ロクでもない魔術に光あれ   作:やのくちひろし

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第41話

 

 天が紅一色に染まり、その中から空間を揺らめながら現れた炎の船……それを見上げながら高笑いしている濃い闇のオーラを纏ったラザール──否、鉄騎剛将アセロ=イエロ。

 

 そんなこれまでの事件がまるで子供の喧嘩レベルに思えるような今世紀最大の怪奇現象を前に流石のグレン先生や教師陣も我を忘れかけ、過呼吸を起こすもの、混乱する者、更に周囲の生徒達もまさに阿鼻叫喚……あまりの非現実的な現象の連続に理性が粉々になりかけている。

 

 俺自身も震駭としているが、ウルトラマンを見たり怪獣を見たり、自分がウルトラマンの力を纏っている上映像越しでしかないがこの手の展開を散々見てるので状況を受け入れるくらいには余裕はあった。

 

 こうして空を見上げているといつの間にか来ていたのか、以前タウムの天文神殿で見たルミアそっくりの異形の羽を纏った少女、ナムルスが傍に立って──いや、浮いていた。

 

『グレン、これは試練よ。あなたはこれから起きる災厄を乗り切らなければならない。未来と──そして、過去のために』

 

 ナムルスの言葉に妙な違和感を抱いたが、それも一瞬。特農の闇を纏ったアセロ=イエロが怪しい眼光を揺らしながら淡々と語り始める。

 

『さて、そろそろ本題に入るとしよう』

 

 その言葉と眼光はルミアへと注がれ、向けられた彼女は恐れを抱きながらも姿勢と意志を崩すことなく対峙する。

 

『ルミア=ティンジェル……貴女に恨みはないが、大導師様のため……そして、私が信仰する神のために、死んでいただく』

 

「……神……ですか?」

 

『いかにも、『双生児(タウム)の器』よ。確かに今世の貴方は『空の巫女』に限りなく近しい……だが、まだ不十分なのだ。私の信仰には、神には、もっと完璧なる『空の巫女』が必要なのだ』

 

「『双生児の器』……? 『空の巫女』……?それって一体……?」

 

 アセロ=イエロの言葉はいずれも訳がわからない。だが、唯一理解できるのは向こうは完璧にルミアを殺しにかかるということだけ。

 

 俺はどうにかルミアを守ろうと立とうとするが、これまででかなり力を酷使したためにもう立ち上がる力すらロクに残っていなかった。

 

 だが、この状況下で立ち直ったのか、グレン先生が最後の力を振り絞ってアセロ=イエロと対峙し、戦闘に入ってアルフォネア教授やリィエル、ハーレイ先生やツェスト男爵……果てにはアルベルトさんやバーナードさん、クリストフさんの宮廷魔導師のメンバーも集結し、アセロ=イエロとの死闘が佳境に入った。

 

 その直後にシスティも上空から風を纏ってランディングし、グレン先生へと駆け寄った。

 

 グレン先生がようやくこの事件が終結するとシスティに言ったが、システィの顔は喜びとは程遠いものだった。

 

 周囲の状況から敵がアセロ=イエロという名の者だったということを言い当て、更にその口から信じられない言葉が放たれた。

 

「だとしたら……私達では絶対に勝てませんよ! 物語の主人公である『正義の魔法使い』ですら……アセロ=イエロには結局勝てなかったんですよ!?」

 

 こんな状況下でも冷静でいられたと思った自信が思いっきり揺るがされた。最強の魔術師と言っても過言じゃなさそうなアルフォネア教授や超絶技巧の持ち主であるアルベルトさん、更に各方に優れた魔術師が何人も集まっているこの戦力を見て確信めいた口調でシスティは奴には絶対に勝てないといった。

 

 それにグレン先生は喜びの表情を一気に蒼ざめたものに変え、でもどこか知っていたように脂汗を滲ませながらシスティに問う。

 

「白猫……お前の口から教えてくれ。俺の、記憶違いだと思いてぇんだが……鉄騎剛将アセロ=イエロ……あいつの最大の特徴って、何だったっけか?」

 

「アセロ=イエロ……彼の、身体は……」

 

「それだ! あいつの身体……アレは確か……」

 

「はい……『メルガリウスの魔法使い』にあった通りなら、彼の身体は……神鉄(アダマンタイト)でできています」

 

 その言葉と共に轟音が学院中に響き渡り、見れば様々な攻撃を当てたのか、爆発によって膨大な土煙が立ち上っていた。

 

 だが、その身体にはアレだけの質と数の攻撃魔術を受けておきながら傷ひとつ付いていなかった。

 

『如何にも、その通りだ……そこの少女。私の身体は神鉄(アダマンタイト)でできている。例え[メギドの火]であろうと、私の身体を砕く事は適わない』

 

「嘘だろ……こんな奴、どう倒せってんだ?」

 

 あまりに常軌を逸した耐久性にグレン先生は信じたくないのか、いつもの強がりも見えなくなっていた。

 

 正直、無理もない話だと思う。こっちにはアルフォネア教授は言うに及ばず、魔術関連で超一流なアルベルトさんに物理攻撃最強なリィエル、その他にも様々な方面で優れた魔術師が何人もと、個人に対して百パーセントオーバーキルな戦力があるにも関わらず、目の前の敵の身体に傷ひとつ付けることすらできていない。

 

 ほぼ最強の布陣とも言える戦力を揃えていながらもうみんな満身創痍状態だ。グレン先生どころか、一流の指揮官がいたとしてもこの状況を打破する方法が思いつけるとは思えない。

 

「もうやめてください!」

 

 この惨状の中で何を思ったのか、ルミアが大声を上げて前へ躍り出た。

 

「あなたの狙いは私なんでしょう! なら、私を殺してください!」

 

「な、ルミア! お前、何を……!?」

 

「ルミア、何を言ってるの!?」

 

「私が死ねばあなたは満足なんでしょう!? だったら私を好きにして構いません! だから、もうこれ以上みんなを傷つけないで!」

 

 グレン先生やシスティの制止も聞かずルミアが涙混じりにアセロ=イエロへ懇願するが、奴はため息混じりに首を軽くふり、否定の意を表す。

 

『ルミア=ティンジェル……その願いは承諾しかねる』

 

「え……」

 

『貴女の命をもらい受けるのは決定事項だが、此度の計画の目的には、このフェジテを滅ぼし……大導師様の大いなる悲願達成のための生贄にするのも含まれる。故に貴女の命は何の交渉価値もない。私はこの場にいる者達を皆殺しにし、フェジテを滅ぼす』

 

「そ、そんな……」

 

 アセロ=イエロの言葉にルミアが絶望に打ちひがれ、膝を着く。そんなルミアに奴がツカツカと、右手を軽く持ち上げながら近づいていく。宣言通り、今ここでルミアの命を刈り取るつもりだ。

 

「ふざ……けんな……っ!」

 

『……む?』

 

 痛む身体に激しい頭痛も無視してヨロヨロの状態でも俺はルミアとアセロ=イエロの間に立った。

 

「ルミアの命を貰うのが決定事項? フェジテを……学院のみんなやあの子達が生贄……? ふざけんのも大概にしやがれ……っ! 目的も何も全く見えねえが、みんなの命をもらい受ける権利がテメェらにあんのか!」

 

『権利などという些末なものではない。大導師様の悲願の前にはあらゆるものがその贄だ。故に私はあの方に全てを差し出す……この街も、人間も、己が身とてだ』

 

「だから……ふざけてんじゃねえ!」

 

 俺は二枚のカードを取り出し、アセロ=イエロに向かって駆け出す。

 

「『ヒカリ』っ! 『メビウス』っ!」

 

 ヒカリとメビウスの力を発動させ、蒼い光の鎧を纏い、左手に浮かび上がった赤と青の模様の入ったブレスから光の刀身を伸ばし、アセロ=イエロに斬りかかる。

 

『先の者達と比べても児戯だな。如何な愚者の牙でも傷を付けられなかった我が身体が今更そんなもので傷付けられるとでも?』

 

「うるせえっ!」

 

 光の刀身を振るってもアセロ=イエロは全く微動だにせず、俺の斬撃は奴の言う通り、傷つけられていない。

 

「よせっ! わかってんだろ! 単身で挑んで勝てる相手じゃねえ!」

 

 俺が攻撃してるところに背後からのグレン先生の叫びが聞こえる。だが、そんなものに気を取られてる場合じゃなかった。今攻撃をやめてしまえば、その時点で奴はルミアを手にかけるつもりだ。

 

 それを黙過なんて出来るはずもなかった。

 

「くっそ……『アグル』、『ヒカリ』っ!」

 

 俺は再び二枚のカードを発動させ、左手から蒼白い刀身を伸ばし、流水のような斬撃を絶え間なく浴びせる。

 

 だが、それでもアセロ=イエロに傷は付かなかった。

 

「この……『ティガ』、『ダイナ』、『ガイア』っ!」

 

 俺は更に三人の力を纏い、左手から赤と紫の混じった光の鞭をアセロ=イエロに浴びせる。

 

『言った筈だ。私の身体は神鉄(アダマンタイト)……愚者の牙どころか、[メギドの炎]ですら我が肉体を滅ぼすことは敵わん』

 

「知るかっ! 『ネクサス』、『コスモス』っ!」

 

 ネクサスとコスモスの力を纏い、左手から蒼白い光を発し、残った力を振り絞ってぶつける。

 

『ふっ……いくら足掻いたところで傷を付けるなど──っ!?』

 

 余裕ぶって俺の一撃を受けたアセロ=イエロだが、俺の左手をぶつけた部分に僅かだが亀裂が入った。その事実に驚き、慌てて片腕で俺を振り払って距離を取った。

 

「傷、ついた……のか?」

 

「真に信じられんが……俺達が全力を浴びせても傷ひとつつかなかった身体に奴がようやく一矢報いたということだけは事実だ」

 

 俺がアセロ=イエロに傷を付けたという事実にグレン先生やアルベルトさん、周囲の人達も愕然としていた。アセロ=イエロに至ってはそれが顕著だった。

 

『ば、馬鹿な……我が神鉄(アダマンタイト)の身体を害せる存在が、この世にあるなど……いや、いた? 太古の昔、かの天神……アセロ=イエロが、いや……()()()が……』

 

 アセロ=イエロがブツブツと何かを呟くと、これまで以上の濃厚な闇が奴の身体を覆っていき、身が引き裂かれてしまいそうになるほどの殺気を向けられた。

 

「っ!? 下がれ、リョウ! すぐに──」

 

 グレン先生が叫んだが、それが途中で途絶えた。グレン先生だけじゃない……周囲がまるで時間が止まったかのように沈黙に包まれていた。

 

 何があったかと言葉を発しようとしたが、うまく声が出なかった。それだけじゃない……身体がまるで杭で磔にされたかのように動くことができなかった。

 

 不意に視線を胸元に向けると、いつの間にか異形の腕が俺の心臓部を貫いていた。

 

『見つけた……ようやく見つけたぞ……っ! ()()の欠片ぁ!』

 

 アセロ=イエロの口から出たのはさっきまでのくぐもったようなものではなく、もっと悍しい……地獄の底から怨嗟の叫びを上げるような、憎悪の籠もった声だった。

 

 言葉と共に俺の身体から痛みよりも先に何かが流れ出るような、急激に失われるような感覚に襲われた。

 

 それが数秒もすると周りの景色も音もほとんどが認識できなくなってしまった。

 

 どうにか抗おうと必死に手を伸ばすが、それが奴に届く前に俺の視界から全ての光が途絶えてしまった。

 

 最後に認識できたのは……暗闇の中でほんの少しだけ光った妖しい眼光にようなものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぁ、あぁ……」

 

「おい、嘘だろ……」

 

「……チッ!」

 

 リョウ=アマチがアセロ=イエロの手によって絶命した。目の前の状況を文章にすればこの一文で済ませられる。だが、周囲の者達からすればそれだけで収められるものではなかった。

 

『ククク……ようやく、ようやく見つけた……私の──オレの一部を、そして奴の光も……オレの手に……っ!』

 

 アセロ=イエロは先とはまた異なる異形の手をリョウから抜きながら不気味に笑っていた。

 

 その手には赤黒と蒼銀の渦巻いた光球が握られていた。

 

『フハハハハハハッ! これで……これでまた復活出来る! そして、奴を……!』

 

『随分高笑いするじゃない。アセロ=イエロ』

 

 アセロ=イエロが笑い声を上げるところに突如別の存在が割って入る。タウムの天文神殿でグレン達の出会ったナムルスだった。

 

『いいえ、貴方は本質的にはアセロ=イエロとは違うんだし……今世の名、ラザールと呼んだほうがいいかしら?』

 

『……何だ、お前は?』

 

名無し(ナムルス)よ。今世ではそう名乗っているわ』

 

 アセロ=イエロは若干首を傾げながらも光球を持ってるのとは逆の手を自身の心臓部に触れると得心のいったように頷いた。

 

『……なるほど。お前、コイツの……』

 

『とりあえずラザール。今は退いた方が身のためよ』

 

「おい、グレン……奴は何者だ? ルミア嬢と瓜二つだが……」

 

「俺も詳しい事は知らねえよ。見た目だけルミアに似て中身も全然違うし……よくわからんことばっか言うし」

 

「つまりは何も知らないと」

 

「そっちから聞いといて呆れんじゃねえ。ともかく、現状じゃ敵じゃねえ筈だ」

 

 突如割って入ったナムルスとアセロ=イエロの会話を聞きながらアルベルトがグレンにナムルスの事を問うが、現状大した情報はないと知るやすぐに意識を切り替えていつでも戦闘再開できるようにこの闘いで消耗した魔術を再びストックする。

 

『まだ貴方は身体と魂が上手く融合しきっていないのでしょう? 貴方のその力が完全に定着しきった時、改めてルミアを殺せばいい。私と対峙するより、そっちの方が都合がいいでしょう?』

 

 ナムルスのただでさえ圧倒的な存在感がまるで地獄を思わせるような特濃の闇を思わせると同時に右手をゆっくり持ち上げる。

 

『……クク、随分と粋がるな』

 

『……何? まさかと思うけど、人間をやめた程度で私に勝てるとでも思ってるのかしら、ラザール?』

 

『ラザール……そんな男など在ない。今はオレがコイツの身体をもらったのだからな』

 

『は……?』

 

 ナムルスが珍しく呆気に取られていた。同時にアセロ=イエロの見えない顔の部分から禍々しい紅い眼光が見え出した。

 

『はぁ……神鉄(アダマンタイト)だか知らんが、やはりこの身体もオレが使うには弱すぎる……だが、オレの抜け出た力と奴の光……これがあれば、オレは再び復活出来る!』

 

『な、何を……いえ、違う。貴方、ラザールじゃない……?』

 

「な、ラザールじゃないって……じゃあ、本当にアセロ=イエロになったってのか!?」

 

『違うわ。アセロ=イエロでもない……もっと別の、文字通り闇とも言えるような……何なの、貴方は!?』

 

 ナムルスの慌てた問いにアセロ=イエロの皮を被った何かが顔は見えないものの、獰猛な笑みを浮かべたような雰囲気でゆっくりと声を出す。

 

『オレは……ダーク、ザギ』

 

「……ザギ、だと?」

 

『ククク……まあ、確かにお前の言う通り……今のオレは万全じゃない。完全復活のためには少し時間が必要か。なら、もう少し楽しみは取っておくとするか……確か、■■■■・■・■■■■』

 

 アセロ=イエロ──否、ダークザギがその身体を使って奇妙な言葉を発すると、上空に留まっていた『炎の船』の船底に刻まれた紋様から赤光が放たれ、フェジテを囲む城壁をなぞるように奔り、真紅の光壁が形成された。

 

 それを見たグレン達や学院内部に留まっていた生徒達が再び見せられたとてつもない展開に恐怖心が増幅された。それを感じたのか、ダークザギが恍惚としたような姿勢で周囲を見回す。

 

『いいぜ……人間共の恐怖心が大きくなっていく。これならスペース・ビーストのいい肥やしになるだろうさ』

 

「な……あのスペース・ビーストって奴はテメェの差し金だったのか!?」

 

『少し違うな、人間……スペース・ビーストはオレの道具だが、その中から一部を抜き取ってこの世界の人間にばら撒いたのは別の奴だ。今までこっちで出てきていたのはその一部が増殖をしたもの……更にはまだ幼体の不完全なものに過ぎん』

 

「ふ、不完全だって……!?」

 

 ダークザギの言葉にグレンはまだ辛うじて抑えている恐怖心が一気に崩壊しそうになる。リョウが使っていたウルトラマンという異能の力を使わなければ退治し得ない存在がまだ不完全だったという。

 

 そして、それらがほんの一部でしかないとすれば一体目の前の存在が保有してるだろうスペース・ビーストがどんな化け物か想像したくもなかった。

 

『安心しろ。オレの完全復活まではビーストは差し向けねえ。しばらくはコイツの用意した玩具で遊んでやるさ。じゃあな』

 

 そう言ってダークザギは魔術を発動した気配も感じないのに、地面から浮遊し、果てには高速で『炎の船』に向けて飛び去った。

 

「な、アイツ……何しに?」

 

『貴方達風に言えば、《炎の船》で居を構えたあと、[メギドの火]でこのフェジテを消滅させる気よ』

 

『はぁ!? [メギドの火]は俺達が解呪した筈だぞ!」

 

『あっちが本家本元よ。貴方達が見たのはかつて《炎の船》の武器として使われていたものを近代魔術で再現しようとした劣化品よ。真意はわからないけど、奴はラザールの当初の目的を遂行しようとしてるみたいね』

 

「く……それがマジなら、もうどうにもならねえじゃねえか……!」

 

 グレンは信じられないが、そういうことならこれまでのラザールの行動も、急進派の思惑も全てが納得がいく。更に何処からかはわからないが、さっきのダークザギの言葉も考えれば《炎の船》とスペース・ビーストどちらも防がなければならない。

 

 はっきり言って絶望的もいいところだった。

 

『落ち着きなさい。貴方はラザールの思惑を越えてマナ堰堤式(ダム)を一部拡散させた。そのおかげで《メギドの火》は当分打てないわ。つまり、まだ猶予はあるってことよ』

 

「ってことは、まだチャンスはあるのか?」

 

『ええ。だからその間に貴方が奴を倒す方法を考えるの。私は奴を倒せる方法を知らないけど、少なくとも貴方は《鉄騎剛将》アセロ=イエロは倒せる筈よ』

 

「はぁ? テメェ、何言ってやがる……俺がアセロ=イエロを? どうやったらそんな事できんだよ? ていうか、今はアセロ=イエロよりもあのダークザギって奴だろうが」

 

『知らないわよ。貴方みたいな存在がどうやってアセロ=イエロを倒せるかなんてわからないし、ダークザギとやらについてはもっとわかんないわよ』

 

「ふざけんな。明かせないとかなんとか言いながら口を開けば訳のわからないことばかり言いやがって……いい加減にしやがれよ、この偽ルミアが。しかも出てきて喧嘩売るんならもっと早く来やがれ! そうしてくれりゃあ少なくともリョウが……っ!」

 

 グレンは感情のままにナムルスを糾弾しようとしたが、途中で止めた。いくら目の前の女を責め立てたところでリョウが帰ってくるわけではないし、今それを口にするのは彼の傍で嗚咽をあげている少女にも酷だろう。

 

『……貴女、ふざけないで』

 

 だが、そんなグレンのなけなしの気遣いも関係なしと言わんばかりにナムルスはルミアに向けて底冷えするような声を放つ。

 

「けど、ナムルスさん……さっきはああするしか……私が犠牲になるしか……」

 

『自分を犠牲にしても誰かを守りたい……そんな風に言っておきながら大事な場面を彼に任せきりにして結局死なせたわけ? 相変わらず大した聖女ぶりだことね!』

 

「おい、ナムルス!」

 

 ルミアに向けて冷たい怒鳴りをあげているところにグレンが割って入って聞かせないようにする。

 

「テメェこそふざけてんじゃねえよ! ルミアが何したってんだ!? そもそもリョウに関して言えばテメェだって見殺しにしたようなもんじゃねえか! さっきは言わないようにしてたが、お前がもっと早く出てくればアイツは少なくとも死なずに済んだかも知れねえだろ!」

 

『……なんでもないわ。ただの八つ当たりよ……その娘の聖女ぶりや、彼の存在も……いえ、こんな事言ってもしょうがないわね。少し頭を冷やしてくるわ』

 

 そう言い残してナムルスは透過して、果てには空気のように見えなくなっていった。

 

「チッ……本当に何なんだ、アイツは? ……ルミア、心配すんな。お前が悪いわけがねえし、今回だって俺達でどうにかしてやるさ」

 

 グレンはルミアの肩に手を置きながら言うが、彼女の表情は暗雲のように影が差していた。

 

『……フフフフ。遂にダークザギが出てきたか……そして彼はこのまま死ぬのか、それとも……更にあの少女、ルミア=ティンジェルか。うん……実に美しいまでの悩ましい姿だ……ダークザギが活動する前にあの少女に声をかけてみるのもいいかも知れないねぇ』

 

 少し離れたところではトレギアが悪魔の笑みを浮かべながら暗い魔法陣を通って姿を消した。

 

 様々な思惑の交わる中、フェジテの上空を吹く風が街の住民からすれば消滅のカウントダウンを刻んでいる音に聞こえたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 怒涛の展開続きで混乱の渦が覚めたのはもう夜中に迫ろうとした時刻だった。

 

 生徒達の混乱も一旦落ち着きを取り戻しつつあったところでグレンを中心に今回の事件に関わったメンバーが遂にその秘密を明らかにすることとなった。

 

 ルミアが異能者であること、元王族であったこと、その異能が世間一般の知らされる範囲に収まるものではないかも知れないこと、それを含めて天の知恵研究会に狙われ続けたことを。

 

 そこまでを話し、ルミアが罪悪感から謝ろうとしたところに二組のみんなは口々にああ、そういうことかと納得したような表情を浮かべるものもいれば、もっと早く打ち明けて欲しかったと嘆く者も、一部高嶺の花が更に天元突破したや薄幸美少女がご褒美というような者もいたが、共通しているのはクラス全員がルミアの存在を受け入れていたということだ。

 

 今までの彼女の姿やクラスのみんなの優しさというのもあるかも知れない。だが、確かなのはルミアが少なくともこの場にいるみんなに対してはもう怯える必要が無くなったということだ。

 

 グレンもそんな場面に珍しく素直に感動を表に出しかけていたときだった。

 

「……それで先生。リョウの事はどうなんですか?」

 

 涙を流す中でただ一人、ギイブルが鋭い声でグレンに問いかけた。

 

「彼女のことはわかりました。だが、まだ彼については少しも触れていませんね」

 

「お、おいギイブル……こんな時に……っ!」

 

 一人冷静に言い放つギイブルを止めようとしたカッシュだったが、掴みかかってくる手を振り払ってグレンへと歩み寄っていく。

 

「もうこの際一切の隠し事もしないでくれませんか? リョウの使っていた異能のような力……彼にも何か秘密がある筈だ。今更彼の事だけ抜きにするなんてしませんよね?」

 

 既に死んだだろう者のことを今この場で聞くのは普通に考えれば非常識と言われるであろう。だが、ルミアを理由にしてリョウの死から目をそらす訳にはいかない。ギイブルの眼がそう語っていた。

 

 一気に空気が沈んでしまったが、クラスのみんなもギイブルの心中はなんとなく察しているのか、雰囲気でグレンに問いかけていた。

 

「……そっちは正直、俺達もよくわかってねえんだ。更には信じられない話が大半だ……それでも聞くか?」

 

「今更ですね。ルミアの話を聞いてこれ以上に驚く事があるんですか?」

 

「……わかったよ、説明する。終わるまで質問云々は受け付けねえぞ」

 

 それからグレンの口から知りうる限りのリョウ=アマチという男についてを語った。

 

 出身、彼のこちらでの経歴、彼が使った力……そこまでに至った経緯を話し終えるとクラスのみんなが呆然とした。

 

「いや、元王女のルミア以上の裏事情なんて存在しないと思ってたし……」

 

「所詮男の事情なんてって軽い気持ちもあったけどさ……」

 

「別の世界とか、本当にあったのか?」

 

 口々に出たのは信じられないという言葉が大半だった。

 

「……あと、お前らだから言っておくが。さっき……セシリア先生がアイツの身体を診てくれてたんだが」

 

 グレンがさっきよりも重苦しい表情で語り出すとみんながそれに耳を傾ける。

 

「アイツの身体から……エーテル体が全て抜け切っていたんだ」

 

 グレンのその言葉に一部の者達に動揺が広がった。

 

「え? いや、その……死んじゃったなら、エーテル体が残らないのは当たり前じゃ……」

 

「バカか、カッシュ……死んだと言ってもまだそんなに時間は経っていない。エーテルが円環にかえるには速すぎる……」

 

「あぁ……しかもセシリア先生曰く、アイツのエーテル体や身体の機能の具合から見てもう死んで半年近くも経ってるような状態らしい……」

 

 グレンの言葉にクラスのみんなは愚か、みんなより事情を知っていたはずのルミア達もが信じられない表情を浮かべた。

 

「ちょ、どういうことなんですか!? だって、彼は今までずっと私達と一緒に……」

 

「それに、半年って……それじゃあ──」

 

「あぁ……この世界に来た時点で既にアイツは死んでることになる」

 

 明らかに矛盾している。自分達は確かにリョウという男と会話したし、触れたりしてる。あの温度は間違いなく生きている者しか出せないものだ。

 

 だが、法医学について学院内どころか魔術界でもトップに躍り出んだろうセシリアの見立てが間違いとも思えない。一体どれが本当なんだとクラス内の混乱が溢れようとした時だった。

 

『……あ〜ぁ、ようやく繋がったと思ったら随分辛気臭ぇ雰囲気出してんな』

 

「「「っ!?」」」

 

「誰だっ!?」

 

 突然割って入った声にグレンが反射的に周囲を見廻し、システィーナとリィエルを筆頭にクラスの大半がルミアを守ろうと囲んだ。

 

『落ち着け……オレは敵じゃねえ。というかお前らのいる学院……だったか? その周辺にはいねえ。もっと遠いとこからテレパシー……ってわかるか? 思念通話? まあ、とにかくお前らの頭ん中に直接語りかけてるって思っとけ、オッケー?』

 

「また訳のわかんねえのが……そもそもテメェは何者なんだ?」

 

『オレ? あぁ、まあ……ほれ、お前らが今話題にしてるリョウって奴に力を貸した奴らの仲間、と言っとくぜ』

 

「ぇ……それって……じゃあ、貴方は……」

 

 何処からともなく聞こえる声の話を聞いてリョウの事情を知るルミアやグレン、システィーナが声の主の正体をある程度だが察した。

 

「……本当にそうならなんで今俺達に語りかけてんだ? それに、なんで姿を現さねえ? 大体、あのスペース・ビーストってのも元々はアンタらのいた世界に出たやつだってのになんでこの世界にいるんだ?」

 

『あぁ、もう……いっぺんに聞くんじゃねえよ。こっちにも色々訳があるんだし、全部とはいかねえけど、今からその事情を話すところなんだよ』

 

「……話すってのはどの辺りの事だ?」

 

『まあ、ひとまず……お前らが今聞きたいだろうリョウの事についてだ』

 

 謎の声の話に教室内に緊張が走った。この場にいる全員が今正に一番聞きたい内容だったからだ。

 

「……だったら都合がいいぜ。知ってるなら全部話しやがれ……言っとくが、話せないなんてのはナシにしろよ……こっちはもうそういう秘密主義はウンザリだかんな」

 

『リョウに関してはちゃんと話してやっから心配すんな。ただ……覚悟はしておけよ? 正直お前らからすれば胸糞悪い事は間違いねえだろうからな』

 

「上等だ……こっちはもうそういうのには慣れっこなんだからな」

 

 元よりルミアの事も、ここにいる生徒達の事も、何としても守ってみせると先程の光景を見た時から覚悟は決まっていた。今更ひとつ増えたところで大差などない。

 

 それはグレンだけでなく、みんなも同じく雰囲気ですぐに話せと促していた。それを感じたのか、謎の声は数秒沈黙すると再び語りかけてきた。

 

『……覚悟は決まってるみてえだな。じゃあ、話を始めるとして最初にこれだけは忘れるんじゃねえぞ。リョウの事を話す上でまずこれを受け止めなきゃ進まねえからな』

 

それから謎の声はまた数秒溜めを作って言い放つ。

 

『天地亮……アイツは、人間じゃねえ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 気づけば何処までも暗い空間の中だった。意識が朦朧としている間も、ハッキリしてからもずっとこの暗闇を歩いているが、進んでるのかもわからないしどれだけ時間が経ってるのかもわからない。

 

 自分が何のために歩いているのか……そもそも自分が誰なのかすらわからない。だが、足を止めるわけにはいかないと本能が足を動かし続けていた。

 

 何処までも何処までも、果てのない暗闇を歩き続けてどれだけの時間が経ったのか……何も見えない筈なのに、周囲の空気が変わったのを感じた。

 

『……おいおい。何もないところで退屈を通り越して苦痛すら感じたところに別の存在を感じたから面白い奴でも来たかと思えば……来たのはただのチッポケな地球人か』

 

 妙な声が聞こえて振り向くと、そこには曲線を描いて釣り上がった双眼が自分を見つめていた。

 

 数秒もすると僅かだが、輪郭も見えてくる。屈強な肢体に鋭利な爪……胸には紫色に鈍く光る結晶体。自分のことはわからないくせに何故か目の前の存在のことはわかってしまう。

 

「……ウルトラマン、ベリアル」

 

『ああん? 何でお前が俺の事を……ん?』

 

 ベリアルが一瞬怪訝な雰囲気を出すと、一転して興味深そうに視線を送る。

 

『この感覚……なるほど。お前の中に俺の因子を感じるな。それで俺に引き寄せられていたわけか。それに……他にも感じるな、お前の中から。ククク……これは随分面白い奴が紛れ込んできたなぁ』

 

 じーっと自分──というより、自分の中にある何かを見つめながらくっくっ、と笑みを浮かべる。

 

「一体、何を言ってる……?」

 

『ああん? まさか自分の中にいる奴のことがわからねえのか? いや、そもそもお前……中身がほとんど溢れてんのか? となると、もう自分の名前すら思い出せねえんじゃねえのか?』

 

 的確に俺の名前に関する記憶すらないということも見抜かれ、この空間に立って初めて動揺の感覚を味わった気がする。

 

「なぁ……教えてくれ。ここは何なんだ? 何であんたとここにいる? それに、俺の中にあるのはいったい何なんだ?」

 

『チッ! 目の前にいるのが俺様一人だけだからと言って随分馴れ馴れしいじゃねえか。……だが、このまま何もしないでいるのも退屈だ。それに……お前はともかく、中身はそれなりに興味はある。俺様のわかる範囲でいいなら教えてやる』

 

 ベリアルは笑いながら俺の首筋に爪を触れさせながら語り始める。

 

『お前の中にあるのは光と闇の力。そして……お前はそれらと俺様の因子と人間の記憶の一部が混ざり合って生まれた、人形みてえなやつだ』

 

 その言葉に、俺は何かがぐらりと崩れ落ちそうな衝撃を覚えた。

 

 

 

 

 


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