ロクでもない魔術に光あれ   作:やのくちひろし

34 / 55
第31話

 『社交舞踏会』の準備がいよいよ大詰めにまで来たところ……。教師のほとんどは運営に回り、生徒達の準備も終えて大体がダンスの練習に勤しんでいる頃……。

 

「お前みたいな薄気味悪い奴が、ルミアさんと踊ろうなど──」

 

「『水蛇』」

 

「ごぼっ!?」

 

「この……っ! 貴様が彼女に誘われるなんて、おかし──」

 

「『電衝』」

 

「あばばっ!?」

 

「くそっ! みんな、何としてもアイツを抑え──」

 

「『舞うは蒼き水龍』」

 

「「「ぎゃああぁぁぁぁっ!?」」」

 

 だが、そんな中で俺はと言うと……目の前にいる男子十数人を相手に魔術戦をしていた。

 

 理由はルミアとダンスパートナーを組んだのが俺だという事への嫉妬と怒りだ。自分を差し置いて俺がルミアとカップルを組んだのがどうしても認められないようで決闘を申し込んでくる奴が次々と沸いて出てくる。

 

 最初は一人ずつ十秒以内でカタを付けたのだが、あまりにも人数が多いので一回の決闘で十人ちょっとを相手するようにした。それも今回で七回目になるのだが……。

 

「あの〜……俺そろそろルミアとのダンスの練習に入りたいんですが……」

 

「ふざけるなっ! 女性を脅しておめおめとダンスに出るなど恥ずかしいとは思わんかっ!?」

 

「いや、向こうの同意の上なんですけど……」

 

「そんなわけがあるかっ! どうせ貴様が裏で脅してるんだろっ!」

 

「はぁ……」

 

 ただの嫉妬のみならず、時々こんな風に俺が脅したと決めつけて出てくる男子もいる。制服の一部の色が違うから多分上の学年の人だろう。

 

 しかも割と金持ち風な雰囲気があるので良いとこ育ちの坊ちゃんだろう。なんとも想像力逞しい人で……。

 

 そろそろダンスの練習もしたいと言うのに、この人達が行かせてくれないので中々に困った状況だ。流石にこれ以上練習時間を削られるのはたまったものじゃないのでどうにかして退いてもらいたいところなのだが……。

 

「お、リョウ……今日もやってたか。ちょっと付き合ってくれ」

 

「え──って、うおっ!?」

 

 男子連中に退いてもらおうと考えてる所にグレン先生が声をかけて来るや、俺の首根っこを掴んで引っ張っていく。

 

「あ、グレン先生っ!? 僕達は今その男からルミアさんを解放させるために──」

 

「悪いな! こっちも急ぎの用なんでな!」

 

 そう言い残してグレン先生は俺を屋上まで引っ張っていった。

 

「──はあっ! ああ、苦しかった……で? こんな所まで引っ張って何ですか?」

 

「……頼む。今からでも、ルミアとのダンスパートナー……交代してくれ」

 

 普段のふざけた態度を引っ込めて真剣な顔付きで頭を下げてきた。

 

「お前の気持ちはわかってる! ダンスが終わった後ならなんでも言う事聞いてもいい! だから、今だけは何も聞かずに俺と交代してくれ!」

 

「事情を何も話さずに納得出来ると思いますか?」

 

「悪いが、話せねえんだ……俺を恨んでもいい。けど、今は頼む」

 

「……そんなに自分の手でルミアを暗殺者から守りたいんですか?」

 

「……っ!? お前、何で……」

 

 グレン先生が驚愕を浮かべて俺を見る。まあ、本来自分にしか知られてないと思ってるんだからそりゃそうだろう。

 

「……聞きましたからね。あなたの嘗ての上司さんに」

 

「上司……イヴか!? 何でアイツが……まさか、お前を特務分室にっ!?」

 

「まあ、そんな話も出てましたが……とりあえず、それは見送らせてもらいました」

 

「見送った……アイツが?いや、それより何でお前の所に……?」

 

 グレン先生の疑問は当然だろう。だから話す事にした。俺が今回、特務分室と組む事になった経緯を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ね、異世界から来た坊や♪」

 

「…………」

 

 家の居間で、イヴさんは妖艶な笑みを浮かべながら言った。

 

「……それで、俺に何の話を?」

 

「あら、驚かないのね」

 

「もう何が来てもおかしくないって思いつつありますからね。あなたがどっから俺の事を掴んだとしても」

 

「ふ〜ん……意外と度胸はあるのかしら。ま、狼狽されるよりは話を進めやすいわね。ちなみに言っとくけど、アルベルト達から聞いたわけじゃないわ。彼らの隠蔽工作は完璧だったのだから」

 

 わかってはいたが、アルベルトさん達から漏れたわけじゃないようだ。俺の秘密はグレン先生を介してアルベルトさん、バーナードさん、クリストフさんの三人に内密で教えるように伝えていた。

 

 三人は俺の秘密は守ると約束してくれたが、この人の耳は相当なものなんだろう。

 

「けど、仲間だからってグレンや生徒にまで情報を明かしたのは失敗だったわね。あのお人好しを介してじゃなきゃ私もあなたの事をただの不審な少年としてしか見られなかったわ」

 

 よりにもよって漏れたのは俺の身近な人間からか……。だが、今更俺の秘密を明かした事を悔いても仕方がない。

 

 ジャティスだって何処からか知らないが、俺の事を知っていたんだ。もう裏に通じてる人に俺の事を知られても何もおかしくはない。

 

「……それで、俺の秘密を知ってどうするんですか? 俺にあなたの部下になれと?」

 

「ええ、そうよ」

 

 俺の疑問にイヴさんは即座に答えた。

 

「少し前までならそうはしなかったでしょうけど、タウムの天文神殿の騒動を聞いてからあなたに興味が湧いたわ。あなたの異能の事もだけど、別世界の知識を使って短期間で学院生にしては相当な戦闘力……経験の無さを除けばそれなりに使えそうだものね」

 

「よく自分の下に引き入れようとする人に対して道具みたいな言い方をしますね。そもそも、異能者はこの世界では異端の存在じゃないんですか? いや、存在そのものが異端の俺が言えた事じゃないでしょうけど……」

 

「異能者かどうかは私にとっては関係ないわ。それに、私の下にいればあなたの安全もある程度は保証できるわ」

 

「……なんか気の所為か、俺が狙われてるみたいな言い方ですね」

 

「当然じゃない。今までグレンやアルベルトの存在があったから隠れてたけど、あなたが表立って戦っていたあの村での出来事が一部とはいえ広がってるのよ。異世界の人間云々までとは行かずとも異能染みた力を持ってる事を知られるのは時間の問題よ。でも、私の下に来れば向こうも簡単には手出しが出来なくなる。悪くないと思うけど?」

 

「……俺があなたの下に行けば多分、色んな人を殺して回るんでしょうね」

 

「ええ。けど、そんなのを気にする必要はないでしょ……私達が相手取る奴はいずれも人の命を弄ぶような外道魔術師がほとんど。この世に生きちゃいけない存在なの。私達がやらなければ多くの命が犠牲になるわ……あなたが大事にしてる子供達の親族のようにね」

 

「……っ!」

 

 天使の塵による犠牲者達の関係の情報も既に入手済みか。

 

「私の下に来ればあなたを守る事にも繋がるし、子供達を救う情報も手段も与えられる。あなたにとってはとても大事なことじゃなくて?」

 

 確かにあの子達を守る事はとても重要だとは思ってる。だが……。

 

「……断ると言えば、どうなります?」

 

「あら……断るの?」

 

「確かにあなたの言う通り、俺には異能みたいな力はある。グレン先生達が身を置いている所での戦いになれば主にその力に頼りつつある。あなた達みたいな魔術戦の腕がてんで足りないから欲しいという気持ちもあります。けど……この力にしても魔術にしても自ら望んで殺しに使いたくはないんです」

 

「そんな甘い考えで守れると思うの?」

 

「無理かもしれません……けど、だからってただ力を求めたらそれこそ守りたい者を自ら傷付ける結果になるかもしれないから」

 

 このフェジテを出て、俺はそれを痛感した。もちろん力は欲しいし子供達も守りたい。だが、そのためにその道に進むのは抵抗がある。甘い考えだと言われても仕方ないだろうが、俺は自分の力を殺しのためだけには使いたくない。

 

「……けど、今のままじゃいざという時に守れるのかしら? 今も尚迫る脅威に気づく事の出来ないあなたが」

 

「……どういう意味ですか?」

 

 俺の疑問を待っていたかのように妖艶な笑みを浮かべる口が少し吊り上がったような気さえした。

 

「あなたが今通ってる学院では近々『社交舞踏会』があるわよね?」

 

「ありますが……まさか、そこで?」

 

「そういう事よ。しかもそれなりに厄介な暗殺者が手下を連れてエルミアナ王女を殺しにくるわ」

 

「しばらく来ないかと思ったらこんなお祭りみたいなイベントで空気も読まずに突っ込んでくるか……」

 

「言っておくけど、あなた達が気付かなかっただけでそれなりに暗殺者は近づいてたのよ。その雑魚達はアルベルトが片付けてくれたけど」

 

 それは知らなかった。反射的にアルベルトさんを見たが、壁に背を預けて我関せずの態度を取っていた。

 

「大体あなた達がタウムの天文神殿に行く直前まで下っ端がそれぞれ単独行動に走ってたけど、そろそろ『急進派』も我慢の限界が来たってとこね」

 

「『急進派』……?」

 

 イヴさんの言葉のひとつに妙な引っかかりを覚えると、天の智慧研究会の現状をある程度教えてくれる。

 

 どうも白金魔導研究所の事件以来、組織内で二つの派閥に分かれるようになったらしい。片方は主に古参メンバーを中核としたルミアを静観、行動するにしても生け捕りにしようとする『現状肯定派』。もう片方が新参メンバーを中核にルミアを即刻抹殺しようという『急進派』。

 

 今回来るだろう暗殺はその『急進派』が手引きしてるようだ。

 

「あの島での事件からそんな風に…………じゃあ、バークスやライネルはルミアの異能かあの術式を確立するデータ集めの駒に利用されただけだったのか」

 

「へぇ……意外と良い所に気づくじゃない。まあ、今はそこはいいの。今回来るだろう暗殺者は今までの第一団(ポータルス)・《(オーダー)》よりもひとつ上の第二団(アデプタス)・《地位(オーダー)》もいる。そいつなら組織の内部情報も少しは得られるかもしれない。あなたに言った白金魔導研究所の一件から連中の中で明らかに何かが次の段階に移行したのだからこれ以上守ってばかりもいられないの」

 

「……それって、ルミアを餌にそいつらを誘き寄せるって事ですか?」

 

「ええ。言っておくけど、女王陛下も承諾済みの作戦よ。あの組織を相手にするならこれくらいのリスクを負うくらいしなくちゃ」

 

 肉親である女王陛下ですら首を縦に振らざるを得ない程深刻だという事か。

 

「……ちなみに今話したのは国家最高機密(トップシークレット)。決して外部に漏らす訳にはいかない事項だというのを肝に銘じなさい」

 

 その言葉を聞いてそんなもん当たり前だと思ったが、数秒で理解してしまった。これを聞かせたのは俺を逃がさないようにするためだ。

 

 これを聞いた後で軍に入るのを断るようなら情報を外部に漏らさない為と銘を打って俺に何らかの処分を課すつもりなのだろう。

 

 俺を軍に入れるという流れをスムーズに進めるためにルミアに関する話題を出したというわけか。

 

「それで、話を戻すけど……私の下に来てくれないかしら? さっきも言ったように悪いようにはしないから」

 

「…………少し待ってください」

 

 俺はイヴさんから少し離れた棚を開けて中から薄い束にした書類を取り出す。

 

「……何かしら?」

 

「俺の世界の技術の一部……うちの学院の魔導工学の講師に見せようと思ったやつなんですが」

 

「ふーん……高速で動く二輪の乗り物、生体反応を色で示す水晶……随分杜撰だけど、発想自体は面白いわね。で?」

 

「それで俺の軍入りを保留にしてくれませんか?少なくともこの件まで」

 

「……そんなもので取引してるつもりかしら?」

 

「多分ですけど、この話はグレン先生の耳にも入ってますよね? じゃなきゃ、あの人が個人と組む事にあそこまで執着するとは思えませんから。で、あの人はもうあなたも知っての通り相当のお節介なんでしょ。俺が軍に入ろうとすれば絶対に無茶してでも止めに来ると思いますが」

 

「だからどうしたのかしら? グレン一人で私を止められるとでも?」

 

「もちろん無理でしょうけど……グレン先生だけじゃない。ルミアやシスティ、リィエルだって俺達の心の機微には結構鋭いんですよね。今はどうにかなったとしても積み重なったらルミアの方から動いて思わぬトラブルが起こらないとも限らないんじゃないんですか? 特務分室がどれだけすごいのかは俺にはわかりませんが、俺を無理矢理引き抜いたという事を聞けばどっかが横槍入れて俺の能力の事がバレかねません。異能者に対する偏見が少なくなったとはいえ、あなたに相当の苦情が押し寄せてくるんじゃないんですか?」

 

 正直起こるかどうかもわからない、確率的には少なすぎる事かもしれないが、その少ない確率を結構な頻度で当てて来るメンバーでもあるから多少は説得力もあると思う。

 

 軍と関わるにしても少なくとも俺がこの場所から動かずに済むようにはしたい。

 

「……で、保留にしたとしてどうしたいわけ?」

 

「ルミアを狙ってるっていう暗殺者を俺とグレン先生で捕まえる。あなたが捕まえれば軍入りもしまる。けど、俺達で捕まえる事がが出来たら俺の勧誘は止めてください。一応、今渡した資料みたいに軍で使えそうなものは提供する事にしますが」

 

「…………いいわ。どうせ私が捕まえるのに変わりないけど、そっちがその条件でいいなら受けてあげるわ」

 

「ありがとうございます」

 

「話はこれで終わり。近々私とアルベルト含めたチームで会議するから場所はグレンにでも聞きなさい。あと、この資料はありがたくもらっておくわ」

 

 妖艶な笑みでウィンクするとイヴさんはヒラリと身を翻して部屋を出る。

 

「……あんな条件で良かったのか?」

 

 イヴさんが出て緊張感が抜けたと思ったところでアルベルトさんが声を掛ける。

 

「向こうが絶対勝てるって思えるような条件でもない限り話が長引いて結局引き抜かれそうに思えましたから手っ取り早く終わらせたかったので」

 

「確かに、奴の話術と策は相当だから短時間で話を付けたいのも頷けるが……軽はずみにお前の世界の技術まで提供するな。迂闊にお前の事を明かせば奴はむしろ強い興味を抱き、お前を引き抜きにかかるぞ」

 

「かもしれませんが……今俺の考えられる事がこれくらいだったので」

 

「……今更俺が言うのもどうかとは思うが。お前を巻き込むつもりはなかった。お前もグレンと同じ……こっち側に生きるべき人間だからな。だが、室長がああいう以上、軍に引き入れるのを止める事は出来ん」

 

「アルベルトさん……」

 

「例え、そうなったとしてもお前が担当するだろう任務は俺かバーナード、クリストフが付くようには取り計らう。お前が単身で任務に当たらせる事はしない。お前に来る負担は俺達で引き受けると約束しよう」

 

 そう言ってアルベルトさんも部屋を出て行った。今のは、気遣ってくれたという事だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──とまあ、こんな具合に」

 

「あの女狐……っ! お前もお前だ……あの女にそんな条件取り付けたのか! アイツからすればそんな条件あってないようなもんだ! アイツは冷酷で平気で仲間見捨てるようなクズだが、策略に関しちゃとんでもねえんだ! 今回の任務だって、アイツが裏で何か根回しして女王陛下の首を縦に振らせざるを得ない状況を作ったからだ!」

 

「まあ、裏で動く人間を統べる人ならそれくらい出来てもおかしくはないでしょうけど……俺がこの場所でいられるようにするには俺の手でなんとかするしかないと思ったので。俺にはあの人を言い負かす事は不可能でしょうから」

 

「……っ! お前が軍に入ったら……多分ルミアはすぐに気づくぞ。そうなったら自分の所為だって自身を責めるぞ」

 

「かもしれません。でも、もうこれしかありませんから。例え賭けに負けても特務分室にいた方がルミアを護りやすくなるかもしれません。俺だって今より強くなれるかもしれません」

 

「お前が言う強くなるっていうのは……人を殺すのに慣れるって事だ。もしそうなったら人間として壊れるぞ」

 

「なりません……絶対に耐えてみせます」

 

 俺はまっすぐグレン先生を見つめる。

 

「…………はぁ。わかった、もう何も言わねえ。俺達で捕まえればいいんだしな」

 

「ですね。だからルミアのパートナーは引き続き、俺がやるんで」

 

「まあ、もうそうするしかねえか。けど……俺も出来れば近くで護衛しておきてえしな。誰かと組めればいいが、もうほとんどカップル出来上がってるだろうしな〜」

 

「じゃあ、システィと組めばいいんじゃないですか? 彼女はまだ誰とも組んでない筈ですから色々文句言っても何だかんだで引き受けてくれると思いますよ」

 

 組むまでに長々と説教聞かされそうな気もするが。

 

「もうそれしかねえか……やれやれ。まあ、アイツも良いところのお嬢様だし……護衛ついでに優勝して金一封取れれば俺の懐も潤うし、一石二鳥狙ってみるか」

 

「言っておきますけど、それは絶対にシスティの前で言わないでやってくださいね」

 

 そんな事を言えばまた風槌制裁が下って史上最高の吹っ飛び記録が出そうだ。

 

「わあってるよ。ああ、それ以外で何て言って頼めばいいんだかな……」

 

「土下座でもして組んでくださいって頼めば普通に受け入れそうですが」

 

 そんな他愛もない会話をしながら場所を移動する。それ以降は俺が軍入りしてしまうかもしれないという話題を出す事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここ、なんですか?」

 

「あぁ。全く……また辺鄙な場所に呼び出しやがって」

 

 時刻は真夜中……。俺とグレン先生はフェジテの南地区郊外に在る倉庫街へと入っていた。

 

 人目に着かないよう配慮しながら倉庫街を歩くと一軒の木造倉庫の前に立つ。そこには目立たないように術式が刻み込まれてグレン先生はそこに自分の血を使ってルーン文字を描いていく。

 

 それがパスワードみたいなものなのか、血が扉に染み込むように消えていき、扉がギギギと音を立てて開いていく。そこを潜っていくと同時に扉がひとりでに閉まった。

 

「おう、グレ坊! 久しぶりじゃの!」

 

「御健勝のようで何よりです、グレン先輩」

 

 暗闇の向こうから声が掛かり、目を凝らすとそこには四つの影がそれぞれ別の場所に点在していた。

 

「バーナードの爺さんにクリストフ……二人もこの任務に参加するのか」

 

 そこにいたのは壁に背を預けたアルベルトさんと箱の前に座り込んだリィエル……そして、以前世話になったバーナードさんとクリストフさんがいた。

 

「えぇ……今回の一件、申し訳ありません」

 

「まさか、こんな無茶な任務が下ろうとはワシも思わなかったぞ。軍の上層部も何を考えておるかのぉ」

 

「既に軍属でない先輩や一般人のリョウ君まで巻き込んで……先輩は相当に憤っているだろうことは承知してます。ですが、今特務分室のほとんどのメンバーは重要な任務に着いていてとても手が足りないんです」

 

「今回ばかりはお前さんの手を貸してくれんかの?」

 

「……じじい達は、俺が軍から出た事を、怒ってないのか?」

 

 二人の言葉にグレン先生が意外そうな声を出して問う。

 

「……まあ、その件に関してはアル坊がワシらの分まで落とし前着けてくれたようじゃしな」

 

 アルベルトさんへ目線を向けながらバーナードさんが呟く。

 

「まあ、お前さんの辛い事情を考えれば仕方ない部分もあるんじゃろうが……そうなる前にワシらに一言くらいの相談は欲しかったかもな」

 

「先輩が黙って出て行った事については特務分室のメンバー内でも悪し様に言う人達もいます。かく言う僕も思う所がないわけではありませんが……それでも、先輩は僕らと一緒に数々の修羅場を潜り抜けてきた仲間ですから。誰かを守るために誰よりもその身を粉にした……あの先輩を僕は信じますから」

 

「……そう、か……その、なんだ……すまなかった、本当に……」

 

 グレン先生の軍を抜け出した事情は未だによくは知らないが、ジャティスと関わって何かがあったという事だけは朧げだが把握してるつもりだ。気にはなるが、本人がもし話してくれるという事があるまで俺からは何も聞かない方がいいだろう。

 

「リョウ君も……今回は本当に申し訳ない。さっきも言ったけど、僕らには本当に手が足りてないんだ」

 

「一般人のお前さんまで引っ張り出そうとするくらいじゃしの。まあ、お前さんの事を知ってる分にはある程度は安心して任せられるじゃろうしな。スマンとは思うが、頼まれてくれんかの?」

 

「えぇ……今回も二人の手をお借りしますので、よろしくお願いします」

 

 二人は俺に謝罪してくるが、経緯はともかく、何も知らずにルミア暗殺計画が進行されるよりは知ってた方が幾分かマシだと思ってるし、そもそもこんな滅茶苦茶な任務を企てたのは二人ではないので許すも何もないのだが。

 

「さて……旧交を温め合うのもそれくらいにして、本題に入るわよ」

 

 ある程度の会話が終了するとパンパンと柏手を打つ音が倉庫内に響き、隅からこんな滅茶苦茶な任務を下した張本人であるイヴさんが姿を現した。

 

「……何をやるの、イヴ」

 

「いいのよリィエル。貴方は何も考えなくて。どうせ貴方じゃ聞いても何もわからないんだから、貴方は取り敢えず私の言う通りにしてくれればいいの」

 

「……ん、わかった」

 

 イヴさんの言葉を聞いてリィエルは即座に目を閉じて眠りにつく。だったら何故呼んだとツッコみたいところだったが、すぐに会議が始まった。

 

「じゃあ、まず任務概要の確認からだけど……今回の内容は明後日に行われるアルザーノ魔術学院の『社交舞踏会』に乗じて王女の暗殺を狙う組織の企てを阻止し、逆に敵の首謀者を生け捕りにする──以上よ。何か質問はあるかしら?」

 

「じゃあ、いいですか?」

 

 イヴさんの任務内容に俺は最初に会った時から気になってた事を聞きたかった。

 

「何かしら?」

 

「そもそも暗殺だって決めつけてかかるみたいですけど……そもそも向こうが秘密裏に行動するなんて保証があるんですか? 暗殺を阻止して動こうと邪魔された向こうが逆ギレしてテロに作戦変更されたら無関係な人達が巻き込まれかねませんよ」

 

「それについては俺も物申ししてえな。連中が形振り構わなくなったら俺達でも学院全体を守りきれなくなるぞ。やっぱり学院に情報流して舞踏会を中止させた方がいい」

 

 俺の考えてる事をグレン先生も思っていたのか、社交舞踏会の中止を提案するがイヴさんは最初からこの質問が来るとわかっていたのか、余裕の態度を崩さなかった。

 

「大丈夫よ、それは」

 

「何でそう言い切れんだよ?」

 

「向こうは飽くまで今回は暗殺に拘らなければいけない理由があるの。今回の暗殺計画は組織の総意ではなく、その一部の『急進派』の先走り。下手人が明らかになってしまうような方法では組織の意向に逆らったと見なされて『急進派』は全員粛清対象になる。だから連中は誰にも知られないように、証拠が残らないように暗殺をしなければならないの」

 

 向こうにも向こうの事情が絡んでるから逆に向こうの手段が絞れて作戦に当たりやすくなるって事か。

 

「……敵の戦力はわかってるのか?」

 

「私が集めた情報だと、敵戦力は四名。第二団(アデプタス)地位(オーダー)》が一人とそれに三人の第一団(ポータルス)(オーダー)》が着いてるわ。私達七名で十二分に対処可能よ」

 

「それ、確かな情報なんだろうな?」

 

「あら? 私の情報が間違いだった事なんかあったかしら?」

 

「…………っ!」

 

 忌々しそうなグレン先生の表情から察するにこの人の情報力は相当のものなんだろう。

 

「納得してくれたみたいね。で、今回最も警戒すべきは第二団(アデプタス)地位(オーダー)》の外道魔術師なんだけど……そいつの二つ名と名前はもう判明してるわ。多分みんなご存知だと思うけど」

 

「誰なんだ?」

 

「『魔の右手』のザイードよ」

 

「「「……っ!」」」

 

 その名前を聞くとグレン先生とアルベルトさん、バーナードさんの表情が強張る。

 

「マジかいな……あの 『魔の右手』が来るとは……相当厄介じゃの」

 

「……誰ですか、そいつ」

 

「あぁ、そいつは──」

 

「暗殺者として悪名高い外道魔術師よ。パレードや演説場、大きなパーティー会場など主に人の多い場所での暗殺を得意としているわ。大勢の人間がいる中で誰一人として気づく事もなく特定の人間を暗殺する……その手段も刺殺、絞殺、撲殺と一定していない。これまで帝国の要人がありとあらゆる警備や護衛も虚しく殺されてるわ」

 

 誰一人として気づかない……人気のない場所で殺されるならともかく大勢の人間がいるにも関わらず、しかも政府関係の人間を次々と護衛にすら気づかないまま。

 

「その暗殺方法は未だに不明だけど、関係ないわ。今回はこの私がいるのだから」

 

 そう言いながらイヴさんは左手に独特の色の炎を灯して周囲に見せつける。

 

「これは眷属秘呪(シークレット)[イーラの炎]。一定領域内にいる人間の負の感情──特に、殺意や悪意などの感情を炎の揺らめきを使って視覚化させる魔術よ」

 

 イヴさんの説明だと人間の感情も生体内化学反応の一部……確かに脳で生み出される感情が電気信号や熱となって身体に伝わるのはある程度知ってる。イヴさんのこの魔術はその反応を監視して暗殺者を区別させるためらしい。

 

「けっ……んな事が本当に出来んのかよ」

 

 もちろん、だからってほいそれと受け入れられるわけがなく、グレン先生も疑いの目を向ける。

 

「私の[イーラの炎]と[第七園]は舞踏会の会場くらい余裕でカバー出来るわ」

 

「だから、会場内にいる限り安全だとでも言うのか?」

 

「えぇ、そうよ」

 

「でも、待ってください。人間の感情を視覚化出来ると言ってもそれがそのザイードって奴本人だって言い切れる根拠は? その魔術って特定の感情を持っていれば無差別に引っかかるものじゃないんですか? 向こうが囮として誰かを操るなんて手段を使ってそれを阻止されたとなれば本人は隠れるなり逃げるなりとまた身を潜める事に……」

 

「それだって関係ないわ。単身だろうが複数だろうが……手を下す人間がただの傀儡であろうが、王女を殺そうとする瞬間には絶対心に変化があるものよ。私の[イーラの炎]による目からは逃れられない」

 

 俺も抵抗して質問を重ねるが、それも全て即答され、説明されればされるほどこの人の作戦の隙のなさが際立ってくる。

 

 そこに俺とグレン先生がルミアの傍にいる事で更に安全を確保し、会場の外ではアルベルトさん、バーナードさん、クリストフさんが監視する事で外部からの介入を阻止する。

 

 以前の怪物ならともかく、人間相手を考えれば三人共相当の実力だという事はもう知ってる。万全に万全を重ねた見事な作戦だという事は素人から見ても明らかだし、この人達と組んだ事のあるグレン先生も悔しげな表情はしてるもののそう思ってるんだろう。

 

「どうかしら? 一部は無関係な人間を巻き込むかもしれないからやめろみたいな事を言うけど、暗殺しか手段がないことさえわかってれば結構容易いのよ」

 

「……っ!」

 

「元より敵組織に対してこっちも守ってばかりもいられないの。自ら多少の危険があろうとも飛び込む事を考えなきゃいけない段階に入ってるの。こういうの、東方とかの諺で何て言うんだったかしら?」

 

「……虎穴に入らずんば虎児を得ず」

 

「ああ、そうだったわね」

 

 イヴさんは挑発気味に言って作戦の説明を続ける。

 

「……おい、リョウ。お前は何か他に見落としがあるって思うか? 異世界から来たお前だからわかる何か……」

 

「……ごめんなさい。さっきから考えてますが、集団催眠なんて出来る規模とは思えませんし、話を聞く限りじゃザイードが手を下した場所もジャンルも手段も一定しなさ過ぎて絞りきれないんです……」

 

「……そうか」

 

 他に何か資料でもあれば少しはわかるかもしれないが、そんな物を用意出来る時間はないだろうし、そもそもまだ一般人でしかない俺にそんな物を見せてくれるとも思えない。

 

 けど、俺達が介入するという事は向こうだってわかってる筈なのに、何も対策しないとも思えない。かと言って、イヴさんの作戦を壊せるとも思えないし……言葉に出来ない不安ばかりが積み重なる。

 

「お前達の不安は最もだろう。俺も未だに不明な奴の暗殺手段には思う所はある」

 

 今まで黙っていたアルベルトさんが俺達の心境を察したのか、呟き出す。

 

「だが、既に賽は投げられた。となれば、後は手持ちのカードで如何に奴らを追い詰めるかだ。お前達からすれば不本意極まりないという事も承知してる。だから、この作戦は決して安易な妥協はしないと……お前達の守りたい物を、俺も命に代えても守ると約束しよう。決してお前達の不安を現実になどさせんとな」

 

「アルベルト、さん……」

 

 首からぶら下がった古びた十字架のペンダントを握り締めながら言うアルベルトさんがすごく頼もしく感じた。

 

 不安が全部なくなるわけじゃないが、アルベルトさんがここまで言ってくれる以上、こっちも不満ばかりも言ってられない。自分が不安に感じる事があるのならそれをなくせるようにすればいいだけだ。

 

 そう思わせてくれる程の頼もしさをこの人から感じる。

 

「……けっ! 随分言ってくれるが、今更テメェにんな事言う資格があんのかよ!」

 

「ないな」

 

「わかってんなら御託は要らねえ、精々気張れよ。俺の生徒に何かあれば承知しねえ。イヴの次はテメェだ!」

 

「いいだろう。その時は好きにしろ」

 

 アルベルトさんの言葉に感銘を受けたらグレン先生がやたら喧嘩腰でアルベルトさんも嫌味な態度で返して殴り合い一歩手前の雰囲気が出ていた。

 

「あ、あの……あれ、大丈夫なんですか? こんなんでチーム組むとか……」

 

「ああ、大丈夫じゃ。あの二人が組む時は大抵ああじゃからの」

 

「随分ご無沙汰だったけど、久々に見ましたね……あの二人のいがみ合いは」

 

 二人の様子を見ると、グレン先生とアルベルトさんのあれはよくある事らしい。喧嘩するほど仲が良いって奴だろうか。そんな事を口にすれば痛い目を見そうなので決して言えないが。

 

 あの二人の様子を見てさっきまで感じた不安が徐々に払われていく気がした。それでも、正体の見えない『魔の右手』のザイードなる存在に対する不安は胸の奥に残り続けるが。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。