「さあ、ゲームをしようぜ」
「ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ」
「集いし星が新たな力を呼び起こす! 光差す道となれ!」
「遠き2つの魂が交わる時、語り継がれし力が現れる!」
「揺れろ、魂のペンデュラム! 天空に描け光のアーク!」
無理矢理に情報を叩き込まされている。目と耳から得られる情報を遮断できない。
どれもこれもわけがわからなかった。アニメーションなのか現実なのかもあやふやな記録が延々と上映され続ける。
知らない決闘者に知らない物語。心震わせる熱い戦いが本当にあったのか? 大会名や地名で検索をかけても結果は0。どこにも存在しない。そのはずなのだが……ボーマンは断言できなかった。
計算を絶対とする自分と心持つ存在である自分がせめぎ合う。これらを知ってしまった以上、知る前の自分には戻れないのだと理解してしまう。
闇のゲーム、カードの精霊、神々の存在。オカルトなどあり得ないと切り捨ててきたそれらが実は現実に影響していた……とすれば納得できる部分がいくつかある。
その最たる塊が視界の端にちらついている。横に顔を向ければ、男の隣でわあ懐かしーなどと呑気しているヴァンガード……いや、今現在は今上詩織と呼ぶべきだろう。彼女はリンクヴレインズで使用していたアバターの姿ではなく、現実の女子高生の見目になっていた。
――彼女は引き分けた瞬間、何かの力を用いてリンクヴレインズからこの空間へとボーマンを引き摺り込んだ。
「本当の狙いは私にこれらの記録をインストールさせること。この空間へ連れ込むためにお前は勝利または引き分けを目標に設定、確実にデュエルをさせるためあえて私を煽るような言動をした。……合っているか?」
「いやーアレは自分が本気で言いたかったコトだから煽りたくて煽ったというかちょっと違うんだけどうーん。――そ、勝ちは取りにいってたけど一番に狙ってたのは引き分け。ハイドライブ・スカバードなんて引き分けに持ち込みやすいカードを使用していただき誠にありがとうございました」
煽りとは違うと言った直後に煽っているよう聞こえる言動をする詩織。ボーマンがプレイメーカーと引き分けたあのデュエルを見て「これは……使えるのでは?」と考えていたことを知るのは誰もいない。隣にいたブラッドシェパードでさえ、
引き分けを狙うのは困難だ。しかもタッグデュエルで、となると相手に迷惑がかかる。普通は狙うはずがない。なら答えは簡単だ。――グラドスは今上詩織と共犯関係にある。
タッグ相手のグラドスは手を抜くことなく全力で勝利を目指していた。決闘者としてそれは当然だ。……その当然が隠れ蓑になっていたとすれば?
サイバー流の高火力。パワー・ボンドによる自傷。相手の方がライフポイントが減った状態になれば、ハイドライブ・スカバードによる効果ダメージでボーマン達は勝利しやすくなる。
また、ヴァンガードのデッキの中にはグラドスほど高火力モンスターは多くない。その代わり墓地を利用した展開手段が豊富すぎる。妨害は展開途中に使わせトドメはデミウルギアで、と決めていたのだろう。
にしてもあの状態で8000まで攻撃力を上げてくるなど誰が予想できるものか。いや、予想できていたとしても機械族になった時点で抵抗手段はもう無かった。……手遅れだった。
「最初から計算通りという訳か」
「わーい褒められちゃった」
「違う。呆れている。あまりにも危険すぎるギャンブルにな」
「サイコロ何回もコロコロしてた人に言われたくないんですけど」
「私がサイコロを振る効果を多用したのは本能の揺らぎを再現するがためだ。……その指摘は的を外れている」
ボーマンが呆れるのも当然だろう。今上詩織が企てたのはこちらがハイドライブ・スカバードを使わなかったらその時点で潰える計画だ。杜撰すぎる。
「いやあそのAIのグラドスもサイコロは違うだろってこと言ってたんだけど……」
話をしようとしまいと関係ないとばかりにシーンが移り変わっていく。テレビの画面。
「――はっ、よくもまあここまでの秘密を抱えて生きてこられたものだ」
今上詩織最大の秘密――別世界からの転生者であること、それもボーマンに明かされようとしていた。そこにはこの世界で何が起きるかの一部をアニメにより知っていた、ということも含まれる。
……なるほどこの過去を口で説明されてもかつての自分のままでは納得はできなかっただろう。
秘密に関連してくる精霊界にて示された滅びの可能性。この街だけではなく、全世界に影響する邪念持つ存在達。
一人で何とかしようと頑張った結果がボーマンの理解を得ることで……いや、違う。彼女の計画はまだ途中。
マイナスだったボーマンのオカルトへの理解をプラスにし、無理矢理にスタートラインに立たせた。まだ乗り越えなければならない難関は残っている。
数多の画面を見上げ、ボーマンは呟く。
「これらを全て……か。一人の人間が抱え込むには余りにも大きすぎる」
「…………」
その言葉が他者に聞かせようとする同情ではなく独り言じみた感想なのだとわかってはいるが、そう思ってくれるぐらいには認めてくれたのだ。
ちょっと嬉しい。気分が良くなったら余裕も生まれる。
「んー、そろそろ休憩挟む?」
時折動きが遅くなり顔をしかめるボーマンの調子は良いとは言えない。
「……必要ない」
延々と続くインストールでボーマンには負荷がかかり続けている。
詩織がけろっとしているのはもうオカルトに適応できているから……もあるが、そもそもココは詩織に力を貸してくれている精霊パワーにより作られた空間なので彼女の負担になるはずがないのだ。だからどれだけキツイのかは当人にしかわからない。
「やっぱ過去作一気見はキツかったかなぁ……?」
時間は足りるのか? その不安については何も問題ない。
デミウルギアの攻撃を互いに受けた結果、デュエルは引き分け。そのダメージはあまりにも大きく、あの一撃により周囲のデータは破損、崩壊、欠落、と簡単に近寄れない危険地帯になったことで四人の安全が確保された。
デミウルギアも彼女の計画には欠かせない一つのピース。ボーマンの強制履修が終わるまでこの崩壊を広げも縮めもせず維持し続けるよう話は通してある。
……なおそのことを藤木遊作と草薙翔一は知らないのでログアウトした時にお説教コースは確定している。南無。
ちなみにダメージ発生直後にターンプレイヤーではなかったため比較的軽傷で済んだグラドスは、同じく軽傷のハルを連れて精霊界に避難済み。物理的に離れて隠れている。
「一人で抱え込みすぎると変なところでコケると学んだので共犯者を増やす方向で頑張ってみました」
「……ハッ、責任重大だな」
「それブーメランだってことわかって言ってる?」
ジト目で睨まれても我関せずといった様子のボーマンは学習の結果理解した。AIのための世界を作るため、人間を敵に回せばどうなるかを。
単純な技術力ではこちらが上回る。数は脅威だが対処できないほどではない。問題はそれ以外。
……精霊の怒りが、邪神が、神々が。それらが一斉に自分に対して牙を剥いた時。果たしてAIは、サイバースはこの世に残れるのか?
無理だ。ライトニングはこれらのオカルトを計算の邪魔になるとし、排除を望んだ。……ヴァンガードによって見せられた精霊らの力はほんの一部でしかない。彼らがその気になれば、我々はこの世に存在した証拠すら残されず消されるだろう。
「しかし、本当に私でよかったのか? これは敵に塩を送る行為に等しいぞ」
「あれこれ知った上でなお最初と同じ方法を続ける馬鹿ならここまで教えたりしないよ」
「フ、愚問だったか」
今上詩織の提案を再度確認する。
――
ライトニングにより定められた目的と乖離していないし、むしろそれを成し遂げることができればさらに優れた存在になれるだろう。
「――もう問題ない。全て理解した」
「よかったよかったそれでは帰りはあちらでうべっ!?」
さあリンクヴレインズに帰ろうと方向転換を。突然、詩織のみが見えない壁に遮られる。目の前にあるガラスに気付かず激突する子犬のようだった。おでこを両手でナデナデして痛みを和らげようとしている。
「……え? 何? 私は資格がない? いやそこはまあ、特別な由来のないただ知ってるだけの一般人だしってあれっ!? 門がなんで今出てきてるのぉ!?」
ボーマンの目の前に現れたのは鬼の顔を模した門だった。マズイマズイ止めなきゃと詩織は見えない壁の破壊を試みるも効果があるようには見えない。
空気が混沌としている。ソラは宇宙を映し出す。鎖で封じられた、いかにもなオーラを放つその門から目が離せない。呼ばれている。求められている。
この存在の危険性はつい先程の学習から理解しているのに、静止せよという理性を上回る欲望が体を動かそうとしている。カオスを増幅させられている? 不味い。
ボーマンは手を伸ばして――。
『いけません』
行手を阻むように出現したのは清廉なる水を思わせるデータストーム。その中から姿を現した神子。
神子が杖を振るいデータストームを操作する。ボーマンを優しく包み込み赤黒いモヤを、思考のノイズとなったカオスを取り払う。
……数秒してから離れ、再び神子の周囲に漂うデータストームからは先程の害を成しそうなモノは完全に浄化されていた。
『この門を開くものは力を得る。ただし、最も大切なものを失う。貴方は何を一番にしているのか私にはわかりませんが、それはこの場で失ってはならないものの筈』
一歩、こちらに寄る。
『無理なランクアップは必ず失敗します。反動は必ず精神を蝕み破壊する』
「……ああ、心得ておこう」
「どりゃあ破壊のパワーモドキパンチぃ!」
ぱりん、とガラスの割れるような音。なけなしの
「ぐふぅ予想外の疲弊……ん、⬛︎⬛︎? だよね……あれっ」
神子の名を口にしたはずだが、砂嵐じみた雑音で消える。
『私は急激なエネルギーの高まりにより接続してしまったイレギュラーの対処の為に来ただけなので。責任を持って痕跡も記憶も記録も消去しますから、私に関する全てはここを出た貴方方の中に何も残りません。その方があの存在に余計な警戒をされずに済みますから』
言葉が聞いている側から抜けていくような……いや、実際消えているのだろう。彼女の姿もだんだんと薄れて消えようとしている。
「んああ、そうなのかぁ……」
『ふふ、そう残念がる必要はないですよ。全部上手くいけばまた会えるでしょう?』
「そうだけどさ……でも」
『数奇な運命に絡め取られたヒト。どうかその願いが世界を救うよう、ここから私は祈り続けましょう』
もう二言三言発したかっただろう二人の背を押すようにデータストームが流れる。神子は笑顔で手を振り見送る。その好意も二人の記憶から消してしまうけれど、だからといって世界に何も残らないわけではないのだから。
二人がこの場から退出したのを確認し、少女は再びデータストームの中へ帰る。
数多の可能性が存在するこの嵐の中で孤独は感じない。ただ気になるのは――とあるサイバース族効果モンスターの行方が知れないことだけ。
『――夢を騙った闇、個の願望で世界を滅ぼした強欲、長い時を待ち続け精神を保った怪物、魂で精神を喰い潰すコラプター』
あの子は狙われている。
信仰が廃れ技術が発展した文明の中、たった一人、名もなきファラオを中心とした因縁を知る為に神を従える資格を得たあの子。『鍵』を使う資格も同様にあると見て間違いない。
それだけではない。世界の始まりである一枚のカードを、それを扱うためのカギが何であるかを、原初の世界に降り立った門を知っている。勿論それ以外の力持つ存在もだ。
今は精霊達や神の力により守られているが、その守りが少しでも緩もうものなら⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎は乗っ取りにかかる筈。もし、あの子が奪われてしまったのなら――誰もその力を止めることはできず、世界はあっけなく終わる。
だからあの子は予防線を張った。プレイメーカーとのデュエルにより完成された疑似的な
転生により現れたイレギュラー。そのためあの物語にいた⬛︎⬛︎⬛︎と役割が一部重なり、『神に成る』偉業達成に欠かせない人間として成立してしまったからこそできる荒技だ。
『諦めなさい、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎。世界は貴方の思う通りにはならない』
少女は竜の羽をはためかせ、託宣ではない己の信じる未来を口にした。