ロクでもない魔術に光あれ   作:やのくちひろし

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第32話

「……たくっ、どいつもこいつもこっちの気も知らずに浮かれやがって」

 

「いや、先生……そりゃあ言うわけにもいかないんですからしょうがないでしょ」

 

 会議から翌日の午後……ようやく待ちに待った社交舞踏会が開催された。

 

 ワイワイと賑わっている──と言うより、ほとんど会話と耳障りな音楽しか耳に入ってこない中、会場前で普段絶対着ない燕尾服を身に纏った俺とグレン先生が立っている。

 

「なんていうか、お互い違和感しかありませんね。特に俺なんて右腕部分がダランダランですし」

 

「だからお前、いい加減義手でもなんでも着けりゃいいだろう。一応肉体の一部を複製して付ける技術はあるんだからさ」

 

「それは以前にも言われましたけど、今はそうしない方がいい気がするんですよ。それに、その当てって言うのがシューザー教授ですからね。あの人じゃ余計なものまで付け足されるような気がして……」

 

「ああ、それは否定できねぇ……いや、法医学担当のセシリア先生なら──」

 

「あの人じゃ複製させる間かその前に血反吐履いて倒れかねませんから頼めないんですよ」

 

「うん、その姿が容易に眼に浮かぶわ。悪かった……」

 

 シューザー教授も駄目。セシリア先生も駄目。他の人でも腕のレベルで言ったら前者二人には及ばなそうなので信用が出来ない。だから現状維持だ。

 

 それに、言葉に出来ない引っかかりがこのままにした方がいいと言ってるような気がして義手や複製の腕では駄目な気がするので結局はこのままにしてる。

 

「しっかし……人が多いとはいえ、油断すると目眩がしそう……既に若干頭も痛いし」

 

「おいおい、そんな調子で大丈夫かよ? 恐らく例の奴が既に会場内に紛れ込んでても不思議じゃねえんだ。今のお前なら余程のことが無い限りは出し抜かれるなんて事はねえと思いたいが、あまり調子が良くねえなら……」

 

「いえ、我慢出来る範囲ですので問題はないです。今更こんな所で退くつもりなんてありませんから……それに、こっちは何が何でも事が起こる前に捕まえなきゃいけませんから」

 

「……そうだな」

 

 ルミアの事もあるが、俺達の手で捕まえなければ俺は宮廷魔導師団に引き抜かれる事になっている。引き抜かれた所で余りマイナスな要素は無さそうに思えるが、グレン先生の話を聞くに俺が身を置いていい場所ではないとの事なのでやはり賭けに勝つべきだと念を押されてる。

 

「しっかし、遅えな……もう三十分はかかってんじゃねえか?」

 

「まあ、女性の着替えなんてそんなもんでしょ。増してや、こういうパーティー向けのドレスなんてそれなりの手順もあるでしょうし、日本の着物に比べればまだ短い方でしょ」

 

 もっとも、振袖とかの手順なんて知らないので比べようもないのだが。何重にも着るやつよりはまだ短いとは思う。

 

「あ、いた……ごめんね、遅くなって」

 

「お、やっと終わったか。まあ、別にそんな待って……な…………」

 

 ようやく着替え終わっただろうルミアの方を振り向くが、途中から言葉を発するための力が抜けていった。

 

 ルミアの姿が余りにも美しかったから。化粧とか高そうなアクセサリーとかはパーティーなんだから当たり前だとは思うが、その付け方とかドレスの色や着こなしぶりとかテレビや写真で見る時の感覚と全然違っていた。

 

 それら一つ一つが見事にルミアの魅力を余す事なく引き出してルミアという一人の女性の存在を普段の何倍にも輝かせて見せていた。

 

「あ、リョウ君……タイ曲がってるよ、ちょっと動かないで」

 

「あ、はい……」

 

 ルミアが俺の燕尾服のタイを直そうと接近して来るから普段の倍増しで綺麗になった外見を至近距離で見せられる上に女性特有のいい匂いもしてかなり緊張する。

 

「これでよし──って、どうしたの?」

 

「え、いやその……」

 

「ああ、気にすんなルミア。こいつ、見惚れてるだけだから」

 

「ちょっ!?」

 

 ルミアの疑問に応える前にグレン先生がニヤニヤとした顔で余計な事を言ってくれやがった。

 

「え、そんな……お上手なんですから」

 

「いや、俺から見ても十分凄えと思うぞお前の着こなしぶり」

 

「もう、そんな……」

 

 こっちは緊張で上手く言葉も出せないというのにグレン先生は普段と変わりなく素で言えるのが今は羨ましい……。

 

「じゃあ、私達は先に行ってますね。ほら、行こ」

 

「あ、おう」

 

 ルミアに手を引かれ、そのまま俺達は会場へと向かう。

 

「うわぁ……何というか、凄い……」

 

 会場内に入れば音楽のメロディーがより反響して聞こえ、そんな中で燕尾服やドレスを身に纏った生徒や教師達がグラス片手に談話したりカップルを組んで踊っていたりと序盤から既に雰囲気が盛り上がっていた。

 

「どう、初めてのパーティーは?」

 

「いや、もう圧巻の一言……」

 

 端っこで見てるだけでも既に雰囲気に飲まれそうになる。

 

「ルミアはやっぱこういうの慣れっこだよな……元王族なんだし」

 

「確かにお母さんと一緒にこういうパーティーに来た事はあるけど、遠巻きに眺めてるだけだったからこうやってパーティーの中に入るなんて事はなかったなぁ」

 

 まあ、考えてみればそりゃあそうだろうな。王族の子をパーティーに出席させたとしても、誰かに近づかせるなんてことはまずないだろうし。

 

「それでも初心者の俺よりはずっと色々知ってるわけだろ? 男の身で情けない限りだが、是非ご教授くださいな」

 

「ふふ、うん。じゃあ、向こう行こっか。もうダンスしてる人達が何組かいるし……きっとリョウ君、驚くよ」

 

 ちょっぴり悪戯な笑みを浮かべたルミアが俺の左腕を引っ張って案内する。何か面白い物でもあるのか?

 

「よう、リョウ!」

 

「お、カッシュか」

 

 ルミアと移動しようとすると、燕尾服を身に纏ったカッシュが呼びかけて来る。元々体格がいいからか、貴族ではないといいながら結構似合ってるな。

 

「ほう、本当にルミアちゃんと踊るんだなお前。気を付けろよ……お前、今『夜、背後から突き刺すべき男』リストのトップに名を刻んでるんだからな」

 

「ちょっと待て、何だそのリスト……」

 

 人気女子ランキングなら聞いたことはあるけど、そんな物騒なリスト聞いたこともないぞ。

 

「そりゃお前……学院で人気の天使と踊るチャンスを手にしたんだぞ。ルミアちゃん狙ってた男子共からそりゃあ妬みや嫉みやら、別の意味で注目集めてるんだぞ」

 

「いや、こっちはちゃんと本人の同意を得た上で組んでるんだからさ……」

 

「だから余計に恨まれるんだろうが。どの誘いも即答で断ってたルミアちゃんがお前とは組んでるんだからそりゃあルミアちゃん狙いの男子共は嫉妬するわ」

 

「えぇ……」

 

 気持ちはわからんでもないんだけど……。

 

「全く、格式高いダンスパーティーの場だと言うのに、参加している男性達は皆品がありませんわ」

 

「あ、ウェンディ」

 

 文句を垂れながら来たのは貴族のお嬢様らしい赤いドレスに身を包んだウェンディだ。

 

「お二人もダンスコンペに参加するようですが、『妖精の羽衣』をみすみす他人の手に渡すのも癪なものですので、至高の淑女たる私も参加させていただきますわ、おーっほっほっほ!」

 

「ちなみにウェンディのパートナー、俺な」

 

「……戦う前に、負けましたわ」

 

「ヒデェな、おい!?」

 

「珍しい組み合わせだな……」

 

 システィが魔術師の風態を重視してるのであれば、ウェンディは貴族としての振る舞いへの重視が割高なので言っちゃあなんだけど、カッシュと組むのは意外だった。

 

「ああ、くじ引きで決めたからな。クラス全員で」

 

「クラス全員で!?」

 

 いや、確かに参加は自由だけど、クラスメート全員が会場に来ているとは思わなかった。

 

「ああ、お前と先生が参加してるってんで、ちょっくら面白い事思いついたんだよな」

 

「面白い事って……?」

 

「クラスメート全員でダンスコンペ参加して先生を金銭的に干して、お前にはドン底に落として恥辱の制裁を……という計画を立てて来ましたぁ!」

 

「はあっ!?」

 

 カッシュの計画に驚きの声を出した。

 

 おいおい……俺が参加するのは個人的な楽しみもあったけど、今回は主にルミアの身を守るためだ。その計画を実行された日には下手してレベルの高い人間が紛れたらグレン先生やルミアが教えてくれたとはいえ、初心者の俺では上位に食い込むのが難しくなる。

 

 グレン先生の話じゃ、ダンスコンペで勝ち続けられる限りは本人の意思でない限りは別の異性とのダンスの誘いを断る事も可能らしいが、コンペで負けてトーナメントから外れてからは誘いがあれば一度は応じなければならないという決まりがあるようだ。

 

 なのでカッシュの計画はハッキリ言って余計な事である。

 

 これからどうしたものかと別の意味で頭が痛くなってきたところに女子の黄色い叫びみたいなのが会場に響いた。

 

「ん、何だ?」

 

「ほら、あの組」

 

 女子の叫びに心当たりがあるらしいルミアがある方向を指差すと、そっちにはシスティがグレン先生ではなく、見慣れない誰かと組んでシルフ・ワルツを踊っていた。

 

「システィか? 組んでるのは……誰?」

 

「うふふ……わからない?」

 

「え?」

 

 ルミアがやたら可笑しそうに含み笑いするのでジッとシスティと踊ってる男子を見るが……青い髪を綺麗に束ねて顔は中性的、でも表情が人形じみて変化に乏しいイメージがある。

 

「……ん? あれ、なんかどっかで……」

 

 記憶に引っかかりを覚えると音楽が止んでシスティが共に踊っていた男子と一緒にこっちへと歩み寄ってきた。

 

「ふふふ、どうだったかしらリョウ?」

 

「どうって……まあ、貴族のお嬢様だからかやっぱ上手いなって」

 

「そうじゃなくて、こっちよ」

 

 システィがズイ、と一緒に踊っていた男子を押し出す。

 

「いや、そもそも誰……?」

 

「……? 私だけど」

 

 コテ、と首を可愛らしく傾げる様に俺は激しい既視感を覚えた。ていうか、この声って……。

 

「え……まさか、リィエル!?」

 

「あったり〜♪」

 

 悪戯成功とでも言わんばかりにルミアが可愛い声を上げるが、俺は目の前の不自然に唖然としていた。

 

「ふふふ、驚いたかしら? 私この子なら会場の女子達を虜にする男装の麗人になる予感を覚えてたの。そして男装させた上でダンスを教えたら予想以上の出来上がりよ!」

 

「いや、もう何て言うか……」

 

 同じ男として若干自信が無くなってきたんだけど……。

 

「おお、何だ白猫……もう踊ってたのか。一体誰と──って、お前リィエルか!?」

 

 システィが遅かったのが待ちきれなかったのか会場に入ってたグレン先生が歩み寄って見事に化けていたリィエルを見て驚愕していた。うん、その気持ちよくわかる。

 

「ふふん、どうかしら先生。私の渾身のプロデュースよ」

 

「いや、確かにすごいけど……中々に酷いなお前」

 

「え、何が?」

 

 全く意味がわからないという風に首を傾げたシスティに俺はリィエルを指差してやる。

 

「グレン……私も一生懸命だんす? 覚えた。後で一緒に踊って?」

 

「いや、踊るのは別に構わねえんだが……お前が練習したダンス、男役のパートだろ?」

 

「……え?」

 

 初めて知ったと言わんばかりに普段眠そうに細められた目が開いた。

 

「……おい、あれどうする?」

 

「……ごめん。そっちにまで頭が回らなかったわ」

 

 リィエルの様子を見て若干罪悪感を覚えたのか、目を逸らしながら呟いた。

 

 ていうか、リィエルも一応ルミアの護衛の一人なんだから仕事してくれよ……。いや、話も聞かずに寝ていたんだったな。今更だったよ。

 

「あはは……結局みんな集まっていつも通りなんだね」

 

「これじゃあ、社交会というより単純なお祭りみたいな雰囲気だな」

 

 まあ、カッシュの余計な策略のお陰で得られた事と言えば知り合いが少ない故の緊張が薄まった事くらいだが、少しは感謝しなくもないな。

 

 そのままなんて事ない会話をしながら十分くらいすると、リゼさんのアナウンスが会場内に響き渡り、いよいよダンス・コンペの開始となった。

 

 まずは予選で勝ち進まなきゃザイードにルミア暗殺のチャンスをくれてしまう事になるのでなんとしても勝ち残らなければいけない。

 

 幸いというか、俺の知る中で一番の障害であるグレン先生は別のブロックに分けられたようだ。だが、元々貴族の集まり易い場だから目元最大の障害がいないからと言って油断はできない。

 

「ほら、私達は向こうでみたいだよ」

 

 気を引き締めようとした所にルミアが腕を引っ張って割り振られた場所へ移動する。

 

「ふふ……なんかドキドキするね?」

 

「え、あ、そうだな……」

 

 こっちは主にルミアが襲われないかという不安から来る緊張だが、パーティーを楽しんでるだろうルミアの前で言うわけにはいかない。

 

「私、今日がずっと楽しみだったんだ……『天使の羽衣』を目指してステキな人と踊るのが子供の頃からの夢で」

 

「まあ、女子からすれば憧れの衣装らしいしな」

 

「うん。でも、私って普通じゃないから……普通じゃない私と親しくなったら、きっといつか不幸になるから……。だから、あのジンクスがどうしても怖くて……」

 

 それを聞いて俺はルミアが今まで男子達の誘いを断ったのが単なる自分と合うかどうかという意味でそうしただけじゃないと理解した。

 

 ルミアは恐れ続けてたんだ……。自分が忌み嫌われる存在だという現実を突きつけられてから……表面上は優しい女の子を装ってもその裏では常にそういった不安がのしかかり続けていたんだろう。

 

 今まで考えなかったわけじゃないが、今のルミアの妙に悟ったみたいな表情を見てなんとも言えない怒りのような感情が湧いてくる。

 

「だから、今日は最高の夜にしてくださいね、紳士(ジェントルマン)?」

 

「……こんな田舎者で良ければな」

 

 正直言えばこの場を純粋に楽しめればどれだけ良いかと思う。何故彼女にこの世界は苦しみばかりを与えようとするのか。そう考えるだけでつい周りの物を壊しかねないくらい力が入りそうになる。

 

 けど、今は水面下で起こっている事態がそれを許してくれない。それでも、ルミアの子供の頃からの夢を壊させたくなんてない。

 

 だから、絶対に守ってみせる。最悪命を賭してでも。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあ、そんな気合い入れてかかったものの予選は余裕で突破しちゃったな……」

 

 結果を言えば、予選一回戦は余裕で通る事が出来た。数日とはいえ、グレン先生から本格式の『大いなる風霊の舞(パイレ・デル・ヴィエント)』を習ったお陰で予選は審査員からのチェックを大目にもらえたので本戦への切符を手にする事が出来た。

 

「ムキ──ッ! なぜ、わたくしが予選一回戦落ちなどという無様な結果をっ!?」

 

「ああ、言っとくけどウェンディ……今回は俺、悪くないからな?」

 

「わかってますわそんなの!」

 

 向こうではカッシュ&ウェンディを含めた二組のメンバーの七割強が予選敗退していた。ちなみにカッシュ&ウェンディ組は最終場面でウェンディがドレスの裾を踏んで転ぶというテンプレ展開を起こして見事敗退。

 

「まあ、何というか……予想されたオチではあったよな」

 

「そういうお前は今期のダークホースみたいな注目されてるぞ。片手だけの癖に見事なリードするとかで」

 

「予選はなんとかなったけど……元々貴族の多いからか、油断の出来ない状況だよ」

 

「だよなぁ……おまけに先生とシスティーナが優勝の筆頭候補なんて言われてるし」

 

 なんだよな。チラッと見たが、俺に教えるだけあってグレン先生が上手いのは言うまでもなく、システィーナも相当の地位の貴族出身でその手の教育を施されたからか、ダンスの技量は相当ある。正直あのカップルに勝てる自信はない。

 

「うふふ……俄然燃えてきたね」

 

「そ、そうだな……」

 

 あのレベルのダンスを見てルミアは緊張するどころかかえって対抗心燃やしてるっぽいし、すごい鋼のメンタルだよ。昨今の日本人でここまでの境地に至ってる高校生なんていなくない?

 

「……失礼。先の予選一回戦、拝見させていただきました。とても素晴らしいダンスでしたよ」

 

 会話に盛り上がっていたところに燕尾服を着た俺達とほとんど変わりない年の男が声を掛けてきた。

 

「僕はカイト=エイリースと言います。クライトス校から招待されてやってきました」

 

 クライトス校……確か、以前来ていたレオス先生の一族が設立した学校だったか。学院行事では他校の人間をよく招いてるらしいが、この男もその一人か。

 

 まあ、さっきからそう言った男子からも引っ切り無しに声が掛かってて鬱陶しい事この上ないのだが。

 

 出会って一言二言ダンスもしくはちょっとした世間話をしてからダンスの相手を願うのが先程からの流れとなっている。実際、俺達を褒めたと思えばすぐにルミアにダンスの相手を申し込んでるし。

 

 また話が長引かないうちに適当に締めくくるかと思っていた時にグレン先生の姿が目に入った。何やらすごく険しそうな表情をして聞けとジェスチャーを投げかけてきている。

 

 それに従って俺は集中して聴覚を鋭敏にさせるとグレン先生が俺にしか聞こえないように小声で話しかけてくる。

 

「(気をつけろ……今イヴが通信寄越してきたが、そいつが《魔の右手》ザイードらしい。まあ、十中八九お前の予想してた囮だろうが……)」

 

 グレン先生の言葉を聞いて俺は瞬間的に湧いた警戒心をどうにか抑えて表情を引きつらせないように呼吸を鎮める。

 

「(……で、こいつどうするんですか? 堂々と目の前に現れてますけど、捕まえたりは……)」

 

「(俺も言ったが、却下されたよ。このままザイードに協力してるだろう暗躍してる奴も誘き出して一気にとっ捕まえようって魂胆らしい)」

 

「(協力者……ちょっと待ってください。そんな話出てましたか?)」

 

「(伏せられてたんだよ。俺達どころかアルベルト達にまでな……自分の手柄欲しさに平気で仲間見殺しにするようなアイツらしいやり方だが……アイツ、いつかぜってぇしばく)」

 

 グレン先生の怒りの滲んだ愚痴を聴きながら俺もあの人に対しての不信感を募らせていく。元々一般人でしかない俺に情報を共有しないのは仕方ないにしても元軍人のグレン先生や部下のアルベルトさん達にまで伏せるあの人のやり口。

 

 それらがただ自分の手柄欲しさというだけと言われてはいくらなんでも許す事は出来ない。かと言って俺にはグレン先生と違って通信手段を寄越されていないし、今ここを離れるわけにもいかないのでグレン先生伝手のイヴさんの命令に従うしかない。

 

「なるほど……彼はこう言ったパーティーは初めてでしたか。それにしてはとても良く出来ておりましたよ。片手を失ってるにも関わらず、いい踊りでした」

 

「ええ。この日のためにすごく練習してましたから」

 

「あなたみたいのお美しい方とずっと踊れるとは彼が羨ましいですね。良ければダンス・コンペが終わった後で僕とも一曲踊っては頂けませんか?」

 

「はい。普通に踊る分には構いませんよ」

 

「ありがとうございます。ダンス・コンペのご健闘、祈ってますよ」

 

 カイト……いや、ザイードらしい少年が優雅な一礼をすると今度は俺の所へ歩み寄って右手を差し出す。

 

「君も、コンペのご健闘を祈ってますよ」

 

 ただの癖なのか、挑発のつもりなのか、右手を差し出してきた。《魔の右手》なんて呼ばれてるわけだからそれを握る事で何が起きるかわからない。

 

 もっとも、本物ならばの話だけど……。

 

「……うん。応援ありがとう……《魔の右手》さん──の傀儡」

 

「……へぇ、本人でないというにも関わらず、迷いなく右手を握って来ますか。流石に《魔術師》のイヴが気にいるだけはありますね」

 

 俺の言葉を肯定するようにカイトも小声で笑いかえす。

 

「それでは、コンペ楽しみにしてますよ」

 

 手を離すとカイトは最初に会った時のように優雅な笑みを浮かべて会場の人混みに紛れていく。

 

 耳障りで頭に気持ち悪く響く音楽に包まれたまま、何も知らない人達はただこのパーティーを楽しんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 一時間くらいダンス・コンペの予選が行われ、ようやく予選全てが消化して本線出場枠が発表された。ちなみに俺とルミア、グレン先生とシスティのカップルもちゃんと本戦へ進めた。

 

「やったね、リョウ君」

 

「お、おう……」

 

 本戦に進めたはいいけど、正直かなりしんどい。耳障りな音楽の所為で頭痛が地味にウザいし、グレン先生達を含めダンスのレベルの高いカップルもチラホラいるから全く油断ならない。

 

 そんな事を考えてるとグレン先生とシスティがやってくる。

 

「おやおや〜? たまたまお情けでルミアとカップル組めたリョウ君じゃないですか〜。まさかお前が本戦進めるとはな〜。だが悪いな……金一封を手に入れるのは俺様じゃー!」

 

 グレン先生もルミアの護衛も担ってるから演技だというのはわかるのだが、普段が普段だけに台詞に何の違和感もなかった。

 

「ほんと、何で私こんなのと組んでるのかしら……まあいいわ。ルミア、あなたの『妖精の羽衣(ローべ・デ・ラ・フェ)』に対する想いは知ってるわ。でも、それとこれとは別問題よ。私達は絶対に優勝するんだから覚悟しなさいよ」

 

「ふふふ、こっちこそ負けないよ。『天使の羽衣』はきっとリョウ君が勝ち取ってくれるから……ね?」

 

「え? お、おう、もちろん……」

 

「あれれ〜? リョウ君、ビビってる〜? まあ、仕方ないよな〜、元々ダンス初めてだし。途中でポカやっても後で盛大に笑ってやるから安心しろ〜」

 

「全く安心できる要素がありませんよ」

 

 演技だとわかっていてもこの人の場合、後で本当に笑っていそうだし。グレン先生の宣戦布告を聞いて俺とルミア、システィにリィエルは人混みから少し抜け出て料理の並ぶテーブルへと向かった。

 

「はぁ……慣れないダンスばかりだからちょっと空腹感が……」

 

「ずっと動いてたものね。今の内に何かお腹に詰めた方がいいんじゃないかな?」

 

「そうする」

 

 もっとも、すぐ近くで瞬く間に皿一枚に積まれた料理を平らげてるリィエルを見るとこの空腹感も消失してしまいそうな気もするが。

 

「こら、リィエル。お腹空いたのはわかるけど、テーブルに並んでるの全部はダメよ。他の参加者だって食べるんだし、先生の分も持って行かなきゃいけないんだから」

 

「いや、先生はパーティー始まってからも結構食べてるんだからそんなに大量に持っていく必要はないだろ」

 

「あれ、そうだったかしら? でも、何か持って行かなきゃいけない気がするのよね」

 

 なんだそりゃと思うが、グレン先生の事を考えた途端に妙な頭痛がまた襲ってくる。ルミアの手前我慢はしているが、パーティー会場に入ってから随分続いているな。

 

 頭痛を我慢しながら料理をある程度腹に収めると料理を少量皿に移してグレン先生のもとへ戻っていくとダンスをしたからか、中央舞台の人混みから出て行く姿が見えた。

 

「……あ、お前ら……本当に無事だったんだな」

 

「え……?」

 

 俺達の姿を見たグレン先生がホッとしたような表情を浮かべていた。何かあったのか?

 

 料理を持ってきた女子達にどんだけ持ってくるんだと呆れながらも皿を受け取って料理を口に運びながら俺の側へ寄ってきて小声で話しかけてくる。

 

「おい、リョウ……突然だけどさ、目で見れば概ね五つの階段、目を瞑れば概ね八つの階段って、何の事かわかるか?」

 

「いや、本当に突然何ですか、そのなぞなぞみたいな問いかけ」

 

「さっき、俺の所にエレノア=シャーレットが来たんだよ」

 

「……誰ですか?」

 

「元女王陛下の側近だった女だ。天の知恵研究会の間諜の」

 

「な……っ!?」

 

 同じ天の知恵研究会の暗殺者がいるところにスパイだったメンバーまで紛れ込んだ事に驚きを隠せなかったが、グレン先生から離れた所を狙わずに俺達ではなくグレン先生に接触したのに疑問が浮かんだ。

 

「……それで、さっきのはその人が?」

 

「ああ……何故かザイードを止めるための助言をくれやがったんだ。“目で見れば概ね五つの階段であり、目を瞑れば概ね八つの階段であります。沿って走れば、その幽玄なる威容に、人は大きく感情を揺さぶられる事でしょう”……だとさ。正直意味がわからねえ」

 

「俺も全く。ただ……」

 

「ただ、何だ? 何かわかったのか?」

 

「前半はわかりませんけど、後半の人は大きく感情を揺さぶられる……これだけを聞けば、ザイードの暗殺は暗示によるものかもしれないですね」

 

「暗示……?」

 

「人の感情……というか、心っていうのは観測的な意味では複雑ですが、誘導自体は意外と容易いんですよね。暖色とか寒色とか、赤を見れば熱く感じるし、青を見れば冷たく感じるように、人間の五感に働きかける事で人間の思考と感覚を誘導することも可能ではあるんです。それを共感覚醒とか言うんですけど」

 

 とある漫画でもそういう理論とかはあったし、幻術系統の魔術もあるこの世界ならあり得ない話じゃないだろう。

 

「手品でも、周囲の人間が別のところに気を取られてる虚を突いて魔法みたいに見せる技術もありますし。ザイードも、周囲の人間に暗示をかけて自分の存在を認知させない方法を使って標的を殺してる。手段が一致しないのは、単純に気分なだけだったのかも」

 

「なら、ザイードはどうやって大勢の人間を暗示にかけて暗殺を? そんな手段があるのか?」

 

「方法まではまだなんとも……」

 

 グレン先生が聞いたっていう、エレノアの助言の前半部分がその方法を示してるのだろうが、それだけでパッと思い浮かぶような知識はなかった。

 

「くそ、ルミアの『天使の羽衣』姿が死装束になるだなんて不吉なことまで言う始末だし……全くもって意味わかんねえ」

 

「『天使の羽衣』が死装束?」

 

「ああ、それもアイツが言ってた。このままだとルミアの『天使の羽衣』が彼女の美しき死装束になるってな」

 

 『天使の羽衣』……このコンペで優勝したカップルの女性が着ることを許される衣装だ。つまり、ザイードは終盤まで手は出さない……いや、出せないって事か?

 

 そこまで時間を空ける理由は何だ……それが暗殺手段にも関係するのか?

 

 グレン先生はイヴさんに通信魔術用の宝石で何か言い合ってるが、俺はとにかくグレン先生の言ってたエレノアのヒントの意味を考えるのに必死だった。

 

 だが、そんな暇を与えてたまるかと言わんばかりにダンス・コンペは決して止むことのない音楽と共に徐々に進行されていくのだった。


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