ロクでもない魔術に光あれ   作:やのくちひろし

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お盆最後の投稿……皆さん、夏は如何お過ごしで?
私はこの夏は結構充実したと思います。フェスもミトヒも旦那のキレてるポーズも十分に味わえたと思ってます。今冬で旦那とナイスバルクしたいっ!
では、今話もゆっくりご覧に……。


第33話

「「「わあああぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」

 

 拍手喝采。今はダンス・コンペの準決勝が消化したところだ。俺とルミア、グレン先生とシスティのカップルは見事に別れた事が幸いしたのか、どうにか勝ち進めた。

 

 相手カップルが結構な家柄で余程高度な教育を施されたのか、優雅という言葉の似合うダンスを見せつけられて正直焦った。途中ルミアが落ち着けてくれなかったら危なかったかもしれない。

 

 どうにか決勝まで進めたのはよかったが、この後で待っているのが……。

 

「どうやら、貴方達とは決勝で雌雄を決するみたいね!」

 

 ズビシ、と指差して闘志を燃やすシスティとその傍らでダルそうにしているグレン先生のカップルとの対戦だ。ハッキリ言ってこの二人が最も高い壁である。

 

「ルミアも『妖精の羽衣(ローべ・デ・ラ・フェ)』を目指して頑張ってきたのは知ってるわ。けど、それとこれとは別よ。ここまで来たからには手加減抜きで優勝目指すんだから!」

 

「うん、わかってるよ。私達だって負けないから。『妖精の羽衣』を纏って素敵な殿方と踊るのが、私の子供の頃からの夢だったんだもの」

 

「素敵な殿方ねぇ……?」

 

 おい、何でそこで疑問符を浮かべるんだよ。

 

「システィこそ、本気で来てね。じゃないと私達がシスティのお邪魔しちゃうかもしれないよ?だって、『妖精の羽衣』を勝ち取った男女は?」

 

「な、何で急にそんな事言い出すわけ!? いや、わけわからないけど、そこまで啖呵切られたからには正々堂々とたたかうわ!どっちが勝っても恨みっこなしよ!」

 

「うん、もちろん!」

 

「おーおー、珍しく燃えてんなあの二人……」

 

「ん、二人は仲良し」

 

「これで普通のパーティーだったら微笑ましいで済むんですけどね……」

 

 一応念頭に入れなきゃいけないのが、これがルミアの暗殺阻止のための行為だという事である。

 

 相変わらず止むことのない耳障りな音楽が続く中でルミアとシスティどちらが『妖精の羽衣』を手にするかとか、あの娘の『妖精の羽衣』姿が見たかったなどという会話があちこちで囁かれていた。

 

 呑気なものだと思っていた時だった。グレン先生が俺の傍まで寄って小声で話しかけてくる。

 

「おい、今イヴから連絡があったんだが……ザイードと協力者を捕まえたって言ってる」

 

「……ザイードは本人なんですか?」

 

「いや、お前が接触してた奴だった。だから囮だとは思うが、向こうは問題はないからそのままダンスを進めてろだとよ。ついでに、外で張ってたアルベルト達も外敵を退けたみてえだ」

 

 ザイードの下に付いてた天の知恵研究会のメンバーも外で見張ってくれてたアルベルトさん達が撃退し、残すはまだこの会場に潜んでるだろう本物のザイードのみか。

 

 普通に考えれば一人に対してプロが六人もいる状況だ。いくら名うての暗殺者と言えどもこの数では多勢に無勢、とても暗殺など出来る状況とも思えないが……。

 

「疑う気持ちもわかるが、お前は一旦何も考えるな。不可解な部分があるのは否定出来ないが、とりあえず残ったのは後一人だ。そいつだけでもイヴよりも先に捕まえてやっからこっからはお前も純粋に楽しんでおけ」

 

 そう言って肩を叩き、いつものダルそうな様子でシスティの元へ戻った。

 

 そして、三十分の小休止を挟んでいよいよダンス・コンペの決勝が幕を開ける。

 

 さっきまではダンスが始まると共に周囲の人間が盛り上がってたのに対し、この決勝だけは皆静かに見守っていた。

 

 いよいよこれが最後だという緊張感が俺達のみならず、周囲の人間にも作用しているのだろう。

 

「リョウ君、今日はありがと」

 

「え? いや、礼を言うなら俺なんだけどな……初めてだっていうだけで俺と組んでくれたし」

 

「ううん。リョウ君のおかげで、今夜は最高に楽しいって思えるんだよ」

 

「ルミア……?」

 

 ルミアの妙な言い回しに変な違和感を抱いた。

 

「これで勝っても負けても、私は後悔しないよ。今夜の事は、私の一生の宝物だよ……だから、今夜だけは、精一杯、本気で頑張るから。だからお願い……この一時だけ、私と一緒に、私達の出せる全てを、観客の皆さんに……審査員の方々に……全てを余すことなく見てもらおう?」

 

 まるでこれから死に行こうとする際に最後の晴れ舞台をみんなの記憶に残そうと躍起になってるようだった。

 

 まさかと思うが、人の心の機微に聡いルミアの事だ……内容までは知らずとも俺達が何かしようとしてるのは既に察していたのか。

 

 だが、目の前の少女は何も言う事なく、ただダンスを楽しんでるように見せていた。けれど、今のルミアは本気だ。

 

 理由がどうあれ、今俺に向けて言った事は紛れもなく本音なんだろう。

 

 天使だ女神だと言われているから想像しづらいが、ルミアは普段みんなを立てるようにして自分を周囲から一歩遠ざかるようにしてる。結果としてはそれが男子達にモテるという形でかえって目立ってるように見えるが、俺も含めて多分彼女の心中を察せられるのはほんの一部だろう。

 

 俺だって今の彼女が今までにないくらい本気だってのが朧げに伝わっただけで、その心中を察せられるわけじゃない。けれど、彼女が何を思おうが関係ない。

 

 俺はただ守るだけ。ルミアを仇なそうとする者がいれば全員倒すし、ルミアが不安がるならそんな事考えさせる暇もないくらい楽しい事で埋め尽くせればいい。だから……。

 

「……変な事言ってないで、集中しなよ。『妖精の羽衣』、着たいんでしょ? だったら……見せて満足なんてしてないで、とことんぶつかっていけばいい」

 

 最後まで聞いたかどうかは、途中で音楽がかかり始めたのでわからないが、とにかく流れ始めた交響曲シルフィード第六番に合わせて踊り出す。

 

 今回は今までにないくらい身体が軽く感じる。頭のしつこい痛みはそのままだが、今は身体の内からどんどん力が湧いて出てくるような気さえしてくる。

 

 けれど、それに身を任せるのみならず、その力を如何に優美に出すか、相手に分け与えられるか。俺の本気と彼女の本気……それをどこまで表に出して、周囲に見せつけられるか、それだけを考えろ。

 

 俺はただ無我夢中でダンスをしていたが、後にそれを見ていた周囲の人間達が言うに、まるでそよ風の舞う青い月の下で踊っている風だったとの事らしい。

 

 ようやく終幕を迎えてステップを終えた頃、俺もルミアも息を荒くしながら結果を待っていた。向こうで同じように息を荒くしているシスティも審査員が点数を書いているだろうボードに目を釘付けにしていた。

 

 数分の後、いよいよ判定したのか、審査員が点数の書かれたボードを周囲に見えるように掲げた。

 

 僅差……本当に僅差だったが、俺達の点数がほんの一点差で上回っていた。

 

「勝っ……た?」

 

「え? 私達が……勝ったの?」

 

 数秒惚けたが、俺達が喜ぶ前に周囲の観客が一斉に歓声を上げていた。

 

 余りに喧しい歓声に思わず耳を塞ぎそうだったが、隣にいるルミアが俺の左手を両手で握ってブンブンと振り回すため出来なかった。

 

 それからシスティが晴れ晴れとした表情で賞賛の言葉を送り、空気を読まないグレン先生がシスティを煽って蹴られるといういつもの光景が広がっていた。

 

 はは……結局どんな所でも俺達はこうか。

 

 そんな安心しきる直前……俺の頭痛が更に酷くなった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

「やったぜ! 俺はずっとルミアちゃんの『妖精の羽衣』姿を見たかったんだ!」

 

「畜生っ! 俺はシスティーナのが見たかったのに!」

 

「え、お前システィーナが好みだったのか……?」

 

「リィエルちゃん派の僕が通りますよ〜!」

 

「いや、リィエルは今回男子役だからどっち道無理だろ……」

 

 俺達が優勝したことでルミアが『妖精の羽衣』に着替え終わるのを待つ中、男子達の喧しい会話が飛び交っていた。

 

「たく、もう夜中になろうってのにテンション高いなこいつら……」

 

「こっちはこの喧騒の中に居続けた所為か、更に頭痛が酷くなったってのに……」

 

「おいおい、そんなんで大丈夫か?」

 

「何だったら俺が代わりにルミアちゃんと踊ろうか?」

 

「寝言は寝ていえ」

 

「あだだだだだ!? お前本当に調子悪い!?」

 

 さり気なくルミアと踊ろうとする輩がいたのでアイアンクローを喰らわせてやった。まあ、みんなが楽しめてる分にはこっちも幾分か気が楽になるが。

 

 それにしてもグレン先生、あんたも若干テンション上がってる気がするんだが、ザイードの事忘れてはいないでしょうね?いや、あの人に限ってそんな事は有り得ないとは思うけど。

 

「お、おい、リョウ。来たぞ……こいつは予想以上だぞ!」

 

「ん? 来たって──ぇ?」

 

 カッシュに言われて後ろを振り向くとようやく『妖精の羽衣』を纏ったルミアが戻ってきたのだが、その姿に最初の時よりも強い衝撃が身体を襲った。

 

 先程まで着たドレスよりは控えめだが、ドレス自体が銀色の刺繍を施され、ドレスに散りばめられた宝飾が満点の星空のように輝き、その下のスカートの裾は天使の羽のように整って、肩から上はまるで満月を思わせるルミアの微笑。ハッキリ言って心を奪われる以外表現の仕様のない美しさだった。

 

「ちょっと、いつまで固まってるんですの? 気持ちはわかりますが、何か言いなさいな」

 

 隣でウェンディが放心状態の俺を小突いて褒め言葉を促す。

 

「ぇ……あ、うん……そのドレスの名前みたいに本当、妖精でも舞い降りたかと思った……」

 

 元々普通の洋服にすら頓着しない方なのに、こんな見事なドレスに対する褒め言葉など知らない俺はこれしか言えなかったが、ルミアはそれで満足したような笑みをうかべる。

 

「じゃあ、リョウ君……最後のエスコート、お願いね」

 

 最後のエスコート……その言葉を聞いて先程グレン先生伝手で聞いたエレノアという女の言葉を思い出した。『妖精の羽衣』が最後の死装束……あれは結局どう言う意味だろうか。

 

 その人が言ったというヒントだって、未だにわからないままここまで来てしまった。このダンスが終わるまで本当に何もないのか?

 

 頭痛が少しずつ酷くなる中で同時に不安も募っていく。

 

 だが、それを顔に出すことは許されない。俺はルミアに誘われるまま会場の中心へと赴き、いざ最後のダンス……交響曲シルフィード第七番を踊り始めた。

 

 その途端だった。頭痛が今までにないくらい強くなった。

 

 その痛みに流石に無表情で通す事が出来なくなってきた。だが、それでも平然と踊り続けなければ本格的にルミアに不審がられる。そこまで思ってふと、不自然に思った。

 

 痛みが顔に出ただけじゃない……踊りにだって影響が出始めてるというのに、ルミアは声をかけるどころか、一心不乱に恍惚とした表情で踊り続けていた。

 

 そして俺も……頭痛で視界が歪んできてるというのに、身体だけは丁寧にステップを踏んで踊り続けてる──違う、引っ張られてる。

 

 ここまで来て更に頭痛が強まってきた。まるで俺の中に侵入しようとする何かから必死に拒んでいるような感じだ。

 

 だが、拒もうにも痛みはどんどん激しさを増していき、身体を休めたいにも関わらず、ルミアに引っ張られるように踊る事を強要されている。このままでは何かが壊れてしまう……そう思った時だった。

 

「くそっ……! 見ろ……少しでもいい、見てくれ!」

 

 会場内で熱気に包まれた歓声の中で僅かに混じった焦りの声が耳に入ってきた。

 

 必死に目を開けて声のした方向を見ると、会場の比較的開けたスペースの中で踊っているグレン先生とシスティの姿が見えた。

 

「先、生……?」

 

「……っ! リョウ……お前、聞こえてるか!?」

 

「は、い……」

 

 パーティー会場にも関わらず、大声を上げてグレン先生が俺に呼びかける。

 

「だったら聞け! 今俺達のやってる踊りを真似ろ! すぐにだ! 無理矢理にでもルミアにもやらせろ!」

 

 言ってる意味はわからないが、グレン先生が言うからには何かあるんだろう。俺はその言葉に従って踊りを真似ようとするが、ルミアの力が普段より強いのか中々踊りを修正出来ない。

 

 曲が一気に高揚感を引き出すメロディーを奏で始めるとその力がより強まっていく。

 

「ぐ、この……」

 

 それでもこの流れに飲まれるわけにはいかない。今飲まれれば俺達は二度と戻ってこれないようなそんな確信めいた予感があった。

 

 俺は左手にありったけの力を込めると、今まで俺を蝕んでいた頭痛が一気に消え去り、視界も澄みきり、逆に身体の内側から力が湧いて出てきた。

 

 そのまま俺は視界の端で踊り続けてるグレン先生を真似てルミアを引っ張り、交響曲シルフィード第七番とは違うステップを刻み続ける。

 

 それが数分続くと、会場を包んでいた音楽と共に、俺達のダンスを見守っていた周囲の人間達も、まるで時が止まったかのように停止しきっていた。

 

「え……え? 何、これ……?」

 

「ルミア! 大丈夫!? ちゃんと、正気に戻ってる!?」

 

「へ……システィ? それって……」

 

「はぁ〜……っぶなかったぜ。あと一歩遅かったらお前ら、飲まれてたぞ」

 

「先生……今の踊りは?」

 

「今回、諸事情により省略されたシルフ・ワルツの第八番──いや、『大いなる風霊の舞(パイレ・デル・ヴィエント)』の第八演舞だ。第一から第七を舞って高揚しきった人間を狂戦士(バーレサレク)にさせないためのな」

 

「高揚しきった……」

 

 それはまるでさっきまでの俺達に当てはまる事じゃないか……。

 

「さって……ここまで来ると、いよいよもって怪しいのは一人だけになるよな、そこのお前!」

 

 グレン先生が指差す先には指揮棒を天井に向けて振り上げた指揮者だった。

 

「……よくぞ、我が『右手』から逃れられたものだ」

 

 不意に、渋い声を上げてカールヘアーの初老が俺達へと振り向いた。

 

「今貴様が踊っていたダンス……我が『右手』の秘奥を破ったその舞踏は『大いなる風霊の舞』の第八演舞……まさか、踊り手が現存していたとはな」

 

「ま、昔とある南原民の女に仕込まれてな。魔を払い、己が心を守る為の舞踏なんだってな。精神支配系の魔術なら特に効くだろうと思ってな」

 

「ふぅ……これを懸念していたから適当な事を言って第八番を外したと言うのに、まさかよりにもよって原典を持ち出されるとはな」

 

「先生……精神支配系の魔術って?」

 

「こいつが全部仕組んでたんだよ。リゼが言ってた……今回のシルフ・ワルツの曲はコイツが全部アレンジしてたんだってな。白猫が言うには『魔曲』って言うらしいんだが」

 

「えぇ……音の高低、つまり……音楽に変換した魔術式で他人の心を掌握し、他人を操る古代魔術……形こそないけどこれは立派な魔法遺産の一種よ」

 

「音楽に変換した式……共感覚性か!」

 

「あぁ……お前が言ってた暖色やら寒色やらと同じだ。今回はそれが音楽という手段で耳から脳に働きかけ、そこから更に様々な部分に作用させて人を操る。だからって、ただ曲をアレンジしただけで出来る程容易いわけじゃねえんだが……」

 

「だからこその『右手』なんだろう」

 

 グレン先生の言葉に続くように、会場の人混みの中からスルリと出てきたアルベルトさんが指を指揮者に向けながら言う。

 

「『魔の右手』のザイード……その右手に持った指揮棒で楽奏団を指揮する事で、その特殊な演奏を無意識の内に弾かせる事が出来た。何らかの暗示か、催眠術か、指揮棒自体が特殊な機能を持った魔導器なのかは与り知らんが」

 

「私の家には代々、密かに『魔曲』の秘儀が石に刻まれた楽譜の魔法遺産という形で引き継がれていてね……近代魔術では解析不能なものの、その使い方・効果・運用方法だけは相当に研究し尽くされたみたいでね。古代文明まで遡れば我が一族は案外、古代の王朝の宮廷音楽家みたいな事をしていたのかもしれん」

 

「チッ……! それで、その一族御自慢の『魔曲』を使って周囲の人間の心を操って自分を見ないようにしたり、あるいは周囲の人間にやらせるなりして標的を殺したわけだ。リョウの言う通り、とんだ暗殺手段じゃねえか……まさかお前の言った通り、一貫しない殺害方法はマジでコイツの気まぐれだったわけだ」

 

 グレン先生はギリギリを歯を食いしばりながらザイードを睨み付ける。

 

 確かに、とんでもなく大胆な暗殺法だった。例え目の前にいる筈でも、誰もが認識出来なければそれでもう十分暗殺と言える。

 

「だが、手品のタネは割れた。もう貴様のくだらん仕掛けは通用せん。大人しく投降する事だ」

 

 アルベルトさんが鷹のような瞳を更に鋭く尖らせ、右手をザイードへと向ける。だが、ザイードは自分が狙われてる中でも余裕の笑みを浮かべている。

 

「ふん、馬鹿め」

 

 ザイードが突然指揮棒を上げ、楽奏団に演奏させる。反射的にアルベルトさんが妙な事をさせる前にと紫電を閃かせ──霧散させた。

 

「おい、何で止めた!? 早くアイツの手を止めさせねえと!」

 

「駄目だ……奴が弾かせた演奏で俺の魔術制御に関する深層意識野を瞬時に支配された」

 

「はぁ!? あの一瞬で!?」

 

「自爆するならまだしも、制御を失って暴走した魔術が生徒に向けば目も当てられん事になる」

 

「ふん……勘のいい男だ。貴様らはこのパーティーが始まってから演奏した『魔曲』を聴き続けた事により、徐々に意識を侵食されたのだ。表層意識は精神防御で防げても、貴様らの深層意識は既に掌握した!」

 

 つまり、奴が右手を振るうだけでもう俺達は満足に魔術を行使する事が出来なくなってしまったわけだ。いや、それだけじゃない。停止していた筈の人間達がゆらりと動き出し、俺達を囲んで来た。

 

「そ、そんな……私の、所為で……」

 

 誰が見ても絶体絶命の状況に立たされてルミアが震えだした。俺もどうしたものかと焦り出す。魔術で駄目なら俺にはウルトラマンの力がある。

 

 三分間という制限付きだが、この状況を脱するだけならともかく、ザイードにまで迫っていく前に周囲の人間達を人質にでもされてしまえば途端にチェックメイトになってしまう。

 

 どうこうしようと迷う間に何を決めたのか、アルベルトさんが銀色に輝くナイフを取り出す。

 

「な、何を──」

 

「落ち着け、この状況は想定済みだ。もしもを考えてまずこの状況から脱する手段を予め打ち合わせてたんだ」

 

 ナイフを使って強引な手段を行使しようと思って止めようと思ったが、グレン先生が俺の肩を掴んで止める。

 

 そして、ふいにアルベルトさんがナイフを投擲すると笛のような甲高い音が会場に響き渡る。

 

『オーケー……あの辺りじゃな。じゃ、一丁ぶちかますかの』

 

 そんな声と共に銃声が響き、同時に周囲の人間達が膝をついた。

 

「作戦成功! どうじゃ、ワシの特製、『重力結界弾』っ!」

 

「いや、実際に作成したのは僕なんですが……それより、急いで! 結界が効いてるうちにこの場を退きます!」

 

「よし! リョウ、お前は自力で行けるな? 重力がキツイだろうが、ここを強引に突破するぞ!」

 

「いや、俺や作戦知ってるだろう先生達はともかく、ルミアは!?」

 

「それも心配いらねえ。ルミアは……」

 

「いいいいいやああああぁぁぁぁぁぁ!」

 

 豪快な叫びと共に突然現れたリィエルがルミアを担いで重力結界の中を強引に突破した。

 

「……アイツが運んでくれる」

 

「はい……もう、本当頼もしいですね」

 

 苦笑いすると共に俺は集中して身体能力を上げ、同様に重力結界を突破して会場を脱出した。

 

 

 

 

 

 

 

「さって……運良く撒いたようじゃが……」

 

「まずいですね。学院内の人間はもう皆魔曲に支配されています」

 

 会場から出てしばらく走ったところで茂みに隠れられたが、その周囲では魔曲に支配されて操られてるだろう人間達がゾンビみたいにうようよしていた。

 

「さて、どうするか……あやつの魔曲の所為でワシらは満足に魔術も振るえん。即興でかけた精神防御も崩れるのも時間の問題」

 

「おまけに学院から出ても奴の魔曲が更に大勢の人間にかかれば支配された先から次々と俺達に群がってくるだろうから街に逃げるのもなし。完全に詰みだな」

 

 街へ出るのは被害が増えるだけなのでアウト。ここに残ったとしても精神防御が何処まで保つかもわからないのであまり悠長にもしていられない。それだけでも十分大変だというのに……。

 

「うっ……ひっく……うぅ……」

 

「お、おい……泣くなって」

 

「ルミア……」

 

 こっちはこっちでさっきからルミアが嗚咽を漏らして泣きじゃくっていた。どうにか大きな声は出していないが、涙が止まらずに泣き続ける様にグレン先生とシスティもオロオロするしかなかった。

 

「そ、そりゃあせっかくのパーティーで、しかも苦労して『妖精の羽衣』を纏う権利手に入れてからこんな状況になって悔しいのもわかるが……」

 

「違うんです。全部、私の所為なんです……」

 

「はぁ?」

 

 思いがけないルミアの呟きにグレン先生が呆気に取られた。

 

「本当は、薄々わかってたんです。先生も、リョウ君も……何か隠し事をしてたのは。きっと、社交舞踏会の裏で何か為そうとしてるのは……」

 

 こちらも薄々わかっていたが、やはりルミアには気づかれていたのか。

 

「けど、それでも二人ならなんとかしてくれるって思って……何も聞かないでずっと甘えてた……気づかないフリをしてた……きっと、大丈夫。私なんかが口なんて出さなくてもきっとなんとかしてくれるんだって……」

 

「ルミア……」

 

「ずっと……ずっと、楽しみだったんです……っ! ずっと、今日っていう日がずっと楽しみだったんです……! 子供の頃からの夢が……どうしても諦めきれなかった……! 何かあるかもしれないけど……二人がなんとかしてくれるって……どう思いたかった……っ!」

 

 涙声でルミアは尚独白を続ける。

 

「私は……廃嫡された王女です……いつ、この国から切り捨てられてもおかしくありません……いつ、敵の組織に殺されてもおかしくありません……だから……いつかやってくるその時に後悔しないように……ああ、短かったけど素敵な人生だったって。笑って逝けるような……ただ、思い出が欲しかった。先生と、システィと、リィエルと……みんあと……リョウ君と……心の中で輝けるような、宝物のような思い出が欲しかった……」

 

 ルミアのそんな罪悪感のような感情の篭った独白にその場のみんなは何も言葉を言えなかった。

 

「でも……私は、それすら望んじゃいけなかったんです……ごめんなさい……みんな、私の所為で……私が我が儘を望んだから……私の所為で、皆が……」

 

「……ふざけるな」

 

 俺が呟くとみんなが驚きの目を俺に向ける。そして俺はルミアの胸倉を掴んで無理やり目線を合わせる。

 

「さっきから聞いてればふざけた事ばかり言ってんじゃねえ。競技祭でも言ったのに……俺にもあんだけ偉そうな事言ってた癖に、いざこんな時になってみればメソメソと悲劇のヒロインぶるんじゃねえよ……っ!」

 

「ちょ、リョウッ! あんた、なんて事──」

 

「黙れ……今はすっこんでろ」

 

 俺が目線を向けると止めようとしたシスティが逆に止まって周囲のみんなも突然の状況だったのか、呆然と見守ってた。

 

「まず言いたいのはお前は綺麗な思い出が欲しかったから『妖精の羽衣』を欲したのか? 違うだろ……お前はただ純粋にあれを着て踊る事を夢見てただけだろ。望んじゃいけない? 我が儘を望んだ所為? ふざけるな……今のお前は王族でも何でもない、一人の女の子でしかないんだよ。たかが一人の女の子が我が儘を言って何が悪い?悪いのはそんな女の子の夢踏みにじった空気の読めねえアイツらと、お前を餌にする事を決めた宮廷魔導師団だろ」

 

「ちょい待て、坊主。ワシらも悪いというのは否定せんが、一応お前さんもワシらの協力者じゃから同罪じゃろ」

 

「それもそうでしたね……けど、一番悪いのはルミアを餌にした室長さんですよね?」

 

「アッハッハ! それは確かにな!」

 

 おかしそうに笑うバーナードさんと俺にグレン先生とアルベルトさん、クリストフさんが呆れた目を向ける。

 

「……とにかく、今回の事も今までも……お前が悪いことなんて何一つありゃしないよ。大体、トラブルを引き起こしたって言ったら俺だってそうだろう。俺という存在がいてどんだけ迷惑かかった事があるか知らないわけじゃないだろ」

 

「それは……」

 

 その性格上、俺の言いたい事を否定したいのだろうが、フェジテで起こったあの事件のことを思い出してそれを言葉にする事が出来ないんだろう。

 

「でもお前は、そんな俺に何て言った? 生まれた世界は違ってもここにいていいんだって……俺は俺でいていいんだって、そう言ったよな?」

 

「あ……」

 

「だから俺も今ここで言ってやる。お前がなんだろうが関係ない。お前はここで我が儘言っていいし、色んな事望んでいいんだよ。お前はただの女の子だし、それを否定するような奴がいれば俺がブッ飛ばす」

 

「あ、あぁ……」

 

「だからさ……もう自分の存在を否定するな。笑いたければ笑えばいいし、怒りたい時は怒ればいいし、泣きたい時には思いっきり泣け」

 

「う、うぅ……リョウ、くん……っ! あぁ……っ! あぁ〜っ!」

 

 俺の言葉を切っ掛けに、ルミアは涙を流しながら子供のように俺の服を掴み、胸に顔を押し付けて泣く。まだ『妖精の羽衣』を着ているのに、最初に見た時の幻想的なイメージはもうすっかり消え去り、今はただの女の子としてしか見えない。

 

 いや、それがルミアという少女なんだという事なんだろう。今まで俺を含めて男子達の思い描いた天使のイメージは俺達の勝手な押し付けもあるだろうが、ルミアがそうあろうと無理をした為でもあるんだから。

 

「ていうか、あの坊主……美少女にあんな風に抱き着かれるとかマジ羨ましいんじゃけど?撃っていいか? 撃っていいかの?」

 

「奇遇だな、翁……。俺も一丁ブン殴ってやりてえ気分だぜ」

 

「お二人共……空気を読んであげてください」

 

 そんな会話が聞こえ、流石にこうしてばかりもいられないと現実を再認識してそっとルミアを引き剥がす。

 

「さて、格好付けもここまでにして……正直、こんな状況を打破する作戦を思い付けないので、何かアイディアくれませんか?」

 

「お前な……さっきまでちょっとカッコいいと思ったのが台無しだぞ。まあ、アイディアに関しちゃなくはねえ。御誂え向きな事に、敵はどっかの誰かと似たような戦法を取ってやがるからな。となれば、やる事は限られるな……まず──」

 

『◼️◼️◼️◼️────ッ!』

 

 突然聞こえた人間では有り得ない──否、どの動物からも発生し得ない奇怪な咆哮が学園に響き渡る。

 

 全員が突然の咆哮に息を呑む中、クリストフさんが僅かに発光する宝石を握りしめる。

 

「これは……西側から突然巨大な気配が出現!? これは……悪魔? いや、もっと邪な何か……!?」

 

「悪魔じゃと……悪魔召喚術師はアルベルトが始末した筈じゃが?」

 

「予め保険をかけたという事か……悪魔の召喚には多大な犠牲と複雑な手順が必要になるからこの学院で急遽生贄を使ったとは考えづらい。俺達のようにザイードの魔の右手から逃れた時を考えて手を打ってきたか」

 

「おいおい、マズイぞ……こっちはただでさえあの魔曲の所為で魔術に制限かけられまくってるのに、そこに更に悪魔なんて加わったら……」

 

「それが奴の狙いなんだろう。ザイードはこの場面でなんとしても王女を抹殺する気だ」

 

 元からピンチな所に駄目押しと言わんばかりに更なる厄介な存在を打ち込んで一気にトドメを刺しにきたか……。

 

「もうのんびり作戦も言えねえ! アルベルト、わかってるな!?」

 

「誰にものを言ってる。是非もない」

 

「よし……白猫! お前はアルベルトに着いていけ! 後のことはコイツの指示を聞けばいい!」

 

「え? え? ちょ、いきなり何ですか!?」

 

 いきなりグレン先生に指示されて若干混乱の見られるシスティだが、アルベルトさんが強引に連れ出して一旦別れる事になる。

 

 俺達は学院の庭を駆け巡りながら北の林へ向けて駆け抜けていく。途中で操られていた人間達にも出くわすが、前衛を務めたバーナードさんとリィエルによってほぼ一撃のもと、吹っ飛ばされるか気絶させられるかで退けていく。

 

「おっとと、スマンな若人諸君!」

 

「ん、邪魔」

 

 二人が追っ手を退ける中、俺とグレン先生はルミアの両隣を陣取って護衛、その後ろでクリストフさんが敵の存在を感知している。

 

「……ザイードがこちらに気づきました。追ってきてます!」

 

「そうか……アルベルトの方は!?」

 

「既に学院を出てます! 向こうは飽くまで王女のようで、アルベルトさん達はノーマークです!」

 

「そいつはありがてえ! このまま行くぞ!」

 

 何の説明もなしに俺達は北にある迷いの森目指して進んでいく。その途中、クリストフさんが何かを感知したか、表情が強張った。

 

「来ました……西、距離四百メトラ! 敵影は三! このまま進めば二分後には第一種戦術距離まで接近します!」

 

「おうおう、来よったか! 例の悪魔はザイードの傍か……スマンが嬢ちゃん! ワシらは一旦ここでお別れじゃ!」

 

 バーナードさんがそう言うと、俺達から離れ、それにクリストフさんとリィエルも着いていく。

 

「頼むぞ、じじいっ! 無茶はすんなよ!? 時間を稼ぐだけでいいんだからな!?」

 

「わーっとるわ! ヒヨッコが一丁前に他人の心配などしとる場合か! むしろ一番キツイのはそっちなんじゃからな!」

 

「ルミアさん! グレン先輩の指示に従ってください! その人、普段でも土壇場でも頼りありませんが、土壇場の土壇場ではやる時はやりますから! リョウ君も、無茶のないようにと言いたいですが、二人を頼みます!」

 

「あそこまで美少女の前で偉そうな口利いたんじゃ! もし嬢ちゃんに怪我させようものならブン殴るからの!」

 

「グレン、リョウ……ルミアを守って」

 

「そっちも絶対に死なないでくださいよ!?」

 

 まだどんな事をしようかはわからないが、俺達はそれぞれ出来ることをするだけだ。いよいよこっからが正念場となるわけだ。

 

 ──ドクンッ!──

 

 満月が輝く下で、また俺の中で心臓とは別の鼓動が響いた……。

 


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