ロクでもない魔術に光あれ   作:やのくちひろし

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第49話

「で、何なのこのポジションは?」

 

「え、いえ……特に何でもないですよ?」

 

「あはは……はい、意味はないです」

 

 深夜まで勉強とみんなの訓練調整、そしてちょっとしたハプニングと説教で結構時間を食ったが、ようやく夜食と決まったかと思えば現在の配置。

 

 テーブルの一辺にはイヴ先生、それをシスティとルミアで挟み、その対面側にはリィエル。

 

 そしてその斜めにいくよう俺とグレン先生という配置……。この配置で意図がないなんてのはないだろうに。

 

 イヴ先生も女子メンバーの意図を察してるのか、呆れて溜息を吐く。

 

「あのね、なんかまだ誤解があるみたいだけど……さっきのは事故よ?」

 

「そうそう……イヴ先生が転んだところに俺がいただけで──」

 

「あ、リョウ君は黙ってて?」

 

「……はい」

 

「いや、もう少し頑張れよ」

 

 俺の弁明も一瞬にしてルミアに両断されて項垂れるとグレン先生から突っ込まれた。無茶言わないでくださいよ……誰もが見惚れるはずの笑顔なのに俺に向けられる圧がとんでもないんですよ。

 

 イヴ先生も頭を抱えながらどうにか誤解を解こうとしてるが、システィは苦しい言い訳みたいなこと言うわ、ルミアは笑顔を貼り付けたまま牽制みたいなことしてるし。

 

 俺達はリィエルが用意してくれた苺タルトサンドイッチを黙々と食すのみだった。

 

 いや、パンに苺タルトを挟むって……普通に苺とクリームを挟むんじゃダメなのかよ。相変わらずのリィエルの苺タルトに対する愛に感心するやら呆れるやら。

 

 そうして何ともいえない夜食を進めてるとグレン先生が何か気になったのかまだ片付いてない場所探ると奇妙なメモ書きを拾い上げた。

 

「……何だこりゃ?」

 

「グレン先生……?」

 

「いや、こいつ……」

 

 グレン先生が拾ったメモ書きを見てみるとそれはグリグリと闇雲に力を込めて書き殴ったような、文字がぐちゃぐちゃで読みづらい上に所々は文字にすらなってないほどめちゃくちゃな文章だったが、辛うじて読める範囲をまとめると……。

 

 まず、俺達が『生存戦』を行う舞台である『裏学院』は罠で足を踏み入れるなと言うこと。その中では決して火を使うな。最後にアリシア三世に気をつけろ。

 

 この三つの要素は読み取れたが、その意図がまるで掴めない。

 

 今まで見つからなかったという『裏学院』の鍵が急にポッと出てきたこと自体が異常なのは多少は理解しているが、それが何者かが意図してマキシムに拾わせたとなれば何かの罠だろうと言うことはわかる。

 

 だが、誰がそれを知って……どうしてこんな回りくどいやり方で、しかもほとんど文章にもなってないような置き手紙を寄越したのか。

 

 何とも薄気味悪い話だ……。

 

 だが、一度決定してしまってる事を今更覆すのは難しいし、そもそもこんなものをあの勘違いジジイに見せたところで悪戯と一蹴されるのがオチだろう。

 

 グレン先生もさっきとは別の意味で顔色を悪くしながらもいまだシスティやルミアと談話していたイヴ先生にメモ書きを突きつけて何か相談していた。

 

 『生存戦』も間近だと言うのに何とも言えない不安が胸中に渦巻くのだった。

 

 

 

 

 

 

 あの奇妙な置き手紙の不安もあったものの訓練を怠るわけにもいかず、やることはやり、その上で備えをしてようやく『生存戦』当日となった。

 

 学院の裏庭では二組のみんなとマキシム率いる模範生が集まっていた。

 

 片や真剣な顔つきで模範生を見やる二組と怠惰と慢心に塗れた模範生……。対照的な集団の前でグレン先生とマキシムが火花を散らしていた。

 

 ……かと思えばイヴ先生の姿を見つけると明から様なナンパを始めてるし。まあ、軽く一蹴されてるけど。

 

「いい年したハゲ親父がナンパしてても見苦しいだけだろうが……」

 

『『『ぶっ!』』』

 

 思わずと言ってしまった一言が聞こえたのか、二組のみんなは吹き出し、張本人のマキシムには睨まれた。

 

「き、貴様……学院長に向ける口ではないんじゃないのか?」

 

「学院長と言っても現状じゃカッコ仮ですし……そもそもあんたを学院長どころか教師として認めてすらいないけどね」

 

 あんなことがあったからか、もう普通に嫌いなためわざわざ社交的になる必要性も感じないのでありのまま本音をぶちまけておいてやる。

 

 案の定というか、マキシムは顔を真っ赤にして今にも爆発しそうになっていた。態度が悪いのはまあ、認めるけど明らかに沸点低すぎでしょ。

 

「リョウ、挑発もそこまでにしろ。苛立ちは後でぶちまけておけばいい。で、ルールは以前に聞いた通りでいいのか?」

 

「ぐぐぐ……フン! まあ、概ねそれでいいが……それでは少々手間なので少し改変を加えていいかね? と言っても、このサブストルールに一々判定を査定するのは面倒なので、気絶など……敵対象の完全な戦闘不能を致死判定とする。元より学院生の護身用の初等呪文のみなのだ。死ぬことはあるまい」

 

 まあ、一々判定を待つよりは単純で手っ取り早い気もする。まあ、向こうはこっちを嬲る気でそういう改変をしたいんだろうけど。

 

「……いいぜ。ただし、こっちも若干のルール変更を求めるぜ。この『生存戦』では、炎熱系呪文の一切を禁じる。破れば即退場をルールに加えさせてもらうぜ?」

 

 対するグレン先生はあっちの要求を飲む代わりにこっちからも条件を加えることを提案する。

 

 あの置き手紙のことを考えてどうルールを変えるか考えていたんだろうが、向こうがルール変更を求めるなら交換条件として提案することに決めたんだろう。

 

 向こうは意外そうな顔をしたが、すぐに表情を引き締めて返事をする。

 

「炎熱系の禁止……? ……なるほど、あの奇妙なメモ書きの悪戯の犯人は君だったか」

 

「は……?」

 

 あの物言い……同じ内容の置き手紙が向こうにも渡っていたと言うことか。まあ、元からマキシムがとは考えてなかったが、これでより嫌な予感が強まっただけだった。

 

 だが、向こうはそのルール改変を認めようとしなかったが、そこにイヴ先生が自身を賭けの対象に加えることで簡単に釣られて認めた。

 

 グレン先生もこの提案には流石に驚いてイヴ先生に何を考えてるんだと怒るが、さっきのマキシムの反応であの置き手紙が本当にヤバいものだという可能性が強まったから何が起こるかわからない以上あの手紙通り火を使わせるのだけは避けたかったとのこと。

 

 まだ不安要素は消えないが、最悪の事態だけは避けられるようにすべきと説得されたところでいよいよ生存戦の舞台の『裏学院』の姿を見ることになる。

 

 マキシムが懐からアリシア三世が作成したという手記を開き、淡々とワードを呟くと俺達の周囲の空間が捩れ曲がっていく。

 

 周囲の景色が形を変え、色を変えていき、最後にはどこかの建物の中のようだった。

 

 複数の方向に扉はあるが、エントランスホールらしいここの窓から見える向こうの空間はどこまでも闇といえるような空間が広がっていた。

 

 俺の視力を持ってしてもそれしか見えないと言うことはここはこの建物以外は何もない空間なんだろう。一度外へ踏み出れば二度と戻ってこれないかもしれないという不安が一瞬襲ってくるが、すぐに気持ちを切り替えてマキシムの方を見るが、ここを出現させた当の本人すらもこのスケールに恐れ慄いてる風だった。

 

 だが、それに対して付近で控えてるシスティと対戦してたメイベルが全く動揺の色なんて見えなかった。それに若干疑問が湧いたが、マキシムが門を出現させ今一度ルールの再確認とあの門を潜った先の位置がそれぞれランダムにワープされることを説明するとグレン先生が俺達に振り返った。

 

「いいか、お前ら! この学院の未来とか、俺のクビのこととか、今は気にすんな! とにかく全力でやれ! この二週間培ったこと、全部ぶつけてやれ!」

 

 グレン先生の力強い言葉にみんなの士気も上がっていき、次々と門を潜っていき、俺も足を踏み入れると次の瞬間には何処かの室内へ移動していた。

 

 周囲にあるのはフラスコやら小道具やら……多分何かの実験室みたいな教室なんだろう。しかし、魔術師が研究と称して篭りやすい性質があるのは若干理解してるが、ここはそんな知識など比じゃないくらい閉塞的だった。

 

 空間は広いはずなのにそれと反比例して息苦しい雰囲気があって長時間いたいとは思えない場所だ。

 

 ふと周りとみると実験室の壁に羊皮紙が貼られ、ふとそこに綴られた文章を見た。

 

 内容は校舎内の火遊び厳禁……これを犯した者は『裁断の刑』に処す、アリシア三世。

 

「また火、厳禁か……」

 

 あのメモ書きの文字になってない部分はこのルールを書こうとしていたものだったか。

 

 『裁断の刑』とやらが何なのかは気になるが、今は生存戦に集中しよう。そう思った矢先だった……。

 

「お、獲物見っけ!」

 

「おいおい、女の子じゃねえのかよ!」

 

「女の子だったらまだ楽しみがいあったのにな!」

 

 実験室の扉が開くと、そこから三人の模範生だろう男子が入ってきた。

 

「じゃ、まず俺から行くぜ。サクッと片付けて女子を探したいし」

 

「さっさと終わらせてくれよ。かわいい女子が多かったから面倒くさいけど、この決闘参加したんだからさ」

 

「一々雑魚相手に時間使いたくないしさ」

 

 向こうは完全に俺の実力をみくびって舐めてかかってるが、まあそれはいい。

 

「すぐに終わらせればいいし……」

 

「ああ? 雑魚が何生意気ほざいてんだ?」

 

 俺の呟きが聞こえたのか、相手をしようとしてる男子が不愉快な顔を浮かべて前へ躍り出る。他の二人は手出ししようと言う気はないのか、嘲笑したままその場を動かなかった。

 

 相手もすぐに来るかと思ったが、さっさと来いと言わんばかりに手をひらひらとさせて挑発して俺に先手を譲ってるつもりのようだが……。

 

「じゃ、遠慮なく」

 

「はっ! 一々ぶつぶつ言って──ぎゃっ!?」

 

 相手が言い切る前に[ショック・ボルト]を眉間に命中させたことによって一発ノックアウトとなった。

 

 傍観していた二人も一瞬何が起こったか理解できなかったようだが数秒もすると俺が倒したことをようやく認識したか顔を憤怒に染めてやっと動き出す。

 

「テメ……っ! 《雷精の紫電よ》っ!」

 

「《凍てつく氷弾よ》!」

 

 別々に魔術を放たれるが、直線的なやつなので俺は魔術的な防御はせずに上半身を軽く動かすだけで両方躱し、ゆっくりと二人へと近づいていく。

 

「ぐ……なら、《大いなる風よ》!」

 

「《磁界》」

 

 俺は電気系の魔術の術式を調節して足元に収束させ、足を地面に固定できるようにして吹き飛ばされるのを防ぐ。

 

「この……《凍てつく氷弾よ》っ!」

 

 もう一人は氷の弾丸作って俺の進行を阻もうとするが、床を軽く踏みつけて水の波を起こして防御し、更に歩を進める。

 

 二人は俺との距離を保とうと近づく度に後ろに下がっては魔術攻撃を仕掛けるが、こうして見るとどれも大した攻撃でない上、攻撃内容もタイミングもわかりやすいものだ。

 

 イヴ先生の特訓のおかげで向こうのレベルに合わせられたのもあるが、あの人との訓練でトライスクワッドのみんなが教えてくれたそれぞれの基本戦術の内容を踏まえて自分の戦闘スタイルを改めたことも大きい。

 

『いいか? まずお前は水の性質のことをもう一度よく考えてみろ。俺の師匠──みてえな奴も同じようなイメージで、俺の風のイメージにも言えることなんだが……どっちも何かに阻まれようが、遠回りしたり形を変えながらも動きは止まらない。ま、要するに基本は動きは無駄なく淀みなくだ!』

 

 これはフーマの教え……。確かにフーマは目にも止まらない動きを途切れさせることなく続けられるが、俺ではそのレベルには達してないため速度を上げることには拘らず、多少遅めでも相手の攻撃をものともせずに進められるよう最小限の防御と回避に専念し、相手に迫っていく。

 

 そうやって進行するにも技術もいるし、敵の攻撃を正確に見極める感覚が必要になってくるわけだが……。

 

『まだ経験が浅いから仕方ないかもしれないが、君は動くものに目を取られすぎる。まあ動くものを正確に捉えることももちろん必要だが、まずは感覚を研ぎ澄ますんだ。相手の呼吸や攻撃による空気の流れ、振動の幅、静電気の強弱……基準は何でもいい。全身の筋肉(ウルトラマッスル)をフルに使い、敵の攻撃を撃たれる前に感知するんだ』

 

 これはタイタスの教え……。ボディビルポーズを混ぜながら変なパワーワードも入ってるが、敵に攻撃を撃たれる前に手段と軌道がわかれば回避や防御もしやすくなると言うのはわかるのでそれをどうやって感知するかという問題に当たったが……。

 

 都合がいいのか、俺には空気中の目に見えないほどの水蒸気を散布して物体の動きを感知する[ミスト・レイダー]を有している。それを応用させて相手の動き、呼吸、更には温度を把握して攻撃内容とタイミングをある程度把握するくらいには感覚を磨くことができた。

 

『お前は進む時と見極めるときの動きの波が激しすぎんだよな。そりゃあ勢いも必要ならじっと見極める時も必要だが、一々別個で切り替えちゃ敵に隙を与えるだけだ。余計なことは考えず、無心で進めば自然と見えるものもある。それを見つけた瞬間、一気に行け!』

 

 と言うのはタイガの教え。二人と比べても一気に脳筋みたいな教えだが、相手が何をしようかなど一々考えてる時間もなければ余裕を持てるとも限らない。

 

 余計なところで精神をすり減らすような真似をするよりはただ前を見て進んでいけば遠目ではわからない相手の部分も見えてくるだろう。

 

 こうして相手に近づく度に余裕がなくなってくるのが明確に見えるし、見えない部分の感知も必要なくなってくれば視覚のみに集中して精神に余裕も持てる。

 

「な、何だよコイツ!? お……《大いなる──いて!?」

 

 後ろの方に気を回す余裕がなかったのか、既に自分達が壁際に追い詰められてることに気づいてなく、接触したことでつい視線を後ろに向けてしまったのが大きな隙となった。

 

「《龍尾》」

 

 その隙をついて[テイル・シュトローム]を発動し、一閃して二人同時に意識を刈り取った。

 

「……まあ、時間はかかるかもだけどコイツら相手だしな」

 

 別に倒そうとするだけなら一気に近づいて魔術で力尽くというのもできたが、こうして防御や感知などを両立させると言うのもいい練習になるからやってみたけど。相手が攻撃一辺倒だからできたのであって、ちょっとした策略家相手じゃそうもいかなくなるだろう。

 

 まあ、これからも機会あれば色々戦闘パターンを試みようとは思った。次はどんなパターンで行こうかと気絶した模範生達を置いて実験室を出ていけば。

 

「お、やっと獲物みっけたぜ!」

 

 また別の模範生と鉢合わせした。今度は単騎のようだ。そしてまたも態度から俺を侮ってるのがわかる。

 

「じゃ、今度は足を止めて純粋な魔術戦をやってみるかな……」

 

「おい、こっち無視して何ブツブツ言ってんだ!?」

 

 こっちもこっちで口喧しく言ってるが、一々会話の相手をするより実践を交える方が手っ取り早いな。

 

 こっからも開幕一番は[ショック・ボルト]から入ろうと、紫電を閃かせながら次の戦いへと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 所変わってホールでは『裏学院』に配置されてる監視用の術式から送られてくる映像をグレン、イヴ、マキシムの三人は眺めていた。

 

 生徒達が転送された当初こそマキシムは自身の生徒達が負ける要素などないと高を括っていたが、映像で流れてる光景は自身の思い描いたものとは真逆のものだった。

 

「ど、どうなっているんだ!? どういうことなのだこれは!?」

 

 目の前で見せられる数々の光景を認識しては苛立ち、地団駄を踏みながらマキシムは大声で喚き散らかしていた。

 

「何故だ!? この学院の間違った教育で何故私の生徒が次々と負ける!? 私の正しい教育が何故あんな生ぬるい連中に通じん!?」

 

「ありゃりゃ……なんか予想以上にあいつら強くなってんねぇ〜」

 

「イ、イヴ君! 君は一体何をして……っ!?」

 

「何をって……あんたが言ってた自称『正しい教育』をあの子達にも施しただけよ。もっとも、あなたの生徒達と違ってあの子達にはしっかりとした土台があったからここまでになれたんだけどね」

 

「バカな! それだけでこんな事が……」

 

「あるのよ。元々それだけの能力自体はあったのよ、あの子達には……これまではその能力を使いこなせなかっただけで」

 

「う、嘘だ……この学院の連中にそんな力などある筈が……っ! 温い方針に染まった間違った教育で!」

 

「まあ、いくら戦闘関係の授業があると言っても本当の実践を知らないければ思想も育ちきらないのはそうかもしれないけど、魔術師としての土台を積むための知識だって必要なのよ。そもそも、こちら側の生徒の一人のリョウ=アマチ……あなたなら多分もう彼のことも知ってるわよね?」

 

「リョウ=アマチだと? あの無礼な異能の小僧が何だというのだ!?」

 

 世間的にはリョウ、そしてルミアの素性は軍の必死の隠蔽工作により伏せられているが、異能持ちであることは多くの目撃があるためその部分は既に魔術界では知れ渡っていた。

 

「あの子……ちょっと訳あるから詳しくは伏せるけど、魔術を習ってまだ一年も経ってないのよ?」

 

「……は?」

 

 イヴの口から告げられた言葉にマキシムは呆けた。

 

「まあ、なぜか色々あって実践しかやってこなくて魔術師としての知識がほとんどなかったんだけど、こっちのやり方で土台作りをちょっと施しただけでこれよ。まあ、私達のやったことがそっちより高水準だったというのもあるけど、彼に積み上げられた物の差ね」

 

「ふ、ふざけるな……こっちの生温い知識を得ただけでこんな……」

 

「いい加減現実を認めたらどうなの? あんたの教育は、最初から間違いだったって」

 

「ぐ……」

 

 悔しそうに顔を歪めながら歯軋りするマキシムを無視して生徒達の戦闘場面を写す映像に視線を戻す。

 

「それにしても知識を得たと言っても、ここまでとはね……」

 

「何げに撃破数もかなり積んできてるし……元々考えるより動く寄りの思考ではあったし、異世界の知識の助けもあるかもだが……ある意味魔術師としてはあいつが一番化けてんじゃねえか?」

 

 グレンとイヴは今も模範生に出会ってはあの手この手と手段を変えながら相手取っていくリョウの姿を見てつぶやく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、もう何人倒したんだっけ?」

 

 頻繁にとは言わないが、少し歩けば高確率で模範生に出会い、戦っては倒しを何度か繰り返したが、まだクラスメートの誰とも合流できていなかった。

 

 合流できれば遥かに楽になれるのだがと学舎内を歩き回るが、この数十分は誰とも遭遇していない。

 

 戦況がどうなってるかは参加してる側が把握できないのが難点だ。まあ、今のみんながそんな簡単にやられるなんて思わないが……。

 

『うわああああぁぁぁぁぁ!?』

 

「……んっ!?」

 

 そんなことを考えてると、どこからか悲鳴が聞こえた。

 

 誰かにやられたというよりは、何か悍ましいものを見た時のような気持ち悪いものが籠った声だった。

 

 何があったんだと足を早めて声のする方角へ向かうと、行手の先からズルズルと何かが這うような音が響き、妙な腐臭が漂ってくる。

 

 目を凝らすと、人型の何かが近づいてくるのが見えた。人型と呼称するのはシルエットはそれに近いが、人間ではあり得ない輪郭だったからだ。

 

 近づいてくるにつれ、その全貌が視認できるようになった。

 

 ソレは表面がベラベラと、紙が幾重にもくっつけられ、人型のオブジェにしたようなもので顔には唯一生物っぽい眼がギョロリと虚な色を浮かべて向けられてる。

 

 見た目に一瞬驚いたが、スペースビーストに比べればなんてことないと意識を切り替えて魔術ではなく、ウルトラマンの能力を発揮して両手に『水精』と『晦冥』を握って斬りかかる。

 

 一撃目で袈裟斬りにし、ニ撃目で頭の部分を突き刺して沈黙した。

 

 対象を倒してホッとしたのも束の間、その背後から更に同じ奴がゾロゾロと何列にも並びながら次々とこっちへ這ってきている。

 

 キリがないと舌打ちをしながら身体能力で隙間を掻い潜り、壁を蹴っては紙人間を超えて学舎内を走っていると、妙に奴らが集まっている場所があり、その周辺で銀閃が光っているのが見えて誰がいるのか理解するとワラワラと寄り集まっている紙人間を二刀で蹴散らしていく。

 

「みんな無事か!?」

 

「リョウ君!」

 

 紙人間に囲まれたのは予想通りルミア、システィ、リィエルの三人だった。

 

「で、コイツら何なんだ!?」

 

「わからないの! 突然出てきたと思ったら襲い始めて……私はリィエルが来てくれたからよかったけど……」

 

「ん……コイツら、斬っても倒せなかったのに……何でリョウは倒せたの?」

 

「ん? 倒せない?」

 

 俺は普通にコイツらを切り捨てたけど、リィエルは違うみたいだ。リィエルと俺の違いって言えば……。

 

「あ、もしかして……」

 

「なに?」

 

「いや、今は説明する時間も惜しいな。システィがなんかヤバそうだし……」

 

 見ればシスティは顔が青ざめている。何かコイツら以上に悍ましいものを見ていたのか……。

 

「それが、突然私達の前に現れたら……クラスのみんなも模範生達も見境なく襲いかかって……触れられたらみんな本にされて……」

 

「私は……模範生が炎熱系の魔術を使ったら本にされて、どっからかハサミが出てきて……」

 

 それ以上は口にしたくないと言わんばかりに震えていた。あのメモ書きとこの学舎内のあちこちにあった炎熱系禁止の罰っていうのはそれか。

 

 考え込むと、金属同士を叩くような音が俺達の耳に響いた。

 

 全員で制服のポケットに仕舞っていた……生存戦が始まる前に念の為とグレン先生に渡された通信用の術式を施された宝石だ。

 

『白猫! ルミア! リィエル! リョウ! 全員いるな!?』

 

「先生!」

 

「四人とも合流! で、今とんでもない状況に──」

 

『把握してる! あちこち紙のバケモンがウヨウヨいてもう生存戦どころじゃねえ! 速攻で中止宣言出して第二階層の中央にある大講義室を避難所にする! ルートはそっからだと──』

 

 グレン先生が生存戦の中止とこっから避難所に指定した場所までのルートを説明してくれた。

 

『あと、わかってるとは思うが余計なことはせず連中からは逃げの一手だ! 力は大したことねえが、数が多すぎる! その手に触れられると本にされちまう! あと、炎熱系は絶対に使うな! この空間、何か特殊なルールを設けられてる!』

 

「わかってます!」

 

 そこまで会話して通信用の宝石を仕舞う。

 

「聞いたわね? 行くわよ」

 

「うん!」

 

「大丈夫、みんなは私が守る」

 

「俺もいるからな。どうも今コイツら倒せるの俺だけみたいだし」

 

 そうして気合を入れ直すと、リィエルが先行して水を得た魚のように生き生きと大剣を振りかざし、漏れたやつを俺の剣で行動不能にする。

 

 リィエル……相当鬱憤溜まってたんだろうかと現実逃避しながら考えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グレン先生に指示されたルートを辿って大講義室に辿り着くと、俺達が最後なのかグレン先生がさっさと入れと促して扉を閉じ、模範生のメイベルが何かの本から切り出したような紙を大講義室の出入り口に貼り付けていた。

 

「簡易的ではありますが……結界を作りました。これであの本の化物は入ってこれません」

 

 一時的ではあるが、ひとまず休息はつけそうだと安心して周囲を見渡すが、クラスメートは総勢の三分の二……模範生は半数以下に減っているのがわかった。

 

 それを認識して怒りで震えるが、まずは何でこんなことになってるか原因を究明するのが先だと意識を切り替えてこの裏学院を出現させたマキシムに視線を向けるが……。

 

 マキシムも生徒達と同様震えて全くこっちを認識していない。

 

「……こうなるのはわかっていたんです」

 

 原因究明できそうにないマキシムに舌打ちするとメイベルが悲痛な顔を浮かべて呟き出した。

 

「だから、貴方達にはこの裏学院での生存戦から手を引いて欲しかったんです。せめて私が、彼女と決着をつけるまでは」

 

「おい、とりあえずお前のことだ。知ってること全部話せ……全部だ」

 

 グレン先生は警戒心を抱きながらメイベルへ詰め寄る。

 

「お前は一体何者だ? あの化物は何だ? この裏学院は何だ?」

 

「そうですね、どこから話すべきか……ひとまず私のことからでしょうか。私は彼がつかまされた偽物ではない……本物のアリシア三世の手記なんです」

 

 偽物ではなく本物……急に変なことを言われて意味がわからなかった。

 

「おい、こんな時にふざけたこと言ってる場合じゃ……」

 

「ふざけてなどいませんよ」

 

 そう言ってメイベルが右手で逆の腕をつまみ上げると、肌がまるで紙のようにめくれて……いや、本当に紙が捲れたのだ。

 

「ご覧の通り、私は本なんです」

 

 いきなりの出来事に驚いたが、俺自身も似たようなものなので彼女も何らかの目的を持って人の形をとった魔術的な存在なんだろう。

 

 その予想の通り、アリシア三世は自身の残した裏学院と偽物の手記がとんでもない出来事を引き起こした際に彼女を起動させ、この裏学院という邪悪な魔術儀式場において悍ましい儀式を止めるためと彼女が説明する途中でグレン先生が待ったをかけた。

 

「ちょっと待て……アリシア三世がこの事態に備えてお前を残したってのは何だ? このクソッタレな裏学院を作ったのはアリシア三世だろうが!」

 

 確かに矛盾してる。こんなふざけた場所を作っておきながらそれを阻止するための存在を作っていた。そんな正反対の言い分に混乱したが、ふとある可能性が思い浮かんだ。

 

「多重人格……?」

 

「その通りです。彼女はある出来事をきっかけに、狂気に染まった人格と辛うじて良心を残した人格に別れてしまったのです」

 

「その出来事ってのは何だ?」

 

「彼女はこの学院で教師をすると同時に魔道考古学も研究し……その研究の最中、何らかの真実に気づき、何かに怯え……それに対抗する力を欲するようになりました」

 

「その真実ってのは?」

 

「わかりません……ただ、禁忌教典(アカシック・レコード)という名前しか……」

 

「チッ! またそれか」

 

 禁忌教典(アカシック・レコード)……。大きな事件が起こる度に聞くその名は本当にどんな意味を持つのか。

 

 別の地球の知識を持ってる俺は世界のありとあらゆるものが記録されてるものという意味として名前は知ってるが、こっちにおいてはどんなものなのか。

 

 そんな疑問を持つもメイベルの話は続き、どうやらアリシア三世の狂気に染まった人格は研究過程で気づいた真実に対抗すべく、『Aの奥義書』というものの作成に乗り出した。

 

 その『Aの奥義書』は人間を材料にするものだった。より具体的には人間の内部に存在する人格や記憶を記載させることで完成するものだった。人間の中にある人格や記憶を構成する情報の中に禁忌教典に至るものがあると信じられて。

 

 そして、俺達を襲ったあの怪物達は人間を『Aの奥義書』に取り込むためのものだと。

 

 だが、その企みは実行されることなく良心を残した人格のアリシア三世が最後の意思を振り絞って『Aの奥義書』も裏学院も封印し、自ら命を絶ったと。

 

 そして、先の『炎の船』による大事件がその封印を壊すきっかけになってしまい、その際に学院に訪れたマキシムの手元に裏学院に誘い込むための偽の手記握られてしまい今に至ると。

 

 要するにマキシムはまんまと利用されたわけだ。そして出世欲を使って多人数の人間をうまくこの空間に誘導したと……狂ってる癖に嫌にズル賢い敵だよ。

 

「なるほど、上手い話なんてそうねえよな……俺の複製人形(コピードール)もダメダメだったし、世知辛いもんだ……」

 

複製人形(コピードール)?何ですかそれ?」

 

「え、いやぁ!? 何でもないよ!」

 

 多分、マキシムに喧嘩売るきっかけになったあの偽物なんだろうな。どこで仕入れたか知らないが、あれで仕事サボる気だったんだろう。

 

 システィは疑念の籠った目でグレン先生を睨み、なんとなく察しただろうイヴ先生は呆れたような表情を浮かべた。

 

「とにかく、状況とやることはわかったが……一つ聞きてえ。本にされちまった奴って、元に戻れるのか?」

 

「はい。この裏学院の機能及び『特異法則結界』を上位権限にて行使してるのは『Aの奥義書』──つまり狂気に染まったアリシア三世です。彼女を消滅させられれば結界は解かれ、全ての権限が私に移譲され、それを行使することで皆さんを脱出させられますし、本になった生徒達も元に戻せます。……『裁断の刑』に処された者以外は」

 

「……っ! ……そうか」

 

 『裁断の刑』に処されたのは模範生で俺達のクラスはグレン先生から何度も念押しされたので誰も使ってない。

 

 そんな無惨な機能にも理由があったそうで、この特異法則結界によってあの紙の化け物に触れられた者は問答無用で本にされてしまうが、その特異性故に炎に滅法弱いらしい。

 

 だが、それを封じるための『裁断の刑』だという。その最大の弱点をルールによって封じられてる状態で現状一番の有効打が彼女が製作したという本の体裁を崩すための弾丸入りのフロントリックピストルのみ。

 

 その銃をグレン先生に託し、いざ裏学院の脱出計画を進めることとなった。

 

「さて、古本回収と洒落込むところだが」

 

「当然、私達もついて行きますからね、先生!」

 

 もちろん、グレン先生一人で行かせるわけもなく、システィとルミア、リィエルといつもの三人娘を筆頭にカッシュ、ギイブル、ウェンディにテレサなど魔術の腕に覚えのあるクラスメート達。もちろん俺だって参加する。

 

 もっとも、あまりにも危険なのでリンなど闘いを苦手とする者達に無理強いをするつもりもないのでここで待機してもらう。

 

「わ、私は行かないぞ! あんな狂ったものに立ち向かうなど……どうかしてる!」

 

 無理強いするつもりはないが……マキシムが余計な水差しを入れ込んできてしまった。

 

「あのな、テメェ! 今はんな情けねえ声あげてる場合か! 教師ならこんな時こそシャキッとしやがれ!」

 

「うるさい! 君こそ何故だ! 何であんな狂った存在に、どうして戦いを挑める!?」

 

「うっせえな! そりゃ俺が教師だからだよ!」

 

グレン先生はマキシムの胸ぐらを掴み上げながら捲し立てる。

 

「俺だってあんな怪奇現象に関わるなんざ御免だ! けどなぁ! それでも俺はこいつらの教師なんだよ! こいつらは今も俺の背中見てんだ! 俺の背に、真の魔術師ってのが何なのか……その目で真剣に問いかけてんだよ! だったらここでみっともねえ姿見せられるか!」

 

 そう言ってマキシムを押し除け、その勢いでマキシムは尻餅をつき、完全に項垂れた。

 

 その姿にクラスのみんなは不安が和らいだような気がした。本当、この人はウルトラマン並みに頼れる人だよな。

 

 そんなだから俺も何度も挫けて、消えてしまいそうになっても今を繋いでいられるのかもしれない。だから、その繋がりをここで切れさせないためにも俺の全部をここで振るう。

 

 俺達はメイベルの案内のもと、狂気のアリシア三世のいるという図書室へと向かい、その名前が詐欺と言わんばかりの無限と言えるようなズラリと本棚の並んだ一室へたどり着いた。

 

 もちろん、そこにはあの紙の化け物が大量に道を塞いでいた。

 

「さて、こっからが正念場だぞお前ら。頼りにしてるぜ!」

 

 その声を合図に、俺達は紙の化け物達へ飛び込んでいく。

 

 リィエルを先頭に、俺がそれについていって紙の化け物を切り捨て、それ以外の方面から来る敵を他のみんなが退けていく。

 

「しっかし、何でお前だけこいつらを倒せてんだ? 俺達がいくら攻撃してもピンピンしてやがるのに」

 

 紙の化け物を切り捨てている途中でグレン先生が疑問を投げてきた。

 

「ああ、多分コレのおかげでしょうね」

 

 俺は手に持ってる水精と晦冥を見せながら言う。

 

 この剣は力の吸収と放出という単純な能力が付いたものだが、晦冥の能力がこいつらを動かしている力を奪い取ってその結果、活動を停止させてるということだろう。

 

「なるほど……おかげで多少は連中の戦力を削ぐことはできるが、こんな状況じゃ焼け石に水だな! こいつら、うじゃうじゃ出てきやがるし!」

 

 [ウェポン・エンチャント]で強化した拳で紙の化け物を払い除けながら悪態をつく。

 

 確かに、多少は倒せても長い通路に連なってる本棚から次々と数を増やしながら波のように押し寄せてくるのでキリがない。

 

「たく……本当に次々と出てくるから息をつくこともできない」

 

「マジウゼェ〜……どうにか一気に蹴散らせないか?」

 

「……先生の[イクスティンクション・レイ]はダメなんでしょうか?」

 

「……ちっと燃費悪すぎるが、試してみるか?」

 

「ダメに決まってんでしょうが!」

 

 システィの提案でグレン先生がマズイ試みに走りそうなのを全力で止める。

 

「大体、それは三属性を伴った複合術式なのよ! 火遊び厳禁のルールに引っかかる恐れもあるし、こいつらに効く保証もない! 特異法則結界空間を舐めないで! 本当ならあなたの銃だって結果的に使えたけど、ルール的に危なかったのよ!」

 

「ちっ……マジで厄介な……」

 

 終わりの見えない闘いでどうにか活路を開きたいと考えるのは仕方ないが、焦りと疲労の所為なのか、徐々に危うい場面が見え始めている。

 

 一応俺の剣で切り捨てられるものの、勢いを削ぐには足りなすぎるし奴らの特性の所為で思うように踏み込めていけない。

 

 そういえば、と切り捨てる途中で思い出した。

 

「あの、メイベル……さん? こいつらの本にする能力って……対象の肉体に直接触れなければ大丈夫だったりしますか!?」

 

「え……はい、本にするには対象の肉体に触れ、それらを構成する情報を本という形に変えるものです。なので直接肌に触れなければ一応は……」

 

「その説明で十分! つうわけでリィエル! 5秒お願い!」

 

「ん!」

 

 だったら大丈夫そうだ。俺はリィエルに時間稼ぎを頼んでその場に立ち止まり、自身の内側に流れる力に意識を向ける。

 

 数秒もすると、冷たいものに身体を包まれ、身体に変化が起こった。

 

 いつも黒い髪が青白く染まっていき、視界が紫がかっていく。そして、右腕が黒い手甲で覆われていき、右肩から角のように大きく尖った紫の結晶で覆われた。

 

「……ふぅ〜」

 

 自身の変化を感じると呼吸と同時に白い吐息を吹いて精神を静める。

 

「おい、リョウ……それって……」

 

「説明は後だ。俺が先導してやるから着いてこいよ」

 

 俺はグレン先生の疑問を払って本の化け物共に突進していく。後ろのみんなは俺の行動が無謀だと思ったのか声を上げたが、別に自棄になったわけじゃねえ。

 

「凍てつけ」

 

 俺は右腕で紙の化け物の一体を掴むとそこから力を解放し、一瞬のうちに氷漬けにしてやった。その冷気の余波が他の奴らも一部凍らせて動きを封じた。

 

「……来い」

 

 俺は両手に再び水精と晦冥を構え、二振りの剣を背中合わせにするように付け合わせると光を伴い、溶け合うように合わさり、肥大化した。

 

 光が収まると二振りの剣が中央部分が直線に割れた大型の剣へ姿を変えた。

 

「轟け、『氷嶮(ひょうけん)』」

 

 俺は両手に握った大型剣、『氷嶮』を振り下ろすと雷が落ちたように衝撃波が紙の化け物どもを蹴散らしていく。

 

 そこから漏れた紙の化け物の何体かが俺に向かって手を伸ばしてきたが、俺の身体に触れた途端その手は凍りついていき、俺が軽く拳と蹴りを入れると砕け散る。

 

 ついでに氷嶮で斬りつけてやれば活動を停止した。

 

「リョウ、お前それ……あと、口調」

 

「前々から考えていたやつだ。色々あって当初の頃とは仕様も変わっているがな。口調もこうなったんだから気にするな」

 

 こいつはティガやダイナのタイプチェンジと似た仕様のものを魔術入りで再現したやつだ。

 

 俺の魔術特性(パーソナリティ)、『器の変革・調節』……それを俺なりの解釈でどう自分の得意分野に繋げるべきかと色々考えていたが、こいつを直接魔術に入れてどうこうするものはなかったが、俺自身に施すことでタイプチェンジと似た現象を引き起こせた。

 

 俺が水系統の魔術にばかり偏っているのは肉体という器に満たすものに水が大きく関わってるというのもあるのかもな……生命的な概念も含めて水は生き物の進化にも深く絡んでくる。

 

 そういう考えのもと、俺は水という性質を改めて学習し直して俺の魔術特性とどう合わせるか考えると俺の身体を構成するものの中にウルトラマンの力も加わってることを加味してこういう活かし方もあるのかと考えた。

 

 そうしてできたのがこの[スタイル・チェンジ]だ。言い方を変えただけでウルトラマンのそれとあまり変わらないが、俺のこれは自身の力の流れと性質を別系統に変え、普段の俺が出来ない事に手を伸ばさせるものというべきか。

 

 普段が水系統に偏ってるなら、今の俺は氷と錬金術の形態を変えるタイプの、そして身体を強化する白魔術に優れるスタイルになっている。名前をつけるなら普段が水系統だから『スプリングスタイル』……今のは『アイシクルスタイル』というべきか。

 

「で、奴らの本にする能力が効かねえのは単純……奴らの手が俺に届いていねえからだ。今の俺は常に冷気で覆われ、薄い氷の鎧に守られてるようなもんだ。いくら雑魚どもが群がろうが、俺に能力は効かねえ」

 

「な、なるほどな……」

 

「それよりまたうじゃうじゃ来てるぞ。まだ目的地に着かねえのか?」

 

「すみません、まだ……」

 

「チッ! めんどくせぇ……さっさと行くぞ!」

 

 俺は氷嶮を握り直して今のスタイルの特性を活かしながら突貫していくが、それでも津波のように押し寄せてくる本の化け物どもにみんなの疲労が蓄積していってる。

 

 もうどれくらい続いたのか、遂に本格的に面倒な事態が舞い込んできた。

 

 グレン先生が何かに躓いたのか、大きく態勢を崩してそこに本の化け物が飛び込むが、アイシクルスタイルになると機敏さが若干劣ってしまう。

 

 このスタイルでも、電気系統の魔術を使えば氷の電気伝導性が優れてる分普段より加速力は出るんだが、それでも間に合わねえ。そんな時だった……。

 

「おおぉぉぉぉ!」

 

 距離の近かったカッシュが体当たりで紙の化け物を押し除け、窮地は救ったが逆に奴が孤立して今にもやられそうになる。

 

「へへ……どうやら俺はここまでっすね……」

 

「クソ! 待ってろ! すぐに助け──」

 

「行ってる場合か、バカが」

 

 無謀にも助けに行こうとしてるグレン先生を引っ張り、無理やり前進させる。

 

「おい、何してんだ! すぐに行かねえとカッシュの奴が!」

 

「助けてどうなる? もうあいつもマナ欠乏症寸前だ。今ここを脱したとしてもこっからはあいつは戦えなくなる。今ですら劣勢なのにこれ以上守るべき奴を増やすわけにはいかねえ」

 

「お前……っ!」

 

「甘ったれてんじゃねえ……今俺達がやるべきはこの化け物どもの親玉をぶちのめすことだ。結果的にはそれであいつも助けられる……目先のことにばかり気を取られてんじゃねえ」

 

「グレン、リョウの言うとおりよ。あの子の想いに報いるには……勝つしかないのよ!」

 

「……っ!」

 

 グレン先生もようやく踏ん切りがついたのか──いや、割り切るなんてしたくないって顔だな。それでも、今は進むしかないと理解してようやく同じ方向に足を向けた。

 

「頼んだぜグレン先生っ! イヴ先生、リョウ……グレン先生を頼──」

 

 カッシュの必死の声が途中で止まった。ここまで考えたわけじゃねえが、このスタイルに変えて良かったと思った。

 

 このスタイルになると情熱とも言えるような感情が凍りつくように鎮まって非常さが目立つようになる。普段だったらここで助けに行かずとも動けなくなったかもしれねえ。

 

 助けたいという思いはあるが、それが表に出る前に凍りつき、進むべき方向が鮮明に目に写っている。

 

 カッシュの脱落を皮ぎりに次々と他の奴らが取り残されても俺の足は止まることはなかった。

 

「リョウ君……」

 

 前へ進むだけの俺に合わせて普段以上のペースで追いつきながらルミアが俺の左手を握ってきた。

 

「大丈夫だから」

 

「……別に動揺はしてねえ。冷たいと言われるかもしれねえが、今の俺は普段より感情が冷めてるような状態だからな」

 

「ううん、リョウ君の感情は全然変わってないよ。だって、左手……握ったまま震えてるもん」

 

 言われて意識するといつの間にか氷嶮を片手だけで奮って左手はずっと強い力で握りしめたままだったのか、爪が深く肌に食い込んで血が滴っていた。

 

「絶対に……絶対に勝ってみんなを取り戻そう。だから、冷静なフリして無理しないで?」

 

 ルミアに穏やかな笑みを見せられ、冷めていた筈の熱い感情が戻り始めて……それでも、雪が収まった後の晴れ空の下にいるような穏やかな感じだった。

 

「……そうだな。勝てばみんなが戻るんだ……悪いが、もう少し急がせるぞ?」

 

「うん!」

 

 はぁ……感情が冷めたと思ったが、それでも普段の俺の捨てられない部分が残ってたのか、冷めた部分が呆れを示していたが同時に良かったと思う俺もいる。

 

 ルミアが側にいてくれるから俺の捨てきれない部分も抱えながら強くいられると思う。

 

 改めて氷嶮を両手で握りしめ、冷静な部分で前だけを見つめ、熱の籠った部分を刀身に込めて紙の化け物どもを蹴散らして尚も俺は前へ進んでいく。

 


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