ロクでもない魔術に光あれ   作:やのくちひろし

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第27話

 タウムの天文神殿……危険度Fランクの、ほとんど歴史的価値も罠も少ないという遺跡。どんな理由があってこの遺跡の調査を頼まれたのかは知らないが、ヒラの学生でも準備さえしておけばほとんどの危険はないとの話なので学生が遺跡調査の練習をするにはうってつけというのがアルフォネア教授の意見だ。

 

 だが、そんな安全だと言われた場所だというのに……。

 

「わああぁぁぁぁぁ! き、き、来たぁ!」

 

「え、えと……まだ、《魔弾──」

 

「ああ、もう! 昨日からこんな事ばかりですわっ!」

 

 現在、神殿内部の通路にて阿鼻叫喚の展開が繰り広げられていた。

 

「『魔弾(アインツ)! 続く第二弾(ツヴァイ)! 更なる第三弾(ドライ)』!」

 

「『氣斬・交差(クロス)』!」

 

 システィがみんなの先頭に立って[マジック・バレット]の連射に、俺が通路を塞ぐように[マジック・エッジ]をX字に放って目の前の存在……怨霊のような半透明の異形を消滅させる。

 

「え、ええいままよ──『魔弾よ』っ!」

 

「ま、『我は射手・原初の力よ・我が指先に集え』!」

 

 後ずさりしていたみんなも負けるかと気合を入れて[マジック・バレット]を異形達に向けて打ち出していく。

 

 多少の混乱はあったが、十数分間の戦闘が続くと粗方片付く事が出来た。

 

「はい、お疲れさ〜ん。中々良かったぞ、お前ら」

 

 後ろから戦闘を控えていたアルフォネア教授が膝や尻餅を着いたみんなに労いの言葉をかける。

 

 あの人が戦闘を控えたのは俺達に学院では得られないだろう実戦経験を積ませるためだという。元々低ランクの遺跡なのだからいい練習台になるだろうというのがあの人の意見だったのだが……。

 

「ていうか、狂霊共がここまで湧いていたとはな。しかも数も相当だし、どんだけ放置されてたんだよこの場所っ!?」

 

「まあ、この場所は霊脈(レイライン)の影響でああいう奴らが湧きやすいからな。とはいえ、今回の件を報告すれば流石にランクがひとつ上がるだろうな。よかったな、お前。あたしがいなかったらとんぼ返りだったぞ」

 

「うっせえよ……」

 

 アルフォネア教授がいなかったら……そう言われる理由としてああいう存在はグレン先生にとっては天敵と言ってもいいからだそうだ。グレン先生の固有魔術(オリジナル)……『愚者の世界』なのだが、あれはグレン先生の魔術特性(パーソナリティー)が『変化の停滞・停止』という、普通の魔術師から見れば致命的な欠陥とも言える才能から作られたものだから。

 

 その所為でグレン先生は魔術行使が常人より劣り、更に[マジック・バレット]のように魔力制御に重きを置いた魔術がてんでダメだという。そしてあの狂霊は精霊や妖精が霊脈の影響で凶暴化した存在であり、その存在を構成するものがマナという影響で三属呪文が効かないらしい。だからグレン先生にとっては天敵と言える。

 

「つか、システィーナもリョウも随分腕上がってるよな……」

 

「え……?」

 

「そうか?」

 

「いや、だって……システィーナもいつの間にか連唱(ラピッド・ファイア)なんて覚えてるし、リョウだってその……身体の一部ないのにマナ・バイオリズムに全然淀みがねえし」

 

「そういえば、シャドウ・ウルフに遭遇した時も二人はすごく平然としてたよね……?」

 

「リョウなんて真っ先に馬車から出たし……」

 

「すごいね、連唱(ラピッド・ファイア)なんてシスティ、いつの間に覚えてたんだ!」

 

「え、あ、あはは……えぇと、いつからだったっけ?」

 

「俺も、何故か普通に使えるのには驚いたぞ」

 

 右腕を落とされる前から心理的影響で魔術が使えなかったと思ってたが、きっかけがあったとはいえ、落とされた後でもこうして使えるようになったのはあの件の後で遅れて驚いてた。

 

 やはりあの時、ウルトラマン達の力が影響したからだろうか……その副作用として更に驚くものも得られたし。

 

 まあ、みんなの目もあるし、流石にここで使う事はないと思うけど。

 

「って、また団体様のお出ましだぞ! やるか!?」

 

「当然……今度は誰がより数多く落とせるか勝負ですわ。システィーナやリョウにも負けてられませんわ!」

 

「まあ、待ちな。お前達はさっきから連戦してたんだから、ここらで一旦休憩しな。無茶するとマナ欠乏症になるぞ」

 

 俄然やる気を出したカッシュ達の前にアルフォネア教授が躍り出てみんなを下げようと促す。

 

「で、ですが……あれだけの数を一人でなど。やはり、ここはみんなで一斉に片付けた方が……」

 

「大丈夫だって。こういう時の手本を見せてやるからさ」

 

 システィの制止も聞かずにアルフォネア教授は余裕の態度を見せて指をパチンと鳴らす。すると、アルフォネア教授の周囲に多数の[マジック・バレット]が出現する。

 

「「「え……?」」」

 

「と、やってから──」

 

 次いで狂霊の集団に指を差し向けると、待機していた[マジック・バレット]が一斉に発射し、狂霊達を消滅させる。

 

「「「……えぇ〜」」」

 

「──と、まあこんな感じだ。わかったか?」

 

「ぜ、全然参考になりゃしねえ……」

 

「つくづく規格外ね、この人……」

 

「ていうか、俺達がコレしようとしたら一瞬でマナ欠乏症になりますからね。そこの所ご理解くださいね」

 

 あまりのチートっぷりにそう呟くしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 狂霊の集団を粗方掃討し終えて、俺達は遺跡探索を続行する。その途中で、通路が外から見た神殿を考えると余りに不釣り合いな広さに驚き、アルフォネア教授が神殿内の空間も、建物の補強にも全てが古代魔術(エインシャント)によるものだと説明された。

 

 そのお陰で建物はいつまでも風化する事なく、当時の姿を保っていられるらしく、リィエルの怪力はおろか、アルフォネア教授の最高魔術でも破壊不能のようだ。そして、その術式構造もアルフォネア教授でさえお手上げだという。

 

 そんな驚くべき事実を説明されると同時に今回の調査の対象区域である第一祭儀場に着いた。

 

「さて、何もねえとは思うが、一応俺が先に確認してくら」

 

「おぉ? 我先に身体張って確認に出ようとは、生徒想いだねぇ〜」

 

「うっせえな。ていうか、これくらいしねえと今回俺全くの役立たずになるだろう」

 

「大丈夫か? お前、幽霊の類とか駄目だし……恐いなら私も着いていってやろうか?」

 

「じゃかあしいわ! ていうか、ガキ扱いすんじゃねえよ!」

 

 そんな会話を交わしてグレン先生は入り口をくぐり抜けた。それから十数分は経つが、いまだに静寂が場を包んでいた。

 

「……ちょっと遅くないですか?」

 

「そうだな。流石に時間かけすぎるな……ちょっと様子見てくるな」

 

 アルフォネア教授も様子見して、しばらくして合流して祭儀場を観察する事になったが、グレン先生の様子が少しおかしかった。本人はなんでもないと言っていたが。

 

 調査中、時折ルミアの顔を見ては神妙な顔つきになるし。さっきの確認で何かあったのだろうか。そんな疑問を浮かべながら調査を進行していく。

 

「ふう……ひとまずこんな所か。よし、今日はここまでにして野営場に戻るぞ」

 

「…………」

 

「リョウ君? 先生、戻るって言ってるよ」

 

「え……あぁ、俺はもう少し観察したくてさ」

 

 俺は内ポケットからアイポタを取り出して見せつけると、察した表情をしたルミアがグレン先生に耳打ちする。

 

「ふ〜ん……まあ、しばらくは狂霊も湧く事はなさそうだしな。別に構わねえが、三十分以内にはちゃんと戻って来いよ?」

 

「はーい」

 

 そうして俺以外は祭儀場から退場し、俺は一応有言実行としてアイポタで祭儀場のあちこちを撮影しておいた。一通りアイポタにおさめると懐に仕舞い込み、双子を模した像へ勢いよく振り向いた。

 

「誰なの?」

 

 振り向いた先にはついさっきまでは絶対にいなかった影が浮いていた。背中には明らかに人間のものとは思えない蝶の羽のようなものが広がっており、何より驚くのはその顔だった。

 

「ルミア……?」

 

 いや、顔はルミアに瓜二つだが、明らかに雰囲気が別物だ。

 

「えっと、君は……?」

 

「……あなた、誰なの?」

 

「え? いや、それこっちが聞いてるんだけど……俺は、リョウ=アマチ」

 

 俺が名乗ると少女はふよふよと浮遊しながらゆっくりと俺に接近してくる。

 

「……あなた、何者なの?」

 

「な、何者って……単なる学生だけど。今は先生の事情で遺跡調査やってる」

 

「ふざけてるの?」

 

「いや、ふざけてるって……本当なんだけど」

 

「そもそも、あなたは何故私を恐れないの?」

 

 いや、一体何者なんだと結構疑心暗鬼になってるんだが。

 

「その前に、君は一体何なの?」

 

「…………本当に何なの? こんな奴、私は識らないわ」

 

 俺の言葉に耳も傾けず、少女は忌々しげに呟くだけだった。

 

「あの、聞いてる……?」

 

「…………」

 

 少女は何か言うでもなく、姿を消した。そして孤独な静寂が続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからグレン先生達と合流し、野営場へと戻った。

 

 あの少女については何も話さない事にした。言葉に出来る自信はないし、調査を続ければまた会えるかもしれない。その時傍にグレン先生達がいたら話せばいい。

 

「つまり──宇宙からやってきた侵略者(エイリアン)の仕業だったんだよ!」

 

「な、なんだって──っ!?」

 

 焚き火を挟んだ向こう側ではカッシュ達が今回調査したデータを基に推察した考えを話し合っていた。ていうか、そういうSFチックな話がこっちにもあるんだな。

 

「……ていうか、そもそも何であんな所を調査する事になったんだろうな?」

 

 なんとなくそんな言葉を呟く。ランクとしては最低だと聞いた所にグレン先生の論文の材料として紹介されたとはいえ、何故依頼が入ったのか。

 

「ん? リョウ、あんた配布された資料読んでなかったの?」

 

「資料……?」

 

 そんなもん、受け取った覚えはないんだが。会話を聞いていただろうグレン先生がマズイと言わんばかりの表情をしていた。

 

「ちょっと、先生? あなた、引率者なんですからそういう管理もキチンとしてください!今回のこの遺跡調査は時空転移魔術があるかどうかを確かめる為でもあるんですよ! ある研究者が唱えた説を証明する手掛かりが何処に点在してるかもわからないんですからもっと真剣になってくださいよ!」

 

「あ、ちょ……バカッ!」

 

「時空、転移……?」

 

「そうよ! 所謂時間旅行なんて言われる技術が本当に見つかったら時間を操るなんてレベルじゃないわ。それぞれの切り離された次元の壁を破って世界を超えるなんて事も──あ」

 

 熱弁する途中でシスティもマズイと言ったような表情をした。

 

「……なるほど」

 

 グレン先生が何で俺を遺跡調査へ連れてきたのかわかった気がした。こういう事だったわけだ。

 

「ん……ぐぐっ……んくっ」

 

「って、リィエル!?」

 

「それシスティと先生とリョウ君の分だよ!?」

 

「ケプッ……ん、いらないかと思って……」

 

 会話してる間に待ちきれなくなったのか、リィエルが俺達の分の食事まで見事平らげてしまった。

 

「ちょおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!? リィエル、おま、なんちゅう事してくれたんじゃああぁぁぁぁぁ!?」

 

「ちょっと!? ほんとに全部平らげちゃったじゃないっ!」

 

「三人共いつまでも食べないから……」

 

「とっておいてるって考えはお前の頭で浮かばねえのかぁっ!?」

 

「…………?」

 

 リィエルからすれば食べられる物が目の前にあるのにすぐに食べないという感覚はわからないようだな。

 

 ちなみに俺達の食事は念の為持ってきた保存の効くパン(御近所付き合いの特権で手に入れた物)を三人で分けて食べる事にした。

 

「……私の分は?」

 

「さっき俺達の分まで食っといてまだ欲しがるか!」

 

 そんな賑やかな夜を過ごした……。

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は月が中天にまで差し掛かった頃……。今日の出来事が気になって寝付けなかった俺はなんとなく一風呂浴びたくなって野営場から少し離れた天然の温泉地に向かっていた。

 

「……時空転移魔術……それと、あの女の子」

 

 システィが言うには、ある魔術師があそこが時空転移魔術の儀式場ではないかという説を唱えるも、既に探索済みと銘打った場所を誰も調べたがらず、窮地に陥ったグレン先生に再調査を命じる事になった。もし本当にそうなら俺が地球に戻れる手掛りを得られるかもしれない……。

 

 そう考えれば喜ばしいものだろうが……何故かあまり喜ばしいと思えない。現実味がないのか、それとも……。

 

 それに、祭儀場で会ったあの少女……何故あそこにいて、そもそも何者なのか。いくら時間が経とうとその疑問は尽きる事などない。

 

 安全な遺跡調査の筈が、妙に重苦しいものが連続で押し寄せてきてるな。

 

「お? 何だ、アマチ。お前も一っ風呂浴びに来たか?」

 

 考え事に迷走してると、前方にはアルフォネア教授がいた。ほんのり湯気がたっているから、多分ついさっきまで入ってたんだろう。

 

「ええ……ちょっと寝付けなくて」

 

「そうか……ここの温泉は疲労回復にもいいからゆっくり浸かれ。今グレンも入ってるから暇つぶしにもなるぞ」

 

「はい。…………ん? 何でアルフォネア教授がグレン先生が入ってるって?」

 

「そりゃ、一緒に入ったんだからな」

 

「…………」

 

 絶句した。いや、いくら親子同然に過ごした者同士だからって、男女が混浴なんて大丈夫なのか。

 

「なんだ〜? お前も一緒に入りたかったとかか〜? 異世界の人間でも男の考える事は大体同じなんだな〜」

 

「違いますからっ!」

 

「じゃあ、ルミアと一緒が良かったか?」

 

「…………」

 

 咄嗟に否定出来なかった……。

 

「ハハハハハ! 若いってのはいいねぇ! こういう所は昔のグレンに似てるよな、お前!」

 

「どういう意味ですか……」

 

「いや、お前もいたからグレンも立ち直れるようになったんだろうなってさ」

 

 揶揄うように笑ったかと思えば急に慈しむような表情になって俺を見つめる。

 

「今更だろうが、編入してきた当初は疑って悪かった。今になって思えばお前だって人生狂わされた被害者だったのにな」

 

「あ、いえ……あれは俺があなたの立場でも疑いますよ。結果として随分迷惑掛けましたし……」

 

「それこそ気にするな。まあ、それはともかく……話は変わるが、お前は昔のグレンに似てるんだよな」

 

「俺が、ですか?」

 

「あいつ……ああ見えて昔は正義の魔法使いになりたいなんて夢見てたんだぞ。魔術師としての才能は無いに等しいのに、それでも相当の努力をして三流ではあるが、立派な魔術師になれたんだ」

 

 グレン先生にも、魔術にそういう思い入れがあったのか。思えば、あの人に何かがあって魔術を嫌いになったって事以外、考えた事なかったな。

 

「まあ、その後も色々あって魔術から遠ざかったが、私が無理矢理教師にしてお前らに会って……少しずつだがグレンは昔に戻りつつある。だから、お前らには感謝してんだ」

 

 昼間の会話でも同じような事を言ってたな。普段は滅茶苦茶だけど、グレン先生をずっと見守っていたアルフォネア教授なりの親心から来る言葉なんだろう。

 

「だから、どうかこれからもグレンと一緒にバカやってくれると助かる。今じゃロクでなしだが、根っこの部分は昔のままだからさ」

 

 そう言うと、話は終わりと言わんばかりに俺に振り返る事もなく歩み去っていった。

 

 俺はそのまま言葉を発する事もなく温泉地に辿り着き、服を脱いで温泉へと入る。何歩か進むと湯気の向こうにひとつの影が見えた。

 

「あ、本当にいたんですね」

 

「ん……あぁ、お前だったか。一瞬セリカが戻ってきたかと身構えちまったぞ」

 

「アルフォネア教授ならさっきそこで会いましたよ」

 

「そ、そうか……で、何か変わった所とかなかったか、あいつ?」

 

「ん……いえ、グレン先生の事をよろしく頼むだとかって言われたくらいで」

 

「母親目線かっ!? いや、最早あいつとは家族だって思ってるけど生徒にんな小っ恥ずかしい事話すんじゃねえよ、あの年増はっ!」

 

 一瞬憤慨するとグレン先生は湯に入り直して深呼吸をした。それからは何とも言えない沈黙が場を包んでいた。

 

「…………ああ、その……黙ってて悪かったな」

 

 しばらくすると、グレン先生が気不味い沈黙を破った。

 

「今回の遺跡調査ですか?」

 

「あぁ……損はさせねえって言ってたけど、時空転移魔術なんて普通なら有り得ないからな。本当にあるかもわからない内から期待させていざないってわかってガッカリなんてのは流石に悪いからな。ハッキリとするまでは黙ってようと……」

 

「……それはもういいですよ。気にしないわけじゃないですけど、今回はあくまで先生が教師を続けられるようにするためですから、俺の事は気にせず論文に集中してください」

 

「お前……帰れるかどうかの話なのに、何とも思わないのか?」

 

「思わないわけじゃないですけど……現実味がないってのもありますけど、帰れる方法が見つかったところで、そのまま地球に……って出来るのかなって。帰りたくないわけじゃないんですけど……なんか、こっちから離れたくもないって思って。色々あったんですけど……いや、あったからこそこっちに愛着が湧いたっていうか……」

 

 今になればもうすっかりこっちの暮らしも慣れてしまった。それこそ地球で暮らしていた頃よりも生き生きとしてる気さえする。

 

 帰る方法が見つかって帰れたとして、こっちとの繋がりがどうなるのか……そう考えると今が壊れて欲しくない。そんな風に考えてしまう。

 

「なので、正直……今は考えたくないっていうのが本音ですかね。いや、先生には悪いですけど今はそういう話はして欲しくないです」

 

「……そっか」

 

 俺の事を考えて連れて来てくれたグレン先生には悪いが、本当に今はそういうのは考えたくない。こっちにいる限りは今という瞬間をただひたすら受け続けたいと思ってる。

 

「……って、柄にもなく話しまくったな。そろそろ上がろ」

 

「だな……こっちもいい加減のぼせそうだ」

 

 話を終えて二人で上がろうとすると湯気の向こうからひたひたと複数の足音が聞こえて来た。

 

「システィ、早く早く〜」

 

「ちょっと、急かさないでよ」

 

「「…………え?」」

 

 突然聞こえて来た話し声に俺とグレン先生は揃って呆然とした。

 

「この温泉は本当にいい湯加減ですね。何度でも入りたくなりますわ」

 

「ええ、この温泉を見つけてくれた教授には本当に感謝ですね」

 

この足音の数と声からしてアルフォネア教授を除いた女子全員が入ってきたようである。

 

「ちょ、先生っ!? これ、どうするんですか!?」

 

「ど、どうするって……と、とにかく隠れるぞ!見つかったら一巻の終わりだ!」

 

 俺達は咄嗟に湯の中に隠れ潜み、息を潜める。

 

「(──って、しまった! 別に隠れなくても声出しとけばお互い目を逸らして上がれたんじゃねえか!?)」

 

「(今更ですかっ!?)」

 

 湯船の中でジェスチャーで会話をしながら自分達の行動の愚かさに辟易していた。

 

「ところで、時間が時間とはいえ大丈夫ですの?またカッシュさんが覗きに来るのでは?」

 

「大丈夫よ。カッシュなら縛って吊るして置いたから」

 

「ついでに火炙りにでもすればよろしかったですのに♪」

 

「そうね。もし拘束解いて覗きにでも来た日には全身ロープで縛って上空にでも投げとばそうかしら」

 

「あはは……」

 

「「((…………))」」

 

 もし自分達が見つかったら起こり得るだろう処刑内容に俺達はドン引きする。あいつ、鬼か……。

 

「ところでルミア……相変わらず順調に育ってるわね」

 

「そ、そうかな? 胸なら、アルフォネア教授やテレサの方が……」

 

「確かに、あのお方のプロポーションは相当なものですわ。造形もまるで古典彫刻みたいに芸術的ですし……羨ましいですわ」

 

「嫌味なのかしら、テレサ?私からすればどっちもどっちよ……」

 

「それにしても、システィーナは相変わらず年の割に貧相ですわねっ! こればっかりはわたくしの完全勝利──って、ちょっとリン……あなた、随分と育ってません事?ひょっとして、ルミアと同じくらいでは?」

 

「え? ちょ、そんなに見ないで……」

 

「リン……あなたって、着痩せするタイプだったの?私なんて、私なんて……」

 

「ねえ、ルミア。何でみんなの胸は丸いの?」

 

「え? ええっと、それは……」

 

「私とシスティは平たいのに……何で?」

 

「そんなにハッキリと言わないでええええぇぇぇぇぇぇ!」

 

「(……ふっ。みんなの戦闘力は凡そ俺の予想通りみたいだな)」

 

「(言ってる場合ですか。これ、今見つかったら絶対殺されますよ……)」

 

「(だな……そろそろ息もキツい。ていうか、お前平気なのか……?)」

 

「(そういえば……あまり苦しくありませんね)」

 

 もう軽く数分はこの状態の筈だ。軍時代に鍛えたグレン先生は相当の肺活量があるからなんとか耐えられるのだろうが、俺はまだそんな特殊な訓練も受けていないのに妙に息が続いているな。

 

「(ていうか、もう……本気でキツい。限界……)」

 

「(ちょ、待ってくださいっ! 今出たらマズイ! え、えっと……人工呼吸で!)」

 

「(気色悪い事言うなっ! う……マズイ……今のツッコミで更に……も、もうダメ──だああぁぁぁぁっ! 限界だああぁぁぁぁっ!」

 

「(ちょっ!?)」

 

止める暇もなく、グレン先生は湯船から飛び出た。

 

「ぐっ! ゴホッ! ゲホッ! ……ふっ、空気がうめぇな〜。やっぱ人間、陸で生きるやつだからな」

 

「遺言はそれだけかしら?」

 

 噎せながらも息が出来る事に感動を覚えたグレン先生が感想を漏らすが、そんな感傷に浸る間もなく、システィ並びにウェンディとテレサがズズズ、とグレン先生に忍び寄る。

 

「あ、あの……皆さん? せめて……せめて俺の言い分を……」

 

「『問答無用じゃ・この・変態──っ』!」

 

「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 システィの渾身の[ゲイル・ブロウ]がグレン先生を空中へと投げ飛ばした。グレン先生……あなたの犠牲は無駄にしません。

 

 俺は騒ぎに乗じて気づかれないように温泉からオサラバしようとした。

 

「何してるのかな、リョウ君」

 

 あと一歩で出られる所なのを左肩を掴まれて阻止される。ブリキ人形みたく後ろを振り向けば上半身をタオルで隠したルミアが笑顔で立っていた。

 

 いや、顔は笑ってるが雰囲気が全く笑っていなかった。ていうか、肩がミシミシと音を立ててるんだが、どんだけ力込めてるの?

 

「何で、リョウ君がここにいるのかな?」

 

「ま、待って……俺達は最初からここにいたんだよ。そこに突然女子が入ってきたから出られなくなって……」

 

「だったら声を出しておけばお互い見ずに済んだんじゃないかな?」

 

「…………仰る通りです」

 

「とりあえず、リョウ君は外に出て正座で待っててね?」

 

「いや、これ事故……」

 

「せ・い・ざ♪」

 

「…………はい」

 

 ルミアの言いつけ通り、俺は外に出て着替えて正座でみんなを待った。そしてみんなが戻ってきてからボロボロのグレン先生も一緒になって三時間の説教を食らった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、いよいよ最後の調査区域の大天象儀場(プラネタリウム)か……」

 

「……なあ、リョウ。何でグレン先生、あんなボロボロなんだ?」

 

「……聞かない方がいい」

 

 遺跡調査の最終日、いよいよ最後の調査となった。ていうか、昨日の説教が響いてるのか、結構眠たい。

 

 これまで結構な数の狂霊を掃討したから特に戦闘になるような事はなかった。そのまま今までの通路を辿り、一番最奥だろう所まで行くと中心に二十面体のオブジェと石版以外は何もない空間へと辿り着いた。

 

「私はまだ見た事ないが、ここの天象儀(プラネタリウム)は相当すごいらしいぞ」

 

「そうなのか?」

 

 プラネタリウムと言えば、地球にも似たような物はあるが、考えてみればこっちの星空だとかゆっくり観察した事なんてないな。ちょっと興味湧いてきたかも。

 

「あの、先生……せっかく来たんだからここの天象儀で星空を投影してみませんか?」

 

「はぁ? 天体観測でもするってか?面倒だなぁ……」

 

「お願いします。どうしてもここの天象儀が見たいんです」

 

 俺がこっちの世界の星空に興味を持つとシスティが随分と真摯に見たいとグレン先生に頼み込んでいる。

 

 なんか、ここに来てから妙に切羽詰まった表情をしてるな、システィの奴……。

 

「そういえば、あの資料……」

 

 昨日システィに注意されてからグレン先生に資料を借りて読んだ。俺には隠すつもりだったから俺の分は用意しておらず、今回の調査で参考にと学院長から渡された資料を軽く読ませてもらった。

 

 もっとも、そこに書いてあった術式の構造だとか霊脈だとか理屈も何もサッパリだったが、それを書いた著者が『レドルフ=フィーベル』と載っていた。たしか、システィの祖父の名前だった筈だ。

 

 つまり、今回の調査でシスティはお爺さんの理論が正しいと証明したいというわけか。

 

「……まあ、いいだろう。ここの数少ない名物みたいだし、私も現物は見てみたいしな」

 

「ん……まあ、お前がそう言うなら」

 

 アルフォネア教授の進言もあって渋々だが、グレン先生はプラネタリウムを起動する事にした。

 

 オブジェの前に立っている石版、モノリスを使って操作すると周囲が暗くなり、辺り一面に星空が広がった。

 

「……すっご」

 

 そんな感想が漏れた。地球のプラネタリウムとは比べ物にならないくらいリアルな映像だった。いや、映像なんて生温いもんじゃない……自分達が実際に星空に昇ってるような感覚さえする。

 

「ほら、ボーッとせずにな。天体観測は後でいくらでも出来るから今は調査に専念しな」

 

 アルフォネア教授が柏手を叩くと同時に俺も意識を戻して慌てて調査へと加わる。

 

「あの、アルフォネア教授……この天象儀、詳しく解析してくれませんか?」

 

 俺達が調査を進める中、システィがアルフォネア教授にプラネタリウムの解析を頼み込む。

 

「おいおい、白猫……一体どうしたんだ?コイツは本当にただの天象儀だぞ?」

 

「そんなのわかんないじゃない! アルフォネア教授程の人が解析すればもしかしたら!」

 

「だとしてもな……」

 

「……いや、やってみよう。もしかしたら何か見落としがあるかもしれんしな」

 

 アルフォネア教授もシスティの頼みを引き受け、モノリスに手を添えて解析を始める。時間にしてほんの数分だが、永遠とも思える中でようやく解析を終えただろうアルフォネア教授が溜め息を吐く。

 

「……ダメだな。隅々まで確かめたが、やはり天象儀としての機能以外、特別な術式は見つからなかったよ」

 

「お前程の魔術師で見つからねえってんなら、本当にただの娯楽装置って事か」

 

 期待の物が見つからなかったのか、システィは肩を落とす。それはつまり、彼女の祖父の論文が間違いだと言う事になったからだ。

 

 それからもグレン先生はアルフォネア教授と組んで周囲の調査を進めていたが、システィはそれを羨ましそうに見ている。もっとも、本人は認めようとしないだろうが。

 

 その隣でルミアがシスティを慰めるが、それでも悔しそうな表情は晴れる事がなかった。

 

 俺が言っても何もならないなと思いながら俺もこっそりアイポタで撮影出来ないかと思った時だった。

 

「……そうだ。ルミア、ちょっと力を貸してほしいの」

 

「え?」

 

「あなたの異能の力を借りて[ファンクション・アナライズ]を使えば、何か見つかるかも」

 

 システィが持ち出した提案が耳に入り、俺は異様な胸騒ぎを覚えた。何故かわからないが、これを見逃すのはダメな気がする。

 

「おい、システィ……ちょっと待て」

 

「何よ……?」

 

「話は聞こえたが、誰かに見られたらどうするんだ?それに、今それをするのはダメな気がする」

 

「何でよ……ルミアの力を使えばアルフォネア教授でも見つからなかった何かがわかるかもしれないのよ」

 

「お前の気持ちはわかった。昨日グレン先生から借りた資料を読ませてもらった……お前のお爺さんの書いた論文を」

 

「…………っ!」

 

「お前のお爺さんの理論が正しいんだって主張したくなる気持ちもわからなくはない。けど、感情に任せてばかりで調査を進めたところで何になるんだよ。ここに来て調査をするならもう少し先送りにしてからまた先生に頼み込むなりすれば──」

 

「あなたに何がわかるのよ……っ!」

 

俺を見据えるシスティは震えながらその表情は憤悶に満ちていた。

 

「私はお祖父様に誓ったっ! この遺跡の天象儀の謎を解くって! あのお祖父様の論文が低評価のまま終わるなんて嫌……ここで何か見つかればみんなお祖父様の‘研究が全部再評価されるわ。そうすれば魔導考古学が一気に──」

 

「魔導考古学の事は俺にはわからないからそれに関しては口を出すべきじゃないかもしれない。けど、だからって一方的に自分の主張ばかり押し付けていい理由になんてならないだろ。それに、今のお前はただお祖父さんの事を言い訳にして突っ走ってるようにしか見えないんだよ」

 

「もういいから……っ! あんたは黙ってて!」

 

「おい!」

 

 俺の制止も聞かずにシスティはルミアの手を引っ張り、ルミアの異能の力を借りて[ファンクション・アナライズ]を発動させる。

 

 遅かった……。今下手に口論すればみんなから怪しまれかねない。せめて今の二人を見られないようにと思っていた時だった。

 

「……え? うそ……見つけちゃった……」

 

「え……?」

 

「なに……?」

 

 再びシスティの口から出た言葉は驚くべきものだった。まさか、本当にルミアの力でこのプラネタリウムに隠された謎がわかったのか?

 

「……いや、話は後だ。とにかく、何か見つかったって事だけでも先生に伝えないと」

 

「待って……これ、何かの起動手順みたい。これを操作すれば……」

 

 システィは見つけた何かを操作しようとモノリスに再び手を延ばす。

 

「おい、やめろ……何かの罠かもしれないだろ。まずアルフォネア教授に言ってもう一度調べてもらって……」

 

「普通の手段で見つけられない所に隠しておいて罠なんてそんなにないわよ。多分、古代の人間だけがこれを操作出来るように設定されてたのよ……でも、今なら私でも……」

 

 会話しながらも普段から容量がいいのか、無駄に器用にモノリスを手早い作業で操作する。

 

「ま、待て……っ!」

 

 俺の制止も遅く、その手がシスティに触れる頃には全てが終わっていた。

 

 この広間の中心にあったプラネタリウムが再び作動し、周囲が暗くなって星空が投影される。そしてそれぞれの星が銀線を描きながら大回転を起こし、天体観測写真のような軌跡を描くと光が収縮していき、中心に真っ黒な穴が空いた。

 

「え、嘘……本当に?」

 

「す、すっげえええぇぇぇぇぇぇっ! なんじゃこりゃああぁぁぁぁ!?」

 

「こ、これってすごい大発見じゃない!?」

 

「ま、またシスティーナに……ムキイイイィィィィィィッ!」

 

「まさか、特別な手順を踏む事で隠し機能が発動する仕組みだったのか……」

 

 突然の出来事にみんなが興奮するが、一部反応の色の違う者もいる。

 

「おい、どういう事だよこりゃ……」

 

「バ、バカな……これは……」

 

 このプラネタリウムに特別なものはないと結論付けていたグレン先生とアルフォネア教授は思わぬ形で発見した出来事に驚愕していた。

 

「これは、回廊……そうだ、『星の回廊』だ!」

 

 これを見ていたアルフォネア教授がこの空間の穴の名称らしい単語を口にしてゆっくりと近づいていく。

 

「お、おいセリカ……?」

 

「そうだ……私は……」

 

 そのままアルフォネア教授は突如駆け出し、穴の向こうへと飛び込んだ。

 

「なっ!? おい、何やってんだセリカ!? まだ何もわかってない状態で行くのは無謀過ぎだ! 一旦戻れ!」

 

 グレン先生が叫んでもアルフォネア教授は戻ろうとしない。更に空間の穴が徐々に小さくなっていく。

 

「お、おい! セリカ! 急いで戻れ!」

 

 グレン先生の叫びも虚しく、空間の穴は完全に閉じられてしまった。

 

「……くそっ!セリカァァァァァァァァ!」

 

 突然の古代遺物の謎にアルフォネア教授の消失……立て続けに起こる出来事の中、グレン先生の叫びが木霊した。

 


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