニアックな縛り方して拘束してるあなたにいわれたくないですけどね」

 

「ていうかあなたたち、私のこと忘れてない!?」

 

 やべ、うっかりしてた。俺はすぐにシスティの拘束を解きにかかった。

 

 

 


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