ロクでもない魔術に光あれ 作:やのくちひろし
「──とまあ、そんな感じでルミアにはお世話になってました」
「まあまあ、あの娘らしい。私に似てすごく優しいのね……なんて」
傍でチロリと舌を出して茶目っ気を見せる女性はアリシア七世。この国の頂点にいる人間だ。
昼休み、姿の見えない人間の気配を感じて牽制しようと思えば何故かそれが国の頂点ってどんな漫画展開だよ。
一応俺がこの学院に編入してからしばらくの生活を話題にして会話しているが、王族どころか貴族に対するマナーとかも知らない俺にはこの時間はキツイ。
まあ、女王陛下が俺がこの手の人間に対する礼節とかに慣れてないのをわかってか砕けても構わないと言っていたが、いきなりそれは無理というものだ。だからボロが出ないように必要最低限の会話にしたいが、かといってダンマリな状況にするのもなんか不敬っぽく感じるのでルミア関連の話題を出していた。
しかし、女王陛下は茶目っ気を出してるように見えるが、どこか落ち込んでいるような儚げな空気を纏っていた。
「ふふふ……私が傍にいなくても立派に過ごしているようですね。もっとも、私の心配などあの娘にとっては煩わしかったようですが」
「へ?」
「先程あの娘に会ったのですが……あの娘は私を母とは呼びませんでした。当然、ですよね……私は母なのにあの娘を捨てたんですから」
「あ……」
そうか、本来貴賓席でみんなの注目を浴びる人がただ散歩だけの理由で隠蔽の魔術を借りてまでこんなところを彷徨くわけがない。ただルミアに会うためにこんなことを。
だが、肝心のルミアが彼女を母としてではなく女王陛下として接したことから過去に家族と離れた時の傷がルミアの正直な気持ちを押しのけてしまったのだろう。
「仕方ありません。私は母親として最低なことをしたんですから、憎まれてもしょうがありません」
「あ、それは……」
違うと言いたいが、どんな言葉をかければいいのかわからなかった。もちろん女王陛下がルミアを引き離したのが国の混乱を防ぐためだというのは理解している。
もし女王陛下が国の政治第一な考え方の人だったら一言くらいは口にしたいと思っていたが、実際相対するとそんな腐った考え方が微塵も感じられない、優しさに溢れた人だというのがわかる。
「すみません、こんな話をして。ただ、どうかあの娘のことをお願いしますね」
「……俺にそんなことをお願いしていいんですか? 俺はその……本当に何処ぞの馬の骨ともわからないのに」
「いえ、あの娘があなたと楽しそうに接しているのだし、ひと月前の騒動では良い働きをしてくれたとか」
以前のテロ騒動はもちろんのこと、やはり俺に戸籍がない不自然さも知ってるわけだよな。その上でルミアのことを頼んでいる。
国の頂点に信頼されてるっていうのはなんとなく嬉しいんだけど……。
「あの、陛下……俺は──」
言葉を続けようと思うと、数メートル先から甲冑に身を包んだ集団がこちらへ歩み寄ってきた。たたでさえ絵面だけでも厳かなのに、一番前を歩いている老騎士がやたら鬼気迫った顔をしているので余計警戒心が浮き立つ。
「ご安心ください。彼らはわたくしの近衛騎士団ですから。ですが、今はあなたにしか見えないようになってるはずですが、何故セリカの魔術が……」
女王陛下は俺が気づいたから一時的に姿を現したが、またアルフォネア教授の魔術を起動して俺以外の人間が自分を認識できないようにしたらしいが、あの騎士団は明らかに女王陛下を認識している。
それから騎士団が目前まで歩み寄ると横一列になって待機状態になり、その間から老騎士が前に出てきた。
「女王陛下、お探ししました」
「見つかってしまいましたか、ごめんなさいゼーロス。どうしても寄りたいところがあったので」
「いえ、ところで……そちらの少年は?」
ゼーロスと呼ばれた老騎士が俺を鋭い目で一瞥して女王陛下に尋ねる。
「彼にはちょっとこの近辺を案内してもらっただけです。ところで、何かあったのでしょうか?」
「陛下、少しお話しがあります」
ゼーロスが一揖しながら呟くと同時に右手を軽くあげるとそれが合図だったのか、瞬く間に待機していた筈の騎士団が女王陛下を囲繞する。
騎士甲冑に身を包んでるとは思えない俊敏な動きと俺と女王陛下との距離が一メートルにも満たないにも関わらず上手く滑り込む足運びに関心すると同時に違和感が生まれる。
「……どういうつもりですか?」
「御無礼お許し頂きたく、陛下。しばしの間、力づくでも御身を拘束させて頂きます」
王族相手に堂々と力づくだ拘束だなんて言葉を使う状況に疑問を抱かないわけがなかった。どんな理由があるかわからないがこんなのが異常なんてのは俺でもわかる。
「女王陛下を守るための騎士団が随分物騒な真似をするんですね」
「黙れ、学院生には関わりのないことだ。下がってもらおう」
「こんな正気じゃなさそうな光景見せられて下がれるわけないでしょう。女王陛下に剣を向ける前に冷静に話し合うことも──ぐっ!?」
「黙れと言ってるのだ! これ以上楯突くのであれば貴様の首を斬る!」
最後まで台詞も言えず、騎士団の一人に剣の柄で殴打されて地面に倒れこむ。
「おやめなさい! 守るべき一般市民に剣を向けるなど、国に仕える騎士団として恥ずべきことです! 貴方達はいつから暴漢へと成り下がりましたか?」
「御身の命に比べればその程度の汚名など塵にも値しません。しかしながら、この狼藉は決して国に仇なす行為に非ず、ひとえに御身と祖国に対する忠義とご理解願いたい」
「ゼーロス……」
それから女王陛下はゼーロスと俺を交互に見比べると観念したように頷く。
「わかりました、お話を聞きます」
「ご理解、感謝致します」
「リョウ、この度は申し訳ありませんでした」
女王陛下は俺に謝罪すると騎士団と共にこの場を去って行った。残された俺はもう何が何だかわからないままだったが、女王陛下に何かが起ころうと……いや、既に何かが起こってるのだろうと予想した。
そして騎士団が無理やりにでも女王陛下を連れて行ってるところを見ると、外にいるのがマズイということか……そうなると、暗殺対策のために壁に囲まれ、更に護衛に最適なアルフォネア教授の所へ戻る筈だ。
いや、女王陛下の身を考えるならこの学院から去るかそもそもこの行事自体を中止にすればいい。混乱を避けるために報せないでいるということかもしれないが、どちらにしても女王陛下を無理やり軟禁状態に置く意味がわからない。
一体どんな不都合があっての……。
「不都合……?」
不意に浮かんだ言葉にゾッと冷たい何かが背中を走った気がした。
そうだ、女王陛下本人は考えないかもしれないが、周囲に知られれば国の不都合になる不安要素はあった。もしあいつらがそれを強行しようものなら……。
「ルミアか……っ!」
俺はまだ痛む頰を乱暴に摩るとすぐに駆けだす。恐らくすぐに騎士団がルミアを連れて行こうとするかもしれない。あまり考えたくないが、女王陛下が優しいからってその家臣が同じ心とは限らない。最悪秘密裏に首を落とされかねない。
そんな悪い予感を必死に振り払いながら俺は競技場の周囲を駆け回っていく。さっき女王陛下はルミアと会って話をしたって言って、そしてルミアが動揺をして遠ざけてしまった。多分、複雑な感情が絡み合ってひとりになって考えようとするだろうからあまり人通りの少ない場所へ行こうとする筈だ。
もう午後の競技が始まったのか、会場がわっと歓声を響かせるがそっちに気を取られてる場合じゃない。
三十分かけてようやく半分まわった所でようやく目的の人物を見つけることができた。ただし、さっきの騎士団と同じ格好をした奴らに囲まれて。
「っ! 《飛沫》!」
俺は一節で空気中の水分を圧縮して手のひら大の大きさの水球をつくり、騎士団に向かって投げつける。
騎士団のひとりが気づいて前に飛び出して防ぐと圧縮した水が弾けてルミアを囲っていた騎士団全員にかかる。
「リ、リョウ君!?」
「貴様、我々が何者か知っての無礼か?」
「そっちこそ、俺のクラスメートに剣を向けて何のつもりだ?」
思わず敬語が抜けたが、友人に剣を向ける奴に礼儀なんて必要ない。
「ここにいる少女は恐れ多くも、女王陛下の暗殺を企てた罪人だ! よって、不敬罪及び国家反逆罪の容疑で処刑を下す!」
「あ?」
あまりにも駭魄な話で意味がわからなかった。いや、わかりたくなかった。
「暗殺? なんでルミアがそんなことをしなきゃいけない? そもそもそんな証拠が何処にあるわけ?」
「これは一般市民が触れてはならない国家機密事項だ! だたの学院生でしかない貴様が入り込む余地はない!」
「ふざけんじゃねえ! 証拠もなければ手続きを証明する書類もねえ! 挙句に裁判もなしに即処刑とか文字通り話にもなんねえぞ! 大体、テメエらに裁く資格なんてあんのか! まずは検察官とか弁護士呼べよ!」
「これは女王陛下直々の命令なのだ! 逆らうのであれば貴様もこの娘の共犯者として処分させてもらおう!」
「デタラメ言ってんじゃねえよ。俺はついさっきまで女王陛下と会っていたんだ。テメエらが出しゃばるまでそんな命令一言も発していなかったよ!」
「出まかせをぬかすな! これ以上我々の邪魔立てをするならまずは貴様の首からだ!」
「お前ら──」
「リョウ君、駄目!」
俺の怒りが更にヒートアップしそうなところにルミアの悲鳴じみた叫びが割り込む。
「もういいよ。あなたはこのまま下がってて。私が素直に首を出せば全部収まるから」
「ふざけんな! こっちは全然収まるか! んなわけもわからない理由でお前を死なせるとかありえるか!」
これを知ったら収まらないのは俺だけじゃ絶対に済まない。システィはルミアの経緯を知ってるから何かの陰謀を感じ取って行動を起こすだろうし、他のみんなだって絶対大騒ぎすることは確実だ。
「お願いだから戻って。このままじゃみんなにまで迷惑かけちゃうよ」
「迷惑はむしろこいつらの方だろうが! 何普通に受け入れてんだお前は!」
「いい加減にしろ! 学院生風情が──」
「『テメエらも・ちょっとは・黙れねえのか』!」
横槍入れてきてムカつき、俺は呪文を即興改変した『アクア・ヴェール』を振るって騎士団ごと周囲を水浸しにする。
「……貴様、これは我々に牙を剥いたと取って良いのだな?」
「お前らこそ、まだルミアを処刑しようってんなら沈めるぞ?」
「リョウ君!」
ルミアが叫ぶが、ここまで来てもう止まれないし止まりたくない。
「学院生風情の
「……お前らさ、俺の出た競技見てなかったの?」
「なに?」
「つまりさ……お前ら、バカだろ。『通電』!」
[ショックボルト]を少し広範囲に改変した魔術が騎士団へ襲いかかる。
「「「ぐああぁぁぁぁっ!?」」」
結構威力も出てたから倒れずともしばらくは痺れが取れなくて満足には動けないだろう。
「バ、バカな……何故対魔術装備を……」
「水は電気を通す……当たり前だろ」
騎士団も軍の一部なんだしそんな装備があったっておかしくないことくらい予想してたよ。学院生の俺達の制服にだって軍ほどじゃないにせよそれなりの対魔術機能エンチャントされてるんだから。
だから一旦水で濡らしてお前らの身体に直接電気が伝わるよう細工した。
「自分の装備を過信しすぎなんだよ。俺ですら簡単に攻略できちゃうし」
「ぷぷーっ! 『対魔術装備に身を包んでるから三属呪文も精神汚染呪文も効かん』だなんて言ってたのは何処のどなたでしたっけ〜!?」
「まったく──って、先生っ!?」
何時の間にかグレン先生が俺の後ろに立っていた。
「き、貴様は魔術講師……何故、さっき……」
「ああ、俺こう見えて拳闘の方が得意でね……あんな程度の打撃ならいくらでも外せるんだよ」
どうやらグレン先生もこいつらと一悶着があって機会が来るまで様子を見てたと。
「ぐっ……貴様、我々に仇なすとはすなわち女王へい──ぐふっ!」
「ああ、いちいち話を聞くつもりないんで。せっかくのチャンス潰されたくないし」
騎士団のひとりが最後まで言い切るのを待たず、グレン先生があっと言う間に全員手刀で沈めた。
「さてルミア、助けに来たぜ」
「せ、先生……それにリョウ君も、王室親衛隊に手をあげるなんて……」
ルミアが青い顔をしながら俺達と騎士団を見比べる。
「ああ、うん……かなりヤバイことしちゃったかも……」
「ルミアのピンチだったとはいえ、俺ら所謂不敬罪やら公務執行妨害やら成立させちゃうことしましたね」
「何呑気なこと言ってるの! これじゃあ二人まで国家反逆罪になっちゃうんだよ!」
「うん、それは確かに……」
「ヤベエな……」
俺とグレン先生は違いを見合って呟く。
「急いで離れないと! こんなところ誰かに見られたら!」
「お、落ち着け。王室親衛隊にも話の通じる奴がいる。まずはそいつらと話し合って──」
「いたぞ!」
少し離れたところからこれまた同じ格好の別働隊の騎士団がこちらへ向かって駆けつけて来た。
「見ろ! 同志達がやられてる!」
「おのれ、大罪人に与する不届き者め! 我らが剣の錆にしてくれる!」
「志半ばで倒れた同胞の無念、必ず晴らしてくれる!」
何故か倒れてる騎士団が死んだことにされて勝手に変な盛り上がりを見せつけてるし。
「先生、話の通じる奴なんています?」
「うん、俺も自信なくなってきたわ……ていうか、みんな人の話最後まで聞こうってママから教わらなかった!?」
「ど、どうするんですか……このままじゃ……」
「どうするもこうするも……」
「逃げるしかねえだろ!」
グレン先生がルミアを抱きかかえて走り出す。俺もそれについていき、意識を集中させる。
「リョウ! 俺に捕まっとけ! 《三界の理・天秤の法則・律の皿は左舷に傾くべし》!」
俺がグレン先生の言う通りに背中を掴むと黒魔[グラビティ・コントロール]を発動させて俺達の重量を極端に軽くして向かい側の建物の屋上までひとっ飛びする。
「先生、そのまま停止! 《清冽たる
俺は足元を中心に水を圧縮させ、足場に敷き、更にそれ自体を高速で移動させて俺達を運ばせる。[アクア・ヴェール]を移動手段として開発した黒魔[シュトローム・サーフ]。
水なわけだから自分の足で走る時と違って摩擦によるスピード低下を気にせず、水の中に磁界を発生させて地面から少し浮かせるように術式を調節して走らせ、更に人間が沈まないように表面に[ウェポン・エンチャント]の術式仕込んで沈まないようにしてるので人が懸河の上を滑ってるように移動できるというわけだ。
ただ、自動車並みのスピードのため細かい軌道修正が効かないのと魔力の燃費が半端ないためこういう長距離を短時間で移動するためにしか使えないのでまだ魔術戦では投入できない魔術だ。
これのデビューがまさか国を守る騎士団から逃走するために使おうとは思わなかった。
「に、逃げたぞ!」
「追え! 逆賊を逃すなぁ!」
「ああ、もう畜生! 何でこう次から次へと! だから俺は働くなんて嫌だったんだよおおおおぉぉぉぉ! ええい、引きこもりバンザ──イッ!」
「逃走中に大声出さないでくれません?」
とはいえ、俺もこんな状況に愚痴も言いたくなったりする。
グレン先生の指示のもと、俺達は適当な人気のない路地裏まで逃げ切った。速度なら俺達の方が上だったのに重ね、グレン先生がやたら普通の人の通らない道に詳しかったので簡単に振り切れた。
「たくっ……面倒なことになったぜ」
「しかも向こうが全く話を聞こうとしないのが更に厄介……」
女王陛下の命令だ言ってるけど、全く信じられない。かといって、あいつらの何人かの会話の中に怪しさというか、むしろ焦りがあるように思えるのも不思議な話だが。
ともかく、向こうがルミアの殺害が女王陛下のためと信じて疑わないみたいな態勢を見せてる以上、まず交渉は不可能だと思う。
「二人共、どうして……」
息を整えながら考えると、落ち着いてきたのかルミアが問いかけて来る。
「いやあ、お前を見捨てたら白猫が煩いじゃん? あいつの説教かなり耳に響くからさ」
「ふざけてる場合じゃないでしょう! それにリョウ君だって、自分が何をしたのかわかってるの!?」
今度はこっちに矛先が向いた。いや、何をしたかって言われてもな……。
「向こうが勝手に無実の罪を着せて来るから助けただけなんだけど……」
「王室親衛隊に手を挙げたんだよ! リョウ君だって国家反逆罪で死罪にされちゃうんだよ!」
「いや、実際に親衛隊倒したのグレン先生だし……」
「おいコラ、何自分だけ責任逃れようとしてんだよ。ここまで来たからにはテメエもキッチリ巻き込まれろや」
「いや、俺は先生ほど口上手くないんでここは人を口で泣かせるのが得意なあなたに一任します」
「人聞きの悪いこと言わないでくれる!? 俺が何時誰を泣かした!?」
「非常勤講師として赴任してから十日程にシスティを」
「そんな昔のこと掘り起こさないでくれるかな! もうあれは時効でしょ!」
「二人共真面目に聞いて!」
俺とグレン先生がコントみたいな会話を繰り広げるとルミアが赫怒した様子で割り込む。
「何であんな無茶をしたの!? そのおかげであなたもいつ殺されたっておかしくないくらい本当に危ない立場になっちゃったんだよ! もっと自分を大事にしてよ!」
確かに無茶した感は強いが、今の言葉には俺もついカッとなってしまった。
「前半はともかく、最後の言葉そっくり返してやるよ。事実無根だってわかってんのに何でお前はあんなくだらん裁き擬きを受け入れようとしてんだよ! それを知ったらシスティやみんなだってどんだけ悲しむと思ってんだ!」
「だからって、私が生きてたらみんなに迷惑がかかっちゃうんだよ! こんなことにみんなを巻き込めるわけないでしょ!」
「誰が何時迷惑だと言ったんだ! 誰かが言ったわけでもないのに勝手にんなこと決めつけてんじゃねえ!」
「リョウ君だって私の言葉も聞かずに無茶ばかりしてるでしょ! 助けてなんて一言も頼んでなかったよ!」
「お前な──」
「お前ら落ち着け!」
「ぐぶっ!?」
俺とルミアの口喧嘩がヒートアップしてきたところでグレン先生が仲裁に入った。ルミアは襟元を掴んで引き離され、俺はゲンコツで止められた。そこはかとなく差別を感じる。
「たく……二人揃ってらしくねえ口喧嘩してんじゃねえよ。ルミアの言う通り、そろそろ真剣にこれからのこと考えねえとな。もうこれかなり詰んでるし……」
確かに、女王陛下本人にさえ会えれば冤罪は解けそうなものの、その前に話を聞かない騎士団が立ちふさがってるもんな。
女王陛下の傍に来た騎士団、ルミアを拘束した騎士団、そいつらを倒した後で駆けつけてきた騎士団など。それらだけでも結構な人数だったけど、恐らく総数ならその何倍もいるんだろうな。
そんな集団をすり抜けて女王陛下のもとへたどり着こうなんてかなりの難題だろう。
「……って、直接会わなくても解決できんじゃん!」
どうしようかと考えてるとグレン先生か懐から赤い宝石を取り出した。
確か、テロ騒動の時にも使った魔術的な通信機だっけ。あれでアルフォネア教授と連絡したこともあったな。
なるほど、あれでアルフォネア教授に口利きしてもらえば解決というわけか。
「セリカなら今も女王陛下と一緒に貴賓席にいる筈だ。セリカを通して女王陛下に話をつけて、王室親衛隊の暴走を止めてもらえるよう進言すればいい」
それからグレン先生が通信に入ると暗澹とした空気が場を支配する。更に路地裏ということもあって更に緊張感が高まる。
グレン先生が通信中だから自然と俺とルミアだけが取り残されることになるから尚更だ。さっきはカッとなったとはいえ、随分暴言吐いた気もするし。
「あの、さっきはごめんなさい……」
気まずい状況の中、ルミアが切り出した。
「その、迷惑かけたくないのはさっきと同じだけど……みんなに何も聞かないで勝手に決めつけたのはその通りだから、ごめんなさい」
「あ、いや……俺も言いすぎた。しかもお前の言い分かなり無視してたから非難されるのはしょうがないと思う……」
お互い謝ったものの、やはりまだ気まずい感じがするなと思ったところだ。
「おい、何言ってんだ? ふざけんな! 今俺は真面目に……っ!?」
何やらアルフォネア教授と通信してるグレン先生の様子がおかしい。神妙な顔つきでいくつか質問を重ねるがその表情は渋くなる一方だった。
「あ? それってどういう…………て、おい!? あの女……変なこと言うだけ言って切りやがった。くそ……俺ひとりでどうしろってんだ」
グレン先生が頭を抱えてるところを見ると、アルフォネア教授の協力は得られそうにないんだろうな。
「先生……」
「ああ、大丈夫だ。絶対どうにかすっから俺を信じろ。とはいえ……この状況と手持ちの札があまりにもな……」
向こうは数で圧倒してる上に女王陛下の勅命なんて大義名分を持ってるからやろうと思えば更に手札上乗せされかねない。恐らく俺達の存在を認知すればすぐに怒濤となって押し寄せてゲームオーバーだろう。
「……っ!? お前ら下がれ!」
「え?」
グレン先生が急に声を荒げて路地裏の向こうを見ると、そこには見慣れない格好をした2つの影があった。
「リィエル!? それにアルベルトまで!? 王室親衛隊だけじゃなくて宮廷魔導師団も動いていたのか!?」
宮廷魔導師団というのはよく知らないが、グレン先生の様子を見る限り、そっちも非常に厄介な存在なんだろう。
グレン先生が向こうにいる二人を認識すると片方の、癖っ毛の多い青い髪を束ねた少女が驚異的な跳躍を見せ、何かを呟きながら地面に手を叩きつけると手を着いた場所を中心に石畳が一部砂塵となって瞬時に大剣へと変化する。
「ちっ! 形質変化法と元素配列変化を応用したお得意の高速武器錬成か!」
まるでクウガの武器変換みたいな錬金術の腕に驚いてる暇もなく、少女はいかにも重そうな大剣を軽々と上段に構えながら突進してくる。
「くっ! 《白銀の氷狼よ・吹雪纏いて・疾駆け抜けよ》!」
止まる様子もない少女に対してグレン先生は魔術を使って吹雪と氷の礫を撃ち放つが、少女の身体はちっとも凍らない上に氷の礫も鋼を相手にしてるかのように全く歯が立たない。
「相変わらずデタラメに頑丈な奴だな!」
口を動かす暇もなく、少女はあっという間にグレン先生の目の前まで接近して大剣を振り上げる。
「くっ! 《光殼》!」
「いいいやああぁぁぁぁぁ!」
少女の大剣が振り下ろされる前にグレン先生の拳を[ウェポン・エンチャント]で強化し、なんとかグレン先生は防御態勢を取るが、大剣と拳が触れた瞬間、2人を中心に数メートルほどの足場がめり込んだ。
「このバカ! いい加減話を聞け!」
「問答無用っ! 斬る!」
少女はグレン先生の言葉に耳を傾けようとせず、とにかく台風のような斬撃を繰り返すばかりだ。そして、少し離れた場所からは少女より更に濃い青の長髪の青年が指を使って狙いを定めていた。
マズイ状況なのは瞬時に理解した。グレン先生は少女の攻撃を躱すだけで手一杯だし、更にグレン先生の固有魔術を使おうにも大剣を振り回す少女には意味がなく、青年も効果範囲外なために使えない。
「ぐ……《光牙》!」
俺は[フォトン・ブレード]を左手に付与して青年に向かって駆け出していく。
「リョウ、バカ! そいつは──うおっ!?」
後ろで少女の相手をしているグレン先生が止めようと声を荒げるが、どっちにしたって不利な状況に変わりないし、青年の方が厄介だっていうんならそれも承知の上だ。
青年は接近してくる俺に気づいて鷹のように鋭い眼光と指を向けて狙いを定めに来るが。
「《紫影》!」
「っ!?」
俺はスピード特化させた[フィジカル・ブースト]を発動させて一気に肉薄していく。
青年は一瞬驚いたように目を見開くが、瞬時に冷静に俺の太刀筋を見切って緩やかに身体をズラして再び狙いを定めつけようとする。
「《伸》っ!」
更に一節詠唱を入れると、[フォトン・ブレード]の刀身が伸びて青年に肉薄していく。魔術競技祭以外にも毎日の練習で刀身の長さをある程度調節できるようになった。
だが、これで決まるなんて微塵も思っていないが、こいつは捨て札で本命は右手に集中させてる……飛び出す前に[アクア・ヴェール]を手の平大に圧縮したものを見えないように待機させている。
回避しようが受けようが、その瞬間にこいつで仕掛けて動きを封じに入り、グレン先生がこちらに駆けつけて固有魔術を使わせる時間を作るしかない。
そう思いながら刀身を振るうが……。青年の指から突如紫電が閃いた。
「えっ?」
紫電の光が見えた途端、腹部に鋭い衝撃と全身を駆け巡る痺れが身体を支配した。
「ぐあ……っ!?」
「リョウ君っ!?」
ルミアの悲鳴じみた叫びが聞こえるが、顔もロクに動かせなかった。ていうか、今この人呪文なんて全く口にした様子がなかった。あの紫電の形からして[ライトニング・ピアス]なんだろうけど、威力は前とは違ってかなり低いので手加減して撃ってたのか。
状況がてんでわからないが、極めれば詠唱も破棄して魔術を使えるのかよ。
そんなことを考えてる間に青年は再びグレン先生に目を向けると指を上げて狙いを定める。
「やめ……っ!」
止めようと口を動かすも青年は再び雷閃を撃ち放ち、それが高速で宙を駆け抜けていき──
「ひゃうっ!」
──少女の頭に命中した。
「「……え?」」
いきなりの予想外の展開に、俺とグレン先生が間抜けな声を出す。そんな俺達を余所に青年はコッコッと少女のもとへ歩み寄る。
「久しぶりだな、グレン」
「お、おう……」
何とも言えない静寂の中、青年は冷静にグレン先生に語りかける。
「場所を変える。付いてこい」
呆然とその場を眺めていると、青年が不意に俺へ視線を向けて来る。
「お前もだ、手加減はした筈だ。もう立てるだろ」
いや、確かにもう痺れは取れてるけど、痛みや怪我とかじゃなくてこの状況に着いて行けなくてこの体勢のままになってたんだが。
「リョウ君……大丈夫?」
落ち着いたのか、ルミアが俺のもとへ駆け寄って立ち上がらせる。
「あ、うん……で、先生。これって……どういう?」
「いや、むしろ俺が聞きたい……」
変な疑問を抱えたまま俺達は路地裏の奥へ向かう青年の後を追う。