ロクでもない魔術に光あれ   作:やのくちひろし

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ゼットが終わってからレス続きで何にも手が付かない日々が続いて今日まで遅れて、ごめんなさい。

遂にトリガーのPVが公開されました。一言申してカッコよかったです。夏までとてつもなく待ち遠しい……ついでにコロナ終息してイベントに行けるようになってほしいです。


第43話

 《炎の船》がフェジテの上空へ顕現してから数日の期間が空き、いつもなら夜明けを知らせる鐘の音もこの日ばかりは完全に静まっていた。

 

 それ以外にも本来なら多少人の往来はあろう時間にも関わらず、今のフェジテの内側は人通りがない。《炎の船》が上空に顕われ、街全体が正体不明の結界によって出入りを封じられた中、残された住民達は街に点在している地下避難施設へと移ったからだ。もっとも、《炎の船》の攻撃能力を思えば、そんな避難行動に意味があるとは思えないのは軍人や魔術師達の共通の思いだった。

 

 そんな中、表に姿を現しているのはこの街の顔と言っていいこの国を代表する魔術教育施設の一つ、アルザーノ魔術学院の人間だけだ。

 

 《炎の船》が顕われた日から急遽この街を守るための道具を拵え、申し訳程度だが軍術を教え込まれ、今できる限りの準備を整え、来たるべき時のために指示された区域で待機していた。

 

 待機していた面々が人生初と言っていいほどに重苦しい空気に触れ、隠しきれない震えに包まれる中、刻一刻とその時は近づいていた。

 

 太陽がその全貌を現したと同時に《炎の船》は動き出し、その主砲をアルザーノ魔術学院に向け、今では紅く染まった上空よりも更に濃い紅をその中心に集め、それがやがて太陽を思わせる白熱した光球を学院に向けて放った。

 

 それは一度地に着けば街一つなど瞬きする間に塵へと還ってしまうほどの威力を持ったもの。普通であれば学院や街、人々の消滅は免れないものだった。だが、その砲撃は学院を覆う光の壁によって阻まれていた。

 

 その光の壁は《炎の船》が顕われる直前、学院を襲撃したラザールが所持していた防具、《力天使の盾》を解析したハーレイがその防具に施された術式を提供し、結界魔術に精通しているクリストフやその方面において優秀な生徒の協力のおかげで劣化版ではあるが、《メギドの火》を防ぎ得るレベルの結界の用意に成功した。

 

 その強固さと結界そのものの美しさがまるで希望の光のように見えた学院の面々の歓喜の声も束の間、主砲を防がれたと見た《炎の船》が今度はレンガのようなものを無数に落とし、それがみるみる形を変えて様々な形のゴーレムが生まれ出てきた。

 

「始まった、な……」

 

 その光景を学院から北へ離れた《迷いの森》で眺めていたグレンがボソリと呟いた。

 

 《迷いの森》で待機していたグレン、システィーナ、ルミア、リィエル、セリカの五人は学院に集まっている一同が《炎の船》の攻撃を集中させてる間に突貫して潜入しようという作戦を実行しようとしていた。

 

 そのため、セリカは奇妙な紋様の描かれた地面の中心で座禅を組み、自身にも特異な紋様を施して静かに呼吸を繰り返していた。

 

 作戦の実行を感じると静かに溜め込んで身体に巡らせていたマナを活性化させ、詠唱をする。すると、セリカの身体がボコリ、メキメキと……およそ人間の身体から出すとは思えない程の音を発生させながらその姿がみるみる変わっていく。

 

 数分もすると、そこには人間としての面影が微塵もなく、代わりに小山程の巨軀と黄金の鱗で覆われた竜の姿があった。

 

「……いや、[セルフ・ポリモルフ]でドラゴンに変身とか、マジでなんでもありだなおい……」

 

 その変わりようを見たグレンは感心半分呆れ半分の表情で嘆息混じりに呟いた。

 

 そのままドラゴンへと変身したセリカに促されるままグレン達はセリカ・ドラゴンの背中へと乗り、人間の飛行魔術とは比較にならない程の速度で上空へと舞い上がった。

 

 《炎の船》に辿り着くまでにも空中に放り出されたゴーレムの飛行型が行手を阻んだが、地上組にいたアルベルトの超遠距離援護もあって無事──とは言い難いが、どうにか船内まで辿り着くことができた一同。

 

 だが、飛行中の度重なる襲撃で軽くない傷と疲労を負ったセリカはその場において行かざるを得ない事になり、セリカを除いたグレン達は奥へと進んで行く。

 

 その途中で何故かフェジテの裏でグレンとシスティーナを囮にして裏で《メギドの炎》の解呪を進めてから姿を見せなかったジャティスが()()()()()()()()()()()()で絶命した状態で倒れていたのを見つつも、それに構うことなく一同は奥へと目指して進む。

 

 まるで異世界のような雰囲気を醸し出す宇宙を思わせる暗闇と煌めきに伸びる()()()()()()がグレン一同に警戒心を抱かせる。

 

「えっと……ここ、《炎の船》の中なんだよな? 物語じゃ、船内はとにかく空間が歪んでて普通の人間が進む事は出来ないっていう……」

 

「……その、筈なんですが……不気味なまでに一直線に続いていますね」

 

「多分アセロ=イエロ──いや、ザギが敢えて俺達を自分の元へ誘導するように仕向けてるんだろうが……いくらなんでも舐められすぎでいっそ笑えるぞ。まあ、まだ見てねえがルミアが歪んだ空間をどうにかするっていう力を温存出来るんならそれに越したことはねえんだが……」

 

 あまりにも簡単すぎるルートに不安しかないが、現状あれこれ考えて止まってても埒が開かないので一同は先に足を進めて難しい事は途中まで先送りにすることとなった。

 

「えっと……こんな時になんだが、『メルガリウスの魔法使い』物語じゃ確か……主人公一行が《炎の船》に殴り込みに入ったところは覚えてんだが……その後どうなったっけ? いや、こんな時に御伽噺に頼ろうなんざおかしい気もするんだが……」

 

「い、いえ……丁度私も同じこと考えてたので。えっと……確か、《鉄騎剛将》アセロ=イエロは《炎の船》の内部空間を自由に操って仲間達をバラバラにするんですが……」

 

「今のあいつは《鉄騎剛将》じゃなく、ダークザギ……なんてよくわからん存在に成り代わってんだもんな。ここまで来ちゃうと、もうあの御伽噺も役立たずになっちまうな」

 

 まあ、元々御伽噺に頼る方がどうかしてんだけどなと、グレンは溜息混じりに呟いて自身の所持している武器を今一度確認する。

 

 コートの内側に仕込んだ数々の小道具や魔道具……右腰には過去に愛用していた魔銃《ペネトレイター》。そして、ポケットの内側には昨夜のうちに作成したとっておきの弾丸が複数。

 

「……っ!」

 

 とっておきの弾丸に触れる度に過去のトラウマが引き起こされる。これを作るキッカケになったのが自身の自覚もないまま抱いた殺意によるものだったのだから。

 

 だが、昨夜はシスティーナが傍で手を引っ張ってくれたからある程度とはいえ、過去と向き合えるようになれた。まだ完全ではないとはいえ、受け入れる覚悟はできたのでいつでも装填できるように一番取りやすい部分に弾丸のケースを移す。

 

 グレンは改めて深呼吸して眼前の通路を見据え、歩を進めるよう促す。

 

 だが、グレン達が歩み始めると同時に通路の向こうからユラユラと、不気味な影が多数近づいてきた。

 

「……いや、いくら簡単な通路だからと言って進めば敵が現れる──みたいな展開は想定してたんだけどさ……」

 

「あれ……みんなゴーレムじゃなくて、リョウが言ってた……」

 

「ああ、スペース・ビーストってやつだ……くそ、消耗戦はなるたけ避けたいとこなんだが……」

 

 グレンは舌打ちしながら銃を構え直す。これが現在進行形で学院を襲ってるゴーレムと同類だったらリィエルの力押しが上手く疲労を分散させてくれるだろうが、スペース・ビーストはリョウから聞くところ、とんでもない再生能力も有しているということなので下手をすればダークザギとの距離が詰められなくなる可能性がある。

 

 学院の防衛戦を維持出来る時間にも限りがある以上、出来るだけ早くこの戦いを終わらせなければいけないのにこの状況……控えめに言っても絶体絶命である。

 

 ここからどうしようかと思考が焦りに支配されそうになると、ルミアがゆっくりとグレン達の前へ躍り出る。

 

「お、おい!ルミアッ!?」

 

「大丈夫です。どのみち、ここから先へ進むためには私のこの力が必要でしたから」

 

 グレンの静止も聞かず、穏やかな笑みを浮かべたルミアが振り向きざまに言うと、スペース・ビーストへ向き直って右手で何かを掴むような動作をすると、その手に光が収束し、銀色の鍵の形をしたものが握られた。

 

「──《銀の鍵》よっ! 私の求めに応えてっ!」

 

 ルミアが鍵を眼前に突き出し、くるりと回すと同時にスペース・ビーストの進行方向の空間が突然捩れ、ブラックホールのように飲み込んでは消えていった。

 

 あまりの突然性にグレン達は一瞬何が起こったか理解できなかった。それを察したのか、ルミアが振り向いて銀色の鍵を見せながらぽつりと語る。

 

「《銀の鍵》……ナムルスさんが、一日だけ、この力を扱えるようにしてくれたんです」

 

 言われてふと思い出したが、色は違えど先日ダークザギと相対していた時にナムルスが握っていた《黄金の鍵》と非常に形が似ていた。

 

「ナムルスさんが言うには、これは私の力であり、私自身でもあるんだとか。これの使い方はわかりますが、今はそれ以上のことは分かりません。この力がなんなのか、私が一体何者なのかはわかりませんが……私は、この力を奮います。こんな私を受け入れてくれた……みんなのためにも、この命に代えても!」

 

「……っ!」

 

 グレンはルミアの言葉と雰囲気に力強さを感じる反面、妙な胸騒ぎを覚えた。

 

「ルミア……」

 

「……リィエル?」

 

「その力……これ以上、使っちゃ駄目。なんか……よくない感じが、する。もっと……自分を、大事にして」

 

「…………」

 

「だから……私がやるっ! いいいいぃぃぃぃやあああぁぁぁぁ!」

 

「お、おいリィエル!? 無茶すんな! 斬って倒し切れる相手じゃねえ!」

 

 スペース・ビーストは細胞一つでも残っていればすぐとは言わないが、際限なく復活する。剣のみでは肉片を残らずに片付けるのは厳しい。

 

「白猫っ! リィエルが斬ってすぐに追撃! 前を速攻で片付けて後ろを対処だ!」

 

「はいっ!」

 

 グレンが指揮を下し、リィエルとシスティーナの攻守と援護の切り替えを迅速に行い、スペースビーストを蹴散らしていく。

 

「よし、次行く──」

 

 グレンが再び指示を送ろうとして途中で詰まる。ルミアが突然、けれどゆっくりと前へと躍り出た。

 

「ルミア!? バカ、何を──」

 

 グレンが止めようとしたが、ルミアは『銀の鍵』を突き出し、くるりと回すと先と同様、ブラックホールのような空間の穴へと吸い込まれて消えた。

 

「何やってんだルミアッ! その力は無闇に使うな! いや、お前が間違うとかそう考えてるわけじゃねえんだが……リィエルの言う通り、そいつはなんかこう……とにかくヤバイ類いのもんだ。こいつらは俺達でどうにかする。もっと俺達を信頼しろ。お前だけがそんな人外の力持ってるからって、何でもかんでも背負うもんじゃねえ」

 

 グレンの叱りつけるような言葉にルミアが驚く。いや、驚くと言うよりも疑問の色が濃い。なぜグレンが怒ってるのかが理解できないでいた。

 

「……いえ、駄目です。あれらはこの力でしか完全に消滅させることはできません。先生達だけでは退けても存在全てを抹消なんてできないでしょう?」

 

「そ、それは……」

 

「それに……力を持ってたのはリョウ君だって同じなんです。本当はこの世界の人間じゃないのに、理由もわからずに生まれて……力を与えられて……それでもみんなを守るために戦ってくれたんですよ。私なんかを守るために、命まで懸けて……」

 

「…………」

 

「でも……ようやく、守られるだけの私にもやれることが出来たのが嬉しいんです。今度は私もみんなを守れるようになれるんだって。もし、次に彼が目覚めた時に、安心させられるようになるために……私は戦います」

 

「おま……」

 

 グレンはこうなるまで放置して自分のことばかりに苦悶していた自分を呪った。今のルミアは何かが完璧に壊れてしまっている。

 

 そりゃあそうだろう。同年代に比べて大人びてるとはいえ、ただでさえ訳もわからない力を与えられ、クラスメート以外の何割かの人間からは責められ、目の前で友人──いや、大事な人間を失いかけたんだ。

 

 グレンも自身の大切な人間を殺され、長期間虚な日々を送るほど精神が壊れかけたが……ルミアの場合は過去の経験から自身を後回しにする傾向が強かったが、今回の件でそれが強まってしまった。

 

 こうなってしまっては誰も彼女を止められないだろう。こんな事ならリィエルだけでなく、システィーナも彼女のメンタルケア要員として傍に回してやるべきだったか。

 

 自分の武器の製作時に協力してくれた事と、彼女が傍にいるときの居心地の良さに浸ってルミアのことを意識から外してしまった自分を殴りたい気分だった。

 

「先生……もう時間が」

 

 システィーナもルミアの異常を理解できるだろう。だが、ここでそれを問答している場合でもないのもその通りだ。

 

 今はシスティーナの言う通り、歩を進めることを優先すべきだ。相変わらずルミアの精神の異常さや『銀の鍵』の不気味さは気になるが、少しでも早くダークザギの元へ辿り着くためには彼女の力が必要だ。

 

 今はそう割り切って進むしかない。そう意気込んでからは本当に早かった。

 

 何度かスペース・ビーストの波が押し寄せては来たものの、リィエルが持ち前の体力と腕力から放たれる剣風によって押し止められ、そこからシスティーナが突風で押し返し、固まったところをルミアが『銀の鍵』の力で空間の穴の彼方へ追いやる。

 

 そんな必殺のコンボみたいな流れを繰り返すとようやく星空のような暗い通路を抜け出し、反楕円形の広い空間にでた。

 

 周囲の壁にはこれまた星空のような色の中にいくつか星座を線でなぞったような幾何学模様が並び、その奥にそれらとは打って変わって異質な、そこだけ別空間になってるようにまるでアルファベットのYの字の紅い模様が浮かび、その下には例の漆黒の鎧を纏った存在が玉座のような椅子に鎮座していた。

 

『……本当にノコノコと現れたか、虫ケラ共』

 

 目の前の存在は自分達を今口にした通り、虫ケラが通り掛かった程度にしか認識してないような、無機質な声音だった。

 

 自分達との意識の差に恐怖と怒りの混じった感情を発するが、それとは別領域で冷静に、無闇に動かずに相対する。

 

「よう……王様気取りで高見の見物か? 他人から横取りしたもので随分好き勝手してくれるじゃねえか」

 

 グレンがダークザギに向けて挑発の言葉を投げかけるが、それを鼻で笑って一蹴してダークザギが語り始める。

 

「程度の低い挑発だな。俺は偶々落ちていた玩具を拾ったに過ぎん。そこにちょうどいい餌が舞い込んで来たから予定を早めてこうして表立ってやっただけだ。おかげで俺の復活が思った以上に早まりそうだ」

 

 自分の腕を開閉しながら自身の状態を再確認するように撫で回す。その動作に自分達の存在が心底どうでも良さそうな言動も相まってグレンの苛立ちがより強まった。

 

「玩具? 餌? テメェ……人をなんだと思ってやがんだっ!」

 

『無論、全てが俺の……道具だ』

 

 ダークザギが右腕を上へ掲げると、紅黒い稲妻が走り、波状となってグレン達に襲いかかる。

 

 刹那の間にリィエルが前へ躍り出て大剣を盾のように構え、紅黒い稲妻を防ぐ。

 

 それも一瞬で閃光を弾いたかと思えばダークザギが既にリィエルの眼前に迫り、右腕を叩きつける。剣でガードしようにも間に合わず、更には人間離れしたリィエルの身体が軽々と飛ばされて壁に叩きつけられる。

 

 グレンが壁に叩きつけられた音でようやくダークザギの存在に気づき、銃を向けるが再びその姿がブレ、グレンの身体が宙に舞った。

 

 遅れて身体に衝撃を感じた。速い……そして力もとんでもなかった。

 

『フン……手加減してるとはいえ、思ったように力が出ないな』

 

 ザギが右腕を振りながら呟く。動きの止まってるうちにシスティーナが黒魔《エア・ブレード》でザギを風の刃で切り刻む。

 

 だが、ザギの身体には傷一つつかなかった。

 

『……ふぅ』

 

 ザギがシスティーナを認識すると、右腕に紅黒い稲妻が走り、それを放射する。稲妻がシスティーナの足元で爆発を起こし、その身体を吹き飛ばす。

 

「やめてっ!」

 

 ルミアが《銀の鍵》を構え、カチリと回すとザギの背後に空間の穴が開いた。空間に干渉し、対象を異次元の彼方へ追いやる事が可能だが、今回は相手が悪かった。

 

『ヴアアアァァァァッ!』

 

 ザギの叫びが空間が揺らぎ、ルミアが空けた穴が消失した。

 

「そ、そんな……」

 

 ようやくみんなを守るための力を手に出来たと思ったのに、目の前の存在にはそれすら全く通用していない。

 

 この世界の人間は知らないが、ザギのモデルとも言える存在であるウルトラマンノアは宇宙から別宇宙へ、空間を飛び越える能力を有している。ノアを模して造られたとはいえ、何処まで能力を再現できてるかは不明だが、空間に干渉できる能力があるのは間違いないだろう。

 

 したがって、ルミアの《銀の鍵》の能力はザギに対して効果は見込めない。

 

『ふっ……奴がいなければ所詮この程度か』

 

 ザギはグレン達を嘲笑うように見下ろした。グレン達の心に共通して浮かんだのは純粋な恐怖だった。

 

 戦闘を始めてから三十秒と経っていないのに向こうは無傷、こちらは一発もらっただけでとんでもないダメージを負ってしまった。グレンの知る限り、誰よりも頑丈なリィエルですらただの一発でフラフラ状態だった。

 

『フフフフ……もう気付いてるだろ? 貴様らでは俺には勝てないと』

 

「ぐ……うっせえんだよ。まだ始まったばかりだろ……」

 

『強がるな、俺に感情を隠せるなどと思うな。貴様らの心の内に恐怖が渦巻いてるのはわかっている。貴様らではどう足掻こうが、俺に傷一つ付けることすらできない』

 

 グレン達も痛感はしていた。ザギに乗っ取られる以前のアセロ=イエロと成ったラザールもオリハルコン製の武器を捨てて身一つで戦った時は今以上の戦力を持ってしてもその身体に傷も付かなかった。

 

 リョウがウルトラマンの力を使ってようやく傷が出来たと思ったところで突如ザギとなり、唯一一矢報いた戦力も無くなってしまった。

 

 自分達では──と言うより、そもそも人間では目の前の存在に傷を付けるのは最早不可能に近いほど厳しいだろう。

 

『……地上もそろそろ頃合いといったところか。いい具合に展開が進んでいるな』

 

 ザギが玉座の傍にあったモノリスへ向けて手をかざすと、そこから紅黒い電光が放たれ、無駄に卓越した制御能力でモノリスを操作する。すると、グレン達の頭上に映像が投影された。

 

「テメ……戦ってる最中に呑気に地上の観戦か?」

 

『フン……お前達が来ようがどうか、戦うか否かなどさして関係ない。どんな選択をしようと、その先にあるのは恐怖と絶望……それだけなのだからな』

 

「どう言う意味だコラ……」

 

『わからんか? 以前言った筈だ。お前らが前に目にしたスペース・ビーストは紛い物であり、幼体だと。あんな不完全なものでない、本物を俺は操れると』

 

「な……まさか、お前……」

 

『ようやく気づいたか。そうだ……俺がわざわざこんな玩具でお前達の相手をしたのはただの戯れ。お前達が縋り付いている希望とやらを、完全に破壊するためだ。もう前座は十分だろう……そろそろ送りつけてもいい頃合いだろう』

 

 ザギが頭上に投影された地上を写す映像に向けて手を翳すと、途端に地上で状況が激変し始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「い、いやあああぁぁぁぁぁ!」

 

「に、逃げろっ! もう、駄目だっ!」

 

「いやだ! 嫌だヤダヤダヤダッ!」

 

「来るなあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 地上でアルザーノ魔術学院を守っていた生徒達が突然変わった戦況を前に、我先にと逃げ出すもので溢れていた。

 

「そん、な……」

 

「ざけんじゃねえぞ……ここに来て、こんな化け物がまだ残ってたのかよ……」

 

 西館を護っていたリゼとジャイルが目の前の存在に運動している時以上の脂汗を滲ませていた。

 

 士気は高かった。いかに常識ばなれした状況でも自身らの元にある手札、自分達を導く教師達の実力、采配、切り札の存在……限られたものだとしてもそれらは生徒達を奮い立たせるには十分だった筈だ。目の前の存在が降り立つまでは……。

 

 負傷者が出ても後方支援に努める存在のおかげで疲労が溜まっても高い戦意を維持していたところに突然上空に黒い穴が空いたかと思えば、そこから五十メイル程はあろう巨大なナメクジのような怪物が大きな振動を伴って落ちてきた。スペース・ビーストの一種であるペドレオン・グロース──以前舞踏会で起こった騒動で戦った存在の巨大版だ。

 

 等身大程度でも一体一体がとてつもない再生能力を持った厄介な存在だと言うのに、それが五十メトラ級の存在となれば一体だけでも現代の魔術師達に対抗できる術はないに等しい。

 

 ペドレオンは進行上にある民家を破壊しながら学院に向けて接近してくる。時折、身体から何本もの触手を伸ばして逃げ惑う生徒達を捕縛し、捕食すべくその大きな口の中へと運ぼうとする。

 

 だが、それはリゼの的確な判断のもと、自らの魔術と近くにいた生徒のサポートにより触手を破壊して助かった生徒はジャイルの[フィジカル・ブースト]で強化された身体能力で素早く回収され、後退させる。

 

 他の場所でも同じような事が起こっており、状況は最早最悪の一言だった。新たに現れたベドレオンの所為で攻撃が一気に激減したどころか、下手に生徒を前線に立たせればそれを狙ってペドレオンが触手を伸ばして捕食しようとする。

 

 今はどうにかリゼのような判断力のある人間が支持したり、アルベルトやハーレイのような腕の立つ魔術師が救出するから死者こそ出ていないが、このままでは十分も経たずに戦線は崩壊してしまうだろう。いや、既に戦線は半壊も同然だ。

 

 それだけでなく、《炎の船》からは巨大なゴーレムも投下され、状況は混乱を極めていた。

 

 そしてそれは前線のみならず、[メギドの火]を防ぐための結界を維持するグループからも離脱者が出てきていた。

 

「……結果維持率、40%を……下回ってしまったか……」

 

 それぞれの区画で展開される結界の制御を務めていたクリストフが結界の状態を見るや、自分達の敗北を悟ってしまった。

 

 この戦いは結界の維持の限界ラインである四割を切るまで戦線を維持し、結界が崩壊する前にダークザギを倒すという計画だった。

 

 だが、最初こそ数はあれど実力は学生の集まりだろうと優秀な魔術師達の指揮によってどうにか希望は持てた。

 

 だが、突如として現れた巨大な生物とゴーレム……最初は戦力を小出しにして希望を持たせ、ここぞの時に一気に絶望のどん底へと突き落とす。そういう計画だったのだろう。

 

 以前、リョウから聞いた話を思い出した。スペース・ビーストは人間の恐怖を餌としていると言うことを。恐らく、最初の戦力の小出しは家畜に餌を与えて肥え太らせるように敢えて虚像の希望をちらつかせ、最も恐怖が際立つように仕向けられたのだろう。

 

「まったく……今回の敵はいつになく悪質ですね……」

 

 クリストフは悔しさを滲ませながら最早意味のなくなった結界を解除しようと術式を動き出そうとした。

 

 

 

 

 

 

 

「あ……あぁ……」

 

「そん、な……」

 

 目の前に見せられた学院の状況を前にルミアとシスティーナは呆然と膝を着いていた。

 

『フハハハハハハッ! どうだ……ありもしない希望を夢見て、その果てに着いて初めて知る絶望は? 恐怖は? 怒りは?』

 

「て、めぇ……っ!」

 

『余興もここまでだ。この玩具であの建物とその内部にいる人間供を消し飛ばせばもっと恐怖を搾り取れるだろう』

 

「やめてえぇぇぇ!」

 

 ルミアが《銀の鍵》を振るって空間の穴を作り出すが、ザギは微動だにしなかった。それどころか、空間の穴はさっきよりも規模が小さくなっていた。

 

「ど、どうして……なんでさっきよりも、力が……」

 

「ルミア……貴女、背中……」

 

「へ……っ!?」

 

 ルミアの背には本来人にはないはずの蝶の羽根のようなものが──ナムルスと同質のものが生えていた。

 

「ルミア……お前……」

 

『……フン。《お前》もか』

 

 ルミアの異形の羽根を見てザギがどこか感傷的な雰囲気を感じた。だが、それも一瞬のことだった。

 

『まあいい……お前達の希望とやらはこれで終わりだ』

 

 ザギが指を鳴らすとモノリスから閃光が走り、あらゆる箇所で光が点滅すると《炎の船》全体に振動が走った。

 

「こ、これって……」

 

「[メギドの火]……?」

 

『あの妙な結界も効力をほとんど失っている。最早これを妨げるものはない』

 

「や、やめてええぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

 ルミアの叫びもザギには届かず、軽く手を挙げると投影されてる映像が白一色に染まった。

 

「あ、あぁ……ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 それを見たルミアが精神崩壊しかねないほどの悲痛な叫びを上げた。

 

 グレンもシスティーナも、リィエルも……自分達の手が届かなかった事にうちひがれていた。

 

『フフフフ……思い知ったか? 所詮人間など、俺やスペース・ビーストの餌、道具でしかない。そんな奴らが俺を倒せるとでも思ったか?』

 

「ぐ……この……」

 

 グレンは悔しげに拳を震わせるが、身体に力が入らなかった。いや、もう立ち上がる気力も失ってしまったのか。そんな絶望に支配されたグレン達を見下ろすザギはツカツカと、右腕に紅黒い閃光を奔らせながら近づいてくる。

 

『残ったのはお前達だけだ。最期に精々俺の完全復活に役立ってもらうぞ』

 

 ザギがグレンに向かって腕を振りかぶった。

 

「いや、先生……」

 

「グ、グレン……」

 

「…………」

 

『終わりだ』

 

 ザギがグレンへ腕を振り下ろし、その手が触れんとする瞬間、グレンは遂に終わるのかと目を閉じた。

 

 だが、いつまで経っても来る筈の衝撃は来ず、おかしいと思い眼を開けると、ザギは自分とは別方向に目を向けて停止していた。

 

『……バ、バカな……どういうことだ?』

 

 ザギの様子がおかしいと同時にグレン達は視線を再び映像の方へ向けた。そこには結界が輝きを取り戻し、学院が護られてる姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「維持率43%……。な、なんとかギリギリ……踏みとどまりました……」

 

 クリストフは制御用の術式に突然魔力が集まり出したところに、慌てて解呪しようとした魔力を再び制御に回した。

 

 突如として舞い込んできた状況に咄嗟の反応で処理したが、状況が少しだけ戻ったと判断するとその眼を敷地内全域へと送る。

 

 眼下にはあらゆる箇所に設けた魔力供給用の術式に魔力を送る生徒がいた。だが、それは予め役目を受けた者でなく、戦闘意思がないと避難させていた放棄組だった。

 

「な……お前ら、何で……?」

 

「放棄組のお前達が今更何故前線に……?」

 

 突然現れた離脱者の存在にロッドとカイが戸惑いながら声をかけた。それに放棄組の一人、一組のクライスとエナが複雑な表情で答える。

 

「怖くて何にもせずに惨めな思いはもうたくさんだとか……色々あるけど……」

 

「放っておきたくなかったのよ……あの娘を……」

 

「……えっ?」

 

「彼女は……ルミアは、悪様な言葉を投げかけるしかできなかった俺達なんかのために、命を捧げる覚悟で闘って……」

 

「私達は、あの娘に何もしてやれてなかったのに……それでも、私達まで救おうと必死になって……」

 

「しかも……あんな悲しそうな顔でっ!」

 

「あの娘は……以前までみんなが言ってた天使でも、聖人でも、狂人でもない!ただ、ちょっと普通じゃない力を持っただけの女の子よ!」

 

「そんな娘に全部を押し付けて、これから先知らんぷりしてのうのうと生きるなんて、情けなさすぎて死んでもゴメンだっ!」

 

「だから……もう今更遅いかもしれないけど……死ぬかもしれないけど、私達も闘うわ!」

 

 彼らの覚悟の灯った眼を見て、ロッドとカイ、敗走しようとしていた生徒達も釣られて覚悟を再燃させる。

 

「よっしゃあっ! そうと決まればやってやるかっ!」

 

「ああ! [メギドの火]で焼き尽くされようが、巨人に潰されそうが、ナメクジに喰われようが、死ぬ時は同じだ!」

 

「最後までとことん足掻いてやろうじゃねえか! なあ、みんなっ!」

 

「「「おうっ!」」」

 

 そんなみんなの立ち上がる姿が、炎の船の内部に届いてるのを知ってるのかどうか、指揮が高まると同時に生徒皆が声高らかに上空へ叫びながら戦線を駆けていく。

 

「ルミアアアアアァァァッ! 負けるなあああああぁぁぁぁっ!」

 

「学院の事は心配するなああああぁぁぁぁぁっ!」

 

「俺達だって弱くはないんだっ!」

 

「君が何者かなんて関係ないっ! 異能者っ! ハッ! 変態男爵や天災教授に比べれば可愛いもんだ!」

 

「またみんなで一緒に学院に通いましょうっ!」

 

 炎の船の内部の映像にはその姿は届いても音は響かない。だが、その声は理屈抜きで炎の船の内部にいるルミアにまで届いていた。

 

 

 

 

 

 

「みん、な……」

 

『な、ぜ……何故だ?何故人間供は絶望しないっ!? 力の差など比べるべくもない! 今更立ったところで状況など覆ることなどない! 何故絶望しない! そうやって惨めな足掻きを続けるっ! 何故恐怖と絶望に身を委ねないっ!』

 

 ザギが苛立たしく声を荒げ、忌々しげに映像を睨んでいた。

 

「……へっ。自分の思い通りにならねえからって八つ当たりしてんじゃねえよ、神様気取りが……」

 

『なに……?』

 

 グレンがフラフラと立ち上がりながらその眼に強い光を宿しながらザギを見据える。

 

「そりゃあ……お前に比べたら俺達人間一人一人は取るに足らねえ。お前の言う通り、虫ケラに等しいのかもしれねえな。けどな……」

 

 立ち上がったとはいえ、ダメージの抜け切らない、震えた手で握る銃を持ち上げながらそれでも強さと希望を感じる見た目に反した印象を醸し出しながら堂々と続ける。

 

「人間なんてな……自分の意思一つでいくらでも立ち上がれる。どんな困難だろうが、希望を抱き続ける! 誰かを助けようとする! でもって、その姿と声さえありゃあ俺達は強くなれる! 前へ進める!」

 

『ぐぅ……っ!?』

 

グレンから感じる言い知れない迫力に、ザギは思わず一歩退いてしまう。

 

「ルミアッ! 聞こえたよな!? まさか、これ見た後でも自分一人でどうにかするだなんて言わねえよな!?」

 

「いい、の……? 私は……みんなのところにいて……?」

 

「当たり前でしょう! 貴女がいない学院生活なんて嫌よ! それに、こんなロクでなしの教師の相手で疲れる毎日の癒しがなくなるとか嫌よ!」

 

「おま、この場で普通そんなこと言うかっ!?」

 

「うん……私も、ルミアにはいて欲しい……っ! ルミアいないと……いちごタルト、みんなが取っちゃう……」

 

「お前はお前でもう少し栄養に気を遣えっ!」

 

 何だかついさっきまで、というか現在進行形で命懸けの戦いをしてるとは思えないやり取りだが、希望を与えるという方針から出る言葉よりむしろこの方がらしい気もしてきたのでこのまま続ける事にした。

 

「で? どうなんだ!? お前の本心は! 命に代えてもまだ戦いたいのか!?」

 

「……ゃ……」

 

「なんだ……聞こえねえぞ!」

 

「嫌だっ! そんなの……死にたくない、別れたくない……みんなと一緒にいられなくなるなんて嫌っ! 先生とも、システィとも、リィエルとも……リョウ君とっ! 帰りたいよぉ……みんなと一緒に、大好きな学院で、みんなと一緒にいたいっ!」

 

「へっ! ようやく我が儘言ってくれたなっ!」

 

『この……いつまで下らん言い合いをしているつもりだぁ!』

 

 お互い大声で話し合っているところにいい加減ウンザリしたのか、ザギが再び声を荒げて横槍を入れる。

 

「ダァ、うっせえな! こっちはようやく頑固な生徒の考え改められるかもっつうのによ……まあ、個人指導に関しちゃテメェをぶっ倒した後でいくらでも出来るか」

 

『倒す……? 虫ケラが……俺を倒すだと? そんな事ができると思ってるのか?』

 

「ハッ! やってみなけりゃわかんねえな! いつまでも虫ケラだなんだと舐めてっとすぐにおっ死んじまうかもしんねえぜ?」

 

『この……そんなに死にたいなら、お望み通りにしてやろうかっ!』

 

 ザギが両手に闇の力を収束させ、右拳を左手首に叩き込み、紅黒い本流──ザギ・ライトニングを照射した。

 

 速い……。油断したつもりはなかったが、エネルギーが集まり、それを発射するまでのタイムラグが思った以上に短かった。

 

 防御魔術を発動しようとしても間に合わないし、ルミアの空間を操る力もザギには通用しない。

 

 そう思った時、ルミアは咄嗟なのか最初からそのつもりだったのか、《銀の鍵》へ向けて声を発する。

 

「お願い……来て、──っ!」

 

 ルミアの声を聞くと同時に《銀の鍵》が粒子になって消え、代わりにグレンとザギの光線の間に光の柱が突如出現した。

 

『グゥッ!? ヴアアァァァッ!?』

 

 突然現れた光の柱に光線を弾かれ、そこから放たれた衝撃波に足腰にロクに力を入れなかったザギは吹き飛んだ。

 

 光はどんどん弱まり、その中心に存在する姿が徐々に鮮明になっていく。数秒もして完全に晴れると同時に見えた姿にグレン達は目を丸くした。

 

「はぁ……ようやく抜け出せたと思ったら、もう最初からクライマックスな状況の最中とか……正直、もう少し慣らしたい気もするけど……しょうがないか」

 

 その存在は声を発し、振り向きざまにグレン達へ声をかける。

 

「で? ちょっと遅刻しちゃいましたけど……まだ出席できますか、先生?」

 

 グレン達の前に現れた、リョウ=アマチが……()()を差し出しながら言った。

 

 


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