ロクでもない魔術に光あれ   作:やのくちひろし

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第3話

 学院にテロリストが侵入し、二人の仲間が連れていかれ、俺はどうにか教室から脱出の後、二人のうちシスティを見つけ、保護できた。まあ、それもグレン先生が助けに入ってくれたからこそだ。

 

 そしてテロリストのうちの1人のバンダナ男を捕らえてからグレン先生と情報を共有すること数分。

 

「ルミアがねぇ……白猫、何か心当たりはないか?」

 

「わかりません」

 

「そうか」

 

「そういえば、あいつらルミアを他の魔術師に触れさせるのは許さないとか言ってたけど、先生は何かわかります?」

 

「ん? ……いや、今の所は何も。それよりリョウ……お前、終わったらあいつらに詫び入れとけ。色々伝言しろとか煩かったから内容ほとんど覚えてねえ」

 

「教室に行ったんですか?」

 

「当たり前だろ。あそこから[ライトニング・ピアス]が放たれたのが見えたんだからな。学院入って真っ先に向かえば何時の間にかバリケード張って籠城して、お前は白猫助けに飛び出したなんて聞いたから急いで来たんだよ。お前、俺が助けに入ってなかったら間違いなく蜂の巣だったぞ」

 

 呆れながらちょっと怒ってる風なグレン先生の言葉に何も言えない。これでも色々考えながら行動していたつもりだったが、どうあっても俺では本物の命のやり取りを経験した者には敵わなかった。

 

 先生が助けに入ってきたのは単純に運が良かったからでしかない。

 

「……まあ、トーシロの浅知恵にしてもよく粘った方だ。あいつらもそのおかげで当面は保ちそうだ。一応及第点といったところだな」

 

 その時だった。昔の電話の呼び出しのような音が実験室に響いた。

 

 警報かと思って一瞬身構えたが、違ったようでグレン先生が懐から何かの宝石を取り出した。

 

「遅えぞセリカ! 何度連絡かけたと思ってんだ!?」

 

『悪い悪い。丁度講演中だったんで着信切ってたんだよ』

 

 宝石から女性の声が響いた。この学院……どころか世界でもトップレベルの第七階梯(セプテンデ)を誇るとんでも魔術師であるセリカ=アルフォネア。聞けばグレン先生の育ての親でもあるっぽい。

 

「ともかく下手人は天の知恵研究会の奴らだ」

 

 グレン先生がアルフォネア教授に報告をしている最中、疑問が浮かんだ。

 

「システィ、先生の言ってた天の知恵研究会って何だ?」

 

「あんた、あの組織のこと知らないの?」

 

「悪い、全然学がない」

 

 そもそもこの世界に来てまだほんの半年程度なんだぞ。この世界の常識なんてまだほとんど知らない。

 

 システィが噛み砕いて説明してくれたところ、天の知恵研究会とは魔導を極めるためなら平気で人殺しもする外道集団らしい。

 

 そんな奴らが何でルミアを欲しがるのかはわからんが、そんな組織が関わってるというのなら絶対にロクな目的じゃないだろう。

 

「ふざけんな! 生徒達の命がかかってんだぞ!」

 

 グレン先生の怒鳴り声が実験室に響いた。それから幾らか問答を交わして宝石を下ろした。どうやら通話は終了したようだ。

 

「ん? 何だ?」

 

「いえ、なんか……先生って、もっと冷めた感じの人だと思って……」

 

 確かに今のグレン先生は普段とはまるで違う、他人優先の熱血漢って感じがした。

 

「そんなことより、これからだ。セリカには一応ここの状況は説明したが、救援はまず呼べそうにないそうだ。呼ぶにしても時間はかなりかかるだろうな」

 

 つまり、大人の事情ってわけだ。考えてみれば、こっちの世界の通信手段はそこまで卓越していない。

 

グレン先生が今使った魔導器だって使う人間はかなり限られてる。そこから更に多くの人をこっちへ寄越すのにどうしてもタイムラグが発生してしまうだろう。

 

 それらの関係で情報は行き渡っても人を回すのに時間がかかってしまうわけだ。

 

 そう思ったところでシスティが実験室を出ようとするが、すぐに止める。

 

「何をする気?」

 

「決まってるでしょ。ルミアを助けに行く」

 

「ハッキリ言って無謀だぞ」

 

「あんたに言われたくないわよ! 私なら──」

 

「碌に抵抗もできなかっただろ。敵に会えばすぐに動けなくなって終いだ」

 

 バンダナ男と対峙した時だってすぐにスペルシールの付与された呪符は剥がしたのに咄嗟に詠唱することすらしてなかった。

 

 恐怖で口を動かすことすらできなかったんだ。1人で行かせたところでどうなるか目に見えてる。

 

「で、でも……」

 

「でもも何もない。今のお前は、俺以上の足手纏いだ」

 

 俺の言葉にこれ以上反論することなく、システィはただ震えるだけだった。

 

「だ、だって……ルミアは、私を庇ってあいつらに……」

 

 どうにか絞り出したちゃんとした言葉はそれだけで、システィはまるで子供のように泣き出してしまった。

 

 こいつはこいつで責任を感じてたんだろう。さっきまではバンダナ男に襲われた恐怖で考える間もなかったんだろうが、グレン先生の助けでほっとした拍子に家族も同然の親友が自分が騒いでしまった所為で連れ去られたんだと罪悪感が一気に込みあがったんだろう。

 

「お前、女を泣かせてんじゃねえよ」

 

「すみません。この状況と向こうの対応の悪さのストレスで……」

 

「まあ、言いてえ事はわかるけどさ。とにかく、泣くな白猫」

 

「先生の言ってた通りだった……魔術なんてロクなものじゃなかったんだ……こんなのがあるからルミアが──」

 

「だから泣くなバカ」

 

 グレン先生がシスティの頭に手を置くと、少しだけ落ち着いたのかシスティは先生を見る。

 

 システィが話を聞ける状態になったのを見たか、グレン先生が口を開く。

 

「魔術が現実に存在する以上、存在しないことを望むのは現実的じゃない、大切なのはどうすればいいかを考えること、だそうだ。ルミアの受け売りだけどな」

 

「あの子が……そんなことを」

 

「それに、お前は今魔術をロクでもないものだって断定しようとしていたが……」

 

 それからグレン先生は俺を一瞥して嫌ったらしい笑みを浮かべる。なんか嫌な予感がするのですが。

 

「お前は魔術を神聖視していたが、それだって元は魔力だマナなんていう無色の力の塊だ。例えるならまっさらなキャンバスな。それに色を塗って感動を与えるのが俺達魔術師の在り方なんだ……ってリョウが言ってたってな?」

 

「え?」

 

 そんな風にまでは言ってない。けど、そんな言い回しではあった気はする。

 

「せ、先生……その言葉何処で?」

 

「ルミアから聞いた。いや〜、アレ聞いて俺、不覚にも感心しちゃったね~。まさかお前がそんな情熱的なこと言うなんてな~」

 

 あいつか……よりにもよって一番聞かれたくなかった相手に聞かれたよ。あの時はそんなに深く考えてなかったけど、他人の口から聞いたらエライ厨二臭いセリフだよな。

 

「あんた、そんなこと考えてたんだ……」

 

「やめろ。そんな目で見るな」

 

 恥ずかしくなるから。ルミアの奴、この騒動収まったら覚えてろよ。

 

「それに、ルミアは将来こういう事件が起こらないように将来、魔術を導いていけるような立場になりたいらしい」

 

 そんなの、宇宙を蔓延る悪を殲滅しようとするくらい難しそうなのに。

 

「どんだけ……」

 

「アホだろ?」

 

「けど、尊いものですね」

 

「ああ、死なせられないよなぁ。だから俺がなんとしても助けてやる。お前らが言ったダークコートの男とまだ未確認の首謀者の2人と決めつけて暗殺する。もう、それしかない」

 

 暗殺……それをさも当然のように言った。あまり考えたくないが、ひょっとしてグレン先生は……。

 

「くは、くははは……暗殺ね。そんな言葉があっさり出るとは……只者じゃねーとは思ってたが、お前もこっち側の人間だったのか……クハハハ」

 

 バンダナ男……二度も顔にキツイ一撃見舞った上に、グレン先生が[スリープ・サウンド]もかけたっていうのに、どんだけタフなんだよ。

 

「先生とあんたと一緒にしないで! あんたみたいな外道なんかと──」

 

「違う? なんで大した付き合いでもないそいつのことをそんな断言できんだ? 言ってやるが、そいつは絶対ロクな奴じゃねえ。もう何人も殺した俺と同じ人殺しだぜ。そいつはそういう目をしている」

 

 システィはなんとしても違うと言いたいんだろうが、実際断言できるほど付き合いがなければグレン先生も肯定するかのように何も言わない。

 

 果てには俺にも視線を向けて懇願するような表情を浮かべる。

 

 俺にだってそいつを言い負かすような材料は持っていないが、言いたいことくらいは言っておくとしよう。

 

「先生……」

 

「……何だ?」

 

 言いたいことがあるなら言ってみろ。そう言われてる気がした。どんなことでも聞いておいてやるといったような雰囲気だ。なら遠慮なく言おう。

 

「……これ、持って行った方がいいですか?」

 

「……は?」

 

 俺が鉄パイプのようなものを持ち上げて尋ねるとグレン先生は間抜けな声を出す。

 

「残った奴を相手するってことは、先生またあの固有魔術使うんでしょ? だったら初めから使えそうな物持って事に当たった方がいいかなって」

 

「いや、お前……」

 

「おい、坊主。言った筈だぜ、そいつは人殺しだって」

 

 バンダナ男が何か言ってるが、こっちは無視だな。

 

「先生がアレ発動するまえに、コイツに[ウェポン・エンチャント]を付与すれば少しは使えそうだと思うんですけど」

 

「いや、使えねえから。つか、お前は白猫と残れ」

 

「ダメですか……」

 

「ていうか、今ここで聞くことかそれ。それよりも……」

 

「おーい、坊主。無視ですかー?」

 

 バンダナ男がまた話かけてくる。

 

「あんたさあ……静かにしてくれる?」

 

「あのさ、そいつが人殺しだって言ったよな? お前、そんな奴に肩入れするの?」

 

「……先生が過去何やったのかなんて知らないから何とも言えないし、ここで縁を切ろうがついていこうが、結局ロクでなしの仲間入りになる。だったら自分のやりたいようにやって開き直るだけだ」

 

「はっ! 確かにその通りだな!」

 

 くっくっ、とバンダナ男がおかしそうに笑う。俺はグレン先生を見やってから、

 

「それに、例え先生が過去に殺しをしていたとしても……今俺達の味方をしてくれるって言うのなら、俺はそれを信じるだけだ」

 

 俺の言葉が信じられなかったのか、みんな俺を意外そうな目で見る。

 

 そんな時だ。実験室の中央に魔法陣が展開された。そして、その中から人型の骸骨が3、いや10? でもない。どんどん増えてくる。

 

「ボーンゴーレムだと!? しかも竜の牙を素材に錬成、しかもそれを多重起動(マルチタスク)だと!? 人間業じゃねえぞ!」

 

 グレン先生の説明だけじゃ正確なところはわからんが、これがとんでもない所業だっていうことだけはわかった。あのダークコート、魔術もとんでもレベルだったらしい。

 

「ハッハー! ナイスだレイクの兄貴! これでお前ら終いだなぁ!」

 

 バンダナ男が叫ぶが、構ってる余裕はない。骸骨軍団の手には剣が握られており、そのうちの一体がシスティに襲いかかってくる。

 

「下がれ、白猫!」

 

 咄嗟にグレン先生がシスティを下がらせ、骸骨を殴るが、全く効いてる様子はなかった。

 

「硬ぇ! 牛乳飲み過ぎだろチクショウがっ!」

 

 竜の牙なんて言ってるから硬度もとんでもないんだろ。格闘センスのあるグレン先生ですら全くダメージが与えられないとなると……なんて考てる間にまた一体来る。

 

「リョウ! お前も下がれ!」

 

「いえ、先生はシスティを! 《光牙》!」

 

 俺は右手から光を奔らせ、骸骨に向けて振り抜く。どうにか骸骨を仰け反らせる。

 

「リョウ、お前それ……」

 

 グレン先生は俺の右手から伸びている光の剣について聞いてくる。

 

「簡単な錬金術と[ウェポン・エンチャント]の組み合わせです!」

 

「いやお前、複数の魔術の組み合わせってかなりの高等技術なんだが……」

 

「まあ、切れ味はまだゴミですけどね!」

 

「だったら! 素直に[ウェポン・エンチャント]使えばいいだろ!」

 

「無茶言わないでくださいよ! 先生ほど格闘に自信ありませんし!」

 

 できたら俺だってそれやって無双したいけど、こいつら本当に硬いし。俺のこれ、[フォトン・ブレード]は威力ないし、グレン先生も素手じゃ骸骨共下がらせるだけで精一杯だ。俺達が攻めあぐねてる時だ。

 

「《その剣に光在れ》!」

 

 システィが後ろからグレン先生に向けて[ウェポン・エンチャント]を一節でかける。グレン先生は光を纏った拳を数発入れて骸骨の頭蓋を砕く。

 

「《大いなる風よ》!」

 

 更にシスティが得意の[ゲイル・ブロウ]を畳み掛けて道を作ってくれる。

 

「ナイスだ白猫! 俺が先頭を行く! 着いて来い!」

 

「は、はい!」

 

 グレン先生が先頭で骸骨供を仰け反らせてシスティが真ん中を走り、俺が後ろで迫ってくる骸骨を[フォトン・ブレード]で押し退ける。力はすごいけど、思考は単純らしい。

 

「ぐああぁぁぁ! な、なんで俺まで……ああぁぁぁぁ!!」

 

 後ろからバンダナ男の悲鳴が聞こえた。更には粘着質のものが床を叩いたり、潰れたりするような音が何度も響いて来る。

 

 後ろで起こっている出来事を考えたら腹から喉へ込み上がってくるのを感じて、

 

「足を止めるな! 堪えろ! 止まったら奴の二の舞だ!」

 

 グレン先生が俺の襟を掴んで引っ張る。引っ張られながら俺は今自分が本当に命を潰し合っているという状況を実感しつつあった。

 

「しっかし、この数だとジリ貧だな」

 

 グレン先生の言う通り、さっきから骸骨がわらわらと集まってくる。しかもまだどんどん数が増えていく。

 

「先生! あなたの固有魔術(オリジナル)でなんとかできないんですか!?」

 

「無理だ! 俺の[愚者の世界]は魔術の起動を遮断するだけで既に魔術として機能しているコイツらに使ったところで魔力の無駄遣いだ! コイツらをどうにかするには[ディスペル・フォース]しかねえ!」

 

「でしたら私が使えます!」

 

「ああ!? お前の歳で習うやつじゃねえだろ!」

 

「はい! 学院じゃなくてうちでお父様から習ったんですけど!」

 

「マジか……」

 

「いや、でもこの状況でそれやってもすぐにマナが枯渇するだけでしょ!」

 

「だよな! 思わず関心しちゃったわ! こうなったら手はひとつしかねえ!」

 

 それから先生は廊下の階段を駆け上る。そして登り切ると、また廊下を駆ける。

 

「先生! この先は行き止まり!」

 

「ああ、このまま走っても体力が消耗して全員御陀仏だ。だったらここでこいつらを掃除するしかねえ。つうわけだから白猫、お前は先に奥まで行って即興で呪文を改変だ」

 

「ええ!?」

 

 それからグレン先生はシスティに[ゲイル・ブロウ]の改変方法を教えて先に行かせる。

 

「で、リョウ。お前はここで俺とコイツらの足止めだ。それと、お前も今から即興呪文改変だ」

 

「え?」

 

「お前のその剣……錬金術と[ウェポン・エンチャント]を組み合わせたって言ったな?」

 

「え、ええ」

 

「じゃあ、念動力関係の術式も組み込んで改めて三節でやってみろ!」

 

「ええ!?」

 

 今この場でそれをやれと!? しかももうひとつ加えろって言ったって、どの術式を組めばいいのやらで。

 

「とにかくやるしかねえんだ! 呪文の文法はもう理解してる筈だろ! ここでできなかったら白猫諸共留年だ!」

 

「うぉい!」

 

 最低だこの講師。んで、それだけ言い残してグレン先生は骸骨共へと突っ込む。

 

 ダメだ、もう後戻りする道も何もない。グレン先生の言う通り、ここでやらなければ全員やられるだけだ。

 

 俺は少し下がって一旦[フォトン・ブレード]を解除して意識を集中する。グレン先生が言ってた文法、術式の組み合わせ、詠唱の内容……これらを頭の中で整理して口に出す。

 

「《星降る光・果てへ奔れ・宵を絶て》!」

 

 詠唱を終えると、俺の右手に再び光の剣が顕現する。

 

「先生!」

 

「できたか! じゃあ、俺が態勢崩すからトドメ頼むぞ!」

 

 言ってすぐにグレン先生が骸骨を押し退け、俺は[フォトン・ブレード]を骸骨の首目掛けて振り抜く。

 

 スパン! と、小気味いい音が響き、あれだけ硬い感触だった筈の骨がいとも簡単に切れた。

 

「うそ……」

 

 グレン先生の言う通りにやってみれば斬れ味がさっきまでと段違いだった。ちょっと術式の組み合わせを変えただけでここまでの威力を発揮するとは。

 

 もし、俺自身でこれを完成させて……さっきのバンダナ男に向かっていたら。

 

「怖えか?」

 

 [フォトン・ブレード]の威力に驚いていると、グレン先生が俺の心境を知っているかのように尋ねてくる。

 

「今は緊急事態だったから口を出したが、お前のそれはもう簡単に人を殺せるものになった。謝れっていうなら後で──」

 

「結構です。怖くないと言ったら嘘ですけど……今これでしか人を助けられないなら、とにかく使いまくるだけです」

 

「……そうか」

 

 これ以上は聞かないと態度で示し、再び骸骨共と向き合う。相手は人じゃない。今はこの魔術を恐れる必要はない。そう自分に言い聞かせて骸骨共を斬り捨てる。

 

「先生! 出来ました!」

 

 どうやらシスティの方も即興改変が終わったようだ。

 

「何節だ!?」

 

「三節です!」

 

「よし! 俺の合図で唱えろ! リョウは一旦下がって白猫を守っとけ!」

 

「了解!」

 

 グレン先生と共にシスティのもとへ下り、骸骨共との距離が迫ったのを見計らって、

 

「今だ!」

 

「《拒み阻めよ・嵐の壁よ・その下肢に安らぎを》!」

 

 瞬間、システィよりも前では廊下を埋めつくさんほどの強風が流れた。その強風が骸骨共の動きを抑えているが、それでも距離は詰まってくる。

 

 システィが悔しそうな顔をするが、グレン先生が懐から何かを取り出して呪文を唱え始める。

 

「へ? この呪文って……」

 

 システィが何か心当たりがあるようだが、グレン先生の呪文が重なると共に魔法陣が何重にも展開されていき、高速回転する。

 

「ええい! ぶっ飛べ有象無象! 黒魔改[イクスティンクション・レイ]──っ!」

 

 グレン先生の呪文が完成し、巨大な光の奔流が廊下を駆け抜けた。眩い光に目を庇うこと数秒。目を開けると、そこには灰燼が飛び散っているだけだった。

 

「すご……」

 

 圧倒的だった。まるで絆の巨人が繰り出す破壊光線の爪痕だ。その威力に驚嘆していたが。

 

「先生っ!?」

 

 システィの叫びが聴こえてそちらを向くと、グレン先生が血を吐いて倒れていた。

 

「これって、マナ欠乏症!?」

 

「ああ、分不相応な術を裏技で無理やりだったからな……」

 

 マナ欠乏症とはゲームに例えればMPが極限まで減る感じだ。言えば簡単だが、それに陥ると最悪死ぬことだってあるという魔術師にとっては生命の危険区域だ。

 

 グレン先生の容体を見てシスティは白魔[ライフ・アップ]で回復を図るが、ルミアと違ってこういった魔術はそれほど得意ではないので回復が思うようにいかない。俺も手伝えればいいが、俺の場合は苦手部門のため発動すらできない。

 

「バカ。やってる場合か……急いでここを離れないと……」

 

「……って言っても、遅いみたいです」

 

 黒焦げになった廊下の向こうから人影が近づいてきたし。その影はルミアを連れて言ったダークコートの男だった。

 

 そんでもってダークコートの男の後ろには五本の剣が妖しく光を放ちながら浮かんでいた。絶対に自由自在に動かせるか相手の行動に自動で反応して襲いかかってくるかのやつだよな。グレン先生も同じことを隣で呟いてるし。

 

「白猫、お前魔力に余裕は? お前はあの剣をディスペルできそうか?」

 

「残りの魔力全部使っても多分、少し足りない……というより詠唱だってさせてくれるかどうか……」

 

「じゃあ、リョウ。お前は……うん、スマン」

 

「露骨に目を逸らすくらいなら役立たずだって罵ってくれた方がマシだ!」

 

 いや、システィみたいに器用な真似はできないけど。

 

「なら、何か策はあるか?」

 

「策って言っても……俺の魔術であの剣の一部を抑えるくらいしか──」

 

「結構だ。なら、せめて白猫の助けになってやれ」

 

「へ?」

 

 理由を問おうとするも、その前にグレン先生が俺の胸ぐらを掴んでシスティへ向けて放り投げる。その勢いのまま俺達は壁のなくなった空間……つまりは空中へと放り出された。

 

「「ええええぇぇぇぇ──っ!?」」

 

 俺達はそのまま重力に従い、地面へ向けて落下していく。

 

「んのぉ! 《光殻(こうき)》っ!」

 

 俺は[ウェポン・エンチャント]を切り詰めた呪文で発動し、システィを抱えて着地態勢に入る。システィのような器用な魔術が使えない以上、筋力を強化する[フィジカル・ブースト]よりも強度そのものを強化するこいつの方がいい。

 

 その考えは正しかったのか、どうにか俺達は大した怪我をすることなく、着地することに成功したようだ。

 

「だ、大丈夫か……?」

 

「な、なんとか……」

 

 どうにかどっちも無事だったのか、すぐに立ち上がって先生のいるだろう階の廊下を見上げた。そっちでは既に闘いが始まったのか、甲高い金属音と時々炎が見えた。

 

「結局、足手纏いでしかないのかよ……」

 

 なんとなく、そう悪態をつきたかった。命が助かったのなら喜ぶところだろうが、今俺が抱いているのは単なる虚無感だった。

 

「どうするのよ……?」

 

 システィが尋ねてくる。それは俺も聞きたいことだ。だから答えることはできなかった。俺が何も答えないことに苛立ったのか打ちひしがれたのか、肩を落とす。

 

「もう、先生の言う通りにするしかないの……言う通り?」

 

 言葉の途中でシスティが顔をあげる。

 

「……ねえ、先生は本当に私達を逃がそうとしたのかしら?」

 

「え?」

 

「だって、おかしくない? 本当に逃がしたいだけならいちいち魔力の残存量聞いたり、策を聞いたりするかしら?」

 

「……確かに」

 

 さっきまでのグレン先生を思えば俺達の能力を詳細に聞いて、とにかく出せる策出し尽くそうとする人だと思うんだが。つまり俺達を放り出したのは……なるほど、グレン先生の策が見えてきた。

 

「だとしたら、すぐに行かないと」

 

「待て」

 

「ちょ、何よ。すぐにでも行かないと、今の先生じゃ……」

 

「走って間に合うかわかんねえ。それこそショートカットでもしなきゃな」

 

「だったら尚更……でも、今魔力を使ったら……」

 

「だから俺が足になる。その前に先生と同じことを聞くが、全部は無理なのか? 数を絞れば何本ディスペル出来そう?」

 

「……えっと、二……いえ、三本ならギリギリ……」

 

「オッケー。じゃあ、後は先生にひとつ質問投げてから作戦決行だな」

 

 俺は意識を集中させて呪文を紡ぐ。

 

「《潺湲せよ・月魄の下・我が身に衣を》」

 

 三節で詠唱すると俺の周囲に大量の雫が浮かび、それが集まって羽衣のように浮かぶ。これが俺のとっておき。黒魔[アクア・ヴェール]と言ったところか。

 

 これはずっと前から個人的に研究していた魔術でまともにうまくいったことはないが、グレン先生の授業のおかげでようやく形になった魔術だ。ちなみに量は一般家庭の浴槽二つ分といったところか。

 

「システィ、乗って。これ長く保たないから」

 

「え、ええ」

 

 俺がその場にしゃがむとシスティはすぐに俺の背に乗った。うん、思ったよりずっと軽くて安心した。いつもその量で足りるのかと思うくらい食事がアレだったからか大して負担にはならない。ついでに小説や漫画では精神をガリガリ削ると評判の女性の象徴も……

 

「今ここで思いっきりあんたを吹き飛ばしたくなったんだけど」

 

「頼むからやめてくれ。シャレにならないから」

 

 鋭いシスティに俺は誤魔化し、すぐに精神を集中させる。

 

「《飛泉》っ!」

 

 [アクア・ヴェール]の水を足元に集め、水を媒介にした跳躍用の魔術、[スプラッシュ・バン]でそれを吹き上げて飛び上がった。

 

 一瞬で半壊した廊下まで辿り着き、最初に見えたのは全身切り傷だらけのグレン先生とまだ余裕のありそうな五本の剣を携えたダークコートの男。

 

 思った通りの大ピンチらしい。きっとグレン先生の身体の事を考えれば素人目から見ても後一・二手しか行動できないだろう。ならすぐに行動するしかない。

 

「先生っ! 二本はどっち!?」

 

 俺の背にいたシスティは怪訝な表情を浮かべるが、咄嗟の機転の効くグレン先生はすぐに俺の聞きたいことがわかったようだ。

 

「手動だ! 奴の手前で浮いてるやつ!」

 

「オッケー!」

 

 俺はすぐにダークコートの手前の二本の剣目掛けて[アクア・ヴェール]を撓らせ、剣を水で閉じ込める。

 

「水か……この程度で俺の剣を縛るなど──」

 

「《光殼》っ!」

 

「何っ!?」

 

 水で剣を捕まえたところに更に[ウェポン・エンチャント]をかけて圧をかけ、縛る力を強めた。咄嗟のひらめきだが、上手くいった。ほんの少しだろうが、これでやり易くはなった筈だ。

 

「システィ!」

 

「《力よ無に帰せ》!」

 

 システィが残った三本の剣を無効化し、剣から光が消えた。

 

 グレン先生はそれを見てすぐに駆け出す。

 

「くっ! 《目覚めよ──」

 

「遅え!」

 

 ダークコートが反撃しようとしたのだろうが、すぐにグレン先生は固有魔術(オリジナル)でそれを封殺する。無論ダークコートの男もそれだけで終わらず、光の失せた剣を持ってグレン先生に斬りかかる。

 

 ダークコートの男が剣にも優れてるのはもう知ってる。それからグレン先生の手からは[ウェポン・エンチャント]の光は失せている。このままでは明らかにグレン先生が奴の剣を受けてお終いだが……。

 

「誰か忘れちゃいないかな!?」

 

 俺は予め一部切り離した[アクア・ヴェール]を使ってダークコートの男の動きを

阻害した。時間にすればほんの一瞬程度だろうが、接近戦の得意な人ならその隙を見逃しはしないだろう。

 

 思った通り、その一瞬を突いてグレン先生は拳を振るい、足元に落ちた剣でトドメを刺した。

 

 そしてそれからは静寂が訪れた。ダークコートの男が事切れる前に何か言っていたようだが、距離的に聞き取れない。動かなくなったのを確認してから俺は[アクア・ヴェール]を解除した。

 

 それから一気に疲労感が身体を奔った。相当に魔力を消費した。

 

 とはいえ、少し離れた所ではグレン先生が肌から血の気の失せた状態で倒れていた。マナ欠乏症に加えて戦闘のダメージが大きかったのだろう。

 

 システィが駆け寄って肩を貸そうとするが、女子ではロクに持ち上がらない。どうやらまだ仕事が残ってるようだ。呑気に倒れることさえ出来やしない。

 

 俺はシスティと共にグレン先生を運んで半壊した廊下を後にした。

 

 


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