ロクでもない魔術に光あれ 作:やのくちひろし
聖リリィ学院の短期留学を終えてもう数週間になる……。あそこで起こった出来事、リィエルと俺を
どうにか解決する事が出来たものの、肝心の青十字団の事は結局わからずじまい。マリアンヌに加担した生徒達も事が事だけに実家に報告及び、それぞれの審議のために各実家に帰還させる事にした。
数も数なので必然、聖リリィ学院は当分休校になる。よって、マリアンヌに加担した生徒達だけでなく、フランシーヌ達も一時帰還しなければならなくなったため、みんな別れを惜しんでいた。
まあ、俺達も元々短期留学を終えたからどっちにしろ別れる事になってたんだが。まあ、別れ際にもグレン先生を巡って一悶着、及びグレン先生がいない間にめちゃくちゃになったカリキュラムの修正に追われたりなどもあったのはご愛敬である。
まあ、そんな事もあってこの数週間は平和に過ごす事が──
「ぶふふ……っ!」
「ダ、ダメだ、もう……!」
平和に……。
「これは……反則だろ……っ!」
「い、いけませんよ、皆さん……っ! そんな、笑っては……っ!」
平和……。
「じゃっかあしいんじゃ、お前らはああぁぁぁぁっ!」
短期留学の出来事を思い返していると、グレン先生の怒鳴り声が響いた。
「だ、だって……参観日の時もだったけど、先生……時々似合ってそうで似合ってないチグハグ感がもう……っ!」
「うっせえ! 俺だって好きでこんなもん着てんじゃねえんだよ!」
ちなみに、今グレン先生が装っているのは、地球でもよくある何処かのお店と同じようなメイド服だった。なんともインパクトの強い格好だった。
で、なぜグレン先生がこんな格好をしているかと言うと、戻ってきてからもリィエルの暴走が止まらず、減給に苦しんだグレン先生が社会勉強を理由にリィエルにアルバイトをさせた。
最初はリィエルでも出来そうな畑仕事を選択したのだが、その畑はリィエルの活躍によって全てが耕された。……薬草の植えてあった範囲も含めて。
それを目の当たりにした畑の管理主であるセシリア先生が吐血し、失敗。ちなみにその時の治療費と弁償代をグレン先生の給料から引かれる事になった。
そして今度こそとこの店のウエイトレスをやらせ、最初こそまともな接客も出来てなかったものの、だんだん仕事もこなせるようになったと思えばガラの悪い客がルミアにナンパしたところをリィエルが投げ飛ばし、乱闘騒ぎが起こった。
「だいたい! あの騒ぎを起こしたのはリィエルで俺はそれを止めようとしたんだぞ! なのに、なんで騒ぎを起こした本人がのほほんと飯食って、俺はタダ働きせにゃならねえんじゃあ!? 理不尽だろ!」
「結局先生も暴れた所為でお店のものいくつか壊しちゃったからこうして働いて返さなきゃいけなくなったんですよ。ちなみにリィエルは騒ぎの前の売り上げの貢献があったからプラマイゼロで済んだんですけど」
「どんな
「リィエルを金儲けの道具にしようとした報いですね」
「そもそもコイツが大暴れしまくって給料引かれまくってるから社会勉強させてやりたかっただけなのに……」
「ああ、グレン君? 口を動かす前に手を動かしてくれないかな? この前の騒ぎで壊されたものの分働いてもらわなきゃいけないんだから。それと、お客様の何人かが今の君の姿を見て早々にお帰りになってるから少しその見た目をなんとかしといてね」
「テメェがまともな制服用意しとらんからだろうがあああぁぁぁぁぁぁ!」
とにかく、グレン先生は今日も大変ということだ。自分の置かれてる状況に憤慨しまくってるグレン先生にそれを見て大笑いしてるクラスメイト達と更に離れた場所からそれを眺めてる俺達。完全にカオスな空間だった。
「……俺、今日はもう帰るな」
「あ、もういいの?」
「とりあえず、昼の分は食わせてもらったし。ある程度量も頼んだから少しはグレン先生の弁償代は払えたと思うし、俺も個人的に進めたいものがあるからこの辺で失礼するよ」
「うん……じゃあ、またね」
俺はいまだに馬鹿騒ぎしてるグレン先生達を尻目に店を出て街道を歩いた。
聖リリィ学院から戻ってからは向こうでコレットとジニーから少しだけ接近戦に使えそうな魔術を考えついたのでその研究もどきを進めている。
もどきと打ってるのはこれは魔術だけでなく、ウルトラマンの力の一部も加わってるために魔術とは少しばかり質が変化しているからだ。
最終的な形は思い描いているものの、魔術とは違うものも加えているために万全の準備をしてから実験を重ねないとどうなるかわからないからだ。ちなみに実験場所はシューザー教授提供だ。
なのでこれから家に戻って術式の組み立てを終わらせようと思っていた。これからの予定を考えながら脇道に入った時だった。
──ギュム──
足下に石造りのものとは全く異なる……妙に柔らかい感触があった。
何だと思って見下ろすと、そこには煤や埃塗れの赤髪の女性が倒れ込んでいた。
「ちょっ!? え、な、何があったんですか!?」
日常ではありえないだろう出来事を散々経験していると言ってもやはりこんな場面がいきなり目の前に飛び込んできては狼狽しないわけがない。
俺は赤髪の女性を揺すると、地面に擦り付けられていた顔がムクリとこっちを見上げた。顔も随分煤で汚れているが、元の素材がいいからか一言で言えば美人だった。
よく見れば肌は艶もいいし、服装も汚れてはいるが俺から見てもかなりの高級品だというのは一目でわかる。しかも、側に倒れてる杖は手に取れば普通のと違ってどうも重い。それというのも明らかに金属的な重みがある。妙な境目もあるし、完全に刃のある仕込み杖だろう。
一瞬怪しい奴かと思ったが、こんな所で倒れてるのを見た以上このままにしておくわけにもいかない。俺はこのまま女性を呼び続ける。
「大丈夫ですか!? 一体どうしたんですか!?」
「……ぅ……、……ょ……ぃ……」
「何ですか!? しっかり!」
俺の気配を感じると女性が何かを呟いていたが、かなり衰弱しているのかよく聞こえない。もう一度言葉を発するよう促しながら今度は聞き逃さないよう女性の口元に耳を近づける。
「お……、すい……で……くじ、を……」
「えっと、何をですか?」
もう少しで聞き取れそうなのだが、女性も中々呂律が回らないために言葉が途切れ途切れになってしまう。
「お……お腹が空いて……どうか……食事を、奢ってください……」
「…………え?」
俺の疑問符と共に、女性の腹から盛大な空腹を訴える音が鳴り響いた。
「はぐっ! ムグムグッ! ムシャムシャッ!」
「…………」
「ガッガッ! ンクンク! アムウムッ! ゴクンッ!」
「……えっと、そろそろ話いいですか?」
「ガッガッ! グビグビッ! ング──はい! 何でしょう!?」
目の前の女性が倒れていた脇道から近い喫茶店へ彼女を運び、軽く五人分くらいはあるだろう料理をすぐに平らげ、更に次々と積み重ねてテーブルには空になった皿の塔が出来上がっていた。
何気に今まで触れてなかったけど、アルベルトさんに情報提供したのと舞踏会の仕事を手伝った報酬と、短期留学の件の礼金が入ってて良かった。以前の生活での収入だけじゃ間違いなく借金レベルの量だし。
「えっと、何であんな所で倒れるほど空腹になってたんですか? あ、俺はリョウ=アマチと言います」
「おっと、私とした事が……自己紹介がまだでしたね。私はロザリー=デイテート。デイテート子爵の次女です。以後、お見知り置きを」
いきなりテーブルを立ったと思えばなんとも見事な一礼だった。……口に付いてるシチューやステーキのソースが付いてる所為で締まらないが……。
というか、子爵って……かなりの貴族の筈だよな。爵位としては真ん中より下とはいえ、俺達みたいな人間からすればとんでもなく上流階級層の地位だ。
「えっと……そんな人が、何であんな所で?」
「ふっ……気になりますか? この誇り高き青き血たるこの私の、山より高く、海よりも深い……聞くも涙、語るも涙の滂沱間違いなしの悲しき戯曲が──」
「すみません、余計な前置きはいいのですぐに内容提示をお願いします」
オーバーな仕草と前置きが長すぎるのでさっさと本題に入ってもらえるようロザリーさんを急かした。
……で、本題に入らせたものの、これまた話が長いのと一々オーバーなアクションを取るため理解にも時間はかかったが、どうにかロザリーさんの事情は把握出来た。
「えっと……まず、貴女は魔導探偵を職業としてる。それで依頼を数多くこなしてるものの、大抵が子供からのペットの捜索依頼。それでは食べていけなくなったところに大口の依頼が舞い込んできた」
「はい! 以前あるマフィアを捕まえたというのに、この街の人達は私の腕前を全く理解してくれず、途方に暮れていたという時にとある高貴な方が私を頼って来たのです!」
どうやらこの人、以前に随分デカいマフィアを捕まえた功績があるようだ。言われてみれば、結構前の話だが何処かの若い女性がマフィアを捕らえるのに尽力したという話をシスティから聞いた事はあった。
その時はすごい人がいたという認識でしかなかったが、その話題の張本人が目の前の人と言われても疑念しか湧かなかった。外観だけならとても高貴な印象はあるし、身につけてるものも相当なのだが、彼女の雰囲気がどうにも……。
「えっと……とりあえず、守秘義務はあるでしょうけど……依頼内容を聞いていいですか?」
「はい! 今回の依頼はとてつもない難事件で、それはそれは腕自慢の私でも手に余ってしまう程の──」
「内容をお・は・な・し・く・だ・さ・い!」
またオーバーなリアクションで長い話に入られると困るので、早急に内容を把握したい。
「ペット探しです」
簡潔に紡がれた内容を理解すると同時に脱力した。
「いや……何が難事件ですか?」
「いや、本当に難事件なんですよ〜! 犬や猫ならともかく、依頼されたペットの特徴が私の知識に全く当てはまらないものばかりで〜!」
「探偵……ですよね?」
「うわ〜ん! そんな冷え切った目で見ないでください〜!」
普通の探偵の違いはよくわからないが、どちらにせよ情報を集める事を生業とする職だというのに、この人のポンコツぶりが酷すぎる。
「えっと……ちなみにそのペットの特徴とは?」
「ぐすん……はい、依頼主が言うにはそのペット……黄色い虎の子のような外観で、背中に羽が生えてるらしいんですけど……」
「……そんなの、魔獣でもいますか?」
一応学院の講座で魔獣についても少し触れる事はあるが、俺の記憶の中にその特徴に該当する魔獣なんて覚えがない。
「だから言ったじゃないですかー! お手上げだってー!」
「それなら依頼なんて受けないでくださいよ」
「だって、前金として四十リルも頂いたんですよ! そんなの見せられたら受けるしかないじゃないですかー!」
「ブッ!? よ、四十リル!?」
リルと言ったら金貨の呼称だ。それが四十……日本円にしたら軽く四百万は下らない価値だ。それを前金でポン、と出せるものか。
「……ん? あの、前金でそんだけの額なら、なんであなた空腹で倒れてたんですか?」
「フッフッフ……これを見てください!」
そう声高らかに言ってロザリーさんは、自分のコートの襟を広げながら胸を張る。
「これはそこらの店で販売されるものとは二段三段も違う、優れた魔術縫製と術式を巧みに混ぜ合わせて造られた物理、魔術系に高度な耐性を持つコートなんです! これで私もまた、かのシャール・ロックに一歩近づいたというわけです! そのお値段、なんと四十リルで──」
「完全に自業自得のバカ丸出しじゃねえか!」
余りにもバカバカしすぎる理由に、遂に敬語も抜けてしまった。
「そんなもの買う前に自分の生活基盤を保つ事考えろよ! よく分からない見栄の為に全財産使い果たすんじゃねえよ!」
「なんて事を言うんですか! 私は貴族なんですから、いかなる時も清く、美しく、誇り高くあるべきなんです! 食費を削ってでも!」
「バカなんですか!? いや、バカでしょ実際!」
「グレン先輩みたいなことを言わないでください〜!」
「……グレン、先輩……?」
「フッ……では、早速参りましょうか。助手君(キリッ)」
「あぁ、はい……」
結局俺はロザリーさんの手伝いを引き受ける事になってしまった。
でも、まさかこの人がグレン先生の学生時代の後輩だとは思わなかった。どうやらこの人、グレン先生以上に魔術の才能が皆無で、学生時代ではよくグレン先生が面倒を見ていたらしい。
まあ、それでも魔術の才能が伸びることはなかったらしいが。そして、この人が解決したらしいマフィア騒動にはグレン先生も関わってたらしい。だとしたら、納得はいく。どう考えてもこの人一人で事件を解決出来るなんて思えないからだ。
正直、余りにもナチュラルに高飛車な態度が流石に腹立たしすぎて見捨てるかと思ったら泣きつかれ、グレン先生に事情を話すかと言えば、本人曰く、これ以上先輩のお仕置きは御免との事。
どうやらマフィア騒動の後でもグレン先生に泣きつく事が何度かあったようだ。グレン先生もよくこんな人の面倒を見れるものだ。
ただ、今回はグレン先生の都合もあるので、俺が助手になってこの人のサポートをすることに納まってしまったという事だ。
「まあ、内容は飽くまでペット探しだからやろうと思えばなんとかなるかもしれませんが……とはいえ、特徴が特徴だしなぁ」
さっき聞いた特徴に該当する魔獣がいないか、その手の魔術系の本の置かれてる店へ寄って調べてみたが、やはりそれらしい魔獣なんて載ってなかった。
余程珍しい魔獣なのか、何かの新種か、もしくは……白金魔導によって生み出された生物なのかどうか……。
だとしたら、学生の俺が首を突っ込むべきかと躊躇ったが、ただでさえグレン先生も度重なる重大事件に巻き込まれて疲弊してるので頼むのは気が引ける。
とりあえず、情報を収集して見つけたらグレン先生に判断を仰ぐのが現状では最良だろう。
「にしても、情報すらその依頼内容からしか把握できる分しかないしなぁ……せめて、ハッキリ絵にでも描いててくれれば違っていたんだろうけど」
「あ、それなら依頼された時にそのペットの絵を頂きましたよ」
「それを早く言ってくださいよ!」
俺の情報収集作業の時間が無駄だと言わんばかりのこの人のポンコツぶりにツッコみつつ、その絵が描かれてるだろう紙をひったくって中身を見た。それと同時に俺は目を見開いた。
「やっぱりこんな魔獣なんて見たことないですよね〜。まあ、知識も豊富な魔導探偵である私がわからないんですから、君みたいな子供にわからないのも無理はありませんが──」
「……ムーキット?」
「そうそうムーキ──ん? ……え?」
紙に描かれていた依頼主のペットらしい絵は……間違いなくムーキットと呼ばれる生物のものだった。
「それで、ペットの事はわかっても結局また情報収集からですか……しかも、捜査方法がペンデュラム・ダウジングって……それでよく魔導探偵ってのをやろうなんて思えましたね」
「うぅ〜……ですから、グレン先輩みたいなことを言わないでくださいよ」
依頼内容である依頼主のペット──ムーキット……いや、ポピュラーな呼び名としてはハネジローが馴染み深いか。
この生物はファビラス星で守り神として崇められる存在……つまりは宇宙生物だ。そんな存在が何故この世界にと思うだろうが、俺自身ウルトラマンの力を借りてるので宇宙生物だろうが宇宙人だろうが、もう深く考えない。
今問題なのは、そんな希少どころか存在するとは思えない存在をペットだと言って依頼してきた点だ。
それだけでも嫌な予感がプンプン漂うが、その上その捜索を頼み込んだ依頼主も真っ当な人間かどうかも怪しく思えてしまう。
もっとも、現時点であれこれ考えても仕方ないため、まずはムーキットを見つける事が最優先なので捜査を続ける。
「とはいえ、ムーキットらしい情報はまるで掴めず……」
「ムムム……名探偵の私の捜査を持ってしても、ここまで難航するとは」
「難航してるのは貴女が余計な事ばかりして住民達を怒らせてるからでしょう!」
「う……」
情報収集のためにあちこち行ってスラム染みた所にまで足を踏み入れたのだが、この人がナチュラルに喧嘩売りまくってとても話を聞ける状態ではなくなった。
おかげで話を聞ける人が限られてしまった。
「でも、だからって子供達に聞き回って捜査が上手く行くとは思えないんですけど……」
「こういうのは下手な常識で凝り固まってしまった大人よりもアレコレ興味を持って見聞きする子供の方が見つけ易い事もあるんですよ」
この人では聞き込み調査みたいなことなど、もはや任せられないと判断して俺なりのネットワークを漁る事にした。
普段付き合っている子供達を中心にその親や知り合いなどに片っ端から当たって、ムーキットらしい情報がないかを調べた。
ハッキリとそれらしい生物を見たという情報は上がってないが、妙なものには突き当たった。
「──で、ここと」
「うわ……高貴なる私には全く似つかわしくない館ですね……」
迷路みたく入り組んだブラック・マーケット街を数十分かけて通り過ぎた俺達の目の前にあるのは、ホラー映画にでも出てきそうな悍ましい雰囲気の漂う古びた館だった。
「話によると、親に内緒でこの近くで遊んでいた子供達が時折あの館から妙な音が聞こえたり、変な人影が出入りしているみたいですけど」
「見るからに怪しさ満点ですね……」
「普通じゃないのは間違いないでしょうね」
見た目だけの問題じゃなくて、人の出入りがあるという目撃談がありながら人の気配がひとつも感じられない。その静けさがより恐怖感を刺激する。
「ともかく、俺達の知ってる範囲以外となったらもうこの辺りしか残ってませんしね。まずはあの館の中に入り、慎重にムーキットの姿がないか──」
振り替えると、そこには既にロザリーさんの姿はなかった。慌てて屋敷へ視線を戻すと、よりにもよって正面から無用心に玄関へと近づいていた。
「あの人は……っ!」
俺は大慌てで足音を忍ばせながらロザリーさんを追う。
「何やってんですか!? どんな奴が待ち構えてるかもわからない段階で無用心すぎでしょうが!」
「いや、こんな辺鄙な所に居を構える奴なんて私と同じで相当に資金に困ってる人でしょうし、どんな奴であろうと私のこの新たに手にした細剣、とある魔術剣匠が代々鍛造製作し続けている破邪の霊剣で、これさえあれば敵が人間だろうが悪霊だろうがバッサバッサの──」
ロザリーさんが自慢げに剣をぶん回していると、刀身の切っ先が偶然玄関に触れ、そこから亀裂が入ったかのような音が響くと同時に妙な浮遊感に包まれた。
「…………は?」
ふと下を見ると、そこは地面だった筈が妙な黒い穴が空いていた。それに気づくと同時に、俺達は重力に従って穴へと落ちていく。
「「ええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」
落下すること数秒すると、床らしいものが見え、このままでは死ぬまで行かずとも体勢によっては大怪我をしかねない。俺はロザリーさんを空中で引き寄せ、床に向けて黒魔[スプラッシュ・バン]を撃ち放って床に叩きつけられる衝撃を軽減した。
「あ、危なかったです……」
「ああ、もう……だから用心しろって言ったのに──」
『き、貴様ら! どっから入ってきた!?』
俺達がずぶ濡れで愚痴り合っていると、地下室っぽい空間に別の声が響いた。
声のした方を振り向くと、五つの影が見える。目を凝らしてみれば、ひとつはカラスのような頭に仰々しい紅い眼が暗闇の中でもハッキリ見えるくらい光っている。その隣では言ってはなんだが、尻のような形の頭が特徴的な男。更に後ろには格好は似通ってるが、それぞれ赤・青・黄の目が特徴で、皆人間離れした外見だ。
というか、どれも俺の知ってる奴らであった。
「レイビーク星人にバド星人……ギギ、だと!?」
そう……ここにいる五人は全員宇宙人。みんなウルトラマンで侵略者として出てくる者達だ。
『ほぅ……我々を知ってるか。……そうか、貴様奴の放った刺客か』
「刺客……?」
何か勘違いをしてる気がするが、どうやらロザリーさんに依頼した人は間違いなく宇宙人だろう。そして、向こうは俺達がその関係者だと思ってるわけだ。
「え、ええっ!? 何なんですか、この怪物共は!? フェジテはいつの間にか人外の巣窟とかしていたんですか!?」
隣では宇宙人の事など欠片も知らないロザリーさんが連中を見るなり大慌てだった。今話しかけたところで落ち着きそうにないので、俺は周囲を見回して何かないかと視線をあっちこっちへ向ける。
するとこの空間の奥の方で何かが揺らめいてるのと、その一歩手前にガラスケースみたいなのが置かれていた。
更に目を凝らすと、そこには小さな黄色い生物が横たわってるのが見えた。
「ムーキット! じゃあ、やっぱりお前らが……」
『ほう……コイツまで知ってるとは、文明の乏しい星の人間にしては知識が豊富だな。いかにも、この生物は結構な知性を持った生物として有名でな……最強の怪獣兵器を生み出し、駒として操るのに必要でな』
俺の言葉に尻頭──バド星人が両手を広げながら自慢げに語った。
「怪獣、兵器……? ソイツを使って、この星を略奪……更に、人間は奴隷にするのがお前らの狙いか!」
『ん? ……まさか貴様、この次元の人間ではないな?』
俺の推測を聞いた青い眼のギギが突然、そんな事を言った。
『この星の人間にしては宇宙人や怪獣の事を聞いておいて冷静すぎるな。オマケに我々がどういった種族かも知っている風な言い方だ。それに……貴様からはあの忌まわしい存在と同じ気配を感じる』
ギギのいう気配は恐らくウルトラマンの力を肌で感じてるからだろう。だが、今それを肯定すれば本格的に攻撃行動に移られる。それに傍にはロザリーさんもいる。下手な行動は最悪の展開を呼ぶだけだ。
「な、なんだかイマイチ話は理解出来かねますが、とりあえず目的の動物も見つけ、それを連れ去った諸悪の根源も判明しましたし……コイツらをとっ捕まえれば全部解決という事ですね!」
ロザリーさんは仕込み杖を抜いて白銀の刀身を露にして構える。
『あん? 何だ、お前は……悪いが、こっちは田舎の嬢ちゃんに興味はねえんだ』
「フッフッフ。この私を知らないとは、随分な田舎からいらっしゃったようで。いいでしょう!お教えします! 私はこのフェジテに眠る闇という闇を全て暴く魔導探偵、ロザリー=デイテート!この街──いえ、この国を汚そうとする悪漢共に正義の刃を──」
『ああ、はいはい。見事な御高説どうも!』
ロザリーさんの言葉を遮って背後から紅いスパークがロザリーさんを襲い、声にならない悲鳴を残して床に倒れた。
咄嗟に半身になって背後にも視線を送ると頭から触手のようなものを生やした軍服の影が機械銃を手に持っていた。
『たく……戻ってみれば妙なネズミを入れやがって』
「お、お前は……そうだ、ケムール人か!」
『『…………ブッ!』』
俺の叫びに一瞬場が沈黙に包まれると、レイビーク星人とバド星人が吹いて、ギギ達も後ろを向きながら若干肩を震わせていた。反対にいたケムール人(?)も、ワナワナと震えていた。
『こ、この……俺はケムール人じゃねえ! ゼットン星人、イゴーマだっ!』
『まあ、パッと見じゃあどっちがどっちかなんて解りづらいもんな、お前らの種族は』
『見てわかるだろ! 頭の向きとか、眼とか!』
『いや、こんな暗がりな上にシルエットだけじゃ見分けつかねえよ』
なんか、知らない間に宇宙人達がコントみたいな事してる。いや、俺の所為なんだけど。
『チッ! ……それより、コイツらどうやって入ってきた? 戻ってみれば偽装用の結界がぶっ壊されてやがるし……この星の文明で見つかるとは思えないんだが』
『あ、そういえばそこの男……この次元の人間じゃなさそうですぜ』
バド星人が俺を指して言った。
『……ふっ、なるほどな。奴らの仲間か……ここを見られたからには、生かして帰すわけにはいかねえな』
銃を俺に向けていかにもなセリフを吐いた。まあ、宇宙人を見つけた時点でこうなるんじゃないかとは予想してたけど。
「お前ら……ムーキットを使って怪獣兵器をどうとか言ってたけど、ゼットン星人といい……ムーキットの後ろにいるのって、まさかとは思うけど……」
『ふん、少しは物知りのようだな。ま、冥土の土産くらいには言っておいてやろう。恐らくお前のご想像通り、そこにいるのは我が星の最強怪獣兵器、ゼットンだ。ただし、まだ幼生だがな』
ゼットン……かつて初代ウルトラマんがその力に自慢の光線技が全く通用せずに敗北を喫した最強クラスの一体……そんなのが知らない間にフェジテの地下で眠っていようとは誰が想像できただろうか。
「それがどうしてムーキットを連れ去る事に繋がる?」
『その生物はある惑星では神も同然として崇められてるらしいな。そして、相当の知能を有している。怪獣兵器の頭脳としてはこれ以上にない実験台だ』
「兵器を作るためだけに、他所の星から連れ去ったのか……っ!?」
『ふん。この宇宙は強者こそが頂点に立つもの……それはこの星とて同じ事だろう。この国も、魔術とやらが他の土地より発展してるからこそ、魔術帝国と呼ばれてるそうじゃないか。我々のやり方と何も変わらん』
「昔の事ならともかく、今の女王陛下の理念とお前らの薄汚い野望を一緒くたにするな! そもそも、そんな事させると思うか」
俺はいつでもウルトラマンの力を纏えるよう懐に手を伸ばすが、ゼットン星人は可笑しそうに肩を震わせる。
『クハハハハ……なんとも滑稽な事だ! 貴様らは何も知らんのだな! この国の──いや、この星の歴史を! 今もなお滅びに進んでる事すら気づいていない!』
「滅びの……道?」
『『『バカが!』』』
「ガ……ッ!?」
予想だにしない言葉を向けられて完全に隙を晒してしまい、ギギ達の光の綱によって俺は四肢を封じられてしまった。
ゼットン星人は拘束された俺を嘲笑いながら銃口を目の前でチラつかせる。
『フハハハハ! このままお前の脳天を貫くのも容易い事だが、せめて最後くらいこの街が滅びる瞬間を見せる権利くらいはくれてやろうか』
「そう思い通りになると思うな!」
「え……?」
『なに──ぐあっ!?』
再びこの場にいない声が地下に響いたと思えば、青いスパークが飛来してゼットン星人の銃を撃ち落とした。
『な、何だ……っ!?』
ゼットン星人につられて俺も視線をズラすと、暗闇でもボンヤリと輝く青いジャンパーを纏った好青年がこれまたメカメカしい銃を構えていた。
『な……!? お、お前は……!?』
「ギギ……これ以上惑星侵略なんてさせない。君達を元の次元に送り返す」
「ム、ムサシ……さん!?」
「君は……そうか、君が……」
銃を構えた青年、春野ムサシが俺を見るなり何か納得したように頷いていた。
「……っ! 《雷華》っ!」
『うおっ!?』
『眼が……っ!?』
俺の四肢を縛ってる光の綱を伝って[ショック・ボルト]の閃光がギギ達の手元で強くスパークする事で眼を眩ませ、力が緩んだ隙を突いて拘束を解いて脱出した。
「大丈夫かい?」
「あ、はい……というか、何故貴方が?」
「話は後だ。まずは彼らを無力化しないと」
「……はい!」
ムサシさんがここにいる理由を問うも、確かにそんな話を出来る状況ではない。俺は言う通りに奴らへと意識を向けて戦闘態勢を取る。
俺は背後へ振り返ってレイビーク星人とバド星人へと飛びかかり、ムサシさんは銃を構えながらギギとゼットン星人へと駆け出した。
「この──」
「『ヒカリ』っ!」
奴らが銃を打ち出す前に、俺はヒカリの力を使って蒼い光の鎧を纏った。直後に二人の光線銃が俺を襲うが、光の鎧のおかげで無傷だ。
その防御力に向こうが驚いてる内に肉薄して更に一枚のカードを出して眼前に構える。
「『ティガ』っ!」
ティガの力で全身に虹色の光の奔流をぶつけてレイビーク星人とバド星人を戦闘不能に追い込んだ。
振り返ればギギが全身を麻痺されたように痙攣しながら地面に伏せ、残るはゼットン星人だけとなった。
「残るはお前だけだ。これ以上、怪獣をふざけた計画の道具にはさせない」
『ふざけるな……っ! 今更貴様に、我が計画を潰されて──』
『残念だが、無理やりにでも止めさせてもらうぞ』
『ぐあっ!?』
ゼットン星人が懐から何かを取り出そうとしたところでその背後から不意打ちを喰らって地面に伏せて沈黙する。
『待たせてしまったな……ウルトラマンコスモス』
「いえ……それで、ムーキットは?」
『既に保護してる。これでファビラス星人も安心するだろう』
俺が突然の決着に呆然とする間に二人が話を進めてもう何がなにやら……。
「えっと……とりあえず、ムサシさんの事やこの人の事……説明してくれます?」
とにかく、さっさと事情を知りたいのでそう切り出した。
「えっと……じゃあ、ロザリーさんへの依頼は囮だったんですか?」
『ああ……こういった世界で我々が動いてはすぐに奴らに動きを知られてしまう。なので、この世界の住人に協力を申し出たわけだ。まあ……最初は不安だったのだが、君が宇宙人や宇宙生物に詳しいみたいなのでこのまま囮作戦を続行したというわけだ。すまなかったな、こちらの事情に巻き込んで』
「あ、いえ……ハネジロー──じゃなくて、ムーキットが戻ってきてよかったです」
『パム……よろしく!』
男性の腕の中でハネジローが愛嬌のある顔で俺に挨拶してくる。
事情を聞いたところ、目の前のこの人はAIB……ウルトラマンジードのいる宇宙にいる組織で地球に侵入して悪さをした宇宙人を取り締まるのだが、今回自分達の活動していた地球で取り締まった宇宙人がこちらの世界に来ていたゼットン星人達と何か取引をしていた事を突き止めてこのフェジテへと飛んできたらしい。
そして、ムサシさんはギギがこちらの世界に侵略の手を伸ばそうとしていたのをギギ・ドクターから聞き、こっちの宇宙へと飛んだ時にAIBと会い、互いの事情を知って協力体制を取ったそうだ。
「まさか、ムサシさんがこっちに来るなんて思いもしませんでしたよ……」
「僕だって、まさかこっちに地球人がいるなんて思わなかったよ。けど、おかげでムーキットも無事に取り戻せたし、彼らも捕まえる事が出来た。君には感謝してる」
「そういえば……ゼットンはどうなるんですか?」
「うん、ゼットンは……遊星ジュランへ連れてって育てるよ」
「え……ゼットンを、ですか?」
「例え、兵器として生み出された怪獣だったとしても……生まれた命そのものに罪はない。大事に育てれば、きっと心優しい怪獣に育ってくれる筈だ。ジュランに住んでる怪獣達はみんな頼りになるしね」
「はあ……」
流石は慈愛の勇者と呼ばれるだけある……。ムサシさん自身、ゼットン関係で苦しんだこともあった筈だ。それでも、飽くまで怪獣を救うべき対象として見ている。
それを改めて思い出すと同時に少し情けない気持ちが湧いてくる。自分は人間に対してですら、一度本気で殺意を抱いた事もあった。目の前の人はまるで別格だと改めて思い知った。
そんな事を考えたのをムサシさんは察したのか、穏やかな笑みを崩さずに語りかけてくる。
「何かを救うっていうのはとても難しい事かもしれない。その道を進む中で、辛い現実にぶつかって、大事にしようと思ったものを見失う事もあるかもしれない。だから……そんな時には、自分が何のためにこの道を選んだのか、もう一度考えてみるといいよ」
「俺が……この道を選んだ、理由……」
『済まない……そろそろいいだろうか?これ以上この星に留まるのは我々の存在を知られてしまいそうだ』
「あ、はい。すぐに」
そう返事をするとムサシさんは俺の肩に手を置いて笑いかける。
「大丈夫。君にだって、頼りになる仲間がいる。それが君の支えになってくれる。僕も、遠い所からだけど、応援するよ」
そう言ってムサシさんはAIBの人と共に姿を消した。程なくして空を見上げれば、二つの光が空の彼方へと飛んでいくのが見えた。
しばらくして懐が光ったので気になって見れば、コスモスのカードが輝いていた。
「……俺がこの道を選んだ理由、か……」
魔術や修行の事もだけど……もう少し、自分を振り返る時間を増やしてみようかな。もしかしたら、それで何か思い浮かぶ事があるかもしれない。
そう思いながら足を踏み出した。……気絶したロザリーさんを置いてけぼりにしたまま。
そして、翌日には俺のところに来て泣きついて学院が軽い騒ぎになったのは余談だ。
フェジテの真上の大気圏外で、コスモスがAIBの宇宙船を見送ったところだった。
『ふう……僕もジュランに帰らないとね。……君は、このまま留まるのかい?』
コスモスは両手にゼットンの幼生を抱えながら虚空に向けて問うていた。
『…………』
『……そうか。君が言ってた通りなら……彼は、乗り越えられるだろうか?』
『…………』
『そうだね。彼だって、光を授かった者なんだ』
コスモスは虚空に向けて頷くと、宇宙の彼方へと飛び立った。