ロクでもない魔術に光あれ   作:やのくちひろし

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第36話

「ええっと、ここが五番線ホームよね……? で、出発が十一時で……うん、十分前。ぴったりね」

 

 女体化事件からややあってリィエルに続き、アルベルトさんの話通りシスティ、ルミア、そして俺に短期留学のオファーが通達された。

 

 そして三日の移動を経てようやく聖リリィ学院行きの移動手段である鉄道列車の集う駅へと到着した。

 

見た感じ、世紀末のロンドンみたいな光景だな。蒸気機関車が並んでるのもそれっぽいし。

 

「あ、見て……周りにいる人みんな私達と同じ制服着てる」

 

「多分、みんな中間短期休暇で帰省してた人達でしょうね。聖リリィ学院って、基本的には全寮制の学校だし」

 

「やっぱりこの制服も綺麗だもんね、リョウ君──じゃなくて、リョウカさん?」

 

「……その呼び方、勘弁してくれないかな?」

 

 ルミアに笑顔で話を振られ、ゲンナリする俺……。リョウカというのは今の俺の仮の名前。男であるのを偽るために女体化した時の名前を考えた結果、本名をちょこっといじって雨池涼香という事にした。ちなみにグレン先生はレーン=グレダスになった。

 

 ちなみに結局女体化を強制され、俺の姿は黒髪は以前のままで普段は毛先が跳ねた短髪だったのが、今ではそれがストレートになり、腰くらいの長さまで伸びている。しかも、女性としての影響なのか触ってみればすごくサラサラしている。

 

 流石に邪魔なので前髪を少し散髪してそれ以外は全て後ろで束ねている……つまりはポニーテールに纏めている。

 

 そしてこれまた女体化の影響で胸の辺りがやや重く感じる。そう……女性特有のモノが俺にも備わってしまったのだ。ちなみにカップ数にしてCだというのがグレン先生の観察眼による数値……。

 

 流石にグレン先生程のリバウンドみたいな事にはならなかったが、これを見たシスティに恨めしそうな目線を向けられて困ってしまった。好きでこの姿になったわけではないというに。

 

 それからは出発時までルミアの手によってコーディネートやら化粧やら、とにかく俺の顔を弄っては愉しんでいた。曰く、『女の子なんだから、これくらいは普通だよ』との事だが、明らかに自分に使ってるのより倍の量と種類を使ってるように思った。

 

 お陰で肌の艶が男の時と比べて真珠のように輝いている。顔も女になった所為なのか自分の顔だというのに割と美人という風に見える。これで和服でもあれば大和撫子になれるのではとすら思えてしまう。……自画自賛かよ。

 

 あと、アルベルトさんによって用意された義手もちょっと動かすだけなら確かに支障はないが、運動に適してるとはお世辞にも言えないな。まあ、そこまで高望みする気はないし、元々義手で身体を補おうなんて考えてないのだから問題ないか。

 

 と、ここまでの女体化の経緯を思い出してため息を吐くと、大きな汽笛が駅内に鳴り響いた。

 

「ふ、不思議よね……魔術もなしにこんな鉄の塊が地を走るなんて……」

 

「うん、魔術の恩恵を受けられない人達の英知の結晶だよね……人は魔術に頼らなくてもここまで出来るって……すごいよね……」

 

「そうか? 魔術なんてなくても人間はどんどん進化を続けるんだからこれくらいはな」

 

「あ、そっか……あんたは魔術のない世界で生きてきたって言うもんね」

 

「リョウ君は、こういうのよく乗るの?」

 

「いや、日常で使ってるわけじゃないんだけどな。旅行でちょこっと使う程度。それに、この列車……蒸気機関車なんだけど、これは割と昔の乗り物だしな」

 

「え……これが古いって、あんたの世界の乗り物ってどうなってるのよ?」

 

「俺の世界じゃ列車はもう大体が電気で動いてるものが普及されてるからな。小規模のもので自動車っていうのも普及してて、それはガソリン……燃料なんだけど。今じゃそれも電気で動く奴がどんどん生産されるようになってたな」

 

「電気って……そんなのでどうやって動くのよ? これだって、どうやって動くのかもよくわかんないし」

 

「風車とか水車は知ってるだろ? 風や川、滝の流れを利用して滑車を回転させ、他の歯車を回転させるためのエネルギーとする……コイツも、石炭燃やして内部を熱する事で水が蒸発する時のエネルギーを利用して動くんだよ。電気による乗り物だって、コイルって奴を使って電気を増強させて磁力の理屈を利用して……細かい構造や理屈まではわからないけど、それらを歯車を回すためのエネルギーとして動かすんだよ」

 

「へぇ〜……魔術がなくてもそんなものが近い将来造られるんだね」

 

「俺にとっては、そういう技術……科学の方が当たり前なんだけどね」

 

 地球じゃ魔術なんてものは普及するどころか存在すら認知されてないしな。

 

「あぁ、くそ……うるっせえな〜。近所迷惑だろ……誰だよ、こんな傍迷惑な乗り物考えたの……」

 

「先生ったら……本当に雰囲気をぶち壊すのが得意ですよね……」

 

 乗り物の話で盛り上がっていたところに旅行用のバッグを引きずってダルそうに歩み寄って来た。こっちにはキャリーケースはないから不便なものだな。

 

「いいから、さっさと乗車すんぞ。これに遅れたら当分向こうに行く列車が来ねえからな」

 

 時間も迫る中、俺達は急いで荷物を担いで列車へと乗り込もうとした時だった。

 

「……なぁ、リィエルは何処だ?」

 

「「……え?」」

 

「……しまった」

 

 歴史の1シーンに夢中になってしまって、最大の懸念を具現化したような存在からウッカリ目を離してしまった。

 

「おいおいおいおいっ!? あのバカ、離れるなってあれほど言ったのに!」

 

「どど、どうするんですか!? 出発までもう時間がありませんよ!」

 

「どうするもこうするも、見つけて速攻乗り込むしかねえだろ! とりあえず俺がホームを隈なく探してみる! お前らは万が一の為にここに残れっ! あのバカ、見つけたら尻百叩きの刑じゃああぁぁぁぁぁ!」

 

 リィエルが迷子になったと同時に軽くパニックになったが、グレン先生が反射的に捲し立てながらリィエル捜索に走って行った。

 

 俺も同行しようかと思ったが、口を入れる暇なんてなかった。今俺まで加わったらミイラ取りがミイラみたいな事になりかねないので結局残る事にした。

 

 グレン先生が捜索に行ってからシスティとルミアがソワソワと落ち着かない行動を視界の端に捉えながら周囲を見渡すこと数分もするとリィエルがトコトコと駆け寄って来た。もう一人女の子が付いて来たけど。

 

「リィエルッ! 何処行ってたのよ! 心配したんだから!」

 

「よかった……間に合って」

 

 リィエルを視界に捉えるとすぐさまシスティとルミアが安堵の表情を浮かべた。当の本人は何事もないように二人の抱擁を受けるだけだったが。

 

「よかったですね、合流出来て」

 

「ん……ありがと」

 

「ん? えっと、あなたは……?」

 

 システィがリィエルの後ろに控えていた少女に気づくと、そっちへと向き直る。

 

「あ、エルザと言います。見ての通り、聖リリィ学院の生徒です。えっと、リィエルさん……でしたか? この方がホームで迷っていたのを見かけてここまで案内したんですが」

 

「それは、御迷惑お掛けしてすみません」

 

 リィエルをここに連れて来たエルザという少女に向け、頭を下げる。彼女が見つけてくれなかったら今頃置いてけぼりを喰らっていただろう。

 

「私はシスティーナ。こっちがルミアで、こっちが……」

 

「ふふっ……お互い、挨拶は後回しにしてまずは乗車しないと。そろそろ時間ですし」

 

 エルザが言うや否や、出発を知らせる鐘の音が鳴り響き、同時に汽笛も鳴り始める。

 

「いけない! もうそんな時間!?」

 

「とにかく、すぐに乗ろう! リィエルも!」

 

 俺はリィエルを引っ張ってどうにか乗車する事に成功した。

 

「あ、危なかったわ……結構、ギリギリだったのね」

 

「一時はどうなるかと思ったね……」

 

「ふぅ……とにかく、これで四人共揃って──四人?」

 

 言ってからもう一度今いるメンバーを確認する。エルザを除けばシスティ、ルミア、リィエル、俺と来て……。

 

「……しまった。……パート2」

 

「何が……?」

 

ルミアに聞かれて、たった今気づいた事実をみんなに告げる。

 

「……先生……まだリィエルの捜索中」

 

「「…………あ」」

 

「……グレン、迷子?」

 

俺の言葉にシスティとルミアが青ざめ、リィエルが的外れな事を言った。その直後だった。

 

「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 女らしさを微塵も感じさせない雄叫びをあげながらグレン先生が猛スピードでこちらに向かって来ているのが窓越しから見えた。

 

「ああ、もうっ! なんとなくこうなる気はしてたんだよ、チクショウがぁ!」

 

「先生っ! もうリィエルは戻ってます! 急いでっ!」

 

 システィが窓越しから呼びかけるが、汽車が既に発車を始め、グレン先生との距離が徐々に開いていく。

 

「間・に・合・ええええぇぇぇぇぇぇっ!」

 

 最後の気力を振り絞り、更に白魔[フィジカル・ブースト]を使い、閉じられた扉の窓をぶち壊してどうにか乗車できた。もちろん、危ない乗車をするだろう事は文字通り目に見えたので女性陣(今は俺もだが)は窓から離しておいた。

 

「はぁ……はぁ……っ! くっそぉ……公共物破損して……まーた、減給と始末書のプレゼントが待ってんだろうなぁ……」

 

「ん……迷子になったグレンが悪い」

 

「テメェの所為だろうが、ボケェェェェェェェェェッ!」

 

 うん、それについては何のフォローも出来ないし、するつもりもない。

 

「えっと……とりあえず、お疲れでしょうし……席を取りませんか?」

 

 騒然とした状況を眺めていると、エルザがおずおずと提案を持ち掛けてきた。

 

「ん? えっと、誰だ?」

 

「エルザさん、ていうそうです。迷子になってたリィエルを案内してくれてたみたいです」

 

「そっか……悪いな、このバカが迷惑かけて」

 

「いいえ……困った時はお互い様ですし。それより、何処かで腰を下ろした方が……あなたもお疲れでしょうし」

 

「そうだな……もう学院行く前から疲れちまったぜ」

 

 とりあえず何処かで休もうと車両内を歩きながら互いに自己紹介をやり直しながら世間話をする事になった。

 

「あ、さっきは途中で切り上げたけど、私はリョウカ=アマイケです。こちらが私達の教師の、レーン=グレダス先生です。短い間になりますが、どうぞよろしくお願いします」

 

「え、おう……よろしくな」

 

 俺が紹介するとグレン先生が若干引くような目線を向けてくる。いや、グレン先生は普段と同様にしてるが、俺まで粗野な口調で過ごすわけにわかないでしょ。

 

今回は主にリィエルの功績を残すためとはいえ、何処で影響するかわかんないんだから俺だけでも女子らしくしてるんだよ。

 

「そうですか……リィエルさんの落第退学を消すために遠い所から……大変ですね、レーン先生……」

 

「まあ、それはコイツの自業自得だがな」

 

「あれ……でも、さっきリィエルさん……あなたの事を『グレン』と呼んでいたような……」

 

「いっ……いや、それは俺のあだ名みたいなもんだ、アハハッ! ……このバカッ!」

 

「……痛い」

 

 聖リリィ学院では本名を口にしないようにと何度も言った筈だが、やはりリィエルは何もわかっていなかったようだ。俺は本名をちょこっといじっただけだから支障はないだろうけど。

 

 それから世間話に華を咲かせながら歩くが、さっきからどの車両もほぼすし詰め状態でとてもこの人数で寛げる場所がない。どうにかならないかと困ってきたところで次の車両に入った時だった。

 

「おぉ……! これは……」

 

 扉をくぐった先は左側が座席で、右側がカフェテーブルや調度品が並んだ広々とした車両だった。明らかに階級の高い貴族御用達の車両というイメージ感溢れる場所である。

 

「うわぁ……座席が左側しかねえとか、そんな車両の使い方他にねーだろ〜……」

 

 若干呆れ口調になりながらもグレン先生はようやく寛げる場所を見つけられたからか、ぐっと身体を伸ばしてから荷物を座席の傍に置いて腰を下ろそうとしていた。

 

「ま、いっか! よっし、お前ら! どっか適当に座って休もうぜ!」

 

 ようやく疲れを癒せるかと俺も含めてみんなが安堵の息を吐いたが、エルザだけが対称的に顔を青ざめさせていた。

 

「あ……その、えと……レーン先生……っ」

 

「あん?」

 

「その……この車両は、その……私達には使えないんです……ごめんなさい」

 

「は? そりゃ一体どういう事だ?」

 

 エルザの妙な言葉に全員が疑問符を浮かべた時だった。

 

「お待ちなさい、そこの方々っ!」

 

 いつの間に入ってきてたのか、聖リリィ学院の制服を来た少女達が周囲に並んでいた。

 

 その中心には漫画にもよくある金髪の縦ロールと、如何にも高飛車なお嬢様といった風な少女が腰に煌びやかな宝飾を散りばめたレイピアを佩いている。

 

「見かけない方々ですわね……見たところ、『黒百合』のメンバーではなさそうですが……」

 

 唖然としていた俺達を値踏みするように見回すと、不意に溜息を吐いた。

 

「なんだか、立ち振る舞いにうちの学院に相応しくない田舎臭さが滲み出ていますが……まあ、それについては不問にしましょう」

 

 いきなり随分と失礼なお嬢様であった。地球出身の俺から言わせてもらえば、自然に囲まれた土地は大体田舎だと思う。……って、それを言ったら俺の出身もそうじゃん。

 

「それよりも貴方達……今、その席に入ろうとしていたみたいですが、この車両がわたくし達『白百合会』のものと知っての事でしょうか?」

 

「は……白百合?」

 

 いきなり意味のわからない単語を言われてももちろん俺達には何の事かわからないし、彼女の言い分はもっと理解出来なかった。

 

「えっと……ここ指定席だったか?」

 

「いえ、扉にも自由席と書かれた筈ですけど……」

 

「だよな……」

 

 扉にも俺達の切符にも、俺達が今いる車両が自由席である事は間違っていない筈である。改めて確認するも、やはり合っている。

 

「うーん……やっぱ俺達、間違ってねえよな?」

 

「俺……? なんだか、殿方みたいな口調ですわね……下品な」

 

 まあ、実際中身は男だからしょうがない。

 

「それはともかく、自由席だろうと指定席だろうと関係ありませんわ」

 

 改めて俺達に向き直り、胸を張りながら高圧的に言い放つ。

 

「ここの車両はわたくし達の物です。勝手に居座ろうなどとは許しませんわ。即刻、この車両から立ち去りなさい。ルールは守るものでしょう」

 

「いや、今ルール破ってんのは何処をどう見てもお前らだろうが!」

 

 魔術師としての暗黙のルールを気にしないグレン先生ですら、この言い分には反論せずにはいられなかったようだ。

 

「いっくらお嬢様っつっても、この鉄道列車は一応公共機関だろ!? だったら切符さえ変えれば自由席は何処に座ろうと自由に座っていいに決まってんだろ!?」

 

「はぁ……いるんですよね……伝統と規律を蔑ろにし、自分だけのルールを押し通そうとする無粋で下劣な輩が……」

 

「その言葉、ブーメランだってわかってる!? 自分ルール押し通そうとしてんのはどっちだ!? いい加減にしろや、テメェ!」

 

 余りにもジャイアニズム満載な言い分にグレン先生もキレる一歩手前まで来ていた。

 

「貴方っ! 何処の馬の骨か知りませんが、フランシーヌ様になんて言葉遣いを!」

 

「お下がりくださいませ、フランシーヌ様! この者は私達がしっかりと教育しておきます故っ!」

 

 珍しく真っ当な言い分を口にしたグレン先生の前にフランシーヌと呼ばれたリーダーだろう少女の前に取り巻きだろう女子達が立ちふさがって、それはまるで王を守る騎士のような雰囲気すら感じる。

 

 ……やってる事は低レベルの筈なのに。少女達の雰囲気にグレン先生ですら若干気圧されてる。

 

「はっ! 相変わらずダセェ事してんな、白百合の連中はよ!」

 

 今度は何だ、と精神的な疲労を抱えながら声のした方へ向き直ると、そこには同じ制服を着た……しかし、その着こなしはかなり崩したものであり、あちこちにアクセサリーを散りばめたり髪を染めたりパーマをかけたりと所謂不良みたいな雰囲気の漂う集団だった。

 

「コレット! 黒百合の貴方達がどうしてここに!? この車両はわたくし達の──」

 

「はっ! 知るかよ、フランシーヌ! テメェらが勝手に決めたルールなんざ!」

 

 フランシーヌの言い分を遮ってコレットと呼ばれたリーダー格の不良少女が喧嘩腰で言い放ち、両者の間で火花が散ってる幻覚が見えた。間に挟まれてる俺達は全く着いていけてない。

 

 俺達が黙ってる間に座席の権利やら自分達の伝統と格式やら自由がどうのやら、今にも乱闘騒ぎになってもおかしくない雰囲気だ。

 

「あの、二人共……今日はもう……その辺にして、くれないかな?」

 

「おいっ!?」

 

 下手に触れれば被害に遭うのは目に見えてるのにも関わらず、エルザが二人の間に割って入る。

 

「なんですって!?」

 

「ああっ!? なんか言ったか、こら!?」

 

 もちろん、横槍を入れられてフランシーヌとコレットは声を荒げて威嚇する。だが、エルザは一瞬身体を震わせながらも真っ直ぐ見つめて口を開く。

 

「フランシーヌさん……この人達……アルザーノ帝国魔術学院からやってきた留学生と臨時講師の方で……その……長旅で疲れてるだろうから、なんとかここの席、使わせてくれないかな……? もちろん、私はいいですから……。コレットさんも……その、喧嘩はやめてくれないかな?留学生の人達が迷惑するから……」

 

 遠慮がちな口調だが、その瞳は真っ直ぐ二人を見据えており、縮こまってるようにも見えるものの退く姿勢を見せない。意外に芯の強い娘のようだ。

 

「うっせえな! どっちつかずの奴が指図すんなっ!」

 

「これはわたくし達の問題です! 部外者は引っ込んでくださいまし!」

 

 今にも爆発しそうな程気の立っていた二人が同時にエルザを突き飛ばす。そして運の悪い事に、荷物に踵を引っ掛けたのと電車の揺れでバランスを崩し、頭部が座席の手摺部分に直行しようとしていた。

 

 気が付いたものの、今助けに入っても間に合わない。このまま激突するかろ思った時だった。

 

「……ん」

 

「きゃっ!?」

 

 間一髪の所でエルザと手摺の間に腕を滑り込ませ、彼女の身体を支える影が瞬間移動の如く割り込んできた。リィエルだった。

 

「……えーと、大丈夫……? えっと……エルザ……だっけ?」

 

「あ……うん……私は大丈夫」

 

「ん……ならいい」

 

 それだけ言い残すと、リィエルはすぐに定位置になってるルミアとシスティの後ろへと戻った。

 

 数秒の静寂が場を支配すると、コレットとフランシーヌがハッ、と我に返って再び睨み合う。

 

「と、とにかくですわ! コレット!これ以上、我が校の規律と伝統を侮辱するなら、容赦しません! 今、この場で、このわたくし自ら貴女を処断します!」

 

「ほ、ほう? やんのか、こら。いいぜ?ここで決着つけるかぁ……?」

 

 エルザを突き飛ばしたのに若干の気まずさがあったものの、それを誤魔化すように両者が臨戦態勢をとる。

 

 出来ればこの二人やその取り巻きとは関わらないほうがいいかもしれないが、ここまで来るとそうもいかないだろう。

 

「ちょっと待ってくれませんか?」

 

「何ですか?」

 

「あ? なんだテメェ?」

 

「ちょ……っ!?」

 

 俺がコレットとフランシーヌの間に入ると、両者から睨まれ、グレン先生達からは正気かと言わんばかりの驚きの声が上がった。

 

「おい、こっちは今コイツをブチのめすところなんだ……関係ねえ奴はすっこんでろ」

 

「コレットの言葉に同意するなど癪ですが、これはわたくし達の問題です。お引き取りくださいませんこと?」

 

「別に、貴女達の喧嘩を止めるつもりはないので御自由に。けど、その前にエルザに謝るべきでは?」

 

「「は?」」

 

「二人が喧嘩をしようともう結構ですが……二人の喧嘩に巻き込まれて危うく怪我をしそうだった人に対して何の謝罪もなしに話を進めるのはどうなんですか?」

 

 エルザは二人に喧嘩を売ったわけではなく、ただ場を収めて欲しいと言っただけだ。なのに、因縁の相手が目の前にいるからといって関係のない人間にまで危害が及ぶのなら黙って見過ごすわけにもいかないだろう。

 

「えっと、フランシーヌさんでしたか? 何も悪い事もしてない人間に対して怪我をさせかけた事に謝罪もしないのが学院の伝統にあるんですか?」

 

「う……」

 

「ぷっ! はははは! ダッセェな、フランシーヌ! 伝統とか堅苦しい事言いまくってる癖に、他所の人間に言われてんぜ!」

 

 フランシーヌに注意すると、苦いものを噛み潰したような顔をし、コレットが腹を抱えて大笑いしていた。

 

「あなたもですよ、コレットさん?」

 

「あん?」

 

「自由や喧嘩上等について別にこちらからは特に言いませんが、関係のない人を巻き込んでおきながら何も言わないのはいくら自由人を主張する者とはいえ、筋が通らないんじゃないんですか?」

 

「ぐっ……」

 

 コレットやその取り巻きの少女達はなんていうか、スケバンみたいなイメージを彷彿する。素行はアレかもしれないが、一応一般的な良心も持ってるようで指摘したらバツの悪そうな顔を浮かべる。

 

「う、うっせえな! 外からやって来た奴がゴチャゴチャ説教してんじゃねえぞ!」

 

「下々の立場の貴女に貴族をどうの口にするなど、分をわきまえなさい!」

 

 終いには逆ギレされる始末だ。ここまで話を聞こうとしう態勢を見せないとなると、多少の実力行使はやむを得ないかと思ったが、ふと肩に手を置かれた。

 

「おい、これ以上はマジでやめろ……っ! メンドくせぇ事にしかなんねえぞ!」

 

 グレン先生が小声で俺に耳打ちしてきた。

 

「けど、エルザを巻き込んでおきながら何もないのはマナーがなってないどころじゃないでしょ」

 

「それはその通りかもだが……今ここで乱闘なんかになったらリィエルの評価にも響くぞ! そうなったら学院に着く前に留学がオジャンなんて事にもなりかねねえぞ!」

 

「う……」

 

 そうだ。今二人と対峙してるのは俺だが、そもそも聖リリィ学院に向かってるのはリィエルの短期留学に俺達がサポートするという体で着いてきているのだ。

 

 リィエルの関係者である俺が勝手をして、それがリィエルの評価にどう響くかわかんない以上は下手な行動は出来ない。

 

「そもそも、貴女方がこの車両に来なければこんな事には──」

 

「あん!? 元はと言えば、テメェらがダセェ事してっから──」

 

「…………って、なんか考えてる間に俺達の事忘れてるっぽいですね」

 

「あぁ……結果的には、助かった……のか?」

 

 いつの間にか状況が最初の一触即発に逆戻りになってホッとしたやらそうでないやら……。

 

「どうも」

 

 不意に、気の抜けるような棒読みがかった口調で声をかけられた。振り向くと、いつの間にそこに立っていたのか、俺とグレン先生の背後に長い灰色を三つ編みで二つ下げ、手裏剣型の髪飾りをした無表情の美少女が立っていた。もちろん、この娘も聖リリィ学院の制服を着てるので生徒だろう。

 

「ど、どうも?」

 

「こんにちは……」

 

 いきなりの登場に面食らったものの、どうにか挨拶の言葉を絞り出す。

 

「いや、私、不本意ながら、向こうにいる縦ロールなフランシーヌお嬢様付きの侍女を勤めています、ジニーと申します。以後、お見知り置きを」

 

「あ、どうもご丁寧に……」

 

 棒読みで感情が読めない上に、顔も無表情。しかも、今若干侍女でありながらフランシーヌに対して毒を吐いた気がしたんだけど……。

 

「ところで、貴女方は短期留学生と臨時講師の方でしたか?」

 

「あ、はい……」

 

「それはすみません。この状況を初めて見たならさぞ面食らった事でしょう」

 

 やれやれとばかりに肩をすくめるが、相変わらずの無表情だ。

 

「はぁ……うちのガッコの世間知らずなバカお嬢と、なんちゃってファッション不良娘がとんだ御迷惑をおかけしました。実はですね……ああやって、白百合会(笑)や黒百合会(笑)とか、女子グループ同士でず〜っとアホな小競り合いをしているのが、うちの学校の伝統でして。派閥抗争(爆笑)っていう構造に酔ってるといいますか」

 

「は、はぁ……?」

 

「あの、今完全に主人に対しても毒を……」

 

「……笑えますよね。所詮、大人達に守られたあんな狭っ苦しいコミュニティの中で何を支配者気取って偉そうに粋がってんだか……ぷっ、思春期乙」

 

 思いっきり毒舌を発揮してるのに、顔はいまだに無表情なのが逆に怖い。

 

「と、いうのはさておき……ここからは一悶着あるでしょうから、この場は離れるのをお勧めします。後方の車両であれば派閥フリーエリアなので巻き込まれたくなければそちらへ」

 

「お、おう……そうか、あんがとな」

 

「助言感謝します……」

 

「ちょっと、ジニー! 何をやってますの!? いつものようにわたくしのフォローを頼みますわ!」

 

 ジニーの助言に感謝してると、フランシーヌからジニーを呼ぶ声が掛かった。

 

「はっ! 只今参ります、お嬢様!」

 

一瞬にして雰囲気も表情もキリッと引き締まったものに変わり、フランシーヌの下へと駆け寄っていく。とんでもない変わり身だった。

 

「……えっと、とりあえず先生」

 

「あぁ…………ここは戦略的撤退っ!」

 

 これ以上よくわからん争いに巻き込まれるのは御免被りたいので、ルミア達を引き連れて車両を脱出した。背後に甲高い金属音と爆裂音をBGMにしながら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は飛ぶように流れていき、長い旅路を行き、ようやく駅に到着してからすぐ近くの来客用の宿舎で夜を過ごし、旅の疲れを取ってから翌日の朝……俺達は聖リリィ学院の敷地内の街を歩いていた。

 

「わぁ……すごいね、こんな街があるんだ」

 

「……びっくり」

 

 敷地内では舗装された街路と左右にお洒落な植木と花壇、その外側にこれまたオシャレに飾られた店が並んでおり、何処も彼処も華があった。

 

 ここまで凝った装飾はいっそ芸術的作品の中に飛び込んだかのような風景だ。

 

 ありはしないだろうが、ここが観光スポットとして売り出されれば街中人が溢れる事間違いなしだろう。

 

「規模は小さいけど、お洒落で素敵な街並みよね。雰囲気がすごくいいわ。……う〜ん、私もこんな学校に通ってみたいわ」

 

 システィも貴族のお嬢様だからだろうか、芸術的な街並みを見てちょっとした憧憬を抱いたようだ。

 

「けっ! ……息が詰まりそうだぜ、帰りてぇ」

 

 だが、逆にグレン先生は嫌悪感を丸出しにしながらこの街並みに悪態をついていた。

 

「すぐこれなんだから……まあ、先生にはお世辞にも合うとは思ってませんけど」

 

「違ぇよ、バカ。そういう事じゃねえ……気付かねえのか?」

 

「何がです?」

 

 グレン先生の言葉にシスティが疑問符を浮かべるが、それは俺達も同じ。ここまでで特に変わった所は見られなかったからだ。

 

「よく思い出してみろ。俺達はここまでどんな道を辿ってた?」

 

「どんなって……鉄道列車で、山を越えて、湖を越えて……」

 

「ここに到着するのにほぼ半日……それまでは自然真っ盛りの観光旅行気分でしたね」

 

 まあ、トンネルも長かったので若干退屈な時間もあったが、この街並みを見てその退屈な記憶も忘却の彼方だが……いや、これって。

 

「…………あぁ、わかっちゃいました。綺麗に飾られてはいますけど、これ……一種の檻ですね」

 

「ああ、そうだ。周囲は深い森と、湖に、山……鉄道列車なしに脱出可能な通行手段はほぼゼロ。ここは外界から完全に隔絶された陸の孤島じゃねえか」

 

 グレン先生の言葉にルミアとシスティがハッとした表情を浮かべる。見た目の華やかさにすっかり騙されたが、内側の芸術的な街並みに反して外に出ようと思えば列車以外に道はない。

 

 その唯一の道であろう列車も行き来する頻度がかなり少ない。

 

 さながら甘い香りで誘き寄せて生き物の養分を吸い取るように精神を削り取っていく食虫植物にも似たような環境……。

 

「たく……白百合会やら黒百合会やら、キャッキャウフフな女学院に何であんな滅茶苦茶な連中がいるんだと思ったが……これを見たら、連中の気持ちも少しはわかってくるぜ。こんな息苦しいところ、そりゃあ長居なんてしたくねえぜ」

 

 グレン先生の言葉に、昨日は嫌悪感を抱いていた聖リリィ学院の生徒達に今度は若干の同情を向けるようになる。

 

 掌返しの激しさに自分でも嫌になるが、彼女達がああなるのはこの閉鎖空間が原因だ。ほんの少しの間しかいないとはいえ、同じ場所で学ぶ以上どうにかならんものかと少しは考えてしまう。

 

 こっちは留学を受け入れてもらったに過ぎないからこれ以上の干渉なんて出来ようもないとは思うが。そう考えてる間にいよいよ聖リリィ学院の本館校舎が見えてきた。

 

 やれやれ……これまた大変な留学になりそうだと始まる前から疲れてきた。

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