――それは、ある朝のことだった。
「今上、折り入って頼みがある」
「……え、急にどしたの?」
普段からは想像もつかないほど真剣な表情をした友人。彼の口から告げられる頼みが、今上をさらなる困難へと向かわせ――。
「財前さんをデュエル部に出るように説得してくれ」
「うん無理」
――はしなかった。即答。友人ってなんだろう、と思わせる雑な回答である。
友人、島直樹はこのぐらいの事ではへこたれない。ぱちんと手を合わせもう一度頼みこむ。
「頼む、そこをなんとか。財前さん、最近部室に顔見せにすら来ないんだぜー?」
「んー、心配してるのは分かるんだけど……」
最近、放課後に学校内で葵ちゃんの姿を見た覚えがない。家庭の事情か急ぎの用事でも続いているのだろう。
「葵ちゃんにも都合があるんじゃないの? 無理矢理の説得とかガラじゃないんだけどなー……。あ、じゃあお代としてロックアンカーか緊急ダイヤを要求しよう」
島はそれを聞いて疑問に思った。その2枚が機械族関係のカードだというのは知っているが(主に今上の機械族布教のせい)、確か3枚は持っていたはずだ。
「……今上、そのカード今何枚持ってんだ?」
「ロックアンカーは26、緊急ダイヤは14」
「多すぎだろ! そんだけあんなら満足してるだろ!」
「ハッハー! まだまだ満足しちゃいねえ! ロックアンカーは機械族・地属性のレベル制限なし特殊召喚効果とか他のテーマに混ぜてねって言ってるようなもんでしょアレ。ダイヤも発動条件緩いし。だからその分集めてだね……」
「出張をする、っての? そーんな沢山デッキ持つ必要ないだろ! 漢島直樹、最強無敵のバブーンデッキで――」
「そのバブーン確か昨日メタル・デビルゾアの錆になってなかったっけ?」
「ぐっ……」
島は昨日のデュエルを思い出したのか言葉に詰まる。
「ん、んんー! 俺が思うに男からの頼みだから断られているはずなんだよ。女子同士ならうまいこといく筈だ、多分!」
咳払いを切っ掛けに急カーブをして最初の話題に戻る。
「……うーん、私を女子って呼称するのは世の中の女子に失礼だと思う。ほら、私ってキカイズキオタクジョシモドキだし」
女子の端くれの端くれの端くれぐらいに位置するであろう生物、それが今上詩織。
「ソコ、自分から言うのか……」
「一般的女子と趣味の方向性が真逆だし。自覚してるよそのぐらい」
いつもの通学路が沈黙に包まれる。カラスの鳴く声。誰に向かってアホーと言っているのかは神、改め鳥のみぞ知る。
島はため息をつき――び、と指をここまで一緒に歩いてきておきながら一言も発しないクラスメイトへと突きつける。
「こうなりゃヤケデュエルだー! 放課後デュエル部に集合! 付き合え藤木!」
空気に徹していた遊作だったが、名前を突然呼ばれて驚いたのか肩を揺らす。ここまでの二人の会話に茶々が入って来ないところを見ると、Aiはデュエルディスクと共に家に置いていかれたようだ。
「……なんで俺に?」
名指しされた遊作は不満と呆れが混じったような顔で返事を返す。
「……今上、最近変なデッキ使ってくるから相手すると疲れるんだよ……」
「変なとは何だ変なとはー、限界に挑戦してるんですよ」
「いや何の限界だよ」
島のツッコミに遊作も心の中で同意する。
「sinTG機皇? それとも無限起動アンティークの方が良い?」
「今日は藤木とデュエルすっから、二つとも後で相手してやる」
「むぅ、先約があるなら仕方ないか」
「……おい待て、どうして決定事項になって…………聞いてないか」
そんなこんなで学校の入り口前。偶然出会った穂村と財前の会話の中で『プレイメーカー』の話題が出てきた時は少しヒヤリとした。
島はプレイメーカーに認められた男だ、親友だと自称しているが、本気で信じる人はいないだろう。……まず、俺はあいつを認めた覚えは一切ない。
「(しかし、こんな調子で大丈夫なんだろうか……?)」
――ハノイの騎士との共闘を取り付けた。
三騎士の一人、バイラが脱獄したニュースが流れる最中、今上はそう告げた。
穂村は対価に俺達を売ったのかと感情を隠そうともせず詰め寄り、不霊夢がそれを嗜める。草薙さんも黙ってはいたが冷静とは言えなかった。
ここは自分が聞くしかないと考え、俺達の知らない場所で何を話したのか、詳細な説明を求めた。今上の口から語られたのは、俺達が抱いている危機を強くするには十分すぎた。
ハノイの騎士は未だイグニスの抹殺を諦めておらず、更にこちらの正体を既に知られている。ヴァンガードがログアウトさせられる直前の質問はブラッドシェパードをハノイの騎士へ引き入れる可能性を示唆していた。
最後に、共闘の対価として自身のデッキを使ったこと。
『……今上、そこまでする必要は……』
『せっかく向こうから接触してきたんだよ? チャンスを無駄にする訳にはいかなかったしね』
交渉材料にデッキを使う。これは今上だからこそ出来たことだ。ロスト事件の被害者である俺や穂村には絶対にできないし、しようとも思わない。
『で、これが問題のブツです』
デュエルディスクを草薙さんへと渡し、リボルバーから受け取ったデータを解析する。
『これが証拠か……開くぞ』
リボルバーから渡された証拠。それは俺達に衝撃を与えるには十分、いやそれ以上だった。
――ロスト事件の被害者の一人が、AIの起こした暴走事故に巻き込まれた。
その暴走を引き起こしたのは風のイグニス――ウィンディ。
『っ嘘だ! そんなことする筈ねぇよ!』
『我々イグニスが、パートナーを、手にかけるなど……そんな馬鹿なっ……!』
Aiと不霊夢は否定を続けている。だが、意志を持つといえどAI。誰よりもこのデータが正確で、現実に起きたものだと分かってしまっている。
『……信じたくないが、今上の考え通り、内乱の可能性が高くなってきたな』
『アイツ、敵だったってことかよ!』
『…………今上』
現実を直視したくない者、考えを改める者、闘志を高める者。彼女はどうなのだろうかとふと横に目をやる。
『……………………』
作為的に起こされた事件、その被害者であった彼女は何も語らず、ただ真っ直ぐ見据えていた。
――ボーマン達を追う手がかりを失った今、俺達がかなりまずい状況に追い込まれているのは今上も分かっていると思うのだが……いつものペースでいてくれるのは有難いやら困るやら。
今日は取り敢えず島とのデュエルをいかにして乗り切るかが最大の問題になりそうだ。
デュエル部の先輩が来るよりも早く部室を開け、数分後。早くもデュエルの決着がつこうとしていた。
「空牙団の英雄ラファールでダイレクトアタック」
「ぬわーーっ! 負けたーーーーっ!!」
淡々とデュエルを進める遊作に対して、オーバーリアクションをする島。
「いくらなんでもおかしいだろ1ターンでモンスター5体も出すとかさー! ズルしてんじゃないだろうな藤木ー!」
「初手が良かったんだね」
「ああ」
島はズルと言ったが本気で疑っている訳ではない。これまでに何度かデュエルしたのもあり、空牙団が展開に長けているのはよく知っている。
「バブーンの攻撃力あっさり超えてくるし……もうちょいサポートカード増やした方がいいか?」
がしがし、と乱雑に頭をかく。デッキとにらめっこしながらどう弄るか悩んでいるようだ。
そんな中。すいませーん、という言葉と共に部室のドアが横にスライドし、来客の姿が現れる。
「失礼します、デュエル部見学に来まし……」
「やっほーほむほむ」
「その呼び方やめろ! あとなんでお前がいるんだ!」
一気に眉間にシワが寄る。コワイ! これは転校する前は地元でブイブイいわせていたに違いない。
「え、部室に部員がいたら駄目なの?」
そういやコイツデュエル部入ってるって言ってたそうだった、と思い出したのか穂村は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「へー……今上、転校生と随分仲良いんだな」
「仲良しを超えて仲良ぴって言っても過言では無いかな?」
「ンな訳ねえだろ!」
「……とまあこんな感じで不良とオタクのショートコントできるぐらいの仲ではある」
「あ、の、なー!」
一言一句に噛み付いてくる穂村と、それを分かってボケる今上。騒がしくなった部屋の中、ただ一人早く終わらないかと藤木は黙って待っていた。
「……ん? ちょい待って電話きたわ」
化粧フェイズがほとんどを占める、とある映画の主題歌が唐突に流れる。皆に断りを入れてから部屋の端の方へ寄り、電話にでる。
「はいもしもし今上です……え、ちょい待って本人? 確認したいんだけど………………間違いない本人だ……。ってそうじゃない今何処!? …………んん待ってもう一回言って? いるの!? 鰻いるの!? あ、いや鰻はあだ名みたいなのだから無視してお願い。……まー、エンフェがいるならそっちは大丈夫かな? …………取り敢えず要点だけお願い」
このチンプンカンプンな応答を聞いて、男子3人の思うことは一致した。
「(…………一体誰と何の話をしているんだ……?)」
――時間は遡り、精霊界。
「ふむ、このプリンとやら中々いけるのだよ」
「そうだろう、パラ……いや、トゥルース。かつて正史とは違う彼が口にしたことがある、と記録に残っていてな。そこの彼は冷蔵庫にそのプリンの無限生産機能を付けるほどだった。……うむ、やはり良い味だ」
「……もしかしてコレ、トリシューラプリンかい?」
「む、知っているのかスター・ガーディアン?」
「あー、懐かしいなあ……ジャックが勝手に買ってきてクロウに怒られてたっけ……」
過去を懐かしむドラゴン、フィールド魔法、シンクロチューナー。
「おいでー! おいでしょご、おいでおいでー!」
「何あれ」
「私たちの効果でフィールドに呼べるドラゴンは召喚条件無視出来ないのを知らないかわいそうな覇王龍です、放っておいてあげましょう」
「……ふぅん、貴様ぁ……アドバンスドラゴンなるものを新たに生み出したようだな……」
「ひっ、カイバーマン! 違うんですあの、あれはペンデュラム創造しなかった場合のif的な俺で――」
「言い訳など無用! 食らうがいい! 滅びの、バァーストストリィーーッム!!」
爆発と共に高笑いが響くドラゴンの集い。
「どうした闇堕ちした俺、また
「心配をかけてすまない、昔の俺。いや……『どの私が一番大事なんですか』と巫女にイヴにガラテアにトロイメアが囲んで来てどれが一番だと言い切れず互いに大ゲンカを……ヴッ」
「うっ、そ、それは……大変だったな」
「そんな修羅場に天からイドリースがやってきて……グフッ」
「し、しっかりしろ俺ーーッ!」
妹が増えることによる弊害を被る兄。
「――とまあ、そこそこ平和な場所なのでそう気を張らずとも大丈夫ですよ」
「……待って、待ってください。今途中変なものが映っていた気が。いえ途中というか全部おかしいのですけれど」
空中に浮かぶ巨大なスクリーンに映し出された精霊界の日常を見て、流石のグラドスもツッコミに回っていた。最初に出会った兵士達とのあまりの落差に理解が追いついていない。精霊、フリーダム過ぎるのではなかろうか。
「あまり気にしてはいけません、これが日常です。……事故とはいえ、サイバースに近しいものが来た。これはこちらも好転していると見て良いでしょう」
「……好転とは? 何か問題でもあるのですか?」
グラドスの問いかけに、エンシェント・フェアリー・ドラゴンは目を伏せる。
「イグニスにより生み出された新たな種族――サイバース族は、サイバース世界で生まれた存在。科学のみで構成された彼らは、精霊界へと招かれる機会はなく、データストームの中で暮らしている。……それが問題なのです」
星遺物の物語、その根幹に関わるモンスターの一部はサイバース族だ。
――ここで問題が生じた。元となる存在がいないのに、結果が存在してしまっている。
矛盾から、精霊界に歪みが生じた。ほんの小さな綻びでしかないが、その歪みはいつか精霊界全体に広がり、精霊界の存続を危うくしうる可能性を持つものだった。
フィールドを――空間を張り替える能力を持つ龍はその力をふるい、歪みの進行を遅らせてきた。
サイバースを操るプレイメーカーに助けは求められなかった。いいや、求めても彼がその声を聞くことはできなかった。彼に精霊は見えず、話せず、触れないのだから。
――そんな最中、オシリスの天空竜が一人のデュエリストの元へと降りた。その知らせは精霊界を揺るがした。
三幻神の一柱たるオシリスが、ファラオに従えられていた時の力そのままで人間界へと向かったとなると、いつ世界が滅んでもおかしくはない。
その騒ぎを収めたのはズァークの呟きだった。
『……詩織? そういやアイツ名もなきファラオがどうのって話したことあったなー』
そんな大事なこともっと早くに言えと無言のバーストストリームが命中した。
慌ててきたクリフォートからも彼女ならば大丈夫、と念押しをされひとまず騒ぎは落ち着いた。
――『向こう側の危機が落ち着いたら彼女を経由して助けを求めよう』。
精霊の存在を信じている人間がいたという嬉しい誤算。だが彼女は現在進行形でまた世界の危機に巻き込まれていた。
伝説のデュエリストと共に闘ってきたモンスター曰く、世界の危機は数年すれば過ぎ去る。まあ数年なら取り返しがつかないほど歪みは酷くならないだろうという計算結果も出たので、精霊界はいつも通りの日常に戻った。
一部彼女の元へ移動した精霊もいたが、万が一の可能性を考えてだ。保険はかけておいて損はない。
「この世界には、サイバース族が存在しない……?」
言われてみればそうだ。デュエル毎に新規カードが誕生しているといっておかしくない程の種類のカードをプレイメーカーが使っているにも関わらず、延々と流されていた日常動画でサイバースのモンスターを見た覚えがない。
「……確かに、そちらも大変な状況のようですね。ですが私でも今はそこまで手は回りません。まず、ヴァンガードへ無事だという連絡をしたい」
「連絡、ですか……おや?」
下がっていった筈の兵士達が妙に騒がしい。速度を落とせだの修繕がー、だのと叫んでいるような――。
「ヤット、着イタ……! ぐらどす、早ク電話ヲカケロ!」
ぶしゅうとあちこちから煙を吐いているクリフォート・ツールが突っ込んできた。
「向コウハ、はのいノ騎士ト共闘ヲ取リ付ケタ! 我々モ詳シクハ知ランガ、何カ重大ナ情報ヲ預カッタラシイ!」
ぽん、と一部の装甲がはずれて変形。人間に扱いやすいサイズの受話器になる。
「……そんな機能があったのですか……」
「早ヨカケロ」
「わ、わかりました、えっと……番号は?」
「りだいやる押シタラスグカカル様ニシテアル!」
「これ? これでいいんですよね?」
「合ッテルカラ早ヨシロ」
人工物の容姿をした一人と一つのコントのようなかけ合い。エンシェント・フェアリー・ドラゴンはそのやり取りを聞きパチパチと目を瞬かせた後、くすりと笑った。
アニメでは特に説明されてないので捏造。リンクリボーかなり自由な動きしてましたが、本作ではあれはAiがお気に入りのモンスターに高めな知能を付けたってことで精霊とは違う存在として考えてください。