森の中では見たことがない背の高い建物が立ち並び、太陽がないのにずっと明るい昼なのか夜なのかもわからない世界。影に隠れるようにして少女は一人立っていた。
「みんなぁ……」
暖かい日々が懐かしくなって。もう戻れないことを思い出して。潤んだ目を閉じ、ずず、と鼻を啜る。
一歩踏み出せば人間の暮らす世界のはずなのに、どこに行けども姿のなくならない魑魅魍魎、妖怪変化、異類異形。しかもこの世界にいる人間はそれらの人外と楽しそうに会話をしている。
……優しい顔をして実はあの恐ろしいあくまと繋がりがあるかも、と考えてしまって結局どの人間も頼ることはできず、人の間を縫うようにして走る。
カードの精霊としての力が弱く、また幼いアステーリャは辿り着いたここが――リンクヴレインズが現実世界ではないことを知らない。
ログインしているほとんどの人はああ子供のアバターで活動しているんだなあ、ぐらいの関心しかなかった。例外もいるにはいたが、声をかけるべきか悩むうちに彼女は走り去っていった。
「ありゃ子供…………か?」
そんな例外の一人である、遠くへと駆けていく小さな影を見て首を傾げる男。
その顔は虎にもライオンにも見えるマスクで覆われており、頭の視覚的インパクトに負けない鍛えあげた肉体を晒している。
己が使用する【
「どうしましたかライガー
隣にいたスーツ姿のマネージャーが反応を示す。
「いやそーいう奴は多いけども、あれは大人が子供のふりをしてるのじゃないと思うが……」
かつて所属していたハノげふんげふん謎のインターネット組織の妙に濃い面子のキャラなりきりムーブとは間違いなく違う。……いや、なりきりじゃなくて素を晒してたのがほとんどの気もするがとにかく違う。
なんとなくの感覚だけが証拠になるためうまく伝えることができない。見回してもあの子供はもうどこにも見えない。何もなきゃいいんだがなと呟き、男は予定通りの時間に着くよう移動を再開した。
白き森の奥にいたあくまから逃げたあの日から何日経ったのかもわからない。とにかく人から逃げるようにして、走って、疲れて、少しだけ目をつぶってまた走る。そんな生活を続けていたアステーリャだが、とうとう体力が底をついた。
「おなか、へった……」
情けなく鳴るお腹とボロボロになった本を抱える。思い出ではお腹は膨れない。空っぽのポッケに手を突っ込む……当然おやつもお金も入っていなかった。
「うーん、見つかりませんねえ」
何かを探している女性の声。なけなしの体力を使い壁にぺったりくっつくようにして隠れ、こっそりと顔を出す。
「これは噂の出所から調べた方がいいかもしれません」
「一度ボーマンを尋ねてみる方がいいかもな」
話しているのは女の人と男の人……いいや、人間ではなくカードの精霊だ。こちらに気付いていないようだが、もしかしたらあのあくまの手下かもしれない。早く遠くへ逃げねばと二人から離れる方向へ。
――緊張から滲んでいた汗で手が滑り、本を落とした。
「っ!」
あわてて手を伸ばしても掴み取ることはできず、大きめの落下音を立ててしまった。
「あれ、子供ですか?」
「精霊だな。にしてもなんでこんなところに……」
音で気付かれてしまった。二人がこっちに近寄って来る。
「あぅ……だ、ダメ! こっちに来ないで!!」
いい人なのか悪い人かわからない。怖い。魔力を高めて魔法を使う準備をする。当てるつもりはない威嚇射撃で追い払おうとして、二人の後ろから何かが現れようとしているのを見つけてしまった。
あくまの茨が二人を狙って――。
「邪魔だ!」
「せー、のぉっ!」
男の人は青い短剣で茨を切り裂き、女の人は手中に出現した槌を振り下ろし茨の根本を潰す。
「ひぅっ」
アステーリャは衝撃に耐えようとその場でしゃがみ込む。……切る音と叩く音、どちらも聞こえなくなってから恐る恐る顔を上げる。
「なんだったんだ、今の攻撃は……もしや君が狙われているのか?」
「大丈夫ですか? 怪我はない?」
女の人はしゃがみ、こちらに視線を合わせて問いかける。目の前にいる人たちが口にしたのは隠し事など一つもない、心からの心配。
ああ、きっと大丈夫だ。この二人は信頼してもいい。安心したのか涙がぽろぽろと溢れ出る。
「ぐす………わたし、アステーリャ」
「私はエクレシアといいます」
光属性・魔法使い族・レベル4のチューナー。共通点が多いからか、一緒に過ごしていた彼女達を思い出して、久しぶりの温もりが恋しくて。
……けど、世界は落ち着く暇を与えてはくれなかった。
『ようやく追いついた』
茨が生えていた場所から不気味な声が響き、エクレシアの腕の中にいるアステーリャが大きく震え、手の力を強める。声の主に怯えていると一目でわかる反応だ。
狙われている理由はよくわからないが、この幼子を一人にするわけにはいかない。聖女は頼れる彼へと声をかける。
「アルバスくん」
「任せろ」
手に握られているのは彼の相剣。蒼い氷のような短剣はその刃を伸ばし、デュエルディスクへと変化する。
『……ふぅん。混ざりものの聖女、力の衰えた落胤。頼るべき相手を間違えてるんじゃない?』
エクレシアの槌で作られた地面のひび割れから、新たな茨が伸びてくる。相対する敵は無数の茨を絡ませて作った人形を媒介としてデュエルに臨むようだ。
「俺が勝てばこの子から手を引け」
『いいわ。その代わり私が勝てば、アステーリャは私の好きなようにさせてもらうわね』
『私のターン。手札の魔法カードを墓地に送り、白き森のリゼットの効果を発動。自身を特殊召喚』
《白き森のリゼット》
星2/守0
リゼット。その名前を聞きアステーリャはエクレシアの衣服を強く握りしめる。
「うそ、うそだ……」
これ以上彼女を苦しめるものから遠ざけるために、ぎゅうっとエクレシアは抱きしめる。一方、アルバスは召喚された魔法使いの姿を見て困惑していた。
「どういうことだ……?」
『その後、デッキから『白き森』モンスター1体を手札に加える。白き森のアステーリャを手札に。また、モンスターの効果を発動するために墓地へ送られた魔法カード――白き森のあくまの効果発動。このカードを自分フィールドにセットする。白き森のアステーリャを通常召喚』
《白き森のアステーリャ》
星2/守0
召喚されたのは、今エクレシアが守っている彼女と同じモンスター、のはずだ。
「……全て、人形?」
白き森の魔法使いたち――そう扱われているのは
『手札の魔法カード、白き森にはいるべからずを墓地に送り白き森のアステーリャの効果発動。デッキから魔法使い族のチューナーである白き森のシルヴィを特殊召喚』
《白き森のシルヴィ》
星4/守200
狼と共にいる心優しき魔法使いも、人形として召喚された。
『白き森にはいるべからずを自身の効果でフィールドにセット。特殊召喚に成功した白き森のシルヴィの効果でデッキより白き森のいいつたえを手札に。――さあ、見せてあげましょう』
茨人間が腕を天に伸ばす。……フィールドにはモンスターが3体、その中にはチューナーが含まれている。
「シンクロ召喚か!」
『レベル2の白き森のアステーリャに、レベル4の白き森のシルヴィをチューニング』
人形たちがガタガタと苦しむように震え、モヤの形をしたエネルギーが抽出される。シンクロ召喚で出現する光の輪と連なる星々は刺々しい植物に置換され、女性の悲鳴のような声も聞こえてきた。
『染まれ、堕ちろ、同調せよ。シンクロ召喚。シンクロチューナー、白き森の魔性ルシエラ』
《白き森の魔性ルシエラ》
星6/守1500
シンクロ召喚により現れたのは無数の蝙蝠を従え悪魔の羽を持つ、黒と赤に染まった魔性。先程までフィールドに並べていた
『手札の白き森のいいつたえを墓地に送り、白き森の魔性ルシエラの効果発動。デッキから白き森のわざわいなりを手札に。白き森のいいつたえを自身の効果でセットし、更に墓地の白き森のアステーリャを自身の効果で特殊召喚』
シンクロチューナーの素材となった
『セットした白き森のいいつたえを発動。デッキから白き森のルシアを手札に加える。そして『白き森』モンスターがいるため、手札の白き森のルシアを特殊召喚』
《白き森のルシア》
星4/守1500
「ルシア……みんなっ……!」
『レベル2の白き森のアステーリャに、レベル6の白き森の魔性ルシエラをチューニング。――禁忌を破りし罪人に罰を。逢魔が報いは平等に。覚醒せよ、白き森の妖魔ディアベル』
《白き森の妖魔ディアベル》
星8/攻2500
魔に染まったものを糧として呼び出されたのは白き森の木々よりも雪よりも白く、最も恐ろしいもの。善なる魔法使いを魔性に変えてしまった幻想魔族。緑と紫、異なる二色の魔力を操る妖しきもの――
『シンクロチューナーを素材として呼び出した白き森の妖魔ディアベルの効果を発動し、墓地の白き森のいいつたえを手札に加える。……こんなところか。2枚のカードをセットしターンエンド』
敵はチューナーを新たに出したもののシンクロ召喚をせず、守備表示の壁として残したままだ。
木製の人形の群れの中で笑う妖魔の姿はとても不気味で、善良と正反対である存在だと怯え震える彼女に見せつける。……一緒にいた皆の衝撃的な姿を連続して見てしまい、アステーリャは声を出さずに泣いている。
「大丈夫ですよ」
アステーリャは声の主を見るためにぐずぐずになった顔を上げる。誰もが明るくなるような一番の笑みをして、エクレシアは自信満々に言い放った。
「アルバスくんは――すっごく強いんですから!」
「俺のターン、ドロー!」
彼のドローは剣を抜くような軌跡を描く。
相手のフィールドに伏せられたカードは4枚。効果によって伏せられた速攻魔法も含まれているが、白き森の展開をする途中手札に加わっていた通常魔法もブラフとして伏せカードに使っている可能性は大きい。
「
《アルバスの落胤》
星4/攻1800
使い手の闘志を反映した真っ赤な目をギラギラと光らせ、炎のようなオーラがディアベルへと襲いかかる。
『エサにするつもりか。ならば速攻魔法、白き森のあくまをディアベルをリリースして発動。アルバスの落胤の効果をターン終了時まで無効にする。また『白き森』シンクロモンスターをリリースして発動したため、墓地よりディアベルは蘇る』
ディアベルが消えた後に出現したアルバスは巨大な茨により絡め取られ、彼の持つ竜化の力は封じられた。彼の能力を嘲笑うかのように妖魔は再びフィールドに戻って来る。
「まだだ! 相手フィールドのモンスターの数が自身よりも多いので手札よりチューナーモンスター、白の聖女エクレシアを特殊召喚!」
《白の聖女エクレシア》
星4/守1500
現在アステーリャを守っている聖女のカードがアルバスの手によって使用される。
『融合の次はチューナー、か。ならフィールドに伏せた白き森のいいつたえを墓地に送ってディアベルの効果を発動。エクストラデッキから白き森の魔狼シルウィアを特殊召喚する』
《白き森の魔狼シルウィア》
星6/守2400
伏せられていた魔法カードを対価にディアベルが茨で組み上げた輪の中から姿を見せたのは、ふさふさした耳という獣の特徴を持つ魔法使いとそれに付き従う2体の巨狼。
『特殊召喚したシルウィアの効果発動。相手フィールドの表側表示モンスターは全て裏側守備表示になる!』
大きく息を吸い込んだ狼達が咆哮する。衝撃でアルバスとエクレシアは体勢を崩し、カードが裏側へとひっくり返る。
『モンスター効果発動のため墓地に送られたいいつたえを自身の効果でセットし、墓地のアステーリャを自身の効果で特殊召喚。そうそう、シルウィアの効果により幻想魔族と魔法使い族のシンクロモンスターの攻撃力は500アップし、貫通効果を得る』
《白き森の妖魔ディアベル》
攻2500→3000
唯一攻撃表示であるディアベルのみが魔狼の恩恵を得る。守備表示となったモンスターを有効活用できる手段は少ない。このままターンを終えてしまったら貫通攻撃によりアルバスは一気に窮地へと陥るが、打開する手段はすでにある。
「シンクロ召喚を警戒したんだろうが、その妨害じゃ止められない。魔法カード白の烙印を発動! 裏側表示の
《烙印竜アルビオン》
星8/攻2500
赤い炎が四つの円を組み合わせたような紋様を描く。紋様は裏側表示となっていた竜化の力を持つ青年と白き聖女のカードを飲み込む炎の渦となり、竜の影を作り上げる。
それは轟々と燃え盛る炎を竜の形に押し込めたような、目が覚めるほどの熱を放つ赤きアルビオン。
「融合召喚に成功した烙印竜アルビオンの効果発動! 手札・フィールド・墓地より融合素材モンスターを除外し、レベル8以下の融合モンスターをエクストラデッキから融合召喚する!」
『チィッ……なら! チェーンして白き森のわざわいなりを発動! この効果でデッキから白き森のシルヴィを特殊召喚し、シルヴィとアステーリャで白き森の魔狼シルウィアをシンクロ召喚する!』
新たにシルウィアを呼び出すのは、融合召喚されるモンスターへの妨害のためだろう。だが、それではアルバスを止めることはできない。
「墓地の
《撃鉄竜リンドブルム》
星8/攻2500
それは鉄獣達と共に死線を越えるために作られた、黒い機体に蒼い雷を迸らせる機械仕掛けの竜。背中には操縦者を、腕には灰燼となっても闘志を燃やし続けるアルバスを乗せて戦場に降り立つ。
『シルウィアの効果により裏側守備表示に――』
「そうはならない! リンドブルムの効果を発動し、その効果を無効にする。その後、フィールドのモンスター1体を持ち主の手札に戻す! 消え去れシルウィア! 鉄艇鋼戦!」
操縦者によるポチッとにゃ、という可愛らしいボタンを押す掛け声をかき消すような砲声。高密度のエネルギーが道を邪魔するものを排除し、2体になったシルウィアを1体に減らす。
「除外されたメルクーリエの効果でデッキから『アルバスの烙印』のカード名が記載されたモンスター、黒衣竜アルビオンを手札に加える。デッキから烙印の剣を墓地に送り手札の黒衣竜アルビオンの効果を発動。このカードをデッキに戻して1枚ドローする。墓地の烙印の剣を除外して、除外されているメルクーリエを手札に」
墓地に必要なカードを送り、手札の交換と補充を行う。この場でするべきことは全て終わったアルバスは敵を鋭く睨みつけ、攻撃の命令を下す。
「バトルだ! リンドブルムでシルウィアに、アルビオンでディアベルに攻撃!」
リンドブルムの突撃でシルウィアを戦闘破壊したことによりディアベルの攻撃力は元の2500に戻る。アルビオンと同じ数値となったため、赤い竜と白き妖魔は相打ちになった。
「エンドフェイズに入る。墓地に送られた烙印竜アルビオンの効果でデッキから分かつ烙印を、
モンスター効果に対してメルクーリエとリンドブルムを、伏せた罠による迎撃準備を整える。次の自分のターンにはエクレシアからの展開も可能。
相手へとターンが移る。
ドローしようと、して。
「やーめた」
『
「………………なん、だと?」
その手は――
「このカモフラージュも趣味じゃないし戻そっと」
金の煙が茨人間を覆い隠す。数秒した後、はらはらと茨が花開くように解けていき……その中には大きな三角帽子を被り、金の杖を握る白い魔女がいた。
突然の
「無理やり他人のデッキ持たされた上にライフを削られたら痛みを受けるデュエルをやらされる、なんて踏んだり蹴ったりにも程があると思わない? どうせ負けるならさっさと降参して終わらせた方が痛くないし時間の無駄も省けて互いにハッピー! ……でしょ?」
「よくわからないが……今回の負けは認める、ということか?」
理解できた部分のみを確認するアルバスの問いに魔女は笑顔で答える。
「勿論。だって私は『善い魔女』だもの、約束は守るわ」
綺麗な笑みだが、どこか不気味さを感じる。何を考えているのかわからない相手に対してどう動くべきかを考えるアルバスの後ろで、小さくアステーリャは名前を呼んだ。
「リゼット……?」
その声を聞き、魔女の笑みは消える。
「違うわ。私はディアベルゼ――原罪のディアベルゼ」
ディアベルゼは右腕をゆっくりと上げる。紫に染まり、爪が長い異様な手で指差すのは未だエクレシアに縋りつくアステーリャ。
「たとえ貴女が忘れていたとしても、運命からは逃れられない」
ディアベルが指先を下に動かした途端、視界を覆い尽くす量の烏の羽が一気に舞い、三人は突然の眠気に襲われる。
アルバスとエクレシアは微睡への誘いになんとか耐えることに成功したが、アステーリャは無理だったようでエクレシアの腕に全体重を預けている。
警戒しつつ見回すも、ディアベルの姿はどこにもない。どうやら逃げたようだ。
「アルバスくん、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ、怪我も何もない。……しかし、こちらを無力化できる手段を持っていたにもかかわらずデュエルに応じたのは何故だ? サレンダーしたのも、きっと面倒臭いなんて理由じゃない……別の何かのために?」
考えようにも手がかりが足りない。すやすやと眠るアステーリャを抱っこし、エクレシアは立ち上がる。
「何かが起きようと……いえ、すでに起きているのかもしれません」
誰にも知られず動き始めている新たな敵。その気配を感じさせない電脳世界の空は、今日も青いままだった。
あくまのどろぼう、タルトをぬすんだ。
いまからはじまる、さいばんデュエル。
うさぎはどたばた、ねこたらにやにや。
えんざいはらせと、まかされたひとは。
おとうとくんたら、なんでデュエルを?
今回アルバスくんとデュエルした相手のDIABELL??はDIABELLZEでした。セリフも番外編の3期予告で書いたディアベルではなくディアベルゼとして書いているので「あれ?」と気付いていた人もいるかもしれない。
ディアベルゼ「正体バレを防ぐために罪宝も《原罪のディアベルゼ》も出すなとかエクストラが白き森オンリーとかちょっとこのデッキ酷くなーい?」
何ザミナのみなさん「次回デュエルする時には我々も出るぞ!」