ロクでもない魔術に光あれ 作:やのくちひろし
第47話
この街を大きな災厄が襲い、まだあちこちに傷跡を残すも徐々に生活を取り戻そうとしている中、俺達学院の者達に突如緊急集会するという報せが入った。
まだ復興作業途中の者達もちらほらいる中、突然の報せ。早く終わって欲しいと言ったり、さっさとテスト勉強に専念したいという者もいる。
俺達もその試験途中なため、突然の報せに暫しのテストから逃れられる時間にホッとしていいのか、また勉強漬け地獄が延びるのかと溜息つけばいいのか複雑だった。
「それにしても、突然どうしたんだろうな? まあ、テストから一時的にでも逃げられるだけホッとしたけどさ」
「同感……とはいえ、なんか重大発表とか言ってたけど。何なんだろうな?」
「あんな事件からまだ間もないしな……もしかして、テスト中止!? もしくは休校か!? どうせもうすぐ長期休暇だしさ!」
「カッシュ……」
カッシュの言葉に俺も若干ウキウキするとセシルが呆れた声を発する。
「でも……本当にどうしたんだろうね? 気のせいか、先生達も浮かない顔してるし」
セシルに言われて周囲を見回すと、確かに突然の集会の所為なのか、妙にソワソワしてるような慌ただしい空気も感じる。
耳を澄ませてみればこの集会は教師達にとっても突然だったらしいのと、何故か今朝からリック学院長の姿が見えないというのが聞こえた。
そこまで聞くとこの集会にどうにも嫌な予感しかしない。
そこまで考えるとようやく状況が動き出した。予告も何もなく、本来学院長が躍り出るはずの壇上に見知らぬ初老の男が立った。
「……なあ、俺ほとんどの教師の顔すらうろ覚えなんだけど、あんな人いた?」
「いや、俺も知らねえぞ。セシルは?」
「僕も……というか、何で学院長じゃなくてあの人が壇上に?」
その疑問はほとんどの者達が感じてるようで、あちこちから動揺の声が上がっている。
「諸君、静粛にしたまえ」
壇上に立った初老の男が声を上げると周囲の声も収まり、ようやく男の言葉に耳を貸すようになった。
「本日から、このマキシム=ティラーノがこの学院の学院長である。皆、心するように」
何の前触れもなく突然とんでもないことを言い出した。
『『『……はああああぁぁぁぁぁっ!?』』』
当然生徒……どころか、教師達すら大声をあげて驚いた。
その動揺は荒波のようにあちこちで様々な憶測の言葉が飛び交ってもはやあの男が何者かなど気にしている場合ではなかった。
「黙りたまえっ!」
マキシムが声を荒げるとみんな口を閉じ、ようやくかと言ったふうに溜息をつき、話を続ける。
だが、その内容は聞けば聞くとほど苛立たしいものでしかなかった。以前の大事件が起こったのはこの学院の者達が無能だからだとか今の国を堕落させてるだとか、自分が学院長だったらそもそもあんな事件を起こさせなかったとか。
ついこの間までこの学院にいない、どころか気にもしていなかっただろう奴に言われて周囲の者達も苛立ちを隠せず、ギリッと歯軋りする音までもが聞こえてきた。
更に今の学院のカリキュラムが国のニーズに合っておらず、以後のことを考えて戦闘に直結しなそうな授業を全て廃止し、戦闘訓練の大幅強化を徹底するなどといったもはや暴挙としか言いようのないものだった。
もちろん、これには法医師であるセシリア先生や生徒会長のリズ先輩も抗議するが、マキシムは二人の声にも全く耳を貸さず、尚も戦闘に直結しない授業が無駄かという全くありがたくもない説明を続けるばかりだ。
他の教師陣もお互い足の引っ張り合いのような状況だし、このままではマジで地球で起きてた世界大戦のような末期的な状況へと陥る未来しか見えない。そう思った時だった。
「おい、待てやコラアアァァァァッ!」
そこに声をあげ、横槍を入れたのは他の誰でもない、グレン先生だった。
「あ、あれは……」
「グレン先生っ!」
「俺達の……」
「魔術講師っ!」
「グレン先生……っ!」
「グレン先生──っ!」
突然の絶望的な横暴に膝を付くばかりだった生徒達の前に希望の光が差し込むかのように登場したグレン先生に見事な流れで生徒達が声をあげる。というか、何かで見たような光景だなコレ。
「テメェが何処の誰かなんざ知らねえが、俺達の学院で好き勝手してんじゃねえぞ、このハゲがああぁぁぁぁ!」
『『『うおおおぉぉぉぉぉぉっ!!』』』
グレン先生の堂々とした喧嘩発言に生徒達が歓喜の声をあげた。ていうか、よく見たら先生の動きがどうもおかしい。それに言葉の雰囲気と表情が噛み合ってない。
あまりに無表情でどこか人形っぽい感じがする……。
「ハァ〜? より効率的で優れた人材を輩出〜? そのための仕分け〜? はっ、バッカバカしいぜ! テメエのアホ改革じゃあ、むしろ余計なゴミが輩出されるのがオチだぜ! 果てにはお前、帝国をゴミ溜めにした罪やら何やらで首切りの刑に処されるだろうさ、だーっはっはっは!」
俺の疑問も他所に次々と飛ぶ罵倒の嵐にマキシムも怒りを露わにしながらも口を挟む隙がなかった。
「ともかく、俺はテメェなんか学院長だとは認めねえ! いや、俺だけじゃねえ……断言してやるぜ! この学院の誰も、テメェを学院長だなんて認めねえ! わかったらさっさと帰ってママンのおっぱいでも啜ってやがれ、このハゲっ!」
『『『うおおおおぉぉぉぉぉ!!』』』
グレン先生の次々出る暴言に頼もしさを覚えた生徒達がますます歓喜し、更にはマキシムに対する闘志もより燃え上がっていく。
「なあ学院長(笑)サンよ〜、ここは魔術師らしく決闘で白黒つけようじゃねえか! テメェのアホ改革に餓鬼共を任せられるか、テメェに任せるくらいなら俺一人で全部受け持ったほうがよっぽどマシだわ!」
『『『グレン先生、超かっけえぇぇぇぇぇ!』』』
更にはいつぞやの、給料三ヶ月分を賭けた時のように決闘まで吹っかけた。
その光景に生徒達の興奮は留まるところを知らない。
マキシムは尚も権力を振りかざしてグレン先生を止めようとするが、突如グレン先生が身体をピクリと跳ねさせたと思ったらジリジリとマキシムに詰め寄って行き……頭を掴んだと思ったら何かがズルりと取れた。
手にしていたのは髪の毛……というか、カツラだった。どうやらグレン先生の適当な罵倒ではなく、正真正銘のハゲをカツラで隠していたようだった。
『『『ギャハハハハハハハハッ!?』』』
突然舞い降りてきた光景にさっきとは打って変わって生徒達の笑い声が講堂全域に響き渡る。
周囲の目も気にならないほどの面白い光景に膝を崩して床を叩いたり、腹を抱えて床を転がったり、更には教師も笑ってしまう始末(約一名自分の頭を摩って心配そうな表情を浮かべたが)。
「き、貴様ぁ……!? 問題教師だというのは聞いていたが、ここまでとは……よくも恥をかかせてくれたな、グレン=レーダスゥゥゥゥゥゥ!」
「ほぉ〜? だったらどうするってんだ?」
羞恥に塗れた表情でグレン先生を睨むも、挑発的な言葉に口を噤み、周囲を見渡す。
権力を振りかざして脅そうにもそんなのは最早無意味なくらい場はまさにグレン先生の独壇場だ。身分の高い教師や生徒が反抗しようと、女王陛下の命だか自身の権力を持ってどうこうできたかもしれないが、それは相手が少数の場合だ。
半数を越えようと出来なくはないかもしれないが、今この場はグレン先生の啖呵のおかげでマキシムが共通の敵ということで満場一致している。いかに権力者だろうと個人でねじ伏せられる領域をとっくに超えている。
それを理解したのか、震える身体を精一杯抑え込んで冷静な表情を取り繕う。
「ふっ、いいだろう。そこまでいうならこの学院の行く末、その決闘でつけようじゃないか」
「ほぉ〜? で、どうする? 今から俺とガチバトルでも行くか?」
「バカめ、低脳な猿が。この学院の行く末を決めるのが目的というならば……我らの一騎打ちよりももっと相応しい、教師としての指導力で競おうではないか」
これまたいつぞやの魔導棋戦みたいな方式の決闘だった。
そして決闘の舞台は『裏学院』というところで行おうというものだった。
よくわからない単語が出たが、どうやらかつてのアリシア三世が秘密裏に作った場所らしく、そこに辿り着くための鍵がないために半ば永久封印とされた場所らしい。
だが、それを自分は見つけたということで改革の際、そこを授業の場とする予定だったようだ。
「内容は『生存戦』。私の模範クラスと、君の指導したクラスを競わせる。日時は……前期試験が終わる二週間後としよう。もし君が勝てば、君の態度を不問とし、改革案も取り下げよう。だが、私が勝てば……君には辞職してもらう」
とにかくその場所で自身の担当している生徒達を戦わせ、どちらかの陣を全滅させた方の勝ちとするらしい。
そしてグレン先生の首がかかったことでその場一体に緊張感が走り、みんなが固唾を飲んで見守る中、突如壇上が煙に包まれた。
何かを壊すような、踏みつけるような、粉々に割れるような音がして何事かと煙の中をよく見たら一つの影が地団駄を踏んでるような光景が見えた。
そして煙が晴れると肩で息をしていたグレン先生とその足元には何かの金属の破片のようなものが散らばっていた。
あぁ〜……どうりでさっきから表情が硬すぎると思ってたら、さっきまでのグレン先生は偽物だったんだな。そんで、なんかのはずみで独断行動じみた動きをしたから本物が大慌てで壊したと。
事の真相を理解して呆れたが、まあ結局本物でも同じ行動をしただろう。競技戦の時の前科があるんだし。
それからグレン先生も場を見渡して覚悟を決めたのか……。
「いいぜ。俺のクビ……お前らに預けた!」
そう言って左手の手袋を外してマキシムの顔面目掛けて放り投げる。
その光景に一部が吹き出し、すぐさまグレン先生の行動に歓喜の声をあげ、みんなの士気も鰻のぼりとなった。ただし、本人は内心冷や汗たっぷりだろうが。
毎回思うんだけど、グレン先生ってなんでこう……教師生命のかかった事態が舞い込み易いんだろうな。
集会からしばらくして教室ではもちろん、俺達がこれから戦おうとするマキシム率いる模範生徒との決闘についての話だ。
ただ、グレン先生の横には思いも寄らない人物が同伴していた。
「と、いうわけでお前ら……クソ忌々しいが、来期からこの学院で開講される事が決まっちまった『軍事教練』の戦術教官講師として帝国軍より出向してきたイヴだ」
「帝国軍、帝国宮廷魔導士団第八魔導兵団所属、イヴ=ディストーレ従騎士長よ。来期から『軍事教練』を担当させていただくわ」
なんとリィエルやアルベルトさんのいる特務分室の室長のイヴさんだ。ただ、以前聞いたのとは所属も階級も、家名も違ってるが。
その上舞踏会で会った時とは雰囲気が違いすぎて一瞬同一人物とは思えなかった。
「「「うぉおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」」
ただ、そんな疑問も男子共の雄叫びじみた歓声によって頭の隅に追いやられてしまったが。
「ウッヒョー! どんなゴリラが来るかと思えば、滅茶苦茶美人じゃねえか!」
「物憂げでアンニュイな雰囲気と表情が、いいよなぁ!」
「酸いも甘いも噛みしめた大人の女性って感じ……」
「だが待て! 相手は美人でも軍人なんだぞ!」
「醜く罵倒されたり、血反吐はくまで扱かれたり……」
「「「美人だからそれはそれで興奮するので良しだっ!」」」
リィエルの転入の時もだが、このクラスの男子達は美少女、もしくは美人だったらなんでもいいのかい。
「グレン……このクラス……」
「諦めろ。いつもこんなだ……」
イヴはジト目で男子達とグレン先生を見やって、視線を向けられたグレン先生はポン、と肩を叩いて溜息混じりにボヤく。
まあ、相手が美人じゃどんな態度を取られても男子共にはご褒美として受け取られるのでグレン先生のいう通り、もう諦めて流すしかないと思う。
「ちょっと、男子っ! イヴさんに変な目を向けるのはやめてくださいまし!」
「そうですよ! イヴさんは私達の恩人なのですから!」
興奮冷めやらぬ男子達を叱ったのはウェンディとテレサだった。
恩人って何のだと思ったが、その疑問を察したルミアが説明してくれたところ、どうやら俺が死んでる間に起こった事のようで……グレン先生達が『炎の船』に乗るこむ作戦の最中、学院にも大量の魔導兵器が投下されて各方面で生徒教師一丸となって対処していたようだ。
そしてイヴさんは南の方で生徒達を身を挺して守っていたという。当初のイメージが残ってるから意外に感じたが、みんなも見ていたようなので事実なのだろう。だが、イヴさんは誇ったり自慢するどころか、むしろ悲痛な表情を浮かべていた。
「な、何よその目は? 勘違いしないことね。あの時は、無能な私には……それしか出来なかっただけよ」
台詞を聞けばツンデレかとツッコんでいただろうが、本当に当初の高圧的なイメージからかけ離れて少し会わない間に一体何があったのか。
まあ、みんなは謙虚な風に捉えてるから今は何も聞かないでおくけど。
照れくさいのか、これ以上嫌な事を思い出したくないのか、一回咳払いすると真面目な表情になって教室全体を見回しながら本題に入る。
「さて、そろそろ目の前の問題に戻すわよ。今回の『生存戦』なんだけど……はっきり言って、今の貴方達じゃマキシム率いる模範生には絶対に勝てないわ」
イヴさんの断言するような物言いにクラスメート達は言葉を失った。
「今の貴方達の顔を見ればわかるわ。明らかに勝機のない戦いをしようって言うのに、緊張感が足りていない。どうせ大変そうでもどうにかなると楽観視してるのね。先の戦いを生き残った自負? 頼れるグレン先生がいる? 断言するわ。貴方達は完全に自惚れている。そんなザマじゃマキシムの模範生の相手にすらならないわ」
イヴさんの厳しい言葉の数々にさっきまでとは打って変わって教室内は静まり返っていた。
「でも、だから私がここにいるのよ。決闘は前期試験の終わる二週間後だったわね。グレンはその間徹底的に鍛えようとしていたみたいだけど、グレン一人じゃどうしたって貴方達全員の面倒を見るなんて無理よ。だから……教官として私が力を貸してあげるわ。感謝しなさい」
イヴさんの厳しい言葉に打ちのめされながらもみんなは真剣に耳を傾ける。
「今日から貴方達は泊まり込みで強化合宿をさせるわ。寝る間も惜しんで死ぬ気で訓練すれば、まあ、あるいはね……もっとも、嫌なら──」
「「「イヴ先生っ! どうか、よろしくお願いします!」」」
イヴさんが突き放すような物言いをするだろうところでみんなが遮って頭を下げながら教導を願い出た。
「ほ、本当になんなのこの子達……」
みんなの態度が予想外なのか、何度も思ったが以前のような高圧的な物言いがまるで通じない状況に完全に調子を崩されてるようだ。
「な? 勝たせたくなっちまうだろ?」
「知らないわよ……まあ、随分物好きだとは思うけど」
「それはともかく……その、あんがとな」
グレン先生がそっぽを向きながらぽそりと、イヴさんに礼を言った。
「は? 何よ、貴方が礼なんて」
「正直……助かるんだよ。俺一人じゃ厳しいのは事実だったかんな。なんでか知らねえが、お前が協力してくれるのはこっちとしてはマジでありがてえ。お前のことは嫌いだが、人員の采配とか指導力を知ってる身だからお前がこいつらを見てくれれば可能性は出てくるから……まあ、一応な」
「……ふん、勘違いしないで。これは貴方のためなんかじゃない。私は飽くまで私自身のためにやってるだけよ。私は今だって貴方のこと大嫌いだし」
「はぁっ!? それはこっちだってそうだわ! そもそもこっちはお前のこと何一つ許しちゃいねえわ!」
「あっそ。それで構わないわ。馴れ合ってるなんて思われたくないし、改めてお互いの立場を再確認しただけだしね」
「てんめぇ……! マジで可愛くねえな! だから行き遅れるんだろうが!」
「余計なお世話よ! 大体、私はまだ十九よ!」
あ、あの人まだ成人してなかったのね……などと、どうでもいい事を考えてしまった。
「いいや、断言するね! 顔はいいが、性格ブスなお前はぜってえ行き遅れるな!」
「そっちこそ、顔はまあまあだけど根っからのグータラに良い出会いがあるなんてとても思えないわよ!」
「あ? やんのか、コラ!」
「何よ!?」
……って、珍しく仲良さげな会話してると思ったら急に喧嘩始まったし。いや、これはこれで喧嘩するほど仲がいいを体現してるような光景だな。
どう見ても犬猿の仲極まりない見た目なのにいっそ清々しいものを感じるし。現にシスティが巨大な何かを前にしたように震えているし。ルミアも励ましの言葉を送ってるし。
まあ、ともかくこの二人を止めないとな。このままじゃ延々と口喧嘩しそうだし。
「あの、二人共……そろそろ訓練のこととか話し合ってもらわないと──」
「「もうロクな魔術も使えねえ(ない)巨人オタクは黙ってろ(て)!」」
「テメェら、そこに直れやっ! ウルトラマンの力その身に浴びせてやらぁ!」
「リョウ君まで何やってるの!?」
二人揃って腹立つ言葉を投げられたので強硬手段で止めようとしたが、逆にルミアに止められ、本題に戻るのに数十分浪する羽目になった。
「じゃ、適当な子と一対一で軽くやってみなさい。内容はよくあるサブストルールでね」
イヴさ──いや、イヴ先生の指示に従ってみんなが適当な組み合わせて簡易的な魔術決闘を始めていった。
あれから強化合宿のための簡単な予定の取り決めと手続きを済ませて学生会館へ赴いた。
ここは部活みたいなグループ活動とか勉強のためにもよく使われてるようだし、周囲のスペースもかなりあるからこういう強化合宿のためにはもってこいだろう。
さて、練習の様子だが……うん、みんないい線いってるんだろうなくらいには思うんだけど、それに対して……。
「《雷》、《雷》、《水泉》、《震電》っ!」
俺はリィエルと組んでやってるんだが、俺の使える魔術では全く掠りもしない。
「リィエルにもそろそろまともな魔術攻撃の手段を教えようとも思ったけど、あんたもあんたで手段が乏しすぎるわね」
「まあ、元々使う魔術の系統が少なかったのもあるんだが、この前の一件から更に限定されちまったからな。まあ、元々発想力は悪くねえから使い方のレパートリーを考えてやればいけなくはねえだろうな」
俺とリィエルの魔術戦闘を見てイヴ先生が片手で頭を抱え、グレン先生も苦笑いでコメントしていた。いや、出来の悪い生徒で申し訳ない……。
ちょっと疲れ始めたところで一旦休憩にしてもらってみんなの魔術戦を見てるが、やっぱり仕方ないとはいえ取れる手段が多いってのは羨ましいものだ。
まあ、純粋な魔術戦じゃなくルール無用の戦闘なら俺やリィエルに軍配上がるけど。
ただ、グレン先生とイヴ先生の様子はお世辞にも明るいものとは言えなかった。イヴ先生は明らかにこのままじゃ駄目だと辛口で、グレン先生もそれに何も反論できていなかった。
いい加減どこら辺がダメなんだと聞きたいところに突然の乱入者が現れた。
「ちぃ〜っす!」
なんとも軽薄そうな声の聞こえた方を見ると、同じ制服を着た集団が歩み寄ってくる。
見た目的に同年代だと思うけど、誰一人これまで見たことのない顔だった。
恐らく、マキシムが言ってた模範生なんだろうが。
「なあ、先生……ちと提案なんすけど、練習手伝ってあげましょうか?」
「……どういう意味だ?」
「そのまんまの意味っすよ。連中をいっちょもんでやろうと思って。ほら、俺ら模範生っしょ? こっちの生徒達の模範になってやろうって」
模範生の一人(ザックという名前らしい)がつまりは練習試合をしようと提案を持ちかけ、これまた模範生の一人のメイベルという少女がぶっちゃけ『生存戦』が面倒くさそうでここらで実力を見せておけば決闘が流れるのかと言ってきた。
まあ、控え目に言っても完全に舐められてるだろう。だが、グレン先生はその提案を取り下げようとするもイヴ先生が速攻で頷いた。
それから計二十回の個人戦をサブストルールでやるという事になったわけだが、初戦が俺だった。しかも、身体能力アップはしないという条件付きで。まあ、それ自体は別に構わなかった。素の力だけでも軍人並みに動けるし。
身体能力だけでも使えばこいつらに負けることは無くなるし。ただ……。
「おい、あの金髪巨乳の子可愛くね?」
「いや、あの銀髪の子もいけるだろ。ぜってぇチョロそうだし」
「おま……あの金髪巨乳が眼中にないとか男としてどうなんだ?」
「俺としてはあの青髪の子も捨てがたいけどな」
こっちのことそっちのけで関係のない無駄話ばかりしてるし。それと、一部の奴この決闘関係なしに後でしばくか?
「それじゃあ両者共準備はいいかしら? じゃあ、始め」
イヴ先生が淡々と審判をして決闘が開幕すると同時に俺も軽めの魔術から動き始める。
「《雷》」
俺が[ショック・ボルト]を開幕早々撃つと、わかってると言わんばかりに身体の角度を軽く変えるだけで回避した。
まあ、真正面の攻撃じゃこんなものかと流しながら次の一手を打つことにする。
「《水泉》……《震電》」
「ん? うおっ!?」
対戦相手は水をぶっかけるだけの魔術を使ったことを怪訝な目で見るが、続いて地面から迸る閃光を慌てて回避して若干バランスを崩した。
ここで好機だと見た俺が前へ飛び出すとそれを見た対戦相手がニヤリと顔を歪めた。
魔術を使う前に肌がピリつく感覚が走り、慌てて急ブレーキをかけると俺の一歩前のところで炎が燃え上がった。
あのまま踏み込めば魔術罠で即敗北だった。危なかったと安堵するもほんの一瞬で、炎の壁の向こうから続け様に紫電の閃光、白い凍気、炎の矢が飛来してくる。
それらは全部身一つで躱すが、連続して放たれる魔術のコンボに中々反撃できずに防戦一方だった。
「く……《龍尾》っ!」
このままじゃマズイと思って[テイル・シュトローム]を略式詠唱して一気に決めよう。ダメでも大きく態勢を崩しやすいと思って選択した魔術だが……。
「《光の障壁よ》……《虚空に叫べ・残響為るは・風霊の咆哮》」
俺の[テイル・シュトローム]は[フォース・シールド]で防がれ、今度は[スタン・ボール]を唱えて来た。
あれは五感の強化されてる俺からすれば下手な攻性呪文より強力なものだ。俺は咄嗟に目と耳を塞いで五感の不能を逃れるが、次の瞬間には身体に衝撃が走って地面に腰を着いてしまった。
「これで終わりだろ、雑魚」
一瞬遅れて自分が敗北を喫したことを理解した。自分の身体が若干痺れてるのを感じると、多分さっきの[スタン・ボール]で俺が目と耳を塞いだ隙に[ショック・ボルト]を唱えて当ててきたんだろう。
多少の魔術じゃ怪我なんてしないとたかを括ってルールの事を度外視してしまった。
「おいおい、弱えなコイツ!」
「ていうかお前、最初ちょっと押されてなかったか、そんな雑魚に!」
「は? んなわけあるか。ちょっと遊んだだけだろ」
敗北した俺を指しながら模範生の奴らは大笑いしていた。正直腹立たしいが、実際負けたので俺は何も言わずに下がるしかなかった。
クラスのみんなは信じられないと言った様子で慰めたり敵は取ると言ってくれたが、さっきの決闘の事を考えると正直勝てる見込みはないのかと思い始めてしまった。
その予感は的中したようで、所々いい勝負をしてくれる奴もいたが、それは嬲られてるだけ。あのシスティすらメイベルというとんでもない実力の少女に敗北してしまった。
誰一人勝てなかったという事実にクラスメート達は完全に意気消沈してしまった。
俺自身も敗北してどう声をかけたものかと思い悩んだが、これだけでは終わってくれなかった。
「や、やめてくださいまし!」
「な、いいだろ!? な!?な!?」
何事かと振り向くとウェンディが模範生に絡まれていた。それを見たテレサが慌てて間に入って止めたが、模範生は我先にと嫌らしい笑みを浮かべながら次々と女子達に詰め寄っていく。
カッシュが我慢できないと割ってはいるが、もう一度決闘するかと言われて押し黙ってしまう。
流石に我慢が効かなくなったので今度はルール無用の俺なりのやり方で物理的に黙らせようかと思ったが、意外なところから待ったがかかった。
「はいはい、そこまでにしなさい。試合の協力には感謝するけど、今は私達の管轄の時間なの。そういうのは決闘が終わってからにしなさい」
「あ?」
「ほら、さっさと解散なさい。これ以上の勝手は流石に許せないから」
イヴ先生に止められた模範生が苛立った表情をしたら、内々で見合った後すぐに嘲笑を浮かべてイヴ先生に向き直る。
「えっと、イヴ先生でしたっけ?」
「……何かしら?」
「ひょっとして先生、俺らのこと舐めてます?」
「確か、イヴ=イグナイト……今は母方の旧姓のディストーレを名乗ってるんでしたっけ?」
「先の闘いで負傷して、左腕の魔術能力を喪失してるんすよね?」
「それでイグナイト家から勘当……百騎長から従騎士長にまで降格……ぷっ!」
模範生が嘲るように言ったのはイヴさんの、謂わば失態の内容だった。
『炎の船』の出現前後の事は知らなかったが、どうやらその中で自らの魔術能力を喪失してしまうほどの出来事があったとのこと。
その事実はクラス全体が騒然とするほどのものだった。だが、当の本人は何故か真顔のままだし、グレン先生をみやると呆れ果てたと言わんばかりにため息を吐いている。
「グレン、あの人達バカなの?」
「お前が言うな──と言いたいところだが、こればかりはな……察してやれ」
「……へぇ〜、貴方達……そう言うこと?」
クラスメート達が心配そうな顔をする空気の中、静かに……けれど全体に波のように冷え冷えとした声が響いた。
見ると、イヴ先生がスタスタと模範生に向かって歩み出した。その背中を見てなんとなくだがもうこの後の展開を察してしまった。
そしてその後はあまり語りたくはない。簡単に言えばイヴ先生が模範生を蹂躙したと言うことくらいだ。
あの人の魔術戦は見たことないし、多分能力を喪失したと言っても現時点の半分にも満たないくらいの手加減だったんだろうが、もう見るも無惨だった。
《ショック・ボルト》のみというハンデを付けてあれだけの動きと戦略、場の動かしかた……色々圧倒的だった。
模範生を一通り〆て、全く誇ることもなく淡々と戻ってくる姿を見てもう感心していいやら恐るべきやら、なんとも言えなかった。
「で? ……どうだったかしら?」
主語を抜かして突然俺達に質問を投げかけて、みんなさっきの模範生の蹂躙した姿を口々に述べたが、イヴ先生は否定して自分じゃなく俺達の模範生に対する認識を聞いてきた。
もちろん、それだってみんな自分達と実力がかけ離れてるというが、俺としてはそう言うのとは違うと感じた。
タイガ達と特訓していた身だからわかる本当の闘い方の差というか、そういう違和感のようなもの……。
「そう……で? リョウ、貴方はどうかしら? 多分、なんとなくだけど連中と自分達の違い、わかってるんじゃない?」
イヴ先生は俺の感じてることをお見通しのようで俺に振ってきた。それに釣られてみんなの視線も集中する。
「あぁ〜……本当になんとなくですけど、俺達と模範生……多分能力的な部分はそんなに違いはない……というか、ぶっちゃけシスティとかギイブルの方が強いと思ったくらいです」
「は? 何を言ってるんだ、君は……さっきの戦闘をもう忘れたのか!?」
ギイブルが憤りの表情を浮かべて詰め寄ってくるが、そう言われてもそう感じたのだから仕方ない。
「忘れられるか……それに、俺が最初に負けてからみんなの戦闘を外から見てようやくわかったことなんだから。ついでに逆に聞くけど、向こうは何かみんなの知らない戦法でも使ってたわけ?」
「それは……いや、待てよ?」
俺の疑問にギイブルは先程の自分の戦闘場面を思い出し、みんなもそれぞれ自分の敗北した最後の一手を思い出していく。
「俺もそうだけど、みんな最後の一手が妙に呆気ないと思ったから自分の実力が低いと見てるようだけど、模範生……別に何か特別なことはしてなかったよ。俺の場合は五感を奪われないように必死だったから思考を止めた隙にトドメ刺されたけど、それ以外にも魔術の繋げ方……コンボとか使う魔術の選択、それらが矢継ぎ早に出されたから色々遅れちゃって後は知っての通り……まあ、要約すると後手に回り続けたからってところか」
「そういうこと。連中が強く見えたのは貴方達と比べてカードを切る速度……次の一手を決める判断速度、カード内容の良し悪し、その点で負けちゃったのよ」
俺の説明を補足するようにイヴ先生が再び説明に入る。
「マキシムが率いる模範生達はそうやって戦闘におけるカードの使い方、切り方を徹底して鍛えられたから魔術戦をスムーズに、自身に有利になるような流れに持っていける。それに対して貴方達はグレンから様々な魔術の術式や内容、成り立ちなど……手札を増やし続ける作業を徹底してた。けど、手札を把握するやり方ばかりの貴方達とカードを切る速度を優先した模範生……その違いが今回の試合の結果よ。そりゃあ自分の手札の切り方を知らなければ後手に回るしかなくなるわね」
イヴ先生の説明にみんなは悲痛な顔を浮かべるだけだった。なるほど、そうなれば後のことは簡単だ。
「なるほど、つまり……向こうはもうほとんど強くはなれないということですね?」
「ほとんどというか、もうとっくに頭打ちと言ってもいいくらいよ。このままマキシムの下で支持してる限りね」
「「「……え?」」」
俺とイヴ先生の言葉にみんなが目を点にした。
「何惚けてるのよ……。さっきも言ったけど、貴方達は今までグレンから手札を増やす作業ばかりだから自身の手札内容を把握するのに手一杯で切り方まで手が回らなかっただけ。それに対して模範生達は戦闘関係のことばかりで大した土台なんてない……けど、貴方達はグレンの指導のおかげできちんとした土台はできてるの。後はその上にどれだけ積むか……向こうと違って貴方達はずっと伸び代があるわ」
イヴ先生の言葉に実感が持てないのか、まだ怪訝な表情は消えなかった。
「グレンに感謝することね、貴方達。魔術師って、土台に物を積む作業は比較的簡単だけど、逆に土台作りにはかなりの時間と手間がかかるの。おまけにその最中は全く伸びてる感覚が沸かないから継続的に行うのはかなり苦痛なの。ま、今まではグレンだけだったから無理だけど、今は私もいるわ。土台に物を積む作業を私が担って、生存戦までの期間……みっちり稽古つけてあげるわ。既に土台はできてるんだから、二週間もすれば見違えるほどに伸びるわよ」
イヴ先生からの言葉にみんなはしばし呆然としたが、誰が号令をかけたわけでもないのに互いに視線を交差したのち、全員が揃って頭を下げた。
『『『よろしくお願いします!』』』
突然頭を下げられたことに困惑する間にみんながわちゃわちゃとイヴ先生に詰め寄って指導を願うが、鬱陶しいのか照れくさいのか、みんなを手で払って疲れたように息を上げる。
「よう」
「今度は何? 自分の生徒に余計な事をするなって文句でも?」
「違ぇよ、全部お前の言う通りなんだよ……。実際、俺だけの指導じゃもうあいつらを伸ばすには限界だったんだ。思った以上に優秀な奴揃いでな……俺がもう少しくらい魔術の腕あったらよかったのにって、最近ちょっと申し訳なかったんだ」
「……そう」
「だから、その……マジで助かる。一応、礼を言っておくわ……サンキューな」
「……ふん」
グレン先生の礼にもイヴ先生はそっぽを向くばかりだった。
俺自身、最初の邂逅からあまりいいイメージがなかったから今のイヴ先生には戸惑うが、こうしてみると室長としてのイヴ先生は案外、ずっと無理をしていたのかもしれない。
それが『炎の船』の一件なのか、別の要因なのか遂に限界を超えて今に至るのか……。室長としての彼女をほとんど知らないから想像もできない。
逆にグレン先生は室長時代のイヴ先生を知ってるし、二人の間に大きな確執があるのか互いに毛嫌いする態度を取っているが、事情を聞けばどうにかなるのか……なんて、深入りしていいものかと悩むが、しばらくは時間に任せるしかないかもしれない。
「にしてもお前……本当にあのイヴか?」
「……は?」
突然グレン先生が変なことを言い始め、終いには誰かの変装かとイヴ先生の身体をペタペタと触り始め、両頬をぐに〜っと伸ばしたところで彼女の起こした爆炎で吹き飛ぶ。
うん、これは百パーセントグレン先生が悪い……。
そしてまた子供みたいな喧嘩を始めて……はぁ、この二人の確執以前にこの相性の悪さから何とかすべきかと、そしてこの先ちゃんと訓練できるのかと若干の不安も抱いてしまった。