ロクでもない魔術に光あれ   作:やのくちひろし

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第29話

『どうした……先の勢いは何処へ行った?』

 

 グレン先生達を逃してから目の前の双刀使いの影と戦っているが、とんでもない剣捌きだった。

 

 魔術を破壊する紅い剣と多分何かの呪いみたいなのを帯びてるだろう黒い剣……更にリィエル以上の身体能力を誇る相手にこうして戦えてるだけでも奇跡的だ。

 

 もっとも、これは俺に力を貸してくれてる存在のおかげなのだが。

 

『来ぬなら、そのまま無駄な抵抗なく散れい』

 

 言いながら影は黒い方の剣を構えて向かってくる。あれに触れればさっきのアルフォネア教授みたいに一発で戦闘不能に追いやられるだろう。

 

 俺は左手に蒼い光剣を顕現させ、抜刀前の居合いのような構えを取る。

 

 そして爪先に力を入れ、人間離れした脚力で一気に間合いを詰める。影は紅い方の剣で俺の攻撃を無効化しようと思ったのだろうが、その防御法は悪手だ。

 

『ぬう……っ!?』

 

 蒼い光剣は消される事もなく、不意を突いた斬撃で影の態勢が崩れたところに逆袈裟に斬り下ろす。影はすんでのところで飛び退いただけで傷はなかった。

 

『くっ……貴様、それは愚者の牙ではない……!?』

 

 完全に俺の使ったコレが魔術の類いだろうと勘違いしていた影は若干の苛立ちを込めながら呟く。

 

 俺が今使ったのは接近戦用に使ってる魔術の[フォトン・ブレード]ではなく、俺が現在纏っている力、『ウルトラマンアグル』の力によるもの。

 

 あの村で起こった事件以降、俺の持っていたカードの内……この『アグル』を含めた『ティガ』、『ダイナ』、『ガイア』の四枚の力を自分に憑依……と言えばいいのだろうか。この制服に付与されてる魔術を上書きしたような状態で力を借りる事が出来るようになった。

 

 あれから自分の魔術の精度を上げるための勉強も並行してわかってきた事だが、俺の魔術特性、『器の変革・調節』は魔導具の作成やら改造やらで効果を発揮しやすいというのがシューザー教授談だ。

 

 今の俺の魔術では簡単な魔導具しか出来ないものの、ウルトラマンの力を使えばこの制服の上にその力を纏わせる事が出来るようだ。もっとも、上書きというわけだから元々制服に付与されていた[トライ・レジスト]や体温調節、物理保護やらの魔術は一時消失する事になるわけだが、ウルトラマン達の能力を考えれば魔術はともかく、物理的な防御面は元よりも遥かに優っている。

 

 特にこういった物理優先な強敵相手ならそれなりに戦える。オマケで魔術とは違うから影の使う紅い剣も意味をなさないので今回はその不意を突けたわけだ。

 

 しかし、例え致命傷を負わせたとしても、向こうは何故かピンピンしている。

 

 もし、あいつの不死身っぷりが何処ぞのギリシャ神話の英雄みたいな能力だとして、あと何回致命傷負わせればいいのか見当もつかなくて嫌になるが、今は少しでも削るしかない。残り時間もそんなに余裕はないからな。

 

「『ダイナ』っ!」

 

 とにかく速攻……身に纏う力を『アグル』の物から『ダイナ』に変更し、制服の色が上が赤、下が青、マントが金と銀の色に染まった。

 

 力を纏ったと同時に駆け出し、左手から青白い光刃を三連射して牽制する。

 

『猪口才なっ!?』

 

 もう俺の攻撃が魔術によるものではないと理解しただろう、影は双刀を振るって光刃を叩き落とす。

 

 影が双刀を振るう間に距離を詰め、左手に光の刃車を顕現して投げ放つ。

 

『ふんっ!』

 

 光の刃車を紅い剣で斬り落とし、黒い剣を俺に向けて突き出してくる。その瞬間を狙った。

 

「ここだっ!」

 

『な……っ!?』

 

 眩い光を放つと共に青い光が三方向へと別れる。それらは全て俺……制服を青と銀に染めた三人の俺が目にも止まらないスピードで三方向から攻撃を仕掛ける。

 

 またも通常の魔術師では考えられないだろう攻撃法に影が咄嗟に防御するが、両手が塞がった所に背後に回った本体の俺が青く光らせた左手で袈裟斬りする。

 

 分身を消して距離を取り、纏った力を一旦引っ込めていつもの状態に戻る。時間はもう少しあるのだが、不意を付けるだろう攻撃法は今はあれくらいしか思いつかないので、今は無駄に力を持続させるのは危険だと思った。

 

 しかし、グレン先生の銃撃、リィエルの斬撃、俺の二回の攻撃を入れてまだ倒れない……一体後何回倒せば終わるのやら、軽く絶望感が漂う。

 

『その力……そうか、ソレは…………なるほど、我が討たれるのも当然。借り物であれど、見事な……しかし、それ故に赦さんっ!』

 

 影の纏う空気が一気に震えを増し、顔はわからないが、その様子からして相当の怒りを表してるというのはわかる。

 

『愚者がっ! 天空より遥か先に住まう天神の力を簒奪したか……恥を知れい!』

 

「……は?」

 

 影が放った言葉に引っかかりを覚えた。

 

「お前……コレの事を知って──」

 

『最早一片の容赦も要らん! 神妙に逝ねっ!』

 

「なっ!?」

 

 俺の言葉も聞かずに突進してきた影の攻撃を俺は咄嗟に跳躍する事で回避した。だが、影の攻撃のスピードもパワーもさっきまでとは比較にならない程に強烈だった。

 

『ほう……今のを躱すか。盗っ人の愚者の割にはよく動ける』

 

 影は余裕を持ちながら話すが、こっちにはそれに答える場合なんてなかった。ウルトラマンの力を引っ込めたのは完全に間違いだった。

 

 奴の力量を舐めていたなんてつもりはなかったが、こっちはウルトラマンの力まで使って全力で削ったというのに、向こうはついさっきまでずっと手加減した状態だったのだ。

 

 理由は知らないが、俺のこの力に憤りを抱いてから全力を出し始めた。

 

 正直、全力の影を前にもう一度ウルトラマンの力を纏う余裕なんて与えてくれそうにない。とにかく逃げに徹して少しでも時間を稼ぐくらいしか出来ない。

 

 それからはとにかく回避に徹しながら通路を駆け、時折何かの広場みたいな所にも出るが、奴の全力があまりにも凄まじ過ぎてあっという間に疲労困憊となってしまう。

 

『最早ここまでか……盗っ人の愚者でありながら我をひとたび殺し、ここまで耐えた事には称賛を送ろう。今ここで潔く逝ねっ!』

 

 影が黒い剣を構えて距離を詰めたところだった。

 

「『猛き雷帝よ・極光の閃槍以って・刺し穿て』っ!」

 

 聞き慣れた声による呪文と共に紫電の槍が影目掛けて飛来し、紅い剣でそれを霧散させた隙に距離を取った。

 

「いいいいぃぃぃぃやああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

『ぬっ!?』

 

 更に気合いの込もった声を上げながらアルフォネア教授が持っていたミスリルの剣を構えたリィエルが勢いよく影に飛びかかった。

 

「リョウ、遅れてスマンッ! 真打ち登場だっ!」

 

 そんな声を共に俺の肩に手を置くのはグレン先生……それに続いてシスティとルミアが肩を揺らしながら駆け寄って来た。

 

「リョウ君、大丈夫っ!?」

 

「あんた、よく無事だったわ……」

 

「み、みんな……何で?」

 

「何でも何も、生徒置いてトンズラする教師が何処にいんだ。それに、あいつらとも約束したしな……みんなで戻るって」

 

 ルミアの回復呪文を受けながらグレン先生の一言で嬉しいという気持ちも出るが、同時に来て欲しくなかったという矛盾した気持ちが俺の心を占めた。

 

「でも、あいつはとんでもなさ過ぎです! あれだけの実力でついさっきまで手加減状態だったし、オマケに何度やっても倒れないんですよ!」

 

「それなんだけど、リョウ……あいつの不死身っぷりも正体もわかったの!」

 

「え……?」

 

 あの影の事を説明しようとしたところに何かの本を持ったシスティの驚きの一言が割って入ってきた。

 

「あぁ、正直まだ信じられんが……白猫が言うには、アイツはその本に出てくる登場キャラクターの一人でその命も無限じゃないらしい」

 

「何だそりゃ……じゃあ、何か? 俺の予想通り本当にギリシャ神話みたく大昔の英霊でどっかで受けただろう試練の分命のストックがあるってこと?」

 

「そのギリシャ神話っていうのは知らないけど、そんな感じ。あいつの正体はアール=カーンって言って、十三の命を持ってるの。でも、この本の内容によれば過去に七度倒されて、先生とリィエルの攻撃で二度……だから、あいつの命はあと四つよ」

 

 システィの言葉でようやくあいつの不死身っぷりにも確信が持てた。システィが持ってる本の内容も気になるが、それは終わった後でじっくり聞けばいい。

 

 俺は呼吸を整えてゆっくりと立ち上がる。

 

「だったらこっちからも朗報……あいつの残りの命は後三つ。先生達を逃してからどうにか攻撃入れられたので」

 

 俺からの情報にグレン先生達が驚愕した。

 

「お、おま……まだ確信しちゃいねえが、アール=カーンを相手に一回とはいえ討ち取ったのかよ」

 

「けど、ついさっきから向こうもお怒りの本気モードなのでこれまで以上に厄介ですよ……」

 

「おま、怒らせたって……一体、俺らがいない間あいつに何したんだよ?」

 

「何って……」

 

 向こうは何故かウルトラマンの事知ってるみたいな発言してたけど、そんな話をする余裕はない。

 

「いや、今はいい……とりあえずお前は休みながらも援護頼むわ」

 

 そう言ってグレン先生は[ウェポン・エンチャント]を拳に纏って影、アール=カーンの右を取り、リィエルが左側から大剣で攻め立てる。アール=カーンが向きを変えても、その直後には二人が場所を入れ替えて二人は同じ方向からの攻撃を続ける。

 

「なあ、さっきから思うんだけど……二人の陣取りがおかしくないか? いや、多分奴の剣の効果への対策だってのはわかるけど……もし、それに気づいて剣を持ち替えでもしたら」

 

「多分、それはないと思う。あの剣は決められた手に持たないとその効果を発揮できないから」

 

 随分確信めいた言い方だが、それもシスティの本の中にあった記述のひとつだろう。さっきからグレン先生が挑発を交えながら攻撃してるが、アール=カーンは若干の苛立ちを覚えながらも剣を入れ替えない事からそれは当たりだったようだ。

 

 だが、剣を封じるだけではダメだった。アール=カーンは剣戟のみならず、体術まで織り交ぜ、二人を壁面へ叩きつける。

 

 それから片方に狙いを定めればシスティが[ライトニング・ピアス]でフォローを入れ、その間にルミアが白魔[ライフ・ウェイブ]で二人の傷を癒す。

 

 そして再び対峙し、グレン先生が懐から銃を取り出すとアール=カーンが紅い剣で銃口を逸らすと共にカチンという虚しい金属音が響いた。それを聞くとアール=カーンは即座に背後を振り返ってリィエルの相手をしようとした所にガガガンッ! と、三つの銃声が瞬く間に響くと共に左手に持っていた黒い剣がアール=カーンの手から離れた。

 

 さっきの金属音は恐らく、最初から弾を込めていない部分を回しただけだったのだろう。グレン先生が相手取っていた黒ではなく、紅い剣で銃を弾いた事からさっき銃を魔導具と勘違いしていた事を利用したんだろう。

 

 それが幸いして現状厄介な方の剣を無力化させて敵の攻撃力を半減させようという事なんだろう。アール=カーンは剣を取りに向かうが、システィの風の魔術で剣は遠くへ吹き飛ぶ。

 

 更に剣を取り戻そうとした所で突進してきたリィエルの大剣がアール=カーンを襲い、グレン先生も銃を発砲し、更に態勢が崩れた所にシスティとルミアの連携で目眩し。視界を封じた所にリィエルの力押しの斬撃が炸裂した。

 

『くっ……!』

 

 アール=カーンは不利を悟って距離を取ると、呪文を紡ぐ。

 

『⬛️⬛️⬛️⬛️──』

 

 そして、さっきの黒い太陽のようなものが奴の頭上に現れた。

 

「させるかよっ!」

 

『⬛️⬛️⬛️……なっ!?』

 

 頭上の太陽が突然消えて狼狽えた所にシスティが[ライトニング・ピアス]で心臓を撃ち抜いた。

 

「ふう……これでようやくだぜ」

 

『き、貴様……今、何をしたのだ……っ!?』

 

「悪いなぁ……実は俺、『相手の魔術だけを遠距離から一方的に封殺出来る魔術』を持ってたんだわ。ま、チートってんならそれはお互い様だ」

 

『く……愚者の牙でそのような事が……』

 

 いや、明らかに嘘だ。グレン先生の[愚者の世界]はそんな御都合主義みたいなものではなかったが、遠距離からシスティ達の援護を受けてるという状況をこれでもかというくらい見せつけてからのこの固有魔術。

 

 何も知らない向こうからすれば信じるしかない状況なんだろう。

 

「さて、これで最後の一つ……だよな? アール=カーン……? もう三つも削ったんだから、あんたももう後がないんじゃないのか?」

 

『…………ふっ。簒奪者のみならず、愚者の民の牙も中々……よかろう。汝らも、我が障害と改めて知り、全力で向かおう』

 

 さっきの俺に向けた怒りよりも大きな気迫……だが、それでいて静かな……まるで津波や雪崩に巻き込まれんとする状況をじっと見てるって感じだな。

 

「さて、残り一つまで追い込んで牙の片方も落として断然俺らの有利なわけだが、それでもまだ油断はならねえからな。リョウ……少しは休めたか?」

 

「はい……さっきは出し惜しみしちゃったので、まだもう少しだけ使えます」

 

 俺はウルトラマンのカードを見せてまだ戦線に加われる事を告げる。

 

「だったらやる事は単純だ。お前とリィエルは力のゴリ押しで行け。後は俺らでフォローしてやる」

 

 つまりは短期決戦……いたずらに時間を引き延ばしたところで圧倒的なポテンシャルを誇るアール=カーンを有利にしてしまうだけ。ならば、優勢だと見たここらで一気に勝負を付けようという事だ。

 

「『ティガ』……!」

 

 俺は『ウルトラマンティガ』のカードを翳し、制服の外側が青紫、中央が赤、マントに金と銀のラインがはしった。

 

「おっしゃ、こっからが正念場だっ! お前ら、キッチリついて来いやぁ!」

 

 グレン先生が駆け出すのに合わせ、再び戦いの幕が開いた。だが、光明が差したと思えたこの優勢もあっという間に覆される事になった。

 

 最初の内はいい勝負は出来たと思う。元からポテンシャルの高いリィエルの剣戟とウルトラマンの力を纏った俺が白兵戦を挑む事で隙を作り、グレン先生の銃撃とルミアの力を借りたシスティの魔術で討ち取ろうという算段だったが、アール=カーンの力は俺達の想像を遥かに超えていた。

 

 リィエルの剣戟も、強化された俺の攻撃も、全てを圧倒的な剣技でいなされ反撃を受け、遠距離からの射撃も剣一本で防ぎ、今度は体術の割合も多くなり、驚異的な脚力が俺達の身体を一気にレッドゾーン域までのダメージを与え、ルミアの治癒魔術を受けるもすぐに劣勢に逆戻りしてしまう。

 

 それが何回かループする内に限界が訪れ、俺の身体から『ティガ』の力が抜け、その瞬間にはリィエルとアール=カーンの剣戟の余波で吹き飛んだ。

 

 一度ウルトラマンの力を使い切れば半日は使えなくなってしまう。そうなっては申し訳程度の魔術しか使えなくなってしまう。だが、俺の持ってる魔術では奴の命を刈り取るのは無理なため、せめて援護だけでもと思うも俺の魔術も全てがあっという間に霧散されてしまうので劣勢の一方だった。

 

 それも何回か繰り返す内にグレン先生もリィエルも満身創痍となり、システィも五感と反射神経を強化するために改変した[フィジカル・ブースト]を常時発動しながらの精密な射撃を繰り返し、ルミアも何回も二人を治癒したためにマナ欠乏症に追い込まれた。

 

 そんな中で唯一アール=カーンは未だに余力を残してるのか、平然と立っていた。

 

『……なるほど、そういう事か』

 

 そこで何を理解したのか、その場から跳躍して高台へと躍り出た。

 

『小細工と虚言だけでよくぞ我とここまで戦えた。汝らは愚者の民でありながら……恥知らずの簒奪者でありながらも間違いなく強者だ! その褒美に、苦痛なき死をっ!』

 

 アール=カーンがまたあのよくわからない呪文を紡ぐと頭上に黒い太陽が出現した。グレン先生の固有魔術のカラクリがバレ、その範囲外から一気に殲滅するつもりだ。

 

「させるかテメェ────ッ!」

 

「先生っ!?」

 

『いと、往生際悪し! 晩節を汚すな、愚者がっ!』

 

 飛び出したグレン先生にアール=カーンが紅い剣を投擲してそれを止めようとする。考えなしに飛び出したために最早避ける事は叶わない軌道、距離、時間だった。

 

 例えみんなが魔術を使えるとしても到底間に合わない。

 

 今にも到達せんかという刹那の中、システィやルミアの悲鳴と絶望寸前の悲痛な表情が目に入った。それを見て思い出すのは子供達の顔だった。

 

 天使の塵(エンジェル・ダスト)で理性を失い、人間としての生を理不尽に終わらせる事を強いられた人達を失い、泣き叫んだ時のあの子達の顔だ。

 

 今ここでグレン先生を失えば、二人もあの子達同様悲しみに暮れるかもしれない。

 

 また、同じ事を繰り返すつもりか……?

 

 ようやく自分を出して、今度こそ歩み始められたと思ったのに……こんな所で、また立ち止まる──否、退くのか。

 

 そんなのは嫌だ……みんなの泣き顔が見たくないだけじゃない。俺自身、失いたくない。

 

 グレン先生という個も、あの人を含めたみんなも、みんなといる日常も。

 

「ぅ……う……っ! あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 だから……現実的に間に合わないとわかっていながら、つい駆け出す。今更足を進めたところであの剣を止める事は出来ないとわかっている。

 

 それでも、手を伸ばしたかった。もしかしたら起こるかもしれない奇跡というものに縋りながら。

 

 以前にも掴む事が出来たのなら今回も……そんな藁にも縋るような思いで駆けながら。そして……。

 

 ──諦めるなっ!──

 

 ドクンッ! と、いう心臓とは違う鼓動が……あの時と同じように身体中に響いた。

 

 今回違う点と言えば、意識が急に遠のき、いつの間にか別の場所に降り立っていた。

 

『…………え? ここ……宇宙?』

 

 そう……四方に黒い空間が無限とも言えるくらい広がっており、所々に星の輝きが点在していた。足が着いてるように思えば浮遊しているようにも感じるという非常に曖昧な感覚だが、目の前に広がる光景は間違いなく宇宙だろう。

 

 あの一瞬で一体何が起こったのかと焦るが、ある方向から何かが光るのが見えた。

 

 よく目を凝らして見ると、蒼白い光と赤黒い光が互いに衝突してるように見える。同じような光を何回か発すると一際大きな爆発を起こし、そこから別方向へ流星のようなものが駆けて行った。そして、そのまま何処かへ向かっていき、見えなくなった。

 

『……何だったんだ?』

 

 いきなり別空間に来て、そこが宇宙で……しかも、よくわからないものを見せられていくら特撮好きだとしてもこんな意味不明な展開が続けば頭も痛いし、焦りもする。一体何がどうなってるのかと思えば、今度は背後から妙な気配を感じた。

 

 気配のする方を向いて俺は目を見開いた。俺の背後に二つの影が立っていた。

 

 それを認識すると共に惑星の影になっていた太陽が俺を含めた周囲を照らし、その存在が明らかになった。

 

 片方は銀色の体に赤いラインのはしった身体と、左手には炎を思わせる赤いブレスレッドが輝いていた。

 

 もう片方は濃淡がある蒼い群青の身体に、鎧のようなプロテクター……胸には星のような銀色の丸い突起が並んでおり、右手には青いブレスレッドがある。

 

『ウルトラマンメビウス……ウルトラマンヒカリ……っ!?』

 

 俺がその名を呼ぶと、両者が肯定するように頷いた。

 

『何で二人がこの宇宙に……? いや、それより本物っ!? 本物のウルトラマンッ!?』

 

 こんな訳の分からない状況の中でも、憧れの存在が目の前に来れば興奮せずにはいられなかった。だが、数瞬遅れて俺は自分がさっきまで何をしていたか思い出した。

 

『あ……あの、色々聞きたい事はありますけど、俺──』

 

 言葉の途中でヒカリが止めるように手を向ける。続けて右手のブレスレッドから蒼い光が浮かんで来て俺の周囲を回る。

 

 更にメビウスが左手のブレスレッドを翳し、赤い光を浮かべて同じように俺の周囲を漂う。

 

『あの、これって……?』

 

 俺が二人に尋ねるも、二人は何も話そうとしなかった。そのまま背を向けてこの空間を去ろうとする。

 

『ちょ、待っ──!』

 

 それを追おうとするも、自分の意思に反して二人との距離が開いていく。そのまま周囲が白く染まっていく。

 

 その直前、メビウスだけが俺の方を向いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『⬛️⬛️⬛️⬛️──むっ!?』

 

 黒い太陽が今にも放たれようとした瞬間、眩い閃光がはしり、黒い太陽を斬り裂いた。

 

 少し前にも同じような光景を見たため、その場にいた全員が反射的にある箇所に視線を向けた。そこには左腕を振り上げているリョウの姿があった。

 

 だが、その姿は先とは異なっていた。制服のマントの部分が変化して蒼い鎧のような形を取り、所々に銀色の丸い突起が並んでいた。

 

「リョウ……?」

 

 グレンが呆然とリョウを見つめるが、リョウはそれに反応せず、アール=カーンのみに視線を集中させていた。

 

『貴様……またしても天神の力を奪ったかっ! 何処まで堕ちるか、盗っ人が!』

 

 アール=カーンが驚異的な脚力で自分とリョウの距離を一瞬にして縮め、右手の剣を振り下ろす。

 

 それを認識したグレンも行動を起こそうとしても既に剣はあと数寸でリョウの肩に食い込もうとしていた。

 

『──ぬっ!?』

 

 だが、アール=カーンの剣はリョウの肩を斬る事はなかった。肩に触れる手前で蒼い鎧が光を放って剣を止めていた。

 

 リョウは拳を叩き込み、アール=カーンを退けると左手を胸の前に持っていき、左手に赤い光が集中し、炎を思わせるブレスレッドが装着された。

 

 更にブレスレッドの赤い宝玉の部分、クリスタルサークルから無限を象徴するメビウスの輪が廻りだし、制服が紅蓮に染まり、胸の部分には炎を思わせる金色のラインがはしった。

 

 リョウは左手のブレスレッドを腰まで下げ、居合のような姿勢で構える。同時にブレスレッドが熱を帯び始める。

 

 左手の周囲に陽炎が立ち、数秒後には紅い炎が包んだ。

 

「…………はあっ!」

 

 左腕に炎を纏いながら駆け出し、アール=カーンへ向けて肉薄していく。

 

 アール=カーンもそれに対抗して紅い剣を振り下ろし、リョウの拳とぶつかり合う。しばらくの競り合いが続き、ブレスレッドの赤いクリスタルが光り、()()()()()()から刀身が伸びる。

 

 アール=カーンは反射的に退がるが、今のリョウには間合いは関係なかった。

 

 リョウが突き出した刀身が一瞬にしてぐんと伸び、その切っ尖はアール=カーンの心臓を穿った。

 

『ぐ……っ!?』

 

「…………最後まで諦めず、不可能を可能にする……だったな」

 

 リョウは刀身を粒子へと変え、制服の色が戻った。同時に膝から崩れ、倒れ込んだ。

 

「おい、リョウッ!?」

 

 倒れ込んだリョウへ一番近かったグレンが駆け寄り、顔を覗き込むと呼吸がグレン達以上に酷く、顔色も青ざめていた。

 

「熱っ!? お前、身体が熱いぞ? マナ欠乏症……じゃねえ。こんな熱、普通じゃありえねえぞ。大丈夫なのか?」

 

「あ、はぃ……限界時間超えたから一時的にオーバーヒートしてるだけだと思います……。しばらく休めば戻る筈です……」

 

「そうか……」

 

『ぐ…………四つ目……まさか、本体ではないとはいえ、我が愚者に下されようとはな……。そも、まさか天神の力を使おうとは……』

 

「ん? 天神……?」

 

「ぁ……そうだ。あんた、さっき俺の力を……」

 

 アール=カーンが意味不明な単語を発してグレンとシスティーナ、ルミアは疑問符を浮かべ、リョウはある予想を浮かべながら問おうとするも、アール=カーンは聞こえていないのか、両手を広げ歓喜に震えていた。

 

『よくぞ我を殺しきった……っ! 見事であったぞ、愚者の子らよ! 尊き門の向こう側にて、我は汝等を待つ……さらばっ!』

 

 その言葉を最後に風がひとつ吹き、アール=カーン黒い霧となり、跡形もなく消えていった。

 

「え、えっと……終わったんでしょうか?」

 

「多分な……」

 

 窮地を抜けたのは間違いないものの、現実離れした展開が続いたためにどう言葉を紡げばいいかわからないのがみんなの心境だった。

 

 だが、怒涛の展開は魔人の消滅で幕を降ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 太陽が山に沈みかけ、夜になろうという光の名残が草原を黄金色に染める中、一台の馬車がカラカラと音を立てて走っていた。

 

「まあ、ともかく……みんな戻れてよかった……んだよな?」

 

「うん。一時はどうなるかと思ったけど、みんな無事でよかった」

 

 後ろでは野営場に残っていたみんなが全員無邪気な顔で寝ていた。遺跡では時間感覚が狂っていたが、こっちで丸一日経っていたらしい。

 

 いつ戻ってくるか、欠けてしまうのか、行方不明のままか……そんな色んな不安と緊張の中をずっと待ってくれたために、疲労と心労が溜まったようだ。

 

 今度は誰一人欠けることなく戻ってこれたんだよな……。

 

 向こうでアルフォネア教授がグレン先生に寄りかかりながらあの魔人の剣の影響が残って魔術に制限が付いて来るだとか、万全になるにはしばらく霊的休養が必要だとか聞こえてくる。

 

 あと、自分達が家族だという事を口にし合ったり。

 

 時折システィーナがチラチラと様子を窺って不満そうな表情をして、ルミアが指摘し、慌てる。あれだけあからさまなのに何で一向に認めようとしないのか。

 

「リョウ君……身体の熱は、どう?」

 

 からかわれて不貞腐れ、寝入ったシスティを尻目に遠慮がちに俺に近寄って来る。

 

「あぁ……ちょっと、微熱程度には残ってるが、もう大丈夫だ」

 

 ウルトラマンの活動限界と同様、三分間という制限を突破していきなりメビウスとヒカリの力を纏った反動だろう。

 

 無茶をすれば何十度もの高熱を発する事があるのはウルトラマン見てて何度かあったが、自分が似たような症状を体験するとはな。

 

 さっきまで自分の身体で湯でも沸かせるんじゃないかってくらい熱くて戻って来た時に駆け寄ってくれたカッシュを火傷寸前に陥らせてしまったのはちょっと笑ってしまった。

 

「(……そういえば、あの時の子も……コレの事を知ってたような口ぶりだったな)」

 

 あの天文神殿に戻ってくる手前での話だった。みんながルミアの力を借りて作り出した門を潜ろうとした時だった。

 

『ねえ……』

 

「ん?」

 

 俺に声をかけてきたのはあの時見たルミアにそっくりな子だった。

 

「あ、あの時の……って、何でこんなとこに?」

 

『……ありがと』

 

「え……?」

 

『グレンとセリカを守ってくれた。おかげで彼女が最悪の事態になることを免れた事には礼を言うわ。でも、私はあなたをまだ信じられない』

 

「…………そう」

 

 何でグレン先生やアルフォネア教授の事を知ってるのか色々聞きたいが、多分またよくわからない言葉を呟いたまま消えられそうだと思ったが、今回は違ったようだ。

 

『……何であんたに言おうとしてるのか、自分でも疑問だけど言っておくわ』

 

「ん……?」

 

『多分、あなたの中にあるソレ……天神のものね?』

 

「っ……それ、あの魔人も言ってたけど……こっちに彼らが来た事があるの? 一体この世界で何が……」

 

『ソレ……これ以上使うべきじゃないわ』

 

「……は?」

 

『確かに今はあなたに力を与えてくれるものかもしれない。でも、それを使い続ければ……あなたはきっと自らの選択を悔やむ事になる』

 

「…………」

 

『あなたが何なのかは未だにわかんないけど、二人を助けてくれたことには感謝してる……だから言うわ。これ以上は──』

 

「これをどこで使うかは俺が決める」

 

 ルミア似の子の言葉を遮って語調を強めて言う。

 

「君達が何で彼らを知ってるのか、何で俺が後悔するって言い出すのかは知らないけど……そんなよくわからない未来を示唆されたまま従うより、目の前の事に全力でいたいから」

 

『……そう』

 

 ルミア似の子はその背にある紫の蝶の羽を向けて去ろうとする。

 

「……そういえばさ」

 

『…………』

 

「君の名前……まだ聞いてないけど」

 

『……ナムルス……とでも言っておくわ』

 

 ルミア似の子、ナムルスはそのまま幻のように消えた。

 

 後で聞いたが、グレン先生達もナムルスに会って途中まで安全な場所へ案内されていたらしい。グレン先生からすればクソ生意気で訳の分からない事ばかり言ってイマイチ信用ならんとの事らしいが。

 

 それにしても……。

 

「……何であの二人は、ウルトラマンを知ってる風だったんだ?」

 

 システィではないが、この世界の大昔の事が知りたくなってきた。それと……。

 

 魔人に飛び込んでいった時……メビウスとヒカリの力を纏う直前、メビウスが俺の方を向いていた時、微かに聞こえた言葉。

 

「『すまない……』って、何の事だ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同刻……四方に星の光が瞬く場で、宙に浮かんでいる──目の前にリョウ達を乗せた馬車が走っている映像を見ている二つの影があった。

 

「…………」

 

「どうした? やはり、納得がいかないか?」

 

 そこにいたのはリョウに力を貸した存在……蒼い身体の巨人、ウルトラマンヒカリ。赤い身体のウルトラマンメビウスが宇宙空間でリョウ達の様子を見ていた。

 

「……やっぱり、いくら大隊長の命令でも、僕はどうしても賛成できない。これでは、彼や……彼を慕うみんなが余りにも辛すぎる……っ!」

 

「……大隊長とて苦渋の決断だったんだ。地球人を巻き込むような事など、快く賛成出来る者など、誰一人としていまい」

 

 メビウスの震えるような言葉にヒカリも苦悶を浮かべながら返す。

 

「……だが、我々ではあそこに直接手を出す事は叶わない。()()と、()()()()()()()()が引かれ合い、同じ場所に行き着いた。この機を逃してはいけない」

 

「…………」

 

「……アレの恐ろしさはお前も知ってる筈だ。だからこそ、大隊長もこの指令を下した」

 

「けど……」

 

「信じよう……彼等の強さを。我々も少しばかりだが、力も貸すんだ。彼なら……きっとアレからこの世界を守れる筈だ。彼にも仲間はいる……仲間が作り出す強さはお前が一番知ってるだろう」

 

「……そう、だね。うん……今は信じよう」

 

「うむ……次は彼に任せて、我々は戻ろう。ウルトラサインは送ってあるな?」

 

「うん。そろそろこっちに着くと思う」

 

「あとの事は……それこそ、神のみぞ知るだな」

 

 それから二人は互いに光のゲート、トゥインクルウェイを作りだし、自分達の星へと戻った。

 

 

 


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