ふと顔を上げるズァーク。
「そろそろ時間だな」
「……?」
そう言った瞬間、真っ暗だった世界に光が差し込む。
「そっちの問題が全部終わったんだろうよ」
「……そうか、やったんだ……遊作君」
ハノイの塔は倒れ、その一部となっていた人々の意識が戻ったのだろう。となれば、現実世界で意識が無い私も戻らなければ不自然になる。
「あーあ! もっとデュエルしたかったなー!」
時間になったから終わりだというのに駄々をこねる。彼の側にはオッドアイズ・アークペンデュラム・ドラゴン。嗜めるように尾で軽く背中を叩く。
「いてて、わかってるって」
「さよなら、だね」
「……いいや違う」
――ずっと、心のどこかで彼女を探していた。ペンデュラムの使い方の一つ、ダウジング。ペンデュラムは落ち着くことなく揺れ続け、世界のどこにもいないことを示していた。
でも、もうペンデュラムが揺れることはない。大事な探し物を見つけたから。それに彼女の精霊が力を増せば、またいつでもデュエル出来るようになる。
だから、この言葉で終わろう。
「またな!」
光の中に彼の姿が消えていく。
『ご主人、僕達も行こう』
「うん」
光へ足を踏み出す。光はだんだん強くなり、腕で遮っても瞼を閉じても不思議と視界に入ってくる。目を刺すようなものではなく、優しく包み込むような光。周囲の黒が全て白に変わり――。
そして、現実で目を覚ました。
「――本当に終わったんだ、全部」
目覚めると外はすっかり暗くなっていた。混乱などは無く、いつも通りの街並みが広がっている。
たった六時間。六時間で世界は救われた。この六時間でハノイの騎士は無くなった。私は晴れて自由の身。
……事故って入院中にハノイ入りってよく考えるととんでもないことやってたな。それにやり甲斐ある仕事だったとはいえ馴染み過ぎて恐ろしいわ。ハノイの騎士は無くなったけど、ヒャッハノイ達は勝手にイベ企画して、集まって馬鹿やったりするのかな? ネオ・ハノイの騎士とか作ってやらかさなかったらいいんだけど……。
――これは思い出と言う名の現実逃避。そう、私は今重大な問題に直面していた。
「あー……説明どうしよー……」
ぼふ、と枕に顔を埋める。
衝撃の真実した後でどんな顔して会えばいいのよー。学校でほぼ毎日会うし、部活も同じだし。いっそのこと逃げる? 普通の高校生が突然家出してどこへ行くってのよ。ハハハハハ……はあ。
――ピンポーン。
無慈悲なチャイムが鳴る。
「……うう」
あれ、思っていたより早くないですか? 髪を手ぐしで整えてからドアを開ける。
「……遊作君」
「突然すまないな……ヴァンガード」
予想通りチャイムを鳴らしたのは遊作君だった。名前でなくアバター名で呼ぶのは怒っているからなのだろうか。
玄関にずっと立たせておくのもあれなので、取り敢えず座布団とお茶を出す。
「何故ハノイの騎士に入ったのかは今は聞かない。……教えてくれ、本当に十年前の事件を知らなかったのか?」
彼が復讐者になるきっかけ、ロスト事件。半年間行われたその実験は抉り出せない血肉となってしまった。
「……皆、ロスト事件については何も話さなかった。末端の部下はもちろん私にも、ね」
いかに成果を上げようと私は外部の人間だ。十年前、六人の子供をさらって非人道的な実験をしていました、なんて部下に教えられるはずがない。どれ程口止めをしてもネットに情報が拡散し、結果自分の首を絞めることになるからだ。
「スペクター様のあの話で何となく、ぐらいだよ」
「……そう、か」
辛かっただろう、苦しかっただろう、寂しかっただろう――。今更同情して何になる? 小さい時、周囲に何度上っ面だけの同情をされたかは分からないし、それを繰り返すつもりもない。
「知らなかったは免罪符にならないぐらいわかってる。それに私は多くの人を巻き込んだ。ハノイへの復讐者、君には裁く権利がある。デュエルを辞めろ、って言えばもうデュエルはしない。……どうするプレイメーカー」
デュエルディスクを腕から外し、テーブルの上に置く。
「なら、一つだけ」
遊作君が私のデュエルディスクを手に取る。
「俺の仲間になってくれ、ヴァンガード。……いや、『今上 詩織』」
手に取ったデュエルディスクをそのまま突き返す。予想外の返事に一瞬固まる。今なんと? 仲間に? 私が?
「……嘘……だよね?」
「嘘じゃない。そう決めた理由は三つある。一つ、俺の復讐は終わった。二つ、そのデュエルの腕は放っておくには勿体ない」
幼い鴻上了見が教えてくれた救い、三つを考えること。指折り数えながら説明する遊作君の最後の言葉は。
「――三つ、友達の願いを断るほどお前は悪い奴じゃない」
真っ直ぐ見つめてくる遊作君。思わず目をそらす。
リボルバー様……いや、鴻上了見は仲間となることを拒んだ。何より救いたかった人はどこか遠くへ行ってしまった。彼が心を許せるのはあの事件の被害を知っている人だけ、だと思っていたのだが。
――犯した罪は消えないけれど。彼は許してくれるのだろうか。
「あー、その……うん」
座ったまま少し後ろに下がり、手をつき、頭を下げる。
「ハノイの騎士でした事の贖罪として! 友達として! 不肖ヴァンガード、改め今上詩織! 仲間に入れさせてもらいます!」
言った。言ってしまった。顔を少しだけ上げて反応を見る。
「ああ、よろしく頼む」
「ハイ、今後とも宜しくお願いします」
てっきりデュエルを辞めろと言うかと思っていたので声の調子とテンションがおかしい。二言三言話し、続きの話は明日カフェナギでしよう、と決まった。
次は草薙さんへの説明か……ハノイの騎士だった時の情報まとめて提出が出来るようにしておかないと。絶対俺達の目の届かない所で何をしていたのか、って突っ込んで来そうだからな。
「……あー、明日大丈夫なの?」
「生憎、どこかの騎士のお陰で夜更かしには慣れてるからな」
「うぐ」
……それを言われるときついです。
「それじゃあ明日、頼むぞ」
「また明日、遊作君」
後ろ姿が見えなくなるまで見送ってからドアを閉める。しっかり鍵をかけて……。
「ゔわーーっ!」
高速で布団にダイブ。布団の上で足をバタバタさせたり、ローリングしたり、枕を壁に投げたり。
「なーに言ってんだ私ーっ!」
言動が凄く恥ずかしい。なんで人生の岐路で恥ずかしい言葉がぽんぽん出るんだよー! もしかしてあれか、漫画とゲームのやり過ぎか!? 無意識のうちに言い回しが脳内にインプットされているのか!?
いつもなら寝ている時間。明日どうしようか、と目を閉じて考え込んでいるうちに……そのまま本当に寝てしまった。デュエルディスクが勝手に起動し音声が流れても起きない。
『……ご主人、お疲れ?』
『>そっとしておこう』
すう、すう、と部屋は静かな寝息だけで満ちた。部屋を壊さない程度の大きさで実体化した精霊は、投げられた枕を破れないよう甘噛みで優しく取る。主人の頭の横へ持っていくと満足そうにくるる、と鳴いてデュエルディスクの中へ戻った。
どうも、ハノイの騎士(バイト)です。
アニメ一期 ハノイの騎士編 完
と、言うわけでこれにてアニメ一期は完!となります。
勢いで書き始めたのが見え見えの小説でしたが、応援してくださりありがとうございます!
あの後グラドスがどうなったのかは次のお話で。
最後の最後で主人公に名前が付きました。学校での会話で名前がないままは流石にきつくなるな、と思ったので……。デュエル部で遊作君とがっつり絡めたい!
あ、もちろん二期も書きますよ?
二期についてのアンケートの結果ですが、
11票で②アバター変更してプレイメーカーの仲間に!
に決まりました。投票してくださった皆様、本当にありがとうございました!
①と③も番外編で書く予定ですのでお待ちを。