ロクでもない魔術に光あれ   作:やのくちひろし

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第38話

 聖リリィ学院の短期留学初日から決闘なんて言った波乱万丈なトラブルもあったものの、それに勝ったおかげで月クラスのみんなが俺やグレン先生の事を認めてくれたようでようやく一安心──とはならなかった。

 

 いや、認めてくれたのは嬉しいし、みんなも大体俺達の言うことを聞いてくれるようにはなった。

 

 ただ……みんなの敵意が好意に反転したというだけで俺達そっちのけで事あるごとに白百合と黒百合が自分達の元へ引き込もうと……というより、引っ張り込もうとして対立して喧嘩が勃発するのだ。

 

 それだけでもやたら疲れる案件だというのに、そこに更にシスティと果てにはルミアまでもが加わるのだからタチが悪い。

 

 システィはグレン先生が自分の所に長居しなくなりつつあるからだと考えられる(本人は認めようとしないだろうが)が、まさかルミアまでもがそこに加わるとは思ってなかったため仲裁がやたら大変だ。四人が顔を合わせるたびに重苦しい空気が場を支配して果てには魔術合戦の嵐と来るし。

 

 その魔術の流れ弾が時偶俺とグレン先生に来るから怪我もする(俺はウルトラマンの力もあるためか、軽度で済んでる)。

 

 まあ、ここまで説明したから何だと言えば……。

 

「おほほ……最初からこうしてレーン先生を囲んで、皆さんで食事をすれば良い話でしたわ」

 

「あっはっは! しゃーねーな! 今日はこれで勘弁してやるよ!」

 

「そうよね! やっぱりみんなで食べる方がおいしいもんね!」

 

「一緒に食事をするとみんなの距離が縮まった感じがするもんね」

 

 ……とまあ、パッと見と会話だけを見ればお嬢様達のほのぼのとした和やかな食事会と見れるかもしれない。……全員の目が笑ってないのを除けばな。

 

「えっと……何でこうなったんでしたっけ?」

 

「こっちの制止も聞かずにドンパチやって……結局昼までケリが着かなかったから間を取って全員で食事会だとさ。ハハ……やったな、リョウ。夢にまで見たハーレム空間だぜ〜……」

 

言葉では嬉しそうに語るが、今のグレン先生はあちこちボロボロで顔も断食している時ぐらいに痩せこけてるようにも見えた。

 

「人気者は大変ですね〜」

 

そんなグレン先生に慰めの言葉をかけたのはジニーだった。思いっきり棒読みだが……。

 

「お前、完全に他人事だと思ってやがるな」

 

「完全に他人事なので」

 

「せめてもう少しオブラートに包みましょう?」

 

 まあ、こんな面倒臭い状況なんて普通関わりたくなどないからな。

 

「まあ、けど……先生方には感謝してるんですよ、これでも」

 

「あん?」

 

「どういう意味です?」

 

「面倒臭さはあまり変わりませんが、先生達のおかげで史上最悪と言われた月クラスも僅かですが纏まりつつあるんですよ。先生が決闘の場を用意して、リョウカさん達がお嬢達をコテンパンに叩きのめしたから」

 

「何故それで纏まるんですか?」

 

「貴女達がお嬢達と正面から向き合ったからですよ。元々この学院の『派閥』が閉鎖された空間で、型に嵌められる事を強制された事による心の傷の舐め合いみたいなための集団であるのはお聞きしましたか?」

 

「あぁ、このクラスに入れられる前にちょっとな。ここまで気持ち悪くてクソッタレな鳥籠染みた空間は久々だぜ……こんな所に長居させられればそりゃあお嬢様と言えど、好き勝手したくもなるわ」

 

「ええ。ですから……せめて限られた空間内でも自分は特別なんだと、似た者同士で群れて粋がるのも道理というものでしょう。まだ十五・六の若者なのですから。まあ、結局今回の件で今の自分達では本物に勝てない事を理解したでしょう。ですからすぐには無理でも、これからは少しずつ己の狭かった見識を広めようと真に努力を重ねてくでしょうし、その過程で派閥争いも緩和していく事でしょう。結局のところ、思春期の至りみたいなものですし」

 

「「………………」」

 

「何でしょう?」

 

「いや、お前いくつだよ? 妙に達観し過ぎじゃね?」

 

「大人でもそこまで誰かに寄り添える人なんて早々いないと思うのですが……やはりシノビだから色々あったんですか?」

 

「……まあ、そんなところです」

 

 一瞬間が空いた所で表情に若干影が差したように見えたが、まあシノビの世界は暗闇……知り得ない事は多々あるだろう。

 

「ところで、リィエルはどうしました? ああいう騒動には必ずと言っていい程敏感なのに……」

 

「言われてみれば……コイツらにかかりっきりですっかり忘れてたわ」

 

「リィエルも一緒にいればもっと楽しかったかもしれないのにね」

 

「そういえば、何処にいるのかしらあの娘?」

 

 すっかり忘れてしまったリィエルの存在を探そうとすると、コレットがとある方向を見て何かに気づいたようだ。

 

「おい、リィエルってあの青髪のチビッコだったか? あそこの……」

 

「え? 何処?」

 

「ほら、あそこ……」

 

 コレットが指差した方向を見ると、そこではリィエルが自分の好物であるいちごタルトを差し出しているのが見えた。ただ、苦手だったのか遠慮がちな様子だったが。

 

 自分の好物が相手は苦手だということに一瞬落ち込んだように見えたが、自分の食べられる量が増えたとわかったか、一瞬にして瞳の輝きが増したリィエルがいつも通り一心不乱に食べる様子をエルザは微笑みながら見ていた。

 

「話してる内容はわからんが、楽しそうだな」

 

「いちごタルトを食べられないなんて人生損してる……って言ってましたよ」

 

「うん、メチャクチャあいつらしくて安心したわ」

 

 俺達以外のメンバーと基本関わる事をしないリィエルの社交ぶりは意外だったが、友好の輪を広げられるのはいい事だと思って放置することに決めたが、フランシーヌとコレットは驚きと安堵が混ざった表情で二人を眺めていた。

 

「おい……エルザが誰かとツルむなんて初めて見たぞ」

 

「ですわね。しかも、あんな楽しそうにして……あの子、あんな風にも笑うんですね?」

 

「ん? そういやお前ら……俺にはガンガン自分の派閥に入れって言ってる癖にエルザには特に言わねえよな?」

 

「もしかしてあの子だけハブにしてる?引くわよ?」

 

「ダメだと思うよ、そういうの」

 

 グレン先生の疑問に乗るようにシスティとルミアがフランシーヌとコレットにジト目を送る。その無言の攻撃に二人はたじろぐ。

 

「う……違いますわ! そもそも、弱い者虐めなど、貴族にあるまじき行為ですわ!」

 

「別にあたしらがハブいてんじゃねえよ! 向こうがあたしらから距離を取ってるだけだ!」

 

「は? エルザさんから、ですか?」

 

「はい……」

 

 エルザの方から距離を置いてるという事に疑問を浮かべるとフランシーヌが気まずそうにうなずく。

 

「あいつさ、前期の途中であたしらのクラスに編入したんだよ。最初はパッとしない奴だったから遠い所から一人だけ来て寂しいのかって思ったから……」

 

「わたくしもコレットも、自分達の派閥へと誘いをかけましたわ。戦力増強のために!」

 

「うん……お前ら、マジでブレねえな」

 

 グレン先生の言葉に俺達は揃って苦笑いを浮かべた。

 

「けど、なんかなぁ……一人でポツンと寂しそうにしている癖に、あたしらの誘いには微塵も乗っかろうとしねえんだよ。いくら話しかけてものらりくらりと躱してさぁ……」

 

「成績優秀で品行方正。誰に対しても礼儀正しく、人当たりはいいのですが……どこか他者に対して壁を作ってるといいますか……優しい一匹狼と言いますか」

 

「だから驚いてんだよ。あたしらとは距離を置いてるアイツが、あのチビッコとは楽しそうにしててさ」

 

「ん〜……?」

 

 確かにその話を信じれば意外に思うのも無理はない。更にはそこまで真面目で人当たりの良さそうなエルザがみんなの輪に入ろうとという姿勢を見せないのが尚驚きだ。

 

 どんな理由がと思ったが、ここはただでさえ親の都合で自由を極端に制限されたお嬢様達の集まりだ。今更重い事情がひとつ混ざった所で大して驚かないし、無理に深入りするわけにもいかない。

 

 ジニーの言葉を借りれば余計な詮索は野暮というものだ。

 

「ま、お前らの派閥勧誘が鬱陶しくて引いてるだけってのもあるんじゃねえか?」

 

「う、それは否定出来ねえけど……」

 

「あ、あんまりな言い方ですわ……」

 

「この短期間でのお前らの言動見れば誰だって思うわ。まあ、けど……お前らとんだ不良娘かと思えば案外、気の良い奴らなんだな。嫌いじゃねえぜ、そういうの」

 

「そ、そんな……っ!? わ、わたくしの事を好きだなんて!?」

 

「ま、待ってくれ! あたしはまだ十五だし……何より、女同士だし! こ、こここ……心の準備ってもんが!」

 

「いや、『嫌いじゃねえ』って言っただけだろうがっ! 何でその一言でそこまで脳内妄想広げられるんだよ!? あと、お前らイチイチ重たいわああああぁぁぁぁぁぁっ!」

 

「……このクラスは腐女子の集まりか?」

 

「あの、私までお嬢達と一括りにされるのは甚だ不本意なのですが」

 

 割と本気で頭を痛めた俺にジニーの非難の視線が向けられた。

 

 

 

 

 

 

「いや〜……マジで危なかったぜ。危うく正体バレるところだったわ」

 

「まったく、何やってくれてるんですか。だから入浴は個室風呂にすべきだって言ったんじゃないですか」

 

 どうやら俺の忠告も聞かずに大浴場の方へ行ったグレン先生が乱入してきたフランシーヌやコレット達の前で男に戻ってしまったようだ。

 

 その途中で更に乱入してきたシスティやルミアが間で偽りの説明をしてどうにか誤魔化し切ったらしいが……どんな説明したかは知らないが、盲信すぎるだろうみんな……。

 

 ついでに、その嘘の説明に信憑性持たせるためにグレン先生だけはこのまま元の身体で通すみたいだ。……地味にズルい。

 

「まあ、あのジニーだけは『あ……』って感じで薄々気付いてたみたいだけど……」

 

「あの様子ならこのまま黙ってくれそうだしね」

 

「流石、シノビ……秘密事には寛容でなによりだよ」

 

 ジニーには追って何かお礼でもした方がよさそうだ。ここのところはコレットも含め、俺の近接戦闘の練習相手にもなってくれてるから。

 

 コレットからは黒魔拳(ブラック・アーツ)擬きの使い方、ジニーからはシノビの基本的な体術を教えてもらってたからな。結構今後の参考になるものが多かった。

 

 アルザーノ魔術学院に戻ったら是非試して研究しておきたい。

 

「あちち……たく、疲れを取る為に風呂に入った筈なのに余計に疲れた気がするわ。むしろ、傷が増えた気がするわ……」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 どうやら乱入したシスティに悲鳴を使った呪文改変による[ゲイル・ブロウ]の制裁を受けたらしい。こればかりは同情するしかない。今回はグレン先生ばかりの責任ではないのだから。

 

「たく……そうこうしてるうちにもうこんな時間かよ。こっちはリィエルのお勉強も見なきゃいけねえってのによ……」

 

「ですね……。元々リィエルの退学を阻止しようって目的だった筈なのに……この学院の空気にすっかり流されてしまいました」

 

 システィも後悔たっぷりの声色で呟いた。

 

「そういえば、リィエル……随分静かだったね。こういう時、真っ先に反応するかと思ったけど」

 

「それは俺も思った。グレン先生に何かあればすぐに獣の如き嗅覚で嗅ぎつけて来る筈なのに……」

 

「そういや、アイツらの騒動を除けば随分静かだったな。エルザがいるから良い機会かと思ってあいつの自立促そうと放置してたんだが……流石に放置しすぎたな。主に、勉学的な意味で……」

 

 勉強をどうにかしようとすれば、必然的に付きっきりにならなければいけないから社交性を伸ばす事は出来ない。かと言って、自立を促そうとすれば今度は勉強が疎かになってしまう。

 

 あちらを立てればこちらが立たないとはよく言ったものが。どうにかこっからでも勉学の部分を挽回したいところだ。

 

「まあ、まだ時間もありますし……これからでもリィエルの勉強を見てあげませんか?」

 

 ルミアが責任を感じたような表情でリィエルの勉強に付き合う事を提案した。

 

「つってもな……この時間だとあいつ、もう寝てんじゃねえか? つっても、このまま放っておくわけにもいかねえし……ちっと酷だが、叩き起こしてでも勉強させる以外にねえな」

 

「……ん? ちょっと、静かに」

 

「何だ、リョウ?」

 

「……話し声が聞こえます。リィエルの部屋の方から……」

 

「は? リィエルの部屋から?誰か来てんのか──って、一人しかいねえか」

 

 まあ、今までを思えばリィエルに声をかけてる人物は一人しかいないしな。

 

 廊下を歩いて扉の前で身を潜めながら扉の向こうをこっそり覗き見ると意外な光景が広がっていた。

 

「ん……つまり……この呪文……この魔術関数で戻り値を出せばいいの?」

 

「うん、そうそう……リィエル、だいぶわかるようになってきたね」

 

「そう? ……じゃあ、こっちの問題は……?」

 

 部屋の中ではリィエルが机に座った状態で問題用紙に書かれた問いを眉を潜めながら解いていき、その傍でエルザが時折解説を混じえながらリィエルをサポートしてくれていた。

 

 リィエルが問題を解けている事だけでもすごいのに、何より驚きなのがリィエルが自ら勉強をしているという事だ。与えられた問題を解くだけじゃなく、解けたら進んで次の問題に向かい合ってるという行為がだ。

 

「うそ……」

 

「マジか……」

 

 隣でシスティもグレン先生もあの光景に対して驚愕していた。自分達がいくら言っても対してやる気の出なかったリィエルが自ら進んで勉強してるのだからそりゃあ驚くだろう。

 

「あの、先生……どうします? 私達も勉強手伝ってあげましょうか?」

 

「いや、それもいいかもだけど……あれはなぁ」

 

「……いや、やめとこ。俺達が行っても邪魔なだけだろ」

 

「……そうですね。なんか、もう俺達必要ないって感じですし」

 

「あいつの兄貴分としちゃあ、ちっと寂しい気もするんだけどな」

 

 言葉とは裏原に、グレン先生の声はとても嬉しそうに聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 あっという間に短期留学も十四日目に差し掛かった。今日は前日に行われた試験の結果が返却されるのだった。

 

 俺は少しだが伸びてきてる。グレン先生の教えもあって地球での学問とこっちの学問の認識の分け方も大分慣れてきたものだ。

 

 さて、自分の結果はさておいて今一番大事なのはリィエルの結果だ。ある意味自分の試験結果以上に気になる問題だ。

 

 当の本人は試験用紙を広げると、すぐにトコトコとグレン先生の方へ駆け寄っていく。

 

「……ほめて、グレン」

 

 見えたテストの点数は65……。普通に考えればあまり良い成績とは言えない数字だが、リィエルのこれまでを思えば十分過ぎる程の進歩を示すものだ。

 

「……よくやったな、リィエル」

 

 グレン先生が一瞬目を見開くと、柔和な笑みを浮かべてリィエルの頭をそっと撫でる。

 

「ねえ、グレン……わたし、頑張った」

 

「ああ、わかってるさ」

 

「エルザのおかげ」

 

「みてえだな……サンキュな、エルザ」

 

「い、いえ……私は頑張ってるリィエルのお手伝いをしただけですから」

 

「いや、お前じゃなかったらコイツはここまで頑張らなかっただろ。俺がいくら指導してもここまで伸びた事なんてなかったのに……ハハ、教師としての自信無くすぜ」

 

「それは違うと思います」

 

 グレン先生のおどけた風な言葉を否定してシスティとルミアにもテストを見せびらかすリィエルを見やる。

 

「リィエルは、今まで勉強に本気になれなかっただけだったんだと思います。でも、今回は皆さんと対等であろうと、自分の居場所を守ろうと必死だった……それだけだったんですよ」

 

「そうか……あのリィエルがねぇ」

 

 リィエルも今回の短期留学がどれだけ重要なのかは朧げにだが、理解できただろうが……どうしても勉強というものに向き合うという方法がわからなかった。

 

 だが、ここに来て何としてもやり遂げてやるという確かな意思力がリィエルの苦手分野で発揮されるようになったのは大きな進歩だ。

 

「さって、今日の授業はもう終いにすっか。知っての通り、白猫にルミア、リィエル、リョウ──カがここにいられるのもあと僅かだ。まあ、くっせえ言い方になるが、ひとつ思い出作りってやつだ。残り時間……クラス全員でマグス・バレー大会とでもいくか」

 

 グレン先生が教壇で宣言するとクラス中が沸き立った。マグス・バレーとは簡単に言えばバレーボールに魔術的要素を取り入れた球技で、ちょっとした暇潰しでも使われてる。

 

「さっすが先生っ! 話がわかるぜ!」

 

「それは結構な事ですわ! 黒百合の皆さんをボコボコにして差し上げましょう!」

 

「しゃあ、お前ら! 白百合の連中なんかに絶対負けんじゃねえぞ!」

 

「いや、何でお前らはその二派で競う事前提なんだよ……」

 

 何処でもこの両派閥は争わなければ気が済まないのだろうか……。

 

「おっと、何処行くんだ?」

 

 球技にも派閥争いを持ち込もうとするみんなに呆れてると、コレットがこっそり集団から離れようとしたエルザを捕まえる姿が見えた。

 

「そうですわ。まさか、この期に及んで抜けるなど……無粋な事は仰いませんよね?」

 

「あ……」

 

「今日くらいはいいじゃないですか、エルザさん」

 

「ええ、偶にはみんなで遊びましょう?」

 

 みんながエルザに呼びかけるが、彼女は未だに遠慮がちな様子でボソボソと呟く。

 

「ででも……私は……貴女達の輪に入れる資格なんて……」

 

「あのですね、エルザさん。今までも何度か言いましたが……ぶっちゃけ、貴女の問題なんて誰も気にしてませんよ」

 

 ちゃっかりフランシーヌの隣まで移動していたジニーがエルザに言い聞かせる。

 

「気にして遠慮してるのは貴女だけなんですよ」

 

「まあ、事情を知らない私達には何か言えるわけじゃありませんけど……それでも、この場は流された方がいいですし、何より……あの子が一緒に遊びたいって望んじゃってますよ?」

 

 ある方向を指差しながら言ってやると、噂の子……リィエルがトコトコとエルザのもとへと駆け寄ってくる。

 

「エルザ……行かないの?」

 

「え、その……私は……」

 

「わたし、エルザと一緒に遊びたい……ダメ?」

 

「あ、その……」

 

 エルザが困惑して助けを求めるように周りを見やるが、俺を含めて全員笑って事を見守るだけだった。

 

「……そう、ですね……わかりました。今日くらいは……」

 

 エルザの根負けしたような返事にリィエルは嬉しいのか、教室から出て行く時の歩みが若干スキップみたくなっていたのは気のせいじゃないだろう。

 

 ここにいられるのも本当にあと僅かではあるが、これが切っ掛けでエルザもクラスに溶け込めるようになれれば嬉しいなと思えるぐらいには俺も彼女に好感を持ちつつあった。

 

 ここまで来れば短期留学はもう大成功と言ってもいいかもしれない。

 

 最大の懸念をここで忘れていなければ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

『『『カンパ〜イッ!』』』

 

 時間にして短期留学ももう最終日……。その日の授業を終えてからは怒濤の時間……聖リリィ魔術女学院の敷地内のひとつである学生街のとある店のオープンカフェで乾杯の音頭が上がっていた。

 

 今日は最終日との事で先日と同じく授業を早めに切り上げてそれからは送別会の準備で月組のみんなが大忙しだった。

 

 ほんの数時間程度の準備だったので飾り付けやメニューはそこまで派手なものではないが、即興にしては中々に華やかなものにはなっていた。

 

「いや〜、なんつうか……ここまで意外とあっという間だったな」

 

「ですね〜……一日一日が濃い時間だった筈なのに、最終日になったら途端に随分昔のように思えてしまいます」

 

「リィエルの短期留学が成功して、本当に良かったですね」

 

「ああ、そういや昨日リィエルの試験結果をセリカに速達で送り届けたんだが、その結果が早速通信魔術で送られてきたぜ。リィエルの退学処分は取り消しになったとさ」

 

「本当ですか!? よかったぁ!」

 

「セリカの奴……面子を潰された反国軍省派の連中の悔しそうな間抜けづらに、それはそれは大層大笑いしたそうな」

 

 うわぁ……セコい手でリィエルを退学させようとした連中に向かってリィエルの試験結果を見せびらかしながら腹抱えて大笑いしているアルフォネア教授の姿が容易に想像できるわ。

 

 システィもルミアも同じ姿を想像したのか、片やジト目、片や苦笑いだった。

 

「そういや、その張本人の姿が見えねえな」

 

「そういえば、いませんね。ついでにエルザさんの姿も」

 

 ざっと見渡してみればリィエルとエルザの姿がいつの間にか消えていた。

 

「ああ、リィエルならエルザさんと一緒に散歩に行ったわよ」

 

「エルザとか?」

 

「ええ。まあ、エルザさんとは特に仲良かったし、ここにいられるのもこれで最後なんだから二人っきりで話したい事も色々あるんでしょうね」

 

「まあ、そうか……せっかくの送別会だっていうのに、二人だけってのは寂しい気もするんだが、まああの二人じゃしょうがねえか」

 

「こっちでは……というか、人生初で自分から仲良くなろうと歩み寄った人だしね」

 

 アルザーノ魔術学院ではルミアの護衛の事もあるからフォロー目的で手を差し伸べた感じだったが、エルザに対してはリィエル自らが友達になろうと歩み寄ったから特別感もあるんだろう。

 

「いやあ、マジで退学処分なんて時はどうしようかと思ったが……この学院の誰かがリィエルを呼んでくれたおかげでどうにかなったわ〜」

 

「あはは、全く……です……」

 

 あれ……今、大事なこと思いだしかけたような……。

 

「あの、リョウ君? どうしたの?」

 

「……ヤバイかも」

 

「え?」

 

「もし狙うとしたら、今が絶好の機会だ……」

 

「ん? おい、何が絶好のだ?」

 

「何がって、先生……そりゃあアレですよ、アレ。私の鋭敏で精度抜群の恋愛センサーでもあの二人は──」

 

「そういう乙女脳の話じゃねえ! リィエルの身が危ないって事だよ! そもそも俺達が着いてきた理由は何だったの!?」

 

「え、だからリィエルの退学を……」

 

「それも間違ってないけど、大きな理由としては今回の短期留学のオファーが出来すぎたからアルベルトさんからも頼まれたんじゃないですか!?」

 

 俺の言葉に三人もようやく自分達が何のために聖リリィ魔術女学院に来たのかを思い出したか、驚愕の表情を浮かべた。

 

「やっべ……すっかり忘れてた。もしあの懸念がマジモンなら、今がチャンスじゃねえか」

 

「で、でも待ってください! それってつまり……」

 

「言いてえ事はわかるが、今は理由云々は後回しだ! とにかく今は二人を探すぞ!」

 

「先生〜♡」

 

「楽しんでってるか〜!?」

 

 いなくなった二人を探し出そうとすると、フランシーヌとコレットがグレン先生へ駆け寄ってくる。

 

「ワリィ! 俺達はちょっと抜けるわ!」

 

グレン先生の様子がおかしいと思ったのか、雰囲気に酔っていた風な二人が一転して真剣な顔つきになった。

 

「……何かありましたか?」

 

「あったというか……これから起こるかもしれないだな。リィエルがマズイかもしれねえ」

 

「リィエル? そういや、エルザもいつの間にかいなくなってんな」

 

 言われて初めて気づいたのか、コレットが周囲を見て二人の姿がないのを確認した。

 

「二人が散歩に行ったのは見ましたが……もう宴も後半に差し掛かってるのに、妙に遅いですね」

 

 いつの間にか会話に加わっていたのか、ジニーが二人の姿が見えなくなってから今に至るまでの時間を記憶を探って確認して不審に感じたようだ。

 

 これは本当にひょっとしたらかもしれない。

 

「二人を探せばいいんだな? みんなには悪いけど、協力してもらうしかねえな」

 

「せっかくのパーティですが、仲間がいなくなったとあっては動かないわけにはいきませんわね。ジニー、あなたは先に二人の捜索を!」

 

「はっ!」

 

 二人がそれぞれの派閥の仲間達に協力を呼びかけ、ジニーはシノビらしい素早さで一足先に捜索を開始した。

 

 俺達もそれぞれの方向に散ってリィエルとエルザの姿を探し始める。

 

 

 

 

 

 

「……と、言ったものの何処まで行ったんだろ……あの二人?」

 

 聖リリィ魔術女学院の敷地内のうちの林の中でため息混じりに呟く。

 

 捜索を始めてもう半刻は経ってると思うが、二人の姿が一向に見えない。明らかにただの散歩の距離ではない。

 

 そこまで考えて更に嫌な予感が脳内で加速していく。考えたくなかったが、ここまで来ると本当にそういう事なのかもしれない……というより、そうなのだろう。

 

「……こうなったら、やるしかないかもね」

 

 俺は周囲に誰もいないのを確認して懐から一枚のカードを取り出す。

 

「『ダイナ』、『ミラクル』っ!」

 

 俺はカードを翳すと、身体が青い光に包まれて目に見える世界が切り替わる感覚を味わった。

 

 ダイナ・ミラクルタイプの力により、魔術によるものより何倍もの感覚の強化が施され、木々のさざめきやそよ風の抜ける音も普段より大きく聞こえて来る。

 

 様々な自然の音に耳を傾けていて数分……ふと、明らかに自然のものとは思えない轟音が遠くから聞こえてきた。

 

「……っ! 今のは……確か、あそこは……駅?」

 

 轟音が聞こえてきたのは俺達がこの学院に来るのに使った汽車の発着する駅周辺からだった。

 

 ここで嫌な予感が更に強まって俺はシスティが最近会得したという黒魔[ラピッド・ストリーム]に匹敵するスピードで駆け出していった。

 

 数分もすると、普通に走るだけでは何十分もかかる距離をあっという間に駆け抜けて駅が見えた。

 

 それが見えると同時にそこに入り込んだ汽車の姿も視界に捉える。蒸気がモクモクと出ている割に、全く音が響いてこないが、誰かが密かに発車させようとしているのだろう。それを見ていよいよ確信レベルにまで達した。

 

 万が一を考えて一旦ダイナの力を引っ込めて単純な身体強化で駅に向かって走ると、さっき聞こえてきた轟音が再び耳に入る。

 

 音のする方角を見やると、魔術による炎や紫電が上空へ散っていくのが見えた。あそこで誰かが戦闘をしている。

 

 そっちへ駆け出していくと、薄暗い路地裏でひとつの影が多数を相手に見事な身のこなしで駆け回っていた。

 

「『龍尾』っ!」

 

 俺は[テイル・シュトローム]を一節で構成し、水の尾を一つの影を囲んでいる方へ向かってしならせる。

 

「あ……リョウカ、さん?」

 

 [テイル・シュトローム]で集団を怯ませた隙に、見事な身のこなしで魔術攻撃を交わし続けた影──ジニーのもとへ駆け寄る。

 

「ジニーさん……ご無事で──とは言い難いですね」

 

「はい……流石に、この数は骨が折れます……ていうか、物理的に折れかけてます」

 

 見ると、ジニーの制服のあちこちが破け、そこから見える肌にはこの薄暗い中でもわかるくらい血で滲んだり、普段の肌色とは明らかに違う痣の色が浮かんでいる。

 

「説明する時間も惜しいかもしれませんが……この状況、簡潔に言えますか?」

 

「一言で言えば、ここにいる集団含めて何人もの生徒達がある人の下に入ってリィエルを誘拐しました。その中にはエルザもいましたが……彼女もただ利用されただけの捨て駒のようです。それで、駅に待機している列車がもうすぐ発車します」

 

 嫌な予感が的中したが、今ならまだリィエルを取り戻せるかもしれない。

 

「どうにか、レーン先生にこの事を報せたいのですが、この連中が邪魔で……」

 

「なら、ジニーさんは先生の所へ。私が皆さんを抑えます」

 

「……この数ですよ? 中にはお嬢やコレットと肩を並べる程の実力者もいます。ここに残るというのは、つまりは捨て駒も同然ですよ?」

 

「でも、足なら貴女の方が上です。先生に報せる役目が適任なのは言うまでもないでしょう。こういう時こそ、シノビの腕……いえ、脚の見せ所でしょう?」

 

「…………」

 

 数秒迷ったジニーだが、顔を上げると真剣な眼を向けながら頷いた。

 

「では、私が活路を開きますので……その隙に貴女は先生の所へ──」

 

「逃すとお思いかしら?」

 

 向かって欲しいと続けようととしたところに、この場の誰でもない声がかかった。

 

「いつまでも騒がしいかと思えば……()()()()まで来ていたなんて。最悪片方だけと思っていたのが……僥倖だわ」

 

 ツカツカと、暗闇の中から優雅に歩み寄ってきたのは……聖リリィ魔術女学院の学院長マリアンヌの姿だった。


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