ロクでもない魔術に光あれ   作:やのくちひろし

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第34話

「『飛雨』っ!」

 

 俺、グレン先生、ルミアはアルベルトさん等と別れ、北の森を駆け抜けながら時折追いついてくるザイードに操られた人間達を退けながら足場の悪い斜面を登っていく。

 

「リョウ、下がれっ!」

 

 グレン先生が叫び、俺は指示された通り一旦下がると懐から何かを取り出してそれを追っ手に向けて放り投げる。

 

「二人共目を閉じろっ!」

 

 グレン先生が叫んだ直後、眩い閃光が周囲を照らし、その光に目が眩んだ追っ手達が一瞬動きを止める。

 

「よしっ! このまま行くぞっ!」

 

「このままって……俺等一体何処に向かってるんですかっ!?」

 

 正直、グレン先生の指示に従って小さな丘の頂上を目指してはいるが、まだ具体的な意図を聞かされていないのでこれでいいものかどうか不安になりつつある。

 

「いいから行くんだ! 条件揃った場所まで行けばアルベルトと白猫がどうにかしてくれる!」

 

 比較的距離の近いバーナードさん等ではなく、最初から別れたアルベルトさんとシスティの名を口にする事からあの二人が作戦の要だろうというのはわかる。

 

 だが、二人が駆け出した方向は俺達の真反対だと思ってその方向を見ると、既に人間離れした視力で僅かではあるが、建物と街灯だけの夜景に紛れて二つの影が縦横無尽に飛び回ってるのが見えた。

 

 そしてその影はまっすぐ……この街一番の高さを誇る時計塔へと向かっていた。

 

「……まさか」

 

 それを見てようやくグレン先生達が何を考えてるのかわかると同時に戦慄もした。

 

 もし俺の予想通りだとすれば地球の科学技術の補助があってもかなり厳しいものだというのに、魔術の中に便利なものも多いとはいえ、それが成功出来るものなのか。

 

 いや、どっちにしても今は打てる手をとにかく打つしか出来ない状況だ。そもそもこの人達はそういうギリギリのラインを飛び越えながら生き残ってきた真の猛者だ。ならそんな人達を信じて……そして俺自身もそれを成し遂げられるようにならなきゃ……。

 

「……先生、そろそろ着きます」

 

「え……いや、悪いがもう少し回って──」

 

「そろそろ……天辺まで昇り切ります」

 

「……って、お前まさかこっから……?」

 

「今の俺の五感舐めないでくださいよ。そもそも俺に力を貸した人達は地上から月のクレーター……模様までくっきり見分けられる視力を持ってるんですから俺なんてまだまだですよ」

 

「お前が敵側じゃなくて良かったって心の底から思ったわ……。うし、じゃあ時間を気にする必要も無くなったみてえだし、このまま北東方向へ行くぞ!」

 

「はい!」

 

 グレン先生の指示通りに進路を変えて森を駆け抜け、少し開けた場所まで辿り着いたと思った時だった。

 

「……っ!?」

 

 信じられない光景を見た……。

 

「◼️◼️◼️◼️────ッ!」

 

「やれやれ……随分と手間を取らせてくれるね」

 

「チッ……! そっちは毎度毎度しつけえんだよ。しかも、やたらキモイのまで連れて来やがって」

 

 グレン先生とザイードが言葉の投げ合いをしているが、俺はザイードよりもその傍らにいる存在が気になって仕方がなかった。

 

 四・五メトラはあろう巨体の、ナメクジやカタツムリのような軟体生物。毒々しい色を放ち、表面からは横開きの巨大な口が閉じたり開いたりし、奇怪な声を上げている。

 

「おや? こちらが気になるかな?」

 

 ザイードが俺の視線が隣の生物に注がれてるのを感じて不気味な笑みを浮かべる。

 

「これはこの作戦に当たる際、ある人から譲り受けたものだ。私の指揮棒を改変して特殊な術式を取り入れ、私の駒として動くようにしてくれたものだ」

 

 その言葉を聞いて確信してしまった。ザイードが従えてるだろう生物には心当たりがありすぎた。

 

「まさか、そんな気色悪い悪魔まで従えていたとはな……イヴの奴、キチンと情報提供しやがれってんだよ」

 

「いやいや、彼女はコレについては何も知り得なかったのだからしょうがない。それと、悪魔ではない。この生物の名は──」

 

「スペースビースト……」

 

 俺がザイードの言葉を遮って出した言葉に僅かに反応を示した。

 

「……ほう、コイツの事を知ってるとは驚いた。何処でコイツの事を知ったのかな?」

 

「その前に言っておくぞ……。ソイツは今すぐ捨てるべきだ……今のうちにな」

 

「はぁ……君は自分達の状況をわかってないね」

 

 俺の言葉にザイードは呆れるように肩を竦めながら指揮棒を持ち上げる。すると、スペースビースト、『ペドレオン・クライン』がその大口を開けて近づいてくる。

 

 だが、そんな時だった。光の筋が視界の端で閃いたかと思えば、ザイードの掲げていた指揮棒が音を立ててへし折られた。

 

「なっ……!? バカな……一体何処から!?」

 

 ザイードは突然の事態に目を白黒させながら慌てふためいた。

 

「へっ……目先の手柄ばかりに気を取られてすっかり忘れたか。俺達の後ろにはな……最っ高に頼もしい『鷹の目』があるって事を」

 

「そ、そんな……」

 

 ザイードの指揮棒が折られた影響か、周りを囲んでいた人間達が一斉に倒れこんだ。今のでザイードの暗示術が解けたのだろう。

 

「さて、状況は一気に逆転したな。後はその気持ち悪い奴をどかしてテメェをぶっ飛ばせば万事解決だ」

 

 確かに、普通ならあの厄介な指揮棒が片付けば数の上でも一気に優位に立てるようになるからそう言いたくもなる。狙いも悪くないかもしれない。だが……。

 

「……いえ、むしろ最悪な事になりました」

 

「は? おい、それどういう──」

 

「ぎゃあああぁぁぁぁ!?」

 

 グレン先生の疑問が俺に向けられる前にザイードの悲鳴が森の中に木霊した。奴が従えていたペドレオンが身体中から触手を伸ばし、ザイードを拘束していた。

 

「な、何故……っ!? 貴様が喰らうべきは向こ──わ、わあああぁぁぁぁぁ!?」

 

 ザイードがスペースビースト『ペドレオン・クライン』の触手に引きづられながらズルズルとその大口へと吸い込まれようとしていた。

 

 自身に巻き付いてくる触手の形容し難い感触、全容を知り得ない生物に対する本能的な恐怖から必死に逃れようともがくが、感情のままに動こうとすればするほどあの生物に対しては悦ばせるための感情(スパイス)でしかない。

 

 ザイードの姿は奴の大口の中へと消えていき、僅かに聞こえる何かが潰れる音と引きちぎられる音……短い断末魔とも言える叫びが奴の体内から響いた。

 

 ザイードが奴の中へ消えた事からその最後の姿は見えなかったが、目の前に繰り広げられた悍ましい光景からルミアが膝を着いて口元を両手で抑えた。

 

「な、何だ……こいつ……? おい、アレは一体何なんだっ!?」

 

 どうにか全身に来る震えを抑えながらグレン先生がペドレオンの事を俺に聞いてくる。

 

「……スペースビースト。人間の血肉と恐怖を喰らう存在です。本来、こっちの世界にいる奴じゃ……というより、現実に存在しないと思ってた奴なんですが」

 

 だが、俺が会ったウルトラマンと同様、スペースビーストも今こうして目の前に存在している。

 

「とにかく、現状に置いて最も最悪の存在です。ただ闇雲に倒そうとしたところで細胞一つでも残っていればそこから復活、増殖する厄介な奴でもあります」

 

「はぁ!? そんなもんどうやって退治しろってんだ!? こっちは魔曲の影響が無くなったとはいえ、基本の三属しか使えない三流魔術師と三分限定のスーパーマンの二人だけだぞ! ジジイ達はまだドンパチしてるだろうし、アルベルトもこっちに来るまでに時間がかかるぞ!」

 

「そんなもんわかってんですよ……っ!」

 

 正直、打つ手が見つからない。ウルトラマンの力を使ったところでスペースビーストを一瞬の内に蒸発しうる技もないのに倒したところですぐ後にもっとマズイ状況が出来上がるだけだ。

 

 あれでもないこれでもないと、考えてるうちにペドレオンはジリジリと距離を詰め始めた。

 

 グレン先生は俺の話を聞いた上でも何とかしようと身構え、ルミアは先のザイードの惨状を見てスペースビーストに恐怖を抱いている。俺も最早万事休すかと諦観し始めていた。

 

 もう一時的だろうと何だろうと、先ずはこいつをどうにかしようとカードを取り出すが、無意識にやったためか、目的のものとは別のカードを取り出してしまったようだ。だが、その取り出したカードはいつの間にか目覚めていたように光を発していた。

 

 しかも、今回の状況を打破するのにうってつけの戦士が描かれたカードだった。

 

「あはは……何というタイムリー……」

 

「あぁ!? 何言ってんだかわかんねえが、なんでもいいからコイツなんとかするカードねえのか!?」

 

「ええ……今目覚めてくれたみたいです!」

 

 俺が取り出したカードの絵柄を見せる。そこには紅い鎧のような身体に、Y字の赤いクリスタルとその側に青いクリスタルが浮かんだ戦士の姿。

 

 人から人へと移ろい、様々な形で想いを繋いで輝きを増す巨人……。

 

「頼む……『ネクサス』っ!」

 

 俺はその戦士の名を呼び、カードが呼応するように光を発した。

 

 その光が周囲を一瞬照らした後……静かに消失した。

 

「……え?」

 

「……おい、何か変わったか?」

 

「いや、え……? そんな……」

 

 確かにネクサスの力は解放した筈だ。だが、それでも何も起こってない。

 

「◼️◼️◼️◼️──ッ!」

 

 突然の事態に困惑してる間にペドレオンが更に肉薄して俺は一時ネクサスの事は放棄して近づいてくるペドレオンに飛びかかる。

 

「『水球』っ!」

 

 俺は水の塊を奴にぶつけ、ペドレオンを後退させる。下手に三属呪文で奴の細胞を飛び散らせるような事があれば近いうちに増殖させてしまうのはなるべく避けたいところなので今はこいつで凌ぐしかない。

 

 だが、僅かに後退させたところで事態が好転するわけもなく、周囲に人が倒れてるこの場所で戦闘をするのは奴の捕食活動を助長させかねない。

 

「先生っ! とりあえず場所を変えます! こんな所に居座り続けたら他の人間も食いかねませんっ!」

 

「くっ……! 出来ればアルベルトかジジイ達の援軍に期待したいが、そうも言ってられないか!」

 

 グレン先生もコイツの恐ろしさはさっきのザイードの最期を見て感じ取ったのですぐに納得してルミアを抱え、ペドレオンの誘導に入る。

 

 森の中を逃げながらペドレオンを時折刺激して俺達に注意を引きつけて逃走するものの、このままでは悪戯に時間と体力を浪費するだけだ。ウルトラマンの力を発現してる俺と元軍人のグレン先生はともかく、普通の人間であるルミアはもともと運動がそんなに得意でもない上にさっきのショッキングな光景の所為で心身共にかなり参っている。

 

 彼女を庇いながらスペースビーストの相手をし、且つ倒すのは今の俺では不可能だ。肝心のネクサスの力も発動した筈なのに何故か力が湧いてくるような感覚がない。

 

 もうリスクを承知で他のウルトラマンの力を使ってペドレオンを倒そうかと思った時だった。

 

「ぐわっ!?」

 

「きゃっ!」

 

 俺と並走していたグレン先生が何かに突き飛ばされ、抱えられたルミアも一緒になって倒れた。

 

 見ると茂みに紛れて見え難くなっていたペドレオンの触手がウネウネと撓っていた。グロテスクな姿にばかり目がいって死角に対する配慮が散漫になってしまったようだ。

 

「『光牙』っ!」

 

 俺は[フォトン・ブレード]を発動させてグレン先生とルミアに迫ってくる触手を斬り払う。

 

 触手を二・三切り落とすが、触手は無数に迫ってきてすぐに捌き切れなくなり、俺の足に巻きて浮いてバランスを崩されてしまう。

 

「うわっ!」

 

「リョウっ!」

 

「リョウ君っ!」

 

 地面に倒れこんだ隙にペドレオンの触手が身体中に纏わりつき、奴の元へと引きづられていく。

 

「ぐ……このっ!」

 

 グレン先生が懐から銃を取り出すが、ペドレオンが俺の身体を持ち上げ、自分の目の前に持っていき、グレン先生の行動を妨害する。グレン先生は俺の事を気にして銃の引き金を引けなくなってしまう。

 

 他の生物を捕食する事しか存在意義のない奴が随分セコい事をするかと思ったが、よくよく思い出してみればコイツらは進化速度が異常な程すごい。

 

 人間が恐怖を蔓延させないために記憶を消している事を知ればそれを学習して同じ手段を取り、人間に悟られ難くしたりもしたな。そして、今回も俺達が無関係の人間を攻撃しない事を理解して仲間の目の前で見せびらかすようにして自身への攻撃を止めた。

 

 そして、攻撃して来ないとわかれば後は捕食するだけ。俺の身体が奴の口へとどんどん引き込まれようとしていた。

 

 俺を縛る触手から逃れようと必死にもがくが、あちこちに巻きついてるためにロクに力も入らず、抵抗する事も満足にできない。最早ここまでかと思った時だった。

 

 ──諦めるなっ!──

 

 またあの言葉が聞こえた。同時に身体の内側から熱くなっていく。気づくと俺の左手が青白く輝いていた。

 

 無我夢中で左手に力を込めると光が更に輝き、左腕を縛っていた触手が引きちぎれた。解放された左手を振るって身体中に巻きついてる触手を千切って自由になり、ペドレオンと距離を取る。

 

「◼️◼️◼️◼️──ッ!」

 

 ペドレオンは奇怪な声をあげると、俺に向かって身体のあちこちから触手を伸ばしながら突進してくる。

 

 先とは違って捕食対象というよりは完全な敵として向かってるように感じる行動により、攻撃の速度は上がったが、軌道が直線的になってるために回避は容易になった。

 

 俺は触手の隙間を掻い潜ってペドレオンへと肉薄し、再び左腕を輝かせて打撃を浴びせ、その軟体を軽々と突き飛ばす。ネクサスの力があるから飛ばせたとはいえ、やっぱり元が元だからか嫌な感触が腕から伝わってきた。

 

 一瞬感じた不快な気持ちも腕を回して振り払い、左腕に意識を集中する。

 

 左腕は再び青白く発光し、電光が表面を奔っていた。エネルギーを集中してる間にペドレオンが態勢を整えて再び触手を俺に向けて伸ばしてくる。

 

 触手が俺の身体に触れる一歩手前でエネルギーの充填が完了し、その瞬間に驚異的な跳躍力で空中へと跳び上がった。

 

 左腕に溜めたエネルギーを胸板に押し付けると俺の身体が白銀に輝き、胸の部分に赤いYの字の模様が浮かび上がり、眩い光線が放たれた。

 

 その光線がペドレオンの身体に命中すると、体内に食い込んで行き、数秒後には内部でそのエネルギーが膨れ上がってペドレオンの身体は破裂し、青い光の粒子へと変わって散っていった。

 

 これでようやく終わったかと安堵し、グレン先生とルミアの方へ振り返ると二人は信じられないと言った目で俺を見つめていた。

 

 まあ、ウルトラマンの力を見ればそうなるかもしれない。しかも、今回はウルトラマンの代名詞とも言えるまともな光線技を初めて使ったわけだからな。腕は十字に組めないけど……。

 

 俺はそんな的外れな考えで完結していたために、二人の視線の意味をこの時は解っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事件は終息して……。ザイードの指揮棒を壊して正気を取り戻した学院の人間達が一斉に目覚め、予期せぬ形で中断された社交舞踏会が再開された。

 

 最初は正気を失った間の事をどうしようかと焦ったが、どうもザイードの管理下に置かれた人間は操られてる間の記憶があやふやになるらしい。また、ザイードの手から解放された後も前後の都合を合わせるように仕組まれたのか、無意識下で元の場所に戻った。

 

 会場に戻ってようやく正気に戻ったみんなをリゼさんのアナウンスにより、強引に舞踏会の続きへと繋げて今夜起こった事件はまるでなかったかのように賑やかな空気が戻った。

 

 ザイードの所為で中断させられたフィナーレ・ダンスも再開する事ができた。まあ、ペドレオンとの戦闘で破けたりベトベトになったので新しいのに変えたのをクラスメート達に不審がられた時は焦ったが。

 

「やれやれ……正気を失った時の記憶がないのはある意味都合が良いかもしれないけど、今夜はドッと疲れたかも」

 

「今回は大活躍だったもんね」

 

「俺が……というよりは、先生達がだけどな」

 

 グレン先生の戦況の調整、アルベルトさんの長距離射撃……直接は見てないが、クリストフさんやバーナードさんも軍の人間だけあって見事な切り替えの良さと咄嗟の機転。失敗こそしたもののイヴさんの用意周到な魔術……当然ながら俺の知る魔術なんか比べ物にならないくらいのものをみんな持ってる。

 

 俺は俺でウルトラマンの力を使ってるが、それは飽くまで借り物だ。自分自身の力とはとても言えない。そう考えればアルベルトさんに着いてサポートしたシスティは同年代の中で頭一つ抜きん出ている。俺の周囲にはどんだけすごい人間がいるんだか。

 

「でも、リョウ君だって私の事守ってくれてたよ」

 

「そりゃあ守るでしょ。仲間だし……」

 

「だから、ありがと。色々あったけど……今夜の事は、本当に私の一生の宝物だよ」

 

 俺に向けてくる笑顔には一片の曇りもないように見える。ルミアの事だからそれは本当に心から思った言葉なんだろう。けれど、ザイードから逃走する時に聞いた言葉を思い出すとそれは彼女の本当の顔なのかどうか……。

 

 あんな事が起こったばかりだからというのもあるが、俺はその笑顔に対して何を言えばいいのかわからなかった。

 

「そっか……じゃあ、今度はどんな宝物を見せようかな?」

 

「……え?」

 

「いや、この学院って良くも悪くもイベントに事欠かさないからさ。もしかしたら今日以外にも何か楽しい事があるかもしれないだろ。俺だって、時間はかかるけど面白い物作れるかもしれないし……思い出に残るものなんてこれからいくらでも作れるって」

 

 だからせめて、未来にもルミアの場所はちゃんとあると暗に示すくらいしかできない。それが伝わったのかどうか、フィナーレ・ダンスを終えたルミアがそっと顔を俺の胸に押し付ける。

 

 周囲は『妖精の羽衣』を着て踊れた事による感動かと思っていたようだが、一番近くにいた俺は彼女の密かな嗚咽をただ受けるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で? こんな所に呼んで何の用だ?こっちはやりたくもねえ後片付けもあるし、一応あいつらも家に送ってやらんといけねえっつうのによ」

 

「まあ、そう言うな! やりたくもない後始末をせにゃならんのはこっちもじゃしなっ!」

 

 学院の人気のない場所で、グレンはアルベルト、バーナード、クリストフの三人と向かい合っていた。

 

 フィナーレ・ダンスも終わって社交舞踏会もようやく閉幕したのでこの時間はもう誰も通らない場所で落ち合おうと約束し、集合した。

 

「それで……お互いお忙しい所にこんな時間にどうした?」

 

「わざわざ聞く事か? 俺達の用事が何か、お前ならすぐにわかるだろう」

 

「……さてな」

 

 かったるい風に言うグレンだが、その目は若干鋭いものになっている。

 

「……今回ザイードが持ち出した悪魔──いや、スペースビースト……だったか」

 

「あいつの話が本当ならな」

 

「今まで天の知恵研究会があのような生物を所持してるなどという情報はなかった。だが、そんな存在を何故かアマチは知っている」

 

「おい……今更アイツが敵の一味だなんて抜かすんじゃねえだろうな?」

 

「先輩、落ち着いてください。僕達も流石にそこまでは思ってません。しかし、今までにない事が起こってる以上、それを知ってるだろう彼の事も無視できないという点も理解してください」

 

「敵の突発的な行動なんてもう今に始まった事じゃねえだろうが」

 

「それだけじゃありません。今回のリョウ君のアレも気になります」

 

「多分、グレ坊が言ってたうるとらまん……じゃったか。それに所縁あるものかとは思うが……以前はあんな、銀色の鎧のようなものを纏ってはなかったんじゃがな」

 

「グレン……あの姿については何か聞いてないのか?」

 

「……あの化け物ぶっ倒した後で聞いてみたが、本人は自分が変わっていた事に気付いてすらいなかったよ」

 

 ペドレオンを倒した最後の瞬間……グレンが見たのはリョウの姿が銀色を主体に所々に黒いラインがはしり、胸にYの字の赤いクリスタルが浮かび上がった鎧のようなものに変わっていた。それも数秒間の出来事だが。

 

 それをルミアと一緒に見た時は目の前の現実が信じられないと言った風に呆然としてたが、それを行った当の本人は新しい力に驚いたのだと解釈していた。

 

「……いずれにしても、これからも一層警戒する事だ。アマチからも、出せそうな情報は出来るだけ取っておけ。何処かで使えるかもしれん」

 

 それだけ言うとアルベルトは踵を返して森へと入っていく。

 

「では、僕らもこれで」

 

「あの坊主にもよろしく伝えといてくれな」

 

 クリストフもバーナードもそれに着いていって音もなく去っていく。

 

「……あぁ、くそ……本当に何なんだっつの」

 

 グレンは八つ当たり気味に木や茂みにガスガス、とつま先を当てる。

 

「リョウ……お前は一体、何なんだ……?」

 

 誰も答えられそうにないグレンの疑問の声はグレン以外誰も居ない、虚空へと消えていった。

 


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