「やべーだろコレ!」
「絶え間ない責め苦……良い!」
「変態がいつも通りならまだ大丈夫かと思われるですー!」
ライガー仮面、ドラゴニュート、カエルなレインコートと三者三様なアバターがぎゃーぎゃー言いながらも逃げ回る。
……目の前に突然やってきたゴーストガールとブラッドシェパードという腕利きのハッカー達。
ヴァンガード直下のハノイの騎士だったことを言い当てられ、最初は警戒した。しかし、ヴァンガードの助けのため、という説得を受けて力となるべく元ヒャッハノイ達も協力。イベントだと思わせる作戦は成功しかけていた。だが……ログアウトが不可能になっていたのが致命的だった。
空に浮かぶアバターを吸収する謎のビームを出す球体に、そこから出てきてなんでも食べる黄色のドラゴン。
一人が騒げば伝播する。異常事態と皆が知った。後は崩れるだけだ。
――端的に言えば、リンクヴレインズはパニックになっていた。
「デュエルでどうにかなる次元越えちゃってますー!」
どこぞのメルフィー使いがワンチャンを狙いデュエルディスクを起動させたものの、それは関係ないと黄色のドラゴンに一呑みにされた。
ヴァンガードが配布していたデュエル以外の妨害を受けないというプログラムが効かない。だから逃げる。とにかく逃げる。それしかできない。時間さえ稼げばきっとなんとかなると信じるしかない。
逃げ回る彼らの背中を押すように風が吹く。押すように……いや、実際に押されている。視界の端に何かがちらちらと舞う。
「あ……? これって!?」
青と紫、電脳世界に物質として存在するこの風が何なのか。彼らは知っている。
「データストーム……!?」
電脳世界に吹く風はただ一点を目指し集まっていく。その先に何があるのか、誰も知らないまま。
ウィンディとのデュエルに辛くも勝利し、勝者である不霊夢はウィンディを取り込んだ。それがいけなかったのだろう。
「ギャはハ!! お前らも道連れにしてやるヨぉお!」
害意を剥き出しに、緑色の粘体となったウィンディが内側から不霊夢を侵食する。ソウルバーナーのデュエルディスクから溢れ出たスライムが彼の腕へと伸びようとするのを、炎のイグニスは必死に食い止める。
「これ、はっ……デュエルディスクを捨てろ! 私を置いていけソウルバーナー!」
「できるかよそんな事!」
そう叫ぶが、感情ではどうしようもできない。手で取り除くこともできない。他の仲間に助けを求めても、ここへ辿り着くまでに不霊夢が。
悩むソウルバーナーのことなど知らず、ウィンディは声を上げる。
「らイトにング! ここだ!」
「何を言って……!?」
光のイグニスを呼ぶウィンディ。呼びかける先へと振り向いたら首を長く長く伸ばした光の竜が既に口を広げていて――。
『これで二……いや、三匹目』
プレイメーカーはボーマンとのデュエルにより拘束され、その場から動けずにいた。……空からなぜか落下してきたAiが【@イグニスター】に含まれるイグニス皆の力を与え、リンク5のファイアウォール・ドラゴン・ダークフルードを作成。その攻撃はボーマンのリンク5モンスターを打ち砕き、勝利した。
ぱちぱち、と乾いた拍手が響く。
「勝利おめでとう。リンク5の到達者二人、どっちを選んでもハッピーな結果になったわね」
「あー!! アイツだ! ヴァンガードの偽物!」
指差す相手はヴァンガード……なのだが、違う。表情や動き、細かい部分が彼女との差異を見せつけてくる。とても気味が悪い。
「偽物じゃないわ、本物よ。まあ、中身はワタシだけど。残り滓ならほら、ここに」
手のひらの上に微かな光を出現させ、すぐに戻す。
「イヴリース、貴様……!」
「ごめんねぇ? アナタのセンセイ、私が貰っちゃった」
デュエルに敗れ地面に膝をつくボーマンを見下ろし、イヴリースが笑う。
「イヴリース、それがあいつの名前か」
光のイグニスとは別の、仲間を襲った新たな敵。どうやらあいつを倒さなければ皆はニューロンリンクから解放されない――なら、するべきことは決まっている。
リンクヴレインズの英雄は再びデュエルを挑もうとしたが、イヴリースが止める。
「あら、手を出そうとして良いの? こっちには人質が沢山いるのに?」
上を指差す。その先にあるのはニューロンリンク。今も人を吸収し、大きくなっていくそれは人間の意識データを使った兵器。当然人質としても使うことができる。
「………………くっ」
言外にデュエルを拒否するイヴリースはこちらの一挙手一投足から目を離さないため、下手に動くことができない。どうにか外部から草薙さん達が状況を変えてくれるのを期待するしかない。
「何故だ……サイバースの1体でしかないお前が三幻神を持っていて無事で済むはずがない。神の怒りを受けるはずだ!」
「使う気なんてないし、いらないもの。あんな危険物。真っ先に閉じ込めたわ」
イヴリースが掲げたヴァンガードのデュエルディスクには念入りに封印が施されていた。
三幻神、オシリスの天空竜――資格が無い者が使おうとすると神の怒りを受けて命を落とすこともあるカードだ。
それ以外にもヴァンガードが所持するカードには力を持つ精霊がわんさかいる。端末世界に存在したクリフォート。リースと縁の深い星遺物、オルフェゴール、星神器デミウルギア。覇王龍のしもべである四天の竜。
どれも主であるヴァンガードを、今上詩織のことを信頼して力を貸すモンスター達。イヴリースの行いを許すはずがない。
だからこそ、デュエル終了後という隙をついて彼女を乗っ取ったイヴリースが行ったのはカードの封印だった。
ライトニングが繋げた中継の先、リボルバーがニューロンリンクへとハッキングしようとしているのがよく見える。外からも複数人がちょっかいをかけようとしているのがわかる。
目の前にいる闇のイグニスを除いた全てのイグニスを捕らえていないため、ニューロンリンクはまだ不完全な状態。完成するにはまだ時間がかかりそうだ。
「……時間が欲しいのはどっちも一緒。なら教えてあげましょうか、この世界の秘密を」
プレイメーカーとのデュエルで負った傷の修復を優先するボーマンを放置し、こちらの状況をわかっているイヴリースは楽しそうに喋り始める。
「プレイメーカー改め藤木遊作。貴方がなぜデュエルターミナルで活発であったスピードデュエルを知っているかは不思議に思わなかった? 答えは簡単よ――幼い頃からリンクセンスを持っていたために、
「なっ……!?」
藤木遊作の失われた記憶に触れたその話は、彼にとって寝耳に水だった。
「今こうなってるのは元を辿れば貴方のせい、ってこと。わかる?」
『虚言に惑わされるなプレイメーカー!』
「嘘だと思うならボーマンにでも聞いたらいいんじゃない? 星遺物についてよく知っている存在は、私を除けばあとはコイツだけよ」
雑に指を刺されてもボーマンは言い返そうとしない。それができないほど消耗の回復に集中しているのか、それとも……何を言っても肯定になってしまうからできないのか。
「端末世界のことすらこの世界じゃ知られてなかったのに、サイバースの絡んでいる星遺物なんて以ての外。……断言できるわ、10年前に星遺物の物語を知っている人間はいない。リンクセンスを持っている人間しか知ることはできない、と」
ハノイ・プロジェクトによってイグニスであるAiが誕生したのは藤木遊作が過酷な環境に置かれてすぐではない。自我を持つまでには時間がかかった。
幼い鴻上了見は何が起きていたのかを知らず、リンクセンスを通じて耳に届く悲鳴に体を震わせていた。
……あの事件が起きている中で身近にいた存在が否定したくても完全にはできない。もしかしたら、がどうしても残ってしまう。
「イグニスを守護竜に、ハノイの塔を科学文明を終わらせる万が一の備えに。大事なのは力を持つ、これから得る可能性がある選ばれた人間。――名前には力がある。終わりを見届ける人と、始まりを遊び作る人。それがあの博士の夢見た新世界に必要なモノ。どちらも欠けてはならない重要なファクター。鴻上了見と藤木遊作、この二人だけが残ればハノイ・プロジェクトは完結する…………はずだった」
了見――破壊の力。終わりを見るもの、という名の意味は『これまでの歴史』の終わりを見るものとして。リンクセンスによって電脳世界に生きるイグニス達を見守る神とする予定だった。
遊作――遊び、作る者。想像の力。イグニスによってもたらされる『新たな世界』に必要不可欠。彼がいなければイグニスの中でも人間に近しいAiは生まれず、遊戯王VRAINSという物語は成り立たなかった。
「星遺物の気配を感じて私もちょっとお手伝いしたのだけど、あいつは恩を仇で返した。私の居場所になれるものを作らなかった。……あいつの誤算は、私が
リースは星杯の力により時を超えて蘇った人間。今上詩織は転生者のため、幸か不幸か星遺物世界に影響を与えたリースの役割が当てはまってしまった。
「精霊が現実に影響を出せないうちに事故に遭わせ目印をつけておいて正解だった。溢れでる知識が教えてくれたもの、鍵よりも素敵なモノを! 星鍵なんてもういらないの!」
楽しそうに、嬉しそうに、純粋に。悪として笑う。
「テストとして
その宣言と同時にニューロンリンクから新たに竜の首が増える。その数は……5体。6体のイグニスから闇のイグニスを除いた数と同じだ。
「そんな、皆……!?」
「ハッキングは間に合わなかったのか!?」
「……もう時間稼ぎとしては十分でしょう。もういいわ。トロイメア、やっちゃって」
影から這い出てくるのは音楽記号を顔に貼り付けたモンスター。マーメイド、ゴブリン、フェニックス、ケルベロス、ユニコーン、グリフォン。
星杯の力を失った一人の原住民に倒された過去を持つが、目の前にいるのは命の奪い合いの経験も、武器を握ったこともない一人の男子高校生。負けるはずがなかった。
「――サイバー・エンド・ドラゴン!」
建造物を破壊しながら現れた三つ首の機械竜が押し潰し、薙ぎ払い、咆哮する。
攻撃力4000の前にトロイメアは必死に抵抗するが、ダメ押しとばかりに放たれたエターナル・エヴォリューション・バーストで倒れ伏す。
「グラドス!」
「助けに来ましたよ、プレイメーカー!」
下手に攻撃を加えられないニューロンリンクより、イヴリースを速攻で倒すのが最善とグラドスは判断しここまでやって来た。
邪魔となるトロイメアは倒した。問題のあのサイバースは何をしているのかと探す。
「イヴリースは……!」
ボーマンの頭を掴み、勝ち誇ったように笑っている。
「修復したところで今の私には届かない。統合の器、私が有効活用してあげ――!? これは! ガァアァッ!!」
自信満々に、取り込もうとして――失敗した。
処理しきれない情報を受け体は拒否反応を起こす。頭を押さえ、地面へ前のめりに倒れ込む。
「何故、イグニスを統合するための器が中身よりも小さいと思い込んでいる? サイバース族モンスター1体がどうこうできるものではない」
修復は完了していたようだ。何事もなかったようにボーマンが立ち上がる。ふらつきながらイヴリースも立ち上がる。
「なんで? どうして……これっぽっちのデータで……だって、この子は!」
「彼女自身に大した力は無い。様々なことを知っている――それだけだ。精霊の集うデュエルディスクや星神器、はては三幻神すら従えているのだからそう見えても仕方がないがな。皆、彼女の心に惹かれて集った。それ以上でも以下でもない。見誤ったな、イヴリース」
ボーマンが一歩進めば、イヴリースが一歩引く。
「デュエルを見ていなかったのか? リンク5へ到達した時、私が使用したマスタースキルを。Hydrive Another Link――一人の力ではない。
作られた順番、与えられた役目、自らが目指す目標。心を持つAIは、己の創造主が求めた性能を超えてなお成長を続けた。
「デミウルギアの攻撃を受けたのは私も同じ。――今、この世界で最も力を持つのは私だ!」
男が腕を上げ、握るような動きと同時に甲高い音が響く。ニューロンリンクとドラゴンが静止する。データストームが空を流れ、ニューロンリンクを覆うように渦を作る。
「ニューロンリンクが掌握されて……!? 取り返せない!? 嘘よ、そんなの認めない!」
「ここが私の作ったミラーリンクヴレインズであることを忘れるな。支配するのは私だ。外部からのハッキングを通す程度、造作もない」
通信の先から嬉しそうな声が聞こえ、安堵する人間達。巻き込まれた皆の保護は完了した。
なら、するべきことは後一つだけ。サイバースを束ねる神として作られた男が、眼前のサイバースへと罰を与える。
「他者の力を侮った。――それがお前の敗因だ、イヴリース」
「だとしてもこの子はどうするの? 私と一緒に殺す?」
イヴリースが使える人質はヴァンガードのみになったが、まだ生存を諦めてはいない。情に訴えかければ逃げることはできるかもしれない――そんな思考はあっさり崩れることになるのだが。
少しカードの話をしよう。
《
「終わりにしようか。デミウルギア、効果の発動だ。星遺物を我が手に」
ボーマンはデミウルギアの力を消費し、右手の中にある物体を出現させた。それはイヴリースが知っているもの。求めていたもの。奪い取れたこともあったが、最終的にはその手の中に残らなかったもの。
「それは……ッ!?」
「お前はもういらないのだろう? ならば誰が持とうと問題はないはずだ」
剣の形をしたそれは《星遺物-『星鍵』》――双星神が残した最後の星遺物。戦闘を行った
「ヴァンガードを返してもらおう!」
「ア、ァアアッ――!!」
踏み込み、距離を詰めての一閃。逃げることは能わず、光はヴァンガードからイヴリースを引き剥がした。
ヴァンガードが倒れ伏す。イヴリースが施したデュエルディスクの封印が解除された瞬間、機神が自ら実体化する。
『アストラム! イヴ! アルマドゥーク! 行くぞ!』
その声は世界を揺らした。
プレイメーカーの腕が、デュエルディスクが……カードが熱を持つ。出せ! と強くカードが叫ぶ。
「そのカードをデュエルディスクに!」
「――ああ!!」
プレイメーカーのカードからは蒼き騎士が。
ニューロンリンクからは翠の守護竜が。
データストームからは輝ける神子が。
ヴァンガードのデッキからは黄金の機神が。
全ては、一つの敵を打ち滅ぼすために。
「クソッ! 私! 何をしているの!? さっさと力をよこしなさいよ!!」
ヴァンガードのデュエルディスクから顔を出してこちらを眺めるのは過去と未来の己をモチーフにしたモンスター達。苛立ちのまま怒鳴りつける。
『嫌よ。勝ち組に一人だけ、なんて抜け駆けは許さないわ』
『こっちは寂しくて仕方ないのに』
『仲間はずれは悲しいものねぇ』
くすくすくすくす。
「こんな……こんなことが……!」
助けは無い。手を伸ばす。
――後少しだったのに。
剣が、槍が、風が、光が。
四つの攻撃がイヴリースへと直撃した。
「これで本当に終わり、ですね」
役目を終えて消えていくモンスター達を見上げてグラドスが呟く。
「いいや、まだだ。リボルバー、ハノイの三騎士らと繋ぐことはできるか? ニューロンリンクを少しだけ使う。今回の騒動に巻き込まれ取り込まれた者達の記憶を処理し、それで得たデータストームを使い現実の記録も改編したい。君達に監視してもらいたいが構わないか?」
『……ああ』
中継映像の向こう側にいるリボルバーをこちらへと招くべく電脳空間を繋げようとしている作業中、Aiが大事なことを思い出した。
「あ!? ちょっと待て! お前どっちの未来が優れているのか決めるだかなんだか言っといて結局どっちなんだよ!」
「あれか? 嘘だが。ああ言えばライトニングもイヴリースも私が決め切れていないと判断するだろう。あそこでヴァンガードの側についていると断言すれば警戒される。……まずヴァンガードは乗っ取られる前提で策を練っていたが? そこについてはグラドスも知っているはずだ」
しれっととんでもないことを言ってのけた。
「え、マジ?」
グラドスの方を向いて尋ねる。
「………………マジなんですよAi。ヴァンガードはいかにしてイヴリースを誘き寄せてボコボコにするかを考えた結果、狙われてる自分が囮になるのが一番じゃない? と言ってまして……止めたんですけど……」
「はぇ〜〜〜〜」
もう何を信じたらいいのかAiちゃんワカラナイ。
「……取り敢えず確定したことが一つ。ログアウトしたらヴァンガードに説教だ」
プレイメーカーの言葉に、ここにいる全員が頷く。
――こうして、三つの世界を巻き込んだ戦いは終わった。
サイバースの神見習いのボーマンの助けを受けて
世界に新たな理が芽生えようとしていた。
これは冥府に眠らせるのではなく、
生誕を歓迎するための儀式。
今、グラドスとヴァンガードのデュエルが始まる。
新たなマスタールール」
〜精霊界に行った話『アイ・ヘイト・ユー』『かくしごと』の際に言われたこと要約〜
リース軍団「このままいくとイヴリースだけ勝ち組とか許さねえ!なんとかして足引っ張ってこい!」
中間管理職詩織ース「はい……」
そりゃ「もどりましたあーつかれたもうやだふざけんな」って言うよね。
……と、アレコレ設定開示をしつつ【アニメ二期+α 三界騒乱編】の山場を終え、【どうも、ハノイの騎士(バイト)です。】の本編は残すところヴァンガードとグラドスのラストデュエルのみとなりました。
デュエルはまだアレがしたいコレがしたいとネタ出ししかしておらず、更新はまだまだ先になるかと思いますが……お待ちいただけると幸いです!