ロクでもない魔術に光あれ   作:やのくちひろし

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第6話

 グレン先生とハーレイ先生の賭けが始まって一週間、俺達はグレン先生のアドバイスの下練習を続け、いよいよ魔術競技祭当日となったこの日……こっちへ向かっている女王陛下を迎えるために生徒教員全員が待機していた。

 

「ていうか……本当に陛下来んのか?」

 

 俺の隣では顔に窪みが見える程痩せこけたグレン先生が呟いていた。ていうか、今日までどれだけ過酷な食生活だったんだろうこの人。

 

 まあ、今日来るかどうかと聞いたらシスティはグレン先生の様子に気づかないまま来ると力説していた。俺としてもその女王陛下の顔を見るのは今回が初なので気になっていた。

 

 システィが言うには各地の民の視察によく赴くらしく、かなり心根の優しいことで知られているようだ。俺もちょくちょく質問を重ねるが、民の反感を買うような人物像ではなさそうだ。その辺り、日本のお偉いさんも見習ってほしいものだ。

 

「女王陛下の御成り〜〜! 御成〜〜〜っ!」

 

 考えてる間に件の女王陛下が到着したようだ。来臨の合図を聞いた生徒達が大歓声を上げながら拍手していた。うわ……ヒーローステージやアイドルのライブとかとはまた違った盛り上がりようだ。

 

 みんなの視線が注がれてる馬車の窓から身を乗り出した女性が和やかな笑みを浮かべて手を振っていた。あれが女王陛下のようだ。前評判の通り本当に優しそうな人だ。

 

 その笑みは何処と無く誰かと被る、なんて思いながら俺は視線をズラすとルミアが神妙な顔つきで首からぶら下がってるロケットを握りしめていた。

 

 気になったのかシスティがロケットの中身の事を聞くと、中身は何も入っていないことに気づく。いきなりのことに戸惑ったのか、ルミアは動揺してなんでもないように振る舞う。

 

 それから離れた場所で二人の様子を見るが、ルミアが女王陛下を見る目がどことなく寂しそうというか、複雑な色を示してるところを見るとどんな話をしてるか大体想像がつく。

 

 ひと月前のあのテロが終わった後で聞かされたルミアの素性……本来ならこんなところにいる筈のない━━なんていうのはバカらしいか。どんな経緯であれ、彼女はこうしてここにいるのは俺にとっても、システィにとってもよかったと思えることだろう。

 

 だが、彼女は異能者……こっちの歴史は未だによく知らないが、このアルザーノ帝国に隣接するレザリア王国とこの国の教会の関係がものすごい険悪なのと異能者という存在に対する認識が悪いためにそれが明るみになれば戦争待った無しの展開が目に見えるため、それを避けるためのルミアの現在……自分の意思に関係なく家族の下を去ることを強いられ、環境をぐるりと変えられ、当時の彼女はどんな気持ちだったか……。

 

 いや、その複雑な気持ちはきっと今も彼女の中に傷として残っているんだろうな。だから俺からは何も言えないし、姉妹同然の関係であるシスティですらどんな言葉をかけていいかわからないといった様子だ。

 

 だから俺もシスティも何も言わずにただ女王陛下を見送るルミアを横から眺めるしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつまでもしんみりとした空気でいるわけにもいかないとルミア本人からも言われ、気持ちを切り替えていよいよ魔術競技祭本番となった。

 

 といっても、自分の出番なんて相当先だからやることは応援なんだけどさ。まあ、応援だけじゃなくてもやれることはあるんだけどさ……今もちゃんと競技の様子を見て録ってるし。

 

 ……で、最初の競技は『飛行競争』。一周五キロス(多分日本単位の五キロだと思う)のグラウンドらしい舞台を二十周する空飛ぶマラソンのようなもののようだ。舞台も自由自在に変えられるのは流石魔術学院と感心しながら競技の行く末を眺める。

 

『そして、差し掛かった最終コーナーっ! 二組のロッド君がっ!? 二組のロッド君が、これはどういうことだああぁぁぁぁ!? トップ争いの一角の四組を抜いてそのまま三位でゴールだああぁぁぁぁっ! こんな展開誰が予想できたかああぁぁぁぁ!?』

 

 熱狂的な実況のゴール合図と共に会場に用意された席に座していた観客達からの実況にも負けない拍手喝采。トップでゴールした一組よりも盛り上がっていた。

 

「うそーん……」

 

「いや、アドバイスした本人が何一番意外そうな顔してるんですか」

 

「ああ、正直ここまで奮闘できるとは思ってなかったからな。とはいえ……考えてみれば当然と言えば当然か」

 

「まあ、熱の入り方が他とだいぶ違ってましたしね」

 

 二組意外の選手達は得意顔で俺達を見下しながら最初は余裕のスタートを切っていたが、途中からへばり、ロッドとカイの距離が近づくのを感じると途端に焦りを浮かべてスピードアップするが、それがかえって災いした。

 

 グレン先生のアドバイスでペースは絶対に崩すなと言われていたので、若干動揺したみたいだが二人共最終コーナーまでのびのび……とは言えないが、自分に定められたペースを守り切っていた。

 

「それにお前のアドバイスも若干効いたみたいだしな……一体何を言ったんだ?」

 

「いえ、大したことは……ただ、燕の飛び方をちょこっと教えてただけです」

 

「ツバメ……?」

 

「ああ、俺の故郷にいた鳥の一種です。翼で空気を掴むのがすごく上手い鳥で最高速度に達する時間が他の鳥に比べてかなり短いんですよ」

 

「ほぉ……その鳥の飛び方をあいつらに上手い事説明してアドバイスをねぇ」

 

 俺もあの魔術を知ってから真っ先に会得しようと躍起になっていた。ほら、光の巨人と言ったらやっぱり飛行能力だし。でも、飛行魔術『レビテート・フライ』は俺が思ってるほど単純なものでなく、浮くのはいいが、全く小回りが効かないために苦戦した。

 

 何か別のイメージを当てはめられないかと思って考えたのが燕を連想することだった。おかげで結構飛行能力は上達できたと思う。だが、燃費が半端なかった。

 

「幸先いいですね、先生!」

 

「え……そ、そりゃ当然だ。一周二周のレースだったら速度がモノを言っていただろうが、今回は去年と違い、一周五キロスのコース二十周とやたら距離の長いレースだからな。みんなが去年の『飛行競争』と同じ物差しで練習に臨んでたのを見た時からこうなるのは予想しきっていた。去年と同様のペースで飛行し続けていれば後半には自滅する選手が続出するだろうからあの二人には死んでもペースを守っとけって念を押した甲斐があったってもんだ。まあ、欲を言えばもうひとつ上が欲しかったが、序盤としては上々だ」

 

 予想外の奮闘ぶりを見て興奮していたシスティの言葉に、グレン先生は余裕の態度を装って最初からこうなることを見越していた風に話した。

 

「こ、これって俺達……」

 

「先生についていけば、本当に勝てるんじゃね……?」

 

 この説明と『飛行競争』の順位を見て二組のみんなは気分が高揚し、次なる戦いへの意気が更に高まる。それと反比例してグレン先生の額から汗がだらだらと流れてるが。

 

「うおおおぉぉぉぉ! 勝てる! 勝てるぞ、俺達ぃ!」

 

「ああ! これなら優勝も夢じゃねえ!」

 

「ちっ……マグレで上位に入ったからっていい気になりやがって」

 

「マグレじゃねえ! これは先生の実力だ!」

 

「そうだ! お前らは所詮、先生の掌の上で踊ってるに過ぎないんだよ!」

 

「な、なんだと! おのれ二組が……次からはお前らを率先して狙ってやる!」

 

「へっ! 返り討ちにしてやるぜ! 俺達とグレン先生でな!」

 

「ああ、先生がいれば俺達は無敵だっ!」

 

 そんなグレン先生の心境も知らず、いつの間にか一組と二組だけの戦いに留まらず、ほとんどのクラスを敵に回す羽目になった。いや、元々自クラス以外みんな敵なんだけど。

 

「(ああぁぁぁぁ! どんどんハードルが上がっていく〜〜っ!? マジでやめろお前ら!)」

 

 グレン先生は自分そっちのけで盛り上がってる状況を見て更に脂汗が滲み、胃を押さえていた。

 

「あの、先生……大丈夫ですか?」

 

「ルミア、今はそっとしよう。グレン先生は今内面で色んな敵と戦ってるんだろうから」

 

 主に空きっ腹と胃痛という名の敵に。

 

「あぁ……お前ら二人だけが俺の心のオアシスだぁ……」

 

 これは、本格的にマズイのではないか。流石にそろそろ何かグレン先生の胃に食べ物入れた方が……いや、こっちは俺必要なくなったかな。先生には悪いが、俺よりも適任者がいるからもう少し辛抱してもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから二組の奮闘ぶりに会場全体が大いに盛り上がっていった。どの競技もトップ3に入り込み、いくつか一位に入ったものもある。

 

『こ、ここまでの競技で一位は一組、二位は五組、そして三位は意外にも二組だあぁ! トップはみなさんも予想した通りハーレイ先生率いる一組だが、三位がまさかの二組だなんてこんな展開誰が予想できたことかぁ! すごい、すごいぞグレン先生率いる二組ぃ!』

 

 実況も観客もトップの一組よりも二組への応援が多くなってきている。しかも他クラスの観客までもが二組の奮闘に見入って応援しているのがチラチラ見えた。やはり成績上位者が出るのが当たり前という認識があるとはいえ、出られない人達は自分もこういった舞台に立ちたいという思いがあるのだろう。だから自分達と立場の近い二組が全員出るというのが意外と思う反面、羨望と共感が出てきたということだろう。

 

「先生っ! みんな上位キープしてますよ!」

 

「ああ、観客の反応もみんなの指揮もいい感じに上がっているな」

 

『さぁ、盛り上がってますねー! 現在トップのハーレイ先生率いる一組! 彼らを追い抜く展開が訪れるのかー!?』

 

 さて、みんなの奮闘に盛り上がるのもいいが、現実を見ればそろそろ誰かが気づくかもしれない。

 

「一組はもう三桁稼ぎましたか……」

 

「あぁ……今はあいつらの奮闘ぶり見てやる気が向上してるから誤魔化せてるが、やっぱ地力の差が数字に出てきてんな」

 

「このまま数が重なれば、近いうちに力の差を感じ始めるでしょうね」

 

「だな…………せめて午前中のうちに順位もうひとつ上げられればいいが」

 

 そう呟きながらグレン先生はプログラムをチェックする。

 

「えっと、残るは二つ……リョウの出る『ランド・パニック』とルミアの『精神防御』。狙うならここしかねえ。つうわけで、頼んだぜ」

 

「軽く言ってくれますね……」

 

 競技どころか出場自体初めての俺にトップを取れとか難しすぎでしょ。

 

「お前ならアレ使えば楽勝だろ。つか、絶対勝て。じゃなきゃ単位取り上げる」

 

「うわ、教師の立場を楯に……」

 

 単位使って脅迫してくるグレン先生に呆れつつ、実際トップを取らなきゃいけない状況なのだから覚悟決めなきゃなと意識を集中させる。

 

 いよいよ俺の出る競技の時間となった。

 

「リョウ! このままトップもぎ取るぞ!」

 

「ここで負けたら承知しませんことよ!」

 

「が、がんばって……っ!」

 

「しっかりしなさいよ!」

 

「リョウ君、ファイト!」

 

 背中越しにクラスメートからの声援を受け、視線を向けずに手をヒラヒラ揺らしながら舞台へと上がっていく。他のクラスの競技者達も舞台へ集まると、地震でも来たかと思わんばかりの揺れが起こったかと思えば舞台のあちこちに石柱や樹木が立っていく。

 

 もう何度も見てるけど、本当に魔術による技術ってすごいなと思った。純粋な科学力で言えばまだ蒸気機関車が途中段階くらいの文明レベルなのに。

 

『さあ、いよいよ始まります! 今年初の競技、『ランド・パニック』! 初の種目に対し、選手達がどのような機転を見せてくれるのか楽しみなところだ!』

 

 実況の人の説明が終わると同時に競技者達が位置に着き、俺も少し腰を落としてスタートの合図を待つ。

 

 それから何秒かすると合図が会場に響き渡り、全員が動き出すと同時に魔術を起動させる。

 

「『雷精の紫電よ』!」

 

「『紅蓮の炎陣よ』!」

 

『「白き冬の嵐よ』!」

 

『「大いなる風よ』!」

 

 そして、それらの魔術が俺へと向かって放たれる━━って俺狙いっ!?

 

「ちょ……『紫影』!」

 

 俺は白魔[フィジカル・ブースト]をスピード特化させて改変したものを使って瞬時にその場から脱出する。これ、元ネタは古代の光の巨人。

 

「なんてふざけてる場合じゃねえ!」

 

 どうやら連中は結託して俺を……というよりは二組を最優先して狙いを定めに来ているようだ。どうやら二組を本格的にダークフォースとして認識したのと俺達の参加に対する姿勢が面白くなかったからだろう。嫌な連中だ……。

 

「もう、初っ端から様子見だとかできる範疇じゃねえな」

 

 俺は再び[フィジカル・ブースト]を唱えて大きめの石柱の影に隠れて詠唱を始める。

 

「『潺湲せよ・月魄の下・我が身に衣を』」

 

 黒魔[アクア・ヴェール]を発動させ、周囲で踊らせながら岩陰から出る。

 

 さて、本当の戦いはここからってね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『な、なんと驚くべき展開だぁ!? 二組のリョウ選手、他クラスの攻性呪文(アサルト・スペル)を身体に纏った水で悉く防ぐ! そしてその水を撓らせてまたひとり場外へと追い出す!』

 

 リョウが[アクア・ヴェール]を発動させてから荒波のように他クラスの競技者の繰り出す攻性呪文(アサルト・スペル)を飲み込みながらひとりひとりを場外へと叩き出していく。

 

「うそ……」

 

「マジか……」

 

 この光景を見ていた二組の生徒達もこの状況を作り出しているのがリョウだということがいまいち信じられないでいた。

 

「あいつ、本当に魔術習って半年程度なのかよ……」

 

「しかも、攻撃力なんて皆無の水で何故あそこまで……」

 

「別に不思議でもねえだろ」

 

 ポソリと呟いたグレンの声が聞こえたのか、システィにルミアとほか何人かの視線がグレンに集中する。

 

「考えてみろ。水が火を消すなんてのは常識だし、電気も通りやすいから盾にすれば避雷針代わりにも使える。風だって大して通らないし、氷結系も凍らされたところで壁としての機能は変わらないし、むしろそれを利用して物理的な攻撃手段にも使える。お前らは魔術の威力ばかり重視してるけどな、水はちょっとばかし扱いは難しいかもしれないが、鍛えれば学生レベルの攻性呪文(アサルト・スペル)なんざ飲み込んじまうんだよ」

 

「しかし、結局攻撃性に欠けてるのは変わらない……」

 

「それも大丈夫だろ」

 

 いちいち説明するのも面倒臭いと言わんばかりにリョウを顎で指し示してみんなに見るのを促すと丁度リョウが更なる反撃に出る。

 

「『紅の華・円陣描きて・波立てよ』!」

 

 更に何組かが攻撃してくるタイミングを見計らってリョウが黒魔[フレイム・ウォール]を三節で唱え発動させ、それを相手の攻撃が着弾する瞬間に合わせ、自身の周囲を踊ってる水に向けて放つと熱され、一気に沸点を振り切り、蒸発してフィールドに擬似的な霧が発生した。

 

『なんとリョウ選手! 自分の操る水を自ら壊して会場に霧を生み出した! これは他の選手はおろか、わたくしも実況を十全にお送りすることも━━あ、また二人! 今度は六組と九組が場外へと飛ばされた! まさかこれはリョウ選手が!? 霧の所為で自分も視界が不安定だというのに何故こうも的確に!?』

 

 それから霧はすぐに消え、フィールドにはリョウと三クラスの競技者だけとなっていた。

 

 そしてリョウの存在を確認した競技者達がすぐに手を向けるが、リョウはいち早く口を開く。

 

「『通電』!」

 

 リョウが足を思い切り踏み付けて詠唱すると、足から紫電が放たれ、それがフィールドを駆けて競技者達の身体を襲う。

 

「「「がっ!?」」」

 

『な、なんと!? 今のは[ショック・ボルト]でしょうか!? だが、その電撃は三人共に命中!? どうなってる!?』

 

「足元だよ」

 

「え?」

 

 実況の疑問に答えるようにポツリとグレンが呟いたのを聞いたシスティが首をかしげる。

 

「あいつ、さっきの霧が弱まる前に地面を水浸しにしてたんだよ。ただ、それもかなり魔力を食うからまず人数を減らすためと狙いを悟られないための霧だったんだろうがな。で、水浸しにしたところに[ショック・ボルト]撃ち込めば水が自動的にあいつらに電気を運んでくれるって理屈だ」

 

「うそ……」

 

 言葉だけ聞けば単純だが、それを実行するだけの発想と技術がリョウにあったことに再び驚くクラスだった。

 

「確かにギイブルの言う通り、水自体に大した攻撃力は望めないが、あんな風に別の魔術と組み合わせて使えばかなり戦略の幅が広がるんだよ。まあ、一人前の魔術師に通じるかと言えばそういうわけにもいかねえが、基本護身用の三属呪文しか取り柄のねえ学生からすれば最早あいつの魔術は天敵みてえなもんだ」

 

 グレンの説明を聞いてクラス全員は動揺を隠せなかった。自分よりも魔術にかけた時間も短い上、ほんのちょっと前は得意不得意の落差の激しい留年一歩手前のクラスメートが他クラスを圧倒する実力を見せたのだから。

 

「(まあ、んな説明で納得させたものの、俺もまだイマイチ納得しきれねえ部分はあるんだがなぁ)」

 

 リョウの魔術を間近で見て、ほんの少しだがアドバイスも入れてやったグレンだが、いくら発想力があるからとはいえ、短期間にあそこまで実力が上がるなどとは正直に言って予想外だった。

 

 皆水の魔術を覚えようとしないのは攻撃力がなかったり、そもそもの知名度がないマイナーなものだというのも大きいが、一番の理由がその扱いづらさだ。

 

 水を操るのが難しいというだけはわかるが、その理由というのは水が[レビテート・フライ]と同様、維持と制御が難しい。また、水を発生させるためには空気中の水分を集める技術、またそれらを液体とすべく圧縮するためのプロセスが存在するからだ。

 

 放出するだけならともかく、常に形を変化させる水を制御するというのは簡単な事じゃない。

 

「(俺が本格的な授業を始めて少しした頃にあいつに水の魔術を使えるようになりたいって言われた時は流石に無謀だろうと思ってたんだが、いざ付き合ってみれば意外にも水に対する理屈が立派なもんだったのは正直、驚いた)」

 

 グレンも最初はリョウの魔術実験に付き合うのを渋っていたが、リョウから聞いた水に対する理論はそれなりに驚かされた。リョウ自身は知る由もないが、魔術会にレポートとして提出すれば採用はされずとも魔術を研究している者達が見れば震撼は間違いないだろう。

 

「(理論や技術もそうだが、あいつはなんか最初から水を扱う際のイメージが鮮明に固定化されていた気がする。というより、俺達とは別視点から水に向けている眼というか……考え方が異なっていたな。あいつら以上に魔術も覚束ないあいつがどうしてあのレベルの理論を叩き出せるんだ? まるで魔術とは違う観点から物理事象を見聞きしたみたいに……)」

 

 それはリョウが魔術ではなく、科学の発展した世界から来たということを知らないグレンからすれば疑問しかわかない不可解な点だった。

 

 まあ、それはまた機会あったら聞けばいいかなと思って思考を中断する。リョウを信じているからとかそれ以前に、つい物思いに耽った所為で空腹を刺激してしまったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ、そろそろ終幕とするか」

 

 残った一組、三組、七組の競技者を[ショック・ボルト]によって動きを封じ、大きな隙を作ったのを見て最後の攻めに転じる。

 

「『渦巻け荒海・龍の路を描きて・砕波せよ』!」

 

 空気中の水分が凝縮し、俺の背中から龍の尾を思わせるように撓る。[アクア・ヴェール]をちょい攻撃仕様に改良した黒魔[テイル・シュトローム]である。

 

 俺は身体をフル回転させて水の尾を振るい、残った競技者を全員フィールドの外に追い払った。

 

『ここで決着ぅぅぅぅ! 『ランド・パニック』を制したのは二組のリョウ君だああぁぁぁぁ! あんた本当に魔術触れて半年かぁ!?』

 

 終幕の合図と共に実況の説明が会場内に響き、それからクラスのみんなや観客がわあわあと大歓声だった。

 

 で、戻ってみればクラスメートからは叩かれ褒められの揉みくちゃ状態。更に俺の水系魔術をどう作ったとか聞かれたりした。質問に関しては内緒ということで無理やり締めくくった。

 

 いや、あれ覚えるのに宇宙の話にも触れなきゃいけないから。こっちの世界の最先端って言ったら蒸気機関車らしく、宇宙どころか深海や月のことだってまだほとんど知らない世の中でそんな話はできない。なのでお開きにした。

 

 俺の競技が終わってからは午前中最後の競技、ルミアの出る『精神防御』だ。毎年何人も病院送りになる競技だとのことで女であるルミアは捨て駒ではないかとギイブルとシスティが疑ったが、そんなことは決してなかった。

 

 というか、以前の学院テロで一番度胸の据わったのはルミアなんだから当然と言えば当然だろう。このまま楽勝かと思えばルミアと一緒に生き残ったジャイルという男がまたとんでも肝っ玉だった。見た目とは裏腹なルミアと違い、こっちは見たまんまだ。明らかに魔術より身体を鍛えてると言った見た目である。

 

 そのまま二人の戦いはクライマックス。競技者に精神魔術をかける係のツェスト男爵が白魔[マインド・ブレイク]を徐々にレベルアップしながら二人に掛け続ける。

 

 それが三十回程繰り返すとルミアが膝をガクリと曲げかけるが、ギリギリの所で踏みとどまり、次に行こうとしたところでグレン先生が棄権を宣言した。

 

 ギャラリーはブーイングを起こすが、ルミアがギリギリだというのは素人目でもわかるのでクラスメート達も文句を言わず、むしろ奮戦したルミアを褒め称えていた。

 

 ところが競技が終わってトップへのインタビューをと思えばなんとジャイルは平然としたように見えて既に立ったまま気絶していたというどっかの漫画みたいな展開がそこにあった。それを見て実況と男爵が判定を覆し、最後の最後で二組の大逆転となった。

 

 まだ競技はあるのにまるで優勝したかのような騒ぎであった。

 

 

 

 

 

 

 

「……と、こんなもんかな」

 

 競技祭午前の部が終わって会場の外の木の上、俺は自分の手元にあるものを見て呟いた。そこには俺やルミア……クラスメート達の競技の奮戦ぶりが録画されていた。

 

 そう。今俺が手に持ってるのはI Pod Touchだ。こっちの世界に転移する時に持っていた荷物の一部である。他にもあるがこいつと同様この世界ではまだ開発の設計すらないので今まで持ってこなかったが、今回は祭りということでこいつだけ持参してきた。

 

 こっちの世界での映像記録はみな魔術を使わなければならないし、写真だってまだモノクロだ。しかも道具が大きくて重い。なので携帯性に優れたこいつでみんなの出る競技を撮らせてもらった(無許可だが)。

 

「……と、誰か来たな」

 

 人の気配を感じて俺はアイポタを閉じる。もちろん、こいつを見られないようにするための対策もそれなりに考えている。

 

 黒魔[ミスト・レイダー]。実は『ランド・パニック』の時もこれを使って他クラスの競技者の視界を遮りつつ、何人かご退場願ったのに使っていた。

 

 その効果は蝙蝠やイルカの超音波に近い。霧の水分が壁や生き物などの障害物に触れれば手で触ったように感じ、霧の触れたものの形と温度がわかるというもの。まあ、超音波に例えたものの便利なようで効果範囲はあまり広くなく、密閉されれば障害物の向こうの様子が全くわからなくなるという欠点の大きい魔術なので要改良。

 

 まあ、こういう隠し事がバレたくない時にはそこそこ使える魔術なので助かったりするかなと思って立ち上がるとおかしいと思った。

 

 人の気配があったから立ち上がったものの、周囲にはそれらしい影なんてなかった。しかし、今も人の形をした気配はある……けれど視界には映っていない。

 

 もしや魔術で自分の姿を隠してるのではと思ったと同時に悪寒が走った。ほんのひと月前にルミアを狙ったテロがあった。そしてまた今回、競技祭を隠れ蓑にルミアを誘拐しようと企んで行動に出たやつがいるとしたら相当にマズイ。

 

 人に知らせるかと思うが、姿の見えない犯罪者などと言っても信じてもらえるとは思えない。グレン先生やアルフォネア教授なら信じてくれるかもしれないが、前者はいつのまにか会場を出て行ったし、後者は女王陛下の席の隣なのでそもそも近づけない。

 

 だとしたら行動に出られるのは俺ひとりのみ。そう思ってから行動に出るまで時間はかからなかった。

 

「止まってくれませんか?」

 

 俺が声をかけると、姿の見えない何者かの動きが止まった。やはり魔術で姿を隠していたようだ。

 

「何用でこの学院に来たのかわかりませんが、姿を見せないようにするっていうのは少々マナーがなってないんじゃないですか?」

 

 ちょっと喧嘩腰に言いつつも内心はかなり切羽詰まってる。声をかけたはいいが、そこからどんな行動を繋げるか考えられない。最悪、[マジック・バレット]をあちこちにぶっ放して危険を知らせるかと思ったが……。

 

「……あら、ごめんなさい。余計な警戒をさせてしまいましたね」

 

 聞こえてきたのは女性の声だった。犯罪者かと思えば随分と優しそうなイメージの声だった。そして目の前の景色の一部がぼやけ、輪郭が見え始める。

 

 それが人の形を取り、その姿がハッキリと見えるようになると俺は唖然とする。

 

「ごめんなさい……こうでもしないとロクに散歩もできない身だったので知人に協力してもらったのですが、これを見破るなんて随分優秀な生徒なんですね」

 

「じょ、女王……陛下?」

 

 なんと目の前にいたのは悪戯のバレた子供のような笑みをうかべる女性。この国の頂点、アリシア7世だったのだから。


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