ロクでもない魔術に光あれ   作:やのくちひろし

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第42話

『天地亮は……人間じゃない』

 

 教室内で謎の声の言葉が酷く反響した。

 

「……おい、人間じゃねえってのはどういう意味だ?」

 

『あぁ〜……言い方が悪かったか……。正確に言えば……ある二つの力が渦巻いて、あるものが核になり、本物の天地亮の記憶を引継ぎ……様々な要素が重なって形成されたのが、お前らの知るリョウって男だ』

 

「ちょ、ちょっと待て! 本物のって……どういうことだよ?」

 

「え……前半が全く分からないけど、記憶を引き継いで形成したって……それってまるで、『Project Revive Life』と同じ……」

 

 教室内に再び重い沈黙が漂った。まだ話の半分も進んでないだろうが、出だしから急に重い話が飛び出してどう受け止めて良いやら。

 

 そんな重い沈黙の中でも謎の声は話を続ける。

 

『お前らが今何を考えてるのかは知らねえが、続けるぞ。まず、アイツを形成したうちの核になった部分だが……それにはベリアルって奴の事から話さなきゃな』

 

「ベリアル……?」

 

『まあ、本題にするにはアイツの話はあまりにも長すぎるから大雑把なところだけを抜いて言うが、ベリアルはあらゆる宇宙──世界で様々な悪行を犯した。その中で『デビルスプリンター』……まあ、ベリアルの身体──いや、細胞の一部だな。それがあちこちにばら撒かれ、あらゆる生物に影響を及ぼすんだが……』

 

「それがアイツにどう関係するってんだ?」

 

『あぁ、ちゃんと話すから今は黙って聞け。デビルスプリンターの影響についてはまだ調査中の段階ではあるが、そいつが生物の身体に侵入すると突然変異を起こしたり、理性を失って暴走するなどもあるんだが、そういう影響についてはリョウには今のところ関係はないな。さて、今何が問題かと言われれば……アイツを構成したもの、二つの力についてだ』

 

 謎の声がベリアルという存在の事を話し終えると同時に先よりも重い声で呟き始める。声のトーンが変わったのを感じて教室内の空気もそれに釣られて重くなっていく。

 

『その二つの内の片方はお前らも対峙していたダークザギだ』

 

「ダークザギ……何でここでアイツが……?」

 

『だからまずは落ち着け。……んで、もう片方はそれと正に対になる存在、ウルトラマンノアだ。そもそも、ダークザギって奴はノアを模して作られた人工的な存在なんだ』

 

「な……あんなのが人の手で作られた存在だってのか!?」

 

 謎の声の言葉に驚愕を抑えることができなかった。不完全とは言え、魔将星の一人でアセロ=イエロになった存在をあっさり乗っ取れるような規格外の存在が人間によって作られた存在だ。驚くなという方が無理である。

 

『まあ、こことは別の世界の話だけどな。奴を作った人々も、本来はお前達も見たビーストって存在から人々を守るためにザギを生んだ。だが、度重なるビーストとの戦いの中で自我を持ち、それが膨れ上がり、いつの日か奴は自身を産んだ人間達に憎悪を向け、倒すべき筈のビーストを従え、その星──世界を滅ぼした』

 

 その話を聞いて教室内のみんなの反応が少しずつ分かれていく。人から作られた存在という部分でそれに該当する存在のことも考えれば、ビーストを従えるザギの出生に対する複雑な感情、より一層ザギをどうにかせねばと正義感を強める者もいる。

 

 謎の声は空気の変化も感じ取りながらも話すべき事は言わねばと説明を続ける。

 

『で……そんなダークザギも別の世界で色々あってウルトラマンノアが倒してくれた──って、思われてたんだが……奴は辛くも生き延び、ノアに復讐する機会をずっと待っていたんだ』

 

「じゃあ、リョウは関係ねえだろ。アイツがその二人の力が渦巻いて生まれた存在だったとしても……そいつらとは何の接点もねえだろ。何でそんなことでアイツが……っ!」

 

『……別にあの二人の力がリョウの中にあったからってだけじゃねえ。ダークザギはウルトラマンノアとの戦いの中で自分の力の一部を削られた……だからリョウの中にある自分の力を取り戻そうとした。ノアの力も同時にな』

 

「……その二人の力がリョウ君の中にあるのはわかりましたが、リョウ君の記憶がどうのという話は?」

 

『……さっきも言ったが、ウルトラマンノアとダークザギが衝突したことで互いに自身の力の一部が削られた。その力が戦いの余波によって広い宇宙の中である所に向かっていった』

 

「それがリョウ……って事か?」

 

『あぁ……。その二つの力が二人の戦ってた宇宙にある地球に向かい、一人の少年の真上から降り注いだ。それが本物の天地亮だ』

 

「さっきも言ってたが、その本物ってのはどういう意味だ? アイツをコピーみたいに言ってたが、どうやってアイツができて……しかもどうやってこっちの世界に来たってんだ?」

 

『最後まで聞け。……その二つの力が降り注いで出来たのがお前達もよく知るリョウってのはもうわかったな? そして、そうなっただけでは終わらなかった。二人の力が少年にぶつかって少年の魂──って言えばいいのか、それに触れたことにより、二つの力も一緒になって渦巻いて今のリョウという形を取った。まあ、形を取っただけでその時にはただの人形も同然……動くことは出来なかった』

 

「じゃあ、何でそれが生きて……この世界に?」

 

『こっちもまた説明がややこしいんだが……どっかの宇宙人──ああ、別世界の人間がそれに目をつけてリョウを連れ去り、悪辣な実験の中でさっき言ってたベリアルの因子……デビルスプリンターを仕込んだ事で生物的な活動が可能になった。そしてこの世界の……この特異点と言っても過言じゃねえポイント、アルザーノ魔術帝国にリョウを放り込んだ』

 

「特異点……って、どういうことだ?」

 

『どうってそりゃあ……半年もない短期間でこんだけこの星の文明レベルから見ても考えられない非常識な展開が起こりまくってるだろ。お前らの魔術に関わる事だけじゃねえ、俺達の世界の問題まで入り込んじまってんだからな』

 

 謎の声の言葉には妙な説得力があった。グレンやシスティーナが昔読み更けていた『メルガリウスの魔法使い』という物語に共通する部分が多い出来事が頻発し、更にはリョウの言ってたウルトラマン関係の事も一部入り込んで併発している。

 

 これだけでも見る人が見ればこの国……というより、この街が呪われてるのではと思う者だって少なくはないだろう。

 

『特異点の事はひとまず置いといてだ……そんな経緯があってリョウはこの世界に放り込まれた。そしていろいろあって今に至るというわけなんだが』

 

「……ちょっと待て。アイツが普通の人間じゃないって事はわかった。だが……そこまで知っていたんなら何でテメェはリョウに接触しようとしなかった? アイツ曰く、力をもらった時にちょっと幻で見た程度だって言ってたが、何でずっとそれをしなかったんだ?」

 

 そうだ。力をもらった時のいずれの状況でも難しかったかもしれないが、そうやって接触できる以上、今自分達にしているように別の機会にする事だって出来たはずだ。

 

 だが、何故謎の声やその仲間達は今までそれをしてこなかったのか。

 

『混乱を防ぐため──っていうのもあるが、最大の理由としては……アイツが引きつけるからだ』

 

「引きつける? 何をだ……?」

 

『……俺達が長い間探しても中々掴むことのできなかった数々の厄介事をだ』

 

 その言葉に教室内の全員が訝しげな眼を虚空に向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 所変わって何もない真っ暗な空間で、リョウも同じ事をベルアルから聞かされていた。

 

「俺が……誰かのコピー……か」

 

『何だ……意外と驚かねえな』

 

「俺のこの心の穴みたいなのが、それだったら妙に納得のいく話だからな。それに……どこか他人のようにしか感じられないからな……」

 

 リョウはベリアルから憶測混じりだが、自分がどこかの誰かのコピーでザギやノア、ベリアルの力によって生かされていたということに納得しながらも変わらない虚しさだけが未だに胸中を巣食っていた。

 

『フン、他人か……まあ、そう間違いでもねえな。今のお前を形作ったのはお前とは違うどっかの人間で本質的には別もんだ。俺も似たようなもんだしな』

 

「……俺、も?」

 

『ああ……今ここにいる俺もお前の知るベリアルじゃねえ。息子──ジードに別次元で倒されたという記憶はあるが、俺はお前の中にある俺の因子に刻まれた、謂わば残留思念みてえなもんだ。まあ、そこはさして重要じゃねえか。俺の因子を持ってる以上にお前は随分とんでもねえもんを押しつけられたみてえだしな』

 

「押しつけられた……?」

 

『俺の因子やノアとザギだけじゃねえ……他にもいるな。お前に力を寄越したウルトラマンが……』

 

 今のリョウは覚えてないが、確かに彼には何人ものウルトラマンがその力を与え、リョウを超人的な者へとしつつある。

 

 リョウも記憶にはないが、感覚的なものでベリアルの言ってることが的中しているのだろうと察していた。

 

『俺から見てもお前という存在は随分と不憫でならねえなぁ……お前に力を貸したのもつまりは上質な餌としての品種改良みてえなもんなんだからな』

 

「……どういうことだ?」

 

『ハッ! 当たり前だろ……ノアとザギの力だけじゃなく、俺様の力を持ってる奴に光の国の奴らがただ力を貸してくれると思ってるのか?』

 

 そう言われても覚えてないのだからどう受け答えしたものかリョウにはわからないが、ベリアルの言葉を聞いてから妙な胸騒ぎが起こっている。

 

 このまま聞けば例え空っぽの自分でも騒がずにはいられない何かを突きつけられそうで。

 

「……何が、言いたい?」

 

『そんな力を持っておいてケン──ウルトラの父がわからないわけがねえ。その上放置なんてしておくとも思えねえ。なら考えられる事は一つ……お前を生かす事で光の国が得をする事があるからだ』

 

「光の国が、得を……?」

 

『そりゃあそうだろう。光の戦士とて所詮は生命体の一つでしかねえ……出来る事は限られている。ケンの奴も戦士としては中々だし、強力な千里眼を持っている。だが、それも完璧じゃねえ……そうじゃなきゃ俺様を長い間見つけられないなんて失態は犯さねえしなぁ』

 

 顎を撫でながら愉快そうにクツクツと笑いながらベリアルは語り続ける。

 

『で……お前のことだが、それだけの力を内包しておけば光の国の奴らだけじゃねえ。あらゆる宇宙人もお前に目を向ける筈。どっちが先だかまでは知らんが、お前に人間として生きる程度の生命処置を施し、そのあとで光の国の戦士がお前を保護し、どこかの世界に放り込んだ。それから徐々に力に目覚め、更にウルトラマンが力を与えることでお前の中のそれぞれの因子が活性化を起こし、器として完成する』

 

「器、って……?」

 

『光の国にとって厄介な奴らを誘き寄せる器としてだ』

 

「……え?」

 

『お前の中にあるものはその手のものに敏感な奴らからすれば放置せずにはいられないものだ。代表的なものを挙げれば異次元人ヤプールが活動していれば即座に奪いに来るくらいにはな。いや……ケンの奴も大概ヒデエ事をするぜ。あらゆる命を守ると言ってる奴がコピーとはいえ、人間を囮にしようとはなぁ』

 

 遠くを見つめながら面白そうに話すベリアルだが、リョウの耳には後半部分がもう聞き取れないでいた。

 

 自分の事は覚えてないが、ウルトラマン関係の知識・記憶は残っている。自分の覚えてる限りでウルトラマンが自分を囮に使っているという事が受け入れられないでいた。

 

 だが、ベリアルの話を考えれば自分の覚えてる限りでも厄介と位置付ける存在もいくつか浮かび上がる。今もいるか否かはハッキリしていないものだってある。もしそれらが今も存在して片付けられずにいるとしたら? それらがバラバラになってるが故に放置されていたとしたら?

 

 もし、それらを早急に解決できる方法があったとしたら、どうするか。いかに理想を求めても完全に取りこぼさずにいられるものなどまずない。それはきっとウルトラマンとて例外じゃない。

 

 そして、今までの会話の内容から考えれば恐らく……。

 

『……まあ、これでわかったか? 要するにだ……』

 

 ベリアルは徐々にリョウとの距離を縮め、その鋭い双眸を寄せながら呟く。

 

『お前はウルトラの戦士共に、厄介者を片付けるための道具にされたって事だ』

 

 音にはなっていないはずなのに、リョウの耳には何かが軋んだような音が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけんなっ!」

 

 教室内にグレンの怒号と、机に拳を叩きつける音が響いた。

 

 そして何処にいるかもわからないまま憤怒の色に染まった眼を虚空へ向ける。

 

「要するに何だ……お前らは自分達が追ってた厄介事一気に片付けたいためにアイツを利用していたって事か?」

 

『……そういう事になるな』

 

「アイツは……アイツがお前らのことを何て言ってたと思うんだ!? 命を尊び、どんなに転んでも立ち上がって困難に向かって、どんな悪にも立ち向かえる……自分の、憧れだって……お前らは、自分達を信じた奴を裏切ってんだぞ!」

 

『……今更どう言い繕ったところであの少年を利用した事実は消えねえ。どう罵られようが、その責は背負い続ける。それでも……悪いが、俺達は止まるわけにはいかねえ。あらゆる宇宙を守るために、あれらを倒し切る……』

 

「そのために、アイツは死んだってのか……」

 

『言っておくが……リョウはまだ完全に死んだわけじゃねえぞ』

 

「……は?」

 

『ザギが奪ったのは自分とノアの力で、まだアイツの身体の中にはデビルスプリンター──ベリアル因子が残ってる。お前達には感知できないだろうが、それがリョウの身体と魂の崩壊をギリギリのところで食い止めている状態だ。いつになるかはわからないが、時間が来ればアイツは目覚めるさ』

 

 あまりにも平然に、常識外れな事を言われて教室内のみんなは呆然とした。いや、本当に死んだわけじゃないというのは普通に考えれば喜ばしいのだろうが、彼を取り巻いている状況がその感情を素直に表に出させてくれない。

 

 謎の声は溜息らしい音を溢して再び言葉を発する。

 

『さて……一応言うべき事は言っておいたぜ。俺はまだ別件を片付けないといけねえからこれで失礼するぜ』

 

「な……それだけ?」

 

「手伝ってくれたりは……」

 

 謎の声が去ることを察して何人かが縋るような声をあげた。

 

『ザギが出現したとはいえ、まだこの星の文明に関する問題だ。今のところ手を出すわけにもいかねえ。それに……奴の気配もする以上こっちも更に手を打っとかねえとな』

 

 最後の部分が聞き取れなかったが、それ以降は全く声が聞こえなくなり、一同は再び現在を取り巻いている地獄のような状況に向き合うことを強いられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、俺が現実で力を与えられたのは……ウルトラマン達が追ってた厄介者を誘い込むためだったと?」

 

『完全に俺の憶測でしかねえが……そうじゃなきゃコピーとはいえ、光の国の戦士共が人間に過剰とも言えるほど力を与えるわけがねえ』

 

 それはその通りだろう。自分の知識にあるウルトラマン以外にもウルトラ戦士はたくさんいる。名前も知らない戦士達も、ピンキリだろうが人間と比べればチートレベルとも言えるくらいの力を持っている。

 

 そんな存在の力を複数もらってる自分が異常だと言うのもわかる。それだけのものを自分に与えるのも相応の理由があってのもの。

 

 力を得るには代償が必要だと言うのも物語の上ではよく語られる話だが、自分の場合はウルトラ戦士が追ってる厄介事を引きつける性質だったと言うことか。

 

『……で? これだけのことを聞かせたんだ。さぞかしショックを受けたんじゃねえのか?』

 

 ベリアルは面白そうに言いながら何処か自分を試すような雰囲気でリョウに問いかけた。

 

 リョウは数秒程俯きながら考えてポツリと口を開く。

 

「……そうでもないかな」

 

『あん……?』

 

「そりゃあ、ウルトラマンが自分を利用してるって言われたらショックなんだけど……現実での記憶がほとんどないからか、あんまり実感がないんだよな」

 

 それが今の自分の感じる率直な感想だった。もし、現実で生きた頃の記憶があって……そっちで大事な人との思い出なんてものがあったなら違っていたかもしれないが……。

 

「けど……ウルトラマン達に憧れてるって思いだけは残ってる。知識だけでその人達の戦ってる姿はほとんど抜けちゃってるし、そもそも映像越しでしか知らないんだけど……それでも、命を助けるために必死に足掻いてる姿を一部だけでしかないとはいえ、知っちゃってるから……責めるつもりはないよ」

 

『……ふん。ウルトラ戦士共もだが、テメェも底抜けのお人好しだな。自分が利用されてると聞きながらそんなチンケな感想しか出ねぇとはな』

 

「かもね。でも、俺でもあの人達の役に立てる事があるなら……命をかけてもやってみたいって思うよ。……あ、けど現実で友達がいるなら……その人達に申し訳ないかもってのもあるか。正直……記憶がないから色々考えちゃうし、迷う。うん……色々中途半端だな」

 

『……ククッ!』

 

 ボソボソと語るリョウを見て、ベリアルが堪えきれなくなったように笑いを溢した。

 

「……何?」

 

『クハハハハハハッ! 命が大切だ、弱い者を守るだ……そんなつまらねえセリフは飽きる程聴いてはいたが……テメェは何も定まっちゃいねえ! 何かを守る気概も、何かを手に入れると言う欲も……あるのはぼんやりとした憧憬のみ。心底つまらねえ奴だ!』

 

「じゃあ、何でお前は今笑ってるの?」

 

 つまらないと言いながら面白可笑しそうに笑っていると言う矛盾にリョウは眉を潜めた。

 

『ああ、つまらねえ……だが、だからこそ面白い! 力以外ほとんど空っぽのお前がウルトラ戦士共と同じように光を目指すか、俺様に影響されて闇に染まるか、それとも……いや、何もない状態でそんなことを考えても仕方ねえ。だが、今の俺様は最高に気分がいいぜ! お前の行き着く先を、見てみたくなった!』

 

「……どういう意味?」

 

『わからねえか? 俺様が力を与えてやるって言ってるんだよ……ここから抜け出すためにな』

 

「は……?」

 

『今のテメェじゃ自力で目覚めるのは無理だ。……だが、俺様が力を与えて覚醒すれば、記憶も戻り、現実で目覚める筈だ』

 

「それは……」

 

 確かに何もない状態の今から目覚められるならそうしたい。だが、自分の知識では目の前にいる存在は闇の力を持った悪だ。今それが語っているのは正に悪魔の契約とも言えることだ。

 

 それに簡単に肯けるものではない。

 

『フン! 臆したか? まあ、そうだろうな。いくら力を貸すと言っても俺様はウルトラ戦士共とは対を成す存在。簡単にはいと言えるわけが──』

 

「わかった」

 

『──ない……ハァ?』

 

 簡単に肯けるものではない……はずだった。

 

『おい、今何つった?』

 

「わかったと言った。もうそれしか現実に戻れる手段がないなら」

 

『テメェ……わかってんのか? 俺様の扱う力は闇だ。お前の中にザギの力や俺様の因子が混じってるとはいえ、お前の扱っていたのはほとんどが光だ。そこに俺様の力を注ぎ込めば、どうなるかなど……』

 

「それでもやる」

 

 ベリアルの言葉を遮ってリョウは強く断言した。

 

「まだ何も思い出せないのにこんな簡単に選択していい問題じゃないのはわかってるつもりだよ。けど、漠然とだけど……今すぐ戻らなきゃマズイんだってよくわからない焦りが俺の中で暴れてるんだ。なら……どんなリスクがあろうと、俺は今……悪魔の手だって握って見せる。そして……」

 

 リョウは左手を差し出しながらベリアルに向けて不敵に笑いかける。

 

「そして、その上でベリアル……お前すら屈服させて、従えさせてやるよ。お前の因子やザギの力だってあるんだろ? だったら……不可能じゃないよな?」

 

『……ククッ……フハハハハハハハッ! ああ、やはり面白い! この俺様を、屈服させるだと……っ!? 俺様の因子があるとはいえ……随分と図に乗るなぁ!』

 

 ベリアルはこれまで以上の笑い声を上げながらズン、とリョウへ歩み寄った。

 

『いいぜ、やれるものならなぁ! その代わり……すぐにへばるようなら、お前の身体を乗っ取って暴れてやるぜ。散々退屈してたんだからなぁ……それくらいの見返りは頂くぜ!』

 

「いいよ……そんなこと、絶対にならないから」

 

『自惚れるなよ劣化品……残留思念とは言ったが、俺様の力……簡単に扱えると思うな』

 

 そう言いながらベリアルは右手を振り上げ、その先にある鋭利な爪に赤黒いオーラを纏いながら……それをリョウの心臓部に突き立てた。

 

「ガァ……ッ!」

 

『受け取れ、俺様の力を! 精々今の内に気張っておくんだな! 屈服させるんだろう? 俺様を! 言っておくが、手加減はしねえ……全力でテメェを乗っとるからな!』

 

 言うと同時にベリアルの姿が消え──否、リョウの中へ吸い込まれていく。

 

 リョウは爪を突き立てられた心臓部を抑えながらゴロゴロと身体を転がしながら苦しみもがく。

 

「あ……ぐ、が……っ!?」

 

『どうだ、俺様の力は? 身体に力が漲ってくるだろう?』

 

 確かにベリアルの言うとおり、正に溢れ出さんほどに力は湧いてくるが、同時に頭に耐え難い痛みが走ってくる。

 

 まるで脳内に直接太い針を刺しているようにとにかく痛い……。視界に映る景色が徐々に紅く染まっていく……。痛いのに身体は震えるどころか、軽く強く……それらを振り回したくなってくる。

 

『いいぜ……この短時間でここまで順応するとはな。やはり俺様の因子を持っているのが大きいか』

 

 リョウの身体の中でベリアルの声が木霊して聞こえてくるが、そっちに気を取られてる場合じゃない。

 

 この痛みからすぐに逃れたい……。けど、痛みから逃げれば自分という存在はその時点で消えてしまうだろう。

 

 だが……今体内で暴れてるコイツに勝てなければ、|奴に抗うことすらできない。

 

 そこまで考えて、リョウは戸惑いを感じると共に、痛みを伴って徐々に記憶が刺激され……過去の映像が脳内に浮かび上がってくる。

 

 宇宙空間で何かがぶつかった光……。青い空から何かが柱となって自分に降り注ぐ……。気づけば未知の場所で独り……。自分を心配そうに見る子供の眼……。自分を襲ってくる人間達の猛攻……。人から離れた外観の怪物達……。

 

 次から次へと切り替わる映像とそれを見たと同時に走る身体中の痛み……。

 

「あ……グゥ……ッ!」

 

『どうした? 俺様を屈服させるんじゃなかったのか? このまま一思いに乗っ取ってやってもいいんだぜぇ?』

 

「はぐ……っ!」

 

 消し潰される……っ! 視界が全て紅一色に染まる中でそんな考えが浮かんだ。

 

 唯一見える黒も消えていく中で、それよりも小さい別の色が映った。

 

『────』

 

 自分と中にいる存在以外誰もいない筈の中、優しい声音が耳朶に響いた。

 

「ぐ……うぅ……っ!」

 

『ん? コイツ……』

 

「この……負けて、たまるかぁ……っ!」

 

『く……クハハハハハッ! やはり面白いっ! いいぜ……お前が何処まで耐えられるのか、楽しみになってきたなぁ!』

 

「う……ぐ、があああぁぁぁぁぁっ!」

 

 暗闇の中、視界が紅く染まり、身体中に耐え難い苦痛を走らせながらリョウの叫びが響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 また、現実では既に夜中……。学院中の人間が寝静まっている中、リョウの無くなった筈の右腕の部分から赤黒い閃光が走っているのを見る者は誰もいなかった。

 

 


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