ロクでもない魔術に光あれ   作:やのくちひろし

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第28話

「さて、話してもらおうか。お前らがあのモノリスで何をしていたのか」

 

 場所は野営場の天幕の中……。アルフォネア教授の突然の消失によって混乱した俺達を引っ張ってグレン先生が野営場へと誘導した。

 

 そして、そうなった原因であろう俺達を天幕に連れ、防音魔術も施して秘密の談話を始めた。システィがプラネタリウムの謎を解きあかそうとルミアの異能の力を借り、その結果あの空間の穴を開いた事を説明した。

 

「……なるほど、やっぱりな」

 

「やっぱりって……何がですか?」

 

「ずっと疑問だったんだけどな……けど、今回の件でようやく合点がいった。ルミア……お前の異能は『感応増幅』じゃなかったんだ」

 

「『感応増幅』じゃない? でも、先生やシスティはルミアの力を借りて普段以上の力を発揮したんですよね?それが『感応増幅』の特徴で……」

 

「ああ。それにばかり気を取られてたから気づくのが遅れた……。だが、遠征学修の時から変だと思ってたんだ……『感応増幅』でその……『Project : Revive Life』を完成させるなんて出来る筈はねぇ。けど、あの時それは確かに完成していた……今回もそれと似たような事が起こったんだろう」

 

 そういえば、遠征学修の時……その計画はそれ相応の魔術言語、もしくは魔術特性でもなければ決して成立しないものだったと説明されていた。

 

 そして『感応増幅』はあくまで術者のマナ、魔術の力を増幅するものであって間違っても古代魔術を解析したり仕組みからして不可能なものを成功させるものではないとの話……。

 

「……じゃあ、遠征学修のアレはルミアじゃなくて『Project : Revive Life』の完成データが目的だった?」

 

「つまりはそういう事なんだろう。ルミアの異能はそういう不可能を可能にしちまう程の何かがあんだろう」

 

「あの古代魔術の仕組みまで解析してしまう程ですしね……膨大な年月で拡散してしまっただろう魔術の系譜を遡って太古の昔の魔術機能を目覚めさせる……もしくは、近代魔術の機能そのものを拡張させるものだとか?」

 

「さてな……そういう予想は今は後回しだ。ここで考えても仕方ねえ。今はセリカの事だ」

 

「ご、ごめんなさい、先生……私、古代の謎ばかりで、リョウだって注意してくれたのに……」

 

「待って、システィは悪くないよ……私が安易な気持ちで協力しなければ……」

 

「それを言ったら俺だって同罪だろ。みんなから不審がられる事覚悟で最初から止めに入っていれば……」

 

 今となっては反省してもアルフォネア教授が帰って来るわけじゃないが、俺達の行動があの人を何処か別の所へと追いやってしまったのは事実だ。

 

「バカ……お前らの所為じゃねえよ。まあリョウの言う通り、ルミアの力を借りたり何か見つけたなら俺に一言くらいは欲しかったが、いくらなんでも仲間内の中とはいえちょっと迂闊だったぞ」

 

「本当にごめんなさい……私、焦ってて……」

 

「まあ、俺もようやく思い出したが……お前の祖父さんの研究の事だもんな。それを解き明かしたいのは悪い事じゃねえし、アレを見つけた事自体は別にいいんだ。ただ、悪いのは……ッ!」

 

 ガンッ! と、激しい音を立ててグレン先生が天幕の中心にあったテーブルに拳を叩きつけた。

 

「あの、耄碌ババアだっ! あいつ、一体何考えてやがんだ! 生徒連れて危険な道進んでショートカットするなんて言い出すわ、単独行動起こして勝手に消えやがるわ、マジでいい加減にしやがれ!」

 

「それでグレン……セリカはどうするの?」

 

「連れ戻すに決まってる! 連れ戻して一発ガツンとブチかまさなきゃ気が済まねぇ! それに……」

 

 怒りに憤慨したかと思えば突然後悔に満ちた表情をする。

 

「最初からおかしかったんだよ、あいつ……何でかわかんねえけど、何処か普通じゃなかった。いや、普通じゃないのはいつもだが……上手く説明出来ねぇけど、何かおかしかった。今のあいつを一人にするのはマズイ気がする……放っておけねぇ」

 

 ずっと家族も同然に過ごしてきたグレン先生ですら確信に至れなかったアルフォネア教授の態度に俺達じゃ逆立ちしたって気づける筈もない……が、それでもあのチート魔術師なら何があっても問題ないという先入観が今回の出来事だと考えるとグレン先生やアルフォネア教授だけの責任とは言い難かった。

 

「俺はすぐにあいつを追いかける。ルミアと白猫はあの扉の開閉を頼みたい。リョウとリィエルは俺がいない間のみんなの護衛を頼みたい。明日の朝、昼、夜と一回ずつあの仕掛けを起動してもし俺とセリカが戻って来なかったら俺達をそのまま置いて一旦フェジテに戻って応援を呼んでほしい」

 

「ちょ、ちょっと待ってください! 何勝手に全部決めてるんですか!? 狂霊一体でも相当手こずるあなたじゃあの穴の向こうでどうなるかわかったもんじゃないでしょ!」

 

「そうですよ! それに私も一緒の方が向こうにもあるかもしれない装置を起動させた方がより確実です!」

 

「私だって魔導考古学の知識が向こうで役立つかもしれない! 元はと言えば私が勝手をしたのが原因なんだから、私も行くわ!」

 

「うん……私も行く。セリカを助けたい」

 

「お前ら…………いや、やっぱりダメだ。今回は俺一人で行く」

 

「先生っ!」

 

「そもそもこの全員で行っちまったら誰があいつらを守ったり導いたり出来るんだ?リィエルやリョウは護衛として必要だし、白猫しかリーダーシップ取れる奴がいねえ。ルミアだって万が一のための生命線なんだ。誰か一人でも欠けちまったら途端に危険度が高まる……連れて行けるかよ」

 

「ふざけんなっ!」

 

何がなんでも俺達をここに留まらせて危険から遠ざけたいというグレン先生の気持ちはわかったが、それでも一人で行かせたくなかった。

 

「あんた、言ったよな……一人で抱えずに頼れとかなんとか。なのにいざこういう時は自分だけ除外とか都合のいい事言ってんじゃねえよ! 俺の腕を見ろ……他人の事言えた義理じゃないけど、俺は一人勝手に突っ走って、腕どころかもっと大切なものまで失うところだった……あんただって同じ──いや、それ以上の事が起きるかもしれないのわかって行かせられるかっ!」

 

 あの時の自分を他人目線で見たら今のグレン先生みたいな感じだったのかもしれない。そう思ったら止めずにはいられなかった。

 

 危険だったら構わない……。幸か不幸か慣れちゃったからな。でも、自分の見えない所で最悪な事は起こってほしくない。

 

「お前……いや、それでも連れて行くわけにはいかねえ。俺達の問題に生徒を巻き込むわけにはいかねえ」

 

「先生っ!」

 

 俺達の制止も聞かずに一人行こうと天幕を出た所でみんなが待っていたかのように並んでいた。

 

「先生……アルフォネア教授を探しに行くンスか?」

 

 カッシュが何か言いたげな表情でグレン先生に問う。

 

「っ……ああ。でも安心しろ……お前らを巻き込むわけにはいかねえからここは俺一人で行くわ。お前らはここで明日まで待機していてくれ。細かい事は白猫達から聞いといてくれ」

 

「待ってくださいっ! 私達、まだ納得してませんっ!」

 

「これだけ言ってまだそんな無謀な事言うんですかっ!」

 

「ええい、うるさいっ! お前らは待機と言ったら待機だっ!」

 

「いい加減にしろっ! 今はそんな意地張ってる場合じゃねえだろうが!」

 

「お前も我が儘言うんじゃねえ! ガキはいい子でお留守番しやがれっ!」

 

「どっちがガキだっ!」

 

「テメェら両方だバカヤロォォォォッ!」

 

「「グハッ!?」」

 

 グレン先生と口論した所にカッシュの見事なドロップキックが俺達の頰を直撃した。

 

「二人揃って何くだらねえ喧嘩してんだっ! そんな事するくらいならあんたら全員でアルフォネア教授助けに行きやがれっ!」

 

「っ……カッシュ、それは──」

 

「無理だとか言うんだったら聞かねえぞっ! ていうか、あんた一人で行く事の方が無茶だろうが! 俺が言うのもアレだが、あんたはとんでもなく強ぇけど、魔術師としてはド三流だろうがっ!」

 

「ぐ……」

 

 カッシュの言う通り、グレン先生は元軍人だから実力は高いが、魔術師としての才は先天的な理由で平均より下くらいだし、相性の悪い者だって多いだろう。本人もそれをわかってるからか、反論出来てない。

 

「だからシスティーナも、ルミア、リィエルちゃんも、リョウも連れて行ってこいよ! システィーナはあんたよりも遺跡に関しちゃ詳しいし、ルミアは法医術ならプロ級だし、リィエルちゃんは凄え強ぇし……リョウだって、上手く言えねえけど何か凄えのあるんだろ」

 

 見せた事はない筈だが、カッシュや他のみんなも俺に何かがあるという事自体は勘付いていたみたいだ。

 

「だから変な意地張らないでみんなで行けよ……こっちは俺達で何とかするからさ」

 

「これでもあなたには鍛えられてますからね。まだアルフォネア教授が施した結界がある以上、下手に動かなければ自衛くらいは出来ますよ」

 

「伊達にあなたの授業を勉強してるわけではありませんからね。悔しいですが、今回わたくし達は留守番にでも勤しんでおりますわ」

 

「先生一人で行くなんて……そんな、無謀な真似はやめてください」

 

「いくら先生でも、それじゃ無理ですよ」

 

「ですから、先生達はアルフォネア教授の元へお行きなさいな」

 

「お前ら……何でそこまで?」

 

「何でも何も仲間だろ、俺ら!」

 

「…………ッ!」

 

「まだほんの少ししか話してねえけど、あの人と話すの凄え楽しかったんだ。でも、まだ全然話足りねぇよ……」

 

「僕達、もっとあの人と話し合いたいなって思ったんです。今まではちょっと恐かったけど……いざ話してみれば全然そんな事なかったから」

 

「まあ、魔術の話はやたらハイレベルですが、あの人から得られるものは多そうですし……今いなくなっては困るんです」

 

「先生の子供の頃の話もまだ半分も聞いてませんですし」

 

「お前ら……」

 

 みんなの温かい言葉を聞いてグレン先生も、俺もみんなの凄さを再認識した。

 

 俺はこんな良い奴らがいてくれたにも関わらずにあんなバカやっちゃったんだなと思ったが、今はただ感謝だけを胸に留めればいい。

 

 いつの日か、俺の事をみんなにも話せるようになれればとも思う。いつかはわからないけど、俺の事を話して……その時こそ胸を張って仲間だって叫びたい。

 

「……ありがとよ。もう変な見栄張るのやめるわ」

 

 グレン先生は決意を秘めた目で俺達を見据えた。

 

「頼む……お前らの力を貸してくれ。セリカは……知っての通り、凄え滅茶苦茶な奴だけど……それでも、ガキで何もわからなかった俺を一人で育ててくれた……俺の大事な家族なんだ。だから、俺の家族を……助けてくれねえか?」

 

「言われずとも」

 

「最初からそう言ってくれればよかったんですよ」

 

「助けましょう……先生の大事な家族」

 

「ん……すぐに行こう」

 

「あぁ……頼むぜ、俺の頼れる生徒達」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グレン先生が俺達の同行を願い、五人でプラネタリウムのあった空間へ行き、ルミアの異能の力を借りたグレン先生が再びあの装置を起動し、空間の穴を広げた。

 

 何とも言い知れない緊張感を持ちながら進めば、アッサリと入れてしまった。

 

 何かの罠があるのではと警戒していた分、妙な脱力感もあるが、下手な戦闘はないに越した事はないので助かったと言えば助かった。いや、敵と言えるような存在はアルフォネア教授が片付けた可能性もあるが。

 

 とにかく穴を潜った俺達は奇妙な通路へ飛び出た。

 

「ここ、古代の遺跡なんですかね? 天文神殿とは若干雰囲気違いますが……」

 

「若干なんてもんじゃねえぞ……何なんだここは……?」

 

 グレン先生に言われた前方を見るとそこには悍ましい光景が広がっていた。

 

 口にこそ出さないが、この場にいる全員が息を呑んだだろう。目の前には無数のミイラが転がっていた。

 

 白金魔導研究所でも似たようなものを見てしまったが、あの時とは比べ物にならないくらい濃密な死の匂いというものが漂っているのを感じる。

 

「こいつら……所持してる道具から察するに、全員が魔術師なのか? 一体こんな所で何があったんだ?」

 

 グレン先生の観察じゃみんながみんな魔術師らしく、しかも何故か生前に身体の一部を切り取られたのか、どのミイラも体の一部が欠損していた。

 

「せ、先生……」

 

「っ……! ……さて、行くぞお前らっ! こんな辛気臭ぇ所なんざオサラバしようぜ!」

 

 グレン先生が先導しようとした時、背後のT字路の曲がり角から金髪が見えた。

 

「セリカ……? セリカかっ!? おい、一体どうし──」

 

 アルフォネア教授かと思って駆けよろうとしたグレン先生だったが、ほんの数歩で止まった。その金髪は首と右腕以外何もなかった。

 

 顔も全く生気はなく、眼球もなく、欠損した面から内臓を垂らしながらズルズルと這いずっていた。

 

「いやあああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 そんなゾンビ映画が如くショッキングな光景にシスティが堪らずに悲鳴をあげた。それと同時にゾンビ女が右腕を物凄い勢いで動かして地面を滑り、グレン先生へと飛びかかって首を絞める。

 

「先生っ!?」

 

『憎イ──憎イ──憎イ────ッ! アノ女ッ……アノ女サエイナケレバ──ッ!』

 

 ゾンビ女は人間が出すものとは思えない声を上げながら意味不明な言葉を叫んでグレン先生の首を絞め上げる。

 

「ぐ……か……っ!」

 

「この……グレンから離れ──」

 

 リィエルが大剣で斬りかかろうとするが、途中で地面や壁から生えた手によって壁に縛り付けられる。

 

「い、痛い……っ! 離して……!」

 

 驚異的な腕力に定評のあるリィエルですら振り切れない程の力とは……覚悟してたつもりだったが、この遺跡は本当にヤバイかもしれない。

 

「先生っ! リィエルッ! くっ……『光在れ・穢れを祓い──」

 

 二人を救うためにシスティが祓魔の呪文を唱えようとするも、その足を別のゾンビが掴んだ。

 

「きゃああああぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 勿論、呪文は途中でキャンセルされ、二人を助けるどころかシスティも加わって更にピンチになる。

 

「この……ぐっ!?」

 

 せめてリィエルかグレン先生のどっちかでも助けられないかと駆けつけようとするも、こっちにもゾンビや奇怪な腕が縛り付けてくる。

 

「ぐあっ……!」

 

 とんでもない力だ……。腕のみならず、顔や口までふさがれてとても呪文なんて唱えられる状態じゃない。

 

 窒息すらしそうな崖っぷちの状態まで追い詰められた時だった。

 

「『光在れ・穢れを祓い給え・清め給え』!」

 

 多数の腕の隙間の向こうで眩い光が周囲を明るくした。

 

「…………っ!」

 

 あれを見てから、頭の中にあるイメージが浮かんだ。

 

 俺はどうにか力の限りを尽くして左手を胸ポケットに触れさせる。すると、そこを中心に眩い光がゾンビや腕を消滅させた。

 

「ぷは……っ!」

 

 視界が回復した先では明るい橙色の炎がゾンビ達を焼き払った。

 

「今の……[セイント・ファイア]か? ルミア、お前そんな高位司祭が使うような高等浄化呪文を使えたのか……?」

 

「はい……昔、王室教育の一環として、お母さんから習ったんです……。私ではまだこの香油を触媒にしないととても唱えられませんけど……」

 

「ルミア、その香油って……女王陛下から御守り代わりにってもらった大切なものじゃ……」

 

「いいの。みんなを助けるためだもの……お母さんだってきっと納得してくれるよ」

 

 どうやらルミアがさっきの浄化魔術唱えるために女王陛下から貰ったものを触媒にしたのをシスティが気遣ったが、本人は至って柔和な笑みを浮かべていた。

 

「おい、リョウ……」

 

「はい?」

 

「お前……さっきのは何だ?」

 

「さっきの……」

 

 多分、さっきの光の事を言ってるんだろう。他は気づいてなかったのか、俺はグレン先生以外に見られないよう胸ポケットにあったものをグレン先生に見せる。

 

「それは……」

 

 俺が出したのは俺がこの世界の人間じゃない事を明かすと同時に見せたカード……その内の一枚。赤と紫に彩られた戦士の描かれたカードだ。

 

「お前、前から疑問だったんだが……これって一体何なんだ……?」

 

「…………」

 

 そんなのは俺が知りたかった。何故ただのおもちゃでしかなかったカードでこんな事が出来るのか。

 

「……いや、それも今はどうだっていい。正直、この雰囲気に呑まれて色々参っちまったかもしんねえ。もうさっきみたいな無様晒したりしねえ」

 

 グレン先生はさっきの疑問は外に追いやって今は目の前の事のみに集中しようと再び先導する。

 

 道を進む途中でさっきと同じようなゾンビ達が群がって来てシスティは得意の風属性の魔術で退け、ルミアの浄化魔術で昇天させ、リィエルと俺で二人の呪文を紡ぐ時間を稼ぐ。

 

 その連携のお陰で比較的安全に遺跡を進む事が出来た。

 

「しっかし……一体何処なんだ、ここは?」

 

「ですね。迷路みたいなものもあれば、居住区みたいな場所もありましたし……」

 

「しかも、随分下った筈なのに、地面らしいもんも見えないし……むしろ空が広く感じるし」

 

 そもそもまるで空にでも浮かんでいるかのような目線の高さだし……もしかしたらあの天文神殿は本当に時空転移魔術の儀式場であそこはこの塔に向かうための扉の役目をしていたのか。

 

「……っ!? これは、戦闘音?」

 

「先生……」

 

「ああ、恐らくセリカだ……!」

 

 通路の向こうから轟音が聞こえ、大急ぎで向かうとまるで闘技場のような所に出て、その中心でアルフォネア教授がゾンビ軍団と闘っていた。

 

 雷撃と爆炎、凍気の嵐が次々と群がるゾンビ達を蹴散らしながらもゾンビ達は尚もアルフォネア教授へ迫って来る。

 

 いや、まるで憎んでるかのように次々と湧いて来るゾンビ達だが、ある方向……闘技場の一角に見える巨大な扉に行かせまいと立ち塞がってるようにも見える。

 

 だが、そんな数の暴力をアルフォネア教授は眼前に地獄の入り口とでも言うような穴を広げ、ゾンビ達をそこへ突き落とした。

 

「セリカッ!」

 

 亡者達が消えて沈黙が支配した場にグレン先生が早足でアルフォネア教授に駆け寄った。

 

「……グレン? お前、何でここに?」

 

「何でって……そりゃこっちの台詞だ! 何一人でこんな所突っ込んだんだ!? とにかく、帰るぞ! 俺は別にお前の事なんざ心配しちゃいなかったが、あいつらがやたら心配してたから仕方なくな! 俺は別に心配しちゃいないが!」

 

「先生、二回も言わなくたって……」

 

「まったく、素直じゃないわね」

 

「それをお前が言うか……」

 

 ようやくアルフォネア教授を見つけてホッとし、いつもの和気藹々とした場所に戻れると思った時だった。

 

「そうだ……グレン! やったんだ……ようやく見つけたんだ!」

 

 安堵したグレン先生にアルフォネア教授がやたら明るい声で言った。

 

「はぁ……? 見つけたって、何を?」

 

「私の失われた過去の手がかりだ!」

 

「……なんだと?」

 

 その内容に全員が息を呑んだ。そういえばこの人は、数えて四百年前から以前の記憶が無いまま悠久の時を生きてきた不死者(イモータル)らしく、そうなった原因は本人ですらわからないらしい。

 

 その手掛かりがこんな所に……?

 

「思い出したんだ……あの異空間の扉、『星の回廊』を見てから。まだ全部じゃないが、私は昔、あそこを行き来していたんだ! 間違いない! そこはなんとなく覚えてる!」

 

「おい、セリカ……」

 

「今の今まで何一つ思い出せなかったのに……こんな事、四百年の間で初めてなんだ! それに、お前……ここが何処だかわかるか!?」

 

「何処って……どっかの塔って事くらいしかわかんねえぞ」

 

 確かに、見た感じではそんなもんだし、あんな景色に繋がるような地理関係は思い当たらない。地球から来た俺はともかく、システィやルミアだって知らない風だったしな。

 

「実はここはな……アルザーノ帝国魔術学院の地下迷宮なんだよ!」

 

「……は?」

 

 地下……? 明らかに空が広がってるこの塔が地下? しかも、地下迷宮って……以前、ヒューイ先生が言ってた場所だ。

 

 確か、学生の実技演習でも使われるものでもあるが、一定の層から一気に危険度の高まる地獄とも言えるような場所だったな。

 

 そして、最強と謳われるアルフォネア教授ですら四十辺りで引き返せざるを得ない程の難易度だと言う。そしてここはその倍は深い所だという。

 

 天文神殿が何故学院の地下に……いや、学院の地下迷宮の扉も天文神殿で見たあの空間の穴も同じような場所に行くための門だとすれば……今のところ考えられる事はただ一つだ。

 

 『メルガリウスの城』……。帝国の上空に浮かぶ浮遊城で特殊な結界があらゆる者の行く手を拒み、未だに全容の見えない最大の古代遺物。システィが必死に追っている謎の頂点とも言えるもの。

 

 地下迷宮と天文神殿の扉がどっちもそこに繋がっているのだとすれば……いや、そもそも何でそんな風に作る必要がある? 何であの浮遊城が大地から離れた?

 

 そんな疑問ばかりが頭を占めていく。

 

「そうだ……あそこ、あの門だ……あの門の向こうに、私の全てが……」

 

「やめろ」

 

 そんな疑問を他所にアルフォネア教授が吸い寄せられるように闘技場の一角にある扉に行こうとするのをグレン先生が止める。

 

「……グレン?」

 

「行くな。帰るんだ、セリカ」

 

「な、何でだよ? ようやく、私の手掛かりを掴んだんだぞ? もう少しで……私の事がわかるかもしれないんだ」

 

「何であの門の向こうにそんなのがあるんだって言うのか、俺にはわからん。だが、それでもわかる事と言ったら……セリカ、お前の過去は多分……本気でロクでもないもんだ。こっちに入ってからうじゃうじゃ湧いてきた連中はみんな誰かを酷く恨んでいた」

 

 そういえば、みんな特定の誰かを憎むような言葉を口にしていた。まあ、見境なしに俺達を襲っていたが。

 

「けど、ここでお前と闘っている姿を見て確信した。連中が恨んでいたのは、セリカ……お前だ」

 

「……っ!」

 

「一体何をどうしたらあんな異形共に恨まれるのか、一流の作家でも想像仕切れないぞ。まあ、そんなのはどうだっていい。お前の過去だとか、あのクソ亡霊共が何の理由があってお前を恨んでるかだとか、俺の知った事じゃねえ。お前は俺の……師匠だ。それは過去も未来も変わらねえ」

 

「でも、それじゃあ……グレン、私は……」

 

「忘れちまえばいいだろ、セリカ。お前が何者だって、俺は……」

 

「いやだ……いやだ、嫌だっ!」

 

 グレン先生の言葉も聞かず、アルフォネア教授が何かに取り憑かれるように門へ向かう。

 

「おい、セリカ!」

 

「それじゃあ駄目なんだ! だって、それじゃあ、私はいつまで経っても……っ!」

 

 その顔はとても悲痛に満ちていた。そして、焦りを募らせたままアルフォネア教授は呪文を紡ぎ、いつかグレン先生が使っていた極太の光波熱戦の魔術を門に向けて撃ち放った。

 

 だが、そんな魔術を軽々と射ち放ちながら門には傷ひとつ付いていなかった。

 

「何で……? 何でぶっ壊せないんだよ!」

 

「落ち着け、セリカ! らしくねえぞ! 霊素皮膜処理を忘れたか? 古代の建造物は現在の物理的、魔術的な手段は通用しねえんだ」

 

「離せ、離せよグレン!」

 

 傷ひとつ付かない門に苛立って拳を叩きつけるアルフォネア教授をグレン先生が後ろから必死に掴んで止める。

 

「一体何が不満なんだよ! 何でそんなに過去の記憶なんかに拘るんだよ! そんなに大事なのか? 現在(いま)より、失くなった過去がそんなに大事なのか……?」

 

「…………っ!」

 

 グレン先生の必死の言葉にアルフォネア教授が苦しそうに俯いた時だった。

 

『その尊き門に触れるな、下郎共が』

 

 突然、この場にいる誰のものでもない第三者の声が響いた。

 

『愚者や門番がこの門、潜る事、能わず。地の民と天人のみが能う──汝らに資格なし』

 

 その言葉と共に闘技場の中心から影がその性質のまま形作ったような人型の何かが出現した。

 

「ひ……っ!?」

 

「せ、先生……あの人……」

 

「ぐ……っ!」

 

 影が出現したかと思ったらシスティやゾンビ達に全く怯まなかったルミアも、平静を保ち続けていたリィエルですら青ざめた顔をしていた。

 

「おい、お前ら……大丈夫か!?」

 

 俺はみんなを揺さぶるが、リィエルはともかくシスティとルミアが震えるばかりで全く動けずにいた。

 

「おい、リョウ……お前は、動けるのか?」

 

「え? あ、はい……」

 

「く……だったら丁度いい。あいつは明らかにヤバイ奴だ。俺とセリカでどうにか隙を──」

 

「はっ! 誰だ、お前?」

 

 グレン先生が作戦を伝えようとしたところに、アルフォネア教授がズシズシと影に近寄る。

 

「ばっ! セリカ!」

 

「丁度いい。会話が出来るんだったら教えろ。どうしたらあの門を開けるんだ?答えなければ消すぞ」

 

 突然の行動に焦るグレン先生に目もくれずに影に尋ねるアルフォネア教授を見た影が驚くような仕草を見せる。

 

『貴方は……セリカ?おう……遂に戻られたか、(セリカ)よ。我が主に相応しき者よ』

 

「……は?」

 

『だが、嘗ての貴方からは想像もつかない程のその凋落ぶり。去れ……今の汝に、門を潜る資格なし』

 

「待てよ、お前は私を知ってるのか?」

 

『去れ……今の汝に用はなし』

 

 すると影は何時の間にか両手に持ってた漆黒と紅の剣を構えて禍々しい魔力と殺意を漲らせる。

 

『愚者の民よ……この聖域に足を踏み入れた以上、生きて帰れると思うな。汝らはただ、この双刀の錆となれ』

 

 言葉と共に発された殺気にシスティとルミアが生まれたての子鹿のように足を震わせる。

 

「この……っ! 人の話を、聞けよっ!」

 

「なっ……!? よせ、セリカ! こいつの異常性がわからねえのか!?」

 

「『くたばれ』っ!」

 

 グレン先生の叫びも聞こえないのか、アルフォネア教授が超高温の紅炎を影に向けて放つ。

 

『まるで、児戯』

 

 だが、影は左手に掴む紅刀を奮って紅炎を霧散させる。

 

「なっ……!?」

 

「はっ! 対抗呪文の腕は中々だなっ!」

 

「違う! 冷静になれ! アレはそんなんじゃねえ!」

 

「はああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 魔術が効かないと見ると、アルフォネア教授はシャドウ・ウルフを倒すのに使っていたミスリルの剣を構えて影に斬りかかる。

 

『借り物の技と剣で粋がるか……恥を知れっ!』

 

 影が紅刀を再び振り抜くと、アルフォネア教授の動きが停止した。

 

「……な? 何だ、これ……? 私の術が……解呪されてる?」

 

『……我が左の紅き魔刀、魔術師殺し(ウィ・ザイヤ)。そのような小賢しい児戯は我には通じぬ。だが、その剣の誠なる主には敬意を表する。今は亡きその剣の使い手たる愚者の民……人の身でありながら、よくぞその領域まで練り上げた。だが、(セリカ)よ……汝は何処まで堕ちた? 我は汝に対する失望と憤怒を抑えきれぬ……っ!』

 

「この──っ!」

 

 アルフォネア教授が今度は超電磁砲みたいな紫電の砲撃を撃ち放つが、それも影の紅刀によって霧散してしまう。そして、その姿が一瞬にして消えると気づいた時には既にアルフォネア教授の後ろに来ていた。

 

「くっ……!」

 

 ギリギリの所で気づき、背中を黒刀が擦りながらも回避したアルフォネア教授だったが、次の瞬間には力が抜けたように倒れこんだ。

 

「な……何だ? 力が……」

 

『我が右の黒き魔刀、魂喰らい(ソ・ルート)。これに触れた貴様は最早終わりだ』

 

 影が纏う魔力が更に勢いを増しながら倒れこんだアルフォネア教授へ近づく。

 

『見込違いだったか……今の汝に我が主たる資格なし。神妙に逝ね』

 

 影が黒刀をアルフォネア教授へ今にも振り下ろそうしていた時だった。

 

「ざっけんなテメェェェェェェェェェェェッ!」

 

 最悪の瞬間が訪れる寸前でグレン先生が拳銃を連射して影を退けた。

 

『ぐ……っ! 何だ、その道具は爆裂の魔術で鉛玉を飛ばす魔導器か……猪口才なっ!』

 

 こいつ……銃を知らない? どれだけの期間この遺跡で過ごしていたんだ……?

 

「くっそ! 心臓撃ち抜いた筈なのに、何で平然としてんだコイツはっ!」

 

『良かろう……愚者の牙で何処まで抗えるか、存分に試すがいい!』

 

「システィ! リョウ君っ!」

 

 グレン先生が弾を再装填する前に斬りかかったところでルミアが俺とシスティの肩に触れて異能を発動させる。

 

「『海霧』っ!」

 

「『集え暴風・戦鎚となりて・打ち据えよ』ッ!」

 

 俺の水をシスティの風に巻き込んで影を退けようと迫っていくが……。

 

『……児戯』

 

 それもただの一振りで霧散されてしまう。

 

「嘘っ!? ルミアの力を乗せても駄目なの!?」

 

「問題ない! いいいいいいやああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 リィエルが自慢の大剣を翳すも、それは魔術で造られた物で奴の紅刀で瞬く間に砕け散る。

 

 だが、その砕け散った破片が影の目を覆い、その隙を突いてリィエルはアルフォネア教授が手放したミスリルの剣を手に取って台風の如く斬り上げた。

 

『……見事なり』

 

 だが、それを受けながらも影は倒れるどころか堪えもしなかった。

 

『まさか、愚者の民草に二つも持っていかれるとは……我も未だに未熟か』

 

 奴の言い方に何処か引っかかりを感じる。

 

『ここまで来た褒美だ、愚者の民草らよ。我が攻勢にて、塵と消えよ! ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎──ッ!』

 

 影が形容し難い発音を紡ぐと、その頭上に紅いエネルギー体が出現する。それから規模を大きくしていき、高い熱を帯びていく。まるで小さな太陽だった。

 

 アレから感じる力はアルフォネア教授の使っていた軍用魔術の比じゃない。アレをまともに受ければこの場にいる者全員が奴の言う通り塵へと還る事になるだろう。

 

 次の瞬間にでも放たれんとする力を前にルミア達も立ち尽くし、グレン先生も固有魔術を発動すべきか一瞬躊躇った。

 

 その間に向うの魔術が完成したのか、撃たれる寸前だった。

 

『……逝ね』

 

 遂に影が太陽のようなエネルギー体を撃ち放った。

 

『──ぬうっ!?』

 

 だが、そのエネルギー体は蒼い光の軌跡によって斬り裂かれた。

 

 一体誰がと思って僅かに残った光の軌跡に視線を走らせ……最終的に俺に向いた。

 

「リ、リョウ……?」

 

「その姿……?」

 

 みんなが俺を見て目を開いていた。今の俺は制服がいつも以上に蒼く、まるで深海を思わせる色に満ち、所々に金色のラインが描かれていた。

 

「……先生、みんなを連れて逃げてください」 

 

「なっ!? バカかっ! さっきの見たろ! どう考えても一人で勝てる相手じゃねえだろ!」

 

「けど、こっちの魔術は何一つ通用しない! 何度攻撃を入れても死なない! 逆に向こうは圧倒的な武力ととんでもない火力の魔術を使う! だったらもう()()しかないんですよ!」

 

 多分、()()を使ったとしても勝てる見込みはないと思う。だが、みんなを逃す時間を稼ぐくらいは出来るかもしれない。

 

「だとしても! 生徒を置いて行けるかっ!」

 

「生徒とか教師とか言ってる場合かっ! 第一、あんたのアレを使って俺のコレを使ったとしても逆にこっちが不利になるだけだってのはあんただってわかってるだろう!」

 

「っ! それは……」

 

「せめてみんなが向こうに戻る時間くらいは稼ぐっ! みんなを連れてさっさと行けっ!」

 

「……っ! わかった……でも、これだけは約束しろ。勝てなくてもいい……けど、絶対に死ぬなよ」

 

「…………わかりました」

 

「ぐ……っ! お前ら、行くぞ!」

 

「そんな……先生っ! いくらなんでも……」

 

「少しでも生存率を上げるにはもうこれしかねえんだ! アイツの気持ちを無駄にすんな!」

 

「でも……っ!」

 

「リィエル! ルミアを頼む! 行くぞ!」

 

 グレン先生はアルフォネア教授を背負い、まだ反対するルミアをリィエルが担ぎ、システィは時折こっちを気にしながら通路の向こうへと消えていった。

 

「……意外と律儀なのかな? 正直、いつ攻撃されるかと警戒MAXだったんだけど」

 

『勝てる見込みがないと知りながら仲間を逃す汝の意を汲んだだけだ。そも、全員を纏めて塵に還すも、汝を倒してから向こうを追うも……遅いか早いかの違いに過ぎん』

 

「あっそ……精々その調子で舐めたままでいてほしいけど」

 

 俺は肩を落としながら左手を胸ポケットに持っていき、一枚のカードを取り出す。

 

「悪いけど、こっちは時間もないんだ。速攻で行かせてもらうよ」

 

 手に持ったカードを蒼く輝かせながら啖呵を切ってやった。


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