ロクでもない魔術に光あれ 作:やのくちひろし
「ようこそ、遠路遥々から我が校へお越しくださいました」
人の良さそうな笑顔で聖リリィ学院に足を踏み入れた俺達を迎えてくれたのは齢四十前後の女性、この学院の学院長であるマリアンヌさんだ。
俺達はこの学院の制服に身を包んでようやく留学手続きに入ろうと学院長室へ向かい、今こうして向かい合っている。
「我が校は見ての通り、大変閉鎖的な空間にありますので……貴女達みたいに外から来た方々が新しい風を吹き込んでくれることを期待しております」
「まあ、俺達にそんな期待されても困るんだが……まあ、それより聞きたいんだけどさ……何で、うちのリィエルに留学オファーなんて出したんだ?」
グレン先生が世間話を中断して本題に切り出した。その話についてはずっと気になっていた事だからだ。
「何故……とは?」
グレン先生に質問されたマリアンヌさんは小首を傾げていた。
「何故……と仰られても……今回、我が校は余所の魔術学院にオファーを出して、外界の方を特別に招き入れ、文化の交流も兼ねてこれからの学院生活を彩れないかと思ったのですが。それで、こちらの調査によればリィエルさんは、我が校に招き入れるべき大変優秀な生徒とお伺いしたので是非ともと……何か問題でもありましたか?」
露骨に怪しい説明だった。グレン先生も明らかに警戒の表情を浮かべていた。
普通に考えて、器物破損、教師への暴力など……アルザーノ魔術学院内でリィエルの奇行を数え上げれば両手の指だけでは全く足りない程だ。そんな素行不良要素満載の生徒をオファーするなんてまず有り得ない。
考えられるとすれば何処かで別の生徒の説明と顔写真を取り違えたか、書類操作によるものか……後者だとしたら一体何の為にこんな閉鎖空間に招いたものなのか。
まあ、招き入れたのがルミアではなく、リィエルなのであれば少なくとも天の知恵研究会の根回しではないだろうが……。
「それより、大変申し訳ありませんが……レーン先生」
「はい……?」
「その、今回、リィエルさん達アルザーノ魔術学院の留学生を受け入れ、レーン先生に担当して頂くクラスについてないんですが……」
「えと……なんかあるんすか?」
「その……レーン先生はこの学院の伝統たる『派閥』についてご存知でしょうか?」
その言葉を聞いてこの場にいる全員が渋い表情を浮かべる。ご存知もなにも、この学院に着く前にそれについてで頭を痛めたからだ。
「あぁ〜……『白百合会』やら『黒百合会』やらって言うアレっすか。まあ……名前だけは聞いたんすけど、そこまで詳しい事は……」
「元々、聖リリィ魔術学院は、嫁入り前の上流階級層の令嬢に対して、その地位に相応しい作法・教養を身につける事を目的として設立された学校なのです」
「……ふうん。魔術帝国の根幹を支える魔術を中心とした基礎研究と育成を目的としたアルザーノ帝国魔術学院とは全く性質が違うわけか」
もちろん、こちらも魔術についての教育はされてるのだろうが、俺達の通う学校と違って貴族としての教養を中心に勉強していくのがこの聖リリィ学院というわけだ。
文武両道であれというのはどの学校でも一緒だろうが、こっちではそういう貴族のお嬢様としての体面について厳しいものが多めという……。
「そのための閉鎖空間……厳格なる規則、硬直したカリキュラム……そして学院内全ての生徒が上流階級層の出身。そんな特殊な環境が助長させてしまったのでしょうね……生徒達の『派閥』形成を」
「ほう」
「学院のほとんどの生徒達はクラスや年次とはまた違った『派閥』という特殊なグループへ伝統的に所属しています。もちろん、これは学院側が公認した正式な組織ではありませんが、学院側はこれを無視は出来ないのです」
「だろうな……生徒だけのグループとはいえ、元が帝国内でも力のある有力貴族や豪商のお嬢様揃いだしなぁ。うん、いくら生徒相手でもそりゃあ手を焼くわ……」
下手に説教してもあんたの教師生命を断つぞなんて脅されればそれで終わりそうだしな。
「はい……元々、息の詰まるような閉塞感をお互いに慰め、励まし合っていこうという目的で発足した組織らしいのですが ……今では『派閥』の学院側に対する影響力は、学院運営方針に口出し出来る程にまで強くなってしまったのです。大規模な有力派閥にはむしろ学院側が逆らえなくなっている……そのような状況なのです」
「おいおい……大丈夫なのかよ、この学院?」
その状況には同情しなくもないが、あまりにも制限を設け過ぎたために起きた事とも言えるからどうとも言えない。
「そして現在、この学院には特に有力な派閥が二つあります。先程貴女が口にした『白百合会』と『黒百合会』です」
「あいつらかぁ……」
やはりというか、あの高飛車なお嬢様とスケバンみたいな少女がリーダーを務める『派閥』だった。どっちも一癖どころか二・三癖もありそうだし……。
「『白百合会』は代々規則と規律を重視した伝統派閥で、『黒百合会』は近年出来たばかりの組織ですが、ここ数年で一気に増強された自由を尊ぶ組織です。この両派閥が現在、学院内の主導権を握ろうと、完全に対立状態にあります」
「なんか、こっちの学院も大変そうっすね〜」
棒読みで言ってるが、この学院内にいる以上……そして、これまでの経験から推測するにその二組を避けて通れない感が満載なんだけど。
「……で、何でいきなりそんな話を?」
「ああ、その……実は、レーン先生に担当していただくクラスにはその……少々、問題のあるクラスでして……」
「……問題? どういう事っすか?」
いや、さっきまでの話を聞けばその問題とやらに全く嫌な予感しかしないでしょ。これから起こるだろう未来に半ば確信を持ちながら重い足を動かしていく。
「……なるほど、こういう事か」
「もう、予想通り過ぎていっそ笑えてきちゃいますよ……」
目の前の教卓で頭を抱えるグレン先生に同調して苦笑いを浮かべていた。
今回、俺達が短期留学するクラスが二年次の五クラス……花・月・雪・星・空のうちの月クラスだ。マリアンヌさんとの会見を終えて早々にこの月クラスにて自己紹介をしたのだが……反応は全くの無だった。
一部は俺達の存在をちゃんと認識して会釈はしてくれたが、ほとんどの生徒達は俺達の存在など眼中にないような風だった。
それだけならまだしも、現在は授業が行われてる筈なんだが……。
「…………お前ら、ちょっとは人の話を聞けええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
グレン先生が憤慨して教卓を力一杯叩くが、教室内は今生徒達が見事に半分に分かれて片や優雅にお茶会。片やギャンブルの真似事をしていた。
「おーっほっほっほ! なかなか良いお味ですわ! わたくしに相応しい一品ですわね!」
「よっしゃ、良い引き! チップを十枚レイズだぜ!」
ここまで堂々と授業中に騒げるのは呆れを通り越していっそ関心してしまうくらいだった。それだけこの教室内は俺の今まで見た学級の中でもトップレベルに自由……というより、無法地帯だった。
「もうこれ、学級崩壊とかボイコットとか、そういうレベルじゃねえだろ! 何だよコレ!」
「ああもう、煩いですわよ黒百合会っ! あと、先生も!」
「ああ!? そっちこそうるせぇんだよ! あと、先生も!」
「煩いのはお前らじゃあああぁぁぁぁぁっ!」
もう間で注意しているグレン先生が何故かついで扱いされ、それでも止めようとすれば電気、冷気、炎、水による魔術の雨霰……。珍しくグレン先生には同情しか出来なかった。
「だ、大丈夫ですか、先生っ!?」
「お、おう……くそ……ウチにも捻くれた奴は多いが、こういう時あいつらが如何に真面目で教師にとって有難〜い存在なのか、よ〜くわかったぜ」
ルミアに治癒魔術をかけられながら普段自分がどれだけ生徒に恵まれてるのか再認識したようだ。
「言っておきますけど、逆に教師が真面目に授業してくれない所為で生徒達がどれだけ困ってたのかも理解してくれましたか?……随分今更ですけど」
「ぐ……その節はマジでスンマセンした」
まだ非常勤講師として赴任したばかりの事を引き合いに出され、グレン先生は素直に頭を下げた。
まあ、あの時の事はもう許しているんだろうが、いくら留学を受け入れてもらったという立場ではあれど、この状況にはシスティも我慢の限界が近いんだろう。今も指で机をトントン、と忙しなく叩いているし。
「……そ、その……ごめんなさい、先生……。わざわざ遠い所から、来てくださったのに……」
少し間隔の空いた席からエルザが申し訳なさそうにグレン先生に声を掛ける。
「ああ、いいよいいよ……それはお前が謝る事じゃねえ。ていうか、エルザ……俺が言うのもなんだが、いいのか? 呑気に俺の授業なんか受けて……こういうのってさ、グループ同士の付き合いっていうか……周りに合わせなきゃマズイもんじゃねえのか?」
「あ、はは……私は、どの派閥にも所属してない身なので……」
そういえば、列車での騒動の時でもコレットがどっち付かずとか言ってたっけ。あれは無所属という意味だったか……。
「それに、私は……魔術師としては落ちこぼれなので……」
「え? そうなん?」
エルザの言葉にグレン先生が意外そうな顔をした。思わずチラッと彼女のノートをチラ見したが、ちゃんと要点は纏まってるってわかるし、彼女の教養が並以上なのも見て取れる。
流石に実技までは現時点では把握できないが、そっちが芳しくないという意味だろうか。
「だから、そんな私がみんなの中に入るのは、悪い気がして……」
「あん? そりゃどういう意味だ?」
「先生……あまり詮索をするのは野暮というものです」
グレン先生がもう少し聞きたそうにしていたのをジニーが割って入って止めた。
「人には色々あるものです。あまり深くは聞いてやらないのが優しさですよ」
「……まあ、お前の言う事も尤もだな。ていうか、お前もいいのかよ?一応お前……立場としては白百合会のメンバーなんだろ?」
「だって、勿体無いじゃないですか」
グレン先生の質問にジニーが即答して板書に記したのを写したノートを見せてくる。
「他のみんなは聞いてませんが、こんなレベルの高い且つ分かり易い授業なんですよ。ハッキリ言って、今まであのアホお嬢供が囲んでた家庭教師達とは比べものになりませんし……聞かなきゃ損という奴です」
「うん……本当にそうだよね! 私も聞いて驚いちゃった!」
ジニーの言葉に同調して今まで見た中で比較的テンションの高い感じでエルザが感想を述べた。
「羨ましいな……アルザーノ魔術学院の人達はいつもこんな素晴らしい授業を受けられるんですか?」
「え? え、えぇ……まあ、そうかしら?」
エルザの言葉にシスティが何故か自分が褒められたように照れながら頷いた。
「ええ、それには同意します。うちの学校は基本、貴族の教養として魔術を身につけられればいい的な所があるので。レーン先生みたいに魔術の根本的な本質を丁寧に解く──」
「ジニーッ! 何をやってますの!? 早くお茶のお代わりを持って来なさい!」
「チッ! ……はっ! ただいま!」
盛大に舌打ちしながら以前と同じような圧倒的な変わり身で忠犬が如くの態度を示す。
「……お前、よくあんなのに付き従ってられるよな」
「うん、正直……お──私だったら匙投げちゃいますね」
一瞬、素が出そうになったのを抑えてジニーに同情の言葉を投げる。
「まあ、幼い頃から苦楽を共に過ごした姉妹みたいなものなので。別に嫌いではないんです。偶に……いえ、しょっちゅうウザくはあるんですが」
表情に乏しそうなジニーの顔が珍しく苦笑の形を浮かべ、彼女の今までの従者生活の苦労のレベルが物語られてる気がした。
「まあ、このクラスに入れられた時点で運が悪かったと諦めるしかありませんね。面倒くさくはありますが、根っこは悪い人達ではないので……何もしなければ基本無害ですから、なあなあで過ごす事をお勧めします」
そう言ってジニーは風の如くフランシーヌの元へ行き、お茶を注ぐ。
「……って言ってましたけど……この状況下じゃあ授業どころじゃないですよね」
「ああ……流石にこの状況はマズイぜ。こちとら、リィエルの生徒としての存続が掛かってんだから」
元々俺達の目的はこの短期留学を成功させてリィエルの学生生活を守るためのものだ。なのに、こんな有様では授業どころではなくなり、学生としてのレベルと真面目さを表すためのテストだって無理。
これではリィエルの退学を撤回させるなど不可能だ。
「……って言っても、話を聞いてくれる人達じゃないのはさっきので明らかになったし」
「どうするんですか、先生?」
「ふっ……安心しろ。俺に秘策がある」
システィの質問にグレン先生が自信たっぷりの表情で言い放つ。
「あ、なんか駄目なフラグが即行で立ちましたね」
グレン先生の言葉にシスティは不安しか感じないみたいだ。まあ、それは俺もだが。
「ふっ、何を馬鹿な事を。今から実行するのはセリカ直伝の問題解決法だぞ」
「え、アルフォネア教授の?」
あ、これ尚更駄目なやつかもしれん。
「では……強硬手段実行じゃあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
瞬間、グレン先生は風の如く教室内を駆け抜け、水のように流麗な動きで白百合会の囲むティーセットや茶菓子の三段トレイを派手に吹き飛ばし、黒百合会の雑誌やトランプなどを引ったくって窓の外へ放り投げた。
「ふぅぃ〜〜、きぃ〜もてぃいいぃ〜〜っ!」
何かを成し遂げたような、清々しい笑顔だった。実際の性別と状況がこれでなければ純粋に見惚れてたかもしれんな。
「!?!?!?」
「すげぇ……やりやがりました」
突然のグレン先生の行動にエルザが目を白黒させ、ジニーが若干関心していた。
「「「………………」」」
「授業中は静かにね☆」
清々しい笑顔でそう言って黒板に向き直った。
「……まあ、わかってたわ。だって、アルフォネア教授直伝だものね」
「あはは……」
「やると思った……」
やっぱりどこまで行ってもグレン先生はグレン先生だと再認識した瞬間だった。
「あ、貴女っ!? これは一体、どどど、どういうつもりですの!?」
「おい、テメェ。先生よぉ……これ、おう落とし前つけるつもりだ、あぁ、コラ?」
自分達の至福の時を邪魔されたからか、フランシーヌとコレットが肩を怒りで震わせ、取り巻きと共に憤怒の表情でグレン先生に迫るが……。
「えー、つまり、この構文を分解整理するとだな、呪文の各基礎属性値の変動は……」
「「人の話を聞きなさい(聞け)────っ!」」
その叫び、思いっきりブーメランである。ついさっきまでまともにグレン先生の授業と仲裁を聞かなかった者のセリフではないだろう。
「まったく……アルザーノ帝国魔術学院からやってきた臨時講師か何か知りませんが……どうやら貴女には、教育が必要なようですわね!」
「おい、先生よぉ? 教えてやろうかぁ? 誰がこの学院の支配者なのかをなぁ? 余所モンがあんまりデカイ顔してんじゃねえぞ? ……ああ?」
煽るだけ煽ってのほほんと授業を進めるも、コレットとフランシーヌが教卓へ踏み出し、コレットがいつの間にか嵌めた鋲付き手袋でグレン先生の胸ぐらを掴み上げて無理やり自分へと振り向かせ、フランシーヌがレイピアをグレン先生の首筋に突きつける。
一瞬にして一触即発の空気へと変わり、ピリピリとした雰囲気が教室内を支配した。
もちろん、この雰囲気に一番敏感に反応する獣の如き少女を忘れてはいけない。
「……『万象に希う・我が腕に──」
「ストップストップ」
案の定というか、リィエルが場の雰囲気を敏感に感じとって例によって高速武器錬成を始めようとしていたので止めに入る。
「……放して。あいつら、グレンの敵……」
「いや、違くて……あの二人は先生に質問しに行ってるだけだから。ただいろんな事聞いてるだけだから」
「つまり……システィやルミアを狙ってる?……だったらやっぱり敵」
「いや、何でそうなるの!?」
誰もそんな事言ってないのに、何で普段頭使わない癖にこんな所でそんな拡大解釈するんだよ……。
ダメだ……。普段学院で起こす暴動ではグレン先生に対する他の講師からの嫌味や皮肉だけだからちょっと歪曲して伝えればある程度緩和出来るけど、今回はあの二人が詰め寄って敵意丸出しする所まで一部始終見てしまってる所為で下手な言い訳も思いつかない……。
このままではあと数秒でリィエルはお得意の高速錬成術で武器を作ってあの二人に飛びかかりかねない。
最悪、目立つ覚悟でウルトラマンの力を使ってでも止めようかと思った時だった。
「リィエル……どうしたの? 少し怖い顔してるけど……」
リィエルの横からエルザが気遣うように声を掛けてくる。リィエルの周囲に漂ってたピリッとした空気が若干散った気がする。
「……ん、ちょっと怒ってた。みんなが……グレンをいじめるから」
「そう……リィエルはレーン先生の事が好きなんだね」
「ん。グレンのことは好き。だから、私がグレンを守る。グレンをいじめる奴をやっつける。……だから、どいて」
そう言ってリィエルは再び臨戦態勢に入ろうとする。
「そう……でも、リィエル。もう少し、レーン先生を信じてみない?」
「……え?」
「私は、まだレーン先生の事は詳しくは知らないけど……なんとなく、すごい人だっていうのはわかるよ。だから、きっとレーン先生ならなんとかしてくれそうなんだ」
「…………」
「それに、今問題を起こしたら……リィエル、きっとこの学院を追い出されちゃうよ?そしたら、レーン先生は悲しむだろうし……」
一拍置いて、エルザが寂しそうな表情を浮かべて続ける。
「……せっかくこうして会えて、貴方と同じクラスになれて、いい友達になれるって思ってたのに……今いなくなったら……私もやだな……」
「…………ん、わかった。エルザの言う通りにする」
そう言ってリィエルは腰を落としてジッと場の行く末を見守る。
「……マジか」
ただ言い聞かせても決して止まらなかった筈のリィエルがエルザの説得で止まった。今までルミアやシスティが説得したりグレン先生が注意しても全くの進歩が見られなかったのに、エルザの言葉には耳を傾けてる。
「…………すごいなぁ。いや、俺達と違って理屈や方便じゃなく、キチンと心に訴えかけてるからこそか……」
エルザに関心しながらも俺も視線を再び教卓へ戻してこの緊迫した状況を見守る。
「大体、アルザーノ帝国魔術学院ってアレだろ? 軟弱ガリ勉ヤロー共が群れ集まってるド田舎学校だろ? そんなトコの講師に教えてもらうことなんかねえんだよ!」
「同感ですわ。わたくし達は貴族、
「要はアンタら、アルザーノ帝国魔術学院でやってる『魔術』ってのは、卓上のママゴトなんだろ? 実践的じゃねーんだよ。屁の役にも立たねえ」
「わたくし達に必要なのは『力』、そして『力』ある『魔術師』になるため、より洗練された授業なのですわ。ご理解いただけたら、邪魔しないで頂きたいものですわね」
これだけ言われ放題なのにも関わらず、グレン先生は変わらず無言で佇むだけだった。
「そもそもレーン先生。貴女、なんなのですか? そのまるで殿方のような服装と言葉遣い……それだけで、この格式高い学院の講師には相応しくない証左ですわ!」
「おまけにあのイモ臭ぇ四人組……アルザーノなんちゃらってのは、あんなのしか居ないわけ? もう雰囲気がね、根暗っぽいっつーか、庶民臭ぇっつーか、イケてねえ。ド田舎でベンキョーばっかやってるとああなんのかねぇ? あー、やだやだ……」
その言葉に同調するように、この時ばかりは白百合も黒百合も関係なしに俺達とグレン先生を交互に見ながらクスクスと小馬鹿にするように笑い始める。
流石にこれには来るものがあるなぁ……。
「こ、この人達……いい加減に──」
「馬鹿馬鹿しいですね、この犬猫供は」
教室内が一斉に静まった。理由としてはシスティが何か言う前に俺がただ一言言い放ったからだ。
「おい、テメェ……今何つった?」
「気の所為でしょうか? 私達が何処ぞのペットみたいに言われた気がしますが?」
さっきまでグレン先生に迫っていたフランシーヌとコレットが同時に俺に敵意を向けてくる。だが、ハッキリ言って全く怖くない。
「違いますか? グレ──レーン先生の授業を理解するどころかロクに聞きもしない……なのに口だけは立派。ただ周囲にいる人が煩わしくて吠えたり泣いたりするだけの動物と同じでは?」
そこまで言うと身体が引っ張られる。それと同時に首筋に冷たい感触があった。
コレットが俺の胸ぐらを掴み上げ、フランシーヌが持ってたレイピアを突きつけたからだ。
「おい……あたしらに喧嘩売ってんのか、コラ? だったら買ってやるぜ?」
「わたくし達が動物並とは、随分と申してくれますわね?」
俺の言葉に更に腹を立て、コレットは驕誇して鋲付きのグローブをグリグリと回しながら俺の顔に近づけていき、フランシーヌは強硬なままレイピアの鋒を寄せてくる。
「……そちらこそ、先程から随分と言ってくれますが……そんなに私達のやったことがママゴトも同然かどうか、見せてあげましょうか?」
「あん?」
「はい?」
俺の言葉にコレットとフランシーヌが同時に首を傾げる。
「ようするに、勝負ですよ。一対一でも構いませんし、何だったらお二人同時でも構いませんよ?」
「テメェ……本格的に痛い目見せなきゃいけねえみてえだな」
「ここまで侮辱されたのは黒百合以外では初めてですわね」
二人がワナワナと肩を震わせ、勝負の前に手を出しそうな時だった。
「はいはい、ちょっと待てやお前ら」
「え?」
「あれ? いつの間に?」
いついたのか、二人の背後からグレン先生がコレットを片手で引き離し、フランシーヌのレイピアを取り上げていた。
「別に喧嘩だろうが勝負だろうが、止めはしねえが……教師の前であんま下らねえ揉め事起こさないでくれ」
「おい、すっこんでろよ……あたしらは今コイツに目にもの見せてやるんだからよ」
「そうですわね。高貴なるわたくしに楯突いた事を後悔させなければ腹の虫が収まりませんわ」
「だぁかぁらぁ、落ち着け。まあ、どうせこの後の授業は『魔導戦教練』だしな。勝負するってんなら、そん時にしろ。あ、ちなみにルールの細けえところは後で検討するが、この授業では三対三のパーティー戦……メンバーはリョウカと白猫、ルミアの三人で行く」
「ちょ、先生っ!?」
さり気なく自分も加えられた事にシスティが驚く。
「いいですわ。ここまで侮辱されて退いては貴族の名折れ!受けて立ちますわ!」
「後悔すんじゃねえぞ、テメェら!?」
こうして、留学初日から授業という名の決闘をすることが決まった。
「それでは、これから『魔導戦教練』を始めまーす!」
場所を移動して、学院敷地内にある開けた所で月クラスの全員が集まり、グレン先生が先導して授業という名の決闘の始まりを宣言する。
そして、みんなもグレン先生の指示にしたがってるように見えて、視線がこっちに──というか、全部俺に向かって集中していた。
「ああもう……自分に向けられてるわけじゃないのに、肩身狭い感が半端じゃないわ。あんたもう、初日からとんでもないことしてくれるわね……」
システィがため息混じりに俺に非難の目を向けてくる。
「それについては悪いとは思ってるけど……あそこまで来たら流石に我慢の限界だったというか……」
「あはは……まぁ、気持ちはわかるし。それに、形はどうあれみんな先生の授業に参加してくれる事になったんだし、いいんじゃないかな?」
「まあ……私もあそこまで言われたらね……」
「では、ルールを確認しますわ」
俺達が話し込んでると、フランシーヌがルールの確認を切り出した。ここに移動するまででもグレン先生と決闘方式を取り決めてたのだが、みんなにも聞こえるように改めて話し合うとのこと。
「決闘は三対三のパーティー戦。方式は非殺傷系の呪文によるサブスト。模擬剣や徒手空拳による近接戦もあり。降参、気絶、場外退場、もしくは致死判定をもって術者の脱落……以上ですわね?」
「ああ、それでいい」
サブスト……確か、非殺傷系だろうと、軍用魔術と同じ意味として捉える方式だったか。以前、レオス先生がグレン先生に決闘を吹っかけた時と似たようなルールだな。
黒魔[ショック・ボルト]も軍用魔術の[ライトニング・ピアス]を使ってるという意味で判定され、当たり所によって即死判定される事もあるんだったな。
「あと、もう一つルールを加えたいのですが……このパーティー戦では、例え非殺傷系だとしても、炎熱系の呪文の使用を禁じらせて頂きたいのですが」
「炎熱系禁止?」
まあ、システィはともかく俺は水と電気系以外の功性呪文は相変わらずロクに使えないから特に支障はないけど……お嬢様だから髪が燃えたり汚れが目立つものは抑えたいところなのだろうか?
いや、それだったら電気だって場合によっては焦げ目は付くし、火傷みたいな跡は残る。まあ、それだって法医呪文によって完璧に治せる範囲だが。
「まあ、それでいい。あと、こっちもルール追加させてもらうぜ。まず、こっちのメンバーはリョウ──じゃなくて、リョウカと白猫、ルミアの三人だ。そして、リョウカ……感覚についてはもう仕方ないが、あの力はこの決闘では使うなよ? 白猫……お前は防御系の呪文に徹しろ。ルミア、お前はサポート系の呪文で助ける事に専念……以上だ」
「って、ちょっと待ってください!」
グレン先生の追加ルールを聞いてシスティが声を上げる。
「メンバーについては納得できます! リョ──じゃなくて、リョウカが本気だしたりリィエルが加わったら勝負にすらなりませんから! でも、メンバーはともかく、リョウカしか功性呪文が使えなかったら、リョウカが落とされた時点で私達の負けも同然でしょ!」
「いや、これくらいのハンデでも十分勝てるだろ」
システィの反論も受け流してグレン先生は当然のように言う。
「本当なら白猫とルミアの二人だけでも十分なくらいだ。今更お前らがあのレベルの箱入りお嬢様供に負ける姿なんて想像つかねえからな」
グレン先生の言葉にシスティは首を傾げながら不安げな表情を浮かべるが、グレン先生はそれを無視して次々と決闘の話を進めていく。
「さて、こっちのメンバーは決まってるから次はそっちなんだが……派閥のリーダー二人とジニーの三人で頼むわ」
グレン先生のメンバー決めにリーダー格の二人が明らかに不服そうな表情だった。
「たく、なんで白百合会の奴と組まなきゃいけねえんだよ……」
「それはこちらのセリフですわ」
「仕方ありません。レーン先生からのご指名なのですから」
「はっ……おい、先生よぉ。偉そうに仕切ってるが、まさか自分達のチームが少しでも有利になるように不和狙ってるとか小せえ事考えてんじゃねえだろうな?」
コレットが挑発的な笑みを浮かべながら疑問を口にするが、グレン先生は心外なと言わんばかりにジト目を向ける。
「んなわけねえだろ。お前らを選んだのは、単純に一番強そうなメンバーだからだ。お前ら、このクラス内じゃ頭一つ抜けてるってのは見てわかるしな」
グレン先生の評価にコレットが意外そうな顔をした。
「へ、へぇ……あんた、意外と見る目あんじゃねえか」
「だから、最初にコテンパンに叩いとけば後が楽だろう」
コレットが照れ臭そうにするも、次のグレン先生の言葉に額に青筋を浮かべた。隣にいるフランシーヌも顔が引きつっていた。
「……おい、フランシーヌ。派閥云々については一先ず後回しだ。まずは、あのお上り供をボコって、この先公黙らせっぞ」
「今回ばかりは同意しますわ、コレット」
普段はいがみ合う二人も同じ心境の下、共同戦線の組んでコレットとジニーを前に置いてフランシーヌが後ろに控える逆三角形の陣形を組んだ。
対してこっちは俺が先頭に立ってルミアとシスティが後ろという三角形の陣形。
「まずは先陣を切りなさい、ジニー!」
「はっ!」
フランシーヌの指示の下、ジニーがいつの間にか持っていた短剣を両手に逆手で構えながら[フィジカル・ブースト]を巧みに使い、一気に距離を詰めていく。
「わぁ〜……なんとなく予想はしてましたけど、まるで忍者みたいですね」
「おや、私達の一族の事をご存知で?」
「え……ていうことは、本物?」
「何を基準に本物と捉えてるかは存じませんが、私……東方の『シノビ』の技を代々伝える里の出身でして」
なんと……独特の髪飾りから勝手に想像しただけだが、彼女は本物の忍者の一族の出身のようだ。そういえば、気配もなく突然背後から現れたり風のように移動する様は確かにそれっぽかった。
「まあ、何といいますかすみませんね……アホお嬢供の所為で妙なことになって」
「ああ、いえ……挑発したのはこっちからですし」
「この機会に是非ともお嬢供にお灸を据えてもらいたいところですが、私はお嬢に命令されてる身なので、全力を出さないわけにもいかないんですよね。……例え、手負いの相手だったとしても」
ジニーは淡々と語りながら俺を……正確には俺の右半身辺りを見ていた。
「あぁ……気づいていたんですか?」
「非才の身ではありますが、これでも『シノビ』の一人ですからね。そういうのを見る目には多少自信はあるんですよ。貴女の右腕については深くは聞きませんが、それでも勝負ですので手加減はしません。若輩とはいえ、技量についても多少の自信は……」
短剣を構えながら語る途中でピタリと動きを止めてその目が鋭く細まった。
「……えっと……リョウカさん。貴女、何者なんです……?」
「あの、すみません……質問の意味が……」
「いえ……佇まいはまだ素人レベルですが、神経というか……貴女を出し抜くのがかなり難しく感じるといいますか」
ああ……多分、実践レベルはそこまでじゃないけど、ウルトラマンの力の影響で身体能力と感覚機能はかなり上がってるからな。
恐らく、シノビ特有の勘でそれを感じ取ったんだろう……。
「……なるほど。理由は存じませんが、レーン先生が貴女に本気を出すなという理由が少しわかった気がします。それなら、本気を出さない間にその胸を貸して頂きましょう」
言うや否や、ジニーの姿が一瞬ブレるとコンマ数秒で距離を更に詰め、短剣の刃を振るってくる。
俺は少し身体をズラしながら捻って躱し、ジニーはその勢いのまま二振り三振りとあらゆる角度から短剣を振るって攻撃を仕掛けてくる。
無論、以前の俺だったら戸惑ってるところだろうが、感覚が鋭敏化してる俺にはその動きがほぼスローモーションみたく見えてるので回避は余裕だった。
ジニーは一度攻撃の手を止めて距離を空けると、その顔は若干引きつっていた。
「あはは……本気を出してないのにこれですか……。貴女に制限が掛けられてるのが心底ありがたく感じてしまいますね……ちなみに、攻撃に転じれば何回私を倒せましたか?」
「いや、私はその手の達人じゃないのでどうとも……まあ、倒そうと思えば倒せたくらいには」
一応その動きに合わせて水の魔術を当てたり[ショック・ボルト]を打ち込んだりするくらいは出来ただろうな。
「……そうですか。せめて一太刀くらいは入れて見せたいところなのです……がっ!」
ジニーが再び攻めかけ、旋風のように刃を振るい、それを紙一重で躱し続ける。
「ジニーッ! 貴女、一体何を遊んでいるんですの!?」
フランシーヌが焦れったいのか、忌々しそうに叫ぶが、ジニーは聞こえないのかただ俺に向かってひたすら短剣を振るってくる。
「はあっ!」
「……ふっ!」
ジニーの斬撃の隙間を掻い潜って左手で彼女の腹部に重い一撃を叩き込む。
「うっ……!」
俺の一撃でそれなりのダメージを食らったのか、その場に蹲る。
「『春雷』っ!」
そこにすかさず威力部分を改変した[ショック・ボルト]を叩き込んで瞬く間にジニーの意識を刈り取る。
「う、嘘だろ……」
「ジ、ジニーが負けた……?」
「近接戦闘の腕はコレットの姐さんと同等の奴だぞ……」
周囲にいた月クラスの女子達が唖然としている。
「うん、わかってはいたが……やっぱアイツ、つくづく化け物じみて来たな……」
同じく外野でグレン先生が中々失礼なことを言っていた。俺に力を貸してくれてるのは化け物じゃなくて超人なのだが。
「おい、こりゃちっとヤバくねえか……?」
「えぇ……ジニーを失ったのは相当痛手ですわ」
鋲付きのグローブを嵌めたコレットが深刻そうに聞き、レイピアを構えたフランシーヌが呻くように返す。
「ですが、他の二人は功性呪文を禁じられております。あの方さえ倒せれば」
フランシーヌの言葉で二人が俺に向けて真剣な闘気を醸し出す。
「まずは挨拶がわりですわ! 『雷精の紫電よ』っ!」
フランシーヌが左手から紫電を撃ち放つ。
「『霧散せよ』っ!」
すかさずシスティが対抗呪文でフランシーヌの魔術を無効化する。
「対抗呪文は中々ですわね。なら、まずは貴女方から! 『雷精よ』っ!」
「『霧散せよ』っ!」
再び紫電が閃くも、システィがまた無効化し、フェイントを加えてもそれにすかさず反応して無効化を繰り返す。
「何やってんだお前は……『大いなる風よ』っ!」
[ショック・ボルト]などの三属呪文では埒があかないと見るや、コレットが[ゲイル・ブロウ]でシスティとルミア、二人共巻き込む規模の魔術を撃ち放つ。
「『大気の壁よ』っ!」
それにもシスティお得意の空気の壁によって遮られる事になる。
「これもかよっ!」
「ああもう、小賢しい! 『力よ無に帰せ』っ!」
空気の壁をフランシーヌが[ディスペル・フォース]で無効化させて二人を防ぐ壁を崩す。
「今ですわ! 『白き冬の嵐よ』っ!」
「『白き冬の嵐よ』っ!」
二人が同時に[ホワイト・アウト]を唱えて二人を攻撃する。
「『光り輝く護りの障壁よ』っ!」
システィの[フォース・シールド]がフランシーヌとコレットの繰り出した吹雪を防ぐ。
「またですの!?」
「あいつ、こっちの手全部わかんのかよっ!?」
自分達の攻撃が悉く防がれてる現実に苛立ちが募っていく。まあ、そろそろいい頃合いかな。
二人が後衛組に気を取られてる内に駆け足で距離を詰めていく。
「あ……『大いなる──」
いち早く気づいたフランシーヌが呪文を紡ごうとするも、間で眩い閃光がひらめき、俺達の視界を塞ぐ。俺が駆け出した瞬間、ルミアがシスティの後ろで[フラッシュ・ライト]を唱えた目眩し呪文だ。
「きゃあっ!?」
「『辰星』」
眩い閃光を潜ってゼロ距離でフランシーヌに水塊を打ちはなって場外へと吹っ飛ばした。まあ、取り巻きの人が受け止めたので大した怪我もないだろう。
「この……『白き氷精よ・我が掌の上で・踊れ』!」
コレットが拳を握るとそこに白い凍気が渦巻いた。確か、
まあ、ジニーの短剣と同じで当たらないようにすればいい話なのだが。俺はコレットの拳を躱して再びゼロ距離で呪文を唱える。
「『辰星』」
水塊がコレットを襲い、彼女も場外退場によって脱落し、相手チームの敗北が決定した。
「うん……一人は気絶しちまったが、まあ文句なしに俺達の勝ちでいいよな?」
「くっ……嘘だろ……」
「そんな……このわたくしともあろう者が……」
コレットとフランシーヌ、二人共ずぶ濡れの状態で打ちひしがれていた。身体よりも精神的なダメージの方が大きいみたいだな。
まあ、三人のうち二人が功性呪文禁じられた状態でほぼ一方的な戦況だったのだから文句を出そうとも言葉が出てこないんだろう。
「さて、現実を受け入れられたならそろそろいいでしょうか?」
パンパンと手を叩き、二人の意識をこっちに向けさせて本題に入らせてもらう。
「これで私達のやって来た事がママゴトでない事はご理解いただけましたね? さて、これまで散々言われた事についてなんですが」
ここまで言うと二人は自分達のやってきた事言ってきた事を思い出したのか、青褪めた表情を浮かべる。
「ま、待ってくれよ! 悪かった! あたしらが悪かったって!」
「ジニーッ! 何をやってますの!? 早く助けてくださいまし!」
コレットは謝罪の言葉を出すものの、あまり反省といった態度ではなく、フランシーヌもジニーに助けを求めるが、彼女はまだ意識が戻っていない。
「別に条件は提示したわけじゃありませんけど、ここまで明らかな勝敗を見せた以上、まずは勝者の言うことには耳を傾けるべきでは?」
二人を見下ろしながらジリジリと距離を詰めていくと、涙目になりながらお互い嫌い合っている筈の違いの身を抱きしめる。
「ひいいいぃぃぃぃぃっ! やめてぇ! 助けてくださいましぃ!」
「待ってくれよ! あたしに手ぇ出すと、パパが黙ってないぞ! 本当だぞ!」
ついさっきまでの二人とは思えない弱腰と去勢ぶりだった。
「問答無用です。敗者は勝者に従う……闘いにおいては常識でしょう?」
「「あわわわ」」
「……と言っても、提示するのは私じゃないですけど。じゃ、後はいいですね、先生?」
「おう。じゃ、覚悟しやがれ小娘供」
指をポキポキ鳴らしながら悪魔のような笑みを浮かべるグレン先生にフランシーヌとコレットは絶望の表情を浮かべる。
「というわけなので、これからレーン先生の言うことをよく聞くように。いいですね?」
「「は、はいいいぃぃぃぃぃぃ!」」
二人がどんな想像をしたのか、完全に萎縮していたが、グレン先生がやったのは所謂反省会だ。フランシーヌ、コレット……途中で起こしたジニーに三人のそれぞれ何処が悪かったのか、これからどうすべきかを丁寧に個々人に教えていった。
それからは全員に聞こえるように声をあげてこれから自分の授業で何を大事にしていくべきかを説明する。
「さて。お前らは、俺から教わる事なんか何もねえと言ってたが……断言してやる。短い期間だが、俺ならお前らを魔術師にしてやれる。魔術師のなんたるかを教えるくらいはしてやるさ」
「せ、先生……?」
「まあ、興味がなけりゃあ参加はしなくていい。別に強制はしねえしな。ただ、俺の邪魔だけはすんな。お茶会やらゲームやら喧嘩やらは他所でやんな。だが……少しでも俺の話に興味持ってくれるってんなら歓迎するぜ。本当の魔術って奴を教えてやる」
その男前な言い分に月クラスのみんなはグレン先生を見る目の色が完全に変わっていた。
「な、なんていう御方……あんな不遜な態度だったわたくし達を許して……?」
「デカ過ぎる……今までの先公は皆、アタシ達に迎合しようと媚びを売るか、押さえつけようと高圧的になるか、卑屈になって無視するか……そんなんばっかだったのに……」
「こんな御方……初めてですわ……」
出会った当初の、侮蔑に満ちていた目は何処へやら。
「「「せ、先生……」」」
今や、クラス全員がすっかりグレンに対する心酔の眼差しとなっていた。
「チョロいなぁー……流石、世間知らずの箱入りお嬢様ども……」
ただし、ジニーの毒舌は相変わらずのようだが……。とりあえず、これで授業の妨害をされる心配はなくなったと見るかな。
……と思っていたのだが。
「レーン先生、リョウカさん……申し訳ありませんでした。わたくし、全然世間知らずの自惚れ娘でした。ですが、これからは違います。どうか、教え導いていただけませんか?」
「二人共ごめんな……これからはちゃんと心を入れ替える。だから、あたし達を指導してくれよ?」
「「わたくし(あたし)達、白(黒)百合会で! ……ん?」」
それぞれの派閥リーダーの二人が謝罪と同時に俺達に指導を申し込んできたのだが、漸く収まったと思った険悪な雰囲気が再燃した気がした。
「……あら? コレット……今、何と仰いましたか?」
「……なんか今、妙な台詞が聞こえた気がしたが……フランシーヌ?」
フランシーヌとコレットの間でバチバチと火花が散ったようなイメージが見えた。なんか、また面倒臭そうな予感が……。
「お、おいリョウ……これ、なんか嫌な予感が」
「えっと……『雷駆』っ!」
「え、ちょ──って、あいつ逃げやがった!?」
申し訳ないが、これから起こるだろう出来事を回避すべく、身体能力を全力で底上げして更に両足に電気を纏い、驚異的な速度で教練場から脱出した。
直後、小さくなっていく教練場から甲高い叫びと轟音が響いてくる。
『貴女達・いい加減に・しなさいぃぃぃぃぃぃ!』
『リョウ──っ! この、裏切り者がああああぁぁぁぁぁぁ!!』
更に、それに重なるようにシスティの喉の割れんばかりの呪文とグレン先生の断末魔のような叫びが背後で木霊した。
はは……面倒な留学になるのは変わらないのかも。これからの留学生活に悚然とした今日この頃だった。