白雪達が破軍学園襲撃を終えた夜の事。
「まず、君達に伝えなければならない事がある」
エムリスは≪暁学園≫へと戻ってきた
白雪達へ向けて告げた。
「残念なことに、≪剣聖≫Mr.ヴァレンシュタインが
帰国することになった。諸事情でね」
それに幽衣は眉をひそめ、奥に佇んでいる
ランスロットとガウェインに注意を向けながら
吐き捨てるように言い放った。
「……ァ?もしかしてその“諸事情”ってのは
テメェらの闇討ちで半死半生になって
帰国せざるを得なくなったって訳じゃねェよな」
その言葉を聞いて、ため息を吐いて
エムリスは面倒そうに天を仰いだ。
「いや、いや。彼を仕留めるのに
闇討ちなど悠長な真似などする気はないよ。
面倒だしね。帰国するのは別の理由さ」
そこまで聞いて、今まで≪暁学園≫へ戻ってから
一言も口を開かなかった白雪がぽつりと呟いた。
「……彼が帰国するのは勝手だ。
でももしそうなったら誰が代わりに
監督役を務めると思う?……父さんだ」
その通り、とエムリスが白雪を指差して
その言葉を肯定した。
「これからはヴァレンシュタインに代わり
この僕、エムリス・アンブローズが監督役を
務める。以後宜しく頼むよ」
その宣言は、この計画の主導者が
≪
移った事を明確に示していた。
「なっ……テメェら何を考えて……?
……って白雪テメェ今何て言った⁉︎
“父さん”だって⁉︎」
「ん?……あぁ。言ってなかったっけ」と
白雪はエムリスへと一旦顔を向けてから、
「エムリス・アンブローズはボクの父だ。
血の繋がりはないけどね。いわば
養子って事さ」と軽々と、事もなげに
言い放った。
僅かな驚愕が≪暁学園≫の面々へと波紋する。
「そういう事は、あまり話さない方がいいと
僕は思うが……。いいのかい?
と言ってももう言ってしまったがね」
「大丈夫だと思う。ここにいるのは
物欲のない人間しかいないし」
白雪の言う通り、幽衣や王馬、サラ等は金には
無欲であり、凛奈は財閥の令嬢なので
金には困っていない。
よってエムリスが所持する莫大な権利には
誰も興味がないのである。
「そうか」とエムリスは言葉を切り、
幽衣の方へと向き直った。
「……多々良 幽衣君だね?
すまないが、少し話す時間はあるかな?
無論、二人きりでね」
「……チッ……」
幽衣は舌打ちしたものの、素直にエムリスに
従って建物の屋上へと向かった。
「……それで?アタイに用でもあんのか?」
いつもよりも何割増しで機嫌の悪い幽衣。
何故か。簡単な事だ、目の前にいる
エムリスが嫌いなだけである。
今まで苦労した様子のなさそうな顔、
教養のある言動、理知的な性格……
およそ彼の全てが幽衣の勘に障った。
「僕の行動が何か君を怒らせたなら謝りたい。
ただ、僕は白雪の事について感謝の気持ちを
伝えたかっただけなんだ」
そのエムリスの言葉に、ピクリと幽衣は
反応した。
「はっ、わざわざそんなことでアタイを
呼んだって訳か。くだらねえな」
「確かに君にとってはくだらない事だろう。
だけど、僕にとってはこれは感謝しても
し足りない程の事なんだよ」
そう言ってから、エムリスは語り始めた。
「……最初彼女を拾ったのは、
≪剣聖≫だった。北欧の紛争地域で、
瓦礫の山の中で泣いていた赤ん坊を
拾ったのが始まりだ」
当初、ヴァレンシュタインはその赤ん坊を
自らの手で育てるか、あるいは≪
預けるかを考えていたらしい。
エムリスはその頃どうしていたかと言うと、
「その頃僕は≪
辞める為に他の幹部の賛成を得ようと
奔走していたよ」
当時、幹部を辞めるには他の幹部5名以上から
推薦を貰わなければならないという謎の規則が
存在していた。
エムリスはその才能故に、その推薦を
得ようにも得られなかったのだ。
「なんで辞めようと思ったんだ?」
「僕がいなくとも≪
判断したからさ。その頃丁度後1人の推薦が
あれば辞められるという時、ヴァレンシュタインと
会うことが出来た」
すぐさまエムリスはヴァレンシュタインに
推薦を頼んだ。
ヴァレンシュタインは僅かに逡巡したものの、
結果的にはそれをある一つの条件を付けて
了承した。
「それが、白雪をテメェの元で育てる事だった
という事か?」
「そういう事だ。彼女は僕が見てきた中でも
麒麟児と呼ぶに相応しい子だったよ」
白雪はエムリスの教えを完全に理解し、
様々な戦闘技能を身につけ幾多もの戦場を
駆け抜け、一等級の傭兵へと成長していった。
……ただ一つの問題を抱えて。
「……僕は彼女の育て方を間違えた。
君も最初彼女と出会った時に分かったはずだ」
「……感情の欠落、か。
確かに、あの時のあいつは人じゃねェ。
いかに効率よく
その技術だけを教え込まれた機械だった」
今でも幽衣は想起できる。
人を人と思わず、“不要”と判断すれば
容赦なく切り捨てる
その濁りきった双眸を。表情のない白い顔を。
「僕の教え方がいけなかったのか、
僕以外の人間に任せたのがいけなかったのか。
激しく後悔したよ。自らの手で、人ではなく
人形を作ってしまったことに」
エムリスは両手を握りしめて悔しそうな声を
上げ、それから幽衣を見た。
「……だけど君と出会って、彼女は変わった。
人間へと変わる事が出来たんだ」
「……ハッ。よせよ、アタイはあいつと
殺し合いをしただけだ」
そして、白雪と約束をした。
いずれどちらが上か決めようと。
その約束はこの≪七星剣武祭≫で果たそうとも
幽衣は決意していた。
「君がいなければ、いずれ白雪は狂気に
囚われていただろう。本当に、本当にありがとう」
エムリスは、幽衣へと深々と頭を下げた。
自らの過ちを正してくれた恩人へと。
「僕の娘……白雪の事をよろしく頼むよ。
これからも迷惑をかけるかもしれないが、
末永くお幸せに」
そう言って、エムリスは屋上から去っていった。
幽衣は滅多に言われた事のない感謝に
むず痒い気分となっていた。
「ケッ、アマチュアの人間が何を言ってんだか」
そう言いながらも幽衣はこの感覚を覚えて
おこうとーーーーーー。
「……あれ。最後アイツ何て言った?」
ーーーーーー白雪の事をよろしく頼むよ。
これからも迷惑をかけるかもしれないが、
末永くお幸せに。
そのエムリスの言葉は、まるで娘を嫁にやる
父親のようでありーーーーーー。
「……ーーーーーーッ⁉︎」
その時、幽衣はエムリスがとんでもない
誤解をしている事に気付いた。
「あ、あの男何勘違いしてんだよッ⁉︎
アタイと白雪は交際してねェぞ⁈
何かこのまま行くと結婚する流れじゃねェか‼︎」
幽衣は自分と白雪がバージンロードを歩いている
様子を想起して、ゾッとした様子で慌てて
誤解を解きにエムリスの後を追うのだった。