ロクでもない魔術に光あれ   作:やのくちひろし

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社交舞踏会
第30話


 タウムの天文神殿での遺跡探索から十日程経ったこの頃……。あれからは特に目立ったトラブルもなく、平和な時間が学院内で流れていた。

 

 アルフォネア教授がグレン先生に構ってもらえないからと授業に介入して大騒ぎ起こすわ、子供になって学院の人間に暗示かけまくって大騒ぎするわで大変な時間もあるけど。

 

 まあ、学院の地下迷宮で命無くしかけるほど無茶な時間がなくなっただけ、あの二人にとっては良い事なのかもしれない。

 

 さて、グレン先生がアルフォネア教授と騒ぐ時間が増えたのに加えて俺はと言うと……。

 

「えっと……次はどちらまで?」

 

「はい……今度開かれるダンスパーティ用の道具を揃えたいので倉庫の方に向かいますが」

 

「了解です」

 

 俺は目の前にいる女性……この学院の生徒会長のリゼ=フィルマーさんに着いて行く。

 

「それにしても、やっぱり男手があると助かりますね。私は基本事務作業が主ですから体力の要る仕事は自信がなくて」

 

「まあ、女性ですし……リゼさんの場合は要らん事まで引き受けてる気もしますしね」

 

「そんな事ありませんよ。どれも生徒達により良い学生生活を送らせるために必要な事ですから」

 

「だからって、普通ここまで生徒に仕事投げる学院には問題ありなんじゃないんですか?」

 

 この学院への入学を志望する子供達に体験授業させるイベントだって、一部を除いた教職員達は自分の研究にばかり没頭するし、このダンスパーティの準備だって殆どがリゼさんの指揮の下でやってるわけだ。

 

 あまりにこの学院の教師達は重きを置くべき所を間違ってる気がする。一度学院長に直談判すべきではないだろうか。

 

「それにしても、ごめんなさい。あなたの手まで借りるばかりで……」

 

「ああ、気にしないでください。これは罰ですし、あなたには個人的に恩もあるので」

 

 罰というのは俺が一時期学院──というより、街から離れてる間の無断欠席の件だ。

 

 事情を話す事なくいなくなったのでその罰として生徒会の仕事を手伝えという事が俺が戻ってくる前に決定されていた。

 

 もっとも、俺の右腕の事まで伝わってたわけじゃないので生徒会室に行った時のリゼさんの俺を見た時の驚きようは今でも覚えてる。

 

 最初こそ右腕を失った俺に仕事をさせるのは心苦しいと思っていたようだが、この人には編入したての頃にこの学院について色々教えてもらったり、ルミア達と同様に世話になったりもしていた。

 

 なので罰など関係なしにこの人の頼みは大抵聞き入れる事にしている。まあ、グレン先生含め教師達が投げただろう仕事には参るしかないのだが。

 

『こ〜ら〜! あなたも真面目に仕事しなさい〜!』

 

『へっ! 誰がんなお世辞言いまくるためのパーティの準備などせにゃならん!』

 

「……はぁ」

 

「あら、疲れましたか?」

 

「ああ、いえ……またあの二人が騒いでるみたいなので」

 

「あぁ……ふふ。相変わらず仲の良さそうな二人ですね」

 

「本人達は否定するでしょうけど……」

 

 特に銀髪の猫娘の方が。

 

「それにしても、よく離れた距離の声が聞こえますね。私には全く聞こえませんが」

 

「……まあ、最近耳が良くなってきつつあるので」

 

 耳どころの話ではないんだけどな。どうも最近、色んなものが聞こえたり見えるようになったりして目まぐるしい時間も増えてきてる。

 

 タウムの天文神殿でメビウスとヒカリの力を得てから常時身体能力を上げられたり、五感が鋭敏になってきてる。

 

 ウルトラマンの力を使う影響で俺の身体がそれに引っ張られるように強化されてきてるのだろうか。

 

 お陰で生徒会の仕事が増えてもこの強化された能力で殆ど疲れ知らずになってきてる。まあ、リゼさんの仕事が楽になれるのならそれに越した事はないだろうが。

 

「荷物はとりあえず整理完了…………あと、何かありますか?」

 

「いえ、今日はここまでで大丈夫です。予定よりずっと早く進んでますので……本当に助かります」

 

「どういたしまして。じゃあ、俺は自分のクラスの役割に戻っていいですか?」

 

「はい。いつもありがとうございます」

 

「いいえ。それではこれで」

 

 数十分の生徒会の手伝いを終えて俺は二組が担当する区域の飾り付けとセッティングの方へと向かっているところだった。

 

『ルミアさん! 今度のダンスパーティ、僕と一緒に『社交舞踏会』のダンス・コンペで踊っていただけませんか!?』

 

『ごめんなさい、せっかくだけどお断りします』

 

『うわああああああぁぁぁぁぁぁぁん! またかああああぁぁぁぁぁぁっ!』

 

 情けなく、喧しい悲鳴じみた叫びと同時に猛スピードで俺の傍を一人の男子生徒が走りすぎていった。ていうか、またか……。

 

 ため息混じりに歩を進めて目的の場所に辿り着くと苦笑いしたルミアと眉を顰めたシスティがいた。

 

「あ、リョウ君……そっちは終わったの?」

 

 俺が戻ったのを確認すると同時にルミアが声を掛けてくる。

 

「ああ、うん。それにしても……今回のでもう何回目だろうな?」

 

「あ、もしかして……聞こえてた?」

 

 今のは盗み聞きとかを疑ってるのではなく、俺の強化された五感の事を知ってるからこその言葉だ。タウムの天文神殿以来強化された感覚の事はルミアを含めてグレン先生やシスティにも説明していた。

 

「あぁ……。とはいえ、あれは俺じゃなくても聞こえてるだろうな。準備始まってからしょっちゅう起こってるし」

 

「あはは……」

 

「まったく、どいつもコイツも『社交舞踏会』を何だと思ってるのかしら……」

 

「まあ、ダンスがあるってんじゃ男子はお目当の女性を誘うのに必死なのはわからんでもないんだがな……」

 

 だからって、ルミアにはちょっと集中しすぎな気もするんだけどね。もうとっくに二桁はいってると思う。

 

「ああ、違うわよリョウ。あんたは知らないだろうけど、今度開かれる『社交舞踏会』のダンス・コンペ……あれが競技式で行われるのは知ってるわね?」

 

「まあ、一応は……」

 

 細かいルールは参加するつもりはないので知らないが、そのダンスパーティでトーナメントみたいなのをやるって事は一応聞いてる。

 

「それに優勝すると、特典として優勝者のカップル……女性の方は『妖精の羽衣(ローべ・デ・ラ・フェ)』っていうドレスを着飾って踊れるんだけど……それに纏わる噂がね」

 

 あぁ……今ので言わんとしてる事はわかった。

 

「そのドレス着た女性と踊れると将来結婚出来るみたいなジンクスか?」

 

「正解よ……。と言っても、わかってるだろうけどそんなのは根も葉もないデタラメよ。こういうイベントで踊る人達が元からそういう仲の人が多くて、お互い気心の知れた人同士で努力した結果、仲の良い人同士が優勝して思い出になる。そんな人達なら将来的に結婚してもおかしくないっていうのが、このジンクスの正体でしょうね」

 

「結局は男子の妄想がそのジンクスを助長させたって事か……」

 

 魔術のある世界ならそういう加護が働く服があってもいいかもしれないが、流石に学生の通う学び舎でそんなものを用意するとは思えないな。

 

「まったく、そのジンクスの所為で下心見え見えな男子生徒があっちこっち見え隠れしてて鬱陶しいったらないわ!」

 

 その叫びと同時に周囲から何人かの気配が若干遠ざかっていった。恐らくまだタイミングを伺ってた男子生徒だろうな。

 

「あはは……でも、ジンクスがデタラメでもちょっと憧れるなぁとは思うな」

 

「まあ、女子ならなんとなく思うとこはあるだろうな」

 

「ていうか、ルミアが誰かとカップル組めば必然的に収まるんじゃないかしら?」

 

「え?」

 

 ふと、システィが素朴な疑問をルミアに投げかける。

 

「えっと……組むって、誰と?」

 

「そりゃあ、例えば……リョウとか?」

 

「あ?」

 

 システィがルミアに見えないようにニヤついた表情を俺に向けてくる。

 

「いや、何言ってんだ? 俺、この手のダンスなんて縁がないぞ」

 

「そんなのはルミアに教わればいいだけでしょ? 元王族なんだし、ダンスならそこらの貴族の子供よりずっと詳しい筈でしょ?」

 

 言われてみればそうだ。ルミアは事情あってシスティの家にいるってだけで元々は王宮で暮らしていたんだ。

 

 だとすれば、教育の一環としてダンスを教わってたってなんらおかしくはない。

 

「けどな……俺、腕がこんなだぞ。まともにリードなんて出来ないから優勝どころか、一回戦突破だって無理だろ」

 

「まあ、優勝は確かに難しいでしょうけど、こうして誰かとカップル組んででもしないとずっと下心見え見えな男子達が群がって来るしね。だったら誰かと早々に組んだ方が手っ取り早いでしょ」

 

 いや、それしたらルミア狙いの男子連中が闇討ちに出かねないぞ。

 

「あ、システィ……私は別にそこまで無理させるつもりは……」

 

「何言ってるのよ。あなただって『妖精の羽衣(ローべ・デ・ラ・フェ)』を着てみたいって昔そう言ってたじゃない」

 

「そうなのか……?」

 

「う、うん……そうだけど、やっぱり私はコンペは関係なしに踊ったりお喋りするだけでいいかなって」

 

「どっちにしてもダンスに参加するのは一緒でしょ。だったらやっぱり誰かと組んどいた方がいいでしょ。ダンスに参加しないで居座り続けたら運営側から追い出されるから」

 

「え? そうなのか……」

 

「そうよ。そもそもダンスをしたり交流を深めるための催しなのに誰とも踊らない、会話もしないで居座ったら何のためにここにいるのかって話になるし」

 

「マジか……」

 

 そんな決まりがあったとは知らなかった。俺はただみんなと適当に喋るだけで終わらせようと思ってたが、それは出来ないという事か。

 

「ていうか、もしかしてあんた知らなかった?」

 

「……いやだって、俺向こうでも平凡な庶民だぞ。そんな貴族間の決まりみたいなものなんて聞く機会なんてあると思うか?」

 

「ああ、そういえばそう言ってたわね。なら、あんたも誰かとカップル組んで『社交舞踏会』に入る資格を得た方がいいと思うわよ。ルミアと組んだりして」

 

 どうあってもコイツは俺とルミアを組ませようとしてるようだ。俺的には嬉しい気遣いだが、大勢の人間の前でダンスというのはどうも抵抗がある。だが、カップルを組まなければ運営側から追い出されると言うし。

 

「……ルミアは、どうなんだ? ダンス未経験な上に腕こんなだけど……」

 

 なので、まずルミアに聞いてみる事にした。

 

「え、えっと……リョウ君はこの催し初めてみたいだし、どうせなら参加したい?」

 

「まあ、地球じゃこんなパーティなんて機会がないからな……一度くらいはとは思ってる」

 

「ん〜……じゃあ、私達で組んで参加しちゃう?」

 

「……え?」

 

 まさかのOKサインって事?

 

「いや、その、いいの……?」

 

「うん。だって、リョウ君は参加したいんだよね?」

 

「あ、ああ……」

 

「じゃあ、リョウ君の人生初のダンスパーティのために協力しようかなって」

 

「よかったじゃない。ルミアが男子と組んでこの催しに参加するなんて今までじゃあり得なかったわよ」

 

 システィが俺の強化された感覚を見越して少し距離を置いた上で小声で俺に言い放つ。

 

「じゃあ、準備を進めてから中庭で──」

 

「よう、働く若人供〜」

 

 ダンスの練習の予定をルミアと立てようとすると、ダラシない声が割って入ってきた。いつも通りダラんとした様子のグレン先生が歩み寄って来る。

 

「先生ですか……ついさっきシスティに追っかけられて逃げたばかりだったんじゃないんですか?」

 

「うぐ、聞こえてたのかよ……相変わらずの地獄耳だな」

 

「俺じゃなくても聞こえる人には聞こえると思いますけど。で、どうしたんですかこんな所で」

 

「ああ、用があるのはルミアの方だ」

 

「え、私ですか?」

 

「おう」

 

 そう言ってグレン先生がルミアへと歩み寄ると……突然ルミアをそっと壁に押しやって両側から腕を壁に伸ばしてドンと立ちふさがる。謂わゆる壁ドンの態勢だった。

 

「今度やるダンス・コンペ……お前、俺と参加しろ」

 

 ルミアの逃げ道を塞いだ上で直球で告げる。

 

「お前が数多の男子生徒達に誘われてるのは知ってる。だが、他の奴らには渡せねえ。お前をエスコートするのは俺だ。安心しろ、『天使の羽衣』は絶対に俺が優勝して着せてやる。悪いようにはしねえ」

 

「それが辞世の句だとしたら面白いですね」

 

「ん? って、危なっ!?」

 

 俺が背後から回し蹴りするも、グレン先生は間一髪でしゃがんで回避した。

 

「おい、あっぶねえな!? ただでさえお前、ここんとこ身体能力上がってるからうっかり受けたら俺、病院暮らしになるぞ!」

 

「人がようやく合意得られそうだったところに無理やり横入りして頷かせようとした奴にはお似合いだと思いますが?」

 

「あん? お前もルミアを誘ってたのか? へ〜……ヘタレにしては随分頑張ったみてえだな〜?」

 

 ニヤつきながら失礼な事を抜かす。誰がヘタレだよ。

 

「まあ、いい。そういう事なら悪いが、ルミアには俺と踊ってもらう。スマンが、諦めて他の女子と踊ってろ」

 

「人の予定ぶっ壊しておいて随分な言い草ですね。大体、あんた貴族のダンスとか踊れるんですか?」

 

「その言葉そっくり返してやろうか? ダンスのダの字も知らないようなド素人君?」

 

「そもそもデリカシーのカケラもないあんたがロクにエスコート出来るっていうんですか?」

 

「……あん?」

 

「……えぇ?」

 

「あ、あはは……」

 

「なに、この光景……」

 

 気づけば俺とグレン先生で互いに火花を散らしながら睨み合っていた。

 

「ならルミアにここで決めて貰おうぜ。で、どうだルミア? 俺と踊らねえか? 踊らなきゃ単位落とす」

 

「普通に脅迫してんじゃねえよ。単位を楯にするとか、最悪の教師だな」

 

「テメェこそ、只でさえ右腕ねえのにリードなんて出来んのか?」

 

「少なくとも仕事ほっぽり出して俺に押し付ける奴よりは出来ると思ってるよ。あんまり強引な手に出るならすぐにリゼさんここに呼びましょうか?」

 

「ぐっ……テメェこそ脅迫してんじゃねえよ」

 

「そもそも、ダンスとかそういうの全く興味なさそうなあんたが何でダンス・コンペなんかに参加しようとしてんですか?食事目的にしても他に誘える相手ならいるでしょうに」

 

「ふん……そんなもん決まってんだろ?」

 

 俺の問いにグレン先生は得意げに言う。

 

「お前は知らねえだろうが、このコンペに優勝すれば金一封だ! ただでさえ給料減額されまくって俺の懐は常にピンチなんだよっ! だから今回のこのチャンスを逃すわけにはいかねえ!」

 

「理由が全くもって最低じゃないですか……それ聞いて俺がこの場を退くと思ってんですか?」

 

「そんな事言っても〜、お前だってダンスの事なんて知らないのは事実だし〜。魔術の授業とは訳が違うんだから、公衆の面前で恥をかくくらいならここは大人しく先生に譲るべきなんじゃないかな〜、素人君?」

 

「恥をかくのはそっちでしょうが。そんな下らん理由で組まされるルミアの身にもなれってんだ、万年金欠講師」

 

「ハハハハハ……ッ!」

 

「ふっふっふ……っ!」

 

「え、えっと……二人共?」

 

 俺とグレン先生が笑い合う中、ルミアは俺達の傍でオロオロしていた。

 

「「……決闘だっ! 表出やがれ、クソ講師(ガキ)ッ!」」

 

 お互いに左手に嵌めていた手袋を相手の胸に叩きつけながら叫び合う。

 

「決闘内容は今回のダンス・コンペで踊るシルフ・ワルツだ。いいな?」

 

「ダンス? 魔術戦じゃないんですか?」

 

「別に決闘内容は互いの合意さえあれば魔術戦じゃなくてもいいんだよ。それとも何か?やっぱりダンスには自信ないかな〜? ま、そりゃあそうだよな〜。お前こういうお金持ちのパーティとか無縁の貧乏人だったみたいだしな〜。まあ、別に受けなくてもいいんだぜ〜?     女の子の前で恥をかきたくないだろうし、俺もそこまで大人気ない事はしねえよ。お前がどうしても『グレン先生、ぼきゅはダンスなんて微塵も知らない不出来な生徒なので別の決闘法でお願いします〜』とでも言うなら変えてやらんでもないんだけどな〜」

 

「上等じゃねえか……やってやるよ、そのシルフ・ワルツッ!」

 

「リョウ君っ!?」

 

 あまりにもグレン先生の挑発にムカついて条件反射でグレン先生の挙げた決闘法を半ばヤケクソで承諾した。

 

「じゃ、決まりだな。と言っても、流石に何も知らないままですぐやらせる程俺も鬼じゃねえよ。まずは俺が適当な奴と組んで手本見せてやっからお前はルミアと組んでやればいい。どうせ俺が勝つから今だけでも組ませてやるよ。ああ、俺優し〜」

 

 どこがだ──とツッコみたいが、今更突っかかってもどうにもならないし、こうなったら意地でもコイツに勝ってやる。

 

 それから中庭に移動すると、既にカップルを組んだ生徒が何組か踊りの練習をしている姿があった。

 

 それを遠巻きに羨ましそうに見る男子もチラホラ。

 

「ねえ、リョウ君……勝負するってなっちゃったけど、シルフ・ワルツなんて知らないよね?」

 

「……情けない事に、その場の勢いだったんだよ」

 

 後ろからルミアが小声で痛いところを聞いてくる。余りにグレン先生がムカついちゃったから決闘に応じちゃったが、俺はそのシルフ・ワルツはおろか、地球でやるダンスの事だって何も知らない。

 

 ハッキリ言って無謀だとは自分でもわかってるのだが。

 

「さって……場所を確保したところで、肝心のシルフ・ワルツなんだが。どうせ何も知らねえだろ、お前。だから踊る前にサクッと説明してやるよ」

 

 こういう流れにした張本人が何を言うかと物申ししたいが、実際何も知らないので説明は欲しいところである。

 

「シルフ・ワルツっていうのは、まあざっくり言えばとある遊牧民族の、戦巫女が踊る神聖な舞を貴族用に簡略化したようなもんだ。ノーブル・ワルツやファスト・ステップよりは難度高いとはいうが……まあ、とりあえず俺がやって見せるからとにかく覚えろ。以上だ」

 

「説明がざっくり過ぎます! もう少し言いようってものがあるでしょう! 大体シルフ・ワルツと言うのは南原の戦舞踊を優雅に改変したものですけど、本来はとても神聖な舞として古来より伝わって──」

 

 グレン先生のざっくり過ぎる説明もだが、システィの熱弁してるシルフ・ワルツのルーツらしい背景の説明も俺には全く理解が出来ない。

 

 なんとか俺の頭で拾えるのは元は精霊と交信するための舞で魔の加護を纏ったり清めたりするためのものらしいという事くらいだ。

 

「──そんなこんなでこうして現代に伝わってるもので──って、聞いてるんですかっ!?」

 

「あ、あぁ〜ぁ……ん? なんだ、何処まで言った?」

 

「あ、あなたは……っ!」

 

 自分の説明を欠伸しながら聞き流すグレン先生にシスティがワナワナと震えていた。

 

「まあ、どんだけ凄え歴史があるとかはともかく、学生レベルのお遊びコンペで負ける事はねえよ」

 

「……へぇ〜? そ・れ・な・ら……是非ともお手並み拝見させてもらおうかしら?」

 

 こめかみに青筋を立てたシスティが自分がグレン先生と組んで踊ると名乗り出る。

 

「さあ、試しにエスコートさせてもらおうかしら?」

 

「はぁ……適当な奴とは言ったがなぁ。まあ、お前がそれでいいなら構わんが……」

 

「そうやって余裕ぶってる場合ですか? ド素人の先生に私が手ずから教えてあげるんですから、感謝しな──って、何ですかその顔」

 

 システィが得意顔でいるとグレン先生がクックと含むような笑いを浮かべていた。

 

「いや、今回ばかりは小生意気なお前の鼻を明かせてやれそうだな」

 

 妙な言い回しをしてからルミアが設置したレコードみたいなものを作動させてクラシックっぽい音楽が流れ始める。

 

「じゃ、行くぜ」

 

「え──って、きゃっ!?」

 

 音楽が流れて数秒後、グレン先生がシスティを引っ張って廻り始める。

 

 ゆったりしたかと思えば急激に速度を上げ、動きの激しい振り付けを、何歩かステップを踏んで風を起こさんばかりのスピンを加えながら怒涛の踊りを繰り返す。

 

「スゲェ……」

 

「う、うん。でも、これシルフ・ワルツと言うより……」

 

 ルミアの言葉も気になったが、それ以上に目の前のダンスに本能的に魅入られてるのか、あの二人の踊りから目が離せなかった。

 

 近くで練習していたカップル達やクラスメート達もグレン先生達のダンスに惹きつけられていた。

 

 そのまま現実時間では数分の筈なのに、一瞬のような永遠のような、曖昧な感覚のままだんっ、と力強く地面を踏みつけると同時にグレン先生がシスティの状態を支える状態でフィニッシュを決めた。

 

「どうだ……俺も中々のもんだろ?」

 

「はぁ……はぁ……はっ! うぅ〜っ!」

 

 グレン先生の激しい踊りに引っ張られた所為なのか、上気して顔が赤く、息も荒くなって放心したようになってると思えば、すぐハッとなってグレン先生から距離を取った。

 

「いや〜、昔ダンスにうるさい同僚がいてな。そいつに散々仕込まれてこんなもんよ。意外だったろ」

 

 いや、本当に。あのグレン先生がここまでのダンスの腕を誇ってたなんて全く想像出来なかった。

 

「あの、先生……その同僚って、南方のご出身ですか?」

 

「おう、よくわかったな」

 

「はい。先生の踊りの振り付けが貴族用のじゃなくてその原型の……南原の遊牧民族の伝統舞踊のそれに近い気がしたので」

 

「まあな。てなわけだから、その本格仕様の教え受けてた俺からすれば、シルフ・ワルツなんざ欠伸が出るぜ」

 

 素人の俺じゃどっちもわからんが、グレン先生の言う通りなら貴族用に直されたシルフ・ワルツも出来なければ勝つなんて出来そうにない。

 

「じゃあ、次はリョウなんだが……どうせ一回だけじゃ覚えきれねえだろ。もう一度、第一演舞だけゆっくり見せてやっから今度こそ覚えろよ」

 

 あれだけの技術を持ってる者としての余裕なのか、再びシスティと組んで第一演舞だけさっきよりはゆっくりめに曲を流しながら踊った。

 

 相も変わらず見事な振り付けで周囲のみんなも魅了していた。

 

 今度は集中して見るとグレン先生の踊りは周りで踊ってた生徒達のとは違ってこう……生命力に溢れてると言うべきようなものだった。こうして見ると確かに目に見えない何かを降ろしたり身を捧げるような踊りだと言われると納得できる。

 

 そのままじっと見続けると自分の身体の内側から何かが沸々と湧いてくる気がする。

 

「──ふぅ……さて、今見せたみたいにやってみろ」

 

 ダンスを終えて肩で息をしているシスティを尻目にニヤケながら挑発するように言ってくる。

 

「リョウ君……大丈夫?」

 

「…………多分」

 

 俺はルミアの手を取り、そっと引き寄せてこれからの動き方を軽く伝えると、近くに設置していたレコーダーみたいなものが音楽を流し始めた。

 

 曲が耳に入ると同時に自分の中に出てきたイメージに合わせて身体を動かしていく。

 

「「……なっ!?」」

 

 グレン先生がやっていたみたいに猛スピードのスピンをかけ、所々で右手が使えない分をルミアがカバーするように動いて俺にピッタリ着いてくる。

 

 だが、途中でリズムが合わなかったのか、足を引っ掛けてしまった。

 

「あ、ごめん……」

 

「ううん……こっちももう少し寄りかかればよかったかも」

 

「お、お前……ダンス自体初めてじゃなかったっけか?」

 

 ダンスが中断すると、グレン先生が愕然としながら問うてくる。

 

「いや、そうですけど……自分でもわからないけど、なんか先生のダンス見てたら妙にイメージがハッキリ自分の中で浮かんで、その通りに動いてみたら……って感じで」

 

「つまり、見様見真似って事か……? 何日も振り回された俺の苦労って……」

 

 なんかグレン先生が遠い目をしながら落ち込んでた。

 

「それで、結果なんですけど……これ、グレン先生の勝ちって事に……?」

 

「あ、そうだな……いきなりあのレベルだったのには驚いたが、勝負は俺の勝ちだよなぁ。てことで、悪いがルミアとタッグ組むのは俺だな」

 

 ムカつく程ニヤついた顔でグレン先生が勝利宣言し、ルミアへと近づく。

 

「つうわけでルミア……今度のダンス・コンペ、俺と踊れ」

 

「…………あの、すみません先生。私、やっぱり今回はリョウ君と踊る事にしたいんです」

 

「え……?」

 

「え……いや、俺勝負に負けたけど……」

 

「でも、元々はリョウ君と約束したのが先だし……せっかくだから、今年はリョウ君と踊ろうかなって」

 

『『『な、なああぁぁぁぁにいいいいぃぃぃぃぃぃっ!?』』』

 

 ルミアの言葉にグレン先生含め、外野の男子達が悲鳴じみた叫びを上げた。

 

「……それでいいわけ?」

 

「うん。私はリョウ君と一緒に踊りたいな」

 

 ダメだ……嬉しすぎてみんなの前で泣き──そうにはないな。ルミアのパートナー宣言で周囲の男子達が一気に殺気立ってきた。

 

 これは今日から色んな意味で大変な事が続くんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つっかれた……」

 

 学院の門限が過ぎ、俺は帰路を歩いていた。

 

 今日だけで相当に大変だった。生徒会の手伝いはともかく、ルミアとのダンスを合わせる練習や、ルミアとカップル組んで嫉妬に狂った男子達が今日だけで二桁入る程俺に決闘を申し込んできた。

 

 理由は言うまでもなくルミアとのパートナー交換だ。まあ、身体強化や五感強化を使うまでもなく魔術だけで勝てたが。

 

 多分、明日からもこんな感じの事が続くんだろうなと気が滅入った。

 

「しかし……中でも先生が特にしつこかったな」

 

 今日一番の疲労の原因はグレン先生かもしれない。ルミアとダンスの練習が終わった後や決闘の最中でも周りの男子達押し退けて俺にルミアとのパートナー交換を申し出てきた。時折綺麗な土下座も混じりながら。

 

 本気で懐が大ピンチだの一番頼みやすいだのアレコレ理由を述べてどうにかルミアと踊ろうとしていたのだが……。

 

「どうもしっくり来ねえ……」

 

 グレン先生のイメージを考えれば十分にありそうな展開ではあるが、どうも様子がおかしい。

 

 終わって冷静になって思い返せばグレン先生の行動は何処かおかしく感じる。ダンスパートナーならルミアじゃなくてもいいはずだ。そりゃあ、ルミアは元王族なわけだからダンスの腕も相当で本格仕様のシルフ──じゃない、大いなる風霊の舞(パイレ・デル・ヴィエント)を身につけたグレン先生の組み合わせなら間違いなく優勝するだろうからそうしたいのも頷ける。

 

 だが、今回の行動は何処と無く必死さを感じた。というか、デジャヴを感じた。

 

「システィと婚約を賭けた決闘に似てるよな……」

 

 そう……今回のグレン先生の行動と言動はレオス先生と俺らを巻き込んだ決闘をしていた時と状況が似ている。自分の本心を隠しながら自分を悪役に見せるように演じてた時と同じだ。

 

「まさか、天の智慧研究会が……?」

 

 理由を考えればそれしかない。あの集団がルミアを殺すために動き出して、それを掴んだグレン先生がルミアとパートナーになる事で阻止しようとしているのだとしたら……。

 

「交換……すべきだったのかな?」

 

 ここまで考えたら自分のやった事はグレン先生の邪魔になってたのかもしれない。だが、今ルミアとパートナー解除すれば本人に気づかれる可能性もある。

 

 そうなればルミアの事だから絶対に自分の所為だとか言い出しかねない。

 

「とりあえず、何処かで先生を問い詰め──ん?」

 

 家に辿り着いて入ろうと戸を開けようとして、ある事に気づいた。玄関に仕掛けたものがなくなっていたからだ。

 

「…………っ!?」

 

 アレが無くなってるという事は俺のいない間に誰かが入ったという事だ。近所の人達が俺に黙って入るのはないだろうし、あったとしても何かしら言ったりそれを知らせる物が置いてある筈だ。

 

 それすら無いという事は完全に不法侵入者だ。そこまで考えて一気に警戒心を高め、そっと扉のノブを回して一気に入った。

 

「……遅い。状況判断に時間を置きすぎだ」

 

 入って目に映ったのはアルベルトさんの姿だった。…………何故か作業員みたいな姿をして。

 

「……えっと、アルベルトさん? どうして……?」

 

「お前に話があるからだ。しかし、時間をかけすぎたとはいえよく俺がいるのがわかったな」

 

「ああ……扉にシャープペン……って言っても知りませんか。筆記用具の一種で、羽ペンで文字書くのにインク付けるでしょ。そのインクの役目をする細い炭の棒なんですけど、それを扉の目立たない所に差し込んで折れればわかりますし、気づいて戻しても長さを見れば誰かが入ってるってわかりますし」

 

「……なるほど。今後のために覚えておこう」

 

「それってまた侵入して来るって事ですか……ていうか、そうじゃなくてアルベルトさん……その格好は?」

 

「…………話がある。すぐに入れ」

 

 いや、ここ俺の家……。ていうか、自分の格好の事誤魔化した?

 

「あの、話って……?」

 

「……まあ、話があるのは俺ではないがな」

 

「アルベルトさんじゃない? じゃあ、誰が──」

 

「ああ、私よ」

 

 居間に入った所で俺達の間に女性の声が割って入った。

 

 声のした方向を見るとまず目に付いたのは炎を思わせる真紅の長髪。アルベルトさんと同じデザインのローブを着込んだ、年は俺達とそう離れてない女性だった。

 

「初めまして、あなたがリョウ=アマチでいいわね」

 

「……はい」

 

 真紅の女性に声をかけられ、咄嗟に頷くように答える。

 

「私はイヴ=イグナイト。まあ、簡潔に言えばグレンやアルベルトと同じ特務分室の、室長と言えばわかるかしら?」

 

「グレン先生の……?」

 

 ということは、やはりアルベルトさんと同じ特務分室の。しかも、隊長みたいな立ち位置の人か。

 

「それで……そんな人が何の話を?」

 

 正直、そんな大物がこっちに来たという点を考えて俺の中で嫌な予感が渦巻いてきた。

 

「そう警戒しないでくれるかしら? これは貴方にとっても重要な話になるんだから」

 

「俺にとっても?」

 

「ええ。とりあえず、腰掛けて話し合いましょう……異世界から来た坊や♪」

 

 これが、この世界に本格的に関わる事になった瞬間だと後に思うようになった出来事だ。


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