今日はいい天気だ。鳥は歌い、花は咲き誇る。
こんな日には……姉さまと一緒にピクニックに
行きたかったのに。
「ハァ……」
ボクはそう思い、厚手のコートを羽織った。
今日は≪暁学園≫とかいう所の注文に答えるため、
潜入することになった破軍学園の始業式の日だ。
それにしても、だ。
(姉さまと一緒の学園に入学したかったな……)
残念なことに、ボクの姉さま……多々良幽衣は
この学園には入学しない。
直前に何かトラブルがあったらしく姉さまは
北関東圏にある貪狼学園に通うことになって
しまったのだ。
(元気でやってるかな……)
今度、姉さまの好物のボルシチでも作りに
行きたい。というか毎日行きたいけど。
一秒でも離れたくないけど。
「……よし」
ボクは姉さまとお揃いの格好をして、破軍学園へ
向かうのだった。
……姉さまがいなくて寂しい……。
無事、始業式も終わり、クラス割りにしたがって
ボクは1年1組の教室に入った。
入った途端、みんながボクを見た。奇異の目でだ。
『おい見ろよ、あいつスゲー防寒具着込んでる』
『うわ、ホントだ。暑くないの?』
『知らない。誰か聞けば?』
『というか、意外と顔可愛くない?』
みんな勝手なことを話しヒソヒソ話し合っている。
ボクにとっては有象無象に等しいので無視して
自分の席へと座る。
と、皆の声が止んだ。
一人の少年が入ってきたからだ。続いて
紅蓮の焔みたいな色をした髪をした少女も。
前者の少年は知らないし知る気もないが、
続いて入ってきた少女はボクも知っている。
ステラ・ヴァーミリオン。
Aランクの
ヨーロッパの小国ヴァーミリオン皇国の
第二王女。
ボクにとっては現段階であれば油断さえ
しなければ勝てる相手だ。
『おい、あれって……』
『≪紅蓮の皇女≫と≪
『能力が低すぎて留年したっていうFランク?』
……FランクだとかAランクだとか、この学園の
生徒はランクでしか物事を考えられないらしい。
(……阿呆らしいなぁ)
ランクなんてもの、くだらなくて本当に笑えてくる。
霊装の能力よりボクにとって恐ろしいのは、
武術を極めている人間だ。
そっちの方が能力に頼っているバカよりよっぽど
手強い。
(その点で言えば、≪落第騎士≫はここにいる
バカどもよりずっと強い)
見れば分かる。彼はなんらかの武術の類を
学んでいる。それもかなりの熟練者だ。
指についたタコ。身体についた健康的な筋肉。
何年と研鑽を積んできたに違いない。
と、担任らしき女性が入ってきて、
ホームルームが始まった。
「はーい、みんな座って座ってー。
ホームルーム始めるよー‼︎」
なんとなく病弱そうな担任は、ノリノリで
話を始めた。
(……あれ、絶対無理してるよな……)
案の定と言うべきかどうかは知らないが、
病弱な担任の話が吐血で締めくくられ、
件のFランクが「今日はもう帰っていいよ」と
伝言を伝えてホームルームは終了した。
ボクとしては帰って寝たいが、Fランクの
少年がどのような性格か、少し観察することに
した。
「あの、黒鉄センパイ、よかったら私に剣の
稽古をつけてくれませんか?
私、強くなりたいんです‼︎」
「あーずるい‼︎私の方が先なんだからー‼︎」
「ちょっ、ちょっと落ち着いて‼︎話はゆっくり
聞くから‼︎」
んー、性格としてはまぁお人好し。
顔も中々。剣の稽古と言っているあたり
霊装は刀剣の類。
だけど姉さまの方が若干上……かな?
微妙なところだが。
この洞察力にはいつもお世話になっている。
と、ガラの悪そうな男子生徒が5人程黒鉄の
ところへと向かっていく。
「おいセンパイ。オレたちともお話しましょうや」
喧嘩を売る気らしい。どうやら自分たちと
相手の力量の差を分かっていないようだ。
ボクはこの後の展開が簡単に読めた。
(バカだ、こいつら)
少年たちが一斉に襲いかかる。
まず最初の正面からの斬撃を黒鉄は受け流し、
転ばせた。
転んだ少年は背後にいた少年も巻き込んで
盛大に自滅する。
(自分の目の前にいるのが)
続いて頭目掛けて振るわれる鉄棍と斧を
軽く頭を下げて難なく回避。
ガアアアアアンっという音と共に双方の攻撃は
かち合い、その衝撃はもろに両者の腕に伝わる。
「「ぎゃああああああああッ‼︎」」
それに耐えられず、腕を抑えて二人の少年が
しゃがみ込む。
(自分よりも格上だってことを全く分かってない)
最後に残った少年が銃の霊装を顕現して黒鉄を
撃とうとした刹那、黒鉄が弾き上げた消しゴムが
銃の撃鉄の間に挟まり魔弾を射出するのを防ぐ。
そして無防備となった少年目掛け黒鉄は大きく
踏み込み、
パアアァァァァァン‼︎
彼の目前で両手を打ち鳴らした。
猫だまし、単なる脅かしだ。
ただ、それでも効果は充分で、その少年は
びびってへなへなと尻餅をついた。
お見事。相手が素人四人とはいえ傷付けずに
無力化するのはかなり難しいことだ。
それを難なくやってのけたあたり黒鉄の
実力の程が伺える。
ボクは黒鉄に対し、拍手で賞賛を送った。
手袋をしてるのでくぐもった音が聞こえる。
それに続いて、教室の出入り口辺りからも
拍手が聞こえた。
「流石ですね、黒鉄お兄様」
「珠雫ッ‼︎」
そこにいたのは小さな少女……なんとなく
ボクが親近感を感じる少女がいた。
親近感を感じるということは彼女も
ボクと同じ類の人種だろう。
珠雫と彼の兄のやりとりを見ているうちに
彼女は兄のことを愛していることがよく
分かった。
うん、その気持ちにはボクも共感できる。
性別は違えど同じ事だ。
兄を愛しても姉を愛してもそう変わりない。
是非とも彼女の愛が成就してほしいものだ。
あぁ、姉さまとボクの愛も成就してほしい……。
と、珠雫とステラ・ヴァーミリオンが口論を
開始した。
なんとなくだが相当ヤバイ気がするので、
とっとと逃げることにし、教室を誰にも
気づかれないようにそっと出た。
その後、ボクの嫌な予感は的中。
やはり喧嘩へと発展し、1年1組はその余波で
崩壊したのだった。
その頃、貪狼学園内。
「うっ……また来てやがる……」
多々良幽衣は妹から送られてきた一万字越えの
メールを見て呻いた。
すぐに返信しなければ。
「やべえ、書くことがねぇよ……」
だからといって返信を返さないのは御法度。
なぜなら。
ピロリロリーン♪
ピロリロリーン♪ピロリロリーン♪
ピロリロリーン♪ピロリロリーン♪ピロリロリーン♪
ピロリロリーン♪ピロリロリーン♪
返さないと白雪から半永久的にメールが
届いてくるからだ。
しかもその速さも尋常じゃない。
1分間に何十通と、人間の領域を超えた速さで
愛する姉へと送るのだ。
『姉さま、返信がないなんてどうしたのですか?』
『今度、ボルシチとピロシキを作りにいきますね』
『……姉さま?』
『あぁ、病気なのですね。だとしたらボクも
姉さまの元に向かわなくては』
「ッ〜〜〜〜〜〜〜⁉︎」
メールの内容を見た幽衣は、普段の傲慢な
態度は何処へやら、顔を真っ青に変えて
大慌てで返信を返した。
「頼むから、頼むから来ないでぇぇ……‼︎
せっかく離れたのに意味がなくなっちまうから
来ないでくれええええええ‼︎」
貪狼学園に、悲痛な叫びが響き渡るのだった。