一人の少女の思い出。
ーーーーーー私と彼女、多々良白雪との
出会いは、多少変わってはいたが
普通と言えるものだった。
ただ、最初に会った時にもう意気投合している
という訳ではなかった。
学寮の何もない部屋の中、もう春だというのに
異様な程に防寒着を着込んだ少女を見て、
最初に私が思った事は、
「これからこの子と上手くやっていけるのか」と
いう心配だった。
西洋人形のような端正な顔立ちでありながら、
その顔には何の感情も読み取ることが出来ない。
初めて話しかけた時も、彼女からは
「そう」や「はあ」などといった気のない
返事しかもらう事が出来なかった。
その時は本気で部屋替えを申し出ようかと
悩んだが、少しの間彼女の様子を見て、
それから決めようと判断した。
彼女と同じ部屋でいようと決意したきっかけは
それからほんの数日後のことだった。
その日私は、中学の時の友達から一緒に毎年
通っていたコミケの“戦利品”……同人誌とか……を
郵送で受け取った。
ただの同人誌なら別に問題はなかったのだけど、
友人が送ってきたのはよりにもよって
R−18指定の百合物。
百年の恋も冷めるLVの代物を送ってきたのである。
中学の時から若干ながら“そっち”側の人間なのは
知ってはいたが、流石に私もそっちの人間、
という訳ではない。
その後私は用事があったので、少しの間
寮を離れていた。
その時とんでもないミスを犯していた事を
知らずに。
端的に言うと、そのR−18指定待った無しの
同人誌を寮のテーブルの上に置いたままに
してしまったのである。
寮には
その事に私が気づいたのは寮を出て2時間程
経った頃だった。
私は慌てて寮へと戻った。
あんな物見られたらどんな誤解を招くか
分からない。
なんとしてもその事態だけは回避しなければ。
そう思いながら、私は自分の寮部屋の扉を開けて、
目の前の光景に目を剥いた。
部屋にあるテーブル。
そこに腰を下ろして彼女が……白雪が
そのテーブルに置いてあったであろう
同人誌を読んでいたのである。
だけど、彼女の様子がいつもと違っていた。
彼女の真っ白な肌は少し紅潮し、
蒼い瞳はまるで宝石のようにキラキラと
輝いて、僅かながら荒い息を吐いていた。
「……あの……白雪さん?」
私が声をかけると、白雪はビクッ、と
体を震わせて、私の方を向いた。
その顔はいつもと変わらないように見えた
けど、僅かな焦りが出ているように思えた。
「っ……ぇと、あの、その……」
彼女は俯きながら顔を先程より赤くして
もじもじし始めた。
……あれ、と私は思い当たった。
さっきの白雪の様子って、まさか。
そう思い、私はその「まさか」を確かめる
事にした。
「えーと、その本なんだけどね」
白雪がこちらへと顔を上げる。
「……面白かった?あたしの友達が送って
きた物なんだけどさ」
「……いや、それほどでもなかったよ」
「そう?じゃあこれ捨ててもいいわよね?」
「……ぇ」
ほんの少しだけ彼女の目が驚愕に
見開かれる。
「いや、あたしそっちの趣味はないからさ。
友達には悪いけど、捨てようと思うのよね」
そう言いながら私は彼女の元へと近寄って、
手を差し伸べた。
「だからさ、貸してくれないかなその本。
あ、それとも……まだ読みたい?」
その言葉に白雪は再びピクリと体を震わせる。
その見開かれた目には逡巡の色が濃く見え、
ひどく迷っているように見えた。
……やがて、彼女は絞り出すような声で、
「……やだ。 まだ読みたい」と言った。
やはり、彼女は“アレ”か。
私は確信を持って、彼女にこう言った。
「あのね、白雪さん。
もしかして……あなた同性愛者?」
その言葉に、今度は白雪は迷う事なく
首肯した。
「……あ、あたしは別にそういう事は
気にしないからさ。その本も欲しいなら
あげるよ」
「……本当に?いいの?」
私が笑いながら好きにしていいよ、と
言うと、私につられたのだろうか、
彼女も少しだけ微笑んだ。
その笑顔を見て、私はこの子となら
上手くやっていけるかもな、と漠然と
感じた。
「ねえ、白雪さん。今度どこか
遊びにでもいかない?」
「構わないよ。……それと、白雪さん、
って言うのはやめてほしい。
なんかこそばゆいからさ」
そう言って、彼女は再び本を読み始めた。
うん、彼女は感情が表に出にくいだけで
そんなに変ではない。
「姉妹でのシチュだったらもっと良かったんだけどな」
……変ではない、と思う。
だけど。
どうして。
彼女はこんな事をしたの。
なんで先生や他の人達を撃ったの。
分からない。何故こんな事を。
私は屋上の地面に横たわったまま、
狙撃銃の霊装を持っている白雪を見上げた。
「なん、で……。白雪……⁉︎」
≪幻想形態≫で腹を穿たれたらしく、
血は出ていないが酷い鈍痛が走っている。
白雪は、意外そうに私を見下ろして、
「へえ……≪幻想形態≫でも気を失わないなんて
思ったよりタフだね」と言った。
その様子はいつもと僅かに違う。
生き生きしていると言った方がいいか。
白雪は再び銃を私へと向けた。
今度は頭に。
「今度はちゃんとやるからさ」
そう言って、彼女は笑った。
まるで、たわいもない悪戯を
咎められた少女のように、屈託のない
笑顔を。
夕日に照らされながら。
「ごめんね?蜂谷さん」
刹那、頭部に走った衝撃を最後に、
私は何も分からなくなったーーーーーー。