ロクでもない魔術に光あれ   作:やのくちひろし

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学院競技祭
第5話


「はーい、『飛行競争』の種目に出たい人いますかー?」

 

 教室にて、システィが壇上に立ってみんなに尋ねる。今回は授業ではなく、とある行事のためのホームルームというとこだ。

 

「はぁ、困ったなぁ……来週には競技祭だっていうのに」

 

 これがホームルームの議題。どうやら来週には競技祭……地球でやっていた体育祭などに魔術要素を取り入れた学園行事といえばいいだろうか。

 

 今回はそれぞれの競技に出る選手を決めるために会議してるのだが、みんなどれにも出ようとしていない。まあ、体育祭でもわざわざ自分から参加したいって人は少ないから決めかねるのは当然のような気もするのだが。

 

「ねえ、リョウ君は何か出ようって思わないの?」

 

 俺がボ〜ッとしてると、ルミアが尋ねてくる。

 

「いや、俺どの競技の内容もよく知らないし……使える魔術の限られてる俺が出たところで優秀賞狙うことすらできないと思うが」

 

「そうかな〜? リョウ君、運動神経だっていいし……攻性呪文(アサルト・スペル)を主体にした競技ならいい線行くと思うけどな〜」

 

 勘弁してくれ……。そしてシスティ、その『あぁ……』と微妙に納得するように頷くのやめろ。まさかと思うが、参加させる気じゃないよな。

 

「とりあえず、去年出られなかった人もいるし。リョウ君は初めてなんだから思い切って出て見ない?」

 

「嫌だよ……」

 

「出たってどうせ負けるし」

 

 俺も気乗りしないが、クラスのみんなはそれ以上に忌避している様子から察するに、何処かのクラスに強豪がいるということだろう。もしくは大体学年トップ10に入る生徒が多く出るためなのか。

 

「勝つだけが競技祭の全てじゃないんだから……」

 

 システィはシスティでどうにかしてみんなに出てもらって思い出づくり……がしたいんだろうが、トップ集団が相手となるのならよっぽど確たる要素を上げない限り、やる気なんて出ないだろう。かく言う俺もそんな感じだし。

 

 それからもシスティは粘るが、みんな中々首を縦に振らない、そんな時間が過ぎていく。

 

「全く、お情けでみんなに出番を与えようとするから滞るんだ。そもそも今回は女王陛下が御来臨されるんだぞ。そうでなくとも、魔導省の官僚や宮廷魔道士団の団員の方々なども数多く来る行事なんだ」

 

「そうだったのか?」

 

「う、うん……」

 

 俺は内容は知らないし、わざわざ観戦する人達がどんな集まりかなんて尚更なのでルミアに確認してみるが、どうやら近年の競技祭は将来の進路のため、教師達の顔を立てるためのの足掛かりとして各方面のお偉いさんにアピールする数少ない魔術系の行事。

 

 なのでどの競技でも成績上位者を出場させて勝ちを狙いにくるのが定石のようだ。

 

「なるほど……てかそれって、競技祭とは名ばかりの生徒を使った品評会みたいなもんじゃん」

 

「そうよ。そんなの決して競技祭だなんて言えないわ。毎年そんな勝ち方でつまらなくないの?」

 

「はぁ……システィーナ、いい加減にしないかい?」

 

 システィの言葉に呆れたように、ため息混じりに呟きながらギイブルが席を立つ。

 

「つまるつまらないの問題じゃないだろう。今回の競技祭の優勝クラスには女王陛下から直々に勲章を賜る栄誉が与えられるんだ。みんな躍起になって優勝を狙う筈さ。特にハーレイ先生率いる一組は一番の難敵と言っていい。足手纏いにやらせるくらいなら他のクラスと同じように、全競技を僕や君などの成績上位者で固めて出場すべきだ」

 

「ギイブル、あんた本気で言ってるの?」

 

「当然だろう」

 

 一触即発。システィの言い分もある程度共感できるが、実際勝算もなしに出場させるくらいならギイブルのように上位成績者で出場させる方が堅実的な方法とも取れる。

 

 このままじゃ確実にクラス内に亀裂が入るなと思いながらどう切り出そうかと思った時だった。

 

「話は聞いた! ここは俺に任せろ! この、グレン=レーダス大先生様にな──!」

 

 教室のドアが勢いよく開いたかと思えば、グレン先生がキメ顔で飛び込んできた。

 

「ややこしいのが来た……」

 

 ピリピリした空気が霧散したのはいいが、厄介なのが来たと言わんばかりにシスティが頭を抱えた。

 

「喧嘩はやめるんだお前達。争いは何も生まない。なにより……俺達は、優勝というひとつの目的を目指して共に戦う仲間達じゃないか!」

 

 爽やかな顔をして普段なら絶対言わないような台詞を前にクラスのみんなが引いていた。

 

「先生、普段のあなたのイメージを考えたらその顔とセリフは滅茶苦茶キモいですよ」

 

『『『言っちゃったよ!』』』

 

 心からの言葉を言い放ったらクラスメート全員に驚かれた。いや、みんなの気持ちを代弁してやったんだから感謝しなよ。

 

「リョウ、テメェ後で表出ろ。まあ、なんだ……随分と難航してるみてえだな。たく、やる気あんのか? 他のクラスはとっくに各種目の出場選手決めて来週に向けて練習してるっつうのに、意識の差が知れるぜ」

 

「『お前らの好きにしろ』ってやる気のなさ全開のあなたが何今更言ってんですか!」

 

「……え? 俺、そんなこと言ったか? マジで覚えがねえんだが」

 

「あんたは……」

 

 どうやら思いっきり意識が上空を舞っていたのか、全然話を聞いてなかった上での空返事だったみたいだ。

 

「まあ、このままくっちゃべっても決まらない以上、俺が超カリスマ魔術講師的英断力を駆使してお前らに合った競技を選んでやるそ」

 

 それからシスティの手から競技祭の内容が書かれてるだろう紙を引ったくって目を通す。

 

「なあ、白猫。これって、毎年同じ競技なのか?」

 

「違うわ。大目玉の『決闘戦』とか他一部を除いて内容が一部変わってたり、全く新しい競技を作られたりなんかもするからほとんどが去年と同じなんてのは早々ないわ」

 

「なるほどな〜……そうなるとここは……で、これは今年初の競技か」

 

 それから数分間ブツブツと目を通すと、顔をあげる。

 

「うし、決まった。一度しか言わねえから自分の名前出たら絶対覚えろよ。まず、最大の目玉の『決闘戦』なんだが、こいつは白猫、ギイブル……そしてカッシュで行け」

 

「「……え?」」

 

 疑問の声を上げたのは名前を呼ばれたシスティとカッシュのものだった。

 

「それから『暗号早解き』がウェンディ。『精神防御』……はルミア以外ありえねえわ。『飛行競争』は……」

 

 それから次々と競技名とクラスメートの名前が挙がるが、今のところ被ってる人間は誰もいなかった。

 

「……で、今年初の『ランド・パニック』はリョウだな」

 

「え?」

 

「以上だ。これで出場枠は埋まったな。何か質問はあるか?」

 

「ありますわ! なぜわたくしが『決闘戦』ではありませんの!? 私はカッシュさんより成績は優秀ですことよ!」

 

 声を上げたのはいかにもお嬢様と言った雰囲気のウェンディだ。自分で言ってるように、貴族のお嬢様でシスティをライバル視していることもあってか、たしかに成績も実技も優秀な方ではあるのだが……。

 

「ああ、お前……確かに呪文の数も知識も魔術容量(キャパシティ)もすげえんだが、ドン臭ぇところがあるからなぁ。突発的な事故に弱ぇし偶に呪文噛むし」

 

 そう。一言で言えばウェンディは所謂ドジっ娘なのだ。以前何もないところで躓いて転んでしまったところを目撃して恨めしい目で睨まれたこともある。

 

「けど、『暗号早解き』ならお前の独壇場だ。お前の[リード・ランゲージ]でポイント稼ぎ頼むわ」

 

「まあ、そういうことでしたら……言い方が癪に触りますが……」

 

「じゃあ、先生。俺は何故よりにもよって初参加で初競技に? ていうか、内容は?」

 

「ああ、『ランド・パニック』ってのは見たところ、障害物いっぱいのフィールドで他クラス全員集まっての魔術戦闘みてえだな」

 

「なるほどなるほど──って、それってつまりは魔術ありのバトルロワイヤルってことでしょ! そんな中で俺、圧倒的に不利じゃないですか!?」

 

 使える呪文の数の少ない俺じゃあ数の暴力で狙い撃ちされたら勝ち目ないじゃん。

 

「そうでもねえ。今回用意されるフィールドは石柱や樹木などが主だ。お前、結構身軽だからそこら辺上手く立ち回ればなんとかなるだろ」

 

「でも、魔術は……?」

 

「それも問題ねえだろ。大体の奴が覚えてるのは基本の三属呪文とその対策……持ってる奴は持ってるだろうが、その他一部だけだ。お前のお得意の魔術の特性とメリットも考えればこの競技が一番勝率が高い」

 

 メリットって言ったらアレのことだよな。まあ、最近鍛えたおかげか色んな用途で使えるようにもなってるがな。

 

 そしてグレン先生は他のみんなにもそれぞれの競技を選んだ理由、各々の長所を説明していく。聞けば聞くほどシスティの望んでいた展開まっしぐらな光景だった。

 

「てな具合だ。他に質問はないな?」

 

「……先生、いい加減にしてくれませんか? 勝ちに行くと言ってましたが、そんな編成で本当に勝てると思ってるんですか?」

 

 グレン先生の編成を傾聴して尚ギイブルは反対意見を崩さなかった。

 

「何だギイブル。お前は他に何か妙案でもあるのか? まあ、使えるなら使うに越したことはねえから一応聞いてやるよ」

 

「本気で言ってるんですか? そんなの、全種目を成績上位者で固めることですよ! それはどのクラスでも毎年やってることでしょう!」

 

「……え?」

 

 これはグレン先生の疑問の声。ていうか、何でそんな声を上げるんだよ……あんたも教師なら学園の行事くらい知って──いや、よくよく考えたら記憶になくても無理はないか。グレン先生は一節詠唱ができない……そしてグレン先生の学生時代でも同じような風潮が既に出来上がってたとしたら、一度も出場できなかったに違いない。そうなれば自分には関係ないと記憶から弾き出すに決まってる。

 

 そこまで予想してからグレン先生を見ると、ものすごい悪い顔していた。

 

 ああ、これはギイブルの意見を取り入れる展開になりそうだ。ていうか、そもそも何故グレン先生が魔術競技祭にやる気出してるんだと疑問が湧いた。いくらこの国のトップが来臨するからって、グレン先生は名声を求めるような性格じゃなかった筈だ。そんな人がやる気を出すと言ったらもっと自分に益がありそうな、例えば金銭とか……あ、わかった。

 

 恐らく、優勝したクラスにボーナスが出るとかそんなんだろうな。あのグレン先生の事だからまた性懲りもなく給料をギャンブルに使ったか何かしたんだろう。そして急遽新たな金が必要になった……そんなところだろうな。

 

 動機がわかったところで呆れ果てたが、この展開はシスティからすれば好都合だろう。それに、俺個人としてもそういういかにもな一致団結で体育祭に臨む展開は楽しみたかったこともあるからここらでひとつ便乗してみるとするかな。

 

「いいんじゃないか、ギイブル。この編成なら優勝も夢じゃないと思うが」

 

「リョウ……君だって出場するのを渋っていたんじゃないのか」

 

「まあ、具体的性に乏しいままだったらギイブルの意見に傾いてたかもだけど……ひとりふたりだけならともかく、全員の得意分野はもちろん、なんてことない生活の一部からみんなの長所も読み取ってそれに合った競技に入れてくれた。ただ成績優秀者を出すよりよっぽど勝てそうだし、面白そうじゃん」

 

「あのな……これは遊びじゃないんだよ。滅多に技比べのできる機会のない僕達の数少ない見せ場なんだ」

 

「だからこそチャンスだと思わない? 普通は成績優秀者を出すのが当たり前の行事に一見滅茶苦茶に見えるこの編成で勝ちを取る。花火上げるなら小さなやつパチパチを続けるよりもデカイのバンバンした方が面白いだろう」

 

「…………」

 

「それにこれは祭だ……それも年に何度か行われるね。将来のことを考えるのもいいけど、まずは陛下の前だからって怯臆しないで自分の得意分野をそれぞれの競技で思いっきり出して今の自身の可能性を確かめるという意味でも全員参加がいいと思うんだが……システィは?」

 

「もちろん、賛成よ! 先生が珍しくここまで考えて組んだ編成だもの。これで女王陛下の前だからとかで尻込みしてたんじゃ、それこそ無様じゃない!」

 

 それからは追い風に乗るようにシスティがみんなに向き合い、真摯な表情で説得する。反対にグレン先生からは余計なことをとでも言うような目で見られてるが。

 

「まあ、せっかく先生が数少ないやる気を出してくれたんだから、私達も精一杯頑張るから……期待しててくださいね」

 

「お、おう……任せたぜ」

 

 いつもとは違う、邪気一切なしに莞爾とした顔で言われたからか、グレン先生は表情を強張らせながらもガッツポーズで頷く。

 

「う〜ん……なんか、噛み合ってない気がするなぁ」

 

 そりゃあ二人の競技祭に求めるものが同じようで全く異なるんだからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、時間は経って俺達のクラスは中庭で競技祭に向けての練習真っ最中だ。

 

「はぁ、まったく呑気なもんだ……人の気も知らないで」

 

「残念でしたね。ボーナスがかかっていたのに」

 

「正確には特別賞与だけどな。ていうか、テメェ知ってて誘導してやがったか!」

 

 グレン先生が俺の胸ぐらを掴んで持ち上げようとするところを回避する。

 

「まあ、どうせ賭け事ですったとかそんな事だろうかなとは思ってましたけど」

 

「そ、そんな事は……ねぇぞ〜」

 

 俺の予想にグレン先生は明らかに目をあちこちに泳がせて動揺していた。

 

「全っ然誤魔化せてませんから。んで、給金の前借りか小遣い強請ってか知りませんけど、競技祭で優勝すればさっき言ってた特別賞与がもらえるから頑張りなさいって学院長にでも言われたってとこでしょうか」

 

「……大正解だよ。お前、余計な所で勘が鋭いよな」

 

「よく考えればみんなわかりそうなもんなんですけどね。ま、クラス全員で参加できるのが珍しいからか、みんな浮き足立ってますしね。じゃあ、俺も練習と相談があるんで先生も給料のためでもなんでもいいですから優勝させるために頑張ってください」

 

 俺は逃げるようにみんなの練習場へと移動する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ていうわけだから、先生が言ったように……セシルは読書で培われた集中力があるから、視野を余裕の持てる範囲まで絞って静かに待つ。後はターゲットが範囲内に来るのを待ち構えるんだ。人間は視界の真ん中辺りよりも端の方が反射行動が働きやすいからな」

 

「うん……それにしても、リョウって先生ほどじゃないにしても何気に色々知ってるよね。カッシュやリンにも結構的確なアドバイス送るし」

 

 まあ、カッシュとは運動部の語り合いに近いし、リンには偶々仕入れた色彩学の知識が役に立ったし、セシルにはゲームセンターに通ってた時にやりまくってたガンシューティングや音ゲーでハイスコア叩き出すコツが役に立ちそうだったしな。

 

「さっきから勝手なことばかり……いい加減にしろよ!」

 

「ん、何だ?」

 

「今の声って……カッシュ?」

 

 どうも中庭の中心辺りが騒がしくなっている。見るとカッシュが見慣れない奴と揉めているようだ。騒ぎを聞いてグレン先生も歩み寄って来る。

 

「おーい、一体何があった?」

 

「あ、先生……こいつら、後から来た癖に勝手ばかり言って──」

 

「うるさい! お前ら二組の連中、ごちゃごちゃと大勢で鬱陶しいんだよ! ここは俺達が練習するんだからさっさとどっか行けよ!」

 

「なんだと!」

 

 突然やってきた男子が余計な事を言う所為でいよいよ喧嘩に発展しそうだった。

 

「あ〜、お前ら両方落ち着け」

 

「「ぐっ……!? く、首が……」」

 

 すげぇ……。片手ずつで結構体格のいい高校生男子持ち上げてるよ。

 

「お前、一組の奴だな。お前らも練習なのか?」

 

見慣れないと思ったら別クラスの生徒らしい。そりゃあ知らんわけだ。

 

「あ、はい……ハーレイ先生の指示で、場所取りを……」

 

「あ〜、こっちはこんだけいるもんな。ちっと場所取りすぎたか……全体的にもうちょい端っこ詰めておくから、それで手を打ってくんねえか?」

 

「え、ええ……場所さえ空けてもらえるなら──」

 

「何をしている、クライス! さっさと取っておけと言っただらろう! まだなのか!」

 

 ようやく話が丸く収まりそうなところに嫌な声が中庭に響いた。嫌な予感がしつつも視線を別方向に向けると校舎の方からいかにも自分エリートですなんて言わんばかりの雰囲気を醸し出してる教師用のローブを纏った眼鏡をかけた二十代後半の青年がズカズカと近づいてきた。

 

「あ、ユーレイ先輩、ちーっす」

 

「ハーレイだ! 貴様、何度人の名前を間違えれば気が済む!」

 

 なんか示し合わせたかのような流れのいいボケツッコミの応酬だった。

 

 ちなみにこのハーレイ先生、学院の講師の中でも有数の第五階梯(クインデ)の称号を持つ優秀な講師として有名だが、エリート思考が強くて成績優秀者にはそれなりに優遇するが、それ以外は基本冷たい面がある

 

 以前俺が授業でわからない所を質問してもそんな基礎など自分で調べろなんて一蹴する始末だった。まあ、その後でルミアから教わったからいいけど。ともかく俺としてはあまり好きになれない教師である。

 

「それよりグレン=レーダス。貴様は今回の競技祭、クラス全員を最低ひとつの種目に参加させるつもりらしいな?」

 

「ああ、まぁ、そうなっちゃったっていうか……流れでというか……」

 

 しかもこの2人、水と油というか……馬が合わないというか……まあ、ハーレイ先生がいつもグレン先生にあれこれ一方的に捲し立ててるだけなんだが。

 

 どうも非常勤講師として赴任していた時期から目の敵にしてるようで、あの覚醒の噂が立ってからは更に拍車がかかったように敵視するようになった。まあ、自分の生徒の何人かもグレン先生の授業に行ったことからの嫉妬なんだろうが。

 

「ちっ……まあいい。とにかくさっさと場所を空けろ」

 

「あぁ、はいはい。今すぐに……とりあえず、あの木の辺りまで空ければ十分ですかね?」

 

「何を言ってる? 貴様ら二組のクラスは全員疾く中庭から出て行けと言ってるのだ」

 

 その言葉には二組全員がシンと静まるには十分な威力があった。

 

「あのぉ、先輩……そりゃあいくらなんでも横暴ってもんでしょ」

 

「何が横暴なものか。私とて貴様が本当に勝つ気でいるというなら場所を公平に分けるのも吝かではなかっただろう。だが、貴様はそのような成績下位の……しかもあろうことか、魔術の基礎すら知らん無能までも使ってる始末だからな! 勝つ気のないクラスが、使えない雑魚同士で群れ集まって場所を占有するなど迷惑千万だ! とっとと失せろ!」

 

 ハーレイ先生の倨慢とした態度と邪慳な言い方にクラスメート達が顰蹙していく。グレン先生も今の発言に何か思い出したのか、目を伏せて拳を握っていた。

 

 まあ、俺が魔術の基礎も知らない無能だっていうのは大体合ってるから否定しようもないんだけど、流石に他はイラッと来たな。

 

「……宝石鑑定士みたいに神経質な人だなぁ」

 

「なに?」

 

「いや、なんとなくハーレイ先生の姿がそんな感じだったなぁって。不純物のついたものは切り捨てて、綺麗なものをとにかく取り揃えていく。というか、不純物削ぎ落として宝石の価値を上げていく職人っていうべきか」

 

 俺の登場と発言に一組も二組も、果ては教師達もが困惑しているのが見える。

 

「ふん。いきなり出てきたかと思えば、妙に洒落た事を言う。まあ、否定はせん。そう言うなら無能の貴様でもわかろう? 何の価値もない不純物などあるだけ邪魔。その宝石の価値を下げるだけだ。故に王族の前に出しても恥ずかしくないモノを磨き上げて公共の場に披露するのは職人として当然のことだろう」

 

 俺の言葉に乗って似たような物言いでハーレイ先生は先程と似たような口ぶりで言う。

 

「……お言葉ですけどね。宝石……例えばダイヤモンドとかって、あまり大きい物は見ないですよね?」

 

「……突然何だ?」

 

「そういうのは熱された物質が冷えて固まる段階で大抵不純物が付いている……更にその宝石の輝きをより強調しようと削りに削った結果、綺麗な結晶部分までも削ぎ落とした所為で宝石は掘り出した当時と比べてかなり小さくなるんですよ。そんな小さな宝石を作るためにそれを囲っていた大部分のものは何処に行っちゃうんでしょうね?」

 

 その面倒な工程の所為でウン十万と高額になるからアクセサリー系の宝石とは本当に邪道だなと向こうで結構思ってた。

 

「貴様、何の話をしているのだ?」

 

「まあ、要するに……結晶を支える不純物の集まり、花崗岩だとかなくして綺麗な結晶なんて作れない。色んな粒が集まって熱によって溶けては凝固し、また溶解して凝固を繰り返して綺麗なものを造っていくように……グレン先生が俺達に熱を入れて、上位下位関係なしに勝つ為の結晶を少しずつ積み上げてくれてる。ただ下位だ不純物だとえり好みで削るだけのアンタと違って立派に教師してくれてんだ!」

 

「ぐ……」

 

「アンタみたいに選り好みして削るだけの奴は勢いの余りに大事なもんまでどんどん無くしていくよな。例えば……アンタの毛根とかな」

 

『『『ぶっ!』』』

 

 何処からか笑いを堪えようとしたのが間に合わずに吹き出した音がいくつかした。

 

 実はこの教師、二十代の割に生え際が後退しかかってるのがコンプレックスだというのも割と有名だったりする。

 

「き、貴様……」

 

 ハーレイ先生が怒りに震えだす。だが、今怒るべきはそこではないだろうと自分に言い聞かせたのか、深呼吸して気を鎮める。

 

「ふん。教師に対して随分と無礼な口を叩くな。貴様の言い分はとどのつまり、全員一丸となって競技祭をしようなどというただの綺麗事だ。これは遊びではなく、真剣な勝負だ! なれば成績上位者を使いまわして優勝を狙うのが定石だろう!」

 

「そんな見た目だけに拘泥した人工鉱物でですか? 本当、その手の俗物は嫌ですよ。そうやって気付かずに宝石傷つけてちょっとでも汚れたら捨てるようなクズは」

 

「な、貴様……無能の分際で教師に暴言か」

 

「アンタこそ、教師の癖に随分な問題発言のオンパレードだっただろうが。教師なら迷える生徒に手を差し出すのが務めだろう。なのに成績の優秀なやつだけ優遇して大半が切り捨て……こんなザマで何が教師だ。学院長もアルフォネア教授も毎日心労が募るでしょうね。こんな教師の風上にも置けないような俗物ばかり相手にしなきゃいけないんですから」

 

「この……」

 

 ハーレイ先生も流石に我慢の限界なのか、手袋を外そうとしていた。大方決闘でも申し込むんだろうが、こっちとしては相手が格上だろうが望むところだった。

 

 そんな張り詰めた空気の中、俺達の間に割って入る影があった。

 

「あ〜、はいはい……リョウもハーなんとか先輩も落ち着いてくださいな」

 

「何だグレン=レーダス。私はこの無礼者に灸を据えねば……」

 

「まあ、今のは水に流してとりあえず場所はお互い分け合うことで落ち着いてはくれませんかね?」

 

「ふざけるな。貴様らはさっさと出て行けと言った筈──」

 

「給料三ヶ月分」

 

「……何?」

 

「二組は二組のやり方で……先輩達は先輩達のやり方で競技祭に出て、勝負をしようってことですよ。給料三ヶ月分……俺はこいつらの勝利に賭けますよ」

 

「な、き、貴様……正気か!?」

 

「正気も正気。マジで勝ちにいくって言ったでしょ?」

 

 ハーレイ先生が目に見えて狼狽している。まあ、当然だろう。だいたいの教師達は自分の魔術研究のために給料の大半をその資金に使っていると聞いている。

 

 それを三ヶ月分となれば自分の研究どころか、生活だって危ぶまれる。

 

「あれれ〜? 優秀な教師であるハーなんとか先輩ともあろうお方がまさか格下と言った自分らに恐れをなしてるとでも〜?」

 

「ぐ、この……魔術師としての誇りも矜持もない、第三階梯(トレデ)の三流魔術師が……」

 

 流石グレン先生……。煽りスキルが人一倍だ。けど何故か焦りがどんどん表情に出てきて果てには脂汗まで出てんですけど……この人まさか、勢いで言ってるのでは?

 

「そこまで言うならいいだろう。私も自分のクラスに給料三ヶ月分だ!」

 

「や、さ〜っすが先輩。そうこなくっちゃ面白くないですよね〜。いやぁ……先輩くらいの教師なら給料も俺と違って相当なんでしょうねぇ……ごっつぁんです」

 

「き、貴様……」

 

「そこまでです、ハーレイ先生」

 

 ここで登場我らが委員長……いや、この学院に生徒会はあってもクラス内の委員なんてないんだけど、リーダー的存在のシスティの御登場だ。

 

「先程から聞いて入ればハーレイ先生、あなたの主張には何処にも正当性が見られません! あなたの発言はグレン先生や二組のみんなに対する侮辱もいいところです! これ以上続けるというのなら講師として人格的にふさわしくない人物がいることを学院上層部で問題にしますが、よろしいですか?」

 

「ぐぅ……っ!? この、親の七光りがぁ……っ!」

 

 システィのご両親の権威はこの教師すらも黙らせる程か。グレン先生には効いてなかったからよくはわからんが、やはり相当の地位の人のようだ。

 

「今ここでそんな低俗な争いをせずとも、グレン先生は逃げも隠れもしません。一週間後の魔術競技祭で正々堂々とハーレイ先生率いるクラスと戦うでしょう……ですよね、先生?」

 

 期待に満ちた、グレン先生を微塵も疑ってない、かつてないほど嬉しそうな顔つきでシスティが問いかける。

 

「お、おう……この俺が教えるんだ。必ず勝つぜ」

 

「く、精々首を洗って待ってろ、グレン=レーダス! 集団競技になった際には、まずお前のクラスから率先して潰してやるからな!」

 

 そんな捨て台詞を置いてハーレイ先生は中庭から去っていった。練習場所の話がどこかに飛んでいったようだが、まあどちらにしてもあんな会話繰り広げた直後に同じ場所で練習は無理だろうな。

 

「……なぁ、リョウ。この際前に作ったどら焼きでもいいからさ。飯……用意できね?」

 

「流石に三ヶ月は無理です」

 

 こっちだって平和的に見えて結構切り詰めた生活なんだからさ。

 

「だよなぁ……」

 

「あのクズに喧嘩売った俺もですけど、何であんな賭け持ちかけたんですか?」

 

「いや、勢いというか……ついな……」

 

 グレン先生もグレン先生でハーレイ先生の発言に怒り新党だったんだろう。ともかく今回の競技祭は随分ハードルが高まったっぽいな。

 

「それにしても、少し見直したわ。グレン先生……もなんだけど、リョウまで教師相手に随分な啖呵を切ったじゃない」

 

「いや、別にお前らのためじゃないんだが……」

 

「それは忘れろ」

 

「何? 照れ隠し?」

 

 グレン先生はマジだろうが、俺も頭に血が昇ってハーレイ先生に向けての発言が自分の趣味の色とヒーローのイメージごちゃ混ぜにしちまってたから恥ずかしいのなんの今気づいちゃったんだよ。

 

「いや、先生。アンタ漢だよ!」

 

「僕、見てて感動しました!」

 

「リョウって……子供好きだって聞いた時も驚きましたが、情熱家だったんだっていうのも意外でしたわね」

 

「その……ちょっと、カッコよかった」

 

 なんかクラスメートからグレン先生と共に欣快の言葉を浴びてるのだが。

 

「ほら、みんな! 二人がここまで私達を信じてくれてるんだもの、絶対に負けるわけがないんだから! みんなで競技祭、勝ち抜くわよ!」

 

『『『おおぉぉ────っ!!』』』

 

 恥ずかしさいっぱいの俺と絶望に彩られた表情のグレン先生を置いてクラスのみんなのテンションが最高潮に上がって意気軒昂となっていた。まあ、士気が上がるのは良いことなんだろうけど。

 

 ちょうどみんながグレン先生の啖呵に舞い上がってるみたいだし、このままグレン先生を持ち上げればさっきの黒歴史も忘れてくれる筈。

 

「あ、先生との決闘なんて無茶しようとしたのはあれだけど……リョウ君もかっこよかったよ」

 

 ──と思ったら、ルミアはちゃっかり覚えてたみたいだった。ともかく、一週間後の競技祭に向けて特訓を続けることになったとさ。

 


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