スズメの鳴き声で眼を覚ます。つまり朝チュン。変な意味はございません。やましいこと考えた人はクラッキング・ドラゴンでボコる。窓の向こうにスズメ二羽がとまっている。スズメかわいいよね。
ああ、運命の時が来てしまった……。あのあと二度寝したけど、『悪夢再び』にならなくてよかった。あれ以上ひどい夢ってそうそうないだろうけど。
「今上!! これお見舞いな!」
果物かごと頼んでいた本、寄せ書きなどなどを渡される。特に寄せ書きを見ていてふわっとした気持ちになる。こういう物は手書きってだけで味が出る。字が汚くっても気持ちがこもっていれば問題無いよね!
「ありがとみんな!」
遊作は人の壁の後ろから私を見ている。絡むことはないと思う。思いたい。退院してから嫌になるぐらい絡む機会は出るし。だから早く病室を出るんだ。
「遊作何そんな後ろにいるんだよー、隣の席になったんだから挨拶ぐらいしとけって」
島ーっ! 今はその優しさを憎むぞ!
「……藤木遊作だ、よろしく」
「うん、よろしく」
話が続かない。ハノイ関係でボロを出さないよう気をつけすぎてつらい。下手に話したら墓穴を掘ってしまいそうだ。何か話題、話題……。
買ってきてもらった本から、はらりとしおりが落ちる。ベッドの下へ落ちたので私は取れない。となると、拾うのは今一番私に近い遊作君で。遊作君は拾ったしおりの表と裏をひっくり返して見て言った。
「へえ、押し花か」
ナイス話題! 押し花のしおりは定番ですよね。金属のしおりもあったりするけど、やっぱりしおりは植物が一番いい。そして押し花のしおりということは、私行きつけの学校近くの本屋で買ったのか。本を買うと手作りのしおりをくれる、というサービスをしているから個人的に好きなお店。季節によって押し花が変わるのも良い。さて今回は何の押し花かな?
「…………あ、ダブった」
本を買ったらついてくるしおりによくあること。家にあるものを含めて、これでクローバーのしおりは三枚になってしまった。さてどうしようか。……そうだ。
「それあげるよ。これも何かの縁だと思って、ぜひ使ってあげてください」
「本か……」
顎に手を当てむぅっとした顔になる遊作。本を読みなさーい。現代っ子の国語力が下がっているのは本を読まないからではとか言われているんだ。本を読みなさーい。
……私の念は通じなかったようです。
「紙だと読むのに腕が疲れるだろ、別に電子書籍でもよくないか?」
「本は紙じゃないと落ち着かないの」
手に馴染む重さとか、大きさとか。前世からずっと本は紙じゃないと落ち着かなかった。ここは絶対に譲りません。
「昔の本は電子書籍になってないのも多いからね。君もデュエリストなら、この辺でも読みなさい」
テーブルの脇に積んで置いていた本の山から二、三冊取り出す。この本たちは事故にあった時、手提げカバンに入れていた本たちです。多すぎじゃないか、って失敬な。かなりの量を学校に置きっぱなしだったから持って帰ろうとしたんです。
「……『それはどうかなと言えるデュエル哲学』、『環境デッキの移り変わり』、『もけもけでもわかる効果処理』?」
遊戯王GXのネタの一つ、『それはどうかなと言えるデュエル哲学』。著者はエドじゃなかったけど、遊戯王ファンとして買わざるをえないよね。なかなかの内容でした。でも欲を言うならエドが書いた方が読みたかった。でもGXの世界に転生したら三期で心が折れそう。
「これはもう何回も読んでるから内容ほとんど覚えちゃったんだ。勉強になるし、家に持って帰って読んでみてください」
ぐいーっと押しつけるようにして渡す。遊作君は戸惑いながらも受け取ってくれた。
「ちょっと読んで、無理だって思ったら返してくれていいよ」
そう言われて数ページをめくる遊作。おお、目つきがデュエリスト特有のものに変わった。
「……わかった、読んでみる」
どうやら気に入ってくれたようです。
他のクラスメイトとも話しているうちに、時間はあっという間に過ぎた。日が沈みかけている。一人、また一人と病室から人がいなくなる。寂しい病室に戻ってしまった。
遊作君のアニメのクールな感じとは違う面が見られて満足。年相応な反応だった。
はっ! これからの遊作君との会話は基本、本をお勧めするようにすればハノイ関係回避できるのでは。ほどほど仲良し。勝利の方程式は整ったなアストラル!
「しかし、クローバー、ね」
偶然だったのだろうけど、彼にはぴったりだ。四葉のクローバーは幸せを意味するのは知られている。けど、クローバーそのものの花言葉を知っている人は少ない。
クローバーの花言葉は四つある。私を思って。幸運。約束。最後の一つは。
「復讐……か」
誰もいなくなった病室に、私の言葉だけが響いていた。