肉を裂き、切り刻む感触が幽衣の手に
伝わる。
それと同時に自らの霊装、≪地擦り百足≫で
背後から斬り裂いた男子生徒がうつ伏せに
倒れ込む。
「……ケッ、肩慣らしにもなりゃしねェ」
プッ、と唾を吐いてから一言そう呟く。
≪幻想形態≫での殺傷であるため生徒や教師には
誰一人として死者は出ていない。
ただそれが幽衣にとっては、
「こんなタルい仕事は初めてだ」と思わず
吐き捨ててしまう程にフラストレーションを
溜めさせていたのであった。
「まあそう言わず、≪七星剣武祭≫が始まれば、
いくらでもその刃で切り刻む事が出来るんだから
今は我慢したまえ」
幽衣にそう言ったのはガウェインである。
両方の拳にガントレット型の霊装≪玉虫籠手≫を
顕現させている。
≪玉虫≫の名が示す通り、その霊装は
玉虫色の金属で出来ており、
色鮮やかな光を放っていた。
その輝きに眉をひそめながら幽衣が
返事を返す。
「うるせえ。黙って仕事してろ」
「愛想ないねえ」
と、ガウェインの耳元で声が響く。
声の主は白雪。≪道化師≫平賀玲泉が
≪暁学園≫の面々に託した≪糸≫からの
連絡であった。
『もしもし?聞こえる?』
「ああ、聞こえるよ白雪。何かあったのか?」
『へえ、ちゃんと聞こえるんだね、これ。
……あ、そうじゃない。遠くからバスが来てる。
多分破軍の面子だと思う』
「了解。屋上で待機してくれ」
そう言って連絡を切ると、ガウェインは
自らにも託された糸を使用して他の面々にも
連絡を回すのであった。
ーーーーーーその頃、≪暁学園≫内。
その一室で世界最強の伐刀者、
≪比翼≫エーデルワイスは目を閉じて瞑想していた。
彼女は別に日本に用事があって来た訳ではない。
自らの家に帰る為の中継地として訪れただけであり
後数時間もしたら日本を去る。
……否。正確には去る“はず”であった。
「……気分はどうだ?≪比翼≫よ」
扉を開けてヴァレンシュタインが入ってくる。
≪剣聖≫と呼ばれた彼であってもこの事態に
気付く事は未だ出来ていない。
いや、気付けたとしてもこの事態は止めることは
出来ないだろう。
……しかしそうだとしても、この事態を
そのままにしておく訳にはいかない。
故にエーデルワイスは、ヴァレンシュタインに
話すことにした。
「……すこぶる好調です。ですが、恐らく
この後この国は大きく揺れる事になるでしょう」
「だろうな。この計画を考えた者も
それを狙って……」
「いえ、この計画の事ではありません。
≪KORT≫によって、この国は大きく
動揺するでしょう」
その言葉にヴァレンシュタインはピクリと
反応した。
「≪KORT≫が、だと?あの連中がどうやって
この国を脅かすと言うのだ?」
エーデルワイスは天井を見上げ、物憂げな
表情でその答えを言った。
「……≪KORT≫創始者、≪神代の魔術師≫
アンブローズ・エムリスの解放によって、です」
「……ーーーーーーッ‼︎」
その名を聞いて、ヴァレンシュタインは
思わず言葉を失った。
アンブローズ・エムリス。
その名は伐刀者の世界では二つの意味で
知られている。
一つは伐刀者の魔力や魔術に関する学問、
≪魔術学≫において革新的な発見をし、
「彼が生まれていなければ伐刀者の歴史は
50年遅れていた」とすら評される程の天才。
そしてもう一つは、……世界最強の傭兵集団と
名高い≪KORT≫の創始者としてである。
二つのうち後者の意味は余り知られておらず、
したがって今日この名前を伐刀者に聞いてみると
大体が「あー、そんな名前の人いたっけ」と
いった薄い反応を返される。
だがしかし、後者の方の彼は裏の世界では
今なお大きな勢力の一つである。
≪KORT≫を従え、世界各地に熱心な支持者を
持ち、そして裏の世界で最大の勢力を誇り
≪
≪盟主≫と関わりを持つ。
故に≪盟主≫の死した後は彼が裏の世界を
牛耳るであろうと言われていた。
……だがしかしそれは数年前までの話。
今現在彼は秘密裏に反≪
掲げる≪連盟≫に捕縛され、刑務所に囚われている。
≪KORT≫のメンバーはその彼を解放しようと
しているのだ。
「馬鹿なことを……‼︎≪
反抗する気か‼︎今すぐにでも止めに……‼︎」
「それは最早無理でしょう」とエーデルワイスは
その言葉を斬って捨てた。
「既に≪KORT≫はエムリスの解放の為に
動いています。正確に言うならば、今頃は
エムリスの囚われている刑務所を
襲撃している頃です」
「何?誰が向かったのだ?ガウェインか⁉︎」
その言葉に首肯して、エーデルワイスは先程
自らが感じ取った気配の主を答えた。
「いえ。貴方の他にいた≪
彼の気配が先程消えました。
恐らく、計画の遂行の為に動いたと思います」
「ッ……‼︎痴れ者が、だから私はああいった
手合いが大嫌いなのだ‼︎」
「それだけではありません」とエーデルワイスは
ヴァレンシュタインに向かって、
彼女はこう言った。
ブルーノやガウェインの他にも≪KORT≫の
メンバーがこの近くに潜んでいた、と。
「私が感じ取れた限りで2……いえ、
3名がここから移動していくのが分かりました。
先程言った≪
≪
そして≪
恐らく十中八九、エムリスの解放は
成功するでしょう」
その言葉に、今度こそヴァレンシュタインは
声一つ出すことも出来ず、顔を蒼白に変えたので
あった。
ーーーーーー日本、■■県●●山頂。
そこには人知れず刑務所が存在した。
死刑囚の伐刀者専用の収容所、
4階建ての中に約200名の死刑囚を収容している
この建物は、いつもは閑静と佇んでいる。
……そう、
今この建物の中は。
「ぐ、ああああああああああッ‼︎」
「ひっ、がッ……死にたくねぇ……
死にた……ぐべぁ⁉︎」
「何やってんだ‼︎他の階にも早く連絡回せ‼︎」
怒号と狂乱が支配し、死体があちこちに転がる
地獄と化していた。
「時計のはーりがチックタック鳴れば、
鳩がホー、と鳴いて戸を開けるー」
その中を陽気に歌を歌いながらゆっくりと
歩く男が一人。
目と口以外を覆う白いのっぺりとしたマスクを
被り、黒の燕尾服にこれまた黒のシルクハットの
奇妙な出で立ち。
「てっぺんさして、真下をさして、
あちらこちらをチクタクチクタク、
少しも休まず針は周る」
≪
いつものように貼り付けたような笑顔を
浮かべ、ゆらり、ゆらりと血に染まった廊下を
歩いている。
と、看守の連絡を受けて上の階から降りてきた
数名の伐刀者が剣や弓の霊装を顕現した
状態で降りてきた。
「上の階からは囚人を収容しているエリアだ‼︎
絶対にここから先は通すなァ‼︎」
「止まれェ‼︎止まらんと撃つぞ‼︎」
廊下の横いっぱいに並び、遠距離武器の霊装を
構えながらブルーノへ向けて警告した。
だが、
「皆様‼︎私はしがない奇術師でございます‼︎
奇術師ですから、ここで一つ皆様を
驚かせる手品でも行って見せましょう‼︎」
そう言ってブルーノは両腕をバッ、と広げ、
それから恭しく一礼をした。
「不肖ブルーノ、これから行うのは
簡単なマジックでございます‼︎
皆様にはお手数をおかけしますが、
何か手頃なものをお貸し頂けますでしょうかッ‼︎」
尚もブルーノは前進し続ける。
看守達とブルーノとの距離、約20m。
「くっ……どうせハッタリだ‼︎
それにこの人数なら怖がる事はねぇ、
やっちまえ‼︎」
それは誰の言葉であっただろう。
その言葉を皮切りに、一斉に殺意の込められた
魔弾と矢が放たれた。
その数実に15発。
普通の人間ならば、全身を撃ち抜かれて
死ぬはず。
だが彼らは見誤っていた。
自分達の目の前にいるのが、世界屈指の
強さを誇る傭兵団、≪KORT≫の一人だと……‼︎
「≪
その言葉と共に、ブルーノに向かって放たれた
15発全ての魔弾と矢が
停止した。
「……は?」
その呆れたような理解できていないような
反応が看守達の中から湧き出す。
一方ブルーノは、
「どうでしょうか?皆様、お楽しみに
なられたでしょうか?」と言って看守達の方へ
耳を傾け、それからその口端を一層
吊り上げて一言。
「それでは、このマジックに使う為に
皆様にお貸ししてもらいましたもの……
そう言って、ブルーノは右手の親指と中指を
引っかけて、高らかにぱちん、と鳴らした。
刹那、その中空で留まっていた全ての
弾丸と矢が呆然としていた看守達に
一気呵成に襲いかかったのであった。
多分お気づきになった方もいるかと
思いますが、≪KORT≫のメンバーの名前は
円卓の騎士の名前から取っています。
感想、お待ちしてます。